八重の桜・第26話

八重の桜・第26話の感想です。
今回は、基本ドラマであんま泣けない私も涙涙の回でした 特に、西郷一族、白虎隊、土佐&神保、この3つの「死に方」がもう;;

まずは、ついに鶴ヶ城に入った八重!
「女だてらに・・・」と女たちからもイヤミを言われる八重に対し、現れた照姫様は毅然と励ましを。
「弟とともに・・・」これは照姫様の思いでもあったのでしょうね。
ほんとに、いつ何がどうなるかなんて、誰にもわからないですね。「時尾さんに何かあったら、鉄砲かついでお城に行くから」という遠い日の約束が、まさかこんな形で成ろうとは。

「私が指揮を取る!」
と、オニカンや神保父相手に、一歩も引かない八重。下手なヒロイン像だったらここでぶちこわしだったと思いますが、今までの丁寧な積み重ねがここで効いて、「男も女もない。これは会津すべての戦いだ」「会津はこの手で守る」という八重の演説も、上滑りせず、説得力あって、オニカンや神保が認める流れが自然に受け止められました。しかしこの思いは、ほとんど太平洋戦争末期と一緒ですね~
山田風太郎さん「戦中派虫けら日記」より、昭和19年11月11日。
「請う、見よ、後世の日本人、我らがたとえ世界史の流れの果てを明察するの力ありとも、なお戦わざるを得ず。日本が戦う以上、日本人は戦わざるを得ず。而して運命と正義があくまで戦うことを日本に命じたりと確信し、我らが笑ってこの信念に殉ぜしことを」

篭城戦に備え、ついに門がしめられた鶴ヶ城。ここでユキはタッチの差でお城に入れず。うちらがよく行く南側の門なら開いてたかもしれないのになあ。
ちなみに極めてどうでもいい話ですが、こないだ鶴ヶ城で「八重の桜」のプロジェクションマッピングが開催された時は、黒山の人だかりとなったお城の入り口に警備員さんが立ちふさがって「ええ~入れないの~!?」「すみませんもういっぱいで」と、まさにこんな感じの光景が繰り広げられてました

諏方神社では、情報錯綜により坂下へ向かう竹子たちが雪子さんと再会。ああ山鹿クリニックの裏手も、自刃の人でいっぱいだったのか。。。
今回は「天神橋」とか「甲賀口」とかほんとに知ってる地名が多くて 前回の猪苗代湖周辺の「あそこら辺か~いよいよ近づいてきたな」という地名ももかなりのゾワゾワでしたが、今回は「うわあそこ!?ヨーク行く時必ず通ってるんだけど」レベルの地名なので、臨場感もピークに 折りしも画面では、毎日見かける鶴ヶ城がいよいよボロボロになりつつあって、ああもう(家から見えるんですよ鶴ヶ城

そんな鶴ヶ城の中で、少年たちを率いて「んだら、行くべ!」と、スローモーションで駆け出す八重!!!
「待ってました!!!」と画面に向かって声をかけたくなる心地がしました。

終わりの方では、無事尚さんと合流しましたね♪
「やはり来ましたね」の尚さんの言葉がうれしく、愛しい人との再会じゃなく「頼もしい戦友」との再会を喜ぶかのようなクール八重さんの姿がうれしく。ここでヘタにスイーツになっちゃったら、一気に冷めますもん(そもそも、ダンナ=頼もしい戦友と思えるのは、なまじなスイーツより素敵な関係かもしれん) 大砲で崩した石垣から、並んで指揮を取る2人の姿は、よかったな~。悲しいことなのかもしれないけど、さんざん会津藩に感情移入して見ている側としては、やっぱり爽快感が。

しかしそのころ、田中土佐&神保父の家老2人は、「もはやここまで」。
ほとんど、「お前らが頭カチカチだったから会津が今こんなことに」と言われる役回りになってる2人ですが、しかしそうなのかなあ?土佐も「同じ死ぬなら、京都守護職を引き受ける時に死んで止めればよかった」と後悔していますが、やっぱしそれは結果論じゃないのかなあ。
これは現代も同じだと思います。例えばTPPとか、あるいはなんだ?尖閣とかそこら辺?もしかしたら「あの時アレをしないでおけば」と思うことに、何十年か後になる可能性は現代だってあるわけですが、それを今、正確に見据えることがどれくらいできているのか??非常に疑問です。そしてこういうことは、つまり「原因はもっと前にいくつもあって、しかし普通の人間がその時にそれを知りうるのは無理」っていうことは、古今東西普遍的なことで。人間が全知全能でない限り、努力とか叡智とか、そういうのでカバーできるようなもんでは決してなくて。
そもそも京都守護職だって、「国許が財政難になる」「余計なことに首つっこんで恨みを買うかも」くらいは当時だってわかったことだろうけど、まさかそれがこうした会津戦争になるなんて、はっきり言ってこのドラマをずっと見続けてきた後世の私だって、いまだにその因果関係に納得いきません。大政奉還だって錦の御旗だって、「一歩間違えればこっちの首が」と小堺具視が言っていたように綱渡りで、てことはまったく別な未来になる可能性だって、等しくあったわけで。
そこから「あの時ああしないでおけば」という教訓を引き出すとすれば、それは「結局すべては要領だ」とか「家訓とか義理とかにこだわらず、ひたすら自己保身を貫くべきだった」とかの、なんというか「処世術」しか出てこないのでは。もちろん処世術は大事ですけど、命をかけて郷土を守ろうとして、その結果学んだことがそれっていうのは。。。
なので神保父の「そんなのもういい。自分たちは会津のために戦って死んでゆく。それでいいじゃないか」という言葉にはぶんぶんうなずいてしまいました。そして「生まれ変わる時は、また会津で」の約束にもね。会津のために死んでも、また会津に生きようと約束し会えるほど会津を愛せた彼らは幸せですね(しかしそうじゃない人たちは一番救われない)。ここで今回3回目の涙ドバ

