八重の桜・第45話

「八重の桜」は個人的に、すっごく大げさに言えば、今の日本をより理解するために見ているような面があります(って文字で書くとなんだかすっごく恥ずかしい
もちろんドラマですから、ここに描かれたことがすべて真実とは思っちゃいませんが、特に会津編までは、当時の価値観などをわりと誠実に描いているという感覚があったので、その価値観がどこからどう来て、現代のどこにどう影響を及ぼしているのかいないのか、時代の流れ・人心の流れといったものは、そうした価値観の相違とどれくらい関係があるのか、更にはそれを知れば、現代から未来へいたる人心の流れも若干予測できるのではないかe.t.c...そういったことを知るヒントとして見ているようなところが、個人的にはあります。そしてこれは、1年かけてある時代をじっくり描ける大河ドラマならではかなと。同じ大河ドラマでも、これが戦国時代とかだと遠すぎですが、幕末~明治という近代が舞台だと、現代とダイレクトに繋がってる部分が、私たちのそこここにありますもんね。

八重の桜・第45話はしかし、ぶっちゃけ言えば家庭内に突如起こった「不倫騒動」で、上記のような「個人的お楽しみ」とはまったく無関係の話でした
んが、だからつまんなかったかというとそんなことはまったくなくて、これが意外と面白かったんですね~♪

おそらく時間的にちょうどよかったってのがあるのかもしれません。それまでは「このテーマを1話完結で描いちゃうのか~ 会津編から引き継いでる、いわば根幹のテーマなのにこの仕打ちはひどい」と、ほとんど無念だってくらいの回が何度かあったのですが、今回はそんな不満もなく。内容的に45分という時間が、可もなく不可もなくでぴったり合ってた気がします。おかげで「きれいにまとめるな~」と、短編の名手による小品を読み終えたような印象が。あるいは長編連載マンガとかでたまにある、単行本書き下ろしの番外編16ページ、みたいな。
作者の山本むつみさんが、善人悪人描写をあまりしない人だというのも、今回は功を奏していたのかもしれません。どちらにもどちらなりの事情があるんだよ、それは善悪じゃないんだよという描き方が、こういう短編だと特に効果を発揮して、16ページ以上の深みを物語に与えているというか。今回の話って、描く人によってはクサヤのような発酵臭を生じる題材だと思うのですが基本姿勢である「誰も悪くない」という描き方が抑制となって、深みはあるけどアッサリしている、よってこの長さにちょうど良く「きれいにまとめるな~」という印象を与えるみたいな。
(その基本姿勢から来る抑制が、本編の長編(特に会津編)だと「アッサリしていて人間ドラマがない」という印象になったのかもしれませんね。わからないけど

というわけで、ここ最近頻発していた、内容への不満も、八重ちゃん描写への違和感も今回はなく、意外と面白かった第45回。
ただ最初に書いたような「個人的趣味」を刺激される話ではないので、見ていて心に浮かぶよしなしごとがあまりなく、ただ「あ~面白かった」という感想で終わりという感じなんですが

そうそう、うらさんに対する時栄さんの「ねたみ」は、へ~~という感じでしたね~。
うらさんサイドからすれば、泣く泣く身を引いたのにさらに妬まれるとか、踏んだり蹴ったりって感じがしますけど考えてみれば(このドラマの)うらさんはそのために、つまり「いつまでもきれいなままダンナ様の胸に生き続ける」ために身を引いたわけですもんね。そして後妻は結果的に、その面影に勝てず自滅した。ってことは今まで私が見てたうらさんの姿は夜神月で、ページをめくったら「計画どおり」とほくそえむキラ化したうらさんがいるってことかしら このプチどんでん返し(?)が快くて「うまいな~」と思うと同時に、とりあえずうらさんの友達としては「うらさんのために乾杯」という気分になった、時栄の妬み告白でした。

