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八重の桜・第44話

八重の桜・第44話は、予感の回でした。
青木&時栄の恋の予感、アメリカンボードとの戦いの予感、そして迫り来るジョーの死の予感。ある意味、ドラマらしいドラマっていう感じ。
予感話は、ゾクゾクがあってチンケな決着がなく、ゾクゾクが余韻となって来週への引きにつながるのが魅力ですね。そういえば会津編も、言ってみればすべてが「会津戦争への予感」の話だったから面白かったとも言えるわけで。
そんなわけで今回は、大げさな感想は浮かばない、基本地味な回でしたが、わりと個人的にはグーとも思った回でした。少なくとも腕相撲や土下座といった、それまで積み重ねてきた世界観をチンケにもほどがある決着によってひっくり返す回よりは


まずは徴兵制度の変更により、私立大学の特典免除。
「去年の朝鮮事変」とか「兵役についたのは1割ぽっち」とか、色々興味深い一口メモが。
私は太平洋戦争にかな~り興味があるのですが、この戦争を本気で理解したいと思ったら、たぶんここら辺から理解しておく必要があるんですよね。太平洋戦争は日本の近代化の延長線上にあるもので、どこでどう分かれ道があったのか、おそらくすべてはここら辺で触れられた一口メモから始まるから、ここら辺を理解しないと太平洋戦争も、表面的な事象を押さえるだけになりそう。
ということで、ここらは個人的な今後の課題であると同時に、こういうふうに、現在に至る歴史について思わせてくれる大河ドラマって、いかにも大河こそって感じがしていいなと。

ちなみに昭和の学徒出陣では、国立/私立での別よりも、むしろ文系/理系で明暗が分かれたようです。就職戦線と同じですね;;
もっとも会津編で散々引かせていただいた山田風太郎さん(東京医専=現・東京医科歯科大)によると、徴兵されないとはいえ「君たちは何のために(戦場にも行かずに)学んでいるのか」と問われたら「軍医になるためです」と答えなければ怒られたそうで。というかむしろ同世代の若者たちが出征していくのを横目で見ている立場の山風さんたちの方が、大正時代のリベラルな空気を肌で学んだ世代の教官より、場合によっては純粋に「お国のために」と思っていたようで。

この徴兵制度について、伊藤博文に直談判するジョー。
この伊藤の言い分は、悔しいけどわかるなあ。「国のための人材は国が作る」「自主独立をうたいながら都合のいい時だけ官立と同等を求めるのはいかがなものか」
私だと、この言葉だけで「なるほど」と素直に思ってしまってスゴスゴ引き返すハメになりそうです 「民に丸投げのくせに都合のいい時だけ「お上」とか持ち出して封じ込めるのは、政府も同様ではないのか?」という気もうっすらするものの伊藤の言うこともそうよなあと。ジョーが今後この難局をどう乗り越えるのか、純粋に興味深いです。

そうそうこのゴタゴタで機嫌が悪いジョーと、その心をほぐす八重ちゃんとの食卓シーンは、久しぶりにちょっとよかったです♪ 願わくばこういうシーンをもっと見たいなあ。どうもドラマだと「でしゃばる八重ちゃんと、従うジョー」ばっかな印象なんですが、ジョーはもっと、あの時代の価値観からしたら、なんというか相当エキセントリックな人だったはず。かんしゃく持ちだし、そもそもアメリカ密航なんてとんでもないことやらかす人なわけだし、あの自責の杖とかわけわからんし
現代女性にうれしい「男女平等」も、もちろん八重さんへの思いやりではあったにしろ、それよりまず第一に自身の理念の追求それが結果的に「男女平等」な形になったっぽいものだと思うんですよね。八重さんの意志はわりと置き去りで
つまり理念で突っ走っちゃって、ノリノリな時には人の言う事には耳を貸さないとか、もちろんすごく人間的に誠実で魅力ある人ではあるんだけど、そういう、「ハタで見てる分には快男子だけど、ともに生活する人は大変ね」的な面もけっこうあったんじゃないかなーと。そういう「規格外のワガママ夫を支える妻」という描写が、今まであんまりない、どころか逆転して描かれている印象すらあるのが無念で。

