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ウツ病ダンナありがとう

1月後半のママはほんと、隙あらば泣いてました
掃除機をかけながら嗚咽、米を研ぎながら落涙、シチューをかきまわしながら涙目e.t.c....って感じ

このころは、保健の先生たちのアドバイスに従い「休んだ日は時間割どおりの教科を、自宅学習で」という取り決めになっていたのですが、これもKKには苦痛のようで、朝起きてこなかったり、教科書を広げてもうつろーな目で手が止まってたり。
「学校行こう」とはもはや言わなくなっていたママも、今度はそれが「自宅学習しよう」にすりかわっただけで、「ほら手が止まってるよ」「もう2時間目の時間だよ」等々、口うるさく言うのは相変わらず。
おそらく後の記事で書くと思いますが、そのため「KKブチ切れ事件」が起こり、「ああ自宅学習もダメだ」と。
学校もダメ。学校がダメなら自宅学習を、とそこに希望をかけていたらそれもダメ。と、だんだん退路を断たれていくような進み方が、ほとんど恐怖に近い不安で。

そんな毎日の中、下向いて米研ぎとかの単純作業してると、「このまま学校へ行けず友達もいなくなり」「勉強もできず高校へも行かれず」「就職もできずひきこもり」というまっすぐな道筋で頭がいっぱいになっちゃうんですよね。で反射的に涙がじわっと;; 
不登校本などでは、「涙とため息は厳禁 子供への無言のプレッシャーとなります」というのが共通見解でしたが、このころの私は「厳禁」どころか、逆に「独り言」まで加わって、盛大にグチグチハーハーと泣きながらつぶやいてはため息ついてました(掃除機とか米とぎとか、やかましい音に紛らせてハーハーするのがせめてもの親心

せめてもの親心パート2として、「涙・ため息・独り言」は主にKKのいない台所で炸裂させていたのですが、ここに救いの神降臨 タバコを吸うため換気扇の元にやってくるダンナです
このころダンナも、ウツにつき家で療養中だったので、換気扇のとこにしょっちゅう来てたんですよね。
ママも「このまま休んでいていいのか」「いったいいつまで休み続けるのか」「休んでる間勉強しなくていいのか」等々、いつもはお米やシチューに向かって問いかけてるところダンナが横にいれば自然、ダンナに問いかけ。
といっても、別に答えを欲しているわけではありませんでした。単なる吐き出し=独り言の延長線上であり、答えのない問いだと自分で思ってたので。

んが!それらに対するウツダンナの答えが、なんかもうことごとく腑に落ちるものばかりで!!
「いっそ一定期間休んだ方がいいんだよ。そうして気持ちがリセットされた方がいい」
「勉強なんて後からできる。今は気分をリラックスさせる方が重要」等々。
そう、不登校本に書かれているあれこれが、不登校本なんか1冊も読んだことないダンナの口からことごとく出てきてビックリ
そして、不登校本を山ほど読んでも、「ほんとにこれでいいのか?」「そうやって10年20年とひきこもってる元・子供たちがいっぱいいるんじゃないの?」と、書いてあることをイマイチ信用し切れなかったママも、同じことをダンナに言われると、「ああやっぱし本に書いてあることは正しいのかな」と、なんか納得で。
「俺もそうだけど、落ちてる時ってほんとに何もする気が起きないんだよなー。やらなきゃいけないってことは誰に言われるまでもなく自分が一番わかってるんだけど、体が動かないんだよ」
「何かする気になれば、そのうち学校に行く気にもなるさ。だから今はゲームでもなんでも、好きなことして気持ちをリラックスさせた方がいい。俺は病院でそう言われてるよ。とにかく休め。好きなことしてろってさ」

