八重の桜・最終回

会津の町を桜色に染めた大河ドラマ「八重の桜」も、ついに最終回~~~
会津在住としても、個人的には異例なことに1年間ドラマを見続けた視聴者としても、昨日は放映前からなんだかソワソワしちゃって ある種の興奮をもってTVの前に陣取るという「特別感」が昨日はありました。
が、最終回の内容そのものは「普通」でしたね~~ 八重の人生がまだ道半ばなせいか〆方のせいか、このままもう数話続いてもおかしくなさそうな感じ。ここぞとばかり盛り上げようとしないところが、いかにも「八重の桜」らしい終わり方ではありましたが

今回は長くなりそうなので、心に留まったシーンだけ(と言っても長いですがm()m)
さて最終回は、日清戦争での負傷兵を看護するところから始まり。
病院の様子は、圧倒的にノベライズより画面の方がよかったですね。ノベライズってやっぱり小説ではないんで、「描写力」という点で画面に負けちゃうんですよね。患者さんを動かす「1,2,3」とか、臨場感あってよかったです。
その後の、看護婦さんたちが口々に不満→「初めてのことにはいつでも反対する人がいる。私たちがまずやってみせよう」と教え諭す八重、このシーンも素直に良かったですね~~♪ 前編から引き継いでる意志がセリフの背景としてあるので、八重が言うのも説得力あって(セリフの説得力って、やっぱしこういう積み重ねよね。突然出てきたようなセリフだけ言ってもあんましね

という病院生活の中、取材に現れた徳富君。今回徳富君がらみのところが、見ていて面白く、かつ最終回が「普通」と映った原因でした。「徳富君によるこの問題提起は次回どうなるのか」と思わせながら、そのまま終わっていくので、結果的に「この話はまだ何も終わってない」という、最終回っぽくない印象が。

ここで、勇ましい話ばっかじゃなく現実も書いてと頼む八重ちゃん。ここも、先週までの流れなら「反戦平和に役立つ話も書け」になりそうなところ、「戦地の衛生向上に役立つ話を書け」というのがとことん現実主義な考え方だなあと。こういうところは筋が通ってる気がするんだけど、全体を通してみるとなんだかちぐはぐな印象を受けるのよね。「戦争にならないようにしよう」というのと、「起こってしまった戦争の中で力を尽くそう」というのは、決して矛盾しないはずなんだけど、何か矛盾を感じるのは「戦争にならない方法もあったはずだ」→「こんなバカげた戦争をしてしまったんだから、いくらその中で力を尽くしてもそれはすべて無駄」という、しかもどっちも主語を「会津は」のみとして語られたという印象が、先週植えつけられたせいだと思います(個人的印象)

さて八重ちゃんに「戦病死のことも書いて」と言われた徳富君はしかし、「今は士気を鼓舞する記事が優先」と反撃。こうしてマスコミにより戦争が煽られる時代になりました、という描写ですね。
ま徳富君の新聞は、同じ新聞でも現代の大手マスコミ読売朝日とかより、どっちかといえば「赤旗」みたいな「思想紙」に近い(主張は真逆だけど)と思うので、イデオロギー丸出しの記事が多くなるのは致し方なし。
しかし最近「新聞と「昭和」」という本を途中まで読んだら、大手マスコミはマスコミで難しい立場だなと。
この本、昭和初期の恐慌や満州事変などの「歴史的転換点」を、報道がどう扱い、世の中がどういう流れになっていったかみたいなのを、朝日新聞の取材班が軽めに検証しているのですが、途中まで読んだ感想としては「報道するも地獄、しないも地獄」みたいな
5.15事件に顕著ですが、例えば犯人側の陳述・言い分などを事細かに報道することで逆にテロへの同情を煽ってしまう。テロに同情した人々からのリアクション(小指を送りつけるとか、なんと19歳女子による飛び込み自殺まで)を報道することで、ますます同情は大きくなる。実際、同情の余地は大いにあったのでしょうが、その同情が大きな輪になることが、結果的に第2第3のテロを呼ぶという悪循環に。
かといってマスコミも、すべてを報道していたわけではなく、例えば「満州某重大事件」。
現地記者などはわりと「これは中国側の仕業じゃない、日本軍が仕掛けた」という情報もゲットしていたようなのですが、あえてそれを紙面で追及することはなし。もちろん言論統制などもあったのでしょうが、同時に「それをスクープすることが国益に反するかも」という自粛が働いた面も大いにあると。戦時も同様ですが、いかに個人が「戦争反対」と思っていても、実際に戦争の中でそれを言ったら、状況の足を引っ張るだけじゃないか、何もならないどころか逆に害悪にしかならないのではないか、という、「保身」とはまた別の、「現実的な考え方」がそうさせることもあるわけですね~。どんなに政府あるいは軍部に反対意見を持っていても戦争反対でも、1人の日本人として日本が潰れていいなんて思ってるわけありませんから、報道したことによる対内・対外的な影響を考えると、ついつい「自粛」の文字が浮かんでしまう。そしてそれが結果的に軍部の追従となり、やがてはどんどん言論統制という形で首を絞めることになっていってしまう。
しかし、じゃあ日本が世界中から反感買うのを恐れず、どんどん真相スクープすればよかったかというと、やっぱり私としては一概にそうだとも思えず。難しいなと思います。つまり、報道した結果ある方向に煽ることにもなれば、報道しなかった結果ある方向に煽ることにもなるというわけで。これはもうその時の世の流れとかそういうのの関係性でしか言えず、それを言えるのは後世になってからだという。
(この本、時系列ではなく「統帥権干犯」「テロの時代」といった具合に、かぶってる時代をテーマ別に語っているので、世の中の流れを頭の中で再編集しなきゃいけないのがめんどくさいのと、「朝日はこの時これには加担してなかったんですよ~」という言い訳くささが最初のあたり鼻につくのが難点ですが読み進むにつれて引き込まれます。昭和に興味のある方にはオススメ♪)

