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浩の桜

今回は面白かったです八重ちゃんが出てくるところ以外。

「八重の桜」なのに、八重ちゃんが出てくる場面がもれなく不快なんて、一応今年の大河ドラマを応援しているつもりの一人としてはほんとに悲しいです いつから、どうしてこうなった?

まずは東京の、山川家ご一同。
しかし各々すごい経歴ですね 東京大学、東京女子師範(現・お茶の水)、フランス語通訳、そして将来の鹿鳴館の花 女も稼がなければやってけない状況、賊軍が世に出るためには教育分野が最適、等々の理由もさることながら、やっぱし(人脈も含めて)エリート一家だったんだな~と。根性とプライドと素質の融合。

やっぱし山川家が出てくると面白いですね~。ドラマとしてもぴしっとする気がするし。これはやっぱり「元・家老の一族」ということで、もはや「元」がつく時代なのに、いまだ会津を背負うことを、山川メンバーの一人ひとりが「責務」としているところから来るんだろうなあ。
(八重さんだって会津出身者たちを積極的に同志社で学ばせたりして、会津を背負ってたはずなんですけどね。大河ではなぜか描かれていないけど

それを端的に現す山川浩の言葉「俺だけは忘れてはなんねえのに」
やっぱりこの大河、特に京都編における希望の星は浩だわ 個人的にはもう、京都編は「浩の桜」として見ることにしました ていうかなぜ八重ちゃんでそれを描いてくれなかったのか;;
あ、ただこのシーンで2人が「ならぬことは~」唱和するのは、幼馴染~って感じがしてよかったですね♪ 今回八重ちゃんが出てきたシーンで唯一いいなと思った場面でした

そこに降って沸いた捨松の縁談。
これを阻止すべく東京へ行きたがる八重ちゃんには、TVのこっちから「やめろやめろでしゃばるな」と早くもウンザリでした だって八重ちゃんなんも関係ないじゃん。鶴ヶ城開城時の演説の時も若干そう思ったけど、あれはまあ男たちとともに戦った1人だし、その演説自体がひじょ~に素晴らしかったからまあいいです けど今回は、ただ同志社に就職頼まれてただけじゃん。それだけの縁で、山川家の問題に口出しすべくわざわざ東京まで行くってんなら、他にそれくらいの勢いで面倒見なきゃいけなかったあの人とかあの人が、山本家の一員としていたんじゃないかしらん?とか余計なことまで思ってしまって
まあ、本来関係ない八重ちゃんを無理やり本筋に絡ませようとするあまりの描き方であり、そうして無理やり絡ませようとするのは(個人的には好きじゃないけど)ドラマ=創作だしOKだと思います。けどその絡ませ方が「下手」だと思っちゃいました。なんも説得力ない上に、余計なことまで想起させちゃった結果、ほとんど八重ちゃんに好感持てなくなっちゃったら、何のための、誰のための創作なのかと

そして八重ちゃんが出てこないおかげで(?)途端に面白くなる大山&捨松シーン。
ていうか、大山カッコよすぎでしょう おかげで「ああこれならお互いホレるのも無理ないわ」「これで相手がガマみたいだったら捨松きっと断ってたよな」と素直に納得できる説得力がありました。え?実際はガマ?
ここでワインを拭く捨松に大山が「会津のおなごだ」と言うのも、よかったですね~~~!!鶴ヶ城を明け渡す時、お掃除シーンでわざわざ捨松が出てきたのはこれかという、スッキリつながった快感もさることながら、大山がその「会津の誇り高さ」を覚えていてくれたというのは、やっぱりうれしいですよ 後で出てくる八重ちゃんの「負け戦がうれしい」はまったくわからんかったけど

で、そういう優しい&「ホレてると言えなかった」というかわゆい&ビーチボーイズばりにカッコいい大山に一目ぼれして(違う)帰宅した捨松が見たものは、「会津戦記」を読みながら登勢を思い出して「会いてえなあ」と泣く浩 ああこれよこれ!この思い!!やっぱり京都編は「浩の桜」だ~~~!!!

