八重の桜・第27話

八重の桜・第27話の感想です。
今回は、悲惨な中にもとっておきの爽快エピソードのある回でしたが、それは後で

今や病院と化した、あの全国有数だった藩校・日新館も、焼失したそうです、会津藩自らの手により。
こないだトシ&斉藤が分かれた猪苗代城もそうですが、敵の重要拠点になりそうなところは焼き払っておくのが、この時代の戦のセオリーだったとはいえ、病院までもとはやっぱしムゴイですね
しかしこれは総力戦≒市街戦の時にはおそらくよくあることで、沖縄でも、退却する時、もう動けない兵士たちに毒入りミルクだか何だかが配られた話があったような。私は長らく、これは捕虜になって色んなことをしゃべられては困るからだと思ってたのですが、ナチスドイツとユダヤ人を描いた映画「シンドラーのリスト」でも、看護婦さんの手によって、毒飲料だか毒注射だかが一般人の寝たきり病人たちに施されたシーンがあって「あっこういうのって西洋でもあったんだ」と、かなーり驚いた記憶があります(沖縄一般人の壕でも、「もはやこれまで」という時に看護婦さんに毒を注射してもらうという話はありましたね)。この時の会津兵もおそらく「捕虜云々」という理由ではなく、ユダヤ人や一般沖縄人(もしかしたら沖縄負傷兵も??)、そして前回自刃して行った土佐たちや女性たちと同じ理由で死んでいったのでしょうね。

八重は夜襲に出て、遠く離れたお城からは撃てた鉄砲を、目の前で、目を合わせた敵に向かっては撃てないという衝撃の事実を確認することに。
ああこれもリアルですね~~。昔の「ヤアヤア遠からん者は音にも聞け」とか言って名乗りあいながら戦った悠長な時代(ほんとにそんなことしてたのかはともかく)から、近代になればなるほど、自分は安全なまま人を一度に大量に殺すことができるようになり、それに伴い人を殺す感覚もどんどん味わうことなく済むようになって、いやあいい時代になりましたね ってわかりきった青臭いことをすみません。でもこれ、ネットとかもちょっと根っこは同じだと思うわ~。こういう感覚が広く浸透しつつあるというか。
ここで出てきたのが先週に引き続き黒河内先生 すっかりいいように使いまわされる人になってる気がするけど、まあいいです助けてくれるなら

お久しぶりの二葉さんは、虎ちゃんが行方不明。。。こういう混乱、きっといっぱいあったんでしょうね~。。。
茫然自失状態の二葉さんを「家老の家の者が率先して働かなくてどうする。親兄弟なくしてる人も大勢いるんだ」と叱咤する母上、すごい!さらにその叱咤で生来の強気を取り戻す二葉さんもすごい!あの3.11の時、自らをこう叱咤して、親兄弟が安否不明(あるいは死亡)なまま、避難所で率先して働き続けた方々の存在がどうしても思い起こされるシーンでした。

竹子&娘子隊も出てきました。
萱野権兵衛の前に勢ぞろいした娘子隊、キレイでしたね~~!こんなんが戦場にまぎれこんだら、そりゃ敵は生け捕りにしたくなるというかなんというか
この人たちも、八重や白虎隊、オニカンや梶原平馬たちと「心は一つ」なんですね。助かろうとは思ってない、ただ自分がやるべきと信じることをするのみ、それは敵を倒すこと、みたいな。おそらく篭城も含め、戦に参加した人間のほとんどはこういう心境で、にもかかわらず生死を分けたのは、ほとんど「運」だったんでしょうね。

そんな中で、どうしても「心は一つ」になれないのが頼母。
こういう存在はとっても重要だとは思うのですが、しかしね~~~。やっぱし相変わらずの「正論止まり」なんですよね なので「お前が言うな」とピシリとシャットアウトした梶原には、ちょっとスッキリしてしまいました だって頼母の言うことってほんと「そりゃわかってるけどさあ。だから今それどうしようかって言ってるんじゃん」な内容なんだもん 「戦争はいけない、皆が平和に暮らせる国に」としか言わない社民党みたいなもんです いや私、親の代から社会党で、社民党の理念みたいなものにもまったくもって同意で、「こういう存在はとっても重要だよな」とも思っているのですが。

というわけで、平馬たちには「だめだこのモーロクジジイ。任せちゃおけん」的な扱いをされ、同じくモーロクジジイの枠内である神保と土佐も自刃したとの知らせを受けて、「老兵は死なず。ただ去り行くのみ」を体現する頼母。実際はそんなに老兵じゃないはずだけどそれはさておき

この後の、ちょっと感動的っぽい八重と頼母の語らいは、実は家事でバタバタしていて見てなかったのでした。「強くなれ」と言ってるとこは聞いたんだけど
「なよ竹の~」の歌を持ってそう八重に説くってことは、「あくまで恭順を」を貫くのが、頼母の「たわまぬ節」であり、「ならぬことはならぬ」の通し方、ということなんでしょうね。うんやっぱりそういう存在は必要だと思うわ。「ならぬことはならぬ」がぶつかりあって、決してわかりあえないから戦争になっちゃうかもしれないけど。ええ~~戦争はやだなあ