しかし時栄の友達としては「あんなに頑張ってたのに、なんでこんなことになっちゃったんだろうね~」と、飲み会でひとしきり愚痴話に花を咲かせたい気分が ほんと善悪なんて、自分がどっちの友達かによって変わる場合も多々ですよね。個人的なシンパシーの有無を、普遍的な善悪にすり替えちゃってるみたいな。
しかし後妻・継母って、場合によってはほんとに報われない立場だなあと。どんなに頑張っても、時によって超えられない一線が確実にあったりして。以前何かの映画で継母さんが継子のことを「いつかあの子もいい人を見つけて、ウエディングドレスを着る時が来る。私は鏡の前で着付けを手伝って、セオリーどおり「とてもきれいよ」と心から言うでしょう。でもその時あの子は「本当のママに見てほしかった」という思いを抱えているのよ」というシーンがあって、誰が悪いわけじゃない、なのにどんなに時間を積み重ねても、乗り越えられないことがあるんだな~などと思ってしまったものでした。

このドラマの上では、時栄さんは「不倫」つってもABC(って今の人も言うのかしら)までは行かず、「心の中での不倫」って感じ、しかも2度目に決定的な噂になった時なんか単なるストーカー被害でしかないですから(あくまでもドラマの上では)、覚馬同様「何もない、何もなかった」って繰り返せば、何もなかったかのように過ごせたのかもしれない・・・かな? 「色んな際どい要素を含みながら、それでも日常は大過なく続く」って、よくあるパターンな気もするし。肝心のあんつぁまも何もなかったことにしたがってるし、小姑・八重ちゃんだって「何もなかったんだべ?」って時栄ちゃんの言葉を待ってるんだから、あとは時栄さん次第。ま「不義の噂」が同志社にも覚馬の職場にも影響与えてる以上、ここで時栄さんが「何もなかった」と言い張っても、何もなかったかのように過ごすのは至難の業で、やっぱり時栄さんが出て行くのが、実際は一番手っ取り早い解決策なのかもしれませんけど。
しかし誰も悪者にならずその解決策を引き出すために、時栄さんが「たとえ行為はなくても心は受け入れてた」という感じに、事実よりも心を重視して言い訳しなかった、っていう描写にしたのがうまいな~~~と思いました。実際の行為があったかどうかも、これでチャラにできるし。
何よりも、「誰が知らなくても、自分は知っている。それをごまかさない」といってるような時栄さんの感覚。数回前から同情気味だった時栄さんに対し、ここで一気に共感を呼びますね。この感覚こそが「倫理観」というもんで、キリスト教はじめ各宗教って、これを「神は知っている」にわかりやすく置き換えて、倫理観を持たせようとする装置なんじゃないかしらん。言い換えれば、そんな装置に頼らなくても、「不倫」であっても、まっとうな倫理観は存在する(こともある)というわけで。ま時栄さんは洗礼受けましたけど。そういえばこの洗礼が、そうした「倫理観」によるもんじゃなく、「都合の悪いことは神様のお墨付きで水に流しちゃおう♪」という、世俗的柔軟さによるものというのがまたいいですね  こういう「神様の利用の仕方」は、いかにも人間臭くて好ましいです。
そういえば、生粋のキリスト教徒である曽野綾子さんの小説「神の汚れた手」で紹介されていたエルビス・プレスリーの歌「夕の祈り」には、「愛する神よ、あなたに告白した罪と、あなたに隠している罪を、ともにお許しください」という歌詞があるのだそうです。しかも「告白した罪」は単数形で、「隠している罪」は複数形だそう これまた人間臭い正直な歌だなあと。信仰によって、こういう人間臭さを真っ向から見つめることができるなら、宗教も決して捨てたもんじゃないと思うんですが、どうも信仰のない者には宗教って、人間臭さに否を唱えて、片手落ちどころか両手両足を落っことした「善」を刷り込もうとしているという偏見が