TVの流れと前後してしまいましたが、同日の西郷邸では、白装束の千恵子一族。今回1回目の涙腺崩壊シーンがここでした。
「恭順も聞き入れず会津を滅ぼそうとやってくる敵だけは許せない」という千恵さんの演説もぐっと来たけど、「今日は何をするの?」という子供のムジャキ爆弾にも泣かされたけど、「みんなで行くんだから、な~んにも怖くないからね」と言い聞かせる千恵さんを見たら・・・ああヤバい思い出すだけで涙が 子供はどんなに怖かったか、親はどんなに切なかったか。
城に入って敵を鉄砲でやっつけるのも戦いなら、「死んでもお前らには屈しない」という姿を敵に見せつけるのもまた戦い。白虎隊同様、これが千恵さんたちの戦い方だったと。

城外で自刃するのは「(おばあちゃんも言ってたように)貴重な兵糧を自分が減らすのは心苦しいから」「敵に捕まって生き恥をさらすよりは」等々、武家の女としての色んな矜持・理由があったと思いますが、根本にはこうした「死をもって抵抗する」という、敵に対する何よりも強い「拒否」を示すためだったのかもな~などと思ったり。特に西郷家の場合は、恭順(という、敵に従って生き延びましょうという)案を出して肩身が狭くなった西郷家代表・頼母さんをかばうために、「西郷家は決して、ヘタレだからそんなことを言ったわけじゃないんです。いざとなったら死ぬことも厭いません。ただ会津を思う一心だったのです」ということを、一族全員の死で現すために。千恵さんが言った「これが西郷家のお役目」って、たぶんそういう決意だったんだろうなと。

そういえば、たまたま一緒に見てたKKが「「なよ竹の」ってこの人だったんだ」と驚いてました。
KKが通ってた小学校は鶴ヶ城にほど近く、明治時代は女子校で、そのせいかこの「なよ竹の~」の歌は「大事なもの」として今でも伝わってるんですよね~

しかしまさか「敵か味方か」をやってくれるとは!相手役が板垣死すともになってるけどいいです、このシーンを思いがけずTVで見せてくれただけで。これってたぶん、戦中派の人とかには馴染み深いエピソードだったろうと思うので、自分でも一度見てみたかったんですよね~
「味方や」って思いっきり西国言葉で言ってるのにも泣ける;;この時の、「誰も入ってくるな」という死すとも、すなわち激烈な無言の抵抗を示して死んでいった人たちに対して、敵であっても「礼」を尽くそうとする死すともはよかった すみません、どうしても板垣って言うと頭の中で「死すとも」に変換されちゃって この死すともの思いは、個人的に、白虎隊への思いとリンクします。

というわけで、白虎隊です。今回2回目の涙腺決壊
戸の口原から洞穴経路で飯盛山にたどり着いた白虎隊士。
戸の口原って、猪苗代湖に泳ぎに行った時とかよ~く通る場所で、一度その古戦場にも行ったことがあるのですが(レポこちら)、歩くとけっこう距離あるんじゃないかと思います;;しかも普通の道じゃなく、水がドウドウと流れてる洞穴だし;;ほんと、よく飯盛山まで歩き着いたと思います、白虎隊。あんな傷だらけの、疲労困憊の身で。
「まだ城は落ちていない。城下に行って戦おう」という意見も出ますが、「そもそも城下まで行き着けるかどうか」そして「敵に捕まるのは恥の恥。日新館でもそう教わった」

「戦陣訓」キターーーですね。今じゃ考えられない価値観です。昭和19年7月5日・山田風太郎さんの日記より。
「サイパン!ああ、また玉砕ではないのか。将兵はとにかくとして、万余の在留邦人はどうなるのか。
---言うにしのびず、血涙の思いではあるが、しかし在留の老若男女は、やはりことごとく将兵とともに玉砕してもらいたい。外敵に侵された日本国土の最初の雛形として、虜囚となるより死を選ぶ日本人の教訓を、敵アメリカに示してもらいたい」

これは、山風さん自身が(年齢から言って兵隊にとられるから)自分の命も遠からず、と思っていたせいもあります。また7月12日の日記には
「他の住民はどうなってしまったのか。もはやサイパンの失陥は防ぎえないとしても、せめて残存の将兵や住民は救いえないものか?」
と、まるで逆な思いを書いていることからもわかるとおり、「戦陣訓」的な思いは確固として常にあったわけじゃなく、生と死に対する相反する思いが、当たり前ですけど1人の中に、ひいては日本人全体の中に、常にせめぎあって共存していたことが伺えます。で、「もっと戦おう」と「もはやこれまで」のせめぎあいの中で、針がぐっと片方に振れた瞬間が、飯盛山に訪れたんですね。そこで、先に死んでいく仲間たちを見たら・・・
この、針がぐっと振れた瞬間、立派に死んでいこうと決意する少年たち、及び死んでいく仲間たちを見て、自分だけ生き残ることはできないと自刃していく少年たちの姿が、とってもよくわかって、胸に来て、涙が出ました 「士中2番隊、お先に参ります!」と、全員でお城に向かって正座・拝礼するところはもう・・・伊東君はじめ、役者さんたちうますぎ!「白虎隊」ドラマって、ちゃんとしたのを見るのは実はこれが初めてなので、余計にぐっと来ました。 