ちなみにウツ病とは、お医者さんいわく
「よく心の風邪って言われるけど、メカニズムから言えば女性の生理に近いね。脳から出る分泌物のバランスが崩れるから起こるんで、それを薬で正常に出すようにするんです」
とのこと。
症状は人によって違うのかもしれませんが、ダンナの場合、ウツになると、とにかく夜眠れない、朝起きれない、外出する気がなくなる、というか全般的に何もやる気が起きない。
ウツ状態MAXの時は、食事以外口もきかず、ずーーーっと寝っぱなし。食事も、ほんとは食欲ないみたいですが、作った私に気を遣って食べてくれている様子。
良くなるにつれて、起き上がってる時間もタバコの本数も増えてくる感じで(←増えんでよし)会話も普通の頻度に。もっとも人と話すのは基本的にすごーく消耗するそうです。ボキャブラリーや判断力が低下し、さらに相手に気を遣うがゆえに。
とはいえ、ウツだからってそんな人が変わったような思考回路になるとかキレるとかなんてことはなく、また普段からおしゃべりな人ではないこともあり、MAX時期以外は基本的に、ウツダンナ=普段と変わらないダンナです。ただ夜寝れず、朝起きれず、会社に行けないだけで

「ウツになると、わけもなく胸がざわざわして、不安でいっぱいみたいな、ヤーーーな感じになるんだ。あれは・・・辛いぞ~~~」
普段、いやウツの時ですら「辛い」なんて決して言わないダンナが、以前何か話してた時にふとそう言ってた時は、思わず涙目になってしまったものでした 「そんなに、そんなに辛いのか。ウツって」と、なんかダイレクトに伝わって。
そしてもう1つ、個人的に「これがウツか!」とすごくわかった気がしたのが、ネットで見た「ウツになるってことは、周りの人間がみんな松岡修造に見えるってこと」という言葉 ああ周りの人間がみんなあんなふうに、無意味にパワフルで、無闇に正論放ちまくりで、ハタ迷惑なほど生き生きとして、それらに囲まれて自分がいるように思えるんだ~と思ったら、なにかすごく「ウツをつかんだ!」って気が いえ決してシューゾーさんに恨みはありませんが
以前こんな会話をウツ中ダンナとしたことがありました。
「また昨日も眠れなくて、夜中の3時まで起きてパソコンしてたよ。だから朝起きれなかった」
「「22時になったら布団に入る」とか、決めてもダメなの?そうすれば自然と寝ちゃうんじゃない?私もそうだけど」
「それができないからウツなんだよ」
「う~~~んわからない。なんでできないの???時計を見て、その時間になったら布団に入るだけじゃん(←責めてるんじゃなく、素でわからない)」
「お前と俺は違う人間なの。それにウツじゃない時は俺もそうしてるよ。「夜早く寝れば朝早く起きられる」なんて、自分でもわかりきってることなんだから。それでもできないんだよ」
今思うと、私のこのわからなさぶりとか、ダンナの答えとか、KKの不登校にも通じるものがあるなあと。
結局私はわからないまま、ただ「まあ私が何か言って、いい大人である他人を変えることなんかできないよね」という確信と、「妻までシューゾー化しては苦しかろう」という妻心(?)で、ダンナがウツになった時は極力放っておくのが常です。それが結局、一番ありがたいみたいだしね。

