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八重の桜・第14話

八重の桜・第14話の感想です。
ノベライズだとここから2巻になります。

2巻は先日買ったんですが、見出しを見てびっくり!まだ会津戦争じゃないんですね(彼岸獅子のおじさんは「20話で出ます」って言ってた気がしたんだけど)
2巻は、坂本龍馬もちらっと顔を出しての薩長連合成立から、錦旗が上がった鳥羽伏見、世良修三の暗殺及び奥羽列藩同盟成立、そして会津の喉元・白河口での敗戦と、まさに「会津戦争目前」のとこで終わってます。ああ~はやく3巻を、3巻をくれ~~~!(←禁断症状)
読後感は、いや~~。。。1巻もかなり背筋ゾクゾクものの展開でしたが、2巻を知った今思えば、はるかちゃんのベンザを飲んどきゃ治る「風邪の初期症状」程度でした 2巻はすごいです~~ 背筋をかけめぐるこのゾクゾク感は、もはやインフル級
ご当地物件満載の「尚さんと八重が巡る、るるぶ会津・白河二人旅」シーンや(白河だるまってそういう意味があったのか!来年の十日市で要チェックだわ)、そこで出会う二本松少年隊、あるいは「ツンデレかくあるべし」的な中野竹子など、早くTV画面で見たい春風のようなシーンもいっぱいあるのですが、3巻でおそらくそのすべてが悲劇に帰着するのがオソロシイ
もっともインフル級のゾクゾクシーンも、ゾクゾクしすぎて早く見たいのは事実ですが 「こっちは向こうの弾でドッカンドッカンやられてるのに、こっちの弾は向こうに届かない」という悪夢の戦争シーンとか、江戸城総攻撃を中止した後「ふりあげた拳をどこへ落とすかな」とニヤーリとするラスボス西郷とか、ノベライズ読んだだけでページを引き裂いてやりたい衝動にかられるヒール・世良修三とか、実際にTVで見るのがある意味待ち遠しいというか。

おっとついノベライズの話を長々と。
2巻の巻頭を飾る14話は、八重ちゃんの結婚シーンで幕を開け。

どーでもいいネタバレですが、去年9月「八重の桜」ロケを会津でやってた時、「花嫁行列の女性出演者若干名募集」があったんですよ!(速攻応募して速攻落ちましたが
実際、とある日の鶴ヶ城公園内にある茶室(=山本家外観)では、夜に向けて煌々とライトつけて、ロケ準備してるのも見ました。「へ~今日は夜からロケか」なんて思ったんですが、思い起こせばあの日はすっごい雨だったんですよね;;
「行列させてやりたい」という頼母や秋月のシーンをわざわざ入れたのに、実際の行列シーンがなかったのは、やっぱしあの雨のせいだったのかな~と今にして。

それはさておき 花嫁さんは物を食べられないとか、ああこういう叔父さんいそうだなあとか、わかるわかるシーンが満載で面白かったです 「またあの叔父さんだよ、あの人も悪気は無いんだけど、困ったもんだね」的に様子を伺う家族の様子も妙にリアリティあって 
そこから助けようとするおとっつぁまもよかったし、そしておとっつぁまを助けようとする尚さんもよかったですね~♪
しかし尚さん、助太刀するためとはいえ、あんなふうに面罵した叔父さんたちのとこにスラッと入ってったり、八重さんに「あなたはあなたであればよい!」と大演説ぶったり、この人はほんとに自由人だなと。勝手気ままやワガママじゃない、ほんとの意味での「自由」人。よいわ~ 最後は八重ちゃんに人形みたいに担がれたけど(てかこれ絶対京都での伏線でしょ)

結婚生活も順調に波瀾万丈で(日本語ヘン?)、まさに雪さんの言うとおり「それが新婚サンの醍醐味よ(かなり意訳)」って感じで。しかし雪さんの言うことはいちいち悲劇を思い起こさせて悲しいですね。「帰ってきたら♪」ってニコニコしてるあたりもうダメ押し
おとっつぁまの余計な口出しやパントマイムによりこじれかけた新婚生活も、尚さんの「あなたは、あなたであればいい」という、鉄板過ぎてもはや使い古しの感すらある決めゼリフによって、無事解決 いやこういう承認欲求を全面的に満たすような、「そのままの君が好き」とかって、一昔前によく流行ったな~とか。「癒やし」とかも同時ブームだったかな。