やっぱりねえ、この白虎隊エピソードはほんとに「単なる悲劇」で、それ以上でもそれ以下でもないんですが。
「よくがんばった!!!」と、まずはねぎらってあげたくなっちゃうんですよね、まずは。
だって何にも悪いことしてない、ほんとに子供たち、がんばったと思いますもん。しかも勝ったとかで報われることなく、命まで犠牲にしたのに負けてしまったんですもん。負けた試合でも「最後までよく頑張った」と、拍手して迎えるじゃないですか。それと同じで、「負けたことが=自刃したことが素晴らしかった」なんてんじゃ全然なく、ただその敢闘ぶりを、まずは褒め称えてあげたいと。それが地元チームなら尚更です。
それが「美化」につながるというのもわかるし、そこから「命を犠牲にするのが尊いのだ」という思想が一人歩きするのもこわいし、「こんな子供すらそんな尊いことをして散っていったんだから、そりゃもう国を挙げて後に続こうではないか」って、シンボルのように使われる危険性も、重々わかってはいるつもりです。実際「白虎隊」とか「学徒出陣」とかは先の大戦で、まさにそういう「国民精神総動員」の働きも担ったわけで。
以前、陸自新発田駐屯地で「名誉の制帽」と題された、弾痕と血のついた帽子を見たことがあるんですよね。
その時まず最初に思ったのが「これを「名誉」と言っちゃうその思いが「国民精神総動員」「非国民呼ばわり」みたいな強制に行き着くんじゃないか」という不快感と、しかしその後にわきあがる「でもそれくらい言ってあげないと、死んだ人が報われない」という同情でした。やっぱり、その人が「国のために」と、進んであるいは泣く泣く、しかし明らかに犠牲になったなら、その帽子を普通の帽子扱いにはできないのはもう人情。「無駄死にだったね」なんてとっても言う気になれません。やっぱり、礼を尽くして、頭を下げたい気持ちになってしまいます。そうちょうど、西国言葉しか言えなくても「味方や」と答えずにいられず、「入ったらいかん」と死者の尊厳を守らずにいられなかった死すとものように。
そしてそれは、命を捨てることの根源的な恐怖、「自己犠牲」なんてそうそう「有り難い」ということが、根っこにあるからこそであって。

当たり前のことですけど、「命を捨てるのなんて簡単だ」じゃなく、「命を捨てるのが怖い」という気持ちがあるからこそ、自己犠牲がものすごく意味を持つんですよね。
そして人間世界はそういうふうに、同じ理由から真逆の結論に行き着くこともわりと普通で。同じ物が同じ理由で「だから好き」「だから嫌なのよ」になったりとかね。例えば「死人に口なし」と言われたら「だからうかつなことは言うのやめよう」と「だからあることないこと言ってもOK」と、まるで正反対の受け止め方したりね。核兵器なんてのもまさにそうで、その恐ろしさを知っているからこそ、「だからこそなくそう」という人と、「だからこそ持とう」という人に分かれるんですよね。どちらも、原爆による惨状は同じくらい知っていて、それを「ヤだな」と思う気持ちも同程度で、つまり同じものを同じように見ているのに、そこから先の結論だけが違うという。いや結論も、もしかしたら同じかもしれないんですよね。「自分たちを守るため」という。戦争の恐ろしさを知っていて、戦争から身を守るという目的までももしかしたら同じで、つまり出発点も目的地も同じなのに、そのためにどうするかという手段だけが違う。「八重の桜」でも散々描かれてきた対立ですけど・・・ん~~どうしてそうなる?もしかしたら、同じものを裏と表から見ているとか??てことはその見方の違いは、見る人間の着眼点の違い、すなわち性質の違いであって、これはやっぱり、違うまま置いとかなきゃだよなあ。全体主義で解決するのは違う。

なので、「美化」を恐れるあまり、「自己犠牲は尊い」という思想が肥大化するのを恐れるあまり、「単なる無駄死に。命をかけて何かを守るなんてナンセンス」と、すべてを根元=出発点から否定するのは、何か違う的な印象がぬぐえません。そうやって根っこを取り除いてできた世界は、果たしてパラダイスシティかい?相手の息の根を止めるつもりが、気づけば自分の根っこも枯れさせてないかい?同根の花かもしれないんだからさみたいな。いや私だって、自己犠牲とか進んでしたいとはあんまり思わないですが、それを推し進めた結果「自己犠牲なんて絶対したくないから、誰かがうまいこと犠牲になって助けてくれないかな~。そうしたらその犠牲は自業自得だから、こっちも別に気兼ねすることないし。こう思うのは別に恥ずかしいことじゃないよね、だって皆が本音じゃそう思ってるんでしょ」とかが当たり前に通用する世界になったら、それはそれでかなりの恐怖世界です。

断言しますが、こういう恐怖世界の住人には、会津のために死んでも、また会津に生まれ変わりたいという神保父の思いとか、「男も女もねえ。これは会津すべての戦いだ」と銃を取る八重の思いとかは、たぶんあんまり伝わらないんじゃないかと思います(←断言するといいつつこの腰の引けよう)。私も若い頃、かなりの恐怖世界の住人で、大切なのは自分だけ、その結果、自分も、周りも、自分の住む町も、あんまし好きと思えないという、痛々しい奴だったので
やっぱし年取って諦めついたからなのかなあ。それとも家族ができたり、3.11の後「朝敵」・・・じゃなくて「フクシマ」呼ばわりされてきたのを見たからなのかなあ。なんかこの頃、幕末会津とか太平洋戦争中の日本とかの、厭戦気分ではなく、「がんばろう戦争」な気持ちがわかるような気がしてしゃーないです。
いや「戦争」なんて絶対に肯定できませんよ。父ことじーちゃんの話や、山風さんの日記をチラと見聞きしただけでも、戦争、特に総力戦ともなると、あまりにも「国家権力」が強大になりすぎて「たまらんなあ」と思う部分多々だし、運命は誰にも平等に過酷で、てことは老人子供けが人病人、群れからはぐれた人、ツキから見放された人e.t.c.つまり「生物的な弱者」にはとりわけ、容赦ない運命が襲い掛かるし。そんな中では「誰にも等しく生きる権利が」だの「個人の自由を」だのは、「何それ食べ物?」状態です。もちろん助け合いなどの美しさなんかもあって、そんなご時勢だからその美しさは平時よりいっそう輝くけど、反対に、ギスギスしていがみ合って、いかに人を蹴落として生き残るか、そんな影の部分も、平時よりよっぽどあからさまに現れて、これまた「たまらんなあ」だし。
恐怖世界の住人だった頃は、こうした厭戦気分「のみ」がよーーくわかりました。しかし今「がんばろう戦争とかもわかる」なんて気になってる自分は、恐怖世界の住人だった頃より、この世の中は捨てたもんじゃない、人間って悪いもんじゃない、と思うことが多くなってるのも確かです。う~んやっぱし単に年取ったのかもしれん。

