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不登校親はパンダで泣く(T▽T)

今回はちょっと番外編って感じで。

さて1月後半は泣いてばかりだったことは前に書きましたが。
このころは、それまで普通に見てた本や映画でも、思わぬところで泣いてしまうこと多々でした。
ある日の夕飯時なんか、「今日はこれ見よう」とKKがセットしたDVD「カンフーパンダ」で、ママまさかの号泣
もちろん心の中でですが、しっかしいったいカンフーパンダのどこに号泣ポイントがあるとゆうのか  いや映画自体は良質アニメだし、DVDを買うくらい家族で好きな映画でもあるのは確かですけど、「泣ける映画」では決してないコメディで、しかももう何度見たかってくらい見返してる作品なのに

たぶんそれだけ情緒不安定だったんですよね~
今まで、自信まで行かずとも、なんとも思ってなかったこと・無意識に正しいと思ってたことがすべてひっくり返されて、自分の中の判断基準みたいなもんがすべて「それじゃダメだ」とリセットされた状態にあったこと、そういう「指針を失くした」状態から来る、不安・恐れ・自責e.t.c...心の中はそれしかなくて、なんとかそこから抜け出したくて、あらゆるものから答えを得ようと、見るもの聞くものすべてを無意識かつ具体的に自分と結びつけて、心を揺さぶられていたんでしょう。

私がパンダで思いがけず号泣したシーン。それは亀仙人=ウーグェイ導師が亡くなるところです。
「内なる平和、内なる平和」と唱えながら座禅を組んでるシーフー老子からそのシーンは始まります。
この、悟りを得ようと座禅を組みつつ、どうしても悟れないシーフーの姿からして、「受容と共感、受容と共感」とお題目を唱えてるだけで、その境地に行き着けない自分とかぶって、既に身につまされてるのですが
(ちなみに「受容と共感」とは、問題を抱えてしまった子供、いやもしかしたら広く「子育て」に対する重要キーワードです)
そこに弟子から「敵が襲撃してきます」との知らせが!
シーフーがあわてふためいて、「悪い知らせです」と師匠であるウーグェイ導師の元へ駆けつけると、導師いわく
「「知らせ」は知らせ。良いも悪いもありません」
そういや「不登校」だってそうだよなあ、と思ってたら、「いや悪い知らせです。ヤツが町を襲おうとしています」と食い下がるシーフー。
それに対しウーグェイ導師は
「それは悪い知らせですね。君が竜の戦士の力を信じないならば、ですが」
こ、これはまさにママと不登校KKのことじゃないか!
KKはいつか自分で自分の道を見つけていける、その力を持っているとママが信じきれてないから、「不登校=悪い状況」とオロオロしてるんであって。
この導師の口調がまた終始穏やか~で、時に引いて、時にアップで語りかけられると、先述したような心境でいる人間としては、直接教えを受けているような気になっちゃうんですよね
「パンダ!?あれは竜の戦士なんかじゃない、偶然です」
「偶然などない、すべては必然です」
うんうんそうだ、今の不登校だって必然だもんな~。それまでの色~んな積み重ねの結果だもの。
と、頭がすっかり「不登校」モードになったところで、さらにダイレクトに迫ってくるウーグェイ導師。
「今のままでは、君も、竜の戦士も、運命を全うできませんよ。人を支配できるという幻想を捨てない限り」

ここら辺からもう涙腺決壊。

「例えばこの木です。私の望むように花を咲かせたり、実をならすことはできません」

「できることもあります!こうやって実を採ったり(と木を揺らして実を落とすも、その実が反撃するかのようにシーフーの頭を直撃)、種を自分の好きな場所に植えることだってできる」

「ですが、君がどうしようと、その種からは桃しかなりません。どんなにリンゴやミカンを望んでも」

「・・・桃では敵を倒せません」

「きっと倒せますよ。君が心から信じて、育ててやれば」

「方法は!?どうすればいいんですか。お力を貸してください!」

「ただ、信じればよいのです。約束してください。きっと信じると」

うお~~~んおんおん、うお~~~んおんおんおん
と、声を出して泣いたわけではありませんが、あの時はもうほんと心の中で号泣状態でした
なんでか涙が止まらなくて止まらなくて。

