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八重の桜・第20話

八重の桜・第20話の感想です。

先週、徳川の世が1日でひっくり返り、それを受けて今週は慶喜公&殿そして会津藩士たちの大阪行きが決定。
怒り沸騰の会津藩士たちを収めたのは、修理の言葉「殿が朝敵になっちまうぞ」。
ああこの言葉を修理が言うのは、もはや二重の暗示ヤダワ~

というわけで皆が京都を離れることになった中、こちらは一人残ることを決意する覚馬。
骨の髄から会津藩士で=幕府への忠誠心を持っていて、しかもけっこう熱血漢であるあんつぁまがこの決断をするのは、人一倍辛いことだったでしょうが、「後方支援業務」に道を見出し。失明の運命をだんだん受け入れつつあるんですね。

京に来ていた家族たちも、同時に都落ちの準備を。
二葉さんは江戸に行くんですね。あらまあこれがあの時の赤ちゃんですか 会津のあんちゃんたちが3人揃って楽しそうにしていたあのシーンを思い出します
そうかあ武士の子はこんなちっちゃなうちから「武士なら泣くな」と教えられて育つのか。そういや武者小路実篤は、戦前の学習院を描いた小説で「公家の子は親に「喧嘩をするな」と言われて育ち、武家の子は「喧嘩に負けるな」と言われて育つ」みたいなことを書いてたな~。

ようやく江戸にたどり着いた二葉様。これって徒歩ってことですよね いやはや~こういう時、つくづく現代に生まれてよかったと思います
と思ったところで、チンピラ浪士に遭遇 薩摩がこうした浪士たちを使って、なんとか江戸の方から戦争を起こさせようと挑発を繰り返してたんですね。そして真珠湾攻撃へ
勝気な二葉様がヤバくなったところで、ここを助けたのがテイという女人。うお~う時栄さんに続き、この人も出てきましたか こちらはどういう経緯を辿るのか具体的に知らないので(個人的には覚馬&うら夫婦より泥沼な印象がありますが)、今後が楽しみというかなんというかです
無事に平馬さんとも再会できて、久しぶりの一家団欒。ほのぼのシーンを象徴するように飾られる懐かしのあのお人形ですが、テイさんの名前が出たところでピシッとヒビでも入るんじゃないかと思って緊張しました

とそこに、庄内藩がパールハーバーへ飛び立ったとの知らせが しかも慶喜が、海外使節たちとの会談にいい手ごたえを感じていた時に
(いやもちろん、薩摩藩邸焼き討ちとパールハーバーじゃ、計画や背景は全然違いますけど
私も会津藩士同様、単に「逃げたのか」としか思ってなかった慶喜公の都落ちですが、大阪で次の手をちゃんと打ってたんですね しかもかなり効果的な手を!
幕府の上の朝廷の上の外国勢力の権威を借りるなんて、いや~なかなか思いつかない盲点だわ~~~ 「海外との関係」という発想がぱっと出てくるあたり、やっぱしこの人の幕政改革はきっと方向的に間違ってなかったんだろうと直感的に思います。ほんとに~武力倒幕なんてやっぱ必要なかったじゃんね~(まだ言うか
しかしことここに来ては、もう後には引けない西郷たち。必要ないどころか、こうなったら是が非でも武力倒幕せにゃならんという。あ~こういう考え方になるのもよくわかります わかるだけですけど。
「人は変わることを恐れる。たとえそれがどんなに悪い世でも」
っていう、これまた一見説得力があって「そうだ!俺はそんなふうに変わることを恐れる臆病者なんかじゃないぜ!」みたいな勘違いを大量に生みそうなセリフを吐いての対抗策が、「江戸で暴れる」。
もう「なりふりかまわず」ってやつですね。勝さんも、柿握りつぶしてグヘとか笑っときながら、今更「俺は驀臣だ。西郷みたいなモンスターに火をつけちまったのはこの俺だ」とか言っても遅いです~ 西郷じゃなくても「ヘイユー!幕府なんか潰しちゃいなYO」にしか見えませんでしたもんあのシーンは
ともあれ今回はこのシーン、不吉な琵琶の音に乗って、燃える夕焼けの中を現れる西郷さんがサイコーでした「これはギャグか?」とか思って
この大河ドラマって時々「カッコよすぎてもはや笑っちゃうシーン」を、なぜか無意味に入れてきますよね、覚馬が弾丸をよけたりとか 西郷が退出する時なんか「琵琶の人、弾きすぎ」とか思っちゃいましたよ(それともあの人には何か深い意味があるのだろうか??)

