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八重の桜・第28話

八重の桜・第28話の感想です。
ボロボロ鶴ヶ城が映るたび、「ああ~~~」な回でした

まずは頼母と八重&秋月のお別れシーン。
「なんでお殿様は頼母様を追い出すんだ!」と思わず怒る八重に「出すぎた口をきくな!」と一括する頼母。いいですね~。
それに続けて
「それぞれに信じる道があるのだ。どうしても譲れない道が。たとえ臆病者と言われてもまっすぐにしか進めぬ」
ああこの人もやっぱり「ならぬものはならぬ」の会津人なんですね~(ついでに「たわまぬ節」の千恵さんも)
このドラマだと頼母さんは「とことん恭順派」で、なので彼と対立する殿はじめ会津藩首脳部は「徹底抗戦派」って印象が強まるんですけど、そして後世の目から見ると「頼母が正しい」になりがちなんですけど、「どちらが正しいってわけじゃないんだよ」っていうのをガーンと伝えてくるシーンに思えました。
そしてその後、秋月さんに事の次第を聞いた八重ちゃんが「今更恭順なんてそんな弱腰な!」とやっぱり会津藩首脳部と同じような反応をするところが「うんうんそうだよなあ」と納得であるとともに、それに対して秋月さんいわく「今は恭順を言う方が勇気がいる」というのにも「うんうんそうだよなあ」と深く同意。昔読んだ「はだしのゲン」で、出征していく浩二に父ちゃんが「浩二ー。臆病者になれー。卑怯者になれー」と泣き叫んでたのが、いまだに印象に残ってるのでね~
「生きたい」という当たり前のことが「臆病である」「卑怯である」と責められるみたいな、そういう「人として立派じゃなきゃ生きる資格がない」みたいな世の中=人間の弱さ醜さを認めない世の中は、とっても怖いなと、かねがね思ってました。正論で人を追い詰める世の中というか。で、そうならないためには「命は大切だ」って堂々と言える世の中でないといけないな、と思っていて。「お国のため死ね」が跋扈する世の中よりは少なくとも、そういう恐ろしさに結びつく可能性は断然低いだろうと。
思ってたんですが、しかし原発事故の後のあれこれを見たら、ちょっと違うふうに思っちゃったんですよね。「命は大切だ」も十分、正論で人を追い詰めることになるのかもなと。この場合「非国民」ならぬ「人でなし」みたいなレッテルを貼られて。
私自身、2年前とか「いや放射能をそこまで敵視するこたないでしょ」とか「原発=悪者扱いはどうでしょう?」なんてのは、なんか言いづらいな~と思ってました。「命が大切じゃないのか!」って怒られそうな感じ。極端に言えば、「命が大切だから」さえ頭につければ例えばガレキ反対もデマという名の誹謗中傷も何でも正論になって誰かを追い詰めることができる的な。そう、つまり、太平洋戦争の「お国のために」と真逆になってるだけで、実は同じなんじゃないかみたいな(怒られそうで言いづらいという自分含め)。それで裏返しのまま行き過ぎて、でも裏返しだから過去と比べて行き過ぎてることに気がつかないで、後世「あの当時の人の考え方は理解できないね」とか言われてたりしてとか まこれは考えすぎだと思いますが。そしてたぶん、逆の立場の人はまさにはだしのゲンの父ちゃんみたいな思いを味わったのかもしれませんが。同じ時代の同じ出来事で。
念のためですが「命なんて大切じゃない」って言いたいわけじゃ、まったくないです。ただ「「お国のために」は危険だけど「命を大切に」なら安全」てのは違うな、傾きすぎたら危険なのは天秤の片側ばかりじゃないんだなと思いましたってことで。
(なので頼母さんの「それぞれに信じる道があるのだ」は余計にしっくり来ましたね~)