例えば細かいことですけど、この後ジョーが渡航の用意をしている時、「ああもう私もやっぱり行きます!」つって、ほんとにスーツケース出してきちゃうとかね。なんでこんな「思いつきで行動する短慮な人」描写をするのであろうか??「自分もついていきたいくらい心配だ」っていうのを表現するのに、ほんとにスーツケース持ち出されると、個人的には「今更一緒に行けないことなんかわかってるくせに、わざとらしいな」と一気に冷めてしまいます もうきっと2人で散々話し合ってジョーだけ行くことに決めたんだろうからさ~、行く間際になって子供みたいにそんなん言い出して「パスポートはどうするんです?」とかジョーにさりげなく止めてもらってたりすると、またいつものパターン=「八重さんは情に厚いあまりこんなふうに考えナシで(そこがかわいいんだけどね)」みたいな印象が強まって、非常に違和感です。というか無念です。まさかとは思いますが製作者側は、「情に厚いゆえの思慮浅薄」を「ハンサム」とか思ってないですよね?まさか、まさかですが会津戦争で鉄砲持って戦ったのもこのためだとか思ってないですよね??「人を殺める」という覚悟をもって戦ったんじゃなく、単に一時の激情に駆られて「マト」を倒してただけで、だから激情が冷めるとあっさり謝っちゃうとか、まさかそうゆうキャラづけではという疑念が

なので後半、アリス先生たちアメリカンボードと真っ向から対立した八重に、佐久が「お前は言葉が強すぎる」「一歩引くことも覚えなきゃ」みたいに諭してたのは、「そうそれを言いたかった!」とスッキリしてしまいました このドラマの八重ちゃんほんとにイケイケどんどんなんだもんなあ。
しかしこのアメリカンボードの対立、「手段は同じだが目的が違う」「言うこと聞かなければ資金援助やめます」等々は、徴兵令をめぐる伊藤博文との対決もそうですが、八重ちゃんのいうとおりまさに「戦」、国家間での戦争(≒外交)と大して変わらんなあと思いました。手持ちのカードのどれを突きつけ、どれを捨てて、譲歩を引き出すかが勝負みたいな。

そうそう八重ちゃんが、荷造りするジョーに「手紙下さいね。ただし長い手紙は体に悪いから短く」と言ってましたが、実際ジョーはすごい手紙魔だったそうです。「八重の桜展」にも、ジョーから八重に送られた手紙が展示されてましたが(八重さんちゃんと取っておいたのね)、旅先での出来事から、留守を守る八重さんを気遣う記述まで、ビッシリ!説明いわく「現存する手紙はどれも2mを超えている」そうで
ジョーにしてみれば安心させたい&八重さんに聞かせたいという一心なんでしょうけど、八重さんは手紙を受け取るたび、安心半分心配半分といったところだったかもですね ましてやあんな遺書が届いちゃったら

すっごく余談ですが、昔の人の「手紙にかける思い」というのは、相当なものがあったみたいで。
何せ、思い立ったら海外からでも電話や写メが一瞬で送れる現代とは違い、一度行ったら連絡手段は手紙のみ、しかもそれすら時間がかかるという時代ですもんね。
それが最大限に現れてるのは、やっぱり戦時中で。
以前「南方からの手紙」(だったかな??)という、太平洋戦争中、主に南の島々の戦地から届いた手紙を集めた本を読んだことがあったのですが、兵隊さんたちの、故郷からの手紙を待ちわびる思いの強烈さ!
戦時中につき、届かないこともたびたびだったようで、「(船便だと沈むから)航空便で送ってくれ」という言葉もたびたび。「他の人の手紙は来てるのに、自分宛の手紙が来ないのはとってもさびしい」「手紙をくれないなら現地妻娶るぞー。それがヤなら手紙クレ」という、冗談めかして切実な手紙もいくつかあったり。「手紙見ました。自分もついに人の親になったかと感無量。しかしこの子はよく肥えてるね。どうか元気に育てて欲しい。しかしかわいいね」なんて、矯めつ眇めつ写真を見ている様子がマザマザと浮かんで、ちょっと涙目。