1回目の不倫事件の後「あんつぁまが今まで生きられたのはあなたのおかげだ。ありがとう」と、時栄さんを思いやって物わかりのいいこと言ってた八重ちゃんが、2回目の噂では「同志社が厳しい状況なのになんてことを」って、思わず自分の都合最優先で怒るところも、人間臭かったですね 私もこうなる自信があります もっともこの時は、時栄さんが言い訳しなかったから「なんでそんな裏切りを」って八重ちゃんが誤解しちゃったのも無理はないのですが。
ここであんつぁまが、職を辞すほど時栄さんを大切に想っていた、そしてそれをはっきりと時栄さんに示したのは、よかったですね~~♪ 口で「愛している」とは決して言えない明治男、いや江戸男か?の面目躍如です。それが逆に申し訳なくて自ら去るという時栄さんの気持ちの動きも自然で。

そして最後、久栄のために憎まれ役をかって出る八重ちゃん。これよこれ~~~~~!これぞ「ハンサムウーマン」!!
私ど~~~もここ数回の「八重の桜」見て「まさかとは思うが、「ハンサムウーマン」=「気が強くて言いたいこと遠慮なく言うおなご」とか思ってないよね」という疑惑が抜きがたく生じていたんですが、これ見てちょっと安心とともに「そうなのこういうのを見たかったの~!」と。
だってもしかしたら、もしかしたらですけど、実際もこんな感じだったのかもしれないじゃありませんか。色んな事を考慮して、一番丸く収めるために、私が悪者になりましょうという。ハンサムウーマンですから。
それが、元々「西洋かぶれが」って悪印象があったもんだから、尾ひれはひれくっついちゃって「八重が兄嫁を追い出した」って伝説になってっただけかもしれないじゃないですか??「ああヌエならそれくらいやりかねん」みたいな感じで。
私そういう、「史実=伝説をもとにして、なおかつその伝説に「そういうことだったのか」と納得・共感できるような八重ちゃん」を描いてくれないかな~~、とかねがね無念だったんで、今回は久しぶりにスッキリ。

そのスッキリも、久栄の大口開けて「ウエ~~ン」には持ってかれちゃったわけですが(一緒に見てた7歳児すら「涙出てない」と批評するレベル しかし今回の話は、子供への説明が色々と難儀だったな~)、やっぱりうらとみねの米沢での別れを思い出さずにはいられませんでしたね。うらとみねを(結果的に)引き裂いた時栄が、同じように別れていくという。
そしてそれらの肝心要であるあんつぁまは、出会った頃の時栄を思い出しつつ。そうか~そういえばピストル取ってともに戦うような、溌剌とした女の子だったのよね。それがいつしか「縁日行ったくらいで子供みたいに喜ぶ」ような抑圧された人になっちゃって。覚馬の、時栄に対する懺悔と愛情が、とっても伝わってくる回想シーンでした。

というわけで次回はその久栄ちゃん話なのですが。サブタイトルが「駆け落ち」に変わりましたね まあ元のサブタイ「明治の青春」てのもどうなのよって感じではありましたけど。内容はまさに「明治の青春」、というか「明治の中二病」なんですけどね

あれ「あんまし感想はない」と言っときながら、けっこう長々書いてるな~
実際面白かったし、次の中二病話も痛がゆい感じで面白いですけど、大河らしい大河・47話を早く見たくなってる今日この頃でもあるのでした
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コメント

別PCからです

本日、ビデオで2話続けて観ました。時栄さん回が強烈すぎて・・・まったく操作しづらい夫PCからなので思うように書けずすみませんが・・・

ということで、2回分混ぜての感想になるかも。。。

私も子供たちと観たのですが、あの間男は、仮面ライダーウィザードの端役ライダーみたいね。いかしイケメンというのは、演技がそうとうナントカでないとほんと、診るに堪えないと思うのでした(つまり度下手)

