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先輩が自分で、自分がKKで

というわけで(?)
不登校KKママの、昼間の逃げ場を作りたい&KKに「働く」ということをより身近に感じてもらいたい&不登校というハンデが加わった家計を少し助けたいe.t.c...
が主な動機となって、専業主婦歴10数年にピリオドを打ち、未経験職種パートとなったママ。
そしたら意外にも、仕事の極意は不登校の極意にも通じることが多々あることに気づき。
そのことに関しては前記事で書いたとおりなのですが、「仕事そのもの」に限らず、もう1つ個人的に、「人」・・・というか「KKへの対し方」についても、学ぶところ多々でした。

職場の人は、社員さんパートさん年上年下老若男女と様々なのですが(なんとひ孫持ちの人も!)、確実なのは一番ルーキーなのが私ということ
(これは未だにそうです。この、「比べられる同期や後輩がいない、常に皆より未熟で当たり前」という気楽な立場のおかげで、今も続けられてる感あり
てことは必然的に、周りの先輩はすべて教えを授ける人、私は教えを受ける人。
もっと言えば、自分のあまりの不甲斐なさに泣くことでKKの心情に近づいた気がしたこともあるママとしては、私は子供で周りの先輩は親のようなものにすら感じられ。
先輩に注意を受けている時とかなんて、「ああKKが私に何か言われる時はこう感じてるんだ」と、目の前の先輩が自分で自分がKKでという、不思議な入れ替わり感覚が生じることも度々。

例えば、10年選手のベテランパートさん。
業務の基本を手とり足とりを教えてもらった、私から見たらまさに「職場における親」という方です。本当に細かく教えていただきました。
なのに「子供」というやつは
言われたことを覚えるのに必死だった頃はともかく、ちょっと成長して自分なりに「優先順位」や「臨機応変」を考え始めると、そうした細かい注意があんまりありがたくなくなるんですよね
例えば「本当は○○が先だけど、今日は△△を先にした方がいいかな」と自分で思ってたところに「今日は先に○○やってくださいね」と言われたり、例えば「後で××しとかなきゃ」と自分で気をつけようと思ってたところに「××忘れないでね」と言われたりとかすると。
1つ1つはほんと些細なことばかりなんです。だけど子供としては、そうして先回りして注意されるたびに、「こんなことも言われなきゃできないとまだ思われてるのか自分は」というガッカリ感、すなわち「まだ信頼されてないんだ」と受け取ってしまったり、「自分で工夫したから上手くいくはずだったこと」が、「その人の指示に従ったから上手くいった」という結果になってしまったのが残念、無力感だったりするんですね。

「子供に先回りして注意(=過干渉)しない」というのは、不登校本などに頻出するマニュアルの1つなのですが、その理由を、自分が子供の立場になることで身を持って体感しました。と同時に、ああ私もまさにKKにこうした先回りの注意をしっぱなしだったなあと、その先輩に「親としての自分」も見てしまい。
親の私としては、そしてたぶん先輩も、そんなに大げさな意味はなく、ただ「忘れてると困るから言っとくだけ」という軽~い気持ちで、思い浮かんだことを言ってるだけなんですけどね。
でも「子供」「後輩」という立場だと、「親」や「先輩」が発した言葉って、言った側が思いもよらないほど、すごく圧力を感じてるんですね。

余談ですがこの方は、私が仕事を始めて3ヶ月目くらい、あまりのミスの多さに自分で泣いていたところに「あらまどうしたの?」と鉢合わせした時、自分の新人時代の話をしてくれました。
いやそれが、今のヌルい職場からは想像できないくらい、キビシーーー話で
その先輩、ベテランではあるけれど「完璧」って感じの人では決してないのですが、その話を聞いたときは、「そんな時代を乗り越えて今ここにあるのかこの先輩は」と、「プロ技術への尊敬」よりもむしろ「その存在自体への尊敬」と、「なら自分もできる」というやる気が湧いてきました。
こんなところもなんだか「親」だなあという感じです。もっともKKにとっての私は、まだまだそこまで行ってない気がしますが。

