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駐車場に登校

去年の4月、KKいよいよ中3になりました。

中2になる時は、担任の先生やクラス替えなど、「できれば変えて欲しい」というところはスクールカウンセラーさんに伝えていました(そして実際要望通りになりました)。
スクールカウンセラーさんいわく
「要望は私を通じてどんどん出して欲しい。学校の事情もあるので全部が希望通りになるわけじゃないけど、学校も保護者の意見を汲んで協力体制で行きたいと思ってるし、私たちスクールカウンセラーは、学校と保護者の架け橋的存在なので」
とのこと。

今年のママの願いはただ1つ、「どうか今年も同じ担任の先生でありますように
もうクラスの顔ぶれとかどうでもいいです(どうせ行けないから) ただ、KKがせっかく出会えた「信頼できる先生」とは、できればもう少し離れたくない。学校に戻れる戻れない以前に、KKの「外部の人への信頼感」を、先生を通じて培ってほしい。親の勝手な思いかもですが。

しかし今年は、お世話になってるスクールカウンセラーさんは特にいず。かわりにというか、学校で顔を合わせれば必ず声をかけてくれる、私的「この学校の肝っ玉母さん」である保健の先生にそれを伝えると、「大丈夫よ~。先生とKK君がいい信頼関係できてることは学校もわかってるし、たぶん同じになるわよ

そして肝っ玉母さんの言葉どおり、引き続き同じ担任先生でした~~~
3年1学期の始業式放課後。前学期の終わり同様、学校の駐車場で先生とお会いして挨拶を交わすKK。先生から配布物などを受け取りながら、ママはもう嬉しくて嬉しくて
その時先生からKKママに向かって、新学年になったことだし、ここらで新たなステップへ、との提案がありました。すなわち
「今までみたいに先生が家に行くのではなく、KKが週1で学校に来るのはどうか」と。
もちろん、いきなり教室に入るというわけじゃない、KKの希望する形に任せる、KKはどんな形なら来れそうか?e.t.c.
提案を出した上で、いつもどおり先生が注意深くかつ親身にKKの要望を聞いてくれて、最終的に
「今日と同じように、KKは車から降りなくていい。先生が駐車場まで来て、家でいつもやってたように宿題の丸つけ等をする」
という形に落ち着きました。

KK的には「できれば駐車場すら来たくない」が本音だったと思います。
ただKKは人に気を遣うあまりというか外面をよくしてしまうというか、「やります!」「頑張ります!」とその時は本気で、しかし本音は無理して言ってしまう(なので後から潰れる)タチなので、この時もそれに近かったかと。
また先生も、この1年KKの様子を見てきて、KKの本音やタチ、今の心の状況などをよくわかっていて、なので注意深ーく無理させないよう気をつけつつ、しかし進級という、なんとなく「リセット」感溢れるこの時期をうまく使って、「今のKKがほんのちょっとだけ頑張れば続けられる」というラインを設定してくれたのだと思います。
悲しいことに私には、この「今のKKには、どこまでが「ほんのちょっとの頑張り」で、どこからが「無理」なの?」っていう見極めがよくわからなくて。またKKも親相手だとやっぱり甘えが出ちゃって、「やります!」にはなりにくく。
なのでこういうふうに、的確なタイミングで的確に背中を押してくれる先生が学校にいるのは、すごくありがたいことでした。

というわけで4月からは、先生の空き時間かつ生徒に比較的会わなそうな時間をメールで相談しつつ、ママの送迎の元、週1学校(の駐車場)に通い始めました。
ママの仕事は午後からが多いので、主に午前中に設定してもらい。
おかげでKKも週に1度は午前中に起きることになりました。
とはいえやっぱり自分からウキウキと起きることはなく、ほぼママに起こされる形ですが。
それでも不登校になった時みたいに「着替えもせず丸くなってる」ってことはなかったです。週1、短時間(長くても15分くらい)、車から降りなくていい等々で、KKも拒否感は少なかったのかな。

先生曰く、「よく頑張ってます!すごいです!」「これも出席日数になりますし!」とのことでしたが、ママ的にはぶっちゃけそこらへんはどうでもよく。駐車場に出席してもなあみたいな思いもあったし「学校に来れたと誉めるのは、ある種の押し付け、プレッシャーにしかならないのでは?」とか、「不登校」を未だ頭でしか理解できていないがゆえの、見極めの難しさ、腰の引けようもあったし。
ただ、週1でも午前中に起きる予定ができたことと、自発的にではないものの、なんとかその予定を継続できていること、及び、今まで毎週学校が終わってからさらに1時間、先生にご足労かけてたのがなくなって、先生の負担を少しでも減らせたのがよかったな~と、ただそれだけでした。

今思えば、「駐車場じゃあ全然本質的な解決になってないし」なんてエセ本質的なことより、「ほんのちょっと頑張っている」ということを、ほんと素直に、心から喜べばよかったんですよね。
先生はそれがよくわかっていて、ひそかに高校受験まで視野に入れた上でこうしていた、ママはそこらへんも含め、当時は(今も基本的にはどうすればいいか)まったくわかっていなかった、と後から思い至った次第です。

また、自宅訪問はなくなったとはいえ、先生にお手数をかけていたのはこの駐車場でも同じで。
毎回わざわざ駐車場まで来てもらうのはもちろん、カンカン照りでも雨ザーザーでも、時には背中を雨に打たれながら、車の中の宿題に丸つけしてくださった姿が、今でも印象に残っています。

このころママが気がかりだったのは、出席日数よりも、勉強の遅れ。
ママ的にはこのころ「高校」は、「中学」よりも遠い存在だったけど、しかしついに中3になったKK、受験どうするつもりなのかなという心配はだんだん湧き始めてきてましたから。そして「受験は何よりも学力が第一なんだろう」とも思っていて。
とはいえこればっかりはママがどう心配してもね~。KKは「高校には行くよ」とは言うものの、「そのために勉強」という回路は未だ開通しないようだし
たぶんKKは、そしてママも「高校」の具体的イメージがまったくなかったんだと思います。どの高校に行くのに何点必要かとか、校風がどうのとか、中学ですらぼんやりしたイメージなのに、高校なんてもう彼岸の彼方、「行く」とは言うもののまだまだ遠い存在。
先生も、「学校に来ている子たちも、まだまだ受験の意識はほど遠いですよ~」と安心させてくださるのを幸い、焦りと傍観(するしかない思考停止感)の狭間で日々揺らぎながら、高校のことは先延ばしにしていました。
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テーマ : 不登校 - ジャンル : 学校・教育

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