徳富君に関してはもう1コ、板垣死すともと対面した時もよかったですね~。強硬外交を唱える徳富君に、死すともが「おんしゃあ、若いの」としみじみ言うと、徳富君は一言「ええ」withスマイル
この時の徳富君のニヤ~~がよかった!視野は狭いけどパワーだけはある若者特有の(?)強硬論。これからは徳富君たちみたいな若者が時代を動かしていくんだという、恐ろしさと旧時代との決別が、このニヤ顔一発で

そうして日清戦争は終わり、八重も久しぶりの帰宅。
「ジョーが目指した、敵を憎まず、苦しむ人、悲しむ人に寄り添う世界-私はちっとでも継げているべか」
とジョーの写真に語りかける八重ちゃん。しかし思うんですけど、「敵を憎まず」って、八重ちゃんみたいに、敵を倒そうと戦い、しかし倒せず、家族から故郷からすべてを敵のために奪われたって人が、「敵を憎まず」っていうのは相当大変なはずで、なのにこのドラマではその大変さを、八重ちゃんを通してあまり描かなかったなあという印象がひしひしと
単に憎むべき敵に出会ってないから「敵を憎まず」と簡単に言えることも普通にあって、というかそっちの方が現代ではむしろ普通かもで、でも八重ちゃんの「敵を憎まず」は全然そんなレベルじゃないんだけど。なんかたまたま運が良くて「敵を憎まず」と言ってられる人が、敵を憎む八重ちゃんを「憎しみに囚われてる残念な人」と見ないよう、ドラマで「敵を憎む」描写を封印した(ように見える)のが、それこそ残念でした。そんなお気楽な人の脳みそぶんなぐるくらい敵を憎んで、そしてそこから解脱する様子を描いて欲しかった(腕相撲で解脱なんかしないでさ~

一方、戦後の三国干渉が納得いかんと怪気炎を上げる徳富君
「新聞の使命たい!」と炎上する兄貴を、「しょせん大勢に流されて酔ってるだけたい」とクールに見る弟・蘆花。
これはまったくもってそのとおりだと思うのですが(私はどうも徳富兄みたいな、煽り系体質は好かんたい)、しかし蘆花がこの時クールにそう言えてるのは、単にそれに興味ないからであって。
興味ないから流されずに済んでるのと、その渦中にあって流されないよう踏ん張ってるのとは、これまた同じ「流されない」であっても、「罪を憎まず」同様もうまったくレベルが違いますよね。蘆花はたまたま酔う対象が違うから、この問題に関しては酔っぱらってないだけで。まあそういう人が増えれば国家主義に関してはいい歯止めになるかもしれませんが、そのかわり別の形で国の破滅に結びつく可能性だってあるかもしれないので、なんというかまあ、どっちが正しいって問題じゃないですよねみたいな

そして佐久さんのラストシーン
衰えた~~って感じの佇まいが、まさに「歴史の生き証人」という風情を醸し出してましたね~。
あまり口を開かずぼそぼそしゃべる年寄り演技のせいか、母音子音すべてがファジーで、結果的に中間音や濁音が多くなり、会津弁もなんだかめっちゃリアルに聞こえて!
「当分こっちに来るなと言ってる」「ゆっくりしてってくなんしょ」は、しみじみといいシーンでした

