八重の桜・第24話

八重の桜・第24話の感想です。

覚馬がついに「管見」口述筆記開始!
先週「輝く未来を夢見ていたはずなのに、どこで間違った?何ができる?」と嘆いていた、その答えがこれだったわけですね。
しかしこのお弟子さんが一緒に捕まったのは、お弟子さんは大変だったでしょうがよかったですね~ 「管見」っていうと、イコール山本覚馬って感じですが、影にこの人があったればこそ完成できたんですね♪
山本覚馬の「管見」って、私は「これで岩倉や西郷を感心させた」としか知らないのですが、検索してみたらこんな素晴らしいサイトがありました
上のサイトで紹介されているものは、正しくは「管見」ではなく「建白」だそうですが、しかし内容はほぼ同じ、その違いも説明されつつ紹介されているので、興味のある方はぜひどうぞ♪
個人的には、「時勢之儀ニ付拙見申上候書付」で、「(あなたがた薩長はもちろんすぐれた考えを持っているけれど)しかし幕府も会津も国を思ってのことだったのです。それがこういうことになったのは行き違いです」とか、相手を立てつつ一生懸命会津を擁護しているのが好感でした。だって私も、「会津がどこかで間違った」とは思えないんだもの。もし間違いがあったっていうなら、それは突き詰めると「お前がお前のようであること、それ自体が間違いだ」になっちゃうようなもんで。そんなん、誰かに言える人間なんてこの世にいないだろうと(それとも、そうして突き詰めるのが間違いかしら?)
余談ですが、この牢番が最初めっちゃヤな奴として出てきたのは、後に見逃してくれる伏線だったんですね おそらくNHK的には、覚馬の「岩窟王」ばりの、「思う念力岩をも通す」を描いていたのでしょうが、私的には「大っ嫌いなヤンキーが濡れそぼった捨て猫を抱いてるところを目撃してしまって、ヒロイン胸キュン」みたいな「サルまん」として見てしまいました

八重のところには、年を誤魔化して白虎隊に入れたことを純粋に喜ぶ伊東君と、先を越されたと純粋に残念がる山川君。
ああここで明暗が しかも「八重様に鉄砲を教えてもらったおかげです♪」なんて、後々まで八重の十字架になりそうなことを、純粋に感謝をもって。
尚さんも少年たちのことを、八重さんと同じく、微笑ましくも複雑な目で見ていましたね。この人の場合は「反射炉も新式銃も、何もできないまま戦争になってしまった」という、これまた十字架を背負ってしまったことにより。
後の世から見ると、伊東君と山川君の運命の差は「伊東君アンラッキー。山川君よかったね」オンリーですが、山川さん本人は生き延びてよかったどころか、後年でも白虎隊の話になると涙を浮かべたとか。あの戦とかでまったく活躍できなそうな非・体育会系として、少年たちにからかわれていた山川君にしてからが。
ああでもわかる気がします。山風さんは「戦中派不戦日記」のあとがきに
「忸怩たらざるを得ないのは、結局これはドラマの通行人どころか、「傍観者」の記録ではなかったかということであった。むろん国民の誰もが自由意志をもって傍観者であることを許されなかった時代に、私がそう得ありえたのは、みずから選択したことではなく偶然の運命に違いないが、それにしても-例えば私の小学校の同級生男子34人中14人が戦死したという事実を思う時、かかる日記の空しさをいよいよ痛感せずにはいられない」
「それに「死に時」の世代のくせに当時傍観者でありえたということは、ある意味で最劣等の若者であると烙印を押されたことでもあったのだ」
と書いてらっしゃいますが、おそらく当時「心ならずも自分だけ生き残ってしまった」世代は、多かれ少なかれ皆こういう忸怩とした、つまり後ろめたさの混じった割り切れない思いを抱えたまま、長い戦後を生きていたのではないでしょうか。この後ろめたさは、戦争を継続させるのにも極めて有効に働く種類のもので、てことはけっこうおそろしいもんかもしれないのですが、しかしそう思ってしまうのは「死んでいった同世代をそれだけ痛切に悼む」からこそであって、てことは戦争の抑止力にもつながるものでもあって。
何より、美しいものだからおそろしいものだから以前に、そういう思いを否定しきれない、むしろ否定したら人間としてどうなのか、とも思っちゃうのが人間なんですよね。正しい思いと間違った結果は(会津藩みたいに?)表裏一体というか、美しさと、その美しさが織り成すおそろしさは分離不可能で、割り切れないようになっているのが念入りに残酷な構図というか。