と思うにつけ、やっぱり白虎隊も二本松少年隊も、死ぬのが早すぎた、と痛切に思います。もっと年取って、当たり前の人生の喜怒哀楽をもっと経験して、この世にしがみついていなくてもいいんだって心境に自然と近づくまで・・・。なんだか気分は原発シニア隊です。いや自分がいざとなったらシニア隊のように志願できるかは、それこそ「その時どっちに針が振れるか」でしかないのですが。

話を戻して。
つまりは「白虎隊の美化」という言葉に、「その思想を根絶やしにするために白虎隊を否定したい」という感情が伺われて、それはどうかと。「敬うべき所はちゃんと敬って、あとは行き過ぎないようにしようよ、バランスを見極めようよ」って言いたい気持ちが個人的に出てきてる昨今なのですが。
しかしそう言いたいながらも、どこまでが「悼む」でどこからが「美化」になるのか、どこまでが「自発的」でどこからが「強制」なのか、その境目が自分でもわからないんですよね~渾然一体となってて。この「境目がわからない」っていうのがまさに「気づかず行き過ぎる」という状況を生むのだろうと思われるのですが。ああこれじゃ京都守護職を引き受けて以来ズルズルと会津戦争まで進んでしまった会津藩ではないですか

この「境目」を考える時、ちょっと関係するかもしれない、昭和19年6月30日の山風日記。
「軍人を見る目と、祖国を見る目が一致する必要はない。軍人を批判することが、日本を冷眼視することにはならない。愛国者は軍人のみではないことは知る人ぞ知るである。
それを故意に混同して煽り立てるのは新聞の一つの任務かもしれないが、一片の思慮もなくそれに煽り立てられて混同し、得々としたり、戦々兢々としているのは見苦しい。
さらにすすんで、祖国に絶望することが必ずしも非国民ではない。吉田の傾倒する浅野晃氏のごとき、自分は大嫌いである。二口目には万葉言葉を使用して、読んでいる方は冷や汗が出る。もちろん本人に言わせたら深刻な信念があるのだろうが、惜しむらくはもっと昔に言ってほしかった。
日本の前途に悲観的であったという点で彼が斥ける漱石や鴎外が、はたして彼より価値のない日本人であったかどうかは歴史が決定するであろう。どんなに漱石や鴎外が日本に絶望していたとしても、いやそれゆえにこそいっそう、自分たちは彼らに懐かしさとありがたさを感じ、また誇りに思うのである。
自分たちは神の子でも、悪魔の国の子でもない。日本の子である。アメリカ人がアメリカの国民であるように、日本の国民である。自分はその宿命に甘んずる。この観念以上に日本国民であるのは---特別製の非人類的な観念、神秘なるウヌボレを以て日本のカラにとじこもるのは、未来の日本にとって決して喜ぶべき現象ではない」

しかし、昭和19年にここまで冷静に考えられた人が、同時に上で紹介したような激情も抱いていたというのは、しみじみとおそろしく、しかしちょっと理解できる感じもあって、それがまたおそろしい気がします。

昭和20年3月10日、一夜にして廃墟となった東京の惨状を見て「---こうまでしたか、奴ら!」と記した山田青年の言葉を、昭和60年の解説で
「この怒りが嘘だとは思わない。しかし「---こうまでしたか、奴ら!」と怒る彼には、まだ帰って寝る場所はある。余裕のある人間の怒りはまだ「正義」だ。どこか言葉が空々しい」
と看破した橋本治さんは、昭和20年12月24日の日記
「敗戦して、自由の時代が来た、と狂喜しているいわゆる文化人たちは、彼らがなんと理屈をこねようと、本人は「死なずにすんだ」という極めて単純な歓喜に過ぎない」
を引いて
「私たちは40年間、その「単純な歓喜」の延長線上に生きているのである」
と言い切っています。

そして昭和20年12月31日、
「日本は亡国として存在す。我もまたほとんど虚脱せる魂を抱きたるまま年を送らんとす。いまだすべてを信ぜず」
と〆た山田風太郎さんは、その「戦中派不戦日記」のあとがきでいわく。

「---そしてまた現在の自分を思うと、この日記中の自分は別人の如くである。昭和20年以前の「歳月と教育」の恐ろしさもさることながら、それ以後の「歳月と教育」の恐ろしさよ、日本人そのものが、あの当時は今の日本人とは別の日本人であったのだ。当時すでに、今とは違う逆上気味の私でさえ、戦争に対するものの見方は公平に見て私の周りとはやや違うことを自覚していた。今振り返って失笑ないし理解を絶するところは、他の人々にはもっと多量に存在していた。
しかし、それはほんとうに別の存在であるか。
私は今の自分を「世を忍ぶ仮の姿」のように思うことがしばしばある。そして日本人も、今の日本人が本当の姿なのか。また30年ほどたったら、今の日本人を浮薄で滑稽な、別の人種のように思うことにはならないか。いや見ようによっては、私も日本人も、過去、現在、未来、同じものではあるまいか。現に「傍観者」であった私にしても、現在の抜きがたい地上相への不信感は、天性があるにしても、この昭和20年のショックで植えつけられたと感ずることが多大である。
人は変わらない。そして、おそらく人間の引き起こすことも」
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テーマ : 大河ドラマ - ジャンル : テレビ・ラジオ