そのまま終わったら、個人的に「昔さんざんドラマとかで聞いたようなセリフだな~」で終わってましたが、やっぱりここでも八重父母がグーでした。そうか~おとっつぁま、昔は借りてきた猫だったのね そう言って肩でおとっつぁまをつっつくおっかさまもかわゆいし、ぶっす~~~とした顔のおとっぁまもかわゆい こういう「ニッポンのおとっつぁま」と、表だって自己主張はしないけどポイントはしっかり押さえてる「ニッポンのおっかさま」って、本当に懐かしい気がします(うちの母はもうちょっと現代人でしたが、父はまさにこんな感じだったような

しかし考えてみれば「個性」とか「自由」とかが当たり前な現代に「そのままの君でいて」とか言うのと、「近代前夜」の時代にそう言うのとじゃ、けっこう意味合いが違ってきますね。
前者の場合は、保障されてる「個性」や「自由」という背もたれによりかかりましょうよという「癒し」っぽい意味になりがちだけど、八重さんや尚さんの時代だと「2人で険しい道を行きましょうよ」という、癒やしのカケラもない、覚悟を伴う意味になってしまうような。もちろん、こういう人たちが険しい道を切り開いてくれたから(プラス第二次大戦の敗戦もキーポイントですが)、今の私たちが「個人の権利」を手にして「自由」に振舞えるわけで、それ自体はとってもとってもありがたい背もたれではありますけれど。ただよりかかりすぎて壊しちゃったら元も子もないというか。

と、今回も会津パートは微笑ましく、対して政治パートはまだまだ底が見えない下り坂真っ只中。
なんだかもう、殿がアッシュ・リンクスに見えてきてしまいました 自分の孤独を引き受けてくれた人のことは、なんでそこまでってほど、捨て身で守ろうとするその純粋さ すっかり孝明天皇=英二説 
養子という境遇(でも大名家にはそんなに珍しくないけど)、「忠義」という教育をすんなり受け入れる優等生気質、言い換えれば人に対しても物事に対しても、素直で誠実な方だったんでしょうかね~。それは人間的に「美点」なはずなのに、なぜこうなる これはどんなにキレイゴト言っても、他の命を取らなきゃ生きられないという原罪を背負ってる生物の定めであろうか?アオクサ~イ
「これを成し遂げたら、みんなで会津に帰ろう。磐梯山の見えるあの会津に」
平和な時代なら、真面目で部下思いで、会津を愛する「良いお殿様」であっただろうに。「清廉な人柄は、この激動の時代には「弱点」になってしまう」という、どこかで読んだ文章が思い起こされて悲しいです。

そして、そんな殿に忠義立てする藩士たち。月を眺めながら、距離的に、さらには時間的に、今や遠く離れてしまった懐かしい会津をそれぞれ思い出す神保さんたちは、親子による公私の別なども含めて、しみじみといいシーンでした。
そうか~覚馬の脳裏にあるみねって、生涯、赤ちゃんの時の顔しかなかったのね。。。白内障なんて、今ならそこらのジジババみんな気軽に手術受けて治ってるのに(と言っても手術自体は目の中のレンズを人工のものに入れ替えるという、素人には「ものすごい技術の進化!」ですが、お医者さん的には「至って簡単な手術」だそうで)、失明の危機に際し、静かに涙を流す覚馬がまたこのドラマらしく、抑制の効いた描写でした。

一方、春嶽と西郷=元祖ブラックと新ブラックによる根回し対談。
倒幕派のドラマなら、「公論を持って国を動かすべし」「共和政治か」なんてとこでは、明る~い音楽が流れて「おお共和政治!明るい未来」的なイメージにするんじゃないかと思うんですが、会津視点のドラマだと一味違いますね 個人的にはどうもこのドラマで「共和政治」とか聞くと、国連とかを思い出しちゃいます「理念はスバラシイけど裏は色々」みたいな。

