八重の桜・第16話

八重の桜・第16話の感想です。
今回は何といっても中野メイサ!
カッコよかった!!個人的に一番印象に残ったパートでした~

もともと黒木メイサって、何年前だったか、幕末のジャンヌ・・・じゃなくて東洋のマタハリ・川嶋芳子のドラマで見て「この女優さん誰だ?妙に堂々としていて、怪しい魅力があるな~♪」と、ちょっとファンになっちゃったんですよね(*^^*)。後に当時まだ10代と知って、その年齢にそぐわない妙に自信溢れる佇まいというか、堂々とした演技ぶりがますます驚きで、以来ちょっと気になってて
まあ川嶋芳子自体がちょっと劇場型人物っていうか、短髪・男装という怪しいカッコに「ボク」という、自分の役割を過剰に演じているような人っぽかったので、多少クサい演技も逆にホンモノっぽく見えてハマったってことなのかもしれません。ともかくもこの時の川嶋芳子は本当に魅力的で、できればもう1度見てみたいと思ってたもんでした。
で、今回久しぶりに黒木メイサを見て、ああやっぱりこの人好きだわと たぶん顔が好みなんだと思います(って身もフタもない) なんだかこの人が出てくると、ずーっと見ていたいって気になっちゃうんですよね~♪
なぎなたが終わって、純朴な会津っ娘たちと会話するシーンも、何とも言えず「ああ中野メイサだわ♪」と。妙にしゃなりしゃなりとした身のこなしに、何とも言えずイヤーな感じを醸し出してるのが、なぜか「目が離せない」という魅力で これから毎週見れると思うと楽しみです♪え?毎週は出ない?
ちなみに「清らにたかく」の作者・しよりさんにお聞きしたところによると、この時期に黒木メイサは・・・じゃなくて中野竹子は、実際には会津にいなかったそうです。彼女が会津に来たのは鳥羽伏見の頃で、おそらく八重と親しくなる機会なんて、ほとんどなかったんじゃないかとのこと ま今んとこ親しくはないですけどねこの2人

さて今週も会津は火事の真っ只中。今で言えばレオ南蛮館から山鹿クリニックのあたりまで火が!?
って、またわけのわからないローカル情報ですがけっこうな距離です 孫右衛門焼けって名前までついてる歴史的大火だそうですが、納得の広範囲。しかし会津ではあんまし有名じゃない気がするんですよね~(私が知らないだけかもしれませんが)。まあこの2年後に戊辰戦争なので、言い伝える側の感覚も「火事の前の蝋燭」なのかもしれませんね;;
この大火事で、会津藩はまたまた財政が この年はただでさえ米が不作で、しかも軍制改革をせにゃならんというに、さらに大火とは、どこまでも不運です。
みねさはおうちで無事発見 さすが尚さん、冷静です。その後怪我しちゃったけど、それで夫婦の絆も強くなったし、結果オーライ
しかし前回の「武士の娘が泣くもんじゃねえ」でも思ったけど、今回のうらの心情(解説:咲久)もやっぱり、お武家様ってこういうもんなんだなという。いやお武家に限らず、昔の家制度がそういうもんだったのかもしれませんけど、覚悟の持ちようというか、性根の据え方がすごいなと。なんとなく、戊辰戦争での婦女子の自害にも繋がってくるポイントな気がします。それが、何事もなければ「漬物も切りましょうか?」「おみじゅ汲んできやす」ってニコニコ笑っている人たちだというのが、またすごい。