一方、戦場に出た竹子たちは。
「お城に帰ったら鉄砲を教えてもらいましょう」と、竹子が。あの「あなたの鉄砲にもののふの魂がこもってるのはわかった。しかし私はやっぱりなぎなたしか考えられない」な竹子が、「鉄砲は強い」と、敵を前に全面敗北宣言。これってつまり「お城に帰れるとは思ってない。自分はここで負けて死んでいく」とわかっていた、ってことですね。それでも、それでも敵に討って出るのか。
西郷千恵さんや白虎隊同様、「非力な者の精一杯の戦い方」を貫いて死んでいく竹子でした。う~むこれで生け捕りにされたら、確かにその悔しさはあまりあるかもな~~

竹子たちとともに戦っていた雪子さんは、皆とはぐれ、官軍に生け捕りに。そっその悔しさはあまりまる~~~~
捕らえられた雪子さんと、短刀を貸してやる官軍兵士との語らいは、これまた子供らがピーピーうるさくてあんまり聞こえなかったのですが、「三途の川を渡る時は迷わないように名前を言え」というのだけ聞き取れました これは「ダンナに恥じることは何もないぞ」という含み・・・?まあこの時の三途の川は、修里が見つけるのに難儀するくらい、めちゃめちゃ大渋滞だったでしょうね~~

そのころ、鶴ヶ城にはついに砲撃が!!!
ついについに、運命の小田山が官軍の手に!!!ええっ小田山に火薬が置いてあったんですかいやあそりゃあ・・・
ちなみに小田山からは鶴ヶ城がそりゃもうよく見えます 飯盛山からだと鶴ヶ城はけっこう遠くて、しかも現代では障害物もありますが、ここからは今でも障害物がなくてね~、そりゃもうボロボロ鶴ヶ城にもなるでしょうと実感できるという(小田山レポこちら)。

これを受けて、頼母は「たわまぬ節」すなわち「どうか恭順を」。
ていうか頼母って、そんな一貫して恭順を訴えてた人っていうより、以前「今から反射炉を作れ」「だからあん時京都から引き揚げてれば」って言ってたみたいに、わりと感情のまま「正論止まり」なことを言う人って印象があったんですが、西田頼母さんは微妙に違いますね。おかげで頼母と対立する容保公も微妙に違う印象に描かれてる気がしますが、それはさておき。
ああ、けど恭順を訴える頼母に返ってきた答えはやっぱり「なんであんたはそう負けることばかり言うのか」。
まあねえ、せっかくみんな一丸となって頑張ろうとしている時に、こういう水差すようなことばかり言う奴ってほんとヤです。ていうか感情的にヤなばかりじゃなく、はっきり言って「邪魔」です。おかげでほんとにグダグダになって、そのせいでほんとに負けちゃうかもしれないんだから。
という気持ちはよーーーくわかるんですけど、そして私、この会津戦争は会津のせいで起こった戦争じゃない、ただ向こうが攻めてきてこっちが受けて立った(ように仕向けられた)だけで、受けて立ったこと自体まで責められることじゃ全然ないと思っています。京都守護職とか鳥羽伏見とか、回避するタイミングはもしかしたらあったのかもしれないけど、「回避できなかったから会津の自業自得」てのはおかしい、そもそも攻めて来るのが一番悪いだろうに、なんでその原則「そもそも」を忘れて、負けた方さえ引いてりゃよかったんだよという、勝ったら何でもありみたいなのを後押しする考え方が浸透してるんだろうとすら思ってますけど、しかし。

しかしそう思ってる私ではあるのですが、今回初めて頼母に同調して「ここで折れるのもアリだったよなあ」と思いました。だってもう負け確実ですもん。「頼母が戦意喪失するようなこと言ったから負けちゃった」とかじゃなくて、一丸となってもこりゃもう絶対負けですもん。たぶん「あ、こりゃもう負け確実」っていう判断は「母成峠を越えられた時点で」とか「予備の白虎隊を出す時点で」とか、その人の先読み能力によって色々分かれると思いますが、後世の結果論を自分でできるだけ取り除いたつもりで、あらゆる面で「おそらく」の入る余地のない、「確実に負け決定」と思うのは、私の場合ここです。かなり遅いです でもそうなったらもう、1日でも早く白旗あげないと。昭和20年の8月なんてほんと、降伏が1日早ければ早いだけ、死者の数が100人単位で違ったはずなんですから。

あ、でもそうか、官兵衛たちは雪が降るのを待っていたのか。そうすれば「負け決定」とは言えなくなると。そうか、そうしたらやっぱり、やめるわけにはいかないかなあ。少しでも可能性があるなら、そりゃそれにすがりたくなるのはよーーーくわかるしなあ。「和議を少しでも有利な局面で」って重大事ではあるし。

それに、竹子たちもみんなそうだけど、いよいよ状況が「生きるか死ぬか」になってきて、「生への執着」と「死も辞さない情動」のせめぎあいの結果、後者が前面に出ているこの時ならば、「恭順して犠牲を減らそう」なんてのは、いかにもトンチンカンにしか聞こえないでしょうね。「敵に屈するくらいなら、女子供まで城を枕に討ち死にする!」って、今ではキチガイ沙汰としか聞こえませんが、毎度毎度、しかも長くてすみませんが、昭和20年8月18日「戦中派不戦日記」より。