小松左京さんなんかもその世代で(山風さんより10歳近く下だけど)、wikiによると
「終戦時は14才だったが、当時は徴兵年齢がどんどん下がっており、「このまま戦争が続いて、自分も死ぬのだろう」と考えていたが、思いもよらず生き残った。そして、沖縄戦で自分と同年齢の中学生の少年たちが、銃を持たされて多数死んでいるのを知り、「生き残ってしまったものの責任」を考え、文学をそして、将来SFを書く契機となったという」
だそうです。あの有名な「日本沈没」も、SF的大事件が起こったらどうなるかという単なる思考実験ではなく、「日本が一億玉砕したら」という思いが底にあって書かれたものだそうで、つまりそれだけ自分の中で消化できない、どうしてもこだわってしまう部分だったんですね、「敗戦体験」は。
(ちなみにwikiには続けて「小松に限らず、日本のSF作家第一世代の多くは、「敗戦体験」が創作の基盤となっている」ともあります。これらの人がどんどん亡くなって、どれくらいのことが伝わらないまま消えていってるんでしょう?)
さらに、そういう思いをもって「日本沈没」を書いた小松さんにしてからが、実際に日本人が「日本」を失った後の世界を描く第2部では、wikiいわく
「「日本人」としての固有性を守るべきか、「国土を失った民族としてコスモポリタニズムに貢献」すべきか小松に迷いが生じ、長く執筆されなかった」
のだそうです。実際第2部を読むと、ナショナリストとコスモポリタンが、上のテーマのため対決し(この対決=議論の部分はすっごく面白いです!長いので引用不可能ですが、もしも古本屋さんなんかで見かけたらぜひ!ちらっと「戊辰戦争」も出てきたりして、日本の国を考えるのに戊辰戦争は欠かせないキーなんだということもうっすらわかったり)、結果的にコスモポリタンが日本人を救うのですが、そのコスモポリタンを「彼は日本を愛するように他の国を愛することができた。それは日本の外に出たことがないからだ。だから理想を語ることができた。日本という国にこだわることなく、人類の存続を考えられた。だが、僕には無理だった」とナショナリストをして解説させ、やがて数百年たって、かつて「日本」という国が存在していたことすら忘れつつある時代、宇宙へ移民する日本人たちが、遠ざかる地球を眺めながら「君が代」を歌うシーンで、物語の幕を閉じています。

一方、日光口で苦戦していた新政府軍は、進路を棚倉~三春~二本松へと。
日光口を守備するは、見るたびどんどん進化している大蔵 「はやるな!」はカッコよかったな~ しかしこの人、初めの優等生設定は絶対いらなかったと思う もとからヤンチャな悪ガキなら、今の進化も「さもありなん」だけど、「八重の桜」を見る限りでは「おろしやってどんなすごいとこだったんだろう?」という感想しか浮かばなくて

