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中2の1年間

そうこうしながら、不登校KK@中2の1年間は過ぎていきます。
しかしすみません、このころのことはほとんど覚えてません
いわゆる「停滞期」「安定期」というものでしょうか。学校行く行かないで揉めることもなく、印象に残るほど大きな動きもなく。
小さな動きは日々あって、それに釣られてママの心も日々揺れ動いていたはずですけど、それがドラマみたいに都合よく、目に見える形で結実することも特になく(たぶん)。またママも「こういう細かいことに一喜一憂するのはやめよう」と努めて思うようにしていたこともあって、尚更記憶にないんですよね。

唯一このころ気になってたこととして覚えてるのは、長袖。
KKが不登校になったのは、中1の3学期。
その頃のKKは、冬真っ只中なこともありましたが、常に分厚い上着にフードをすっぽり。暖房の効いた店内に入ってもフード必須。
自分の存在を、隠そう隠そうとしているみたいに見えて、何か胸が苦しくなるというか、あまり見たくないものでした。
それが中2の春以降も続いていて。
さすがに分厚いコートは脱いだものの、長袖は必須。夏休みでも長袖着てました。
あまりに暑そうな時は「いい機会」とばかり脱ぐのを勧めましたが(会津盆地・最高気温36度!)、KKは断固脱がず。
前回書いた「海街diary」の中でも、ある種のトラウマから、部屋にカーテンをつけられない子のエピソードが出てきていて、それを聞いた保護者がただ「そう・・・」とだけ言って自由にさせていたのを見習い、私もそのうちあまり言わなくなりました。気持ちが長袖に現れてるんなら、それをママが見たくないからってただ脱がせても解決にはならないよねと。そしてそのうち、見慣れてあまり気にならなくなってました 去年の夏は・・・長袖だったっけな~?(←忘れてるし)
(余談ですが「海街diary」最新刊では、その子が自ら「カーテンつけようかな~」と言い出すように

夏休みには例年通り、TDRに行ってきました♫
我が家の関係は、学校に行かない以外は普段通りなので(とはいえちょっと腫れ物に触るような感覚は、お互いあったとは思いますが)、行けば楽しめるだろうなとは思ってました。ただKKが外で活動することが圧倒的に減ってるので、体力だけが心配だなと。
幸い特に体調が悪くなるようなことはなく、無事に楽しんでこれたのはよかったです。

お盆にはこれまた例年通り、ジジババ家へも。
その前の春休み、つまり不登校直後にKK&Uが1週間泊りがけで遊んでもらった親戚も来ていたのですが、その親戚いわく「その頃よりすごく表情が明るくなったね~」
夏休み明け、再び週1で家庭訪問してくれた担任の先生も、「1学期よりなんだか明るくなったみたい」

親の方は、感受性が鈍いせいか毎日一緒にいるせいか、「じゃあTDRが楽しかったのかな」くらいで実は違いがよくわからなかったのですが。
KKの気を引き立てようとそう言ってくれてたのか、本当に前より明るい心境になってきてたのか、わからないけどそんな感じで2学期は過ぎ。

もう学校へ行くつもりは、親子ともにまったくなく。
各種課題提出はもちろん、定期テストも1回も受けてません。
前は、KKを車に乗せて買い物行く時とか、さりげなく学校の前を通ってみたりして、反応を見たり、気が変わるのを期待したりなんてこともママはあったのですが、もはやそんな小細工めいたことする気もなくなり。諦めというか、ママも「登校」が遠いものに感じてきたというか。

とはいえ、ママ的には「登校を諦めた」のとは、またちょっと違う感じでした。
「親が学校のことをまったく諦めた時に、子供が動き出した」という体験談がよくありましたが、「学校は行けるに越したことはない」「いつか行けるようにならないかなあ」という思いは、ママには常にありました(そして「だから行けないのかなあ」とも思っていた)
ただ、かと言って動かす方法も分からず、そもそも「動かす」のがいいのかどうかもわからず、そして実際動かないんですから、致し方なく、なすすべもなく、立ち止まっていただけでした。「無理しない」「焦らない」と念じながら。

KKは相変わらず昼過ぎに起きて、音楽して動画見て、夕方からは遊びに来てくれる友達とゲームして、夜も同級生たちとスカイプしながらゲームして、たぶん2~3時頃就寝。つまり特に変わりなし。時には起床14時過ぎとか、だんだん寝るのも起きるのも遅くなってきた気はしましたが。
時には業を煮やして、「KKが寝るまでママも起きてる!」と、KKのそばに座って2時まで付き合ったこともありましたが、2日で挫折しました 年取ると無理は続きませんね
懸念の昼食は、ママがいない時はあるものを食べたり、時には自分で作ったりしてました(帰ってくると台所がゴタゴタになっていて、嬉し悲し)。オムレツ、フレンチトースト、ペペロンチーノとか、時々食べさせてくれることもあって、しかもけっこう美味でした

友達が以前と変わらず遊びに来てくれるのは、本当にありがたかったです。
なにせKKが日常、外部の人と接するのは、週1で来てくれる担任の先生と、週2~1ヶ月に一度行く病院の、心理カウンセリングの先生。他人と関わる人数が圧倒的に少ないと感じていたので。
ちなみに病院のカウンセリングはKKは相変わらず拒否。しかし一応受診者名義はKKなので、一緒に行くだけ行って、私が診察室で先生に愚痴を聞いてもらってる間KKは部屋の外のソファで待ってるという形でした。
先生も、「診察室に入ってカウンセリングという形だといかにも病院みたいで、KK君嫌なのかもですね」とのことで策を講じた結果、秋頃からは、私の診察(?)が終わったあと、ママが「帰る前にトイレ(あるいは売店や電話等々)行ってくるから待ってて」とちょっと消え、その間KKに先生が世間話を振ることにしました。
時間としてはほんの5~10分くらいで、これでKKに何か特別な変化が訪れたってわけでもありませんが、先生がKKの作曲話を「今度聞かせてよ」「すごいな」と感心して聞いてくれたり、KKもデータを持って行っては他人に直接曲を聴いてもらえたり(youtubeには上げていたみたいですが)と、いい経験になったのではないかと思います。ママ的には、年齢も立場も違う外部の人と話せる機会があることがありがたいという感じ。