さてお城では、女たちが炊き出しを。このおにぎりづくりは、本当に熱くて量が多くて大変だったそうで、ぬれぶきんで握ったなんて話を「清らにたかく」で読みました。サランラップとかないもんね;;
このおにぎり(玄米)がまた見るからにまずそうでよかったですね~(一緒に見てたKK「何あれ、米?」) 「手に残った米粒はあとでおかゆにするので水に入れて」っていうセリフとともに、兵糧が厳しくなってることをばっちし伝えていました ちなみに女たちのおかゆは虫が浮いて、食べる時はそれをよけながらだったそうでウゲゲゲゲ
 
小田山ではついに新政府軍のアームストロング砲が備えられ。
小田山に登ってみたら、戊辰戦争で焼失したという「観音堂跡地」なんてのもあったのですが、もしかしたらあれは今回の八重&尚さんの反撃によるものかもしれませんね しかしあんなちっちゃい大砲(?)でよくがんばったもんです会津藩。
ここでおとっつぁまクローズアップ。どう見ても来週の別れを際立たせるためだけの出演だけど いいです、おとっつぁま好きだから♪
「ここは危なすぎるんだ」とおとっつぁまが言った時に、横で尚さんがなんだか「大事なお嬢さんをすんません」みたいな顔をしていたように見えたのがまたよかったです。ダンナはともに戦う同志、一心にその身を案じてくれるのは(父)親、みたいな

大蔵&お登勢さんや、平馬&二葉さんなんかも、今回クローズアップされてましたね。特にお登勢さんのセリフが珍しく多かったのは、まあ今回の主役ですから当然として、二葉さん及び山川家が多かった気がしたな~~。凧揚げシーンでは咲ちゃんこと後の捨松ちゃんも出てきたし、そろそろ戊辰戦争後に向かっているのかな。。。
個人的に、平馬に「頼むぞ」(だっけな?)と言われた時の二葉さん「ハイ」が、まったく気負わず「わかってますって」てな感じで普通~だったのがとっても好印象でした。二葉さんって、前はその強気(=かたくな)なところがどうにも苦手だったキャラだったのですが、先週辺りからなんだか好きになっちゃって

そして焼玉押さえ。篭城戦エピソードを知った時、「すごいなこれ!後方支援の女こどもたちはこんなことまでやってたのか」と私的に一番驚いたのがこれです。と同時に、断片的にしか知らない篭城戦(篭城戦に関する物語とかあんまし読んだことなかったので)の、その場の雰囲気というか、すごいことになってた鶴ヶ城の情景が目に浮かぶようなエピソードだなとも。
これで失敗して悲惨なことに・・・という人も、今回の主役はじめ多数いたそうですが、私それは爆弾に近づくタイミングだと思ってたんですよね。急いで抑えれば大丈夫だけど、爆発1秒前にうっかり近づいたらアウト、みたいな。
しかし、こんなに長い時間抑えてなきゃいけなかったんですか いや長いっつっても数秒ですけど、爆弾抱えての数秒は長いわ~~;;そんで体の下に抑えてる爆弾が消えるか爆発するかは、抑え続けていないとわからないみたいな。こわ~~~~~~~~~~~~
夏ディズニーに水撒きイベントってのがあるんですが(と唐突に関係ないにもほどがある話)、あれ大空にザッパーーンと水が打ち上げられた後、自分のとこにドシャーーと落っこちてくるまでに、数秒間のタイムラグがあるんですよね。で、その落ちてくるまでの数秒が、「うわ来るぞ来るぞ」ってもうたまらなくスリリングだという。水ですらけっこうドキドキするのに、爆弾を体の下に敷いての数秒間は・・・
しかし改めて、爆弾来たら逃げる方が絶対早くて確実だと思うのに、「お城を守るために」と、見ていた平馬さんが驚くほどの危険なこともあえてしていた女性陣に拍手を送りたくなりました。おかげで、殿が会ってみたくなったという流れも自然なことに思えて。

