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八重の桜・第29話

八重の桜・第29話の感想です。
今回は、「二本松」そして「田中・神保&西郷一族&白虎隊」の回に続いて、泣いてしまった回でした。心のバスタオルがフル稼働です

米沢の降伏を伝える文書が届き、もはや状況は絶望的
砲弾もひっきりなしにドーンガラガラと攻撃してくる中、しかし梶原たちはまだ降伏を決意する気にはなれず。
この時の音楽がすっごくよくて 「梶原たちだってわかってるんだよ降伏するしかないって。でもそれがどんなに悔しいことか、本当にわかるかい?」っていうのが、光射すような荘厳な音楽に乗って、ヒシヒシと伝わってくるような感じが ここで早くも今回一発目の涙ジワ。
そもそもここででしたっけ?ボロボロ鶴ヶ城が、現存写真そのままにリアルに再現されてバーンと出てきたところで、もう涙目。KK&Uは「どうせCGでしょ」と冷めてましたが、ほんとに写真のようなのに、土砂がザーと降っているところがもう、「あの写真の本物が今、時を超えて目の前に」みたいなゾクゾク感がありました。CGってすごいですね~

今回はもう何度もボロボロ鶴ヶ城が出てきて、そのたび「これが見納め」とばかり目を大皿にして見ていたのですが、そのせいか、最後の紀行で出てきた鶴ヶ城は、いや~ひときわキレイに目に映りましたね~~~~~。
青空に真っ白くそびえるお城も、夜に浮かび上がるお城も、ほんとにキレイで。
うちら初めて引っ越して来た時が真夜中で、前泊用のホテルに場所を聞くと「お城からまっすぐ行って」だったので、真っ暗な中わけもわからず会津の街中(今思えば118号)を走っていたのですが、気づくと横一帯がお堀と石垣だったのにはびっくりしましたね~。「あれっもしかしてこれがお城?」って。「やけにでかいな」とも(実家は新発田城がある町なんですが、あのお城は裏道グネグネという感じで、鶴ヶ城みたいにドカーンと存在してないんですよね
で、朝になって、ホテルでもらった地図を参考に引越し先までもう1度行ってみたら・・・いやあ鶴ヶ城って、ほんとに町のまんなかにドカーーンとあるんですよね!想像よりもはるかにどでかいお堀&石垣が、町の真ん中を貫く118号にどばーっと広がっていて、その向こうに、朝日に輝く真っ白なお城が・・・
「あら~キレイなお城だな~。しかもこんな町の真ん中にあるなんて、どんだけ町の人に愛されてるんだろう」と思ったことを、今でも覚えています(実際、どこ行くにもお城を起点として考えることができるので、会津の町は道を覚えるのがとってもラクでした

この後、亡骸となったお登勢さんと再会する大蔵。のとばっちりを受けた形の健次郎
「なんで生き残った!?切腹しろ」と怒る大蔵は、「悲しみが嵩じたあまりの八つ当たり」という感じになってましたが、なるほどそういう解釈もアリですね。周りがどんどん死んでいくのを見ていて、自分も死ぬつもりで戦っていてという、ある種の極限状態にいたら、人は考え=言動も極限状態になり得るのだという。まあ元々の性格も大きいと思いますけど

ここで「(今更こんなとこで1人2人死んだって負けることは変わらないんだから)もういい!」という、大蔵母たちの必死の取りなしで、もめ事はなんとか無事終了。過日「死に遅れてはなりません」と健次郎を送り出した大蔵母にしてからが、もはやこう思わざるを得ない戦況になっていたわけですね。
これを見ていた殿は、秋月を降伏の密使に。っていうのも、ドラマストーリーブックであらすじだけ見ると「他の雑兵はいくら死んでも何とも思わないけど、山川家だと降伏を考えるわけ?また殿の印象が悪くなりそう」と気が気じゃなかったシーンでしたが、大蔵母の必死の演技が効いて、とても自然な流れに見えました。やっぱし(当たり前ながら)あらすじだけ見るのと、役者さんたちを通して見るのとは違うんだな~、「要点をつかむ」と「理解する」は似て異なることだな、なんて思われました。