八重ちゃんのハンサムぶりは、久栄には伝わっていないみたいだけれど、次回でも「お前の決めた道なら」というあたり、いつも八重ちゃんが言われていたことだとおもうわけです。そこで、ゆきとの再会が生きるわけで(でも20年たっても二人とも全然年とらない不自然さをだれかつっこんでくれないものか)

私は子供に恵まれなかったと、八重ちゃんは言っているけど太田道灌の「実のひとつだになきぞかなしき」とかけているのだろうか、と思ってしまった・・・。子供ができないという。

いやいや今回言いたいのはそこではなくて、それにしても、私は行為はありだったと思うのですが、どうなんですかしら?心だけ持ってかれてあれでしょうかね?NHKお得意のお襖のことは全カットな手ではないの? というより、これが史実かどうかしらないが、心だけで時栄が身を引くというのは、あまりに考えにくく、そういう噂があったとしたら絶対に一線を超えているとおもうんだけれど、どうなんだ? 

というより、やはり、間男というのは一番の男にとっての恥辱なわけで・・・。心だけで「誘った」とかいうとたら、あまりに脚本家の少女趣味すぎでしょ?と思うけれどねえ・・・昔の男は今の草食系みたいにそんな精神主義じゃないよとかねえ。。。今みたいに、ガツガツしてない世の中とは違うんだから、そんなことは、きれいごとじゃないの?とね。

そして私がこの回で一番感じたのは、いくら政治上とかで立派なことをしても、妻一人を満足に満たせない男は、いったいどうなんだ?ということね。ましてや、同じことを繰り返しているというこの体たらく。いくら覚馬が立派な会津人だったとしたとしても、それはナイよと思いました。

つまりは、こんな覚馬への壮大なる仕打ちなのかもしれないと思うと、京女怖いとか思ってしまうわけ。

ちょっと今回は、あまりにもろもろも男女の話が、私の夫婦道や恋愛道から逸脱するほど強烈で、大河においてこんな男女の話で1回盛っとくみたいなの、K&Uさんこきおろしてるかもしれあんなあと思っていたので、「普通に面白い」っていう感想だったのでほっとしました。

それにしてもなぁ・・・。

あ~そして本日は、徳富蘆花カップルが、あまりにも平凡な風貌なのが不満です。いったいなんて俳優と女優なんでしょうか。女優に至っては前回の泣き顔と同意見で、度下手で見るに堪えませんでした。

ジョーももうすぐ死ぬのかぁ・・・。










Re: 別PCからです

こんにちは~♪

ああウィザードに出てたのか!じゃあ超最近なんだね~
私は間男よりも久栄ちゃんの演技力が心配だったんだけど(というかストーカーになった時点で間男に感情移入できなくなった)、今回は前よりはんなりしてる感じで胸をなでおろしたよ(^^;) 時栄さんとの別れ場面では「来週主役なのに大丈夫かしら」って思っちゃったから(>▽<)

確かに、2人とも若かったね~~~!特にユキちゃんなんか相当苦労したわけだから、白髪でもよかったと思う。
けど、あの田舎のわらんべだったユキちゃんが、ちゃ~んとおっかさまになってて感慨深かった~。「悩んだ時は母親らしくじゃなくて八重ねえさまらしく」っていう言葉は久々に、ドラマ的きれいごとじゃなく素直に「なるほど覚えとこう」と思ったよ。あの再会シーンはよかった!
(2人が顔を合わせた瞬間こっちも涙目になっちゃったもんね(*^^*) でもあの2人も泣き崩れるくらいしてもいいと思った。長年の友人が久しぶりに再会したら、高確率で涙出てくると思うな~もう理屈じゃなく)

八重さんの「子供のいない悲しさ」は、ドラマではあまり描かれてないけど、やっぱしあったと思うんだよね~。母性愛強そうだと思うし、時代も時代だし。。。ジョーが「私たちの子供は1000人もいる。八重さんのおかげで父親になった」っていうのも、その悲しみがあったからだろうし。うん、あのジョーのフォローもよかった!