昔のことを忘れたくないっていうのはすなわち、そこで生きていた人たち、そこで死んでしまった人たちのことを忘れたくないっていうことなんですよね。前を向いて歩く=忘れる、じゃないっていうのと同様、昔のことを忘れない=恨みを忘れない、ってことじゃ決してない。決してないんだけど、でもやっぱりそれらは表裏一体で、簡単に切り離せることじゃない。それらをあえて切り離すと、例えば前向きになれない人は置いてきぼりになったり、逆に恨みだけが伝わったり、そんな感じに何かが歪んで、一番大切にしたかった「そこで生きていた人たち」の存在感はどんどん風化していくような、そんな気がしてしまいます、よくわからないけど。

ジョーと勝との対決もよかったですよ 何より「今は小学校にすら行けない子が多数だけど、それを変えるのにたとえ200年、300年かかっても今やらなければ」というジョーの言葉。ああそれが今、100年ちょっとでジョーが夢見た世界が実現してるんだなあ、ありがたいなあと素直に思えて。
そうそう東京大学が官僚育成機関っていうのも、このころから既に既定路線だったんですね しかし同じ官立大学なのに京都大学がもうちょっとアカデミックなのは、中央から離れているがゆえの幸運なのかしら?それとも「京都」という土地柄かしら??なんか京都って、八重の桜見てもそうだけど、歴史の古さから来る保守的な面と、その反動による革新的な面が奇妙に同居していて、それがまた汲めど尽きせぬ魅力になってるっていうイメージがあります。ちょっとロンドンみたいな。

あそうそうもう1コ、八重ちゃんが出てきたところでいいシーンがありました♪ 「なぜジョーと結婚したの?」と捨松にたずねられた八重ちゃんいわく「そのうちジョーの夢が私の夢になって」
やっぱり結婚生活ってこれですよたぶん。別に具体的な実現目標じゃなくても「2人で何かを作り上げていくのが結婚だ」っていう。実は結婚する時ダンナにこう言われて、その時は全然ピンと来なかったんですけどね

そして、そのままシーンは大山vs.浩の対決シーンへ!
この対決はよかったわ~~~!!!どっちの言うこともよくわかる!!!だからほんとに、TVに向かって心の叫びをぶつけてしまいましたよ「八重ちゃんあんたは出てくるな

この対立関係が、実際どんなふうに捨松結婚に落ち着いたのか。つくづく史実をやってほしかったと思います。八重ちゃんの茶番劇なんか出さずに。ほんと茶番でした。腕相撲の後のジョーや八重のセリフも皆の涙も、すべてが「くっだらねえええええ」としか思えず。なんでこんな茶番にされちゃって、さらにそんな茶番で簡単に解決してるの?浩を筆頭とする人々の「会いてえな」という涙が根底にある思いが。

和解って、例えばワインを拭く捨松を見て「会津のおなごだ」と言う大山とか、そういうお互いを認め合うところからだんだん育っていくもんだと思うんですけどね~。「もう15年もたったんだから」とか「なんかよくわかんないけどとりあえず決着ついたから良かった良かった」っていうのは、単なる平和主義な傍観者の視点であって。人がいがみ合ってるとこなんか誰も見たくないもんね。
傍観者が「こうなればいいな」と思ってることに、当事者も従ってくれることを望んでる。そんな傲慢というか何と言うかみたいな感じを、ここ最近の「八重の桜」から受けてしまうんですよね。全然わかってないのにわかってるつもりで「これが正しい道だからこうしなさい」みたいな、傍観者にありがちな善意の押し付けがましさが、八重ちゃんという傍観者によって見え隠れみたいな。ていうか繰言になっちゃうけどほんとの八重さんはそんな傍観者の立場じゃなかったはずなのに、いつから、どうしてそうなった?

ああなんか今回も文句ばかり あでもこの後の鹿鳴館シーンはよかったですよ~ しかし「大山さんもやりよるのう」と言われても、「そりゃ大山さんイケメンだから」とまったく意外性なく、お似合いの2人として受け止めてしまうという
まそれはどうでもいいんですけどここで浩が言ってた「100年後、会津が日本の誉れになる日が来るかも」
これは実際そうなりましたね。徳富君たちの影響も大ですが、100年後どころか、50年くらいで。このセリフの直後に「徴兵令」の話題が出てくるのがなんとも意味深でした。
(まあこの「徴兵令」が、ジョーの目指す私立大学を一層苦境に陥らせるというわけで、そんなに深い意味はないのかもですが)

そうそう最後の「紀行」もよかったです。大山と捨松が仲良さげだったのは、やっぱり平和主義な傍観者としては「良かったね~♪」と素直に微笑んでしまうところで。大山さん、いい人だったんだろうな~(イケメンという武器がない分
しかし「西洋育ちの捨松には、留学経験があった大山の西洋風な生活はきっと心休まるものだったろう」というのを聞いたら、改めて「会津育ちの八重さんには、ジョーのカンペキな西洋生活はきっと心休まらなかったろうな」と思っちゃいました。
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テーマ : 大河ドラマ - ジャンル : テレビ・ラジオ

コメント

手厳しいね!