「呆れけえってものも言えねえや。いってえぜんてえどうしていいんだか見当もつかねえ。
ここで投げるって話はねえ。まったくそんなふざけた話はねえ。おら阿南さんがかわいそうでなんねえや。こりゃてっきり重臣連中が国売ったにきまってらい。一方で特攻隊を出しながら一方で敵に色目を使っていたたあ何てむげえ、恥っさらしなマネをしやがるんだろう。あの野郎どもたたっ殺しちまえ。
降参したら、急にいくじなく敵の強えことをぬけぬけと宣伝しやがる。醜態ったらねえ。
しかしシャクだなあ、何が神州不滅でえ。負けて何が不滅でえ。勝利か、民族滅亡か、なんて生意気なことをぬかしやがって、今度は民族滅亡の恐れがあるから降参する、なんて、何がなんだかさっぱりわかりゃしねえ。こちとら人間が簡単だからな。こんなにあっさり負けていいのなら、今まで食うもの食わずにガマンしてきやしねえや。ええっ畜生、シャクに障る。
特攻隊は何のために死んだんだ。かわいそうなことをしたなあ。いいや、特攻隊とか満州取られるとか、そんな損得言うんじゃねえ。ただ降参するって手はねえ。最後の1人まで戦って、日本が滅んだらそれでいいじゃあねえか。それでこそ勝ったってことにならねえか。華々しく全滅したら気持ちがいいじゃねえか。でえてえ、小せえ奴が大きい野郎と喧嘩するんだ。命をかけねえで何ができる?苦しみ方が足りねえよ。まだ苦しみ方が足りねえよ。おらも苦しかったが、こんな苦しみ方で勝てるなんてつゆ思っちゃあいなかった。負けるにしたって勝つにしたって、こんな苦しみ方じゃ薬にも毒にもなりゃしねえ。
イタリーが前の大戦で寝返った。今度の戦争でもまた寝返ってる。いきさつぁ違うかもしえねえが、根を正しゃあおんなじこった。つまり弱えんだ。国民が腰抜けなんだ-って笑ったっけが、これじゃこっちもあんまり大きな口はきけやしねえや。こんなことで投げ出すのなら、またやったって、また途中いい加減なところで投げ出すに決まってる。案外日本人ってこんなもんじゃあねえか。---ヘンに気が滅入っちゃったよ。滅入らざるを得ねえってわけだ。
あのとき天皇陛下は、なぜ、最後の1人まで戦えっておっしゃらなかったのかなあ。もってえねえ話だが、おら泣くには泣いたが、やっぱりもう一戦やりたかったなあ。
親を殺され子を殺され、家を焼かれて、へっ、いまさら毛唐にもみ手をして、へいへいばったのマネができるもんけえ。これぁこのまま収まりっこねえね。騒いだって仕方がねえね。
しかし、もうこうなったら、どっちにしたって---もう駄目だね。畜生、畜生、チクショウッ、か。へっ」
(この「大洋製作のおやじさん」の語りはこの後もまだまだ続いて、最終的に、庶民が、日本人が、この怒り悔しさと、どう折り合いつけて、どういう心境で戦後を過ごしたかまでがうっすら伝わってくるような内容が、江戸っ子のべらんめえ口調で語られています。もしよろしかったら山風さんの日記をぜひご一読してみてくださいませ。ちなみにこういう思いは当時決して珍しくない、というかむしろ大多数の代弁ですらあるように思われます。だから山風青年も長々と書きとめたのでしょう)

そしてさらに言えば、「恭順することで会津を救う」っていう、今の私たちには至極もっともに聞こえる提案って、当時じゃ「何言ってんの?そんなんで会津が救われるはずないじゃん。むしろ恭順したら会津滅亡させられるでしょ」の方が普通だったかもしれないんですよね。
うっすら思うんですけど、「恭順することで会津を救う」という頼母の意見が今の私たちに至極もっともなこととして聞こえるのは、敗戦日本に対するアメリカの占領政策がめっちゃ上手かったから、に過ぎないんじゃないかと。あの時のアメリカがうまかったから、「頭を下げれば敵だって許してくれるんだよね人間だもの」と、今に至るまで信じ込んでる、て面は・・・ないでしょうかね??
いやそう信じ込んでるのはそれはそれでいいことでもあると思います。敵じゃないものを「どうもこっちを敵視しているみたいだ。こうしちゃおれん」と、疑心暗鬼に駆られて、本当に敵同士になっちゃったみたいなバカげた事態は避けやすい気がするし(こういう事態はほんとイヤ)。ただ第一次大戦後の敗戦国ドイツのすさまじさとか、西欧諸国の植民地支配みたいな情報が今よりリアルに伝わってた昭和初期には、「降伏=日本滅亡」はとってもリアルで、というか想像もつかない事態だから(だって負けたことないから)すっごくリアルな不安で、そのリアルさは、たぶん戊辰戦争時の会津も同じだったのではと。
秩父宮勢津子妃「銀のボンボニエール」より
「会津から立派な方がたくさん出たのは、下北半島の会津藩士に対する明治政府の仕打ちがあまりにも酷かったので、その反発からでございますよ。気概のある人は会津魂を燃やして、いまに見ておれという気持ちで踏ん張ったのでございます」
山風さん「戦中派不戦日記」昭和20年8月16日より
「敵が日本に対し苛烈な政策を採ることをむしろ歓迎する。敵が寛大に日本を遇し、平和的に腐敗させかかってくる政策を何よりも恐れる」
同「いまわの際に言うべき一大事はなし」より
「-アメリカに負けて、日本は抵抗するどころか、もろ手を挙げて、考え方も様式も着る物も、全部アメリカ的になろうとしましたね
「かつて、こんなに全面的に服従した国家ってないね。占領されても、やはり反抗する奴がおるものだ。インドならガンジーのように。それが日本にはまずいなかったね。僕たちなんか、抵抗を感じつつも、アメリカという国はなんだかんだいっても大したもんだなと思うようになっちゃったからね(笑)」」