あるいは別の社員さん。
まだ入社数年くらいの方ですが、パートから正社員になったほどデキる方。しかしその分というかハッキリした性格のためというのか、言動がけっこうキッツい。
私も陽に、はあまりなかったかな。しかし陰ではボロクソ言われていただろうことは想像に難くないです ただこの方の場合、そのキツさゆえに必ずしも人望絶大ではなかったこと、及びかばってくれる人も存在してくれたことが、私的に気が楽だったところ。
というわけで最初は苦手だと思ってたんですが、しかし何度も一緒に現場に入るうち、なんだかこの方と一緒だと仕事がやりやすいことに気づき。
というのもこの方、指示が明確なんですよね。
特に新人のうちは、「優先順位」と「臨機応変」の狭間で、何をすればいいのかウロウロしてたりするもんなのですが、この方は「今はこれして。その次はこれして」と、具体的にズバズバっと。
それもよくありがちな、「今こっちやってるのに~」という、こちらの都合を無視しての指示じゃなく、こちらの様子をしっかり見た上での指示なので、新人はとても動きやすいんですよね。
(裏返せば、この方よりも長年経験を積んでるベテランパートさんだと、そこら辺でこの方に対しカチンと来ることもあったのかもしれません)
また、普段は引継ぎ時などは口頭も多い職場なのですが、この方だけはきっちり紙に書いといてくれました。ただでさえ忘れっぽい上に、状況に振り回されがちな私としては、指示が頭に入りやすく確実で、「さすがデキる人だな」と。
この方から学んだのは、「伝えたいことは明確に適切に」。
伝える側がここぞとばかり「本来はこうなんだけど、例外的にこういうことがあるのも気をつけなきゃいけなくて、でも今はとりあえずそれは気にする必要なくて・・・」とか、わかってもらいたいあまり全てを伝えようとすると、伝えられる側は混乱するだけなんですね。1回ですべてを望むのではなく、その時必要なことだけを。
(と言うわりにこのブログは相変わらず長文で、すべてをぶちこんだわかりにくさですが、まあこれは自己満足のためということで

あるいはもう1人のベテランパートさん。
この方は、本人年齢も子供の年齢も比較的近く、「パートのために家庭を犠牲にするつもりは一切ない」というポリシーも同じということで、勝手に親近感を抱いている方です この方がいらっしゃるおかげで、「夕飯の支度があるので早めに帰ります」とか平気で言える職場環境になってる気も
しかし中身は随分違う、というか、この方の中に「親としての自分」を見ることはありません。「親として目指したい自分」を見るのみで。
というのも、この方はとにかく目配りがすごくて。
皆が気づいてないようなところもちゃんと見ていて、「あれどこに置いたっけ?」なんて時、この方に聞けば「さっき向こうで見ましたよ」とか、百発百中。
ちゃんと見ているけど不要なことは言わないんですよね。いち早く気づくけど、その場では頭に入れとくだけで、聞かれた時に答える。だからこの方がそ~っと「これってマズいんじゃ?」と自分から言う時は、確実にマズい場合で、だけど誰も気付いてなかった→マジで助かった!というパターン。
私の場合、目の前のことに囚われて一点集中しやすいので、結果的に思い込みの激しい判断になりがちなんですよね。
この方みたいに、目配りしつつ頭に入れといて・・・を心がけると、押し付けがましくなく、自分にも周囲の状況にも冷静に対峙できるのかなと。
会話も、ほとんど否定系がないので話しやすく、色んな意味で安心感を覚える方です。
仕事の完璧度から言えば、個人的に上記お2人よりすごいのではと思うくらいなのですが、アドバイス等は必要な時だけ。しかし決して冷たいわけじゃなく、例えば私が自分の不甲斐なさを愚痴れば「私も最初の1年はそうだったよ~」「1年続ければできるようになってるよ」。
もしも私がKKにそんな愚痴を言われたら、「そんなことないよ~」と、慰めるつもりで否定したり、「じゃあこうすればもっと上達するんじゃない?」と、親身なつもりでアドバイスしたり・・・をやってしまいそうですが、しかし自分がKKの立場になってみたら、これらの言葉の無力さがなんとなくわかりました。
「そんなことないよ~」って言われても、せいぜい「慰めようとしてくれるのはありがたい」と思うくらいで、心のモヤモヤは払拭できない、だって自分で「そんなことなくないよ~」としか思えないからこそ言ってるわけだし。
「じゃあこうしたら」とアドバイスされても、「ああやっぱり自分はまだまだなんだ」という実例を再確認した気分になるのみ。
それが「私もそうだったよ~」「1年後には」だと、今の自分でも大丈夫という安心感、そして未来に対する安心感が沸いてくるんですね。
こういう言い方をさらっとできるようになりたいと心に刻みつつ、こういう人が母親だったら、KKは不登校にはならなかったかもなあとも。
それにしてもモデルにしたい人が身近にいると、こういうふうに言動のお手本を具体的に学ぶことができるのがありがたいですね~