時栄さんはいたしたのかどうか(>▽<) 史実はわかんないけどドラマを見た個人的印象では、間男が同居していた間に「あった」、けどNHK的配慮によってどうにでも取れるようにした、って感じかな~??と。
ただその時に肉体関係があったとしても、覚馬が一緒に洗礼受けようって言ったことで、チャラになったと思うんだよね。で本格的な噂になった時は、あいつがストーカー化しただけで、行為そのものは「なかった」。けどその噂をどうするかってことと、あと時栄さんが「行為はなかったけど抱きしめられたらちょっとうれしかった」っていう「心の不倫」を認めてることから、結局離婚したっていう流れになってたから、話としては「実際の行為があったかどうかはどうでもいいしチャラにもできる。心がどうなのかがポイントだ」みたいな感じなのかな~と。

ただ私、今回のドラマに関してはだけど、どうも覚馬のことを悪いとは思えないのよね~;;覚馬は「至らなかった」っていう時栄に対する贖罪意識はあっただろうし、だから1回目も2回目も時栄を許そうとしたんだろうと思うと、普通~に愛していたんだろうなと。別に他の女に気持ちが移ってたってこともないし、やっぱし根本的には時栄さんの問題というか。「ダンナが悪いからニョーボが浮気に走った」っていう因果関係は、今回はない・・・ような気がする。(ま「うらさんの存在が」みたいなこと時栄は言ってたけど、それこそ覚馬にはどうにもできないというか)

徳富蘆花話は、もっとしょーもない「いるいるこういう自己中(>▽<)」って感じになるかと思ってたんだけど、意外と悪印象が沸かずに拍子抜けだった(^^;) 見た目からして普通~~の若者たちっていう2人なのがよかったのかな?? けど最後、徳富蘇峰のところから逃げ出して東京行く、みたいに見えたのが「え、徳富兄弟って今どこにいるの?」ってちょっと混乱したけど、話の筋的にはどうでもいいからいいや♪

来週のジョーがすっごい楽しみ!!!(死ぬのはその次だけど、来週のジョーに惚れてるので(*^^*))

なんか誤字がすごい。。。ごめん

また書くよ。覚馬、そうかぁ~いかんともしがたいのかなあ。尚さんの件もなんとかできただろって思ったし、今回の、うらさん&時栄さんの件、あまりにあまりだったよなあと。

K&Uさんにならって覚馬を優しく見るとするとな・・・

・・・私もここから大河から遠く離れるけどさ、やはり男と女は相性につきるよなと思うのよ。覚馬には、やはり八重ちゃんみたいな女がぴったしなんだと思うの。ジョーも尚さんも覚馬も、女性優位な男ばかりで、あまりにその時代においては不自然だったのがまず、ある。そんで昔うじゃうじゃいた反町みたいなのに、うらや時栄はぴったりなんだと思うの。

当時の女性は、男の浮気には寛容だったはずで、時栄が身を引いた?のは、自分が代替えが聞く存在だと思ったからだと思う。「私でなければならない理由がだんなさまから感じられない」という日々が続き、それで間男に寄り切られたときに、覚馬とはもうやってけないって感じたんではないか。だから、覚馬を棄てたんだと思ったのね。私は。

女の思いに至らない覚馬のような男は、今の現代社会にいっぱいはびこっていると思うよ。まあ・・・覚馬は草食系の「はしり」かな!?

私はうら&時栄か、八重かって言ったら八重タイプなので、もし私が時栄の立場になったとしても、事態を打開していける(というより、本能的にそう動きそうだ、あの状況で覚馬を棄てないと思う)、覚馬に助け舟出すとしたら、どうも今回の二人については、「相性悪過ぎだろ」って思うしかないかなあ・・・。

まあ私の夫がジョーとか尚さんとか覚馬タイプなのよ、決して反町ではない。だから、夫も私がいなかったら誰とも結婚できなかったと思うと言っていたよ。自慢とかではなく、夫のような恋愛事情についてとにかく低体温(あ、でも雄としては凶暴)な男は、こっちがぐいぐい引っ張らないとダメなんだもんな。

ということで、K&Uさんは八重ちゃん?時栄さん?