しかし慶喜も、これにはガックリ来たろうな~~。幕政改革がうまくいってたとこでガックリの大政奉還、しかしその大政奉還をなんとか逆手に取ったところで王政復古、めげずにその巻き返しを図って、しかもそれがうまくいってたとこで今度はパールハーバー。私だったらなんかもうやめたくなっちゃうな 
なのでこの時の慶喜のガックリはかな~りわかる気もするし同情しますが、しかし「戦をしなきゃあの怒りが俺に向かってくる」って、えっちょっと待ってちょっと。それが理由~~?だってトップってそういう役割なんじゃないの~??って下々の者は簡単にすべてをトップに押し付けてしまってごめんなさいだけど、やっぱしそれがあるからトップって普段うまいもん食うのが許されたり皆に気遣われたりするわけで。

さて会津パート。
「わがんねえ。なんで会津が都を追われにゃならんのか」
と、「まったくだ」とうなづいてしまう感想をもらしながら、おとっつぁまたちも続々と登城。ちなみにこの「雪の鶴ヶ城」はホンモノでしたね♪ やっぱしホンモノが出てくるとうれしいです~~~ 篭城戦も、できる限りホンモノでロケしてほしかった。もっともそのために再びボロボロ鶴ヶ城になっても困りますけど

一方、会津の女たちもいよいよ「銃後の女たち」な様相になってきて、皆で諏方神社への願掛け奉納物製作を。
八重はもちろん、山川家や西郷千恵さん、ユキに時尾に竹子さんにさらには照姫と、久しぶりに女性主要メンバー勢ぞろいでしたね~♪今回はいつものなぎなたの道着じゃなく、ちゃんとした着物なので、集まるとそこはかとなくセレブな雰囲気が漂ってて「あ、やっぱしこの人たちって上流階級の武家の子女なんだ」と初めて思えました。

ところで私こういう「お国のために」と張り切っちゃう女たち、例えば「国防婦人会」みたいなのって、ヤーなイメージしかなかったんですけど なんかほら、「私たちはお国を支えるために一生懸命です」を過剰にアピールするあまり、人間らしい情を解さないというか、ちょっとでも自分らの価値観からハズれてる人を見つけようもんなら、女特有のヒステリックさで糾弾する、監視組織みたいな印象が ほらあの、遅れてきた竹子を口やかましく非難したおばちゃんみたいなのの集まりなんでしょみたいな。
でも今は、もしかしたらそういう「国防婦人会」とかで頑張ってたおばちゃんたちって、今なら被災地で率先して自分たちで炊き出ししちゃうような、そういうおばちゃんたちだったのかもという思いがじわじわと。中にはもちろんそういう正論好きなヒステリックババアもいただろうけど、そんなんばっかじゃなく、自然と「何かしたい」と思っちゃうような、そんなおばちゃんたち。さっきからおばちゃん扱いしてすみませんが、どうも私の中ではイメージ的に
この「私もお役に立ちたい」という気持ちは、よーくわかります。竹子の「数にも入らぬ我が身なれども」という思いですね。とても素直な、当たり前の感情で、世界をステキなものに変えてくれるのはこの気持ちだと思います。
であるとともに、この気持ちは世界をグロテスクにもするという実感もヒシヒシと。私の理解的には、ガン細胞を死滅させてくれるけど、他の細胞も殺しちゃうよという、抗がん剤みたいなって何その突飛なたとえ。いやでも「お役に立ちたい」に限らず、世の中のいいもん悪いもんって、たいていそういうもんよね。いいもんか悪いもんかで分けると、大抵はいいもんでもあり悪いもんでもある。そして僕は途方にくれる

おっと会津に話を戻してと 
この竹子の歌は、娘子隊として城下へ向かう時、なぎなたに結びつけた歌だと言われていますね。この歌はほんとにいい歌だと思います。真情をカッコよさでくるんで、しかも余韻がある。
ちなみに「娘子隊」っていうのは、中野家の女たちが中心となって、照姫様の護衛をしようとなぎなた片手に城下を移動するうち、戦乱に巻き込まれてしまったというもので、「白虎隊」みたいにちゃんと組織された隊ではありません。ただ「城下で戦(うハメにな)った女たちのグループ」という意味ですね。
八重の歌は、技巧があんまなくて真情そのままの素直な歌だという感じがしました。これも実際に八重が詠んだ歌なんでしょうかね?
照姫様はその美貌もあいまってか、ひとつひとつに説得力がありますね。篭城戦では女子たちの精神的リーダーだったそうですが、納得の存在感です。

そして八重ちゃんちに遊びに来た竹子ちゃん。
このシーンもよかったです♪竹子もやっぱ美貌のせいか、言うこと1つ1つがキッツく感じるんだけど、相手が負けず劣らず気が強く、しかも大らかな八重ちゃんでよかった 何より「わたしも同じ~~♪」と理解しあえる友達の存在っていいもんだな~とか再確認させてくれるような。