夜、ボロボロ鶴ヶ城を眺めながら語らう尚&八重。ここもよかったですね~しみじみと。
視聴者としては、この後に別れが待っていると思うから一層しみじみなんですが、本人たちもそうだったでしょうね。いつ永久の別れになるかわからないというのは、きっと常に心の底にあったでしょうから。こうして静かに言葉を交わし笑顔を交わせる一瞬一瞬が、過去も未来もすべて包括した、かけがえのないひとときだったことでしょう。

さて降伏の密使として、夜陰に乗じて敵陣に乗り込もうとする秋月。
ここで援護射撃する八重、すごかったですねーー 百発百中!私的には、「凧揚げしようと言い出したのは八重」「殿様に向かって演説する八重」等々よりも「八重ちゃんすごすぎでしょ」と思っちゃいました これはもう「幕末無双」ってことでPS3から売り出しましょう
ともあれ八重の援護のおかげで(?)無事敵陣にたどり着いた秋月。敵にどつかれながら必死に会津の降伏を伝えようとする秋月のシーンに、今も戦っている会津兵たちの映像がかぶさるのがなんとも ここでまたちょっと涙目。

今も戦う兵士の中には、お久しぶりの斉藤一も。なんかこの人は、ボロボロっぽくなればなるほどカッコよく見えるわ~
吸い寄せられるように近づく時尾ちゃん 「怖くないのか」と聞かれて「会津のために戦ってくれてありがとなし」と言える時尾ちゃん、いい人だなーーーーー。ちなみにこの感謝の念は、会津まつりや墓前祭となって、今も会津に根付いています。
私てっきり、そう言われた斉藤が「惚れたからさ」とかつぶやいて、時尾ちゃんが「え?」とか言って、で斉藤が「あ、いや」とか言って小石をけっとばしてみたいな、「心のバスタオルを返せー」と叫びたくなるシーンにでもなるんじゃないかとハラハラしていたのですがそんなのにならなくてよかったーーー。美しかった故郷が爆撃でボロボロになっていくのが「悔しくてたまらない」と泣く時尾ちゃん、とってもよかったですよ。
この時尾ちゃんの気持ちが、なんだかとってもリアルにわかる気がするのは気のせいか。たぶん太平洋戦争の時も、ほとんどの人はこの悔しさを感じたんだろうな~と、その当時の人のように思えてしまうのは、やっぱり311があったからか、と、またここで少し思ってしまいました。決して後世ならではの見方のように「日本が戦争を始めてしまったのが悔しい」「原発を誘致してしまったのが悔しい」とかいう、当時の人たちに罪を着せているだけなのに、それに気づかず自分たちの罪だと反省しているつもりになってるところから生じる「悔しさ」ではなく。いやまあ「後世ならでは」の見方も、「歴史から教訓を得る」には重要だとは思いますけど。ていうか、どんな見方しても後世からの視点であることは免れませんけど。ただ個人的には、教訓よりまず理解したいという欲望があって。ていうかその理解度によって、見えてくる教訓も変わりそうな気がして。
(そしてさらに言えば「ここまでは理解できた。しかしここからは理解できない」という、自分の理解度表明に過ぎないものが「批判」に姿を変えてることも多々だと(自分を含めて)感じます。もちろんそうじゃない、理解した上での、本当の意味での「批判」もありますけど)

降伏を決意した殿と照姫の語らいシーンも、美しくてよかったですね。もはや何も言いません、言えません。

そしてもう降伏は、終戦は目前という時、おとっつぁま狙撃!!!
家族に看取られて死ぬことができたのがせめてもの、でした。実際は野ざらし遺体の1つとなったはずですが、いいの、おとっつぁま好きだから
いやなんだかね~、死に瀕して横たわったおとっつぁまの顔が、どうにも私の父ことじーちゃんの意識があった頃に似ていて困りました たぶんじーちゃんの髪型が、寄る年波でリアル月代だったことが大だと思うのですが なんかやっぱし、死が目前でも騒がずうろたえずみたいなとこと、そのくせ言うことがどっかお茶目で、深刻な空気にならないようにしたいダンディズムみたいなとこが、かぶってた気がします。ほんと林さん始め、おとっつぁまや神保や、ここに出てくるおっさんたちは皆、「古い男」の魅力的な部分を上手に見せてましたね~~~