そして八重さんは一人に-----

藤田五郎&時尾ちゃんが出てきてくれたのはとってもうれしかったのですが、しかしあのなぎなたシーンはいらないな~と いや「うれしくて体がはしゃいじゃう」「会津を思い出す懐かしい」「会津女はこういうふうに強いのよ」等々を伝えたいシーンだとはわかるのですが、単純に長かった
さらに、喜びを伝えたいシーンなら「こらっ」で終わるのもなんだか後味悪し ノベライズどおり「笑っている3人の目に涙が光っていた」でよかったと思うんだけど、なぜあえてあんなシーンを?ドラゴンアッシュはかっこよかったんですけどね~~ あそうそうこの後の山川もカッコよかったです。って1行で終わっちゃったけどほんとに、この大河における山川浩の存在は大きかった。色んな意味で「玉鉄ありがとう」です

慶喜・勝・春嶽(回想)も出てきましたが、ここで気になったのはお久しぶりの慶喜よりもその内面よりも、二葉ちゃん「こらっ」シーン同様、またまたノベライズとの違い
会津が京都守護職を受けたという報告を慶喜にする春嶽いわく「会津の主従は、都を死に場所とすると、覚悟を決めたのでございましょう」に続き「わが身の損得で動かぬ者ほど強いものはございませんぞ」とノベライズでは言うはずが、「その強い絆が仇にならねばよいのですが」(うろ覚え)
またまた記憶だけで書いてるので、録画した方、どうぞご確認くださいませm()m
しかし私はこれ見て「うわ~最後まで「会津の自業自得」を印象付けようとしているな~」と、またまた思っちゃいました 先週みたいに「尺が足りなくて削りました」じゃなくて、「同じくらいの長さのセリフに差し替えました」ですもん。なぜわざわざ差し替える必要があるのか。その言葉を慶喜が回想してるんなら、出てくる言葉は「そんな主従の絆が自分も欲しかった」じゃなくて「言葉通り仇になっちゃった主従の絆なんて、手に入らなくてよかった~」にしかならないでしょうに

その他、大山vs.健次郎や、頼母との再会や、八重vs.徳富君や、色々ありましたけど、さほど心に残るってこともなく。
「捨松ヘタだな~。たぶん口元がマズイんだな(モデルならともかく)」とか、「「勲章もらったけどうれしくない」のセリフは全カットか」とか、「「人を動かすその大きな力は、未来を切り開くために使わねばなんねえよ」と八重は諭すけど、徳富君はそのつもりでやってんだろうから、言葉としては意味なしでは」とか、断片的に思うことはあったけど、なんか「ああこれで終わりかあ」という感慨深さのようなものが先に立って。
最後、空に向けて銃を撃ったところから、光が射して、メインテーマどーーんというのは、やっぱり「おおっ」と感動でしたね~~ そのシーン自体にあまり説得力は感じなかったけど音楽の迫力というか、もう条件反射で。
そう、「未来を切り開くために」とかもそうだけど、説得力がね 「私はあきらめねえ」も、「どんなに戦況不利でも私は戦うことをあきらめねえ」という、戦争推進にだって使えちゃう言葉だし、なんかセリフだけ「いい感じなもの」として独立してて、そのセリフに込められた背景とかが、1年間の間に途中でひっくり返っちゃった感があるので、効果的に伝わってこないというか、どうにだって言えるというか。
空に向けて銃を撃つシーンも、「いい感じなもの」としては伝わるけど、具体的には空を撃つだけで何らかの形には結びつかないみたいな。あっもしかしてそういう「空しさ」を伝えたかったのかイヤマサカ
もしかしたらこのラストシーンはロールシャッハテストみたいに、この大河をどういう思いで見ていたかが人によって反映されて見えるものなのかもしれませんね 「人を撃たない=戦争をしないことで、雲を裂き光で照らされるような世界が来るといいたい話なのね」と思う人や、「結局戦争はとめられないという、空を撃つような空しさを描いていた話なんだな」と思う人、「ところで会津戦争はどういう位置づけなんだ」としつこくこだわる人とか人により色々あって、結論はないみたいな。
この、単純に1つの結論に落とさない感じ、そのため生じるカタルシスのなさ、これは今回の大河ドラマ「八重の桜」の性格そのものだったと思います、良くも悪くも。煽り系嫌いな私としては、こういう性格、決して嫌いじゃないけど・・・う~ん自分が会津とまったく縁がなかったら、もっと純粋に、製作側の意図どおりに考えることを楽しんで見れたドラマだったかも、という気はします。