さて京都では、いや大阪か?ついに始まった鳥羽伏見の戦い。
あーんな近いところで向き合ってたのかしら!?なんか、私が戦争の現場を知らないせいか、三郎が参戦してきて「おお来たか~!」「会津の男らしく立派に戦え!」なぞと言われているせいか、個人的にどうも戦の恐怖よりも、運動会の騎馬戦前みたいなドキドキ感の方が大で。まTVで見てるだけだからでしょうけど
でももしかしたら、もしかしたら実際の戦もこういう「血沸き肉踊る」みたいな感覚が(死の恐怖を忘れるためもあって)死の恐怖を上回ってたのかもしれんとか。いや人によるかな。やっぱしよくわかんないな。戦の前と始まっちゃった後ではまた違うだろし。
というわけで、戦シーンはよくわからず。わきあがる感想としては
・なんか最近、どんどん斉藤一がカッコよく見える あの野良犬みたいなギョロギョロ上目遣いがやたらハマってて♪
・砲弾の音って京都にまで聞こえたのか!(京都と鳥羽伏見の位置関係ほとんど知りません) ついにあんつぁまが薩摩につかまってしまいましたね~
・前回銀ちゃんがフィーチャーされてたのはこのためか!しかしまさか、「権助座り往生」とは!!(これは史実??じゃないよねえ
これも私的には「弾をよける覚馬」や「琵琶の音とともに現れる西郷」と同じくらいの「ギャグ!?」としか思えないんですが、まさかそんな不謹慎なこたするわけないしなあ 実際私の父ことじーちゃんなんかは、満州引き揚げの際、四つんばいでカッと目を見開きカッポリと口を開けという、無念極まる恐ろしい形相で死後硬直していた遺体と対面したことがあるそうですから、気を張った戦場での座り往生も描写としてはアリなのかもしれませんが
しかし、銃を構えてるとこに槍で突撃って、指揮する林さんとかも切ないだろうな~~~。会津側の大砲ももはや無用の長物みたいになってるし。やっぱしそんな戦はしちゃいかん、させちゃいかんと痛切に思います。

次回は・・・ついに錦旗が上がってしまいますね~~~ ああやだな~。そのシーンを見たいような見たくないような。
そして修理が、三郎が。ああ~~~~~次回はひたすら重苦しい話になりそうな予感です
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テーマ : 大河ドラマ - ジャンル : テレビ・ラジオ

コメント

No title

こんにちは。
正直、今後の展開を思い目を逸らしたいなんて衝動にかられるとは自分自身思いもよらず。そこかしこに散りばめられる悲劇への布石に心が折れそうです。
とはいえこの大河ドラマを自分なりに心に留めたい意思が勝りますのでタオル持参で来週は刮目することになりそうです。
それにしても覚馬が鳥羽伏見で鉄砲や大砲を撃つ事なく薩摩に捕まってしまうってのが哀しかったです。捕縛される相手が長州だったらにすぐ殺されていたことでしょうけど。
鳥羽伏見で対峙するシーンは映画壬生義士伝を思い出しました。やはり鉄砲に槍や刀で切り込んでいくさまはなんとも切ない。そして権助の死に様は壮絶であったとシバリョウも言ってますのでやりすぎ感は置いときましょう。

テイさんにおいてはK&Uさんオシメンのドラゴンハジメとご夫婦出演ですね~。
時栄にしてもテイにしても時尾にしてもそしてもちろんジョーにしてもみんな二番目の方々が続々出演(まだまだあるかな?)ですがNHK的に「幾久しく」じゃなくて人生×が一個あるくらいが幸せ路線でいいのかな?そればかりが気がかりです。(^^;)

Re: No title

こんにちは♪
アハハ(>▽<)やっぱりハンカチじゃ足りませんよね、タオル必須!
ほんと、これからは「見たい!けど見たくない!」のシーンの連続になりそうです。おとっつぁまが死ぬとことか、見たくないなあ;;
壬生義士伝にも、やっぱりそういうシーンがあるんですか。よく土方をを評して「剣に生きた男が鉄砲によって死ぬ」といった言葉を聞きますけど、これは文学的誇張でもなんでもなく、また土方に限らず、そういう人がこの時代はいっぱいいたんですね~。
権助さんは壮絶でしたね~!個人的には壮絶すぎて、他の人はどんな死に方になるんだろうと、今や変な期待までかきたてられてます(^^;)

あっあの人ってドラゴンアッシュの奥さんですか!てかドラゴンアッシュ結婚してたんですか!いつのまに(^^;)
そういえば「八重」に出てくる2番目の方々って、比較的幸せだったように見えますね(時栄さんは微妙ですが;;) 「たとえ1度や2度うまくいかないことがあっても、人生やり直せるさ」という、これも広い意味でのNHK的復興支援!?