そして、そしてついに、鶴ヶ城開城

「すまぬ」と頭を下げる殿に、「殿」「殿おやめください」と、一斉に止めるのがよかったなあ。家訓の時に一斉にざざっと土下座するのもそうだったけど、現代には決してない感覚、けれどそれが妙にリアルに伝わってくる感覚でした。
ここで八重ちゃんがまたもや演説!最初の「お殿様は間違ってます」では、先週の殿&八重対面でイマイチ乗り切れなかったことを思い出して、梶原さんや萱野さんとともに「やめろやめろ出しゃばるのは」と苦々しい顔になってたと思いますが(ていうかKKすら「こんなことありえないでしょ」パパ「ないないという反応だった我が家)。
しかしこの後は・・・よかったです~~~~~ 「男も女もない。これは会津全部の戦いだ」の時も良かったけど、今回の演説はほんとに、一言一言が「うんうんそのとおり」という感じで。私的に今回最大の心のバスタオル稼働タイムがこの時でした この場で殿に向かって自分の思いの丈をとくとくと語ったり、「死んじゃダメです」と殿に説教できたりするのは、女こどもだからこそですが、しかしまぎれもなく八重の演説は、その場の会津兵たちすべての代弁だったと思います!!
と同時にやっぱり、太平洋戦争の時の大多数も、こういう思いで戦っていたんだろうなと思わずにいられず(そして、こういうの勝手な推測するのもどうかとは思いますが、もしかしたら、事故収束のために原発で働いてる人たちも同じ思いを持ってるんじゃないかなとか)。
もちろん、先の大戦とは時代や状況が違うので、一概には比べられませんが、「祖国防衛」にかけた思いそのものは、質量ともに同じとしか思えないと。
もしも本質的な部分で違いがあるとすれば、戦後、会津は戦ったことに良くも悪くも誇りを持てた、日本は戦ったことに良くも悪くも誇りを持てなかった、ことでしょうか・・・?

「誇り」っていうのもなかなか難しい概念で、単なる自己愛の肥大みたいなとこにつながっちゃいそうだし、「プライドじゃ飯は食えない」というのも真実だと思いますしね。
私の解釈では「誇り」=「尊厳」です。文学的に言えば「どんな人も、どんな場所も、貶められていい存在なんてない」っていう考え方、民主主義的用語で言い換えれば、国なら「主権」、個人なら「基本的人権」みたいな。つまりとっても根本的な概念というか。
「尊厳とは」で思い出すのは私の場合、父ことじーちゃんが死んだ時のワンシーンです。死んだ直後、看護婦さんが家族その他を病室から追い出して、お清めしてくれるのですが、忘れ物してこっそり戻った私、看護婦さんがじーちゃんに対し、生前同様に「○○さーん次は右手拭きますねー」とか声掛けしながら処置しているのを目撃しちゃったのです。身内に看護婦さんとかいない私、この時初めて「尊厳という概念はどこから生まれるか」みたいなことを目の当たりにした気がしました。

女たちは、白旗を作り、床を拭き清め。
「降参」をどうしても書けない二葉さん、潔く書ききる照姫、ああどっちの気持ちもわかるな~~~。床を拭くのも、根底でどっか「自刃」に通じるレジスタンス精神を感じて。これもやっぱり「誇り」の示し方でしょうね。
このドラマ、おっさんたちの「古い男」ぶりが魅力になっていたと先述しましたけど、同時に「古い女」の魅力も存分に描いてましたね~。ところでここでも咲ちゃんが出てきたのは、籠城戦が後々ソリマチとのエピソードの1つになるんでしょうかね。

男たちは捕虜として集められ、猪苗代へ。
しかしちょっと少なすぎやしませんか?それとも元々成年男子が少なかった篭城メンバーから、老人子供を抜いたらこんなもんかなあ??絵面としてもちょっとエキストラ揃えてもいいんじゃないかと思ってしまいました。
ここでお祝いの歌を歌いだす会津藩士たち、これまたレジスタンス精神が伝わってよかったですね~。KKの「なんでここで歌いだすの?」との問いに「あえてお祝いの歌を歌うことで「俺らはこんなのへのかっぱー」「お前らざまあ」的なところを見せ付けてるんだよ」と、思わず熱く語ってしまいました。いやほんと、生き抜くためにこういう心意気はKKたちもぜひ持っといてほしいと、親的には。