念のためですが、「だから今の日本はダメだ」なんて言うつもりはまったくないです。生きやすい時代(今んとこ)に生まれることができてよかったな~と心から思ってます。ただ、今と当時ではどこが変わったのか、なぜ変わったのか、どこまで変わったのか、そもそも本・当・に・変わったのか等々を知りたいな~と、個人的に思ってるだけです。

さて最後は、山川大蔵率いる彼岸獅子!
会津戦争に詳しい人の間ではおそらく、天寧獅子と小松獅子のケンカで春坊がどうのこうのという話が出た時点で、今回の彼岸獅子入城が予期されていたと思うのですが、その春坊もしっかり参加していて「これがあの時の子かい。大きくなって」などベタ中のベタが展開されるとまではさすがに思ってませんでした でも考えてみれば、彼岸獅子に子供がいるのは小松獅子ならではの特徴で(いや他の地域でも子供がいるとこはあるのかな?少なくともケンカ相手だった天寧獅子は、子供じゃなくひょっとこです)、なるほどそんな意味でもうまい伏線だったのだなと。(ちなみに小松獅子のレポこちら

戊辰戦争の際、日光街道田島村(現在の田島町)を守りし24歳の国家老・山川大蔵、容保公より「城中の兵少なく、守護薄弱なり、速やかに帰城すべし。ただし途中の戦闘を避けるべし」との急使を受け、田島口の守りを解いて、若松の入り口・飯寺(にいでら)まで来りし時、すでに敵軍は充満、蟻の這い入る隙も無いとのこと、そこで大蔵一計を案じ、小松村に伝承する彼岸獅子を懇請されたのでございます。小松村ではさっそく村老の重左衛門、孫左衛門等が決死の獅子舞組を組織させ、「通り」と称する囃子を奏しながら獅子舞組を先頭に堂々突進、敵軍がこのいでたちにアッケに取られている中、一兵も損ずることなく城内に入ることができたのであります。
篭城軍、この獅子舞組の音を聞き、くろがね御門を開いて、泣いて迎え入れたと歴史に残ってございます。
(小松獅子のチラシより)

もう遠い日々、そして二度と戻らない日々に思える彼岸獅子の笛や踊りが、思いがけず近づいてくる光景は、篭城中の会津人たちにとって、きっとどんなにかうれしいものだったでしょうね~~~。しかも一兵でも欲しいときに、相手は戦上手の大蔵さんだし。ここ数週の「八重の桜」を見たからこそ「城中はみな泣いて迎え入れた」という心情が実感できる気がする彼岸獅子入城でした。大蔵の「だからおろしあってどんなとこだったのよ」というバタ臭さもこの際許可!

次回、鶴ヶ城開城まであと1回あるようです;;
そして次回も、亡くなる人が
いまだ会津戦争まっさかりの「八重の桜」です。
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コメント

No title

今週は先週ほど涙涙ではなかったので、比較的ライトな気持ちで見ることができましたw
まぁそれでも竹子さまや雪さまのとこ、神保家女子の皆様が3.11とかぶるところなど、涙腺ゆるゆるなところはあったのですが。
なぜだか今回一番ぐっときたシーンは、頼母が「あんたが白河で負けたからでしょ」と平馬さんに言われて、ひとり廊下のガレキを片してるシーン。西田頼母がすんごいいい仕事をしてるにも拘らず、今一つ共感できない頼母さんなのですが、このシーンだけは素直にぐっときちゃいました。
でも恭順したら滅亡される、という感覚はまったく同感です。そもそも新政府軍は容保の首を要求してるわけだしね…武士にとっては主君=城=国(郷土)という感覚だったのかな~と思うので、つまりは郷土もそこに住む藩士もどうなるかわからないし(士分でない農民とかについてはどうなのかわからないけど…今回冒頭で少しだけユキちゃんち一家が農民?の家で厄介払いされるのがあったけど…どういう思いで武士の争いを見てたのかな?)