というわけで、殿&八重、10年以上ぶりの再会!
ちなみに対面した場所=殿が篭城していた場所は、「紀行」でもやってましたが鶴ヶ城の黒鉄(くろがね)門の上で、今は八重の紙芝居をやっています。綾瀬はるかちゃんもこの紙芝居を見たそうで。
もしも鶴ヶ城に行く機会があったら、ぜひ紙芝居の鑑賞がてら「ここに容保公(と綾瀬はるかちゃん)が座ってたんだな~」と当時に思いを馳せてみてくださいませ♪もっともお城は昭和物件ですけど
しかしこの感動の再会シーン、長いな~と思ったのは私だけ? なんか今回、「無駄に長いな」と思った場面が個人的にわりとあったんですけど、ここもそうで、勝手に思い出話を始めて、長々と思いの丈を演説して、もう退出するっていうのもさらに引き伸ばす八重ちゃんって、すっかりヤなありがちキャラになってるとしか なんかこう、うまく八重ちゃんとシンクロできなくて感動もイマイチでした。たぶん爆弾の説明自体が無駄に長かったので、「この上まだ語るのか。もういいよ」と思っちゃった気がします。爆弾の説明なんて、視聴者向けにそんなマニアックにしなくてもいいのにね~。
あ、でもそういえば「鉄片が」っていうのは、満州で空襲を体験した父ことじーちゃんも言ってました。小さい鉄片に過ぎないんだけど、兜とかかぶっていない時代には意外とバカにできない威力があるそうで。
ちなみに父ことじーちゃんによると、「ドカーン」よりもその前の「ヒュ~~~~」という音の方が激しくヤだったそうです。これまた夏ディズニーの「うわ来るぞ来るぞ」と同じですね。だからディズニーと一緒にするなって話ですけど。ていうかディズニーも当時は敵国だったわけですけど それはさておき、なんでも敵さん、そうして神経に障らせるためにあえて「ヒュ~~~~」と音を出すものを爆弾にくっつけてたとかいないとか。そういえば「鉄の暴風」を体験した沖縄では、「あの音がイヤ」というお年より多数で、あまり花火大会とかなかったという都市伝説もありますね(今は沖縄の花火大会多数ありますけどね)。
 
ともあれ、退出間際の殿をひきとめて思いついた案が、「皆で弾薬を作る」
すごいな~~女子供、なんでもやってるじゃないですか しかもそんな悲壮感に酔うわけでもなく、楽しげにワイワイと。この空気、好きだわ~♪そして二葉さんの「敵が撃ってきた弾をこっち用に活用するなんて、気分いい~♪ザマミレって感じ(意訳)」の言葉にもぶんぶんとシェイクヘッド てかそんなことするようになったら終わってる状態なんですけど、この心意気は大事よね 戦時中にこういうたくましさ発揮する人は、戦後の復興もきっと力強く生き抜く人だと思います。戦争と復興、ベクトルが真逆なので人間の強さや感情なんかも真逆の方向に使われちゃうけど、本質は同じだと思うので。

一方、男衆は米沢と結んで補給路を確保するため、オニカン率いる朱雀隊・別撰隊など精鋭部隊が出陣を!
出陣前夜、八重ちゃんさながら思いの丈を語りつつ、殿に手ずから酒を賜って、おそらく人生で一番うれしい日を過ごすオニカン。ここのシーンは・・・長かったな~~~ もうさ、この場面で官兵衛が何か言うのはすべて明朝の失態を強調するためなんだから、そんなシーンにこんなに時間取らないでほしかった しかもなんだかまた「殿がそんなに酒飲ませるから」みたいな演出になってるように見えるのは気のせいか? ていうか誰かもっと早く起こしに来ればいいのに。または次の日に延期すればいいのに。そうすりゃ多少なりとも犠牲が減ったでしょうに、そういうわけには・・・いかないんかな~やっぱし。