逆に「親としての自分」100%、すなわち反面教師という方もいます。
もっともこの方の場合、ろくな研修もないまま、いきなりブラックといっても過言ではない会社(なんです。パートにはゆるくて天国だけど)の社員になってしまって、ほんっとーーに心身ともにいっぱいいっぱいだったこともあると思いますが。
「先回りの注意」どころか、「失敗しないでね。失敗したら私が○○さんに怒られるから」といった、こちらが言われてもどうしようもない「先回りのプレッシャー」のみを与える。失敗したら「あーまた怒られちゃう。○○さんって前も陰でこういうことを言ってたし」と、一緒に落ち込むのみならず、こちらが知ってもどうしようもないネガティブ情報もついでにくっつける。同じ指示でも、自分がテンパってると怒鳴り声に変わる。つまり物事の判断基準が、その時の感情によって変わる。それを後から謝ってくれるのは「悪気は無いんだな」と理解できるものの、それに続けて「私はこういう人間だから気にしないで」「切羽詰てくるとどうしても弱いとこに当たっちゃうんだよね」は、直すつもりはないのかとちょっぴりモヤる(そもそも「弱いとこ」って本人に言うか)、基本スタンスは「仕事が大変すぎて逃げ出したいけど頑張ってる」で、それはある意味すごいことなんだけど、そのためスキあらば「楽しよう、サボろう」として、それが皆にバレバレで、せっかくの頑張りも評価半減、そのため更に頑張って更に空回りe.t.c...
も~~~う、すべてが「親としての自分」の姿です。「子供としての自分」にも、基本裏表のない正直な人なんだということや、その時々の気持ちもよくわかるし、何より自分ができないのが悪かったと思うから、「憎しみ」とかは湧かないけど、まあこの親のもとで「自発的に何かやろうという意欲」や「この人が見守ってくれてるから頑張ろうという信頼感」とかは生まれないな、と。
繰り返しますが、別に性格が悪いとかそういうわけじゃないんです、この方も私も(と、さりげに自己弁護)。テンパリ状態から抜け出しさえすれば、こちらの言い分をちゃんと聞けるところも同じ。ただお互い、ちょっと弱く未熟なだけで。
そしてひそかにこういう自分のコピーみたいな方も、お手本となる方と同じくらいありがたい存在なものです。本を読んだりして理屈は頭でわかったつもりになっても、こういう些細かつ具体的な自分の言動は、無意識に出ていること多々なので、なかなか客観的に見直せなかったりするんですよね。

最後に、「お手本としたい」100%の社員さん。
うちの社員さんというのは、現場で私らパートとともに作業をする同志であり責任者であると同時に、現場作業以外の膨大な仕事を一手に任されている人であり。
「家庭を犠牲にするつもりは一切ありません(キリ」なパートとしては頭が下がりっぱなしの、時間と気力体力を削られる立場の方々です。
加えて、パートと上の部署との橋渡し的存在でもあり。つまり私らパートが現場で何かやらかすと、上からの叱責は全てパートではなく、社員さんに向かって浴びせられるわけです。
私も相当やらかしたので、さぞや私の代わりに社員さんが怒られていたであろうと推察されるのですが、しかしこの方から「怒られた」記憶はありません。伝達事項やアドバイスなどは多々あれど、「信頼されてない」と思わせるような、言わずもがなの「先回り注意」も、一切。
代わりによく言われた印象があるのが「大丈夫大丈夫」。
「すみませんやっちゃいました」と泣き声で訴えれば「あーこれくらい大丈夫大丈夫」。「こんなことしちゃったんですけど、よかったんでしょうか」と震え声で聞けば、「あーそれでOKですよ。大丈夫大丈夫」。そして帰り際には、1日中足を引っ張りまくりの私にも「ありがとうございました。助かりました」
しかもこれらを必ず笑顔でおっしゃるんです。もう「意志の力で切り替えてる」ってくらい、表情をぱっと笑顔に変えて。
「ちょっと話してみよう」と、新人でも別部署の人でも、誰とでも会話して、率先して人一倍働いて。この人と一緒だと、つられて自分から動いてしまいます。しかもそれが苦じゃないんですよね。
私もKKにこういうふうに接すればいいんだよなあ。なのについつい、一緒に落ち込んでは今更な注意をしちゃったり、「力づける」ってことができない。笑顔&「大丈夫」じゃまた同じミスをする、ってどこかで思って、つまり信じきれてないんだよなあ。