今回家茂が出てきたので、久しぶりに「天障院篤姫」を引っ張り出して読み返したんですが、幕府方=江戸方ってほんとに、朝廷=京方をもう仇のごとくに思ってたんですね 「圧力ばかりかけてきて、ご公儀の威光を削ぎ取る存在」みたいな。
会津藩(というか容保)にとっては、幕府と朝廷は敵対するものではなく、一直線に忠義を尽くす存在だから、こういう感覚はわからなくて困っちゃいますよね。分離不可能なものが分離して敵対してるっていう構図も、これまた世の中いっぱいあるけど、こういう構図になっちゃうと、結局どうやっても、どちらかへの(あるいは両方への)裏切りにしかならなくて、いっそ自分の本音で動いた方が、同じ結果でもまだ後悔は少ないかもしれないという。でも本音が「どっちも大切」だったら、どうしたらいいんでしょね? 
「幕府のため、朝廷のため、誠を尽くせば尽くすほど、会津は泥沼に足を取られていく」
という、死にゆく横山トミーの言葉が、あまりにも切ないです。長州の戦も会津が引き起こしたと見られるとかさ。

その死に際の、もう見るだけで切ないトミーが、これだけはと頼んだ秋月の復権。
しかし案の定というか、そんないまわの際の遺言すらきっちり無視され、北海道へ飛ばされる秋月さん。ああ~ほんとに、残念なことをしてしまった
八重たちと別れの会話を交わす秋月さん、すっごく怒りがこもってましたね~~!サバサバした口調なだけに、上への怒りがヒシヒシと。
ノベライズだとこのシーンはもはや「達観」て感じすら受けたので、こうして役者さんを通して見ると、同じセリフでも随分印象が変わるなあと、またまた「ガラスの仮面」的面白さを味わいました。ああこれから怒涛の如く襲い来るインフルエンザシーンの数々も、早く画面で見たい!

次はいよいよ、そんなノベライズ2巻で初のインフル級悪寒を覚えた、薩長同盟&長州征伐
今回ミッチー桂がやたらかっこよかったので、その点でも次回が楽しみです(うおっこの美形は誰!?と一瞬思ってしまった

あっと忘れてた、小堺具視!
この人は古畑任三郎でも、「腹に一物秘めた小心者」という犯人役を、まったく違和感なく演じてらしたり、三谷さんがこの人の一人芝居を誉めてたり(映画の色んなシーンにあわせて、まったく違うけど絶妙なセリフを入れて笑わせるという)したので、もともと演技のセンスがある人なんだろうなと思ってましたが、想像以上に違和感なかったです ちんまりした容貌もあいまって、なんだか黒ヨーダみたいな(大久保はダースベイダー?

岩倉具視や大久保利通も登場して、いよいよ時代は維新に向かってるんだな~と思わせる14回でした。
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テーマ : 大河ドラマ - ジャンル : テレビ・ラジオ

コメント

No title

こんにちは。過去のいろんな脚色のおかげで彼らにどんなバックヤードがあろうと好きになれないイチゾウと500円札。維新三傑の中でもイチゾウだけは好きになれないんですよね。西郷も木戸も嫌いじゃないんですが。
今言うべきか迷うところではありますが幕末の志士たちそれぞれのかっこよさがあり今となってはもうほぼ自分より年下の方たちの活躍に敬服するばかりです。
横山に対する秋月への思い入れは京都での二人の活躍から推測するに余りある描きかたでしたがトミーはどうしても修理に見えてしまう・・・。この時期に横山の病死、秋月の左遷、頼母の蟄居と会津が後手後手に回ったしまった要因が重なってしまってるのですね。

Re: No title

こんにちは~♪
おおそういえば500円札だったんですね!!あの青っぽいお札に描かれた岩倉さん、何十年ぶりかに思い出しました(>▽<) 当時も、そして今もほとんど「で、この人は何した人?」状態ですが;;

sheyさんは大久保さんダメですか(^^;) 私はこの人のこともよくわからないのですが、官僚的というか、ちょっと冷たいイメージがありますね。ただ暗殺されちゃったのはもったいなかったな~という気がすごくします。

そうなんですよね~!みんな年下というのが、自分の中でなんだかまだ慣れないというか、本当にすごいなと。みんな20~30代でメキメキ頭角を現して、歴史を変えるような大きなことをやってるんですものね。

そうか、トミーは白虎隊の時に修理だったんですね。悲劇の美青年役、若かりし頃のトミーにぴったりな気がします♪
会津藩はこれから本当に、打つ手すべてが後手後手、裏目裏目になるような感じですもんね(T_T) その原因は随分前に準備されていて、でも準備された時にはわからない、って、体の病から社会現象に至るまで普遍的なことで、もう生物のシステムとして組み込まれてるのかしら、なんて思ってしまいます(^^;)
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