武力倒幕は本当に必要だったのか?

これも興味深い考察ですね。

色々あると思いますが、まずは

「さあ、新しい政府ができましたよ、皆さん集まってください」

という感じで幕府が大政奉還して天皇を中心とした新体制で政治を始めようとしたけど、まだ当時は旧幕府に従うべきか、新政府に従うべきか、どっち付かずで成り行きを見守ってる藩が多く、新政府の呼びかけにも人が集まらない。

そして、このままだらだら新政府の体制が決まらない状況が続けば国全体的に混乱する。

そういったなかで武力倒幕派は「衰えたといえ、根強く残っている幕府の呪縛を完全に切り離し、一刻も早く新体制を作らなければならない」

といったとこでしょうか?

ですから戊辰戦争の目的は「これからは幕府じゃなく天皇を中心とした政府なんだよ、従うか?従わないか?」
を決める戦いといえましょう。

それと是が非でも幕府を倒さねばならぬ理由、見方を変えればそれ程幕府に対する不信任が強かったと言えますね。

幕府の寿命が急速に縮まったのは長州征伐、

第一次長州征伐において幕府側代表を勤めた尾張藩の徳川慶勝には幕府より全権委任され慶勝が決めた決定は最終決定となるべきはずでした。

慶勝としては国が内外とも大変な時期に争っている場合じゃないと、長州側の禁門の変責任者を処罰してなるべく穏便な方向を示して兵を引き上げさせたのですが、幕府としてはここでいっきに長州を叩いて権威を取り戻す方針でまた戦争へ戦争へと動き出す。

さすがにこの幕府の姿勢には今まで幕府寄りだった藩からも批判されることに、

長州が原因を作ったとはいえ、一日本国の領土が外国に脅かされてるのに、積極的に止めこともせず、むしろ長州が外国に攻撃されるのを歓迎してた幕臣もいたといいます。

これが日本を任せる政府の姿としてけっして正しいことではないですね。

これからは多くの意見を取り入れて政治をしなければならないといった風潮が芽生えていった中で最大の障害は幕府でありました。

会津が他藩から恨みを買った背景には長州戦争の大きな推進勢力だったことにあります。

結局、国に未曾有の危機に陥った場合、現体制を強化するか、まったく新しい体制で望むかのどちらかになるのでしょう。

Re: タイトルなし

武力倒幕≒戊辰戦争の意義は、やっぱりそこら辺にあるんでしょうね~。
目に見える形で&後顧の憂いを断つように、はっきりと潰しておかなきゃいけない。多少言葉を悪く言いかえれば「見せしめ」的要素も多分に。

ああ、それで勝なんかは「内戦を避けない幕府なんて大バカ野郎だ」というスタンスだったんですね。幕府を大切に思えばこそ。
私としてはやっぱり「長州戦争という内戦はダメで、戊辰戦争という内戦はいいのか」という思いがぬぐえませんが、それはさておき。

現体制の強化さもなくば新しい体制、どっちも厳しいですね;;現体制がある程度問題を内包しているから未曾有の危機になってしまうわけで、それをそのまま強化したら問題点もそのまま強化されそうだし。
かといって、未曾有の危機に際していきなり新しい体制にしても、人がロボットみたいにプログラミング可能でもない限り、必ず急激な副作用がつき物ですから、それに目をつぶって推進するには相当の強制力が必要でしょうし。私としては現体制の強化の方が内的ダメージはまだ少ない気がするので、そうしつつ、問題点にパッチを当てる感覚で部分的に新しく変えた方がいいんじゃないかなんて思ってしまいますが、たぶんそれをしようとしたのが末期幕府だったんですよね。広く意見を求めたりして(それも旧態依然のお偉方たちと意見が合わなかったりして、結局「幕府が弱まった」との実感を与えるのみになってしまったのでしょうが)

幕府(の江戸方)や会津は、言ってみれば「今が未曾有の危機であることを認めない」だったのかもしれませんね。あわてず騒がず、今までの状況を保つことの方が重要という。私もそういうとこがあるので、なんだか他人事とは思えません(^^;)

No title

どうも!これおもしろいよ。https://twitter.com/imo_to_complex/status/336090177585942530
稲森ちゃんは、反町以上のいい男をみつけてほしい!(あれ?反町もなんかで出てるよね)菜々子さんより稲森さんのほうがずっといいと思うけどな。

それとね、会津VS長州より、ホントVS薩摩なの?という気が。。。
・・・・今頃、篤姫おもしろいね~なんて言っていた数年前の自分にむかつく私だよ。
それに、こんな歴史を全く知らずに、福島の子供として社会で西郷隆盛を普通に習っていたことを思うと、なんか悲しくなった。(恥ずかしくなった。というか)