そうそうあとこの人、仕事の時はあんまし余計な注意せず、好きなようにやらせてくれるんですよね。「信頼してますよ」とばかりに。
試行錯誤しつつモタモタやってる人って、ハタから見てると歯がゆいし(なにせモタモタやってる本人自身が歯がゆいんですから)、手出し口出しした方が断然効率よく正確なのでしょうが、モタモタ本人からすると、それで萎縮しちゃって、いつまでたっても自信がもてず成長しないという面もあるんですよね。無駄に自分で考えるよりも、「これでいいでしょうか」「次は何すれば」って、人の指示に従っといた方がいいやってなって。
しかしこの社員さんは、聞けば指示もアドバイスもくれるけど、基本はほっぽりなので、思う存分集中してみることもできるし、人のペースややり方に焦って合わせようとしてミスることも減るし、指示しないその他のことは陰で全部その社員さんが片付けてるので、終わった時には「おおなんだか今日はすごくスムーズに働けたなあ」という自信と爽快感が味わえるという(大部分は社員さんの働きなんですけど)。この自信と爽快感って、翌日への意欲になります。

日々の生活で常にお手本どおりを維持するのはまだ大変ですが、とりあえず、職場で気づいた不登校に関することあれこれでした。

そうそう、不登校の子供がいることは、仕事を始めて早々オープンにしちゃいました。「お子さんはいるの?」「いるけど不登校なんですよ~」みたいな感じで。
知っといてもらった方が、後々シフト変更とかお願いしやすくなることもあるかな?というのと、噂としてひそひそと周囲に知れ渡るよりは、さっぱりオープンにしたいというのと、あともしかしたら、「へ~実は自分も不登校だったんですよ」って経験者が現れないかな~という期待と。
やっぱり経験者の話っていうのはとっても参考になるので、一つでも多く事例を聞きたいところですもんね。
そしたら、元不登校という方こそいらっしゃらなかったものの、「うちも不登校だったよ」という元保護者は、なんと2名も。意外といらっしゃるもんですね。
この方々には、「辛いよね~。わかるよ~」と実感持ってしみじみ話を聞いてくれつつ経験談を教えてもらったり、あるいは「うちも中学3年間、家でゲームしかしなかったよ。他の子が一生懸命勉強している間、うちのは遊んで高校行ってラッキー」という、スーパーポジティブな考え方を伝授してもらったり
余談ですがこのスーパーポジティブさんは、私が無能な新入りだった頃、物陰でキッツい社員さんが「まったくもう」と言ってる時、「長い目で見てやってくなんしょ」とさりげなく庇ってくださってるのを小耳に挟んだりもしました。その時は壁に隠れながらただただ頭を下げるばかりだったけど、今思うと、不登校の我が子を長年見守ってきた経験があるからこその言葉なのかなと。
ちなみにお2人のお子さん方は、今はそれぞれ高校生、大学生、社会人だそうで。
「学校なんて大した問題じゃないよ。大事なのは好きな仕事を見つけて働けることだから」
とは、スーパーポジティブさんの力強いお言葉ですが、「不登校でも人生全然終わってない」という実例保持者を(しかも複数)目の当たりにするのは、やっぱり心強いものですね~
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テーマ : 不登校 - ジャンル : 学校・教育

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