Re: なんか誤字がすごい。。。ごめん

ああ尚さんの件は、なんとかできただろって思った!(八重ちゃんも;;) ドラマの描き方だと、だけどね。

あっジョーと尚さんと覚馬が並んでるのか!それは盲点だった。
私はなんとな~く、覚馬って梶原平馬系の男というか、八重ちゃんみたいな面白い女は面白い女として付き合うけど、家庭を守るには堅くねえとみたいな、「恋人と結婚は違う」系な男だというイメージが勝手にあった(>▽<) なんでだろうな~??別にドラマでそんな描写もなかったのにね~。だから尚さんジョーさんとは種類が違うと思い込んでて。

うん、それも大いにあると思う~ >「私でなければならない理由がだんなさまから感じられない」
たぶんさ、出会った頃は突っ走れたと思うんだよね。愛情云々より実際の手足として(まあ身の回りのお世話とかね)、覚馬は時栄を切実に必要としていたし、時栄もやりがいあったと思う。精神的にも、覚馬は会津戦争のさなかに何もできず、それでうらさん含む家族全員が行方不明(=死んでる可能性も高い)なわけで、相当1人ぼっち状態だったと思うんだよね。そこに時栄さんみたいに献身的に尽くしてくれる人がいたら、情が沸いても自然だしなあとか(←だからここで時栄ちゃんとデキちゃったのは、個人的にはあまり責めポイントにならないんだよね。まあロリなとこがちょっとだけど(^^;))
そういう「お互いが必要」な状態だったのが、八重ちゃんはじめ色んな人が家に入ってきて、それまで自負してた「覚馬に一番近い状態」じゃなくなっちゃった=やりがいが薄れた、ていうのは(ドラマ上では)きっとあったと思う。八重が京都に来たばっかりの頃、覚馬がお偉いさんとこに行くのに「今回は八重に連れてってもらう」って言われて、時栄さんが立ち尽くす場面とかもあったもんね。

たぶんねえ、覚馬が走りというより、それが昔の(特に武家社会では)普通な状態だったんじゃないかな~??
「男は国とか藩とかへの役割が優先。女はその足を引っ張ることなく家庭を廻しなさい」みたいな。「自分をもっと愛して」とか女が思っても、男は「愛してるから家庭をまかせてるんじゃん」って素でポカーンみたいな(^^;) それが一番の愛情表現なんだけどって本気で。(で女は諦めて精神的に自立したんじゃないかな?当時の奥さんはみんな)

確かにあの状況では、私だったら「何もなかったんだべ」って聞く小姑に「何もありませんでした」って正々堂々と言ってるかも。だって実際、あの噂の時は何もなかったんだし。「ほんとストーカーって思い込み激しくて迷惑ですよね」って女同士で愚痴を展開すらしてるかもしれん(>▽<)
ただなんか時栄さんはもう、あの時は心折れた状態だったというか、ちょうど私が「八重の桜」の京都編を「なんだかな~」と思いつつも見続けてたけど、「薩摩の女学生」見たら、それまで蓄積されてた思いがどっかぷつっと途切れちゃって、それ以降面白い回もあるし、「復興大河応援」「復興大河ありがとう」の気持ちで見続けてるのは変わらないんだけど、どうにもそれ以前の気持ちにもう糸がつながっていかないみたいな状態だったんじゃないかと。って例えがショボくてごめんだけど(>▽<) 時栄さんも、青木が心の中に入り込んじゃった時点で、何かがもう「終わった」って感じがしちゃったんじゃないかなあ。。。と思う。

ただ、相性悪いっていうのもあるかもね~。相性悪いのに気づかず同じタイプばっか求めるっていう人がいるけど、覚馬もそういうタイプだったというのも否めない(^^;) 覚馬って平馬タイプだと思ったって言ったけど、平馬みたいにサバけてないから、好みとかも「こうあるべし」みたいなとこで止まっちゃってる・・・とか??