棚倉を落とされたと知った頼母は、鶴ヶ城に急ぎ戻り(あの白河小峰城はホンモノですよね?映像そのものは合成ぽかったけど)、殿に「ここにいる家老全員の首を差し出しても停戦すべき」と、涙の直談判。
なんかねえ、言葉だけ見ると頼母の言ってることに、従って頼母の必死の真情にも、全然シンパシーわかないんですよ。「家老の首を」もそうだけど、「最新の武器をかき集めて」「今から反射炉を作って」等々、土佐たちが口々に言うように「アホか」「できるならとっくにやってる」「だから今こうなってるんだろうが」のオンパレード。そもそもこれは言われなくても頼母もわかっているはずのことで、つまり単に「錯乱して感情論になってる」だけなんですよね。「同盟への信義にかけても、今更やめるわけにいかない」と「武士としての矜持」という感情論で思考停止している他の家老と同じように。
そもそも頼母は一貫して、現代的価値観の代弁者として描かれていましたから、むしろ視聴者としては頼母の方に感情移入しやすいはずなんですよね。先の大戦だって、あと1年、いや半年、いや2週間でも1週間でも早く終わっていれば、どれだけの人が死ななくて済んだかとか、いつも思いますもん。数もそうだけど、死んだらその人はもうそこで終わりなんですから。二度と戻ってこないんですから。
と強く思いはするのですが、そして以前ならそこで止まっていたはずなのですが、しかしそんな私にしてからが、会津の主戦派に感情移入できる描き方になっていたのが「八重の桜」の素晴らしさ
これは「故郷(の尊厳)を守りたい」という思いとシンクロしてしまう福島県民ゆえかな~(ま私は今たまたま福島にいるだけで「故郷」じゃないんですが)とも思うのですが、たぶんそうじゃない、「どうも頼母って正論なんだけどさ・・・」という受け止め方してしまう他県の人もきっといっぱいいる気がします。それだけ、ここに至るまでの会津が味わった理不尽さ、悔しさ、そして融通の効かない頑固なバカ正直さが丁寧に描かれていて、「でもそれは決して悪いこととは言えないんじゃないの?」というのが共有されているのではと。

んが、TVで西田頼母がそんな錯乱状態に陥ってるのを見ると・・・頼母にあまりシンパシー持ってなかった私にも、その必死の真情がものすご~~~く痛切に伝わってくるんですよね~~。さすがもしもピアノが弾けたならです(←意味不明)。家老全員の首を差し出して藩は今後どうなるのか、いやそもそもこんな中途半端なとこで新政府が矛先を収めるのかかなり疑問ですが、それでも頼母の「停戦」案の方がやっぱり真っ当で、それをはねつける側の方が、頭ガチガチに思えてしまう。たぶんこの後に控えてる二本松少年隊とか、あるいは白河のボロ負け具合とかを頼母とともに先週から見てきたせいもあるのでしょうが。
んで錯乱してあれこれ言った挙句、すべてダメ出しされて思わず「だからあの時都から引き揚げてれば!」と、「殿は養子だから」と同じくらいの「言ってはいけないこと」を言ってしまう頼母。ああ~今回やっとシンパシー抱けた頼母に、ここです~っと引く思いがどうしようもなく私の中に
それを代弁してくれるのが、かつては頼母と膝突き合わせて「困ったよ」と話し合う仲だった、神保父。「お前は京都で俺たちが味わったあの苦労を共有してないからそう言えるんだ」
ぐ~~~わかる ほんとに、ほんとにそうだと思います。
しかし同時にこれは国家老として、長らく国許の疲弊具合を目の当たりにしていた頼母が、あるいは白河で「敵に弾が届かない」という悪夢を目の当たりにした頼母が、京都守護職時代や今この場で、殿たちにぶつけている思いまさにそのものでもあって。「お前らは見てないからそう言えるんだ!」という。
つまり両者の間にはどうしようもない「断絶」があって、そこはどうしてもわかりあえないんですよね。これを乗り越える手段は果たしてあるのかしら?「共有してないからこそ役割分担できる」といったように。

というわけで、頼母は失脚。まあこの人はもともと恭順派なのでおそらく戦に対して消極的だったろうし、加えて大蔵みたいに戦場での作戦能力が優れているわけでもなさそうなので、この処分自体は双方のためにもよかっただろうと思います。しかしこれを言い渡された時の、もはや何も言えず、ただ目に涙をためるのみの西田頼母はやっぱりよかった