さて京都では。
あれだけアジ演説しときながら、その数日後にあっさり出陣を取りやめる慶喜公。
すごい!タダ者ではない!!太平洋戦争時にこの人がいたら、昭和18年くらいで終わってたかもしれん
いやほんと、戦争ってのは、いったん始めちゃったらやめるのが大変なもんだろうと思うので、こうまであっさりやめられる慶喜公はほんとすごいと、心の底から感心します。置き去りにされる味方の兵とかはたまったもんじゃないでしょうけど
対して「荒立てに参るのです」とか言っちゃう鬼の官兵衛も、こっちは逆に戦争しか頭にない「鬼軍曹」みたいでいい対比でしたが、それはさておき、ここで慶喜公に勝・春嶽と、ブラック三英傑が揃い踏み
この三英傑シーンは迫力ありましたね~~。
勅命で諸侯を集めよという勝。なんで勅命なんだと怒る慶喜。だって将軍いないもんねー@春嶽。オセロなら「はじっこ取ったー!」みたいな こういうゲームみたいな駆け引きって、ほんとスリリングで面白いですね。そのゲームが壮大であればあるほど、きっとゾクゾクしすぎて脳から麻薬出そうな面白さでしょう たぶん「倒幕」とかもそうだったんじゃないかな~と。もちろん「今の幕府に任せちゃおけん」という純粋な危機感が動機だったんだろうとは思いますが、底にはこういうゲーム的快感も(特に仕掛ける側には)絶対にあったんじゃないかと思います。岩倉の「武者震いや」なんて、まさにそれを現してる感じで。
ともあれ「帝のもと諸侯会議」っていうのはまさに「公武合体」って感じで、私的にはよさげです。帝にはお墨付き発行者として(今までどおり)そこにいてもらって、徳川にはその下に首相みたいな感じで(今までどおり)そこにいてもらって、実際に決めるのは「譜代も外様もねえ」の諸侯による議会。首相は代表者でありつつもその中の1人。あらわりと現代に近い形じゃない?

そういうわけで、慶喜公とちょっぴり対立し始めた勝ですが、しかしこの人の考え方は、慶喜公とほぼ同じなんですよね。
「卑怯でもみっともなくても、1日も早くケリをつける方が、世のためになる」
はいはい、これに関しては私もまったくそう思います。私は基本、戦争=死、生活(を成り立たせる経済)=生という単純な対比のもと、絶対戦争なんかヤだと思っていて、「戦争は経済のためにいい」という昔の論理がくつがえされて、「戦争じゃ儲からない」という時代になったことをほんとに喜ばしく思ってる1人なので、勝の言葉にまったく同意です。
しかし会津藩にとっては、というか、生も死も同じ世界にあって、その中でよりよく生きようという信仰を持っている人たちにとっては、「卑怯でもみっともなくても」は、もっとも受け入れられない価値観でしょうね。「お前が守りたいものも、その守りたいという思いそのものも、意味なんかない。何の価値も無い」と言われたら。勝が言ってるのはそういうことですから、大蔵が怒るのもむべなるかな。