ここで尚さん、八重を救いたい一心で危険な賭けに!!!
これ下手したら、八重さんを救うどころか、いわゆる「死ぬより屈辱」になる恐れ多々だったと思うんですが(声を挙げた尚さんはじめ、周りの男衆がみんな「やべーーー」って顔してたし)。
おそらく尚さん的には色々なことを考え合わせて、そうはならない方に賭けたんでしょうけど。いやあ色んな意味でちょっとギリギリな描写だと思ってしまいました(できれば「八重~会津の花」みたいな話にしてほしかった

しかし最後の八重のセリフ「それでも空は変わらないのか」は、う~んどっちだったんでしょう。「こんなに激変したのに空は変わらないなんてそんな」という絶望だったのか、「何も変わらないんだ、よし!」という希望だったのか。あるいは両方か。けど希望はちょっと早すぎるなあ。いくらなんでも。
ともあれ、半年間見続けてきた会津の戦いが、これで名実ともに終わったわけですが、半分最終回気分で見ていた私、ここまで見て、これが最終回ではなく、またこの敗戦から始まる話でもなくて、やっぱりよかったのかもしれないとふと思いました。

時々「歴史って結局は、生き残った人の視点で作られてるんだよなあ」と思うことがあります。「死んだ人の、死に際の思いが伝わってたら、もしかしたら歴史は様変わりするかもしれない」というか。
今ある歴史は、どうしても「どこかで運が良かった人」たちによる歴史で、その分、どこかが楽観的になっているのかもしれないみたいな。もしも死んだ人が、その瞬間の思いを残せるなら「自分は絶対にこんなことで死にたくなかった。無念だ。苦しい。こんなことは絶対にいやだ」という痛切さが、何倍も伝わっていたかもしれないとか。またそれとは逆に「騙されて無駄に死んでいったなんて決して思わないでくれ。守ろうとした国と、守ろうとした自分を、どうか貶めないでくれ」という痛切な願いも、より強く。あるいは1人の中の、走馬灯のように駆け巡る思いから、その両方がうかびあがるかもしれない。
(余談ですが、もしかしたら先述した「会津や日本が誇りを持てた持てなかった」は、このどちらを見るかに過ぎないのかもと)
「八重の桜」の感想で毎回のように引かせていただいた山田風太郎さんも、私的「これは大学生の必読図書にすべき」な本「戦中派不戦日記」で、前書きでこう書かれています。

「ただし、断るまでもなく、あくまでも九牛の一毛的記録である。戦争体験は万人万様だ。しかも23歳の医学生という比較的身軽な立場から書かれたもので、真に書かれるべきは、家族も家も職も、あるいは本人の命さえ奪われた多くの人々の記録であったろう。ただ、その人々の多くは、そういうギリギリの立場のために日々このような閑文字を残す余裕がなかったに相違ない」

しかしやっぱり、歴史は生き残った人によって作られるもので。
生き残った人にとっては、死んだ人がそこで終わった瞬間ですら、通過点に過ぎなくて。キレイに終わって本を閉じる、ようなもんじゃなく、そこには必ず続きがあるんですよね。時は容赦なく続く。

自らも命をかけようと本気で思い、出征していく身内や友人を「先に行っててくれ。後から行くから」と誓って送り出し、食うものも食わず家を焼かれ親兄弟を焼かれ。
そうまでして守ろうとしたものを、ついに守りきれなかったその時。
自身もそうした大多数の1人であった山風さんは、太平洋戦争開戦の1日と、終戦に至る15日間の、その同日同刻、人々がどこでどんなふうに考えていたかを色んな資料から抜き出し、並べて見せた本「同日同刻」で、最後の1日の終わり、すなわちこの本の終わりを、次の文章によって〆ています。

