八重の桜・第23話

八重の桜・第23回の感想です。

今回はなんといっても世良修蔵でしたね~
たかだか桜前線の北上をもって「何もかも遅れた土地」とほざき、いい気な歌詠んでご満悦。「僻遠の地の国主なんか、手柄でも立てなきゃ(俺みたいな)出世はできないぞ」なんて、こいつに言われても「ハイがんばります」どころか、おめーみたいになったら落ちぶれたもんだわとしか思えないという いつ見ても酒飲んでるし、酒こぼすし、どう見てもただのチンピラ。ていうか見た目がそもそもチンピラ
もし世良がこのとおりの人物だったとしたら、いやここから悪人要素を3割引きくらいしてもいいな、そんな世良を送り込んだ時点で、新政府は奥州を怒らせて戦争したかったとしか思えません。それくらい、マンガのようなチンピラでした世良修蔵 

こんなのに頭ごなしにあれこれ言われて、腹に据えかねる思いがあった仙台・米沢は会津を訪ね、平馬たちとともに話し合いを。
「(容保公の首を差し出すなんて)理不尽な。それでは徳川宗家よりも罪が重くなる」
と、吼えた大蔵GJ うんそんなハルノート受け入れられるはずないわよねえ。
鳥羽伏見の首謀者の首という譲歩案も拒否し(でもそんな甲案・乙案で譲歩しても「こんな首いらん。容保の首持ってこーい」@世良という、死に損で終わりそう)、交渉決裂かと思われた時、平馬の命がけの談判、そして尚さんの「会津一国のことではございません」の説得により、空気が変わり、会津・庄内救済の為の嘆願書を出すことに。
さすが尚さんうまいです。いくら「絆」なんて言って煽っても、やっぱり「自分のこと」でないと結束力が弱まるのは当然ですもんね。
この列藩同盟に至る仙台・米沢の、ベースとなる感情、すなわち奥羽鎮撫使≒新政府に対する感情というのは、ノベライズを読んだらすごくわかりやすく書いてありました。以下引きますと
「奥羽鎮撫使は仙台藩に対し、強硬に会津出兵を迫ったため、3月、仙台藩は会津藩境に出兵していた。数度の交戦もあった。だが形ばかりの交戦だった。仙台藩と会津藩は事前に申し合わせをし、空砲を撃ち合ったのである。もちろん犠牲者は一人も出ていない」
「会津藩主は既に恭順の意を表している。京都守護職として会津が尽力し、孝明天皇の時代には厚い信頼を寄せられていたことも知っている。仙台藩に会津を討つ理由はない」
「「奥羽の賊徒は奥羽に討たせる」と、自らの手を汚さずに会津を抹殺しようとする態度にも反発を覚えずにいられない」
「伊達政宗を藩祖と仰ぐ仙台藩は、奥羽の雄である。そこに一片の武士の矜持もない奥羽鎮撫使一行が突然乗り込んできて、仙台藩を侮り、権力を誇示し、我が物顔にふるまっている」
「問答無用で会津への討伐に固執する世良の態度にも疑念を持っていた。新政府勢力内部にも強硬派と穏健派がいるであろう。融通の効かない世良のような人物を最前線の交渉の任に当たらせたという新政府の狙いはどこにあるのか」
「ここで奥羽の力を見せておかねばならない」

というわけで、ついに奥羽諸藩が集結
「25藩も!ありがてえなし」という八重の言葉。「みんな同じ奥羽の仲間だ」というおとっつぁまの笑顔。ああこの時の山本家シーンは、ほんとによかったな~~~ 2年前、あの「絆」という言葉が満ち溢れた時、あの時の、「がんばろう東北」と一丸となって何かしようとしていた気分とか、「ありがたいなあ」と思った気分とかを思い出すというか。
もっともこの時の八重たちのうれしい、ワクワクする気分は、やがて色んなことがあって「絆なんてウソッパチ、押し付けがましい」という気分が見え隠れしてくるのと同様の末路をたどるわけですが(あくまでも「見え隠れ」であって、その気分一色に変わったわけじゃもちろんないですが念のため)。でもそれは、状況が細分化して、それを気分じゃなく現実として解決しなきゃいけない以上、ある意味仕方ないことでもあり。
そしてたとえ全体的な気分がもし変わったとしても、あの時感じた(そして今も感じ続けている)「がんばろう東北」「ありがたい」という気分は真実であり。
そうそうこの時の「じゃあ会津が逆賊じゃないことも、明らかになる?」とワクワクする八重に、「なるべ」と答えたおとっつぁまが「そもそも、そもそも会津には、なんも、なーんも非はねーんだ」と重ねて言うのが、いかにも口下手な頑固オヤジのあふれる真情という感じがして、かわいらしくてツボりました やっぱしおとっつぁま好きだわ~♪
個人的に、「会津が逆賊」という悔しさは、私の中で「福島への風評被害」の悔しさと重なっちゃってるとこもあるので、こういう「濡れ衣が晴れそうなシーン」とか、あるいは「会津に罪はないことは奥羽諸藩みな承知している」みたいなセリフには、余計にぐっと来ちゃったりして。