しかし・・・ほんとに惜しかったね。鉄砲。覚馬さんもう少しだったのにね。

人生×が1個あるほうが~~~かぁ~
ジョーは結婚後いまいちだからね・・・。今回もダメだったらもうやばいね!
×になったほうがいいんじゃないか?とすら・・・

そうですか、私は逆で会津系の本には「長州戦争が良く戊辰戦争はダメ」みたいなニュアンスで書かれてるのに疑問を感じますが、そもそも戦争に善も悪もないと思ってます。

政権交代の見せしめの為の戦争

ある意味やり過ぎかもしれませんが、現代のようにネットもマスメディアもない当時、国民に強く印象付ける手段だったかも、

これは差し引いて考えなければならないことで、現代に置いては「戦争してでも」という感覚はもちろん受け入れがたく、そんな考えを持ってる人がいたら非難の対象となりますが、幕末当時はまだ武力をもって政治的解決する手段がまかり通った時代だったことですね。

もちろん話し合いで解決するに越したことないのですがやむ得ぬ場合は武力解決

一般に平和論者と言われる坂本龍馬も幕府が大政奉還しなければ武力倒幕もやむなしと考えてました。

武力解決手段は幕府も会津も薩摩、長州も持っていて、決して武力倒幕派だけが当時の常識範囲を逸脱した好戦グループではないことですね。

現代の価値観から見れば他に解決方法はあったはず、とついつい思ってしまいますが、当時価値観は差し引いて考えなければならないでしょう。

現状の体制を維持しながらの改革ですが、

200年以上体制を維持してきた幕府ですから何もかも先例重視という形になっており新しいことを取り入れることに消極的だったといえます。そんな幕府を改革するとなると一年、二年の改革でなく十年、二十年といった長期的スパンでの改革は必要となるでしょう、

もし武力倒幕がなされなかったとしてもやはり幕府にはかなり痛い思いをする改革は必然的だったと思います。

Re: タイトルなし

T.Nさん
「長州戦争が良く戊辰戦争はダメ」といったニュアンスがあるんですか?
私は会津系(?)で読むのは野口信一さんくらいなのでよくわからないのですが、会津から見たら「長州戦争の頃が一番良かった。戊辰戦争はよく頑張ったが悲惨だった」という感じなのかと思ってました。というか私がそう思っているというか。あ、もしかしてそれが「長州戦争が良く戊辰戦争はダメ(=悲惨)」ということかな??

私が「長州戦争はダメで戊辰戦争はいい」というのは「長州戦争は内戦で、内戦すると列強にチャンスを与えるからダメ」という理由で回避しようとしたなら、戊辰戦争も条件は同じじゃないかと。なのに同じ内戦である(どころかもっと規模が大きい)戊辰戦争の時には、なんでそういう理由が適用されなかったのか、おかしいじゃないか、という、まあ納得いかないという感情の部分ですね。

はい、感覚の違いは判ります。
今の日本でこんなに「戦争は悲惨なものだ、戦争するくらいなら戦わずして降伏した方がまだマシ」という感覚が広く共有されているのは、あの太平洋戦争で敗戦したからでしょうから。それ以前は、特に武士階級では、そんな感覚はありえなかっただろうと思います。

明治以降、日清日露第1次第2次と日本は戦争を体験してきたわけですが、「本土をメタメタにやられる負け戦」っていうのは、太平洋戦争だけなんですよね。戦争ってここまで悲惨なことになるのか、と初めて思い知るような戦争は。プラス、占領軍の「戦争放棄」の宣伝がうまかったことも大でしょうけど(戊辰戦争の時は「戦争をした」ことは罪状にならなかったと思います。「「戦争」は罪じゃないが「朝敵」は罪」という価値観というか)

あの昭和の戦争になったのは、もちろん世界恐慌とか色々な外的要因の方が大きいとは思いますが、庶民感覚のベースの部分に、そういう「明治以来の勝ち戦しか知らない=戦争とはこういうものだ」という感覚が(ちょうと今私たちが「戦争とは悲惨なものだ」という感覚があるのと同じように)あったのと、あとやっぱり行き詰まり感があったのかなと思います。この時代がいつまでも続くような感覚がどこかにあって、それに甘えるというのか飽きたというのか、どこまでも続くと思えばこそ壊したいと願うような感覚があったのではと、大正時代なんかを思うにつけ。決していつまでも続けたいと思うような、全方位的バラ色の時代ではなかったですしね(どんな時代でもそうでしょうけど)。そして現代も、そういう感覚がベースに溜まりつつある時代な気がします。無風時代がもう60年以上続いているし(震災はありましたけどね。やっぱり関東大震災同様、若干「局地的」という気が)。
西郷が「人は変わることを恐れる」と言ってましたが、あれは印象操作で、決してそんなことはないと思います。むしろ何の変化もない方が耐えられないという人の方が多いのではと思います。年取るにつれて今度は変化に耐えられなくなってくるのも確かですけど(^^;)