お久しぶりの殿と照姫の再会は、ああ照姫のサヨナラ公演だなという感じで それ以上でも以下でもなく。
ここで無理にご宸翰を絡ませる必要はないと思ったけど(むしろお風呂の時にお付の人に「これは?」と尋ねられるとか、「お風呂以外に肌身離すことはなかった」という伝説をそのまんまやってほしかった。それで充分、帝に心底忠誠を誓っていて、会津は逆賊ではないと終生思い続けていたのが伝わると思うんだけど)、まあサヨナラ公演だしいいや それだけ殿にとって照姫が大事な存在だったということで。

そしてもう1人、お久しぶりの会津人・広沢さん登場。
と言っても「誰だっけ?」という感じでwikiとか見て思い返してみたら、ああ~あの「西郷に会わせてくれ」って決死の覚悟で敵陣に赴いた人ね 「わかった会わせてやる」って言われて「あ~よかった♪」って待ってたら、案の定そのまま捕まっちゃったっていう へ~~そのまま明治2年まで捕まってたんだ その後斗南に渡って開いた牧場が、昭和60年まで残ってたんですって!スゴス
「その牧場で暮らしが成り立った会津人が大勢いると聞いてる」ってあんつぁまねぎらってたけど、個人的にはここで広沢さんの口から「いえいえ覚馬さんこそ」みたいなセリフも一言あるといいんだけどなあと。でないとなんだか「死んでいった会津人たちのために少しでも役に立ちたいから」という広沢の言葉に、同じ会津人の山本兄妹がただ「えらいなあ」と他人事のように感心しているだけな人みたいに見えちゃうんですよね。ほんとは違うのに。
「覚馬さんこそ、同志社で会津出身者を積極的に面倒見ていると聞いてます。実は今日もそのことで・・・」みたいな流れにしても自然だったと思うんだけどな~。それとも青木さんが、覚馬が面倒を見た最初の会津人だったのかしら??

そしてこの青木さんと時栄さんが、なんかいい雰囲気になってくわけですが、ここは妙に説得力ありました 上等な詐欺の手口を見るようなというか「ああこの時にこんなこと言われたらイチコロだわ」みたいな。
お互いの、甘えたい部分と甘えさせてあげたい部分がぴったり噛み合ってる2人なんですもんね。弱ってる時はそりゃ~ちょっと寄り添いたくなっちゃうよな~という自然さを感じてしまいました。時栄さんが尚さん同様「人の下に己の身を沈めた人」だったという描き方も納得。
秩序が破綻することなく、物事がうまく回っている時って、必ずどっかでそのために泣いてる人がいるはずですもんね。もっとも秩序が破綻したらまた泣く人が増えるわけで、そうならないために暗黙の了解で、皆でその人に泣いてもらってるとも言えるわけですけど。

というわけで次回は時栄さん回。
男女のドロドロドラマは、個人的にはあんまし好きじゃないんですが、ノベライズで先読みした感じでは、意外と面白かったです。ドロドロよりも「人の下に己の身を沈めた人」という方に主眼が置かれている感じだからかも。
ついでに次々回・46話も、今度は久栄ちゃんによる男女のドロドロ回ですが、これも45話よりイラつくわりには意外と面白く。このイラつき、半分は徳富弟のせいです けどその「人間的弱さ」がわかる気がするところも確かにあって。
しかし今んとこ、一番面白く「早く見たい!」と気が急いているのはその次・第47話なのでした。ほとんど名前だけでしょうが錚々たるメンバーが出てくるし(お久しぶりのあの人も)、何よりジョーが、会津編で「ついにスペンサー銃を持った八重」くらいに覚醒!
という感じで、ここに来て、終盤に向けて意外と面白くなってきている「八重の桜」なのです。

