八重の桜・第8話

八重の桜・第8話の感想です。
今回はね~~~私的に一番面白かった回でした♪
「八重の桜」って、個人的に最初のうちは、ほとんど会津の風景を見るためといっても過言ではないドラマだったのですが、ここにきてどんどん面白くなってきた気が。

まずはドラゴンアッシュ斉藤が登場しましたね。
ノベライズだと、視線だけで覚馬の首筋を冷やすという、夏にはありがたい人物として描かれているのですが、果たしてTV画面ではどの程度ひえピタ!?

と興味シンシンで見た第一印象は個人的に、うん、まあ、今んとこ悪くないんじゃないかな?という感じ。
「殺気」ならぬ「ヤンキー」っぽいガンの飛ばし方が、役のイメージにあってる気がしました。ただそのガンつけがなんだかいかにも演技っぽくて、セリフが出てきたら大丈夫かな~と若干不安でもありましたが(なので「今んとこ」)。
もっとも私にとっての新撰組=「上がってこいヤス!」「銀ちゃんカッコイイ」、あるいはゴリラやマヨラーという印象しかなく、「斉藤一」という名前も、会津まつりで初めて知ったくらい(銀魂に登場してないメンバーは知らないのよね)。
というテイタラクにつき、あまりイメージがどうとか新撰組がどうとかを語るレベルにないので、これからもゆるく楽しんで見ることにします♪

そしてこの後、時尾の失恋シーンが出てくるのがあざといいやうまい
どう見ても昭和の少女マンガなこのシーン、ほとんど時尾と斉藤の関係を知ってる視聴者をニマニマさせるためとしか思えません 「恋」と「お嫁さん」が一直線だった時代のマンガで育ったおばちゃんなんか、すっかりその手に乗って、「切ねえ。私もう一生お嫁に行かねえ」と泣く時尾ちゃんに「大丈夫大丈夫あなたにはほらひえピタが」とTVに向かって熱く語りかけてしまいましたよ(心の中でね)

そうそうもう1つ少女マンガと言えば、大蔵から八重への告白シーン。
そもそもこの「八重の桜」、恋愛部分はなぜかすべてが昭和の少女マンガなのですが今回もどーでもいい理由で川崎先生が退場し、2人きりになるシーンからしてもう昭和 あっこれはもしや、前回大蔵をブロークンハートさせた川崎先生の罪滅ぼしか~~
川崎先生のおかげで(?)「会津を思い出す時はまっさきに八重さんを思い出す」と涙目になりながら渾身の告白にこぎつけた大蔵(しかし前回の川崎先生のおかげで(?)時すでに遅し)ですが、言われた八重はまったくわかってなくて
「あれは何だったんだろう、変なこと言って。まいいやそれより学問♪」
大蔵様の涙がただの水に~~~ まあねえこういう天才肌の人に恋をしても報われないのは、昭和の少女マンガで証明済みです。ねえ桜小路くん

そういえば時尾ちゃんを泣かせた(?)山川大蔵のお嫁さん、お登勢さんも初登場しましたね。戊辰戦争で非業の死を遂げる人がまた1人増えたという感じで、ちょっと切ない
個人的にはこの方、去年の会津まつりに来てくださったので、好感度2倍増しです♪ 首筋とかスキっとしてて、ほんとにキレイな方でしたよ~

さて昭和の少女マンガが終わって政局パート。
まず出てきたのが勝さん。こちらもよかったですね~ なんかこう劇団くさい演技なんですけど、それが妙に板についてて、安心してドラマに身をゆだねて見ていられるという安定感が。
そして勝さんのセリフがまた、100年後の日本人である私にもつきささり
「攘夷をしたけりゃ戦を始めりゃいい。負けて初めて己の弱さに気づくだろう」
そこまではわかる。私もそこまでは気づいてる。しかしその後
「戦はしない方がいいが、攘夷もできず、開国もできず、その場しのぎの言い逃ればかりしてちゃ、どうにもならねえさ」
ある意味自覚的に日和ってる私にはグサグサ だって~どの手段も一長一短あるんだもの。その場しのぎの言い逃れも、私にはある種「日本人の知恵」に思えるんだもの。皆が犠牲にならずにうまく行く方法があればその場をしのがないけど。それとも犠牲が出るのは「仕方ない」と割り切るの?そんでうま~く犠牲者のせいにするように仕向けて??
「(壬生の浪士組みたいなのは)オイラ好かないな。人斬りに人斬りをぶつけてもきりがない」
それはわかる。私もそう思う。けど実際、人斬りを止めるのに「話せばわかる」なんつっても「問答無用」って返ってくるだけじゃない?武力に武力で対抗する以外、他にどうしようがあるんでしょ?
「それを考えるのがおぬしの役目だ。考えて考えて考え抜いてみろ」
それず~~~~~っと考えてるんだけどね。吉田松陰でもない私には、いまだに答えが出ません。考えの違い、立場の違いをどうやったら乗り越えられるのか、人間世界から「戦争」をなくすことはできるのか、「戦争」がなくなった世界は「幸せ」なのか、東京の原発が福島にあるのはなぜか、沖縄の米軍基地は是か非かe.t.c.
ああ~めっちゃ青臭くてすみませんハズカシー しかし私の中ではこれらすべて勝センセの問いにつながっていて。
吉田松陰や佐久間象山は、いったいどんな日本を思い描いていたんでしょうね?そしてその世界に私が住んだら、果たして幸せだっただろうか??現代の日本とはどこかが違っていたのだろうか???