江戸時代も、ベースにそういうものが溜まりまくってたんだろうなと。60年どころか200年以上ですもんね。そこに外的要因で風穴が開けば。
なので、幕府が終わるのは、やはり歴史の必然だっただろうなとは思います。正直、戊辰戦争がなかったとしても、今私たちが「SHOGUN」を抱いて生活してるとは思いにくいですもんね(^^;) ただ、明治維新のように、あそこまで急スピードで変えようというのは、私にはやはり無謀に思えてしまうんですよね。ま勢いがある時っていうのはそういうものかもしれないので、これまた歴史の必然かもしれないのですが、慶喜による立憲君主制というのも、わりと目前だったかもしれないと思ってしまって。

もっともここら辺は歴史のifで、ただ「ああかなこうかな」と思っては楽しむに過ぎませんけどね(^^;)

Re: No title

Kさん
ツイッター、確かに(>▽<) あれ竹子が歌うまかったからいい感じにその場が収まったけど、ビミョ~な歌だったらその場の空気もビミョ~だったよね(^^;) いやでも照姫ならきっとうまく収めてくれる!?
稲森さんって私あんま知らなかったんだけど、照姫にハマってるね~♪ え?反町の元カノだったの!?稲森さんが篭城する鶴ヶ城に向けて砲撃する役で出てくるよ~~!

うん、私も「八重」見てたら「どっちかというとvs薩摩が本当なんじゃないの?」という思いがジワジワと。ていうかなんか会津と長州って、もしかして似たもの同士?って気がしてきて。「仲間を殺されてこのまま降伏できるか」みたいに、理念に向かって一直線なとことかさ。目的が同じ味方同士でも、手段が違えば敵同士になってしまうというのが私の実感なんだけど、会津と長州は「目的が違う敵同士だけど、手段や考え方はけっこう同じ(だから目的さえ同じならお互いこの上ない理解者になれるのかも)」という気がしてきたよ「八重」見てたら。で会津も長州も、結局は薩摩の手の上で転がされていただけみたいな感じが(^^;) そういう意味で西郷隆盛って「やっぱし器がデカイ」と感心してしまうわ~
そういや会津の郷土史家・野口信一さんていう人の本だと「戦後、敵ながらも会津藩に同情し、再興に尽力したのは長州で、薩摩は一向知らぬ顔であった」ともバッサリ書いてあったよ(^^;) それでなんで「vs薩摩」にならなかったんだろうね??やっぱし西南戦争で仇を討てたからなのか、それとも薩摩がそこら辺ウマかったのか???

いや篤姫はやっぱし面白いよ!原作しか知らないけど(^^;) そんであの人の場合は「実家の薩摩より婚家の徳川家」って価値観だし。私的には「出自の低い女と、迎え撃つ上流階級の女たちとの争い」とか「江戸方と京都方の女たちの争い」とかがほんと面白かったなあ(>▽<)あとセレブっぽい衣装とかイベントとか、そういう細々としたとことかね♪ 

ね~あの鉄砲が届いてたら・・・篭城戦がもうちょっと長引いたかな??でもやっぱし、銃vs.槍はキビシイよ~(ToT)

あ、ジョーって新島ジョーでなく、オダギリジョー?(>▽<)なんだか当初の予定より会津編が長くなりそうで、私的にはうれしいけどジョー的にはどうなんだろね?(^^;) 京都編もわりと見るの楽しみにしてるんだけど♪
そういやオダギリジョーってさ、確かオーラの泉で「タチの悪い霊をアメリカで拾ってる」つって、番組中に異例の除霊されてなかったっけ?浮き沈みが激しいのは、もしかしてそういう体質(?)だからかも!?(>▽<)

No title

どうも!そう!?やぱり思った>薩摩の手のひらで・・ってとこ。
長州と会津が似ている、これもわかるな。この大河ををきっかけに過去の仲悪い歴史が解消されたらどうかななんて、希望的なことも考えているんだよ。私。だって長州のこと悪く思えないんだもん。

それと同時に、放射線の危険派と安全派ももしかして魂の深いところで似ているのでは?ということは、ないかなあ・・
ほら、ケンカする子供ほど、共通の関心があるからほんとは仲がいいんだって、育児のなんか相談コーナーでならったような・・・