コメント

土曜また観るよ

K&Uさんの感想を読んで、この前の土曜日25話を再度観まして、日曜日26話を観ました。あああ・・・・・・もう・・・・身動きできないっす・・感想読みながら涙ダラダラよ・・

でね・・・
だらだら長く書かないように、箇条書きするね!!(つっても十分長いのだが)

1◆土佐たちは、どうして死んでしまったの?早くない?あれ城?殿とか頼母は知っているの?もっと戦えば良いのに!早すぎるじゃん!

2◆ヨークベニマルのあたりってどこなの?私もよく利用したよ。で夫の住まいは一箕町八角ってとこだったの(警察署の裏手??かな??)どこが何、とかいうのって何かに出てるのかな。それを参照しながらまた土曜観たいよ。

3◆城と間違ってっていうのじゃなかったね。貞吉さんの新史実が生きたのかな・でも・・これも早くない??ハーグ条約みたいなのなかったの??当時の武士社会は。

4◆八重って前森三中のミユキさんがやったの??

5◆尚さんがきたとき見せた八重の姿をスローモーションで観たら、いきなりスゴイ愛しい目になったと(つまりスイートってことよね)絶賛するツイ観たけど、そうだった?(全然スルーだった・・・というか私もクール八重だった)→土曜日観るよ。

6◆恭順をといた西郷家の役目って。。それだったのね・。。。。やっと読んで知ったよ!!ありがとう!!難しいなここ。武家屋敷が頼母の家??。私、ズーーーっと前の会津市長選で、選挙の電話調査の手伝いってのをしたことあるんだけど、それで武家屋敷の人と知り合いになって世間話をして会いに行って案内してもらったことあるんだ!!いや~~史実を知らずに楽しく観てただけ・・・

7◆覚馬は管見で、女子にも教育をって言っているでしょ。じゅうのおきては違ったかも知れないけど、底のところで会津は女を尊重していたんだなと思ったよ。しかし八重がいてよかったよね。子供と年寄りしかいないのに、何が居る?八重がいたからあんな立派な戦いをしたのは史実?大山足撃ったのも史実と聞きました。

私、「フェミニスティックな男女平等なんかより、戦前の男尊女卑でも、強い男を支える女の幸せというのが絶対ある」というのが持論なんだけどさ、会津はそれを体現すると同時に、男勝りでも能力があれば登用したのを感じたよ。前にならぬものはならぬと父上が言っても、結局は鉄砲を八重にやらせたのと同様に・・・。

ああ~だから、強い男がいなすぎなのよ、今の日本!! 我が子を見てもなんかなよなよしてんだよなあ・・・。なんで?? これでも全然、過保護じゃないほうだと思うんだが・・・

8◆世の中では、「殿が切腹しないのがおかしい論調」も激しい。。。。たしかに、女子供を出陣させて。。というイメージはあるな。。。(でもそれなら慶喜が切腹だろ)
でもたしか官軍が容保の首、って言っていたよね。あれで切腹したらどうなったかな。それでも血気盛んな新政府軍は会津を火の海にしただろうか。歴史に「もし」はないとはいえ。。。

9◆だいぶ史実に従っているっていう評判だね。敵方も、イケメン3人そろえて、心あるところを随所に見せて、これは悪者にならないようにっていうNHKの苦肉だね。
反町の妻(松嶋菜々子@家政婦のミタ)のご主人様である尚之介の妻役のはるかちゃんが反町を撃つっていう。四角関係?ってツイがあったけど笑った!! そして、照姫のいる鶴ヶ城に、元彼反町が撃ち込むってのも、しどいね!!
・・・・しかし綾瀬はるかはいいね。尚さんの評判もいいから、(でもいつまで敬語??なぜ敬語??・・・で
、八重はジョーのことはジョーってよぶんでしょ??)ジョーの出番が大幅カットだそうだ。前、視聴率下げて悪評出たからね。さあ・・・あんだけNHKは番宣していたから、視聴率が楽しみだよ...怖いけど・・・

戦争の話はまた、次にします。
このごろ戦争の本をむさぼり読んでるよ。

Re: 土曜また観るよ

こんにちは♪読んでくれてありがとう!
うん、やっぱり市街戦はキッツイね~~~;;さすがに今週は泣いてしまったもん(T_T) といいつつ今回はBSと8時からの両方見て、ますます泣いてるという(^^;);;両方見るのなんて初めてよ~~

しかしすごい箇条書き!!ここまで力を入れて見ている視聴者がいると知ったら、NHKはきっと100%勇気だよ(^^)v
私もあんまし詳しくないんで、すごくテキトーなこと書くかもだけど;;

1:土佐たちは、たぶん戦死の延長線上だと思う、少なくとも本人たちの意識としては。
確かかなり怪我してたんじゃなかったっけな彼らは。で、ここももうダメだし、自分たちもこれ以上戦えない、ていうんで。TVだと、元気ピンピンなのにいきなり戦意喪失したみたいだったけどね(^^;) 場所はお城の近くの一般家屋だったかと。たぶん殿とかにも「甲賀口が落ちた」っていう情報とともに自刃の知らせは行ったんじゃないかな?