たぶん、自分でも心の奥の奥ではわかってたことが、画面から思いがけず語りかけられた動揺、及び奥の奥ではわかってたのに、実際は全然わかってなかった、そのことをわからされたっていう動揺がすごかったんだと思います。加えて、そのシーンの音楽につられたとか、先述したように、自分の基盤みたいなのが崩れてて、必死に救いを求めてる心境だったんで、言葉の一つ一つがものすごいパワーを持って響いたとかね

おそらく「洗脳」って、こういう時にこういうふうに効果を発揮するんでしょうね~。「新興宗教」とか「自己開発セミナー」みたいなやつとか。
偏見かもですがそういうのって、救いを求めてる=「それまでの基盤が崩れて、自分では判断できない、心の防御すらできない」状態の人を、単なる洗脳ターゲットと見なして近づいてくるのがヤ。さらに言えば、洗脳するために「それまでの基盤を無理やり崩して、心の防御を強制的に剥ぎ取る」ことすらしそうなのが激しくヤ。どんなにうまいおためごかしを言ってたとしても、その根底に「人を支配したい」という欲望をビシバシ感じるからヤなのよね。

しかし、それほど「人を支配する・される」ということに拒否感持ってる私が、自分の子には無意識にそうしていたということ。
しかも「無意識に」と言いつつ実は「心の奥の奥では(「パンダ」で泣いたように)わかっていて」「あくまでも親としての責務や善意のつもりで」「支配しようとしていた」ということが。。。

念のための言い訳ですが、私はKKに対して「いい学校に入れ」とか「エリートになれ」みたいな野望を持っていたわけじゃ全然ありません。
成績なんてどうでもいいと思ってたし(まあ良ければ良いに越したことはないし、テスト前とか、勉強に「努力して取り組む姿勢」を要求していたのは確かですが)、職業だって、それで食べていけてKKのやりたい仕事なら何でもいいと思ってたつもりです。つもりっていうのは、将来「それで食べていけて」と「KKのやりたい仕事」の間に誤差が出てきたら、「それで食べていけて」の方を私は押すかもという
けど、少なくとも大事なのは成績や職業なんかよりも、私みたいに人とうまくやれなくて、人間不信に陥って、社会不適応一歩手前みたいな、そんな暗黒の青春を送らないこと!すなわち「明るくて、コツコツ努力できて、人に好かれて」的な、そういう人間になって欲しい!
それだけは確かだったし、それが何よりも優先順位の最上位でした。そして、こう願うのは「親の愛」ゆえだとも。
だってぶっちゃけ言えば、他人の子がどんな人間になろうとかまわないもの でも自分の子が自分みたいに歪んだらきっと辛いだろうと思うにつけ、自分みたいになりそうな芽は、芽のうちにつんでおきたい、そうして「あるべき理想の子」になれば、この世はKKにとってきっと幸せな世界になるだろうという。
その点、私はエリートやらを育てたいわけじゃなかったけど、「自分が大学行けなくて苦労したから、お前にはいい大学に入ってほしい」とか「子供の頃家が貧乏で悲しかったから、お前は金持ちになれ」といった親とまったく同類なんですね。そしてそれは、よく言われる「親の見栄」や「世間体」あるいは「子供を使った自己実現」とかじゃなく(百歩譲ってその要素があったとしても、その優先順位は低い)、あくまでも「子供には幸せになって欲しい」という、わりと純粋な「親の愛」の一種だと、今でも思ってます。だから「愛情」ってこわい、とも。

しかしどんなに桃をリンゴやミカンにしようとしても、桃の種から育つのは桃。KKはリンゴやミカンじゃなく、ましてや昔の私なんかではハナからなく、KKという桃なのに。
「自分の子」というだけで桃と自分と同一視するあまり「桃じゃ社会に負けてしまう」と思い込み、リンゴやミカンにするのが親の愛だと信じて、結果的に桃を否定し。。。