成功の反対は失敗じゃなくて「無関心」だっていうじゃん、それみたいに、大体数の、今はもう忘れているくせに「なんとなく福島の野菜はなあ」って感覚で避けているような。そういう人たちであってさ・・・ほら、山形の土を受け入れるのは知事が配慮した「何となくな不安を持つ大多数の県民」という、そっちの人たちが一番、大変なんだってこと。。。

いまだに、自主避難とかあとは危険だ危険だって言っている人たちは、本当は、「安全だよ!!科学を学ぼうよ」って言っている私たちと似ていて、どこかで何かのきかっけで手を結べるのではないかな。これほど真剣に忘れないで居られるというその1点で。

陰がなければ光もない・・・今、2つの勢力(??)はそうともいえないかなあ・・・

で・・・稲森さん反町君はビーチボーイズ共演きっかけに、、
http://image.search.yahoo.co.jp/search?p=%E3%83%93%E3%83%BC%E3%83%81%E3%83%9C%E3%83%BC%E3%82%A4%E3%82%BA+%E3%83%89%E3%83%A9%E3%83%9E&aq=-1&oq=&ei=UTF-8#mode%3Ddetail%26index%3D47%26st%3D1538

稲森さん、義経の母役(大河)もよかったよ。幸せになってほしいです。

「長州は会津の再興に尽力し、薩摩は一向に知らぬ顔」と野口信一氏が書かれてたのですか

うーん(*_*; どうも私はこのあたりについて行けないですね。

薩摩が一向に知らぬ顔とは野口氏は何を根拠にそう発言してるのでしょうか?

ちゃんと薩摩の人々を丹念に調べ明確な資料を提示して述べるのなら分かりますが、ピンからキリまでいる薩摩の人々をひとくくりに薩摩と表現し批判してるのは余りにもいいかげんですし、薩摩という地方にすんでる人々に失礼な発言です。

よく調べてないのであれば中途半端な批判は慎むべきだと思います。

愚痴ってすみません。K&Uさんには全く関係ないことですから、

私は会津が嫌いでなくむしろ好きです。だからこそ、ネットや色んな場面で「会津観光史学」、「怨念史観」と揶揄されてしまってる現状にもう少し耳を傾けて貰いたい思ってます。

会津には野口氏の他に畑 敬之助先生がおられます。

畑氏の著書で「戊辰怨念の深層」という本があるのですが、これは会津につきまとう長州に対する怨念に長州側の資料も多く取り入れ、論理的に分析したもので、時には厳しく会津側を批判してます。

畑氏は会津生まれで会津史談会の顧問を勤めてる方で人一倍会津に詳しい方です。会津に対する厳しい見方も逆に会津、歴史をよく知らなければ出てこないことですし、本当に会津を思っていればこそ会津のプラス面、マイナス面も素直に受け入れることができるのでしょう。

会津の美点だけ取り上げ批判を他に向ける会津系の歴史家が多い中で私は畑氏の姿勢を支持しますね。

「戊辰怨念の深層」、ぜひ会津好きな人には読んでもらいたい一冊です。

野口氏の話に戻しますが、歴史本は数多く溢れていて、中には良質なものと悪質なものも有ります。

私が良質だと思う歴史本は細かく参考文献、参考資料が記載されてるものですね。

明確な根拠、情報源のハッキリしない記述は信用しないです。

時々、不明確な情報「薩摩は知らぬ顔」みたいな情報で歴史掲示板が荒れてるのを見るとむなしくなります。


Kさん、歴史の授業で西郷隆盛を習ったことを悲しいなんて思わないでください。

歴史は答えを急ぐことはないですから、むしろこの機会に西郷隆盛とはどんな人物だったのか納得いくまで調べるのもいいかも知れませんよ。

余計なお世話ですみません。

Re: No title

Kさん
うん。ていうかそもそも「ほんとに仲悪いの??」ってのが実感。少なくともママさん世代でそんな「長州許すまじ!」なんて人は、いないと思うんだけどなあ。なんていうの、郷土のシンボルとしての地元の歴史は敬愛しても、そんなに特別地元の歴史に興味ないというか。「会津武家屋敷」とか「歴史上の人物の墓参り」とか、地元の人は好き好んで行こうとは思わないのと同一線上で(だから管野さんの本見てい驚いたのよね。「えっ同世代でもこういう人がいるんだ!」と)。

危険派と安全派は似たもの同士、あるある~~
私のイメージだと、真ん中0の数直線があって、プラスに行けば行くほど安全寄り、マイナスに行けば行くほど危険寄りだとしたら
プラス3とマイナス3、プラス5とマイナス5、みたいに、0からの距離が同じ人は、主張が裏返しの似たもの同士って感覚があるよ。なんての、主張は正反対なんだけど、その主張の仕方というか、言葉の選び方から行動様式まで、つまり根本的な考え方というか、考え方のクセ・嗜好が同じなんだよね。主張ってけっこう、上書き可能だけど、こういうクセは個人的・根本的なもんで容易に変えられないから、下手すりゃプラス3とプラス5の人同士より、わかりあえるんじゃないかとも思うよ。ただ「同属嫌悪」ってのが発生するかもしれないけど(^^;)