2:私は県道64号のヨークによく行くんだけど、その時(に限らず県道出る時は)いっつも通るのが天神橋なのよね。頼母が守りに行くって言ってて「うお~ご近所!」(^^;)
一箕町って飯盛山の方だよね?あそこのリオンドールにもよく行くよ~(^^)v そういや殿が先週出陣した「滝沢本陣」もあそこら辺じゃない?あとOPに使われてる石部桜とか。
当時の古地図みたいなのだよね。。。ん~~ネットで検索すると出てくるのかな~??会津の町歩いてると、古地図看板があったり「旧一之町」とかの標識があったりして、自然と「ここら辺か~」になるんだけど・・・。もし図書館にあったら、野口信一さんの「会津若松城下絵図」が一番いいのかも。同じ野口さんので「会津えりすぐりの歴史」もいいよ。ただ会津以外の図書館にあるのかどうかが;;

3:どうなんだろう??覚馬や勝は「万国公法では恭順した者を許さなきゃいけないぞ」みたいなこと言ってたよね。実際この「万国公法」はかなり大流行、というか「新時代の人間としては身につけなきゃ」的なもんだったみたいだよね、当時のエリート層=上級武士にとっては。まあそういうのが定着する過渡期だったのかなあ?

4:らしいよね!見たことないけど、たぶんぴったりだろうなと(^^;) だんだんかわいく見えてくる系で。

5:それは感じ取れなかった(^^;) すごくうれしそうとは思ったけど。

6:あっこれはまったくの主観で>「西郷家の役目」 NHKの意図や、実際の千恵子さんたちがどうだったかはまったくわかんない(^^;)
武家屋敷はそうそう頼母の家だよ♪ ほんとの頼母の家はお城のすぐ近くにあって焼けちゃったから、今あるのは違う場所に復元したものだそうだけど。あそこ面白いよね!色んな道具があるし、人形もリアルで(^^;)

7:うん、これはKさんの言うとおり「フェミニスティックな男女平等なんかより、戦前の男尊女卑でも、強い男を支える女の幸せというのが絶対ある」だと思う。什の掟も、あれ色気づく年代の武士向けでしょ?だからたぶん「女にモテたいとかそんなんばっか気にして学問おろそかにすんな」っていう教育的指導のためにああなったんじゃないかと思うんだけど(^^;) 女を下に見るとかじゃなくてね。ただそういうのが一人歩きした結果、ほんとの意味で「男尊女卑」になっちゃうことも多々なんだろうな~とか。
八重の戦いは、たぶんTVに近いんじゃないかなあ、わかんないけど。実際鉄砲の腕は篭城した人の中ではピカ一だったんだろうし。
そういえばおとっつぁま役の松重さんが、公式サイトのインタビューで「頑固に見えるけど、たぶん実際は新し物好きで、今ならスマホとか出たらさっそく試してみたくなるタイプだと思う」っておとっつぁまのことを言ってて、あっなんかわかるかも!って思った(>▽<)

うちもなよなよだよ~~~(T_T) 「石にかじりついても!」みたいな根性が全然ナシでさ~~、将来つらくなった時とかあっという間に引きニートになるんじゃないかと今から心配;;でもKさんちの男子たちもそうだと聞いてちょっと安心した~(^^;) だってKさんは絶対過保護じゃなさそうだもん!そのKさんちですらなよなよ男子になるんだとしたら、これはもう時代の不可抗力みたいなもんなのよ、きっと、たぶん。。。

8:そうなの~~なんか殿が不人気らしいよね;;「殿のせい」みたいな。私はどうにも「殿のせい」とは思えないから、「なんでそうなる?」って感じで。
切腹してたら・・・会津藩消滅だな~~~。で怒った旧会津藩士たちによる反乱が起こって、それを口実に会津戦争が起こって、完膚なきまでに叩きのめされて・・・っていう図が浮かびます~(^^;) 新政府軍にとっては、とにかく「会津(及び東北)」を温存しとくわけにはいかなかっただろうっていうのは、私の中ではもう確定事項だから(^^;)v

9:四角関係、なるほどね!(>▽<) みんな売れっ子俳優だから色んなつながりがあるのね(リアルでも(^^;))
そういや尚さんと照姫も最近あったよね?お医者さんの話か何かで。照姫と大山は、どっかで顔合わせるシーンはないのかしら(>▽<)
「ジョー大幅カット」って、yahooニュースにも載ってて笑ってしまったよ~(>▽<)前世は本人なのにこの仕打ち(違う(^^;)) ね~、視聴率。どうなるんだろうね~~??明治編はまったく読めない;; 

またあちらのブログに訪問するので、赤坂真理の本のこと教えてね~♪
このごろ図書館もごぶさたなんで、ネタバレもOKよ。ではでは。(うわすっごく長くなっちゃった!(^^;))

No title

こんばんは。
まさに三様の死にざまに涙も三連鎖です(T_T)
板垣の介錯も土佐藩士繋がりで無名の方に介錯してもらうより良かったです。幼子も居たからあんなに落ち着いた雰囲気の最期になったかはわかりませんが目の当たりにした政府軍の動揺も凄かったでしょうね。
白虎隊もK&Uさんが教えてくれなかったおかげ(^.^)で城が燃えてないって隊士が言った時には思わず声が出る程高揚しちゃいました。
里見白虎隊では「生まれ変わったらまた会津で」の白虎隊のセリフが土佐に取られちゃったし土佐と内蔵助の刺し違えはちょっと違和感感じましたがそれでももう勘弁してってくらい号泣しちゃいました。
実は里見白虎隊での涙腺大開放bestは竹子の死なんで来週もバスタオルのお世話になりそうです。
それにしても主人公が八重で良かった。ところどころに挟む八重の活躍にホッとする瞬間があります。里見白虎隊では大蔵のシーンだけが心の拠り所でしたのでやっぱり来週も見逃せませんね。