「きっと倒せますよ。君が心から信じて、育ててやれば」
「ただ、信じればよいのです。約束してください。きっと信じると」

ここら辺はもう1回、自分のためにもっと詳しく書いて頭を整理するつもりですが。
ともあれ、今まで何回も見た「カンフーパンダ」なのに、こちらの状態によっては思わぬ号泣を呼び起こすっていうのは、「いかに普段の状態は心が防御状態で、良くも悪くも色々感じなくて済むようになっているか」を体感するできごとでもありました。
と同時に、「いい作品てのは、例えば「不登校」とか今抱えている問題そのものが描かれていなくても、必ず普遍的なことが描かれているから、いつ誰がどこで見ても「いい作品」なんだな~」「その良さが、こちらの状況によって見えたり見えなかったりするんだな~」なんても思ったり。
(けどたぶん、いい作品というか「好きな作品」って、その時はそこまでダイレクトに見えなくても、防御されてる心の深い部分にどっか引っかかるから「いい作品」「好きな作品」と思うんでしょうね~)

ちなみにこの時期、それまで同じように何回も読んでいたはずの「赤毛のアン」や「海街ダイアリー」などでも、同じような体感を得ました
いや~「赤毛のアン」とか、だてに100年残ってませんね 時代も環境も文化も違うのに、そこに描かれている、親子関係を成り立たせるための「愛情」その本質は、まさに普遍で。(マシュウなんてまさに、「受容と共感」「子供をただ信じる」を体現している!)
うちはモロ、マシュウ=ダンナでマリラ=私かな~と思うのですが、大きく違うところはマリラが「愛情って何?こわい」なんて思うことなく、自分でも気づかずに「愛情の本質」をガッチリ持ってる人だってことだな~と。
そうそうそのほか、不登校や受験、広がる未来とその挫折などなど、描かれたネタも内容も現代に通じていることに、何度も読んでたのに初めて気づいて、今更びっくり~!(アンって一時不登校児だったんですね ついでにその時のリンドおばさんのアドバイスも、現代と同じ)

「海街ダイアリー」は吉田秋生のマンガで、「パンダ」同様、直接不登校について描かれてるわけじゃないのですが、「家族」ひいては「人間同士」の関わり合いについて普遍的なことが、読めば読むほど全編からにじみ出るという感じで。特に何でもない会話ひとつ取っても、私には「正しいコミュニケーションのありかた」を教えてくれるように思えました。「バナナフィッシュ」や「夜叉」みたいな派手さはないので、これまた私が普通の状態だったら、スケッチを眺めるようにサラ~ッと読み終わって「ああいい話だったね」で終わってたと思いますが(実際、雑誌で読んだ時はまさにそんな感じだった)、今は1ページ1ページ、スルメを噛みしめるように読んでる感じです
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テーマ : 不登校 - ジャンル : 学校・教育

コメント

桃の種から桃って、スゴイ真理だね!

でも、桃からひまわりとか大根を望んでいないかと言われたら・・・・あるあるあるあるあるある!世の中の親、半分はそうだろうよ・
K&Uさんはどうだったの?そう育てられたの?
私は、そう育てられてない(というのが刷り込み・洗脳っていう高度なワザか?)と思うけど、我が子には初期の頃それを望んだような・・・・。で、今は、吹っ切れてしまったというか・・・。

親もさぁ、育て方変えろ、もっと子供を愛しなとか、愛し方がどうって言われても無理じゃんねえ。人ってかわらんじゃん、そんなに。気楽な男とか、育児以外に認められる場のあるキャリア女性の言うことよ。そんなの。親子で離れている時間が長い人間だけが言えることだよ。

気づくことは大事だけどさ・・・神じゃないから・・・
私はK&Uさんが自分を責めすぎなんじゃねが?と思ってるよ。

まあ・・・・母性神話がはびこる世の中、育児専業はにつらいよ。マッチポンプというかね。
こんなのがあったよ。まあ、直接関係ないかもしれんけど、何かの足しになるような気もするからはっとくね。・・・