そうなんだ~八重ちゃんそんなにダメダメ?私ははるかちゃんがかわいいから、気にならなかったから、配役って恐ろしいよね・・・これが吉高とかノダメとかがやってたらダメだったろうなあ・・いや~私も「ありえねぃ~~」って叫びながら見ていたけどね・・・

大トメが反町君だったよね。そういう年なのよね~

捨松は「大山の好きなもの、第一が児玉(源太郎)さん、第二が私、第三がビーフステーキ」と語ったことがあるそうですよ。満州銀総司令官として戦いぬいたのは、やはりそこまでの男たちの信頼関係があるのだねと思ってしまいました。

浩さんつうのが、ガオたんですか?名前はいつから変わったのだろう(大蔵さん?)ここでもまた、尚さん(映像なし)回想がこれでもか!だったね。さぞ尚ファンは喜んだことでしょうね。

今回の記事の一番の収穫は、K&Uさんのだんなさんのプロポーズを聞けたことだわね! ロマンチックですなぁ(*^_^*)何を作り上げている途中か教えて~~(^o^)



No title

あ~(><)言っちゃった。
そりゃ大蔵に比べたら何もかも格下なのですからしょうがないっすけど全国的には知られてない同士なら華をとったってとこでしょうか。
実はリアルタイムはマー君観てましてこれから録画観ます。そんだけ優先順位が変わったっていうか戊辰で燃え尽きた感じでしょうか。でも最後まで看取りますよ。

Re: 手厳しいね!

Kさんこんにちは~♪ や~ごめん、文句ばっかり書いて(^^;)。
たぶん私が「八重の桜」にすごく期待持ってるからだと思うんだ。だから「自分の思うとおりに描いてくれない」っていう私的な不満が噴出みたいな。単なるワガママかもね(^^;) それだけ会津編が「自分の思うとおりに描いてくれてた」っていう感じだったというか。
いや細かい場面とかキャラ設定とか、そういうのは会津編が特別よかったってわけじゃないんだけど、ただすごくきちんと「彼我の色んな思いが積み重なって歴史はできていく」っていうことを描いてくれてた気がするんだよね会津編は。簡単に白黒決着つけず、というか「そんな簡単に白黒決着つかないところで歴史は流れていくんだよ。人の心だから」みたいな描き方。
京都編ではそれが180度裏返っちゃった感じでさ~;;プラス八重ちゃんキャラへのテコ入れ?なんだか八重ちゃんに力入れてるんだけど、それがことごとく裏目に出てるように見えちゃって;;八重さん絶対あんな無神経な、でしゃばりな、考えナシな人じゃなかったはずだよ~(ToT)

反町が大トメだったんだ!まあ確かに今回は反町回だったしね~。そうかあもうビーチおっさんなんだね(^^;)

あなんかそのエピソード聞いたことあるな♪ そう言えるのがまた仲良し夫妻って感じがする~(^^) この夫妻ってなんか好きなんだわ、安心できて。

そうそう「浩=大蔵」ね。いつ名前変えたんだっけな~斗南時代だったかな~??このころの人ってちょくちょく勝手に改名してるけど、今から見ると不思議なシステムだよね~。
「会津戦記」出てきたね~。たぶんこれからも何度か出るんだろうな。

ぎゃは~うっかり書いちゃったけど、言われると恥ずかし~(*^^*) でも改めて考えてみるといったい何を作り上げてる最中なのかな(>▽<) 何かを作り上げつつあるって気は確かにするんだけどね~

Re: No title

sheyさんこんにちは~♪
すみませんとうとう言っちゃいました(><) いや「八重の桜」として貫く道もNHKにはきっとあったはずなんですけどね~。「清らにたかく」はそれですごい感動と説得力があるわけだし。ああやっぱり「清ら~」を原作にして欲しかった!
楽天どうでしたか!私は野球あんましなので「八重」見てましたが、視聴率が楽天に削られるのはもう仕方ないと思ってます。だって明らかに楽天の方が東北にパワーを与えますもの;;「八重」はここに来て、何のための、誰のための大河なのかと思うことがしばしば。。。(とはいえ会津は「八重」のおかげで救われましたし、それは心からありがたいですけど)私も気持ちはもはや「最後まで看取る」になってきてます;;
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