現実主義って時に「損得勘定にたけた考え方」ってことだと思うんですが、そんで私もかなりの現実主義だと思いますが、会津藩は(もしかしたら長州も?)その反対ですね。ヅラが先週言ってた「仲間が殺されたのに意地を捨てられるか。たとえ長州が焦土となっても」という、「損得なんか関係ない、守りたいものがある」という信念というか。
しかし私なんかは「ほら「焦土となっても」とかそういうふうに、守るための戦いがいつのまにか「守れなくてもいい」みたいに、手段が目的を追い越しちゃうでしょー。だからそういう「信念系」の考え方はヤなのよ」という思いがぬぐえないのですが。
「暮らしやすい、平和な国」なんてのは案外、「いい国作ろう」みたいな「信念」じゃなく、いかに利益にさといかという「損得勘定」が作り出す気もしますしね。小学校の社会科かで初めて「資本主義と共産主義」みたいなのを習った時「おお共産主義ってなんて素晴らしい考え方♪」と感動してた私に、隣席だった町工場の社長息子が「俺ぜったい共産主義なんてヤだ。だって貧乏になるじゃん」と言ってたのが、今でも忘れられないのですが、実際資本主義の方が国民全体が暮らしやすくなりましたもんね。当時は「さすが社長息子、金の亡者だな」と子供心に思いましたが、今では「自分はモロ小学生だったな」と(しかし今でも共産主義的考え方自体は悪いもんだと思えない。もちろん資本主義同様、それが現実世界にパラダイスを出現させるとも思えないけど)。
で、坂本龍馬とか島津斉彬とかは、そういう、損得勘定に非常ーーーにたけた人で。だから「信念」なんかとっぱらって柔軟に敵味方と手を結ぶことができた。という気がしてならないんですよね。良くも悪くも。
しかし「内乱なんてしてたら日本はオシマイだ」なんて言葉は、戦争嫌いな私にも白々しく聞こえるな。前も書いたけど、じゃあ戊辰戦争はなんだったのかと。前にも思ったけど、長州との戦は損だけど会津との戦は日本のためになるってことか。まあこの時に勝が戊辰戦争の到来を知ってたわけじゃないから、勝のこの時の言葉自体にウソはないんだろうけど、ここら辺に現実主義者の、損となったら平気で切り捨てる性質およびその責任をうま~く相手にかぶせて、どこまでも自分の損にならないようにする性質が仄見えます。って私もかなりの現実主義ですけど、しかしそういう現実主義が「信念系」より素晴らしいものとも思えませんしね。「信念系」も素晴らしいもんじゃないけど、現実主義も誉められたもんじゃない。だからどっちもダメーってんじゃなくて、あまり自分が極端に行き過ぎないよう、お互いを自分のストッパーとすればいいんじゃないかしらんと。てか庶民はたぶん無意識にそうしていて、こういうドラマを見てそれを再確認するというか。ってどうでもいいことを長々とスミマセンm()m

そして化かしあいはまだ続く
オセロではじっことられたと思ったのもつかの間、実は裏ではじっこ以外の全ひっくり返しを画策していた慶喜。
勝の命も単なる捨てゴマ!命をかけた約束・諸侯会議もその場の口約束!さらには、それに怒った邪魔者・春嶽を国許に(しかも自発的に!)帰らせる!すごい!すごすぎです!ある意味、現実主義ここに極まれり。
勝・春嶽・慶喜のブラック三傑が一致団結して、この時諸侯会議を成功させていたら、公武合体は成ったのかな?それとも「船頭多くして」の状態になって、諸侯会議は早晩分裂する定めだったのかなあ?少なくとも、もう少し時がゆるやかであっただろうなあ。

その後の慶喜公と容保公の話し合いも面白く。
容保公の目が、まったく、もう全然、「こいつの言うことは信じられない」という疑いのマナコになってるのがツボりました あの信義の人にすら、ついに疑われる慶喜公。そりゃ~~そうよね~~~今までが今までだし、今回は「幕府など一度壊れたほうがいい」とか、一応幕府のトップなのに言い出すし。
「強い幕府に作り直す」って、この前言とまったく矛盾してる気がするけど、いやまあそれはいいです。本気で将軍やる気になって、幕政改革をしようというのならありがたいっす。「壊れたほうがいい」ってのも、今までのヌルい幕府は変えたほうがいいという意味にも取れるし。取れるけど、でもやっぱし、根本にこういう「幕府なんて壊れてもいい」的な感覚があったんだろうな~と。いや「この時は」本気で改革するつもりだったんだろうと信じますけど、「石にかじりついても」的な思いではなかったんだろうな~と。
それはそれで仕方ないんですけど、ただそのためにまた磐梯山が遠ざかってしまった会津藩が気の毒でなりません。着々と鳥羽伏見に近づいてるし