という感じで、ウツと不登校って根本的には違うものなのですが、そうなった時の気分とか、その気分の結果として表れてくる言動などは、わりと似てる部分多々だと思います。
なのでウツダンナとしては、不登校KKの気持ちがすごーーくわかるみたいで。
例えば、「なにも朝から学校に来て勉強しなくてもいい。100%目指さなくても、ほんの顔見世でも保健室に来れれば、つまり20%でもできれば、「学校に来れない」という0%よりはるかに大進歩!20%が5日集まれば100%!素晴らしいことじゃないの♪ だからいつでもいいから1歩でも学校に来て」
といった保健の先生の説得などは、私にはうんうんまったくそのとおりという感じなのですが、KKに言わせると「保健室に行けるなら朝普通に教室行ってるよ」だそうで、う~~んそこら辺がど~もよくわからない。
しかしこれもダンナにかかれば
「20%できればOKって言われてもさ。本人は100%したいんだよ。だからたとえ20%できても、「20%できたヤッター」じゃなくて「20%しかできないこの俺ときたら」って思っちゃうんだよ。だからウツ病になっちゃうんだけどなハハハ
な~るほ~どね~~~ 万事テキトーにしてきた私には思いも寄らない思考回路で目からウロコ!
他にも、「学校に行けばゲームの時間増えるのに(という保健の先生との取り決めアリ)、なんでそれでも行けないんだろう。あんなにゲーム大好きなのに」という私の問いに
「ゲームと学校行くのは別だしなあ。そもそもKが今ゲームしてるのは、別に楽しいからじゃなくヒマつぶしだから。それ以外にすることやできることがないから。学校へ行かなきゃいけないのはKKが一番わかってる」
たま~に行って(1月後半は2回だけ保健室登校)自信がついた様子で帰ってきたと思ったら、その後ぱったり行かなくなるKKが解せない私に
「KKはマジメなんだよな~俺と同じで(←)。だから学校行くと頑張っちゃうんだよ。それでガックリ疲れる」
などなど。
KKの気持ちがまったくわからず、従ってKKの言動ひとつひとつに一喜一憂し、どう接したらいいのか、極端な話それまでKKに普通に話していた言葉ひとつ、いつどうやって言っていいのか悪いのかもわからない。
そんな私にとってウツダンナは、不登校KKの翻訳家であり、聞きたい時にすぐ聞けて、なおかつ「今のはこういう言い方に変えた方がいい」とかその場でアドバイスをくれるカウンセラーであり、変わらず頼れるダンナなのでした

中でもひときわ印象深く覚えているダンナの言葉が。
ある時ダンナがタバコを吸いにきたら、そこには相も変わらず鍋をかきまわしながらベソベソと泣いてるママ。
「なんかKKのことを色々考えてると泣けてくるんだよね~」と愚痴るママに、パパはふんふん聞きながら
「それはKKのための涙か。それともKKが自分の思い通りに動かないっていう、自分のための涙か」

「自分のための涙なら、水分の無駄だぞ

あっそれだ!それだよ~~~~~~~~~

思えば私が泣いてるのって、学校へ行かないのもそうですが、「KKが朝になっても起きてこない」「勉強に集中しない」「時間になっても取り掛からない」等々、私が「ああすればいいのに、こうしたらいいのに」と思ってることをKKがしないって時がほとんどだったんですよね。勝手に「相手がこうすればいい」と思って、相手がそのとおりに動かないことにイライラして、その結果「これじゃお先真っ暗」と自分で勝手に決めて悲しんでる。

ウツダンナがウツまっさかりな時も「こんなんじゃうちはどうなるのかしら」と、ダンナが「自分の思う普通」な行動をしてくれない・できないことに涙したことは多々ありましたが、しかしそれほど絶望せず、極力放っておくことができたのは、長年の付き合いで「ウツには波がある。今の状態は一時的で、いつかまた起きて会社へ行けるようになる」というのが経験的にわかってることと、あとはやっぱり「相手はもう大人なんだから。大人の他人なんだから。他人は自分の思い通りになんてならない」と思っていたからです。人は思い通りに動かすんじゃなくて、そういう人だという前提の下につきあっていくもんなんだという。

それが自分の子となるとコロッと変わって「子供が自分の思い通りに動くようにするのが「教育する」ってことなんだ」と、私だったら一番反発するようなことを、どっかで当然のように思ってたんかな~と。いや小さい頃ならそれはある程度当然だと思います。けど相手が中学生くらいなら、それはもう「1人の人間として尊重していない」っていうことになるのかもな~とか。

