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11月に思うこと

11月って、人が死ぬ月なんですね~~

って、何を唐突にショッキング発言してるのかって感じですが実はママ6月頃から冠婚葬祭関係のバイトを始めてまして
しかし始めた頃~夏あたりまでは、わりとヒマな時期が続いていたのですが、陽気も良く連休が続く10月は結婚式ラッシュ。そして11月に入ったら、も~うお葬式ラッシュです。人ばんばん死んでます←いや笑うとこじゃ

やっぱり季節の変わり目というか、急に寒くなった頃とかは、かねてから体が弱ってた高齢者などは特に、抵抗力もがたっと落ちたりするのでしょうか。先輩スタッフによると「11月は忙しい」というのが合言葉なんだそうですが、人間もやっぱり自然の一部なんだと実感するような、今月のお葬式件数の多さでした。

しかしお葬式って(というかその後の会食とかって)、あくまでも故人が比較的高齢者だった場合はですが、意外とそんなに「悲しみ」一本槍じゃないんですよね もちろん底に「悲しみ」があるのは言うまでもありませんが、個人的には「亡くなった人のための最後のお祭り」というか、「亡くなった人も交えての最後の楽しい集まり」という感じも、一方にはあって。

私の場合、父ことじーちゃんのお葬式の時、一番悲しかったのは、納棺の時と、火葬の時でした。
納棺の時は、それまで座敷に普通~に寝ていたじーちゃんが、いよいよお棺に入ると、「ああほんとに死んじゃったのか」という実感がじわじわと湧いてきて 「じーちゃんこのままじゃほんとに死ぬよ!起きるなら今のうちだよ!」なんて一生懸命テレパシーを送ったものです
火葬はひたすら「やだなーやだなー」とぞわぞわしっぱなしという感じで。じーちゃんの姿がこの世からなくなるというのがまず信じられない上に、釜の中で生き返っちゃったらどうすんのさという恐怖が って「子供か」って感じですけど昔ドリフの映画でそういうワンシーンがあって、子供心にめっちゃ恐ろしさがインプットされちゃったんですよね~~~ なので焼きあがった時は、お骨がきちんと寝たままの状態になってるのを見て、心から安堵のため息をついたくらいですいやマジで

そんなこんなで、段階踏んで「お前の親父はもう死んだぞ」「死んだんだぞ」っていうのを、それまで何度も念押しされてるので、会食の時は、ひたすら飲んで食べておしゃべりして まあ遺族としてちょっとハイになってる状態ってのもあるし、これまた遺族として「集まってくれた親族をもてなさなきゃ」って気持ちもあるしで、悲しみに浸ってるヒマはまだないってのも大ですが、年齢的に病気的に「いずれは」という感じではあったし、何よりもじーちゃんのために、ひさ~しぶりの親類縁者が一堂に会して、思い出話をしながら楽しく飲み食いしてるって、やっぱり「ありがたくもいい光景だなあ」なんて思えるんですよね きっとじーちゃんも喜んでいるであろうとか♫ 病気の苦しさもなくなって、一緒にニコニコしてるかなとか♫

この11月にスタッフとしてお見送りしたお葬式、それぞれに印象深いお式でした。乳飲み子を抱えて満州から引き上げ、高度経済成長の中を会津でたくましく生き抜いたおばーちゃん(と、その乳飲み子(おそらく現70代)が喪主となって、おばーちゃんの一代記を語られていました)、「おじちゃんはこういう(みんなで集まってわいわい飲んで食べる)席が大好きだった。今ここにいたら、きっと誰よりも楽しい話をして場を盛り上げていただろう」という親戚挨拶に、みんなが微笑んで頷いていたおじーちゃん、「最後にみんなで写真撮ろう」と、祭壇の前に全員集合して「すみませんこのカメラでも1枚」「あの~私のスマホでもお願いします」と、次々にカメラが差し出される真ん中でみんなに囲まれて微笑んでる遺影のおばーちゃん、「本当なら○○町の家でお葬式をするのですが、こうして会津若松市の斎場をお借りして行いました」と、原発事故に対する非難めいた言葉は一切ない喪主挨拶のその一言から万感の思いが伝わる、避難中のおばーちゃんe.t.c...

切なくも微笑ましく、悲しくもあったかい、そんなお葬式の数々から浮かび上がる思いは
人に歴史あり。歴史を作るのは人。
なのでした
(しかしこれはあくまでも、比較的高齢者のお葬式の場合は、です。比較的若い人のお葬式は、個人的にはただひたすら悲しいだけです
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テーマ : ひとりごとのようなもの - ジャンル : 日記

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