やがて朝廷を牛耳った長州派により、邪魔な会津を朝廷から遠ざけとこうという「無骨な会津には不得手な策略」が、いよいようずまく帝周辺。
今回面白かった京都パートですが、中でも面白かった、というか理屈抜きでワクワクしたのが、この長州派が集まったシーンでした。
安定の腹黒感を醸し出す三条実美に加え、及川ミッチーのヅラじゃない桂が、これまた劇団くさい演技ゆえの安定感。勝さんといい長谷川尚さんといい、ああいうペラいセリフ廻しが個人的に好きみたいです なんだか耳に心地よいのよね♪
そして何といっても忘れちゃいけない、顔だけで圧倒的存在感の嶋田久作! 久坂さんは小栗松蔭的まっすぐな人みたいでしたが、この「腹に一物」メンバーに加わると、それもまた個性。
この長州メンバーに比べると、西島あんつぁまといい、秋月さんや神保さんといい、会津メンバーの顔ぶれのなんと実直な印象を与えることか。そうそう佐川さんもよかったですね~~!!佐川さんと頼母が直談判するシーンは、佐川さんの方言に必死な感じが現れていたし、頼母さんの方言にはカトちゃと同じような人間味があって(ああこれは郡山のアクセントなんだなと、ドリフを思い浮かべながら納得しました)。
八重たち会津の女の子それぞれも個性あるし、こういうふうに、それぞれの人たちの個性が集まって1つの大きな物語ができあがっていくという感じが、今回長州派のシーンでふと実感されて、「おおこれぞ大河!」とワクワクしたのでした♪

さてそんな策略の渦の中心にいる帝は、虎ならぬ自分の威を借って好き勝手する長州派にせめてもの反撃をすべく、ひそかに容保公に「策略だ」と伝えるとともに、殺し文句を。
「もっとも会津を頼みにしている」
ああ~~そんな言葉にコロっと参っちゃダメ いや確かにとってもありがたいお言葉だけど、話半分に聞いときなさい。
と、いっくらお母さんが、じゃなくて頼母が口酸っぱくして言っても、もう遅いわね~ だって四面楚歌同士、信頼できるのはお互いのみという孤独な人同士なんですもの殿と帝は その孤独さが通じ合ってしまったら、「養子だから」なんて言ってますます孤独に拍車をかける家臣の言葉が通じるはずありません。
せめてあの偽勅をもらった直後だったらね~。頼母さんはただただ、来たタイミングが悪かったです
けどこういう、思いは変わらないのにその言葉をかけるタイミングの不運みたいなもんでボタンが掛け違っちゃう、的なことって、意外と世の中にいっぱいありそうですよね。ちっちゃいかけ違いなんだけど、その積み重ねで大きく変わってっちゃうみたいな。
ともあれ、家臣に思いが伝わらないトップも孤独だけど、トップに思いが伝わらないお母さん、じゃなくて家臣もまた切ないですね。
ここに至る前は、八重と家老が肩を並べて話すシーンとか、さらに八重と話してて上洛の意志を固めたとか、そういうドラマくささはいかがなものかとか思ってたんですが、失意の頼母が覚馬たちに
「会津を潰すなよ」
そして
「殿をお守りせよ」
と伝えて去っていくシーンを見たら、もうそんなこまいことどうでもよし ただただ切ないです、殿と頼母の関係が。

結局殿は頼母を蟄居に。
「帝のために」と心を定めてしまった殿はもはや、裏目に出るかもしれないほど燃える忠義心を持った佐川官兵衛や、もしかしたら吉田松陰や新撰組、尊皇攘夷を掲げる浪士たちとも同じなのかもですね。信じるものは(たまたまの刷り込みによって)違うけれど、その「信じるもののためにこの身を滅すならむしろ本望」という性質は同じという。加えて殿の場合、あまりにも純粋だったがゆえに忠義心も強く発動されちゃったというか。
もちろん、「純粋」「忠義心」そのものが悪いわけじゃないんですけど。というか「自分以外の何かの存在のために」という純粋な思いってむしろ人間に必要なものであって、それをいい悪いを言うのは、結局は結果論でしかないとは思いますけど。ただ往々にして、それが暴走しちゃう&使われちゃうのがね~~~
いや殿は仮にも我が身一つのことだけ考えてりゃいい下々の者とは、負わされた責任が違いますから、彼ら「忠義の志士」とかとはもうちょっと、どころかかーなーり苦悩レベルが違ったと思いますが。そもそも今の立場だって好き好んでなったわけじゃない上に、しかも相手は帝ですから。帝って当時は人じゃない、「天子様」ですから。その身に余る信頼を裏切って「いや自分の藩が危ないんで帰ります」って相当のことがないと言えないなと、やっぱり同情してしまうんですよね。