ただ彼岸獅子、期待が大きすぎたのもあるのですが、ちょっとガッカリでした…城の周りは敵兵でいっぱいで、そこをこんな一計で突破するってことがどんなに無謀なことか、バレたら殺される緊張感、それと敵兵のなにこの行列?っていうあっけにとられた感が全然描かれてないんだもん~、脳内補完するにもちょっとあんまりだ~。まぁ大蔵に肩入れしすぎなだけかもですが、どうも大蔵の演技や演出なのか脚本なのか、安っぽく感じちゃってwそれでも大好きなんですけどねwww
なんだか思いだけが先走りしすぎちゃってうまくまとまらないままですみません。

ところで同日に放送された情熱大陸、俳優綾野剛だったのですがご覧になりました?容保さまが胸元はだけてカレー食ってましたよwそんで番組直前のCMがauユキちゃん、その前のCMがローソンあんつぁまでしたw

Re: No title

こんにちは~♪コメントありがとうございます。

ですね~。今週は先週のB面という感じがしました(^^;) 各シーンはよかったんですけど、見終わった後のボーゼン度が、やっぱり先週には及ばないというか。ま今週は大蔵のドヤ顔で終わったせいかもしれませんが(>▽<(

ああ~そのシーン見逃してた~~(><) でも平馬さんたちと頼母のシーン、よかったですよね~~
「土佐や神保が死んだって。もう俺らが会津をひっぱってかなきゃだぜ」と平馬さんたちが燃えてる横で、「世代交代」って感じでその輪に入れない頼母とか、ほんとによかった!思えば妻子は自害し、家臣団の中でも孤立し、自分でも罪悪感を背負ってるという、ほんとならめちゃめちゃ感情移入できるキャラなはずなんですよね。西田さんがやってるおかげで「柔和な善人」にも見えるし。
なのに私もどうにも頼母に共感できなくて(汗)。これはやっぱり脚本がすごいんだろうなと思います。安易に善玉悪玉に分けることで感情移入させようとしない、みたいなスタンスをすごく感じます(でももしかしたら、頼母を慎吾ちゃんあたりがやってたら、もうちょっと「言うことは善人なんだけど説得力ない」「その情けなさに同情しちゃう」というわかりやすさが出たかもと思ったり(^^;) 西田さんだととにかく「器がでかい」キャラになっちゃって、その分「なのにこんなこと言う?」みたいな複雑さが増しちゃう気が)

そうなんですよね!主君=城=国(郷土)が当時はたぶん一直線で。篭城に際しての八重の言葉も「1つは殿のため」って、まずそれが最初にガーンとあるんですよね。そこにすべてが込められてるというか。太平洋戦争ではそれが「天皇」になったんだと思うんですけど、その感覚って、現代では、というか少なくとも私にはどうしても実感できないものの1つですね~。これが実感できないと結局、当時の人の思いもわからないんだろうなということはわかるのですが(^^;) たぶん私とかの思いって、当時の農民の思いに近いんでしょうね。こっちに迷惑かけない範囲でやってくれっていう。(ただ上野戦争の彰義隊でも、助けたとわかったらこっちも官軍に殺されるかもだからかくまわないという江戸の町民もいましたし、会津に限ったことではないとは思いますが)

そうそう!彼岸獅子、ポカーンとしている敵兵をあまり描きませんでしたよね!それがないと大蔵のドヤ顔の意味も半減(><)>  視聴者の皆様にも一緒にポカーンとしてもらおうというNHKの意図なのかしら?(まさか(^^;)) 私も、最初の頃に春坊が出てきた時からこのシーンを待ってたようなもんなので、あっさり終わっちゃってちょっと残念感がありました。相変わらずの顔面演技やハグなどでトバしてる大蔵を見れたのだけはうれしかったですが(>▽<)

ええ~~~それも見逃しちゃいました(><)ザンネン 殿ってば何そんなはしたないことしてんですか!(>▽<)
あの人ってやっぱし、目が独特ですよね。切れ長すぎるというか、あの目で頼母をにらみつけるとこなんか、めっちゃ冷たそうでこわかった~~;;
CMまで揃えるとは、気合入ってますね~情熱大陸(^^) ローソンのCM、私も1回だけ見ました!「あんつぁま何ひとりで大福なんか食ってんですか!」って思っちゃいました~(>▽<)

No title

K&Uさん、こんにちは。
里見白虎隊の涙腺決壊ポイントNo.1は竹子殉死のシーンだったので今週は更に身構えて鑑賞しました。「鉄砲教えてもらう」なんて口走り戦地に向かい散っていくさまに完全に号泣モードになってしまいました。でも最後に紀行でのあの竹子の像は中国製で薙刀の形がへーんなんて話も聞いていたんで少し冷静になりましたけど。
雪子生け捕りに関してはK&Uさん。聞き逃しましね~。頑なに口を閉ざす雪子に三途の川を渡るときは旦那の名前を言ってやれって官軍に言われて「神保修理が妻~」と言ってたんですよ~。

狙撃と白兵戦の描写はこれまたリアルでスペンサー銃と言えども砲弾型じゃなくて丸弾でしょうから弾痕も悲惨なもので至近距離で撃つことに躊躇するのはなんとなく理解できます。

そしてクライマックス。彼岸獅子に関しては、またまた里見白虎隊では官軍が「撃ちますか?」「いや待て」って砲撃を諌めたシーンがあったと思います。個人的にはそちらが好きですが今回のような"してやったり"的な描写も嫌いじゃないです。スカっとしましたね!