[人生案内]次女生まれ 長女目障りに

2014年3月5日読売新聞


 30代女性。育児休業中です。次女が生まれ、それまで大切でかわいく思っていた長女の言動や顔が目障りに感じるようになりました。

 テレビに夢中で私の言うことをきかない長女に怒りを抑えられず、暴言を吐いて腕を引っ張ってしまいました。長女は私に「抱っこ」とねだり、「私のこと好き?」と確かめるようになりました。そのたびに「大切だよ」と言いますが、心からはそう思えないのです。

 そのうち、長女はトイレに何度も行くなど異変が表れました。市の育児相談に通い、今は自分の気持ちを落ち着け、ヒステリーを起こさない努力をしています。

 しかし、次女には自然と笑顔を見せられるのに、長女には使命感から話しかけていると感じます。長女も私が次女の方をかわいがると感じているようです。長女を心からかわいいと思うにはどうしたらよいでしょうか。(兵庫・I子)

                ◇

 わが子はどの子も分け隔てなく愛したいと考えているのに、それがままならないのですね。

 長女をかわいく思えなくなったのは次女が生まれてからとのこと。おそらく自我も芽生えている長女は、乳飲み子の無垢むくな愛らしさとの対比で、年齢よりもずっと大きくあなたの目に映っているのではないでしょうか。無条件に愛情を注ぐ対象から少し離れてしまったのだと思います。

 愛されたいと必死になっている子どもの気持ちを思えば、致し方がないでは済まされない問題ですが、とかく人は愛情を持てない対象に対して無関心になりがちです。でも、あなたは長女を愛せなくなったことを真剣に悩み、必死に対策を打とうとしています。すでに十分長女を愛していると思います。

 ただ、乳飲み子と同じように愛そうとするのではなく、長女の成長を見つめ、育とうとしている姿に感謝の思いを持って下さい。子どもを平等に愛するということは同じ愛情を注ぐこととは限りません。年齢や性格の違いに応じた異なる愛情も必要です。

 忘れてならないのは、子どもの気持ち、悲しみを察するやさしさを失わないことです。その点、あなたは大丈夫ですね。   大日向雅美(大学教授)

Re: 桃の種から桃って、スゴイ真理だね!

だよね!私もカンフーパンダのあのセリフは「真理だ!」と思った!
わかってることなんだよね。普通にわかってることなのに普通にそうしてることだから余計に「うおお!」と思っちゃった(^^;)

「吹っ切れてしまった」ってすごいよ。私の場合はむしろ、KKが小さい頃の方が「桃は桃でいい」って思ってたのに、大きくなるにつれて「このままいったら・・・」って心配性が出てきて口うるさくなっちゃった気がする;;
私の育てられ方ははっきり「桃は桃でいい」だった気がする。その点は感謝してるんだ~(でも母親は性格的にあんまし好きじゃなかったな~(^^;)) 

うんうん、「愛し方が」なんて、考えれば考えるほど「頭で考えた愛情」になっちゃって、本来の愛情とは違う方に行っちゃう気はするよ。愛情って、頭から出るもんじゃないもんね~;;接する時間が限られている人の方が、愛情を感じやすいだろうなともすごく思う!たまに会うから優しくなるとか労われるって、親子関係でもよくあることだもんね。

私も、記事みたいなことを書いておきながら「でもこれって多くの親もそうじゃないの?」とも思って正当化してるとこがあるんだわ(^^;) だからKさんの「自分を責めすぎ」っていう言葉にも、すごく救われたりしちゃうし;;
ただ、そういう自分に対する甘さみたいなとこがあるから、なおさら自分で書いておかなきゃと思って。そうしないと私の場合すぐ忘れて、また同じこと繰り返しそうでさ~;;(自分に甘いから(>▽<)
たぶんうちの場合は、KKが不登校になった「真の理由」は、私がKKにしてきた刷り込みだ(それをベースに色んな悪条件が重なった)っていう気がヒシヒシしてて。ここら辺はまた書くつもりだけど。