そうそう、2年生の終わりになるころだったか、担任の先生が
「学年主任の先生も会いたいということで、一緒に伺ってもいいでしょうか」
と言ってくださったこともありました。
たぶん担任先生も、そういう「外部の人」と会うチャンスを、あまり負担にならない作ってみようとしてくださったのだと思います。
学年主任の先生は、ママ顔は知らなかったのですが、2年生に校外学習があった時は(もちろんKK不参加)、担任の先生にお土産を託けてくださるなど、ありがたい心配りをしてくれて、かねてからお礼を言いたかった先生。KKも、あの先生なら知ってる、いい先生だよとのことで、ありがたく来ていただくことに。
もう夜の、勤務時間外もいいとこの時間、わざわざKKのために来てくださって、しかもあまりプレッシャーかけないようにという配慮か、楽しく雑談だけした後は、ささっとお帰りに(その後担任先生は引き続き30分以上、KKにプチ授業)。
こうした1つ1つが、とてもありがたかったです。ちなみに学年主任の先生は、2回くらい来てくださったと思います。

時々は友達と「買い物行く」と言って外出することもありました。
たいていは「ジュース買いにコンビニへ」というパターンでしたが、ある日は「今日は○○たちと、10軒くらいコンビニめぐりしてきた!」と、さすが中2男子はバカ真っ盛りだなと微笑ましくも驚いたことも
このころは、KKは「知ってる人に会いたくない」と、自分からの買い物は、たま~~~に欲しいものがある時、私たちに車で連れて行ってくれるよう頼むのみ。それもフードかぶってささっと行って帰るだけ。
私の方は連れて行くたびに「めったにないチャンス!」と、すごく大げさに意味づけ、むしろ緊張していたくらいですが、友達同士だとその場のノリで、さらっと行けちゃうようでした。そして、たとえ大げさに受け止めようとサラッと行けようと、外出することで例えば登校につながるとか、気分が前向きになるとかいった、何か大きな動きにつながることは、あまりないように見えました。
なので、最初こそ「おお買い物行けたんだ~!」とかいちいち喜んでいた私も、1年経つ頃には、外出するしないにあまり期待というか、意味を見出さないようになりました。皆と同じように、用事があれば外出する、なければ家にいる、ただそれだけなんだなと。

これは、学校へ行くことに対してもそうで。
2学期の終業式、不登校になって約1年後、KK初めて学校に行きました。
と言っても式に出席したり教室に入ったりしたわけじゃありません。
「駐車場まででいい。車から降りなくてもいい。入口でお母さんが受け取るだけでいいから、自分で通知表を取りに来るというのはどう」
と先生が提案して、KKが同意した、という感じです。
時間も、先生が「誰にも会いたくない」というKKの要望を聞いて、「17時半すぎなら誰もいないはず」「先生はKKが来るまで待ってるから何時でもいい」と、注意深くかつ親身に考えて提案してくれました(ちなみに先生は、宿題の出し方でも何でも、上から指示じゃなく、こんな感じでした)。
いざ当日になるとKKは、「やっぱり行かなきゃいけないの~?」とグズグズしてたかな?(←うろ覚え
「車から降りなくていいんだから」「ママが受け取りに行くだけだから」となんとか説得して、学校へ。
ほぼ1年ぶりのKKの登校、しかしママの胸に感慨深いものは、あんましなかったような。
登校と言ってもちゃんと教室に入ったわけじゃなく、嫌々来たようなもんで車からも降りず、加えて「1つの行動に勝手に意味を持たせたり期待しないようにしよう」と、自己防衛のため努めて考えるようにしているママとしては、「学校に来た意味はあまりないと思うけど、先生との約束をちゃんと守れて良かった」という安堵感の方が大きかった気がします。
しかし先生はすっごく喜んでくれて、「すごいですね!」「大進歩ですよ!」「いっぱい褒めてあげてください!」「これも出席日数になりますからね!」
駐車場までも来てくれて、KKに直接「頑張ったね!」「すごいことだよ!」「大進歩だよ!」
帰り際には「お父さんにも報告して、いっぱい褒めてもらってください!」
もはや「出席日数」にあまり意味を見出せていないママは、「ありがとうございます!」と頭を下げつつ、「たかが駐車場に来れた事が、そんなにすごいことなのかな?」というのが正直なところでした。
ここら辺が、プロである先生と、「不登校」を浅い理解のままほとんど諦めかけてるママとの違いですね。今思うと先生は、KKのことを実に深く遠くまで見据えて、褒めるべきところを褒めつつ、少しずつ手を打っていてくださってたのです。ママはそのポイントもよくわからず、ただこの1年間に培われた先生に対する絶大な信頼感の元、「学校や勉強のことは全部先生にお任せしよう」→「だから先生との約束だけはとにかく守ろう」とだけ思っていました。

そして3学期の始業式と終業式も、この時と同じ形で登校して、同じようにベタ褒めして頂き。
いよいよ中学3年生になります。
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テーマ : 不登校 - ジャンル : 学校・教育

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