会津戦争引っ張りますね。ここにきて彼岸獅子がなかったら精神的に疲れきっちゃったかもしれません。そしてまだ恭順の姿勢を見せる頼母についてはちょっと違和感感じちゃってジェームス白虎隊の頼母みたいなのは勘弁して欲しいと願っています。お城脱出はどのように描かれるかまた見逃せません。やはり何があっても殿は最後に頼母を頼りにして欲しいです。

Re: No title

こんにちは~♪コメントありがとうございます。
竹子の死に様は、噂にたがわず壮烈でした~~(><) 「なぎなたじゃダメなんだ」と心底痛感しつつも堂々となぎなたで討って出る姿には、簡単な賛美や否定の言葉なんて無力ですね。ただただその思いをバスタオルで受け止めるのみ;;って、えっあの涙橋の銅像ってそうなんですか!?う~む詰めが甘いぞ作成者(^^;)

ああ~~~それはカンペキに聞き逃してました(><) なるほどその方がますます意味深長になりますね~。どうも今回は見るとき全体的にバタバタしてて、イマイチ見逃した場面がいっぱいあるような気がします(><)(この大河って1つ1つのシーンに意味を詰め込んでるから、ちょっと見逃すと意味がよくわからなくなっちゃうんですよね;;)

あの一瞬の躊躇はわかりますね~!一瞬躊躇しちゃうともう動けないみたいな、その場の精神のノリみたいなのが。彼岸獅子もたぶん、そういう一瞬の躊躇を作らせるというか、気持ちのスキを突いて成功した部分大な気がします(でも里見白虎隊みたいに「いや待て(これ手を出していいものか)」みたいな逡巡を描いてくれた方がもっとわかりやすかったですね~)

やっぱり頼母に違和感ありますか!そうなんですよ~~どうも「ナンカチガウ」感が。ま私は殿に感情移入したいからかもしれませんが(^^;) 相手が殿じゃなければ、この頼母は頼母できっと好きになっちゃうキャラだと思うのですが;;
「死んだ者たちの命を背負って生きる」という頼母の言葉は、殿にも引き継がれそうですよね。ほんとこの2人は1つのことを両面から見たがゆえの対立で、だからすごくわかりあえると同時に決してわかりあえないという感じですよね。

西田頼母と、殿

視聴率ランキングに八重が入ってないな・・・。ぐすん
このまえ、月9に長澤まさみが出ると思って見てたら、白虎隊の人が2人もいたよ。ていじろうさん?と、あとこのまえ自害した子・・・(たぶん)あと八重からもう一人出てたな~誰だっけ・・・

私はさあ、全然、頼母に感情移入して見てしまっているのよね。それはやっぱり西田さんのうまさだと思うんだけど、どうだろう?だからK&Uさんの頼母評とは違うなあ~・・・そう、だから殿が悪者に見えるんだよ。そして「恭順してたらどうだったんだ?」ということばかりを考えます。殿じゃない人が殿だったら。。とか思うよ。

でもそれって、たぶん、新政府軍がいい人に書かれているからだと思うのよ。だいたい、「おなごだ!」だったら、陵辱してたでしょ、史実は?八重では、あの、福島の芸者と遊び転げて庭におしっこして殺された人(名前忘れた)的な人だけだったけれど。ほんとはもっとひどいやろめらだったんじゃないかなあ・・・。

政府は敗戦後3日目にして、マッカーサーたち用の慰安所を作ったそうだよ。そういう日本人だもん・・・陵辱しないわけないよ。まあでも東アジアにおける従軍慰安婦はなかったかあるかはまだ勉強不足でわからない。

西田さんは、郡山の人だから会津弁じゃないでしょ。でも、だから、私にとっては自分の言葉に近いのよね。あの、間を置かないでするするするって尻上がりにしゃべるしゃべり方、あれは、会津弁じゃないと思うけど、あれは、もう、ふつーの他県の役者には絶対言えない言葉だと思うんだよ。八重とのやりとりなんかでね。

その要素が大きすぎて、演技が上手すぎて、私の目からは、頼母が正しく見えて、殿もちょっと考えろよ、ひどいよって思うんだよ。滝沢本陣とか城で戦いたいのなら、慶喜と一緒に帰るなよ。女子供を出したくないのなら、自分の首出せよ。って、当時の武士の気持ちなんてさっぱりわからない外部の人間になってしまうんだよね。実際、武士道みたいなの知らない人たちは、殿が切腹すりゃいいんじゃないのって思う人もいるだろうし。武士道って良いのかどうかって私はこの頃思うのだ。・・・その反省がないから、戦争起こしたんじゃないのか?