「今泣いてるのは、相手が自分の思い通りに動かないゆえか否か」
ダンナのこの言葉は、私にとってまさに天啓でした。どうにもならなくて涙が出てしまう時、ダンナが言ってくれたこの言葉に当てはめて涙を仕分けすると、私の場合「ああまた水分を無駄にしてる」と思えてちょっと冷静になれます。それで涙が引っ込むとは限りませんけど少なくとも、それ以上「悲劇のヒロイン」気分に陥ることは回避できる。
(あくまでも私の場合ですが、育児本に良くあるような「ママは家族の太陽 家族のためにいつも明るくね♪」とか「お母さんは常におおらかに落ち着いて」なんていう言葉は、時に「泣いてちゃダメよ自分。私の気持ちなんかは抑えつけてお母さんらしく!」とか思うあまり、悲劇のヒロイン化して余計に涙が止まらなくなる結果に
と同時に、例えばKKがダラダラしてる(ように見える)とか、思い通りに動いて欲しいとかで何か言いたくなる時、あるいはなんてことない会話の最中でも「今言おうとしている言葉は、同じ状況の時にダンナや友人にも言えるか?相手がダンナや友人なら、もっと別な言い方してないか?」と自問自答するようにも。
(もっとも、言ってから「あっしまった」と思うことも相変わらず多々ですが

余談ですが、今までダンナに「お前はどうしてそう否定から入るんだ」と言われ続けていたママ 友人たちとの会話なら、率先して「うんうんそうだよね~」反対意見にも「あっそれもわかる~」ってな具合で、心から同調しているコーモリ野郎ぶりなのに、家族だと甘えが出てしまうのか「でもさ~」が多いらしいです(自分じゃわからない) そして今までは「でもさ~否定してもいいじゃん」(←)としか思ってなかったのですが、これもせっかくの機会ってことで治そうかな、と

というわけで、ダンナのおかげで少ーし涙が減った今日このごろなのでした♪
しかし試行錯誤の日々は続きます。
(続く)
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テーマ : 不登校 - ジャンル : 学校・教育

コメント

夫婦って・・・

きょうも金言が・・・
・「20%できればOKって言われてもさ。本人は100%したいんだよ。だからたとえ20%できても、「20%できたヤッター」じゃなくて「20%しかできないこの俺ときたら」・・・コップの水のとらえかたの「もうこれしか」「まだこんなに」、のように、とらえかたがもう否定から入ってしまうんだね~~。

・「それはKKのための涙か。それともKKが自分の思い通りに動かないっていう、自分のための涙か 自分のための涙なら、水分の無駄だぞ」・・・焦ってるときに「あ 自分は焦っている」って気づくだけで、よい、そうなんですがhttp://softairgun39.blog.fc2.com/blog-entry-457.html
気づいた ってことはすっごい大事だね。(言われたらぐさっときそうだけど、感謝できるK&Uさんはエライわ~)

・周りがみんな松岡・・・これは、わかりやすいね~。私基本的にブログ書き手の時って、松岡とかゴン中山みたいな前向きズム正論主義者っぽいようにも思う(反省)←リアルはそーでもないんだげんちょも(._.)

だんなさんがいてよかったね。今まで謎な関係だと思っていたけれど(冷蔵庫とか・・・)夫婦の意義はこういうところにあるんだとしみじみ感じるのです。夫婦は運転席と助手席に乗っているのに似ているね。家庭という半閉鎖的空間で、同じ方向を向いて走る。一人でも行けないことはないけどね。運転手が眠いときとか疲れたときは助手席の連れ合いがいると代わってもらえるし・・・運転できなくても合いの手(愛の手❤)を入れてもらえることで、心は安らぐしね。渋滞でも道に迷っても二人なら大丈夫だと思える

いい伴侶を持ったねぇ。夫婦は似ていない方がいいと聞いたこともある。そして、年とるに連れて似てくるとも言われるね。それは違う二人同士が、だんだんわかり合えるからだろうかね。

Re: 夫婦って・・・

そうそう、ダンナによるとこれがウツになるポイントらしいよ(^^;)>「20%もできた」じゃなく「20%しかできない」
若い頃は仕事上の判断とかなんでも自信満々だったのに、最近は自分の判断1つにも自信持てなくなってきて、これがまた辛いって。中年期以降のウツって、寄る年波による気力体力の低下に加え、中間管理職ゆえの立場というか、色々な面で「自分を通せなくなる」っていうのも大きいのかもね;; KKもだけど、調子が良くて「これでいいんだ」って思えてる時は「20%もできた」って自然に思えるのかもだけど。