このうれしくもワクワクな気分を、あっさり足蹴にしてくれるのがやっぱり世良 さすが世良 世良の上司である九条さんにしてからが呆れて目をむいてるけど、いいのよあんたはそれくらいで
嘆願状なんぞコケにして、旅館で呑む打つ(←オシリを)買うの1人大騒ぎしていた世良修蔵は、「奥羽皆敵」にアタマ来た仙台・福島藩士たちによって暗殺。
登場から退場まで、まったく迷いのない悪人ぶりでGJでした お姉さんにまで刀隠されてるし(一番の殊勲賞はこのお姉さんかも?) ちなみにノベでは「翌日阿武隈川の河原で斬首」となってたけど、TVでは自分のオシッコで濡れた(?)庭先でしたね

これでもう頼母いわく「総督府に奥羽を討つ口実ができた。攻めてくんべ」の状況になり、当初は数の圧力で和平交渉するための集まりだったはずの諸藩は、軍事同盟「奥羽列藩同盟」に。
やっぱし口実欲しさだったんでしょうかね~世良が参謀になったのは。だとすると世良も「使い捨ての駒」ってことになりますが。なんせテキは「薩摩藩邸焼き討ち」による成功体験もありますしね~。
それとも世良が殺されたのはさすがに新政府としても想定外だったかな?後世から見るとついつい「起こった事件ありき」で考えてしまいがちだけど、実際はそんな計算づくの方が少なかったりしますしね往々にして。尚さんも「総督府といえども奥羽全土を敵に回す戦力はない。これで譲歩してくるでしょう」と言ってるし。
しかし私としては、「革命には血祭りがいる」→「目に見える形で革命を成就し、後顧の憂いを除かねば」というスタンスの新政府には、広大な奥州を「中立」みたいな形で温存しとくわけにはいかなかったのかもしれないな、とやっぱしちょっと思っちゃいます。

というわけで、私の理解の仕方では「戊辰戦争におけるミッドウエイ」である白河の戦いが勃発。いえ海戦じゃないですけど、後の世から見ると、ここで以降の流れが決まっちゃった感がある戦いという意味で。
新政府軍が、の~んびり大砲撃って「おお~当たったぞ~♪」とか、緊迫感のキの字も見当たらないような戦いしてる一方、ドカドカ撃ちこまれてる会津側では「敵に弾が届きません」「あんだって?」「敵に弾が届きません!!」
この時の、思わず聞き返すカトチャ、じゃなくて頼母もよかった どうもやっぱり中通り言葉なのか、頼母が何かトボけて言ったりするとどうしても加藤茶さんを思い出してしまうのですが、なんかもう笑うしかないくらい絶望的で、バカバカしい状況っていうのを、西田さんのトボけた口調が引き立たせていました。
しかし「お前たちは戻れ。わしは斬り込む」「おやめください」のシーンは、個人的にどうも頼母にシンパシーが今一つなせいか、ちょっとシラけちゃったなあ。頼母のやむにやまれぬ心境を表しているのはよくわかるし、実際「向こうの弾はドッカンドッカンなのに、こっちの弾は」なんて、夢に見そうなくらい恐ろしい状況で、その責任者なんてなったらもう、瞬速で胃に穴があきそうなんで頼母の心境もわかるんだけど

で、白河口は奪われ、戦場で壊れた武器を修復する尚さん。
想像以上に旧式な武器に、暗澹とする思い。火縄銃はないわーーー
八重さんは傷の手当てに。日新館がとりあえずの病院になってたんですね。
思わず立ちすくんで、ユキの手をとる八重さんがよかったです。
最初はいまいちピンとこない、遠い中央からのニュースばかり。やがて家族が出征し、戦死の知らせ。仲のいい近所の奥さんも未亡人スタイルになり、そしてついに、目の前に負傷兵が。
こういうふうにだんだん、だんだん近づいてくるんですね。