倒幕側のブラック三英傑、西郷・大久保・岩倉もそろい踏み。
私ね~どうもこの幕末のスピードについていけないんでトンチンカンなこと言ってるかもですけど、もともとは幕府が弱腰外交で開国しちゃうのが気に入らなかったわけですよね?
でも結局開国しかないってことに薩長ともども気がついて、ただ幕府は弱腰だからアテにならない→だから俺たちが中心となって動かせるようにしなきゃ、って思ったわけですよね?
でもその幕府が強くなれば、もう当初の目的はすべて揃ったわけじゃないですか。じゃあ俺たちも幕府に協力して一致団結乗り切ろう、とはなれなかったんですかね???
確かに「慶喜のだまし討ちを見れば、先行き不安」てのもわかりますよ。容保公の「信義に背いたら人心が離れる」が具現化してるわけですけど、でもこの後の流れを見る限りでは、ひいき目に言って「お前が言うな」だし
前も書いたけど
「維新は実質上、維新(これあらた)なることはなく、 末期幕府が総力を挙げて改革した近代軍備と内閣的政務機関を、明治新政府がそのまま引き継いだに過ぎない」
この杉浦日向子さんの言葉が、すごく頭に残ってるので、どうしてもそう思っちゃうんですよね。なんかこう、そこまで急いで倒幕する必要があったのか?幕府の構成要素を一つずつ入れ替えてって、最終形態にすることもできたんじゃないのか?とか。あんまし急激な変化を求めたら、そりゃ戊辰戦争だって起こるでしょうよ。っていうか単に急激に変えようとするのが個人的に嫌いなだけなんですけど 本当に、こういう形での倒幕しかなかったのか??

そして今回はまだまだあります!次は二葉様の出産!
梶原平馬&二葉って、ノベライズで読むと「お堅い性格の妻にどっか辟易としてるダンナ」と「お堅い性格ゆえに素直に愛情表現できない妻」という、いかにも今後の不幸が予感されるすれ違い夫婦みたいに描かれてる気がして仕方ないのですが、TVで見ると違うんですよね 「お産は女の戦いですから」と気強くふるまうシーンとかも、ノベライズでは「家老・梶原平馬様の子を産むのですから」と、空回りしてる愛情表現みたいな言葉を吐く二葉に、苦笑する平馬っていう感じなのですが、TVでは「二葉は我慢強いな」と、いたわるような笑顔で答える平馬。最初はみょーにギラついてて、個人的に苦手なタイプだった平馬が、このごろTVで見るたび好印象になってきてます
無事お産を終えて、ニッコリ微笑みあう2人なんてのも、ノベライズを読んでると新鮮で。本だと「旦那様の前では決してデレデレと笑ったりしねえ」と決心してるかのような二葉様で、「ああ~歯がゆい~」って感じだったので ここのシーンは、びしっと男どもを叱りつける二葉様ぶりも含め、微笑ましい良いシーンでしたね~♪

そして最後、中野竹子の次に楽しみだった、殿と帝・最後のツーショット。
「会津は敵を作りすぎましたゆえ」という殿。ああ悲しい~~どうしてそうなっちゃったのかしら
と思ってたら、うわあ恐れ多くも帝が同じ目線に降りてきた~!!やっぱりこの2人、アッシュと英二だわ「心の深いところで、通い合うものがあったから」
「我らは重い荷を背負うた者同士。ご先祖代々、守り、培ってきたものを両肩に背負って歩いてゆかねば成らぬ。時には因循姑息とのそしりを受けながらも」
わかりますわかります~~。てか殿の荷の重さをわかってくれてありがと~~~
「今の世では、壊すことより守り続けることの方が難しい。その苦しさをまことにわかちあえたのは・・・」
わかります~~~~。って私は殿や帝みたいな重い荷物はまったく背負っちゃいませんけどでもそのお言葉はよ~~~くわかります~~~。たぶん年取ったからだろうな~~。倒幕とかにいまいちシンパシーが持てないのもそのせいなんだろうな~~。なんだかんだ言って明治維新って、「若さゆえの熱気」のたまものとしか思えないもんな~~。だからあれほど急激な変化ができたわけで、そんで私の居場所はそこにはないという。