というより、私は「話せばわかる派」でありたいし、そう努力する人間なんだよ、たぶん・・・どっちも言い分があるのに、一方的にどっちかが悪いってあり得ないと思うのね。

だから殿とか会津武士の気持ちが、ここに来てわからないようなことでもあるかもしれない。(今まで散々八重に感情移入してきたのに矛盾している)
それはやっぱり、ホンのせいもあるじゃないかな・・・。会津戦を4日も書いて引っ張るつもりが私にはいまいちなんじゃないかな?先週は余り感じなかった、ということは・・・。

で、自分は話せばわかる派でいたいんだけど、この2年4カ月近く、・・・難しいことはわかってたけど、ここにきて、・・・まあある方のツイートを読んだことがきっかけだけど、その看板はもう下ろそうかなとか思ってるよ。無理だ、もう。そして、それをやることで、福島の人にも批判されるとしたら、なんか本末転倒というような。・・・・でもこの物別れ感、・・・つまり全然歴史に学んでいないことの証じゃん。やっぱりシロか黒かじゃなかったら死ぬみたいな、かたくなな日本人のままじゃん。・・・て、すごい無力感です。

八重と尚さんのシーンまたあったね。でもなんで別れちゃうのかね。
でもこんだけアレだと、ジョーは厳しいよな。尚さんがよかった~とかいう声が出そうで怖いよ・それより、ガオシルバーが帰ってきたとき、八重のほほえみが、はるかちゃんのクチが大ーきく横に開いて白い歯が見えるほほえみだったんだけど、尚さんとの再会より愛を感じてしまったよ!!(気のせいか)

あと、殿はなんで奥さんいないの?(初歩的質問でごめん)あと跡取りは??

てる姫は、義理の姉だけど、殿のこと好きだったなら奥方とかは・・(ないか)

私はみなさんと違って史実詳しく知らないから(彼岸獅子も、そういうことか~と初めて知りました)この先の見せ場が何か、わくわくします。

Re: 西田頼母と、殿

こんにちは~♪コメントありがとうございます。

視聴率、上がって欲しいね~~;;実際今ってすごく面白いと思うんだけど、途中から見るとあんまし面白くないのかしら??
へ~ていじろう君、月9に出るんだ!うんあの子は今時の若者感もあって、なんか自然で、だから余計に白虎隊がリアルに感じられたね。「ああ実際もこんな感じだったのかもな」っていう。

うん、たぶん頼母に感情移入して見るのが「正しい」と思うんだ。。。たぶん。。。前に語り合った「過去の過ちから学ぶ」っていうとこを頼母が全面的に引き受けてる役回りだと思うから。
でも私は「会津戦争は「過ち」なんかじゃない、だから誇りを持っていい」ってどっかで思って見てるから、だから殿に感情移入してしまうと思うのよね。いや逆かな?殿(たち)の過去から今に至る行動理論みたいなもんを悪く思えないから、その結果としての会津戦争も悪く思えないって感じかな??ただこういう考え方って、同じことを繰り返しそうで、その点やっぱり分が悪いのよね。。。

そうねえ、「新政府軍も会津も善悪100%で描かない」のがこの大河の基本カラーだから、「会津も自業自得だよね」になりやすいってとこはあるかもね。ていうか実際そうとも言えるわけだけど。なんというか自動車事故と同じで、10:0はほぼありえないみたいな。後はどっちから見るかで、被害の大きかった会津から見れば新政府軍8:会津2だし、新政府軍から見れば逆かもだし。もらい事故の側から見ればってのもあるし、とか??
戦場(特に市街戦)が悲惨なことになるのは、古今東西たぶん普遍的だよね。普通に考えれば1+1=2みたいにわかるみたいなもんで。(そういえば水木しげるが南方のどこだっけな?どっかの戦場にいたんだけど、そこにもやっぱり慰安所はあったみたいだよ。国に帰る慰安婦たちの乗ってた船が撃沈されたとか「私はなんでこのような辛い勤めをせにゃならぬ~」っていう歌とかをマンガで読んだ記憶が。慰安婦のことも「でもやっぱり補償してあげていいんじゃないかな。だってあれすごく大変な仕事だもん」みたいなこと言ってて、自分も片腕なくしたのにそう言えるってすごいなと(二本松の長州兵みたいに)思ったり、兵と慰安婦お互い大変な者同士だからお互いの大変さもわかるのかなとか思ったり)

そうそう、八重と頼母が再会した時「八重か?ほほ~髪切って立派な若武者だ(^^)」とかって言うシーンとか、ああカトチャだと(>▽<) あの感じは中通りならではなんだろうね♪ 西田さんの演技ももちろん上手なんだけど、あの発音があるから余計に、頼母=考え深くて人情味溢れるいい人に見えるってのはあると思う!で私の感覚だと頼母ってそんな人じゃない、もっとこうエキセントリックで突っ走る人なはずだって印象がどっかにあるから、それで余計に感情移入できないっていうのもあると思うのよね。。。八重の桜展とかで写真見ても、なんかいかにも強情そうというか「ああこりゃ一筋縄でいかなそうだ」っぽい人に見えたし(>▽<)