と、世良つながりで一気に終わりまでいってしまいましたが。
もちろん他にも印象深いシーンはありました。
まずは何回か、しかしさらっと出ていた、「今年は雨が多い。作物の育ちが悪い」「凶作にならないといいが」
これは前回書いた「合葬」にも出てきました。4月の江戸でさらっと出てくる会話に「正月から3日と続いておてんとさまが出ない」。
会津の場合、収入は基本、昔ながらの「米」頼みだったので、ますますキツかったでしょうね。戦争目前で出費増のこの時に。
そういえば会津の大火の時も「不作」と言ってた気がするし、つまりここ最近ずーーーっと、藩の財政は火の車だったんですね。
いや会津に限らず「今年は凶作の恐れもある。誰も戦なんかしたくない」っていうのは、この時の東北の共通項だったわけで。

江戸では上野から慶喜は水戸へ出立し、ここで名実ともに江戸城無血開城が成立。
勝に向かって
「そなたが仕えていたのはわしではない、徳川幕府だ」
と、それまでの孤独感を吐露する慶喜公。あらこの人もやっぱし「寂しい」とかそういう人間らしい感情がないわけではなかったのね。
と、ちょっと同情しますがしかし
「わしに家臣が居ただろうか。会津のように君臣一体となる家臣が」
ってそれはあなた「隣の芝生は青い」よ~。あなたの性格なら、「君臣一体」となる家臣団なんて「ウザくて足引っ張るだけのバカ集団」にしか思えないかもよ~
第一いっくら忠義の家臣でも、あなたがあーんなことしたりこーんなことしたりすれば、そりゃ君臣一体なんてムリムリ あの「家訓」に骨がらみ縛られて忠義心しか頭にないような容保公にしてからが、最後はあなたに愛想つかしてたじゃん あの人が愛想つかすって相当だと思うわ~~~ 
ま会津藩は魑魅魍魎の幕府と違って、もともとがそういう「君臣一体」型の藩だったってのもあるかもしれないけど。でも容保公も養子で入って、そんな藩に馴染んで「一体化」するまで行くには、かなーり苦労があったと思うわよ~。
ってこのシーン見たらおばちゃん、つい慶喜説教モードになってしまいましたスッキリ~ いやこういう「誰にも愛されず、誰も愛さず」みたいなキャラも決して嫌いではないですけどね。「2人の王女」のオリゲルドとか(って唐突にガラスの仮面

会津では、新撰組の土方&斉藤(じゃなくて山口。オニカンも不思議がってたけど、なんで名前を変えたんだろう??)がしみじみと
「会津の殿はよいお方だ。領内に局長の墓を立ててやれと」
野良犬の集まりみたいだった新撰組と、頑固で融通効かない会津藩、いつしかほのかな信頼関係で結ばれていたんですね~。だから斉藤一とか恩義を感じて会津に残って。こういうの好きだわあ 墓前際が今でも営まれてるくらい、斉藤一が会津で人気あるのもわかる気がします。
ちなみに斉藤一は時尾ちゃんと一緒に七日町の阿弥陀寺に眠っていますが、近藤勇の墓は東山の天寧寺というところにあります。当時東山温泉で療養中だった土方が作ったと言われていて、2人の墓碑が並んで立ってるという(レポこちら)。
たぶん土方や斉藤も、実際にこのお墓の前に佇んだこともあったのでしょうね。余談ですが柳沢慎吾ちゃん扮する萱野権兵衛や、その息子・郡長正のお墓も天寧寺にあります。

そうそうそれから、新潟出身者としては「出てきたがね♪」とうれしい河井継之助。
当初中立を貫くはずだった長岡藩は、ノベライズによると
「「人民を苦しめ、国土を荒廃させる戦は避けたい」と新政府軍と交渉したが、決裂したという」。
で、説得に来た佐川に、妙にうれしそうにガトリング砲の図面を見せる河井さん。武器マニア?
個人的には「薩長に劣らぬ武器らて」ってのがよかったです♪「だすけ」や「らて」がつくと、一気に新潟弁度アップするんですよね

ともあれこれで、奥羽越列藩同盟成立!
東北・新潟7県がずらずら~~~っと埋まった地図が出た時は、やっぱり胸が熱くなりました。これほど大量の藩が一つにまとまるなんて♪と(しかしなまじ参加藩が多かっただけに「ほんとは参加したくないんだけど皆参加してるから」という板ばさみ→寝返り藩も多くなっちゃったのかもだけど