「「8月15日の夜は、灯を消して床についてからも眠れなかった。闇に目をあいていて夢のようなことを繰り返し考えた」
48歳の大仏次郎は書いている。
「その闇には、私の身のまわりからも征って護国の神となった数人の人たちの面影が拭い去りようもなく次から次へと浮かんできた。出版社の事務机から離れていった友もいる。平穏な日に自分の行きつけた酒場で、よく麦酒を飲み交わし、愉快な話し相手だった新聞記者の若い友人もあった。僕を見ると、目顔で笑って包丁を取り、注文はしないでも私の好きな鯒に手際よく包丁を入れてくれた横浜の「出井」の主人もいた。六大学のリーグ戦の時だけスタンドで顔を合わせ、仲良く喧嘩相手になって、シーズンが去るとともに別れてしまう不思議な交際の人もいた。和歌に熱心な町のお医者さんもいた。その人たちとの心の交流が如何に貴重なものだったかと言う事実は、失ってみてから切実に知ったことである。皆が静かな普通の町の人であった。
いつの日にかまた会おう。人なつこげな笑顔が、今も目に見える。この次会う時は真心からつかみたいと願っていた手の体温も、死者の冷ややかさを覚えしめるのである。白い明け方の空に、一つずつ星が消えてゆくように、一人ずつ君たちは離れていった。
私の知っている人々の他に、無限に地平に続く影の行進がある。その一人ひとりに父親がおり、妹や弟がいる。
切ない日が来た。生き残った私どもの胸を貫いている苦悩は、君たちを無駄に死なせたかという一事に尽きる。繕いようもなく傷を開いたまま、私どもは昨日の敵の上陸を待っている。我々自身が死者のように無感動にせねばならぬ。しかも、なお、その時、君らの影を感ぜずにいられようか?
待っていて欲しい。目前のことは影として明日を生きよう。明日の君たちの笑顔とともに生きよう。その限り、君たちは生きて我らとともに在る。」
(朝日新聞・昭和20年8月21日「英霊に詫びる」大仏次郎)
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テーマ : 大河ドラマ - ジャンル : テレビ・ラジオ

コメント

No title

K&Uさんこんにちは。
今週もボロボロお城になんとも胸が締め付けられる回でした。ショボイ実写よりCG擁護派なので本物作り物差別なくとにかくもの哀しく呆然と見てました。

お登勢の最期は正視できないほどの惨状だったと聞いていましたのでまだまだ綺麗な仏さんに多少戸惑いつつしかもそんな大蔵とお登勢のエピソードもあまり印象になかったので健次郎のとばっちりは「おいおいそりゃないでしょ」って思っちゃいました。ただ当然の事ながら極限状態のぶつかり合いという描写からすると何が起こっても不思議じゃないですけどね。

八重の援護射撃は凄かったですね。弾が残ってて良かった(笑)。俺もPS3幕末無双に一票です。
そして幕末無双の刀編の主役"どこに居たんだ斉藤一"も戦闘シーンでなく時尾とのエピソード。付かず離れずの距離感これも良かった。

そして待ちに待った八重の蔵の中での辞世の歌を刻むシーンは思いのほかあっさりでなんか拍子抜けしちゃいました。

それにしてもやっぱり「ここに女がいるぞ~」はやばかったですね。ヒヤヒヤして見てました。ここにいる官軍の兵達が紳士でよかったです(^^)

それはそうと思わぬ涙腺攻撃が残されてました。

「尊厳とは」で思い出すのは私の場合、父ことじーちゃんが死んだ時のワンシーンです。死んだ直後、看護婦さんが家族その他を病室から追い出して、お清めしてくれるのですが、忘れ物してこっそり戻った私、看護婦さんがじーちゃんに対し、生前同様に「○○さーん次は右手拭きますねー」とか声掛けしながら処置しているのを目撃しちゃったのです。身内に看護婦さんとかいない私、この時初めて「尊厳という概念はどこから生まれるか」みたいなことを目の当たりにした気がしました。(引用終わり)

昨年親父の最期も同じように亡骸に話掛ける看護婦さんを見てたんですっかり思い出しちゃったじゃないですか~(><)

今ある戊辰の戦記にはいろんな視点から書かれているものがあるし目を覆いたくなるような描写もあります。生き残った人にはいろんな人がいるってことでしょうがそれぞれの生命への尊厳や人間自身への尊厳があれば現在この地がおかれてる状況下でくだらない誹謗中傷や風評被害もなくなるんだろうなと思います。(こじつけですが)
みんな大河観ればいいのに。