ちなみに有名な話ですが、この時の「長命寺の戦い」には、なんとオニカン父も参加していたそうです。なんでも「もう年なんだからやめとけよ」というオニカンの反対を押し切り、「慶応四年八月二十九日討死 佐川幸右衛門直道 生年六十三歳」と書いた下着を身につけて戦い、果たして討ち死にを遂げたそうで。う~むこの子にしてこの親ありなワイルドさですね~!
私としては、精鋭部隊を見事無駄にして帰ってきたオニカンさんはどんな反応で迎えられたかに興味があったのですが、この後勝ち戦などを戦いつつ、開城までついにお城には戻らなかったそうですね。しかし頼母がいまひとつ人気薄な気がするのに比べ、オニカンって決してそんな印象がないのは、この勝ち戦のせいか、はたまた基本「あの人なら仕方ねーやー」で許されちゃう、どっか愛されキャラだったのか?wikiの写真見ると「「獅子の時代」の銑次アニィかい?」てくらいのワイルド風味ですが
この奇襲が成功していたら歴史は変わっていたんでしょうかね~?もしかしたら篭城2ヶ月とかになって、そのうち雪とか降り出して、そして・・・結局のところ、歴史の大筋は変わっちゃいない気もしますが(ちなみに鶴ヶ城開城してわりとすぐ、雪がちらついたそうです)

一方、こちらは女子供版・豪快さんたち。ばんばん砲撃されてる鶴ヶ城で、みんなで凧でも揚げようじゃないかと。
これも有名エピソードですね。私最初はこの凧揚げ「なんでそんなことするの。危ないじゃないの」としか思えませんでした。ただまあ、子供が劣悪な環境でじ~っと篭城してるのはもっと辛いだろうし、たまにゃこういう気分転換も大切ではあるだろうな~とか。
でもそんなもんじゃない、もっとたくましくて大らかで、そして何より「敵への抵抗」という気分があったんですね。もしかしたら、現代的な目線で見れば「でも子供はただ使われただけじゃ」「そんな危ないことまでして子供に敵愾心を植え付けるなんて」というのもアリかもしれませんが、自分がもしも白装束着て篭城した一員だったら、やっぱり凧揚げする子供に「おおうまいうまいもっと揚げろ~」って笑顔で言ってると思います 砲弾が来るかは時の運だし。ここまで来たらもう生きるも死ぬも運命よね。

逃亡中のユキさんたちも、この力強い凧を見てましたね。しかしできればこの時、ユキさんが見た景色も映してほしかったな~~。遠目にもボロボロな鶴ヶ城をバックに、元気よく舞ういくつもの凧。見たかった!

そして月日は明治元年9月14日。うわもう明治か。「上からは明治(めいじ)だなどと読むけれど、治明(おさまるめい)と下からは読む」と、当時反骨の江戸っ子は読んだそうです。ともあれいよいよ新政府軍は総攻撃を開始!あと10日弱、開城までのカウントダウンが始まりました
「紀行」でも言われてましたが、最後の総攻撃が始まってからは、1日最高2000発の砲弾が飛んできたそうですね。ってええ~~~2000発!?200発の間違いじゃなくて!?そりゃもう、当たらない方が運がいいくらいじゃないですか!?!?

ここで飛んできた砲弾を、とっさに布団で抑えるお登勢さん!こういうのって、ほんともう時の運というか反射神経というか、前も二本松で蜂の巣になって死んでいく若先生の時も思いましたけど「あっ危ない」と思った時にもう手足が動いてるかどうか、その差なんですよね、きっと。一瞬でも躊躇しちゃったら、たぶんもう体が動かない。たとえ普段どんなに「人のために死にます」と本・気・で思って(るつもりでい)ても。こういう時に「死ぬ」とか考えずに、ただ「消す!」「助ける!」と目の前のことだけ考えられるかどうか、その差な気がします。で運がよければ「いやああの時は何も考えなくて、ただ必死で」になり、運が悪ければ「自分の身を犠牲にして」になるみたいな。