No title

26話…やはり泣き所はKさんと同じ3点でしたね~。いや分かってたんだけどやっぱり号泣でした。西郷家のあの小さい女の子の使い方、うますぎる。
神保パパの「幕府のためでも徳川のためでもない、會津のために戦ったんだ後悔はない」にもぐぐぐっときました。郷土愛の深さに胸が……涙
白虎隊はちょっとあっさり過ぎる気が…というか全体的にあっさりな描き方ですよね。もうちょっとねちっこく描いて欲しいなぁ。多分、ある程度知識があってみてる分には、頭の中でドラマを補完して見てるから「うゎあとうとうここできたか~」だけど、単にエンターテインメントとして大河を見てる人には「あれなんでここでこうなる?」みたいな人が多いと思う。
時間の制約があるんだろうけど、もうちょっとなんとかなぁ…定敬くんが一緒に滝沢本陣にいたのは史実かどうかわからないけど、だったら慶喜からもらった養子は?とか、すっとばすなら最初から省略しちゃえばよかったのにと思うところが所々あります。河井継之助とかもあんな扱いならいっそ横山主税みたく紀行扱いでよかった…wその分丁寧に描けたところもあったはずなのになと。

半分グチみたくなってしまいましたがw

ただ最近思うのが、八重の桜の全体のテーマが、「會津はこんなに大変な目に遭ったのに立ち直った、だから今の福島も大変だけど立ち直れるよ、頑張って」にならないといいなぁっていう…。確かに福島復興応援の意味もある大河なんですけど、そういってしまうことへの抵抗というか…Kさんが「戦争の美化」に対して思うのと近い感覚なのかなと思うのですが。
さらに言えば、「幕府・徳川のために會津が貧乏くじひいた」という構造も、「東京・首都圏の電気のために福島が貧乏くじひいた」にダブってみえてしまって……首都圏住民としても、伊庭八郎に怯懦千万と罵られた小田原藩民としてもいたたまれず……すみません話逸れましたね。

涙涙の26話でしたが、八重さんと尚さまの戦場夫婦愛は微笑ましかったですね。標準語しゃべってるせいか、どうも余所者感たっぷりだった尚さまも、やっと會津の人間になれたというか。夫婦で同じ戦場にたったのって世界でもこの2人だけでは?なんで離婚しちゃったんだろうなぁ。ジョーとの明治編なんてこの際全カットして會津戦争までの八重を描いた方がよかったのになんて言ったらダメかしら?w

思いが重いだけに長くなりましたが、会津まつり、楽しみですね。昔見に行ったときとは様変わりしてるのかしら?早乙女貢氏と、白い袴の脇から真っ赤なトランクスをパンチラサービスしてくれた少年のことしか覚えてないけどwww今年もし綾野殿がお出ましになるようなら何が何でも行かなきゃ★です。

Re: No title

sheyさんこんにちは。
西郷家自刃をあそこまできっちりやるとは思いませんでした(@o@) てっきり子女が倒れている姿&ナレーションくらいかと(^^;)
板垣のシーンはよかったですね~!役者さんがイケメンなせいか、武家屋敷のお人形さんそのまんまでした。
白虎隊もリアルでしたね~。たぶんあの時の白虎隊と同じような気持ちは、篭城して戦う八重も等しく持っていて(だって男たちと一緒に猪苗代湖に行こうとしましたもんね)、ただ運とかタイミングとか、ほんのごくわずかの違いでたまたま生死が分かれただけなんじゃないかと思わずにいられません。ただ死んだらそこで終わり、生きたらその後も続くという当たり前のことが大違いですが。
「生まれ変わったらまた会津で」は、白虎隊のセリフで使われていたんですか!私は初めて聞いたので、もうそこで涙ドバドバでした(ToT) 土佐と内蔵助は、自分たちの陣地を守りきれなかった&重傷を負っているということを描けば、もっと説得力あったのにな~と残念です。刺し違える時、たとえベタと言われようとも青春の日に日新館で学んだ親友時代みたいなシーンもできれば入れて欲しかった。って2人が親友かどうかは知りませんが(^^;)。
来週はいよいよ竹子ですね~~~!私は映像で見るのは初めてなので、楽しみというと語弊がありますが楽しみです。しかしこれからは毎週のようにヒロインが1人ずつ死んでいきそうですね~~(T_T)
そして!待ち望んでいた大蔵シーン(>▽<) これはもう心置きなく楽しみですね~~♪ほんとに、大蔵だけが心の拠り所です(^^;)

Re: No title

ノブヲさんこんにちは。
あの女の子はほとんど反則なくらいですよね(ToT) でも実際に、太平洋戦争中の外地でも、正装をしてまさにあのとおり(「何にも怖くないからね~~」的な)にした家族を見届けた人の話とか読んだ記憶があるので(「見届け役」てのがいたっていうのがすごくこわかった;;)、こういう女の子はきっと大勢いたんでしょうね~
神保パパはよかったですね~。この大河って「昔かたぎのおっさんたち」がすごい魅力的に見えますよね!
白虎隊は、「うお~切腹の瞬間まで映すか!」と、その死の場面は驚きましたが(実際は、介錯がうまくいかなかったり死に切れなかったりで、もっと地獄絵図だったろうとは思いますが)、そこに至るまでが早かったですよね~。戸の口原から飯盛山(しかも洞穴)まで歩いた時点で、かなり気力体力を奪われてたっていうのとかもうちょっと描いてくれると(なので私もノブヲさん同様、脳内補完して見てます(^^;)v)。ここら辺は土佐&神保とか、他もそうですね。どうもこの大河、死ぬシーンはきっちり描くわりに、そこに至るまでがあっさりというか。
そうそう若殿もね!せっかく登場したんだからもっと出て欲しい。今年の会津まつりで若殿やるのが、たぶん子供の学校の生徒会長なので、よけいにクローズアップしてほしい(ってすっかり私欲(>▽<)
忘れかけていた定敬くんが出たのはうれしかったけど、河井さんとか・・・ねえ?(^^;) 横山主税も、トミーを横山パパにあてたのは、白河の戦いでクローズアップするためだったんだろうと思ってたんですよ。パパを出しながら、おそらく歴史上はパパより有名であろう横山ジュニアが出ないまま終わるとは予想外でした(^^;)