次回はついに会津視点だと「一見やったね♪しかしそれは悪魔のプレゼント」的な8月の政変。
雨の展覧行事で、みごと三条一派のイジワルを跳ね返して「ざまぁ」とスッキリしたのもつかのま、これからも「1歩進んで2歩下がる」的にじわじわとヤな立場へ追い込まれていく会津藩なのでした

余談ですが、今回新撰組のおかげでやたら「銀魂」を思い浮かべながら見てたんですが、あれって安政の大獄の後「倒幕しなかった日本」が舞台なんですね(と今気づいた)。
幕府が開国して、倒幕しないまま将軍家茂・・・じゃなくて茂々のもと政治が行われて、異(星)人がその中枢に入り込んでて、会津藩や新撰組は京都じゃなく、江戸で幕府の守護職をしているという。
もしかしたらそういう、会津戦争のない未来もありえたのかな~?そうしたら現在の日本はどうなってたかな~??
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コメント

No title

こんにちは。出ましたねドラゴンはじめ。
いろんなところに陰のある男として登場する斉藤さんですので見方は色々ありますがその中でも異色です。悪くはないですね。是非アップが過ぎてピアスの穴が見えてる~なんて三流時代劇のようにならないことだけ切に祈ってます。しゃべらせてどうかってところもありますが香取新撰組のように最後はっちゃけ過ぎてイメージが~ってことにならないといいなぁ。オダギリはじめも嫌いじゃないですけど。
容保と頼母は対立って言葉を使ってよいか分かりませんがお互いの固い信念がぶつかりあってのことなので信念もない者同士では平行線も描けません。この対立が後のクライマックスでの融和に繋がるわけでしょうがそれにしても悲しき対立ですね。頼母が保科家の本筋なんで容保を軽んじているなんて描き方もあるようですが(史実は分かりませんが)そう言ったお家柄ではなく心のままにぶつかり合う主従を描いて欲しいと思います。
それにしても銀魂面白そうですね。また観たい漫画が増えてしまった。。。

Re: No title

こんにちは♪いつも読んでいただいてありがとうございますm()m

そうなんですか!斎藤さんって比較的メジャーなメンバーだったんですね(^^;)シラナカッタ・・・
私は会津に来て初めて知ったんですが、「会津への恩があるから」とあえて会津藩士たちと運命をともにしたという説明をお墓で読んで、すっかり好印象になった人です。しかも陰のある男なんて、なんだかカッコイイ・・・♪
これから時尾さんがらみなどで、だんだん人間味を取り戻すみたいな感じになるのかな?いずれにせよ、魅力的な人物に描いてほしいですね~♪

容保と頼母は・・・ほんとに「悲しき対立」その一言ですね。どちらの言い分もわかって、おそらく本人同士もわかってて、なのに対立せざるをえないという(T_T) 本来ならば補完の関係として両方必要なのが、そのどちらかを選べみたいな状況になると、得てしてこういうことになって、しかも絶対にわかりあえなくなっちゃうんですよね。だってどちらかが「悪」とかじゃない、どちらも必要なものなんだもの。

あっでも「頼母が保科家の本筋なんで」っていうのも、ちょっとある気がします。戦後「西郷」を「保科」姓に変えたあたり、そこに相当プライドを持っていたのかなと。
もちろん殿を殿として立てるのは変わらないんですけど、生え抜きの家臣としての「この会津藩を守らなねば」という思いが殿と同じくらい強く、ただその守るための手段の違いが出てくると、たとえ殿でもゆずれないみたいなプライドが出てしまうという。加えて国家老で、国許の疲弊ぶりもじかに見てますもんね。しかし思いが同じなのに対立してしまうのは、ほんとに悲しいですね~~

銀魂面白いですよー!ただし非常ーに下品ですけど(^^;)
なんでも大河で「新撰組!」をやってた頃、便乗して新撰組ネタをやればヒットするんじゃねという低い志のもと始まった連載らしいんですが(>▽<)、作者の視点がわりと地に足が着いた大人で。大人の思考回路と小学生男子のハートを併せ持つ方なら、きっと楽しめると思います♪
個人的には、倒幕しなかった日本=攘夷浪士が戊辰戦争ならぬ「攘夷戦争」という、異(星)人との戦に負けて、ある意味賊軍ぽくなったまま侍の世が終わった日本、という逆転も興味深いですね~。作者もたぶん歴史好きなんじゃないかなと。
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