新聞の人生相談(?)記事もありがとう~~~!
この人の気持ちもよくわかる気がする。特に
>次女には自然と笑顔を見せられるのに、長女には使命感から話しかけていると感じます
っていうあたりとか、もろUが生まれてからの私と同じ気が。。。私なんてこの人よりもっとひどくて、上の子の時は「育児=辛い」オンリーだった気が;;下は育児に慣れて、ちょっと余裕ができてくるんだよね~

それで思ったんだけど、不思議なことにKKが不登校になってから、2人ともそれぞれ違ってかわいいと思うようになった気がするんだよね。年齢も状況も違うから、2人への向かい方はそれぞれ違うんだけど、でもやっと2人それぞれに対して向かい合えるようになった的な(それまではKKに対して「辛い育児だったけどだんだん手が離れていってよかった(その分口出しが増えた;;)」だけな気分だった気がする)。

そうそう!

私も長男とは確執があったからね、K&Uさんの言うことわかるわ~~
第一子って、だから気の毒だよね。周り見てもそうだと思う。母親が新米だし、下に生まれるともうはじかれるしね・・・
昔はばあちゃんとか近所のおばちゃんとかいたからね。受け皿があったから・・・
今はないもの・・・。

と、思うと、長男に対して、「よくぞこの至らぬ母の元で、それを真に受けず、宇宙人の道をすくすくと育ってきたものよ」って思ってしまうもん。いや、宇宙人には変わりがないんだけどね!!

そうそう、K&Uさんの葛藤を読んで「あるある!」って思う人って多いと思うよ。逆にナイ人って、すげー母性のある人か、キャリアウーマンかのどっちかじゃないの。それほど、第一子専業主婦一対一は、キツイんだよ。だから、私、一人っ子でいいとか言っている人には、その下に産まないと子育ての楽しさなんてわからんじゃんなあ~って残念に思うよ。

友達が第3子は孫みたいって言っていたけど、私も双子はそうだったよ。もう。
子供はね・・・カネかかるけどいっぱい産んだ方が絶対にラクなのにね。そういう特集しないから少子化とまらんのよ。金かかる金かかるって、・・・いや、あんたらどんだけ外食とか旅行とか通信代とか洋服代、ダイエットオシャレ代、車代かけてんの、つましく生きてみな、なんとでもなるでしょうに、って思うんだよね。経済界の陰謀だと思うけどね。そこがおかしいって論調にならんのはね。

Re: そうそう!

うん、ほんとに、私もUが生まれてから「この気持ちでKKを育てることができてたら、どんなによかったろう」っていう、やり直したいみたいな心境があったなあ。ほんとKKに申し訳なかった;;

でも長男さんすごいよね!!長男ってやっぱしそういう、新米母ゆえの不安定さをもろにかぶるから、やっぱしちょっとプレッシャーに弱かったりして、ちょっとのことで凹んじゃいそうだけど、Kさんの長男さんは自分から体育会系を選んで頑張れるんだもん!ほんとうに、歪まずすくすく育った(育てた)んだなあと尊敬するわ~

うん、経済状態とかじゃなくて、こと親と子の意識とか関係みたいなことだったら、子供が多くなればなるほど楽になるだろうな~って思う。ま私は2人しかいないからわからないけど(^^;)、子供同士で育つ部分が多くなるもんね♪
けど双子を育てたのはKさんやっぱしすごいよ;;知り合いにやっぱし双子を授かった人がいたけど、赤ちゃんのうちはめっちゃ大変そうだったもん(><) 片方が寝てるうちにおっぱい飲まして、やっと寝かしつけたらもう1人が起きてきて・・・とかさ。そういうのをKさんが乗り越えてきたと思うと、やっぱりここでも尊敬だわ~!

子供はね~。いないよりいた方が(たとえ子供が不登校になったとしても)絶対いい!と、個人的には思うけど、どうなんだろね~?少なくとも私の場合は、子供がいなかったらこの世にわからないことが多すぎた、みたいな感じはするよ(未熟者(*^^*))
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