というわけで、「戦争やむなし」→「いややっぱ戦争はいかんよ」→「でもなあ」と、TVの役者さんたちとともに私も二転三転した今回のお話の中で、唯一一番スッキリしたのが春嶽パート。ほんとに、この人は私が、というかおそらく視聴者が言いたいことをすべて言ってくれる 「合議制の新しい国を作るって言ってたのに、結局徳川があんたらに代わっただけじゃねーか」「会津の謝罪恭順も受け入れず、私(や勝)の会津赦免嘆願も聞き入れず、帝の名の下に必死に内乱を起こそうとして、これがあんたらのやりたかった新しい国づくりか」「そんなら歪んでるよ。悪いけどその歪みは後々絶対ヘンな形で出てくるよ」多少私が勝手な言葉をつけくわえてしまいましたが もちろんこんな暴言(?)が聞き入られるはずはなく、スッキリしただけで再度越前へ退場です。いやスッキリさせてくれただけで充分ですけど そういやこの人も赦免嘆願してくれてたんでしょうか?そんならスッキリに加えて、とってもありがたいですm()m

あ、もう1つあった、スッキリというか心地よいシーン。それは新撰組と白虎隊のコラボ。
「さすが会津藩士の子供たちだ。俺があのくらいの年の頃はケンカしか頭になかった」と、さりげなく会津をほめてくれつつバラガキ発言する土方 「バラガキ」って銀魂で知って、なんで昔の人ってこういう風流な名前をつけるんだろうと(相手をバラバラにしてバラ肉にするとか、そんなんじゃないらしいです
土方&斉藤が、子供たちを微笑ましく見てたり、会津との信頼関係を語ったりするのが、なんとも言えずしみじみと良いシーンでした。

そして舞台は二本松へ。
だからさ~~「刀が抜けなくてムジャキに笑う少年たち」とかやめてよ~~。いかにもお涙ちょうだいであざといわ~~~(←と言いつつまんまと術中に) そうそう頼母邸での「さあこちらが今度自刃する婦女子一同です」と紹介するための姫君勢ぞろいシーンもかなりあざとかったですね~~。しかし千恵子さんが言ってた「頼母の名を辱めません」は、もちろん当時の武家としてあるべき(どころか昭和の軍人家族まで残っていた)心構えだったのでしょうが、プラスやっぱり、家老たちに総スカンされ、ほとんど裏切り者扱いになってしまった頼母の真情・潔白を、家族全員の自刃でもって証明するという心理もあったのかもな~などと、とってもリアルに思えてしまいました。
おっと二本松に戻って。木村銃太郎先生が、八重と同じことを思ってましたね。「鉄砲を教えたことが仇にならなきゃよいが」。そういや先の大戦時、純粋な使命感と信念をもって、または心ならずも義務感で、「忠君愛国」を説いた当時の先生たちは、戦後はどんな心境で過ごしたのでしょうね?
しかし当然の如く、少年たちは戦場へ。
ここら辺のシーンは、向こうの大砲が何度も命中してそのたび吹き飛ばされたり、畳を銃弾が貫通したりといった映像が思い浮かぶだけで、上のような長々とした感想があまり思い浮かびません。「渦中」ってそういうもんなのかもですね。
(余談ですが、「畳で弾よけ」って、彰義隊を描いたマンガ「合葬」にも出てきました。「こんな畳で防げるのかな?」という少年隊士に、もう1人の少年が「イモ侍のヘロヘロ弾なんか、これで充分さ」みたいな)
そして子供たちをかばいたい一心で、蜂の巣になって死んでいく若先生。罪滅ぼしの気持ちもあるでしょう。矜持もあるでしょう。あんましこういう生き死にの場面で、簡単に「わかる気がする」なんて言うのもどうかと思いますが、しかしやっぱりわかる気がしちゃうんですよね~。「死ぬんだぞいいのか」っていう気持ちが、こういう興奮状態の場で、他の色んな気持ちが渦巻く中で、思いっきり後ろに下がる一瞬があるのが。
斬りこんで亡くなる少年も、まさにそうでしたね。そういえば、やたらカッコいい反町巌が「よく戦った。早く家に帰れ」というシーンは、たまたま見ていた6歳児Uすらも「敵キャラなのにいい人だね」とわかる良いシーンでしたが、その後、自分が少年に斬られながらも必死に「殺すな」と味方をおしとどめる敵キャラは、さらにいい人ですごく印象に残りました。反町巌だったら、ああ言っときながら自分が斬られたら途端に返り討ちにしそうだけど(個人的偏見)、殺されかけながらなおも「助けてやれ」と言えるのは、すごいなと。