しかし会津在住としては、会津の観光客が増えたこと、そもそもTVドラマで会津連呼されること自体が、非常~~~~にうれしかったことは間違いないところで。
色々文句言っちゃってすみませんでしたが、何はともあれ1年間、製作スタッフ&出演者の皆様には、本当に感謝でいっぱい!ありがとうございましたm()m
(そういえば今回、協力地に「川俣町」の名前がありましたけど、ロケ地だったのかしら!?川俣シャモの名産地♪)

けど、これで終わりなのはなんだか寂しいので、次回あと1回、好きなキャラやシーンベスト10をやらせてください
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コメント

ありがとう(まだ続くのでホッ)

K&Uさんのこのブログのお陰で、どれだけ八重ちゃんを楽しく深く、知ることができたか、本当に感謝します。八重ロスというかK&U解説ロスというか、と思っていたので、ベスト10とかあるそうなのでほっとしているわ~

さて・・・私は風呂長引き最初見逃し&ラストの「最後の一発は」でいきなり鉄腕ダッシュのビデオ予約切れたと同時に画面が切れてしまって、来週再度、録画しつつ見ようとは思っています(先週の土曜日も、また再放送を泣きながら見た)。

「八重」らしい終わり方、これは納得です。八重ちゃんが死ななくて良かったと思いました。まああんだけ若いままなので、死なないだろうとは思ったが、大河で主人公が死なないっていうのは珍しくないか>(篤姫も死んだ。でも江は??もうどうでもよかったなああのドラマ)男主人公で死なないってはあり得ないでしょ~でもあんだけ泣いたのでよかった。おっかさまの死も描かなくて良かった。でもあんなふうに、私は親と会話できるかなあ・・・あんなユーモアまじりに・・・私にはちょっと嘘くさく感じられたな。でも、「八重」だからこうなんだよねきっと。

イケメン徳富君はあんなだったのね~でもプロパガンダ紙の位置づけならしゃーないね。私が知りたいのは一般紙もああだったのかなってこと。朝日のことちらっと、書いているけれど、朝日は煽ったとしたらそれをあまりにトラウマに思いすぎてこれほど政府批判を今続けているんだとしたら、ホント アホだろと思います。「ちゃんと学べよ!」って思う。上っ面だけ学んだフリして180度違うことし続けて、福島にも何の救いのない記事を書いて、結局は戦争を煽ったのと同じ、そこに住む人が見えていないということであり、全く変わっていない証左。

それにしても、太平洋戦争もそうだけれど本当に民は戦争万歳を叫んできたのか、このまえ読売の昭和の連載で、ついに太平洋戦争の最初の方は勝ちまくりなところまで来たんだけどさ、市井の民はどう思っていたのかなと思う。どうだったのか、両親に聞いてみよう思うよ。祖父にいろいろ話を聞けば良かったと、今頃思うね。みんなそれぞれ自分の身内に戦争の聞き語りを含め、生活の知恵とか昭和の暮らしを聞き取るといいってこと前書いたけど、ぜひだれもがやってほしいです。私も着手するよ。

それにしても八重ちゃんが敵を助ける・・・かわったよね。あれが薩摩の女学生が転換点だったとしたらそれを思うにツケテももう少しじっくり葛藤とかを見たかったね。最初の葛藤はそれ以前にあったのかな。

慶喜のとこはそうだったんだ~私はさらっと来たけど、自業自得とは思わなかったから大丈夫!心に残ったのは、会津の主従関係が「羨ましかった」という一言よね・あれがすべてを物語っていると思うよ。

ステ末はダメだあ・・・あの胸か腹をそらしてブリッ子している風景から申してダメ。顔が外国的に見せようとしているところも、なんだかな。反町大山を呼び捨てにすな! 八重ちゃんのまねごどしやがって” って思ってしまった。捨松を主人公にした方がよかったんやないぐらいの意見も見たことがあったので余計にね。だいたい帰ってきて英語ばっかしゃべるあたりから反感持ってたけど(んなわけないだろと)あれより津田さんのほうがずっとよかったわ。

そのどーんてとこ、そんなに音響よかったんだ~~へ~~土曜日絶対見るね! 鬼のように子供を怒ったら「お母さんがいつも僕たちのテレビ(ビデオ)を『もう時間』つって突然消しちゃうけど、僕たちの気持ちわかった?」とか次男にシラっと冷たく言われた・・・・