そしてお登勢さんは後者になってしまったわけですが、このシーンはゾクゾクでしたね~~ 押さえている間の数秒がめちゃめちゃ長く感じられ(上からかがみこんでる時に爆発したらとか思うともう)、「大丈夫・・・かも」と思った途端どーーーん 結末を知ってるはずも私も、あまりの思いがけなさに一緒に「うわっびっくりした」でした~~
聞いた話では山川家、何かあったら介錯しあおうとお互い約束して篭城していたそうですが、この時瀕死の重傷を負ったお登勢さん「苦しいから介錯してくれ」と頼むも、皆どうしても介錯しきれず、長時間苦しんで亡くなったのだそうです。。。真偽はわかりませんが。
それにしても、焼玉抑え、凧揚げ、炊き出し・・・ほんとに「銃後」もハンパない戦いだったんですね~~~

さあ来週は、いよいよ「鶴ヶ城開城」です。「落城」じゃありません「開城」です念のため
長かった会津の戦いが・・・賊軍の汚名を着せられ敵が踏みつけようとしている故郷・会津を、命をかけて守ろうとした戦いが・・・来週ついに終わるんですね~~~。もう今から山風さん本で引用したい一節が浮かんでます 気分は最終回です 8月からはもしかしたらこのブログ、夏ディズニー旅行記になってしまうかもしれないのでそのせいもあり
いえ京都編も楽しみに見るつもりではあるのですが、150年前の会津とともに過ごしたこの半年の大河はやっぱし特別でした。そして来週はその総決算!ありがとう、そして楽しみにしていますNHK!
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テーマ : 大河ドラマ - ジャンル : テレビ・ラジオ

コメント

No title

K&Uさん、こんにちは。
確かに城が少しづつ形を崩していく様は胸が締め付けられました。
でもこのお城はどうして燃えなかったんでしょうね?水だけは潤沢にあったのでしょうか?白虎隊の燃えた燃えないよりもどうしてこのお城はあれだけの攻撃をくらいながら最後まで炎上ということにならなかったのかがちょっと疑問です。

頼母のシーンでは震災の時に避難所にいる疲れきった表情のおばあちゃんが「生き残ったのが幸せなのかわがんね」と涙ながらにつぶやいた姿を思い出しこれからの頼母の道はイバラの道であったろうなぁとオーバーラップして見ていました。とはいえこの後榎本連隊に合流するわけですのでまだまだこの時期は死に場所を探してさえいたとも推察出来ます。

さて、お城の中はもっともっと凄惨なものであったと思いますし"焼玉押さえ"は映像で見る迫力とハラハラ感は目を覆いたくなるほどでした。そして最後に来てのお登勢のシーンは知っていても衝撃でしたので心の準備がなかったらかなりのショックを受けたと思います。まぁそうとはいえ砲撃を夢の国のエピソードとなぞらえるK&Uさんは大丈夫そうですけど(^^)

弾薬作りに関してはこの時にほぼスペンサー銃の弾はそこをつき始めていたでしょうからゲベールや火縄銃の弾をせっせと作っているさまは逆に物悲しく思って見ていました。耐久性が悪い旧式で戦力になる銃が何挺ほど残っていたことでしょうね。 

そして今回の一番のほのぼのシーンはオニカンまさかの寝坊でしょう。もはやコントのようなオチに使われちゃいました。でもオニカン大好きです。この奇襲がどの程度成功していたかはもはやターニングポイントにはなってないでしょうね。仮に西軍を一時追い払ったとしても大坂の陣のように季節が変わってまた攻めてくるでしょう。その間に会津は建て直し不可能でしょうから。

いよいよ来週は開城ですか。やはりここでピークって感じになってしまいましたが後半も楽しみにしたいと思います。K&Uさんも来週で一息ってところですか。お疲れ様です。ディズニーも挟みつつたまには大河の感想も期待しちゃいます。