八重が、息を引き取った子供を抱きしめて泣いたりするのは、覚悟していたのであまり涙目にならずに済みました
(ついでに、後に八重が片目を光らせて、胸に炎を宿したシーンでは、6歳児Uも「あっ変身した!こわい人になった!」とわかるほど鬼気迫る演技でしたね~
むしろ不意を討たれて「あ、ヤバイヤバイヤバイ」になっちゃったのが、その後の「紀行」で、「生き残りの少年曰く、「出陣前夜は修学旅行に行くみたいな感じだった」」
うんうんきっと本当にそうなんでしょう。武家に生まれた少年たちなら、武門の誉れだし、自分の力で自分たちの郷土を守れるし、「東京大空襲では焼夷弾が逃げ道を断つように落とされて、子供を自分の下に敷いて助けようとした母親もろとも焼死して」とか、そんな具体的な「戦争の悲惨さ」を知ってる現代の私たち(ま現代の私たちも実際には知らないですが)とは、戦争に対するあらゆる価値観が違うと思います。決して「修学旅行に行くみたいな気分で戦争に行くのは間違ってる!」なんてことを言いたいわけじゃ全然なく、たぶん当時なら、そして少年ならよけいに、そういう高揚感に包まれるものだろうと、素朴にわかる気がして、うんうんと思う同時に切ないなあと涙ドバ。

最後に、またまた山田風太郎さんの「戦中派虫けら日記」より、昭和18年、学徒出陣する友人を東京駅に見送った時の描写。
こちらは二本松少年隊よりも白虎隊よりも年長で、その分、悲壮感も強いのですが、しかしやっぱり、それは高揚感の後ろに下がってしまう、というか、悲哀、絶望といった悲壮感が強ければ強いほど、高揚感がそれらを後ろに下がらせてしまうのかもしれませんね。
「宮城前の広場には、かがり火と歌と万歳の怒号が渦巻き返っている。嵐にもまれるようにゆらめく提灯、吹きなびく幾十条の白い長旗、それに「A君万歳、L大学野球部」とか「祝出征B君、Y専門学校剣道部」などの文字が躍り狂っている。
右を見ると、長髪弊衣、黒紋付角帽の群れが木刀を打ち振り、朴歯の下駄を踏み鳴らして「ああ玉杯に花受けて」と高唱している。左を見ると、真っ裸に赤ふんどしをつけた若い群れが、「弘安4年夏の頃」と乱舞している。
仰げば満天に零れ落ちんばかりの星屑、蒼茫の大銀河、広場をどよもす「赴難の青春」の歌声-。みんな泣いている。みんな笑っている。情熱に酔っ払って、旗と灯影にゆれ返る無数の若い群像の上を、海の潮風のように渡ってゆく声泣き悲哀、絶望の壮観。
「死んで来うい!」
「俺たちもすぐゆくぞ!」
「フレー、フレー、フレー!」
胴上げされて宙に舞う影、ちぎられて火の輪のように回る赤褌、その中からやがて出陣の学生を神輿みたいに担いで、駅の方へ走り出す。みるみる前後左右を、数団のお神輿がうわーっとつむじ風のように駆けてゆく」