空にド^ンは「号砲」というふうに書いていた人がいたけど、私もそれに一票。いつでも今から、始めようと思った今からスタートできるのだという八重ちゃんの生き方を表しているんじゃないのかしらね。少なくとも、むなしいとかお茶を濁すというのではなくて、私には天に届け、この思いよ。。。という八重ちゃんの願いを感じたよ(常に明るく解釈する自分の性格だろうか・・・だって、八重ちゃんの最終回が希望にあふれていないわけがないから)

いい大河だった。福島の復興とか福島出身とか関係なく見たとしても、同じ所で泣いて同じ所で感動したと思う。「福島とだぶらせないで」という現地の方の気持ちはわかるけれど、何かとかぶせることで成功すること(CMとタイアップすることで歌謡曲が売れるとか)で満足することなく、一つのドラマとしていいものにしたいという人たちの気持ちが感じられたよ。

ただ、それを、会津魂を描くことで体現できると、人々が思いこみそうなのが私は若干、不満だな。この愚直さは、崇高かもしれないが、確かに誰かを傷つけたり、引かせたりすることもある。これはかなりアンチ会津の視点で言うけれど、(そういう方も、このブログには訪れるでしょうのでね)、会津魂の上澄みを結晶させたという印象の大河ではあったと思う。現実、八重ちゃんのような妻を迎えたら、普通の男は根を上げると思うしね。

だから、現実に帰って、山口なんかとは早く、一番、仲良くなってほしいんだよね。

私もいろいろ感じたこともあったので、できたらブログに書けるかなあ~わかんないけど・・・


Re: ありがとう(まだ続くのでホッ)

こちらこそ、こんなグダグダ長文いつも読んでくれてありがと~~~m()m
なんかね、いっつも頭のどっかで考えていながら文章化はしない「太平洋戦争」とか「ウヨサヨ」についての感想が、大河を糸口にどんどん書けるのが面白かった(>▽<)(最初は「会津盛り上げ隊♪」のつもりで書いてたんだけどね) Kさんがそれを真正面から受け止めてくれて、いただいたコメント読んでさらに考えてみたり、記事の補完ができたのもありがたかったですm()m

鉄腕ダッシュもよかったよね~!!福島ご飯を食べ始めるところでちょうど20時になったのだけが悔やまれた(><)

やっぱり大河で主人公が死なないっていうのは珍しいのかな?私もできれば、八重が死ぬとこまで見たかったけどね~;;勢津子妃の話も入れられるし。
おっかさまのは、なんかリアルだったな~。ダンナに先立たれて80過ぎだと、ほんとに日常的に「お父さんが待ってるわ」みたいな会話が、笑いながらさら~っと出てくるんだよね(>▽<)「懐かしい人はみんな向こうにいるからさ」とか言って。耳に手を当ててみたいな小芝居はドラマくさいけど(^^;)、ああいう会話はわかると思った。

徳富君の「国民新聞」って、その後wiki見てみたら、いっときは毎日(当時は日日)や朝日と並んで「東京5大新聞」だったんだって(@o@) 赤旗扱いしてすまなんだ(^^;) 八重のいうとおり「政府の御用新聞」みたいにも見られてたみたいで、もしかしたら今で言えば産経なのかしら???
そうなんだよね~「戦争中は「心ならずも」国に加担してしまった。今度はそんな流れを作り出さないように」っていう心情はよーくわかるんだけど、「内容如何よりまず国に反対」っていう判断基準が最初にあるんだったら歪むよねっていうか、まさに戦時中と「真逆で同じ」よね。私基本的にマスコミ=社会の木鐸=政府批判でいいとは思ってるんだけど、原発や基地みたいな、国家と地域と個人が、一概に敵味方で分けられない状況(戦時中とかモロそうよね)を、わかりやすい「国家権力vs.国民」の図式に落とし込んで報道すると、確実に歪むよね。

私も父ことじーちゃんにもっと聞いとけばよかったといつも思うよ~~~(><) 書き残してくれてはいたけど、疑問をぶつけられないもんね;;特にあの時代にある程度成人してた人って、もうどんどん死んでるからさ~。叔母さんとか、関東大震災体験者だったけど、とっくに死んだし。もっと聞いとけばよかったと痛切に。
ただ当時の人が、もろ手を挙げて賛成したかどうかはともかく、「戦争」に対する思いが今とはぜんぜん違うことは確かだね。うちらやっぱし「戦争」といえば「敗戦」ってまず考えるけど、当時の人たちは「敗戦体験の語り継ぎ」ってないから。あとはやっぱし「教育」かな~。「大きくなったら陸軍大将」みたいな。