Re: No title

こんにちは~♪コメントありがとうございます。

今回はいつになくボロボロ鶴ヶ城が何回も映って(というか、毎回目を皿のようにして鶴ヶ城や会津の風景を探しながら見ていることもあるんですが(^^;))、だんだん写真に近くなってくるのが切なかったですね~;;
そういえば最後、砲弾で穴の開いた屋根から、光とともにほとんど写真のようなボロボロ鶴ヶ城が八重たちに見えるシーンありましたけど、あのシーン、その前におとっつぁまとおっかさまが言ってた「八重の鉄砲は闇の中に穴を開けて光を差し込むかもしれん」というセリフを思い出さずにいられませんでした(セリフ自体がなんだか不自然だったし(^^;))。「けれど実際に闇(=旧社会)に穴を開けて「新しい時代」という光を差し込んだのは、八重の鉄砲ではなく官軍の砲弾だった。そのために鶴ヶ城はボロボロになった」みたいなことを描きたいのかなと。

あっ確かに!不思議ですね(@o@) 1日最高2000発の焼玉を女たちが全部抑えたとはとても思えないし。篭城人数が多かったので、そこここが大火になる前に消し止められたんでしょうかね~??
そういえば鶴ヶ城公園、今でも昔の井戸があちこちに残ってますが、それをフル活用したのでしょうか??なんでも遺体が埋葬しきれなくて井戸に・・・なんて話もあるそうですが。

頼母は、ほんとに死に場所を探しているみたいですよね、土方みたいな感じで。明治以後もなんかこう、パッとしそうでしない的な「流され」感があるし。。。一番の問題は、同情しちゃう逸話があまり残ってないことでしょうか(^^;)
おばあちゃんと言えば、ユキのおばあちゃんのシーンはまさにそう思いました!そのおばあちゃんの心をちょっとでも動かしたなら、それだけであの凧には意味があったと思ってます(^^)v

お登勢さんのシーンはまさに「知っていても衝撃」そのものでした(@o@) ほんとにびっくりした!
これをディズニーと比べるのはどうかとはとっても思ったのですが(^^;)ある意味そんなのしか比較材料として体験してない現代人は幸せだという例ってことで(言い訳)

スペンサー銃の弾は、やっぱり手作りって不可能なんですよね?手作りできるっていうのはそれだけ旧式ってことですもんね。。。悲しいけどやっぱり、女たちが「気分いい~♪」と和気藹々と作っているのは好感でした。ていうかたぶん私もそうしてるだろうなと思えて(^^)v

オニカンは~~~(>▽<) しかしなんでか、後味悪~いって感じがしないんですよね。ポカが突き抜けすぎてるからか、キャラのせいか。つくづく次の日にやり直しすりゃよかったのにと思っちゃうんですが、季節を越えて泥沼の篭城戦にならなくて済んだ・・・のかもしれませんね。

来週は見逃せません!!!それこそ目を大皿にして見る所存にごぜいやす(>▽<)
そして米沢~京都編も、萱野アバヨや斗南やジョーや西南戦争や・・・等々、色々見所がありそうですよね!個人的に「清らにたかく」の2巻がすっごく好きなので、京都編もなにげに楽しみです♪
生涯一会津女だった八重さん&会津人たちが、この恨みつらみをどう乗り越えていくのか、たぶんそれを描くためにこれだけじっくりと会津戦争を描いたのでしょうから、今後はそこら辺に期待しつつ見るつもりです。当分はディズニー旅行記になっちゃうかもですが(>▽<)

頼母と左翼

八重の「この期に及んで弱腰な!」には、思わずさすが武士と、なぜか笑っちまいました。・・・さて感想はやまのようにあるのですが、本日は1点集中のみにて。すなわち、頼母の事を書いた、K&Uさんの最初の部分について・・・この感想、すごくよく伝わりました。。