ああなのに、数少ない、というかたった1人のわかりあえる存在・帝がついに死んじゃいましたか~~~(しかしわかりあえる唯一の存在が帝ってすごいな
会津の行く手に、一気に暗雲が立ち込めそうです
ていうか次週のサブタイトルは「暗雲迫る」だったはずなのに、「長崎からのプレゼント」になってましたね。暗雲とは真逆のタイトルっぽいけど、じゃあ光が射すのかしら?「孝明天皇崩御は勘違いでしたテヘペロ」とか ああそうだったらどんなにか。。。
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コメント

No title

こんにちは。竹子は生まれも育ちも江戸ってことで訛りが無いってことなんだと一人納得してしまいまして更に黒木メイサと言うことで余りにもシュッとし過ぎてるかなって思っていたんですが以外と嵌ってますね。ただ、やっぱりこの時期に会津で八重と出会うっていうのがちょっとムリがありますよね。16歳くらいかな。でも会津の戦力ですからもちろん応援はしちゃいますけど(^^)
京都ではとうとう帝が毒殺ですね(こうしか考えられない)。それにしてもここまで一橋殿をヒールにした脚本があったでしょうか?元々御三家とか御三卿ってドラマで描かれることは少ないですが一橋モックンも多少記憶にある俺としても長州に続き今度は水戸が現代で炎上しないかちょっと心配です。大河では天狗党や斉昭公も含めてよく描かれてないので数年後の大河はウブカタトウさんの光圀伝で決まりでしょうか?

Re: No title

黒木メイサの竹子はほんと、井戸端で輪っかになると「他の会津っ娘とは違う」という感じがヒシヒシで(1人だけ服が違うせいもあるかもですが)、それが「都会から来たイケてる転校生」に見えてハマってましたね♪
生まれも育ちも江戸で、会津にいたのはほんの短期間ながらも、会津で死んだために後世に伝わるヒロインになった竹子って、ある意味八重と正反対で、興味深いな~と思います。
ええ、毒殺されちゃいましたね~(としか見えない描写でしたね(^^;)。家茂や敏子姫の場合にはあった、病気で苦しむシーンを1コマも入れないし、タイミングよすぎだし)
慶喜公のヒールぶりは、もはやこのドラマに欠かせないお楽しみの領域になってますよね(>▽<)モックンの大河、私もうっすら記憶に残ってますが、もちょっと正々堂々としていた印象が(余談ですが慶喜公の孫娘・高松宮妃が当時NHKに撮影見学に行ったそうです)。しかしどっちが好きかと言えば、迷わず今回の慶喜公ですね~(^^;)。
ウブカタトウさんって、天地明察のあの方ですか?光圀のことも書いてらっしゃったんですね!そういえば何かをコツコツ編纂するという情熱は、天地明察にも通じるような&大河向きのような気がします。そのおかげで鳥羽伏見での慶喜が誕生したと言えなくも無いのが、また歴史の妙ですが(^^;)
茨城も震災の影響がわりと大きかった(にも関わらずスルーされがちな)地域だと思うので、その点でも大河化は良いですね♪この春の会津は大河効果でほんと賑わってますから(^^)

はじめまして。以前のブログ記事読みました。TMNのファンですか?私自身いろんな音源集めました。お互い色々お話できたら面白いですね

Re: タイトルなし

はじめまして。コメント&記事を見ていただいてありがとうございますm()m
TMNは、ちょうどTMからTMNに変わった頃ファンでした~(*^^*) 
今はとてもTMファンと言えるレベルではなく、再結成したらしいなども風の噂に聞いた程度で。
ですが、時々、ふっと思い出すと無性~~に聞きたくなるんですよね~~♪やっぱり時は経っても、若かりし頃の自分にとって大切な人たちでしたからね~(*^^*)
てつさんは現役、もしやお名前からしててっちゃんのファンでしょうか?
TM記事はあまり多くないですが、もしよろしかったら、またおいでくださいませ♪
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