Re: No title

ボロボロお城は・・・CGの底力を感じましたね~!!個人的にこのドラマでは、尚さん八重さんが歩いた猪苗代湖とか、白虎隊が眺めた飯盛山からの景色とか、なんとなく残念なCGも何個かありましたが(>▽<)、このボロボロ鶴ヶ城だけは常に「そうこれ!これを見たかったのよ!」って感じで。かなり強力な涙腺攻撃でした~~

大蔵とお登勢さんのエピソードは確かに、彼岸獅子入城で興奮気味だった大蔵がいきなりハグしたくらいしか印象に残ってませんね~(^^;) それまでは八重ちゃんを引きずってたような感じだったし。あ、だからよけい悔しかったのかな??「これから本当の夫婦になろうと思ってたのに」みたいな。

幕末無双、やってみたいですよね♪ド派手な槍1本で新式銃の集団を蹴散らすキャラ・黒河内とか(>▽<)
幕末だとまだゲームにはできないんでしょうかね~?色んな面で。
ここで斉藤&時尾ちゃんが出るとは思いませんでしたね~!しかも出たにもかかわらず安易なラブコメにいかない手堅さがまたグーでした。個人的に明治編が楽しみな2人です♪

辞世の句~佐久さんとの語らいは、実はまた聞こえなかったんですよね~(^^;)(で20時からの本編で再確認しようとしたら、見事に選挙番組だったという;;)歌を刻む場面が、残ってる絵と同じで「おお」と思いました(まあ絵も想像画ですが)。

八重ちゃんの時の官軍はほんとに紳士でよかったですよね~(^^;) 秋月の時の官軍がかなり紳士じゃなかったので(>▽<)本気でどうなることかと思いました;;

涙腺攻撃すみません(><) おとっつぁまを見てたらなんか思い出しちゃって(^^;)
昨年亡くなられたんですか。。。じゃあ色々な記憶がまだまだリアルですよね。というか「この世にいない」というのがまだ信じられないみたいな。

> それぞれの生命への尊厳や人間自身への尊厳があれば現在この地がおかれてる状況下でくだらない誹謗中傷や風評被害もなくなるんだろうなと思います。

まったく同意!ほんとにほんとにそう思います。そうであればいいなと思います。
(と同時に「でも自分たちの尊厳を守るために、別の誰かの尊厳を傷つけるのが世の常なんだよなあ」なんてもやっぱり思ってしまうのですが、ここら辺は書き出すと収拾つかなくなりそうなのでやめときます(^^;))

No title

どうも~~!!やはり7時10分からの視聴は無理なので録画して見ました。

ああ・・・なことばかりな・・・学校早く終わって帰ってくる次男が「お母さん泣いてるね」とかいうので「うっつぁし!!」と・・
で、K&Uさんの見て、また泣くという・・・

やっぱり私がキたのは、「ここに女がいるぞ!」だな・・・。わかるよわかるよすごいわかるが、あれほど愛していた夫と生き別れるって、どうなんだろう?私には耐えられないと思った・・・でも八重は案外あっさりしてないか?これは、ジョーがいるという脚本家の布石と思ってしまった。

と思うと、私も案外夫が死んだら、あっさりしちゃうんだろうかなどとか、しみじみ、女の現実的さ加減を考えてしまった。K&Uさんはどう?
前も言ったけど、夫には苦戦してきたから、いまいち私の手の中にないみたいで、いまだに「ああ~私の元に帰ってくるんだったな」とか思うもんね。でもこれがたぶん、夫婦円滑な秘けつだと思うよ。相手のことがわからない部分がある、だから長続きするというね。
でも、夫が死んだらほんとどうやって生きていこうと今から心配だよ・・・

ガオシルバーさんは・・・戦場から戻ってきて、城では同衾とか❤するような状況にないよね。だからほんと他人みたいな夫婦のように見えたけどね。・・・そこら辺がどうだったのだろうかとか思ったよ。

あとは、みんなお風呂入る暇なんてないだろうから、くさいくて汚いまんまかなあ・・とか・・・なんかそういうことをいろいろ考えた。

あと、お城掃除は、感慨深いね。あれは大事だね・・・ほんとに会津女の株は上がりっぱなしだ。NHKやるな!!