ちなみに9月3連休に行われる「会津まつり」には、長岡チームが毎年、奥羽越列藩同盟旗をなびかせて参加してくれます。河井継之助によるガトリング砲実演は、藩公行列の目玉の1つ
この「会津まつり」、長岡はもちろん、桑名藩である三重県桑名市の方々や、斗南藩の青森県むつ市、黒船時代に「会津には海がねえ」と言いつつ海防をまかされていた関係から神奈川県横須賀市、あるいは蒲生氏郷出身地の滋賀県などなど、色んな県が会津ゆかりの縁でもって集まって、盛り上げてくれるおまつりです。2年前、あの風評まっさかりの時期に発せられた「桑名藩主・松平定敬、兄のために馳せ参じた~~~」という口上は、もう感謝以外の何物でもなく
最近では福島市で東北六魂祭もありましたが、こういうふうに色んな地域が集まって何かやるのってほんといいな、ありがたいなと思います だから列藩同盟なんかも、どうしてもどっかで心ワクワクしてしまうんですよね。そのために犠牲が増えてしまったのはよくわかっているのに。  
と同時に、というかそれゆえにというか、同じ「列藩同盟」(?)でも、軍事同盟じゃなく、お祭りとして集まれる現代は、ほんといい時代だと心から。

司馬遼さんは「街道をゆく」の白河編で
「列藩同盟は、徳川への忠誠心を結束の芯にすることができず、せいぜい薩長への反感と会津への同情心という二つの感情を共通項にしてまとまらざるをえなかった。この程度の感情が長続きするわけはなく、まして藩と個々の生命を犠牲にするほどの大義名分にはなりえなかった」
と書いてらっしゃいます。
うんうん「たかだか他藩への同情のために、自藩と個々の生命を犠牲にする」なんて、なかなかありえない、というかほとんどありえないことです。だからこそ来週の
「我が二本松は、敵に寝返って生き延びるよりも同盟の信義を貫くことを選んだ!誇りを持てー」
という言葉はあまりに重くて・・・ただコウベを垂れるのみ・・・

というわけで次回は、あの白河だるまの無邪気な少年たちが
ドラマではあんまし泣けない私も、今度ばかりはタオル持参かもです;;
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コメント

No title

K&Uさん。こんにちは。
まるで視聴者の方々の「わかりやすくして」という声を元に作り上げられたとしか思えないほどのどこから見てもヒールというキャラ設定、強烈でしたね。どうでもいいですがずっとセラのラは阿修羅の羅だと思ってました(勝手なイメージ)。世良公則のセラですね。
なるほどなるほど着火マンとしては役目も果たしたと言えますね。私は史実はわかりませんが脚色としてはくすぶってる反乱分子をあぶり出し大括りに出来たことで兵を分散させる必要はなくなり東に居るやつは全部敵として進軍してくる。さすがに同盟の規模が凄いことになっておりますがそこは鳥羽伏見や会津に下るまでの道筋で絶対的火力の差を計算していたと。もぐらたたきより一辺にと言った感じで。
ただ大所帯になったせいで一枚岩とはいかず後々までキツネ呼ばわりされる藩もございましてなんとも痛い同盟であります。

そしてやっぱりすいません。郡山の星、西田頼母のイントネーションのうちのご近所のおっさんたちと相違ありません。これからますます出演機会が増えますのでちょっと不安です。長い目でみてくんちぇ。

大久保大和とか内藤隼人ってな感じで新撰組隊士は名前を変えるのが流行りだったのかそれとも身元を隠す上でなのかはわかりませんが藤田五郎になる前に山口姓を名乗っていたのですね(これが本名?)。それにしても福島県出身の俳優さんが近藤局長だったのにあんまりフォーカスされませんでしたね。
天寧寺。実は言った事なくて萱野親子の墓もあるなら是非今度墓参りに行ってきたいと思います。