私も、当初の「八重」と最終回まで来た「八重」は、どのくらい変わったのかが気になる!「薩摩の女学生」とか、もともと脚本家さんが考えた話だったのかなあ・・・?(「絶対違う」とも、全体の性質上言い切れないからよけい気になるのよね~;;)

そっか、よかった!>慶喜のとこ
どうも私「会津=殿の名誉回復はどうした」って視点で見てるから、それに関する部分で変更されてたりするといちいち神経質になっちゃって;;
捨松はね~~~。この大河、キャスティングがとにかく絶妙だったと思うんだけど、捨松と久栄はその中の2大失敗かも(^^;)
あっドーンは音響じゃなく、メインテーマの迫力ね。銃のドーンは・・・覚えてない(^^;)
そうなんだよなあそうしてKさんみたくぶちっと消せばいいんだけどさ、うちは口で言うだけで結局ズルズル・・・(そして効果のない小言だけが増えるという悪循環) 前に「ならぬものはならぬ!でしょ」って言ってみたら「はあ?あいづっこ宣言なんて小学校だよ」って言われてオワタ(^^;) ダメだーうちは会津藩士になれねーわーー
うん、あの最終回の絵自体はあれでいいと思うんだけどね~。たぶんそれまでの内容が放映されたのとは違う、個人的にもっと感情移入できるものでも、あの絵に繋がるし、そしたらすごく感動だったと思う。つまりあの絵自体が、それまでの内容をなんも背負ってない、絵として独立しているから、そこそこカッコよく見えるし、見る人によって全然違うみたいな感じがするんだよね。「この最終回はこれでなきゃ」っていう、取替え不可能さは感じないなと。

そっか~~。私は会津好きなあまり、どうしても「こう描いて」っていうところが多すぎて、失速しちゃった印象だけど、Kさんみたいにニュートラルに見てた人が「いい大河だった」と感じるのなら、ほんとによかったと思う!!「会津魂の上澄みを結晶させたという印象」も、ちょっと安心。私は逆に「会津魂ってロクなもんじゃないねって描きたい大河だったのか?」とまで思ってたから(^^;) 見る人がそう思わず、「会津魂のいいところを描いてた」と思うなら、ほんとに胸をなでおろしたという心境だわ。(逆に私が「こう描いて」と思う大河だと、そういうニュートラルな人には「行き過ぎ」と思われたのかもしれないな~。その意味でも、この大河でよかったのかもしれないと、Kさんのコメント読んで改めて思った)

山口とは、個人レベルではほとんどなんもないと思うんだけどね~。ただ市長とかが公に、だと、ほらまだ明治や江戸生まれの身内から直接聞いてきたジジババが、市民としてまだ存命中だからさ(^^;)そういう市民感情が存在するっていうのを無視できないのかもしれない。でも下の世代に行くにつれて、そういう感情は薄くなってるよね、確実に。
(KKの友達が会津藩士の末裔でさ~。「お前のひいじいちゃんの名前が鶴ヶ城に飾ってあるから見てこい」とおじいちゃんに言われるとか、そのおじいちゃん「子孫の会」みたいなのの重鎮だとか(その子は言わなかったけど会津まつりで知ってびっくり(@o@))、うちら庶民からするとひょえ~って感じなんだけど、でもその子は「子孫」なんてプライドは全然ない感じだし、「八重の桜」も見てないんだって(>▽<)親も別に見ろとは言わないって)

Kさんの感想も読みたいなあ♪ もしもお時間あったら、ぜひぜひ!

わからない点(いまさら)

長い返信につきあってくれてありがどない!
(最新記事はまだ先にとっとくかんね)

私さ、やっぱりどうも考えたんだけど、染五郎がごしんかんをあげたでしょう、で、次の天皇って誰なの?その人がこんど、薩長派だったのかしら?だから、会津と薩長が入れ替わってしまったの?
どうもそこがわからんのだ・・・

で、なんで染五郎は会津を好きで、薩長を閉め出せって(言ったのかな?)なったの?天皇ってそういうもんじゃいけないよねえ。
尊皇攘夷ってなんだっけ?薩長は染五郎を廃そうとか思ったの?