重い決断のところは、昭和天皇の聖断とかぶりました。でも、昭和天皇の状況よりも、殿は幸せというか、まっすぐというか、よかったんだろうとは思う。恭順派も昭和天皇には上奏しただろうし、いろいろな意見ももたらされたし、日本の背後の世界情勢もあったしね。でも昭和天皇もある程度のところで米軍をたたいて、それを利用して和平に持ち込もうと思っていたということを独白録かなんかで読んだので、やはり、傀儡でもなく、ずっと戦争をやめたかったでもなく、戦い抜くという部分はあったと思うのね。

それから戦後は。。。引用にもあるように、それこそ無駄な戦いをしたばかりに、自分の愚かさが悔やまれるという点では、殿もそうだろうが、天皇はさらにだと思います。そして八重が叫んだように、やはり殿には生きてほしいというのも、国民が天皇は戦争責任から逃れてほしいというのも、共通するように思う。

中曽根氏や石原氏が昭和天皇にも責任はあるという見方をしていて、それもナットクだけれども、相対した彼らも、「やはりヒロヒト天皇があのまま続いていてよかった」と思うのではなかろうかと思うのね。

まあ左翼には未だに戦争責任をという声もあるから、話は両面から聞かないとならないけれど、会津の場合は、家臣から、殿の責任を云々するような人が出ていないんじゃ?というまとまりようが、私には印象深かった。いや、会津の民はしらないよ、という意見もあるけれど、そうだろうか。どうなんだろうね。私は会津の民も殿を慕っていた様な気がする。八重が子供のころの思いを持ち続けたようにね。

No title

「不正な投稿」で何度それらしきの消しても送信できないよ~~

またあとでトライするね。

Re: No title

Kさんこんにちは~♪

大丈夫、送信できてるよ。なんでエラーメッセージが出るんかね~??
頂いたコメ、公開してもOK?

No title

え、あ、そう!!??

。。。私最初「同衾」とか書いたからかも?と思ってさ・・・(*^_^*) 古風な言葉にも敏感やとか思ってた・・・

OKです!

Re: No title

アハハ「同衾」(>▽<)、なんだか奥ゆかしいねエロだけど(^^;)
(そういや東武東上線住民だった頃「男衾」という駅名の由来が激しく気になってたことを思い出した(*^^*)どうでもいいけど)

うん。あそこでああできる尚さんはすごいね!!
八重さんはやっぱし闘士というか、もちろんダンナのことは一番愛しているんだけど
たぶん「同志愛」の占める割合が大きかったと思うんだよね。実際のとこは知らんけどドラマでは。
だから当然一緒に戦うし、一緒に猪苗代にも行くし。それが当然でそうできるのがうれしいって感じだったんじゃないかと。
でも尚さんにとっては「同志」というよりも「愛する妻」だったんだね~~。一緒に戦うのは実は切ない、守りたいみたいな。

私もダンナが死んだら、悲しみに浸るより「やばいやることがいっぱいある!」みたいな
こう「気を強く持つんだ自分!」みたいなふうになる気がする・・・やっぱし現実的なのかな(^^;)
でも長く家族をやってると、やっぱしある程度そういう分業体制みたいな感じになっちゃうのも自然な気がするよ。「こっちはこっちで何とかやってます(`◇´)ゞ」みたいな。ダンナは管轄内で水害とかあったら自宅を助ける前に会社に行かなきゃな仕事だから、ますますそんな気がする。
そうだね~~。全部わかっちゃったら相手への興味も半減だね;;少なくとも恋愛はそこで終了かな~?
もっともうちはとっくに恋愛は終わってる気がするけど(>▽<)だからKさんとこはほんとに夫婦だなあというか、ちゃんと男と女だなあと思うよ。うちなんか茶飲み友達みたいだもん(*^^*)

ガオ夫婦は、sheyさんへのレスにも書いたけど「これから」って感じの夫婦だったよね。特に大蔵が「今まで気の迷いがあったけど心を入れ替えました!これから共白髪になるまで愛し合っていきましょう」
みたいな気持ちでいたのにあの壮絶な死で。その分よけいに悔しかったかなと思う。健次郎さんは気の毒だったけど(^^;)