そうそう、最後になっちゃいましたが、今月のオープニングいいですね♪ 絵ろうそくと、おそらくは2月に行われる「絵ろうそくまつり」の光景(これは向瀧さん?御薬園?)
会津のご当地物産が画面に出るという嬉しさもさることながら、このオープニング見ると、八重の桜の放映開始前、八重ちゃんあんつぁま尚さんがろうそくの絵付け体験をしていた番宣を思い出して、懐かしさが 確かあんつぁまの絵ろうそくが、図工2の小学生男子みたいなできばえで、あんつぁま途中でやんなってフテ寝してたわね
それが今や最終回も間近だなんて、改めてしみじみです。
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テーマ : 大河ドラマ - ジャンル : テレビ・ラジオ

コメント

公と私

じっくり書く時間を探してあとにとっておいたら、いやいやもう金曜日!!・・・・(しかもまた上におっもしろい政治の記事が!!)

時栄さんがなびいてしまうとは到底思えないんですが。。。なびくのね?(ネタバレ??)だってあの書生役の俳優めちゃくちゃ感じ悪いですが、有名なの?あれほど気のあるそぶりをするのって逆にひくけどなぁ・・・(演技が下手なだけ?)でもそれに乗るなんて時栄さんはよぽど渇いていたのね・・・。そりゃそうよね・・・妹と前妻の子と姑がががっと押し寄せ・・・愛する夫は前妻を忘れられないような後ろ姿を見ればね・・・

それで八重ちゃんが怒るの?来週(といってもすぐだ)

ところで八重ちゃんに子供はできないの?

それと
>自主独立をうたいながら都合のいい時だけ官立と同等を求めるのはいかがなものか
これねぇ去年までの私は博文派だね。公立だけの人生だったので、私立には「どうせお金持ちが行く」「お金持ちが幅を利かせる」「学校おお金持ちの子供を優遇する」「お金で遠くから宣伝になりそうな特待生をがんがん引っ張ってくる」と、思っていたので。

しかし、お金持ちじゃなくても、落ちて私立来る子もいるわけだし、同志社をつくったジョーの気持ちのような「官立にはないものを」という志とかもあるし、まさに、公務員と民間の違いというようなものはある(国に保証されていない分、企業努力が必須)のだなと、子供を私立高校にやってみて感じました。

まあ、、、、偏見家だと、新しい世界を体験して初めてわかるわけです。
人の想像力というのは個人の体験に忠実に沿ってしか形作られないものなのね。

Re: 公と私

あの書生役の人、仮面ライダー出身らしいよ。何のシリーズだったかな~?聞いたことないタイトルだったから最近かも。
今年ってライダー特撮系が多いんだね!ていうか特撮系と一般ドラマの垣根が低くなったのかな??

時栄さんの身の上も、確かに一面気の毒だよね。特に姑小姑継子たちと、ある日突然同居が始まるとかさ~;;(下手したら本妻も一緒だったかもしれないとゆう)
大河の時栄さんが、控えめで黙々と役割をこなしてる、わりとうらさんみたいな性格として描かれてるから、余計に同情しちゃう。

子供いなかったんだよね~八重さん。その意味でも、もうちょっとジョー長生きできたらよかったのに、寂しかったろうなと。

私も私立ってそういうもんだと思ってた。んでこないだKさんのブログ見て「なるほどな~」と偏見がちょっと改まったとこだよ(^^)v
そうなんだよね、公と私、どちらも一概に否定できない役割がある。そもそも国公立だからってすべてをカバーできるわけはないんであって。
だから「私立=国公立と対立している存在」じゃなくて、「=国公立ではできない面をお願いしている存在」っていうふうに捉えれば、「我ら官立とは違う自主独立路線だからこそ、国としても協力しましょう」という考え方も生まれるはずなんだけどね。これはウヨサヨとかすべての対立項がそうかもだけど。ってきれいごとかな~?
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