ええ~~~それは意外! >ダンナさんがジョーや尚さんタイプ
てっきり覚馬タイプ(=わりと昔堅気で「男こうあるべし」みたいなのが強くて)かと思ってた(>▽<)
そうかあそれなら、覚馬=尚ジョーなのかも。実際にKさんが身近で知ってるわけだもんね♪
私は・・・う~~ん時栄さんかな~~???うらさんになりたい八重ちゃんかもしれん(>▽<) ああいう「東向いてろと言われたら3年でも向いてる」ような女になりたいんだよね。でも大変そうだから努力してないとゆう(^^;)

私物化してごめん。。

米欄が私信となっています(え いつものこと??)

46話の、引用のブログ見たよ、(この方も、K&Uさんに勝るとも劣らない知識、すっごいね=!)
「複数回よ!:」みたいなところで笑いました!
(K&Uさんの上米では、「ロリ」ってとこで笑ったぞ)

そいで、時代背景に光と影を・・というような表現、なるほどね。だから、このクライマックス前の大事な回を使ったのね。

でさあ、K&Uさん書いてた、「昔の男はいちいち女にどうこういわない」が主流、っていうの、そのとおりだと思う!でも、時栄に寂しい思いをさせたのは、ただ単に、セックスレスだったんじゃないかな~だから
「交合せずとも心はつながってる」っつう今の草食系に似ていると思ったのよね。男と女なんて、どうせ単純で即物的だろうっていつも思うのよね。

それと、別件だけど、この大河を、かなり早くから[究極のフェミニズムで、国民を洗脳している」っていう右派の言い分があったけれど、ここにきて、私はこんなフェミな書きっぷりでは、大河に男や大物というか壮大さを求めるおやじたちの心は、離れっぺなあっていう危惧を感じた。「だから女の脚本家は・・・」みたいなね。

いちいちジョーとか尚さんみたいに「八重ちゃんだからこそ愛している」みたいに言わなくても、女はついてくるもの、というのが昔堅気の男ってもんだったはずだからね。
だが、そういう男が激減している。
いちいち、ジョーや尚さんみたいに、お前が唯一って気遣ってあげないと女心はどんどん離れていく(※あ ここ うちの夫には似てない。その女にはマメでないって点はまさに覚馬)っていう、・・・・歴史の王道大河が好きなオヤジにしてみたら、このようなファンタスティックフェミにスティックな描き方は認めたくないんじゃないかしら。

いや私も認めたくないよ。男は、女へのやさしさよりも、男の生き方をまっとうしているときに魅力を発するものである、という神話を信じたいからね(まあ・・・私が冷たくされないと、燃えないタイプなだけか・・・)。
こういうこと書いたら前に「強い男が好きだと言うが、彼らは日本をどこへ持っていくとお思いか」みたいな通りすがりの米きたことありました、やってられんわと思いました。

でも、K&Uさんがサヨで、私がウヨじゃん、ものごとの解釈がそれぞれで、非常に面白いです。決裂せずに、自分の意見をなんぼでもやりとりできるっていう安心感は、こでらんにね。ありがとね。

Re: 私物化してごめん。。

私信全然OKよ~♪私もKさんにしょっちゅう私信送っちゃってる気がするし(>▽<)

毎週拝見している感想ブログはいくつかあるんだけど、emitさんの感想はいつも読み応えあって好きなのよね♪ 私とかより歴史の知識がとんでもなくある方だし、1話あたりに詰め込まれている事柄が多い!(私はやっぱし旅行記でも感想文でも、長文で書かれてるブログが好きなのよね(*^^*) だからKさんのブログも面白い!)