うん。お城にいきなり何百人も篭って生活って、単純にキャパオーバーよね。色んな点で大変だったと思う。
お風呂も軽く行水程度で(断水とは違って水自体があったのは幸いだったよね)、埃まみれ血まみれで・・・ねえ?
お掃除シーンはよかったね!自分が掃除嫌いだからよけい印象深いものがあったよ(^^;)

私も昭和天皇とかぶった~!無駄な戦い・・・かどうかはわからないけど、会津一藩でこの騒ぎなのに、日本全体を背負って、もちろん犠牲者の数とかも比べ物にならなかったあの戦争で
昭和天皇が背負ったものの重さはどんだけだったかといまさらながら恐れ入ったよ~
うん、和平交渉をできるだけ有利にっていうのは、たぶん総意だったと思うのよね。というか元から勝てない戦いで、要は少しでも有利な条件を出すための戦いだったろうから。
なんか昭和天皇って、田中義一が天皇に叱られて総理を辞めた後にぽっくり死んじゃったのを、自分のせいかってすごく気にして、それ以降あまり政治に口出ししないようにしたって聞いたことがある。
元々好き勝手なこと言える立場じゃない上にそうだったら、余計に自分の考えとは違うことがままあっても、なかなか止めることはできなかったんだろうね。

ほんとに、「この時代の殿=戦前戦中の天皇」だと思うよ。
国民(=自分たち)のために国があるっていうのはまあ「国民主権」で、戦前にはそんなもんないもんね。たぶん「殿=天皇があるから国なのだ」ってのがまずばーんとあって
「国民てのはその国を維持するために尽くすのだ」ってのが次にあって。
時々八重の桜の感想で見かける「民を救うために殿が切腹を」なんてのは、八重ちゃんたちにしたら本末転倒極まれりよね。

私も実は「天皇の戦争責任」はあると思ってます(^^;)。なんと言っても天皇のために皆死んだようなもんだからね。
ただしそれは、誰に言われるまでもなく昭和天皇ご自身が重々痛感してることで、だったら外野が鬼の首取ったかのように言うのはなんだかなっていう気分がある。まったく責任を感じてないならともかく、または当事者ならともかく。

殿の責任を云々する人がいないのは、そうだろうなあと思う。
だって別に「悪いこと」を殿たちが勝手に決めて「自分たちは巻き込まれた」ってわけじゃない、八重の演説どおり「こんなんなったら戦うのが当たり前でしょ」っていうのが皆にあっただろうから。
(日本は戦後「当たり前と思うように仕向けられてたんだ」と思うようになったから必然的に「じゃあ天皇を頂点とした上層部が悪かったんだね」になった感じけど)
実際後々まですごく慕われたみたいだよね容保公って。いい人だったんだろうね。
ただ会津の民草は・・・どうだったろうね~?(八重は一応パリパリの上級藩士だからね)
上級藩士みたいに、実際の人柄なんか知る由もないし、会津のプライドとか関係ない、基本「殿様が変わっても自分たちの生活が変わらなきゃいい」っていうのが民草のバイタリティだろうし。
たぶん戦前戦中の国民=会津の藩士で、戦後の国民=会津の民じゃないかと思うよ。教育とかでそういう価値観に育てられたというか。
ぶっちゃけ私とかも、「天皇」という存在が自分たちの生活に必要不可欠かって言われたら、そんなこともないんじゃない?って感じだもん(>▽<)
いなきゃいないで、なんとかなるんじゃないの(現代に天皇がいなくなるのと、幕末に幕府がなくなったのとじゃ、明らかに後者の方が社会としては劇的変化だったと思うし)みたいな。今んとこはね。だからって積極的に「廃止しろ!」とも思わないけど。今の天皇皇后すごくいい人だし(福島の桃おいしいって(T_T) 2年前の風評真っ盛りのときも、来てくれたのみならず、福島の野菜おみやげに持ち帰ってくれたんだよね(T_T))。
当時の民もきっとこんな感じだったんだろうな~と思う。昭和天皇にかける戦前戦中の国民の思いも、すごくわかる気がするし、八重の桜で「殿が責任取ればいいのに」みたいな意見には心底ハラ立つにもかかわらず(^^;)

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