そうですね~~。。。「會津はこんなに大変な目に遭ったのに立ち直った、だから今の福島も大変だけど立ち直れるよ、頑張って」というのは、確かに今回の大河のテーマだと思うんですよね。そして実際に今年の会津は大河効果が目に見えて現れてるので、ほんとにありがたいですし(ほんっとにすごかったんですよ、震災後のお客さん激減ぶりは)。ただ会津以外の福島&来年以降の会津という問題は残りますけど、それはさておき。
そういえばこれは笑い話として聞いていただければなんですが、2年前はほんと会津の町中どこへ行っても「がんばろう東北」「がんばろう福島」の文字が、もうお店でも車でも普通~~にあるのが日常風景で(言うまでもなくですが、会津に限らず特に被災3県はどこもそうだったろうと思います)。日常過ぎて気にならないくらいの。
で夏休み東京に行ったら、見慣れたその文字が当たり前ですけど全然なくて。で「へ~~こっちは「がんばろう東北」が全然ないんだね~」と当たり前ながらも目に珍しくて言ってたらダンナいわく「そりゃこっちは「がんばってね♪東北」なんだから」。で「なるほど」と笑ってたんですが。
東京は東北じゃないから、東北並みに「がんばろう東北」になる必要はないと個人的に思ってます。東京はやっぱり東京が大変になった時に「がんばろう」となるもんで。東京には東京の、東北には東北の立場というか役割があるというか。
なので東京に「がんばろう東北」がないのは全然いいんだけど、そのかわりに「がんばってね東北」がずらりだったら、腹立ったでしょうね~(>▽<)「なんだよ「がんばってね♪」って」って。しかしそれは「會津はこんなに大変な目に遭ったのに立ち直った、だから今の福島も大変だけど立ち直れるよ、頑張って」とどこが違うのか、と言われるとうまく説明できず。。。「がんばってね」という人のシンパシーの度合いとかそういうものなんでしょうかね~??

そして「東京の電気のせいで」・・・う~ん実は私もちょっとダブってみえてます。。。スミマセン「江戸を焼くわけにはいかない、しかし会津戦争なら・・・」っていう意識は、どっかにあっただろうというところが(京都守護職とか、鳥羽伏見後に慶喜にとかげのシッポ切りされてとかは、まったくダブらないのですが)。
なんというかこれは、幕末に限らず、原発に限らず、社会としてそういう構造になってるというか、そういう構造にしないと社会が成り立たないみたいな部分だと思うんですよね~~。。「大の虫を生かすために小の虫を殺す」というか。でそれは、幕末とか原発事故とか、大事件になればなるほどはっきり目に見えて、だから「何とかしなきゃ」って思うけど、そんな小手先でどうにかなるようなもんじゃない、もっと根本的なもんだって気がして(ま小手先からだんだん根本が変わってゆくってこともあるのでしょうが)。それがどこまで根本的なものなのか、生物レベルの根本なのか、それとも資本主義か共産主義かみたいな社会システムを変えれば変わるのか、これまた今んとこよくわからなくて何とも言えないのですが。。。しかし1つだけ言えるのは、「だからって首都圏の住民を憎む」とか、「小田原藩民を罵る」とか、そういうのは絶対ない!と思います。システムと個々の住人は、ちょうど「国と国民」みたいに別で。ただ「原発事故には首都圏の電気とかまったく関係ありません。だから首都圏もまったく関係ありません。がんばってね東北♪」みたいに言われると感情的にカチーンと来るってことはあるかもですが;;でもノブヲさんは全然そんなこと言う方じゃないと思えますし。。。私も実家は新発田藩ですし。。。(^^;) 罵る立場と罵られる立場って容易に入れ替え可能ですしね。。。そもそも会津も、「被災地」の中では微妙な位置づけで。。。

ジョーの明治編はほんとにどうなるんでしょうね??特に今は戊辰戦争のクライマックスなので、ますます明治編がどんななのか、尚さんはどんなふうに八重さんと別れてしまうのか、想像もつきませんね~!早く見たいけど、見てがっかりしたくないから見たくないみたいな、不思議な気分です(^^;)

私も、すっかり長くなってしまってすみません。そしてもしお気に障ったところがあったらますますすみません!!m()m 首都圏の方々に対しては基本的に、会津の街中でしょっちゅう見かける関東各県のナンバーを見ては「ありがたいな~~」と思うのみです。
そういえば早乙女貢氏ご存命の頃は、西郷頼母=早乙女氏だったそうですね♪ 今年は誰なんだろ??赤いトランクスってその少年、狙ったとしか思えません(>▽<)
綾野殿も見たいですね~~(>▽<) 願わくば輿車じゃなく、ぜひ騎馬で!衣装はもちろん赤い陣羽織でね♪
その時はぜひぜひおいでくださいね~~~!!!会津まつりでお会いしましょう♪

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Re: 私信だよ==(非承認で・・)

内緒さんこんにちは!

ごめん中々時間取れなくて、充分なコメント返信できず;;
(読んで思ったことはてんこもりなんだけど、全部書くのにすごく時間がかかりそうで)
あちらの返信もありがとう!新記事ともども全部読んで、これまたレスしたいこといっぱい浮かんだんだけど。
今回の返信も含め、近々かならずあちらにおじゃまして長文書くと思います(^^;) 遅くなるかもだけどごめんね;;
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