うん、なんかこれに気づいたら私はぐっとラクになった(>▽<) 「自分のための涙を流すのは「悪い」」ってニュアンスでダンナは言ってないのも救われたかも。ただ「それで悲しがってもしゃーないさ」みたいな感じなだけで、そのとおりだなあと。(ダンナが例えばすっごい自己中人間で、それを棚に上げて「自分のために泣くなんてダメ人間」みたいに言われてたらぐさっときたというか、めっちゃ怒ってたと思うんだけど、ダンナはほんとに「自分に都合よく人を動かそう」みたいなところがまったくない人だからね~。だからウツになっちゃうんだろうけど(^^;))

え~Kさんのブログは、そこまで松岡とは感じないよ!前向きなのは確かだけど、同時に世の正論に異議申し立てするところがあるじゃない?
そういえば、昨日うちで「ダッシュ」見てて「宙船っていい歌だよね」って話になってさ(^^;) あれも基本は「自分で舟をこいでいけ」っていう前向き応援ソングなんだけど、「お前が消えて喜ぶ者が世の中にいる」っていう、ものすごくシビアな認識があっての応援ソングなんだよね。そこにすごく惹かれるというか「さすが中島みゆき」って感じで♪ 松岡的な前向きソングだと「皆がお前のことを優しく見守っているから大丈夫♪」みたいな薄らバカな歌になりそう(>▽<)

アハハうちは基本茶飲み友達だから(*^^*) ラブラブ夫婦じゃ全然ないんだけど、私的にはそれが居心地いいというか、適温なんだよね~♪
うんうん、同じ方向を向いて、でも同じ人間じゃない、同じことをしてるわけじゃないっていうね。Kさんがよく書いている「役割分担」でもあるかな?自分が苦手なとこは助けてもらって、得意なとこは受け持って。
私の場合、やっぱしダンナのことは尊敬というか、「この人の目指す方向は間違いないから、そっちについていけばいい」っていう信頼感みたいなもんがあるんだわ。私は自分だけが目指す方向に突っ走っちゃうこともあるんだけど、ダンナはそういうとこがほとんどなくて、「それは皆のためじゃなくて自分のためだろ。でも自分の好きなことをするのはいいことだよ」的な人だから。

なんか今回はノロケになってしまった気がするけど(*^^*)要はどんな夫婦でも、お互いが一緒にいてしっくり来てるんなら、それでいいのよね、きっと♪

Re: No title

sizrさんこんにちは~♪

自分のために涙を流すのは全然いいと思うんですよ!それで気持ちが切り替われるならむしろ必要で。
私の場合は、それでスッキリすることがあまりなく、解決から遠ざかること多々だったので(^^;)「私にはダンナの言ってる方がしっくり来るな」と。

ほんとにダンナには救われてます。ことKKの不登校に関しては、かな~りダンナに頼ってるかも(^^;)
ダンナとKKが似てるってのもあるのかな?マジメなところはほんと似てると思います。
私も 「いいじゃん。そんなに頑張らなくても出来ることやれば」って思っちゃう方なので、そんなKKをうまく理解できないというか、うまく伝わらないというか。
(と思ってたんですけど、子供に関しては自分を棚にあげて「いい加減じゃダメよ」オーラをビシバシ出してたのかもと今になって;;)

お友達のお話、ありがとうございますm()m
簡単にこんなこと言うのもどうかと思いますけど、でもやっぱり、励まされました!!
「みんなそれぞれに色々あり、頑張っているんですね」本当にそのとおりですね。。。笑っている人は、決して今が楽しいから笑ってるってだけじゃないんですよね。そして今はなんだか、そのことが私の背中をすごく押してくれる気分です。
どうかいつまでもお元気で、と遠くから願わずにいられません(><)
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