学徒は、当時「尋常小学校高等科」で終わりも当たり前だった時代に、高学歴のエリートとして存在していたので、その分、個人の運命に対する絶望は、またそれに相反して社会に対する使命感・責任感は骨身にしみていたことでしょう。そんなところは、白虎隊とかぶってしまいます。彼らがみな生きて帰ってきたら、どれほど戦後の復興に力を発揮したことか。
というわけで次回はいよいよ学徒出陣、じゃなくて白虎隊出陣です。
純粋さと悲惨さが、背中合わせで分離不可能なゆえに、いっそう残酷な構図がまた来週も
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コメント

敗戦の日本と

またK&Uさんの感想読みながらうるんでしまう私です・・・・・
だから、それ全部飛ばします!!

さきの戦争とかぶる、と、前聞いてから、「どゆことだろ?」と思い、ちょうど何十人もの予約が回ってきて読んだ赤坂真理の「東京プリズン」読んで、言いたいことわかったよ。(読んだことある?)

だから新政府軍=アメリカ、会津=当時の日本
というふになんとあてはまることか・・・と。

それを思うにつけても、反町君が「殺すな!」に、ここがアメリカと違った・・・。ここが日本人だ・・とここで涙がドバでした。

アメリカが未だに真珠湾を根に持っていること、日本側がアメリカの東京大空襲や原爆投下を批判しようとするとアメリカが七三一部隊や南京大虐殺を持ち出し「その口で批判できるのか!」とその批判の口を封じること、・・・そういう卑劣な問題のすり替えと責任逃れは、新政府軍は会津に対してはしていないんじゃないのか?と、希望が持てて、涙が出たんだよ。やっぱり日本人じゃないか。ってね。このドラマで、新政府軍をそう描いているところ、制作者の狙いかもしれないとも思ったの。



Re: 敗戦の日本と

Kさん読んでくれてありがとうm()m

もしかして東京裁判の本?予約何十人ってすごいね!!(@o@) 私も図書館行ったら探してみよう♪
(Kさんのブログにあった養老先生の対談集も面白そうだよね。これも要チェックだわ♪)

やっぱり、日米の戦争にあてはまるとKさんも思った??
特に当時の日本は、意図的に会津とかぶろうとした面もあるから、ますますあてはまる気がするんだよね。

う~んそうねえ。まああれは「特例」って感じもするけど(実際、二本松じゃなく会津だけど、槍をふりまわして向かってきた14~5歳の少年を仕方なく撃ち殺したっていう官軍の話もあるらしいし)、自分が殺されかけながら尚も殺すなって言えるって、本当にその人はすごいと思う。というかやっぱり、子供が戦うっていうのがよっぽど異様なことだったんだろうね。
そういや沖縄なんかでは鉄血勤皇少年隊とかの少年兵もいたし、捕虜もいっぱいいたけど、アメリカ兵が「子供だから殺さなかった」っていう話は、うん、やっぱし聞いたことないね。戊辰戦争は「同じ日本人同士として、1つの「日本」を作る」という目的が一応あった戦争だけど、日米戦争は「まったく別の国による資源ぶんどり合戦」みたいな面が大きいから、戦場で「助けよう」っていう意識は低かっただろうね~