今、色川大吉の「戦争と天皇」とかいう本を読んでいるのですが、色川は、「1933前後(5・15の後)であれば、天皇が軍部独走に待ったをかけられた。もうこのあとは暴走進んで無理」「1944の7月、東条英機辞任のときに天皇が停戦の聖断を下せば、本土空襲避けられ100万人が死なずに済んだ」と天皇を批判しているのね。

そりゃあなた、後世の冷静な目で見ればそうだろうよ・・・と、私は全く賛同できないのね。

だから頼母も同じだと言える。でもどうして私が彼に共感するかというと、その渦中に言っているからだと思うんだよね。それがたわまぬ節なんだと思うのよね。

さらには・・・反原発が叫んでいるのは、違うだろう?と思う。だって、あんたら、今までに何をしてくれていたの?って思うから。チェルノブイリの時に何かしたの?って。あのときは遠い大陸のことだから、他人事、パスタを避ければいいぐらいに思っていただけでしょって。それが、今、自分に影響あるかもだからってゼロベクレルとか原発反対って、恥ずかしくないか?って思う。しかもPCとか文明の利器とかちっとも手放そうとしないで・・・って思うのだ。しかも食べ物を例えば、選ぶことによって、フードマイレージからしたらエネルギーをめちゃ食っているんだよ、おまえ、って思う。どうして、原子力に頼らない世界を望みつつ、それほど身の丈の何倍ものエネルギーを使うことに疑問を抱かないの?と、エゴにしか見えない。

とにかく・・・極端にふれすぎるのは、ダメだって事だと思う。ミスチルが「いろいろな角度から見ていたら物事を見失っていた」って歌詞が、私すごく共感するんだけど、今は、1つの角度からしか、人は、ものを見なくなっていはしないかと思うんだ。そして、・・・自分と全く同じ意見じゃないと仲間と見なさない風潮ね。

だから、放射線もそうだけど、原発も戦争もそうだけど、自分の考えを疑える方が健全なのではないかと思う。やみくもに「これだけーーーー!!!」って日本人はなりがちなんじゃないか。経済発展もそうでしょう?オセロが全部裏返るように、極端から極端にふれないで、いろいろな意見が認められる世の中にしないとならないとおもう。それが民主的ってことなのに、全然、体現されていないところが、日本の怖いところじゃぁないだろうか。

頼母のように、自分の意見を通すなら、負の部分も甘んじて受けるという覚悟もなしに、気分で人を排除する輩が多すぎるのだと、思うのだよ。

Re: 頼母と左翼

こんにちは~♪コメントありがとうございます。

頼母のとこ、あれ実はKさんのブログ(fc2じゃない方)に書こうと思ってたのよね。けどなぜか何回書き込んでも反映されなかったんで、ここに書けばKさんも見てくれるかなと思って。なので読んでもらえてほんとによかった~!

ああなるほどね~。渦中にいる人が言うのと、気楽な立場から言うのとじゃ、確かに重さが全然違うよね。信頼性というか。
だから私、Kさんのことすごいなーと思うんだわ。まさに渦中で言ってたじゃない?私が「怒られそうで怖いな」とか思ってた時に。

反原発は・・・今も「パスタを避ければいい」と同じくらいの他人事なんじゃないかなあ??と思う。。。「チェルノブイリよりは近いけど、基本自分とは関係ない隣で起こった事件」的な。それはそれでいいんだけどね。ただそういう立場に立ったならどうするのか、みたいなところで、なんかね。。。「善行こそより注意深く行わなければならないのに」って養老先生だか誰かも言ってた気がするわ(^^;)