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Re: No title

こんにちは♪
すごかったですね~。思わず笑ってしまうくらいカンペキな「地獄の使者」でした(^^;)
そういえば、変換すると「世良」が一番に出てくるので考えずに使ってましたが、どっちが正しいんでしょね?
(世良公則なつかしい(>▽<) 去年あたりTVで見た時、あのお年でもピチTシャツとピチジーンズが違和感なくて尊敬しました!)
私も世良は役目を果たしたと思います。私も史実はまったく詳しくないんですけど、前後から考えると新政府は、とにかくここだけは討伐しておかないとっていう存在の会津を、奥州に対する踏み絵として使って、命令どおり踏むならよし、踏まないならもろとも討伐って思っていて、結果がどっちに転んでも(例え世良を使い捨てにしても)OKだったんじゃないかと。奥州の雄藩たち(しかも会津と長く交流がある)に「中立」なんてあぶなっかしい立場でいられるよりは、いっそ敵として叩き潰した方が後々よほど安心でしょうしね。「命令をきかせたい」という目的が第一なら、もっと交渉できる人間をよこしたはずでしょうし、「惜しい人物を亡くした」っていう評価がもっと新政府側から上がったんじゃないかと。
そうなんですよね~。大所帯になったことは感動的なんですけど、なまじ大所帯になったばかりに(T_T) なかなか二本松みたいにはできないです~個人でも組織でも(だからこそ二本松が語り継がれるわけで)

アハハ西田頼母、やっぱりですか(>▽<)
私カトチャのあのとぼけた口調は、お笑い芸人ゆえかと長らく思ってたんですが、中通りならではの味だったんですね♪しかし西田頼母の、カトチャばりのとぼけた口調は、頼母を「人情派」あるいは「人情派という腹芸も使える家老」という、いずれにしても器の大きいキャラとして見せるのに貢献していて、ハマってると思います(リアル頼母が人情派だったかどうかはともかく(^^;))

斎藤一って、変名履歴見ると二郎とか五郎とか、必ず数字を入れるんですよね。その意味不明なこだわりがなんだかおかしくて(>▽<)
えっ近藤さんの人って福島出身だったんですか!!全然知りませんでした;;それはもっとアピールしてもよかったんじゃ>NHK
萱野親子のお墓は、局長のお墓に行く途中にあって、局長のお墓がやたら急勾配の山の上にあるので、一休みポイントとしてもいいと思います♪(小田山よりも本格的な山道なので、お天気のいい日をおすすめします)
私たちは当時、萱野親子とか全然知らなかったので、お墓も「ふーんなんだか有名な人らしいね」でチラ見だったことが今になって悔やまれます(^^;)

いよいよあす・・・

おばんです!いつもながら、力の入った書評、ありがとうございます!!

やっぱり私のいちばんのキモは「なーんもわるぐね」っていうところが、もう今の福島とだぶってだぶってしょうがないというところ。。。。。

そして、米沢よ・・・仙台よ・・・新潟よ・・・の、それが現実にダブリ感動です。

そして・・・・たのもさんの会津弁ン!!たしかに会津弁じゃないって言われて苦労しているそうだけど、確かにあれはふぐしまべんだない・・・
そうか八重見てもどうも、言葉がこんなだったかなー、役者が下手なだけなんかなーと思っていたら、中通りと会津との言葉の差だったのかもね。

明日は二本松だから。。。(涙涙・・・

でも・・・「現実の悲劇に飽きた人たちが、福島を仮想悲劇にしたてたいんじゃない」という意見を診たのですが・・・
そんなじゃないのになー
明日はそれが顕著になってしまうのかなあ

でも、人の感じ方は、誰にも強制されないもんね

あと・・・八重を見て、咲さん(仁)思いだした。仁では、かなわぬ恋だったので、今回は尚さんと思いが通じているのが、よかったなあと思っています。

では、また明日!!

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Re: いよいよあす・・・

Kさん
だよねえ。やっぱりかぶるよ。
(あ、それについて昨日だったかな?そちらに追加で内緒コメしたんだけど、届いた?なんか「不正投稿です」って出てやり直したら「同じ内容が投稿されています」ってなっちゃったのよね;;)

私も会津弁って未だよくわかんないんだけど、でも頼母の口調は耳に馴染みがない、というかやたらドリフが思い起こされるのよね(^^;)
新潟も、上中下越でけっこう使う言葉もアクセントも変わるっぽいんだけど、福島もそうなんだね。やっぱし広いんだなあ。

ええ~それはまたうがった見方だね~>「現実の悲劇に飽きた人たちが~」
まドラマってのはある程度そういう「現実に飽きた人たちのための仮想現実」って側面はあるのは確かだけど
でも「福島を仮想悲劇に」って、福島はまだ「現実の悲劇」が続いてる最中だと思うけどなあ。
まあ、感じ方が違うってことなのかな?

私「仁」って見てなかったんでよくわかんないんだけど(^^;)、ドラマの尚さんはダンナとして最高だと思う!
八重ちゃんいい人の嫁になってよかったね~と思うよ(^^)
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