う~んそうねえ。私としては「会津がそうなったのは自業自得。だから新政府軍は悪くない」という、うっすらとした責任逃れがある気がするけど(^^;)、けど確かに、あくまでも「うっすらとした気分」程度であって、声高な責任逃れは確かにないかも。「偽勅」とか「錦旗」とかも、「手口はわかってる」みたいな感じで周知の事実だし、何より「勝てば官軍」っていう、「その手口に対する批判」の言葉が時を越えてめっちゃポピュラーになってるくらいだもんね。占領軍による怒涛の洗脳作戦みたいなのとは全然違うね。日米はやっぱし「同じ国として手を取り合えない、別の国同士」なんだろうね~
そういや記事でも書いた「日本沈没・第2部」なんだけど、あの中に、日本のナショナリストの首相が、アメリカのナショナリズムを信用して、つまり「アメリカは多民族国家だから、相手がアメリカのルールに従えば、相手を認めるはず」と、日本の命運をアメリカに託そうとするエピソードがあるのよ。けどアメリカは自分の国益「だけ」が大切で、日本はただ利用されただけで、「アメリカはナショナリズムじゃなく、パトリオティズムどまりだったのか」と、 日本の首相はナショナリストとして絶望するんだけど。つまり厳然と「自分の国益だけが大事な、別の国」だったのよね。
(そこで後継者として出てくるのが、「首相がなぜそれほど「日本」にこだわるのかわかりません。「日本という国」なんてなくたって、世界中どこででも生きていけばいいじゃないですか」というコスモポリタンなんだけど、彼が「日本というのは不思議な国で、敵を叩き潰すよりも、内部に取り込んでしまうのです」と言うのは、ああ確かにと思った。昔の自民党とか、別政党になってもいいくらい真逆の主張する人同士が、1つの党の中で派閥を形成しつつ共存してるのよね。こういうとこが「日本人らしい」ところで、戊辰戦争後うまくいったのも、こういう「日本人らしい性質」ゆえんかも、とか)
八重の桜も、勧善懲悪から遠く離れて、新政府軍も会津も、それぞれの立場があって戦ったっていうふうに描いてるもんね。たぶん明治以降に、双方手を取り合って「新時代」を作りあげたっていうのを描く準備でもあるんだろうけど、個人的にもそういう「それぞれの立場があって~」っていう描き方はしっくり来るな~♪「どっちが100%悪者か」みたいなのは、あんましね(^^;)

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実は戦争はまったく・・。

K&Uさん。こんにちは。
今回は紀行まで見逃せない回でした。(いつもですが)二本松少年隊は全滅したせいであまり語り継がれなかったと思っていたのでまず「生き残りの・・・。」ってのがえ?そうなの?って感じでした(不勉強です)。実は本編でナレーションされている某大御所の女優さんの声がどうも耳(?)について集中できなかったと時があり(今は慣れましたが)この紀行の方のナレーションに変更してもらえないかなってずっと思ってました。関係ないですが。

大蔵、頼母、斉藤一と修理、萱野、土方とそれぞれ生死のターニングポイントがあるとは思いますが生き延びることが恥とするような教育しか受けておらず自分の判断もままならない子供たちが死んでいくさまにただただ涙です。これを現代に置き換えて考えることは私みたいな浅い人間には到底及ばす。子は親が守るものといった単純な思想を語ることはナンセンスですよね。
少年隊の子はかわいらしかったですね。こりゃ白虎隊の場面はまたまたバスタオル持参です。

Re: 実は戦争はまったく・・。

こんにちは♪
紀行にはやられました~~~(ToT) なんとか本編を乗り越えて「もう大丈夫だ」と心のバスタオルを手放したタイミングで、あんな涙腺攻撃が仕掛けてあるとは;;会津戦争が終わるまでは、紀行も気を抜いちゃいけませんね(^^;)(来週は飯盛山かな~?)   

「生き延びることが恥」そうなんですよね~~~。ここが今の価値観と一番大きな違いだと思います。
もっとも現代の日本も、これだけ戦後民主主義や個人主義が浸透したように見えても、まだどっか、自分の権利だけを声高に主張するのは「みっともない」とか、他人を押しのけて自分の取り分を増やそうとするのは「必死だな」とか、なんかやっぱり「生き延びることが恥」に通じやすい部分は残っていると思います。欧米は欧米で、そういうのが行き過ぎないためのシステムも(例えばキリスト教とか)きっとあるんでしょうけど、「恥ずかしいことだ」と思っちゃうのは、きっとわからないだろうなあと。そういう部分はきっと日本から消えないと思うので、それが言葉通りの「生き延びるのは恥」にまで行き着く前に、どこでストップかけられるかでしょうかね~???