ミスチル、そんな歌歌ってたんだ~!だからうつ病になるのよ(いやうつ病ではなかったんだっけ??)
ミスチルの心境はわからないけど、「いろいろな角度から見ていたら物事を見失っていた」っていうのは、すごくよくわかるね。そんで個人的には、何かの物事をつかむためには、その「見失い」こそが入り口だとすら思う。一度も見失うことも混乱することもなく導き出されたものって、私もあんまし信用できないな~。まさにKさんの言うとおり「自分を疑わない怖さ」みたいなもんがね。根本的な、変わらない価値観とかも個人にはあるけど、でもどんなことでも必ず「矛盾」てのは絶対どっかで発生するからさ~。それを考えに入れてるか入れてないかで、結論がけっこう大変わりみたいなことはあるんじゃないかと思う。バランスとかも、そういうとこで取れるもんなのかもしれないし。

うん、日本ってやっぱしまとまりやすい感じがあるよね、良くも悪くも。
Kさんのブログで「日本人は感情的になって一団となる」みたいなことが書かれていたじゃない?言葉は違ったかもだけど。
で、Kさんのブログとはまた別に、「欧米は論理で訴えるけど、日本は相手の感情を汲む」みたいなのをどっかで読んで。論理で「こういう理由でこれが正しい、だからこうしなさい」よりも、「あなたの気持ちはわかりますよ~」とか「そうしたら悲しむでしょう?/うれしいでしょう?」みたいな、そっちの方が強いんじゃないかっていう。欧米にはそういうのはないんかな~?ってのはともかく、私はなんだかすごくよくわかる気がしたんだよね。「ああ~確かに!」って。自分がそうだから(^^;)
これはある意味、日本特有の「優しさ」だと思うのよね。たぶん島国だったり、気候だったり、「根本的に違う異民族」との拮抗の歴史みたいなのがあまりなかったりで、そういう面が発達したんだろうと思うけど(欧米の「論理」≒「ルール」重視も、「異」な存在と共存するための欧米ならではの歴史だろうしね。日本は共存じゃなくて同化しちゃいそう(^^;))、これ自体は悪いことじゃないと。
ただ、それが裏返せば「感情的になって皆でガーっと行く」ことにもなるんだろうなと。副作用というか。

でも、今の日本は昔ほどあんましまとまらない気もするのよね。ネットの発達とかがあるせいか、例えば2年前「言いづらいな~」と思ってたことも、Kさんはじめ、色んな人がわりと早くから違う意見をどんどん言ってたじゃない?かなりの逆風だったろうことは想像できるけど;;それで今、状況が整理されたこともあって、それこそ色々な意見が(対立はあっても)共存してる。

ただ、これが東北のはじっこで起きた他人事じゃなく、それこそ太平洋戦争みたいな「国を挙げての一大イベント」になっても、そうなってるかどうかは・・・疑問よね。まああれは総力戦だったからってのがすごく大きいんだろうけど。日露とか第一次大戦とかは、第二次に比べたら断然「どっか遠いところでやってる戦争」で、与謝野晶子の反戦歌みたいなのがブームになるくらいだったもんね。言い換えれば、そういう反戦歌を生み出した国民ですら、状況が変われば「一億火の玉」にも変われるってことだと思う。それはやっぱり「感情優先」だからなのかな~?でも感情って大事だしな~。(とまた物事を見失う(^^;))

> 頼母のように、自分の意見を通すなら、負の部分も甘んじて受けるという覚悟もなしに、気分で人を排除する輩が多すぎるのだと、思うのだよ。
そうだね!そう!!それはすごくそう思う。言いっぱなしでいいなら、そりゃデマも差別も大手を振って歩くわ。
たぶん、「覚悟がなくても言っていい」っていうのは、日本で多様な意見を担保するのに貢献してるとは思うのよね。ただし、そのおかげで出てきた「多様な意見」なんて、それこそ総力戦みたいな時代になったら、たぶんあっと言う間に沈静化しちゃうよね。「個性の時代だ」なんて言って守られてようやく出てきた「個性」なんて、果たしてどれほど個性かそもそもそれは本当に個性かっていうのと似たような感じで。

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