うん、武士道って、あんまそんないいもんでもないと私も思ってる(^^;) 基本的に「まっすぐな忠義」でしょ?特に江戸時代とかに、思想・倫理観として成立した武士道は。もろ私の嫌いな「理念に向かって一直線」なんだよね。ペリーが来た頃の攘夷とかもそうなんだけど、あまりに一直線すぎて、周りのことや後先考えないのは危険だというか、はっきり言って独善的だよとしか私には思えない面があるのよね。。。だから会津に来る前≒3.11の前は、白虎隊とかもあんましね。。。ちょっとファナティックにすぎるみたいな感じがして。
それが今「そんなこと言うなよ白虎隊がかわいそうじゃないかー」にころっと変わってるのは、やっぱり「郷土愛」なんだよね。これが初めて強く実感できたというか。そうするとすべての意味合いが私の中でひっくり返っちゃって。白虎隊もそうだし、千恵さんのあそこまで強い「拒否」とか、黒河内先生の「お前らに会津は渡さないぞー」とか、土佐&神保の「生まれ変わってもまた会津で」とかe.t.c.そうやって死んでった人すべての気持ちがわかる「気がする」のよね~(ほんとにわかってるかは不明(^^;)) 。「今こそ生死をかける」という熱狂的な気分もたぶんあるだろうし。だから少なくとも、そうやって死んでった人にとっては会津戦争は本望だったろうし、過ちではなかったろうし、殿たのむから首なんか切らないで~って思うだろうし、と思っちゃうのよね。
(ただ、全部が全部「会津のために死ねるならむしろうれしい」と思って死んでったわけじゃないだろう、って問題は残るよね。「理念に一直線であればあるほど他を省みない」っていう弊害というか。ただそれは新政府軍もまったく同じだね~とは思うけど(^^;))
太平洋戦争なんかは、この理念が国民ほぼ全部に行き渡ったんだから、空恐ろしいよね。「お国のために死ねるのは私も本望だし、あなたも本望だろう?」って心から言えちゃうんだから。玉音放送聴いて大人のほとんどが泣いたってのは「悔しい!降伏なんかしたくなかった」ってことなんだもの。だからたぶん、当時にタイムスリップして「殿が(天皇が)さっさと切腹すればよかったのにね」って善意で言っても、きっと怒鳴られると思う。でこっちは「なんで?あなたたちのためを思って善意で言ってるのに」って本気でわからなくてっていう、まるで「福島から出ろ」「出ない」派の争いみたいな(^^;)

でも面白いね。「郷土愛」特に「福島への郷土愛」だったら、私なんかよりKさんの方がずーーっと強いし、武士道とかだってKさんの方がスッと理解できてると思うのに、このドラマを見てると感想が正反対になるっていうのは(^^)。原作がほんとに水面みたいにニュートラルなのか、私みたいな「郷土愛に目覚めたての赤ん坊」の方が燃え上がりやすいのか、あるいは出てくる人が頼母以外は中通りの言葉とかだったらまた違うのか・・・興味深いわ。

でも私もさすがに今回小田山取られたところで「ああもうダメだ。会津戦争終わらせようよ」ってなった(^^;)
考えてみれば、会津戦争4回=1ヶ月ってことで、実際の会津戦争と同じ長さなんだね。てことはこうしてパソコン向かってる間も八重たちはお城にいて、みたいな不思議な感覚(と思わず鶴ヶ城を見てしまう(>▽<))

え、そのツイート知りたい(@o@)。もしよかったら内緒コメで教えて~
物別れ感・・・ああなんだか、殿と頼母みたいな。。。sheyさんへのコメにも書いたんだけど、同じものを両面から見ている関係って、一番近いのに一番分かり合えない気がするよ。グレーなものをこれは黒か白かって言ってるわけじゃないんだもん。いわばグレーのものをグレーと、同じように見ていながら「グレーだからいい」「グレーだからダメ」になるんだもん。これを乗り越える術なんて。。。あるのかなあ??もしかしたらこれは「そこまで無理して乗り越える必要はない」ってプログラミングされてることなのかもしれないよ。生物的多様性の観点から(←何このとってつけた感(^^;))

八重と尚さんはやっぱし戦友だね!たぶん女戦士八重ちゃんに、ガオの帰還は援軍として100%うれしかったんでしょう。で尚さんは援軍としての喜び70%くらい、って失礼な(>▽<)。いや大河の八重と尚さんはあれでいいと思う。お互い向き合ってる喜びがベースにあるんじゃなくて、お互い同じ方向を向いてる喜びがベースなのよねきっと。でたまに横を見て顔を見合わせられる喜びがみたいな。しかしジョーのハードルは確かに高くなっちゃったね~~

殿の奥さんは、前に天然痘で死んじゃったお姫様いたの覚えてる?照姫となにげにシビアな女の争いをしてた(>▽<) あのお姫様が死んじゃったからいないのよね。あの子が元々会津松平家の血を引く最後の子で、その子と結婚することで養子に入ったのが殿だから、今さら別のとこからお姫様もらうわけにもいかない・・・のかな?照姫様も会津松平家の血筋ではないしね(なのにあの頑張りはやっぱりすごいと思う!2人とも)。
跡取りは戊辰戦争の後に容大さんとか4人くらい生まれてるはず(もちろん側室)。この容大さんが斗南藩主になったりして、実質会津松平家を引き継ぐんだけど、養子の喜徳さんはなんか気の毒だよね、影が薄くて;;(TVでも影薄くて出番ないし(^^;))
この先、どうなるんだろうね~~??殿が悪者になってくのはイヤン;;(なんか今って、悪者を特定すれば状況も解決みたいな風潮がある気がしてそれも違和感なのよね。いや今とは限らないかな。なんか「あいつが悪者だ。ああ叩いてスッキリしたから問題解決」みたいなさ)
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