来週もバスタオルですね!紀行が終わるまでしっかりスタンバイさせてます(^^;)

No title

実は、最近「八重の桜」を見ていない私・・・。
うーん。仕事でキリキリ舞の時に見れない・・・。
子供が犠牲になる話しなんか見れない・・・。
てな訳で、K&Uさんのブログを読んで
話の流れを追っている私です。

これは、原作者の意図とも、多くの会津人の心とも離れてしまう感想だろうけれど
子供が死ぬなら、殿のお首を・・・と
頼母様の様な事考えてしまう。
(野口先生には言えない感想。怒られてしまう~)

今までの「白虎隊」ドラマでは、殿はまっすぐな世間知らずで、
頑固で実直という描かれ方が多かったから
どこかで落としどころがあったのだけど
今回の綾野殿は、ガチンコで会津の正義を貫くおつもりゆえ、全面共感がしにくいのでござる。
八重も鬼となって、西軍を撃ちに行くのだなぁ・・・。

もちろん録画はしているので
おいおい、見ます。
それまでは、K&Uさんのブログで堪能させて頂きます。
辛い展開も笑えて読めて、ホッとします。
私、ヘタレだなぁ。
でも、子供が大人や国の犠牲になるのは見れないのです。

Re: No title

こんにちは♪
お仕事おつかれさまですm()m 次号のエレガンスイブ、楽しみです♪

ええ~~~!!しよりさんがそう思ってらっしゃるとは、意外でした(^^;) > 子供が死ぬなら、殿のお首を・・・> 頼母様の様な事考えてしまう。

私は今まで、太平洋戦争で「天皇陛下バンザーイ」と死んだり、終戦条件に「天皇」が必須だったり、また終戦時には自分のことより「おかわいそうに天皇様」と一般人が泣いたりする、そういう心境がどうしてもどうしてもわからなかったのですが、今回「八重の桜」を見て、やっとその気持ちがうっすら体感できた気がしました。「国体=天皇」という価値観が、やっとぴたっとパズルにはまったような感覚というか。(私は戦後民主主義どっぷり人間なので、どーーしても「国体=国民」としか思えないんですよね(^^;))

> 今回の綾野殿は、ガチンコで会津の正義を貫くおつもりゆえ、全面共感がしにくいのでござる。
そういえば私も、鶴ヶ城の写真や書を拝見した限りでは、クレしんのまさお君としか思いませんでした(^^;) 素直ないい子なんだけどねえ気の毒な、みたいな。その点今回の綾野殿はカンペキ風間君ですね(>▽<)
もっとも私は今の綾野殿大好きで、会津まつりにめっちゃ期待しちゃってますが♪(誰が来てくれるんでしょね?)

> でも、子供が大人や国の犠牲になるのは見れないのです。
ですよね。。。人間ってたぶんいつの時代も、おそらく本能的にそうだと思うのですが、それが「子供を犠牲にするもやむなし」まで行ってしまう時代の熱狂というか、集団心理が謎というかおそろしいです。私とか「殿の首なんてとんでもない」ところっと思っちゃうくらいですから、たぶん時代がそういう熱狂の渦になったら、平気で巻き込まれている気がして、それが本当におそろしい;;

八重ちゃんの2話、楽しみにしてますね~~~(^o^)/

No title

斬られながらも子どもを殺すなと言っていたのは
長州藩士ですよ。
因みに史実です。

Re: No title

はい、史実で、長州藩士の方だそうですね。
俳優さんが二本松のお墓に訪れた時に、住職さんからそのお話を聞いて急遽ドラマに入れることが決定したとか。
(二本松にその方のお墓があるそうですね)
自分が殺されながら、相手を殺すなと言えるのは、なかなかできることじゃないと感激しました。
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