「何となくな不安」が一番てごわい・・・ああこれもわかる気がする~~
三谷幸喜の「12人の優しい日本人」っていう映画でさ。「被告は犯人じゃない」っていう平々凡々としたおじちゃんおばちゃんが、「なぜそう思うんだ」って、あったまいい「被告が犯人だ」側の人にさんざん問い詰められてさ、その答えが「なんとなく・・・」「見た感じそう思えないから」ついには「フィーリングかな~」(>▽<)。「だって私はあんたたちみたいに頭もよくないし弁も立たない。あとはフィーリングしかないじゃないですか!」って言うの。
三谷さんいわく「論理に強い人は論理で転ぶ。感情で決める人は容易に自分の判断を変えない(どっちがいい悪いじゃなく)」ってあって、ああなるほどな~と思ったよ。フィーリングの人は、ま付和雷同の人もいるだろけど、底では他人を納得させる言葉とかに依ってない、自分の資質とか経験とか、そういうまさに「自分で判断」してるんだよね。言い換えれば、数直線上で「論理的・科学的に考えてマイナス100」のとこにいる人と、「フィーリングでマイナス1」の人がいたら、マイナス1の方が「たかが1されど1」で、容易にプラスには変わらず、けっこうマイナス100の人の方がプラスに変わりやすいみたいな(そのかわり、今度はプラス100になっちゃって「オイオイ」みたいなことになりがちかもだけど(^^;))

で、私もまさに「フィーリングで安全」なんだよね(^^;) 自分なりに色々そう判断する理由はあるけど(「塩や水などあらゆる物質の法則だ」とか、「世の中すべて抗がん剤だ」とかね)、それは個人的な思考回路で、他人に通用するかはわからないし、めんどくさいから「なんとなく」で済ませちゃう。たぶん「なんとなく危険」の人も、そうなんだろなと。
プラス、これがけっこう重要なんだけど、やっぱし「福島が好き♪」みたいな感情がね。これが優先順位高いから、たとえ「なんとなく危険」と思っててもそれが(「なんとなく危険だからガレキ反対)みたいに)上位にくることはない。「なんとなく安全」ならなおさらよ。
てことは、福島や被災地に縁もゆかりもなくて、さほどシンパシーがなければ、自動的に「なんとなく危険」が上位に来て当然だよなと。「その場所や人に対する心理的距離感」なんて、それこそ個人的な感情だから(たとえ同郷人であっても故郷への心理的距離感は違うし)、いっくら「絆」みたいに義務感に訴えてもダメよね。自分にとってしっくり来る距離感を、各々自然と身につけてるわけだから、そういうのを重視する「なんとなく」派なら余計にね。

そういえば、2年前とか「危険だ危険だ」と関東から沖縄まで自主避難したような人たちって、今はどうなったんだろ??どれくらいの人が「そこまで危険じゃない」で戻ってきて、どれくらいの人が今も「危険」と信じているんだろ??
手を結ぶ方法って、私2つしか思い浮かばないのよね;;「共通の敵」が現れるか、「過去のこと」になるか。それとも一番効果があるのは「そこまで危険じゃない」と戻ってきた人の体験談かも??

うわっ気づけばすっかり長くなってる(@o@)ゴメンネ~

Re: タイトルなし

T.Nさん

あ、いやこの言葉はたぶん「薩摩藩士、それも実際に政局に関わった上級藩士」だと思いますよ。「会津は戊辰戦争を一丸となって戦った」とかと同じような意味です。ここで取り上げているのはすべて「武士」の話ですから。
資料は提示されていませんけど、野口さんの本は基本「結論ありき」で書かれてはいないので、それなりの根拠がご自身にあって書かれたのだろうとは思います。もしかしたら実際は「そういう印象を受ける」程度なのかもしれませんけど。

「戊辰怨念の深層」、今度ぜひ読んでみます。
私はとにかく「結論ありき」の本っていうのが、会津美化にしろ批判にしろ、というか会津以外のテーマでもダメで;;おしなべて、なんか上から「リンゴは赤!それ以外は考えるな」と押し付けられてるような違和感を覚えるんですよね。会津に敬意を表しつつ、なおかつ批判というスタイルの本なら大歓迎です。

No title

このコメントいいなあ~私のブログにはってもいい?前みたいに・・・・・。コメント欄にだけおくのもったいないよ。

Re: No title

ええ~ありがと(*^^*)テレ 記事楽しみにしてるね~♪
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