ああセックスレス、それもあったかもね~~。特に時栄さんなんかは10代でセックスを知ってしまったわけだから、不倫事件の時なんか「女ざかり」(←ああ~オヤジくさい言葉でヤだけど他の言葉がぱっと思いつかない(^^;))だったかも;; それにお互いの生活もかかってるわけだしね。「心が繋がってるかどうか」なんて現実問題の前では些細なことだとも思う。ま今回の決着のつけ方はあくまでも「NHKのドラマ」だからね~(^^;) 最大限に理解を示せば「キリスト教的倫理観に従って」って見方もできるかもしれないけど。

そうそう!私もそれが不安 >ここにきて、私はこんなフェミな書きっぷりでは、大河に男や大物というか壮大さを求めるおやじたちの心は、離れっぺなあっていう危惧を感じた
というかおやじに限らず、そういう意見はかなり出てる気がする(><) 会津戦争までが比較的「思ったよりフェミっぽくないな」だっただけに、ここに来て妙に現代的な方向に舵を切ったのがあれ?と;; おかげで「主人公が空気」とかけっこう文句出てた会津編が、ここに来て「会津編まではよかった」っていう底上げ評価になってるのだけがうれしい誤算というか(^^;)

ていうかほんと、会津編までは「あ、今回の大河って、現代的な価値観に基づいた「反戦」とか「フェミ」みたいな「イデオロギー」を叫びたいんじゃなく、その時代に生きた「人間の姿」を描きたいんだな」という感じで受け止めてたのに、それがどうもここに来て「イデオロギー」が前面に出てきたような感じがして。。。百歩譲って「イデオロギーを伝えるための人間描写」でもかまわないんだけどさ、それは「にじみでる」止まりにしてくんないと。登場人物がセリフですべてを説明するっていう安易な作り方がヤだし、鼻についちゃうのよね。昔の長渕ドラマみたいに、「長渕は気持ち良さそうでこれをカッコいいと思ってるんだろうけど、見てるこっちは恥ずかしいよ」っていう(>▽<)

尚さんはまだ「当時としては変わってる」キャラっていう共通認識もあった気がするけど(これは尚さんが「余所者」だからっていうのも功を奏してた気がする)、ジョーの変人度()はあまり伝わってこないよね。ほんとはもっともっと、当時からしたら(いやかなり西洋風になった現代の目から見ても)「外人サン」くらい変わった人だったはずで、そういう描写をしっかりすることで、現代的価値観を相対化できたり、ありがたく思えたりするし、八重さんの立場もまた違って見えたと思うんだけどね~。
(その点来週は、今まで「女への優しさだけでできてます」みたいなキャラだったジョーが、初めて男の生き方前面に出す回とも言えるわけで、すごく楽しみ。「やっと!」って感じよ)

そうか冷たくされないと、燃えないタイプだったのか(>▽<) いやでもそれはいいことだよ~。私はうちの男子たちにそうなってほしい(燃えすぎてストーカーになってほしくはないが(^^;))。けど親が草タイプだから無理っぽいけどね;;
まあね~~ 「彼らは日本をどこへ持っていくとお思いか」も一理あると思うけど、かといって生命力を燃焼できない男子ばかりになったら、ちょっとしたことで簡単に死んでしまうわけで;; もしかしたら、「強い男が日本をどこかへ持っていく」んじゃなく、「日本がどこかへ持っていかれてるから強い男が要請された」かもしれないしね(で今は弱い男が時代の要請)。いや相乗効果かな?

私はやっぱしそのコメみたいに、タカ派大嫌いではあるんだけど、しかしタカ派の効能というのか価値というのかは、あのガレキ受け入れで体感したからね~(翻ってサヨクの情けなさときたら(T_T))。これがタカ派価値観の素晴らしさでもあり恐ろしさでもあるんだよな~と。ほんと一概に善悪つけられんわ;;
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