ソ連軍との遭遇~女編

もう1つの難事は女が対象で、これは男の「腕時計」より一段と深刻だ。
ソ連軍進駐と同時にほとんどの女は(子供や婆さんは別として)頭を丸め、顔に煤や炭を塗り、衣類も黒色系や国防色を着用し男に化けた。「露助が来たぞ!」のふれ声に目の色を変え、必死で身を隠す苦労は大変なものだった。
床下や天井裏に身を潜めるが、何しろ白昼堂々と自動小銃を向けて「女を出せ」とくるから手に負えない。更に悪いことに、タチのよからぬ中国人がお先棒かついで露助を先導するのだから始末が悪い。中国人はあらかじめ「この家に年頃の娘、女がいる」ことを知っていて、日ごろから日本人に憎しみもあり、また憎しみのあるなしは別に、自分の腹が痛むわけでなし、いくらか金になればと案内役を買って出るというわけで、これも腹立たしい限りだった。
それにしても奴らの異常なほどの助平ぶりは目にあまり、ただただ呆れるばかりで、だいたいあの手の人種はコトに及んで平気の平左、羞恥心など微塵もなく、所構わずの状態は犬猫同然で、まさに毛唐の名にふさわしいものだった。何しろ奴らは公用・私用を問わず、遊ぶ時でも武器を(将校は拳銃、兵は自動小銃)肌身離さず持っているから、よけい始末が悪い。従って奴ら好色動物の毒牙にかかった女性の数も少なくない。
我々も紙一重の運命で戦争には行かなかったが、どこの国の軍隊も似たようなものらしく、戦争となると「人間性」とか「人道主義」などはどこかへふっとんでしまうらしい
面白いことに(と言っては不謹慎だが)奴らロスケの好みは「丸顔で体が大きい太った女」ときまっている。もちろん余裕(?)のある時で、切羽詰れば手当たりしだいの淫獣と化す。困ったことに、髪を切り墨を塗って変装しても、敵もさる者、体(胸)に触れて判別し、引き立てていくから処置ナシだ。痛ましい限りだが銃口を向けられている身ではどうにもならず、ただただ敗戦を恨むより仕様がない。

もっとも「好き」という点では「アメリカさん」も一歩も引かず、負けず劣らずの華々しさだった。この点でもまさに東西の二大強国だった。
引き揚げの半年後、横浜市内に居住したが、その頃は少々治安も落ち着きを取り戻しつつあり、金のある「アメさん」は、もっぱら金の上での取引が多く、「ロスケ」ほど悪辣ではなかった。「丸顔大柄太っちょデブ」を好み、自国製品の代用とした「ロスケ」とは対照的に、こちら「アメ公」は自国製の食い慣れた太平洋よりは、未知の味「異国風献立」がお望みらしい。
その方を受け持つ辻姫(洋の部)や「オンリー」と称する契約者は、あちら式の高いヒールの流行にもかかわらず底ペシャの靴を履き、背を低く体を小さく見せるのに専念していた。

ソ連とアメリカのこの差は-国民性の相違か、経済力の差か?対照的な好色度を示していたが、そのゼツリン度だけはともに一等国で、当時の日本男子など遠く及ぶところでなく、ただただ舌を巻くのみであった。
ともあれ洋パンが「大木にセミ」よろしく巨漢にぶら下がって歩く図は大和撫子も形無しだった。遊ぶ金などない当時の男どもは苦々しく見過ごしていたが、無論、彼女らに罪はない。悪いのは戦争で、いつの世も泣かされるのは弱い立場の人たちだ。
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テーマ : 歴史 - ジャンル : 学問・文化・芸術

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