なんかこう、最後になればわかるのかと思ったんだけど
結局、天皇の胸先三寸で、武士が右往左往っていうふうに見えるんだけど、(知識の無い私にわかりやすく教えてちょうだい)なんでそれなのに、会津にとっては、怒りが薩長に向かって、天皇家に行かないのだろうかね。謎・・・・

前もコメしたような気がするんだけど、明治天皇は立派だったっていうんならどうして会津を捨て置いたんだろうっていう疑問も、結局解けないし・・・。

ということを考えると、放射能の危険派と安全派も、簡単に入れ替わるよなあっていうことは前から書いてきたけれど、つまり、問題にスベキところはお互いではないんでないか?とか思うのよね。大事にスベキ存在、つまりは天皇であり、被災地の人々ということにならないだろうか?なんて考えたりしてね。

「福島のために危険派と安全派が争っている」としたら、福島はどうすればいいんだろう?とかね。何か福島自らが何か動くということが、溝の解決になるのではなかろうか?とかさ。

お疲れ様です

まずは感想の完走お疲れ様です。
八重ロスも解説ロスもサザエさんシンドロームの私としましてはかなり寂しい次第であります。ただまだまだ物申し足り無そうなK&Uさんの記事を見て少しだけホッとしています。
さて最終話。もちろんリアルタイムで鑑賞致しましたが個人的には詰め込みすぎずかといって回想ばっかりでもなく程よい余韻に浸れました。佐久が亡くなるあたりからタオル必須でしたが。。。
頼母とのシーンは創作でしょうし解説もなさっていらっしゃらないようなのですがこれはこれで郡山のヒーローが最後出てきてくれて良かったです。でもやっぱり会津弁じゃなくてうちの近所のおっさんって感じで会津の方には申し訳ないですが・・・。
藤田五郎のシーンも良かったですね。この人はかなり長生きしたようですがなんか全体的に老けメイクが無くて浩だけボロボロな感がありました。維新後の浩と五郎の絡みも創作ついでにもっと欲しかったんですがそれは我慢しましょう。是非山川浩で10年後大河なんてのはどうでしょう。玉鉄も円熟味を増してなんて。なんかとりとめもなくて最終回の解説のコメントなんて書いている自分が更に八重ロスに拍車を書けるわけですが今後ともよろしくお願いします。ってすいません。おかしなコメで。

Re: わからない点(いまさら)

Kさんこんにちは~♪
私もあんまし詳しくないんで、すごいテキトーかもだけどm()m
染五郎の次は明治天皇だよね。染五郎があんまし突然死んじゃって、急遽立った明治天皇なわけだけど、まだ元服前の10代少年で、まあ半人前よね。なので後見役の発言力の方が強くて、この後見人というか、おじさんだったかなおじいさんだったかな?が朝廷内で有力な薩長派だったらしい。

染五郎がなんであんなに会津というか容保公のことを好きだったのかよくわからないんだけど、なんか一目見てピピンと来たのかね~??(>▽<)容保公のことはとにかく本当に信頼してたみたいだよね。
反対に長州のことは、偽勅とか出されまくって「信用ならん」みたいな感じで、これまた本当に嫌いだったらしい。けっこう好き嫌いがはっきりしてる人だったのかもね。
そんで少年だった明治天皇とは違って、帝としての発言力が強いというか、わりとそういう自分の好悪を政治に反映させがちだったというか。外人サンとかがもう生理的レベルで嫌いだったらしくて、そのせいでガチガチの攘夷派で、幕府にも「ちゃんと攘夷しろ」とかプレッシャーかけたり。
しかもそれが矛盾というか、生理的レベルってくらい強い攘夷なのに、同じ攘夷派の長州のことははっきり嫌いだったり、幕府はちっとも攘夷しないって激おこぷんぷん丸なのに(←1度使ってみたかった)幕府の手先である容保公にははっきり好意示したり。。。
はっきり言って、幕末のゴタゴタはこの人がめんどくさくしたってとこもけっこうあると思う。しかも急死したことで、ゴタゴタのままぶんなげちゃった結果になっちゃったしね(ま死期は自分じゃ選べないけどさ。その死で薩長会津があまりにもきれいにひっくり返ったから、長らく「薩長による暗殺」説があったのよね) まさにKさんの言うとおり、まして「象徴天皇」を戴いてる私らにとっては「天皇ってそういうもんじゃいけないよねえ」を地で行く天皇と言えるかも。

ただ悪気がないのは確かなのよね染は(^^;) 公家とか派閥とかでごちゃごちゃ陰謀めぐらして、自分はただ利用されるだけみたいな不満とか、誰もかれも信用ならんていう悔しさみたいなのもなんかわかる気がするし。
だからそういうの苦手そうな会津が「信頼できる」って気に入ったのかもしれないし、会津は基本的に「忠」だから、そんな信頼受けたらそりゃもう頑張っちゃうだろうし。
これで染が「会津を信頼してる」とか言っときながら、影では・・・だったら、会津の怒りは帝に向いたのかもしれないけど、染はそういう面で裏切ることはなかったみたいだし、明治天皇個人も「裏切った」ってわけじゃないしね。
たぶん色んな意味での「裏切り」っていうのが一番許せないんだと思うな会津藩としては。

明治天皇個人も立派だったんだろうけど、明治天皇自体をとにかく立派なものとして位置づけなきゃいけないっていう新政府の意図もきっとあったと思うのよね。新生日本の要だからさ。
だからいくら明治天皇個人が会津になんも思うところなくても、新政府側が「会津の復権なんて新政府側の大義が失われるだけ。まだ完璧な国家じゃないんだから」と思ってれば、それを「会津がかわいそうだから」みたいな同情論だけで覆すのは、明治天皇でも難しいんじゃないかな~??薩長派に頭が上がらないってのもあったのかもしれないし(ここら辺はよくわかんない)
ただ思うのは、勢津子妃ふくむ昭和天皇の弟嫁3人が揃って賊軍出身なのは、たぶん偶然じゃないってことと、それくらい時間がかかったってことだね~。

そうだね~~~。ただ世の中には往々にして、本人は本気で「○○のため」と思ってやってるんだけど、反対なことしてる別な人も、実は「○○のため」と本気で思っていて、しかし○○にはどっちもありがためいわくみたいなことも多々じゃん? まあ○○が個人1人なら、真意を確かめればいいだけなんだろうけど、「福島」だとその中でまた色んな考えがあるもんね~~。極端な危険派にしっくり来る福島の人もいるだろうしね。。。でもそういう人も含めて、やっぱし色んな考えがあるっていうことを個人個人が伝える・・・しかないのかな??どうだろう???
けど突き詰めるとそれは本当に○○のためなのか?ってことも多々だよね。で切羽詰ってくるとそういうズレがどんどん顕著になって(極端な危険派・安全派どっちもそうよね。福島からどんどん離れていく) どうしてもその行動基準というか価値基準みたいなもんには「自分」てものが入るから、「100%○○のため」にはなりえない・・・んだろうかなあ??○○側にしてもそうだろうし(なんかよくわかんなくなった(>▽<))

Re: お疲れ様です

sheyさんこんにちは~♪
長らく感想読んでいただいて、本当にありがとうございましたm()m あともう1回だけ、グダグダ長文ベスト10するつもりですので、また見ていただけたらうれしいです♪
おおタオル出動しましたか!!最終回ですもんね~。私は残念ながらタオルの出番はなしでしたが;;「これで終わりなんだなあ」という感慨はやっぱりありましたね~(できればタオルで〆たかった(><))
頼母シーンは、良くも悪くも「鉄板」という感じで。「いかにも最終回らしい〆セリフだな~」という「鉄板感」、及び「そんなのどこで描いていた?」という、今回の大河に対する「鉄板感」、及び「そんないかにもなセリフも、この人が言うとめっちゃ重みがあるな~」という、西田敏行に対する「鉄板感」・・・などなどがあって
「鉄板シーンに何を言っても」という無力感(?)からスルーしてしまいました(^^;) しかしこのシーンには改めて郡山のヒーロー・西田御大の底力を見ましたね~~!「どん底から這い上がり、毎日を懸命に生きる人々の姿」という「どこで描いてた?」なセリフも、この人に言われると「ああそういうシーン、見たことある気がする」とまで思える凄さ!中通り弁すらまったく違和感なくハマってるのがまた凄し(>▽<)
藤田五郎も相変わらずギラついてましたね~♪ ああこの人がこの後会津に葬られるんだな~と、七日町のお寺を思い浮かべました。ギラつき同士ということで(?)浩との絡みもぜひ見たかった!!(浩と五郎と鬼官のトリオは、すっごく気が合いそうですよね(>▽<))
山川浩大河、見たいな~~~!山川浩って、私はほとんどこの大河で知ったようなものなんですが、玉鉄さんの演技もあいまって、キャラベスト3に入る好感度になりました。賊軍上がりで新政府の陸軍出世街道とか、めちゃめちゃイジけそうな立場に置かれながら、豪放磊落なイメージもあり、かつ会津藩への忠義心は終生変わらず・・・う~ん魅力的ですね~~~(^^)
こちらこそ、今後ともよろしくお願いいたしますm()m ひそかにsheyさんのブログも時々お邪魔させていただいてます(*^^*)v 私は書いてるとどーにもグダグダ長文になってしまうので、sheyさんの歯切れのいい文章が爽快で♪
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