風の遺言

-あえて今の日本のこういうところに注文がある、もの申すみたいなことはございませんか?
「ないねえ。初めあると思ってたけれども、今はない(笑)。よくいうことだが、日本にこれほど幸福な50年は、今まで1回もないからね。平安期を見ても、室町時代をとっても、江戸時代をとっても、明治をとっても、どの時代をとっても、今が一番幸福な時代ですよ」

-江戸の安定期よりもいい時代なんでしょうか
「第一、今の方がごちそうが食えるもの。昔なら、初鰹なんて言ったって、当てになるもんかっていうことだった。冷蔵庫はないし、みんな半分腐ったようなのを食べていたに違いない」

-(今の日本は)景気の悪化、官僚の汚職、家族の問題、青少年の凶悪犯罪・・・と、いろいろな点で、日本は大きな曲がり角にきているのではないかと思うのですが、先生はどのように
「太平洋戦争の敗北の時でさえしのいだんだから、あれにくらべりゃ、今はコップの中の嵐みたいなもので、破滅状態にはならんと思う」

-日本は敗戦でめちゃくちゃになった時代も乗り越えてちゃんとやってきた。それに比べれば今の状態など、たいしたことはない、大丈夫だと
「大丈夫だろう。ただし見方によれば、明治の時よりもこの状態が悪いって言えば悪い。あのとき日本は、少なくとも日本の国土を保っていたけれど、今じゃ沖縄なんて占領下にあるのと同じだ。自分の国土が自国の力で守れないんだからね。アメリカ軍にいてもらわないと困るという状態だ。
どうしたもんかねこれ。アメリカ軍におってもらった方がいいのか、沖縄にあんなに基地があるのが順当なのか。けれどアメリカ軍は、ドイツにもフランスにも駐屯してるんですね。日本だけじゃないんだから」


-日米の軍事同盟、このままの形を続けたらいいのか、日本自身が、憲法上のことなどをクリアして自衛隊を軍として認めて、自主防衛という形でやった方がいいのか
「僕らがそこまで考えたってどうしようもない。僕らの及ばない世界のことだからね」

-先生としては、心情的には、日本の国土自体が占領下にあるようなところが・・・
「それが残念無念だ。しかし軍備するとなると大変だこれ(笑)。前にも言ったけれど、ものすごくカネがかかるからね」
「ところで、日本人の悪い癖は、嘘をつくのが平気なことだ。アメリカじゃ、やってることが正しいか正しくないかは別として、議会で嘘をつくと言うことは考えられないね。
ペリーが来た時に、談判するのに、会合して、その結果、この前言ったことと違うことを平気でペリー側に言うんですよ。
それで、向こうは、日本人はどこまで信用していいかわからない民族だという印象を最初に受けたらしい。できないならできないということをはっきりいえばいいんだけれど、ごまかして、問題を先送りしちゃうんです」


-日本人が平気で嘘をつくというのは、今に始まったことじゃなくて、昔から・・・
「いい意味でも、悪い意味でも。いい意味では、事を荒立てたくないもんだから、とりあえず問題を先送りしちゃうことです。京都で、客が帰ろうとすると、「茶づけでもどうどすか」とか言うから、「じゃあ」なんて座りなおしたら、えらく評判が悪い。無粋だといって。「だって食っていけって言ったじゃないか」というのは通らないんです。日本人全体にそういうところがあるのではないかね」

-それが昔から日本人の持っている性質だと?
「そうですね。いわゆる九州男児、あれが日本男児の標本みたいに言われているが、あれは朝鮮系が入ってるからじゃないかと思うこともある。朝鮮人というのは、すぐ自殺したり、腹切ったり、直情径行的なところがある」

-九州男児は、本来の日本人の性格とはちょっと違うということですか?九州男児の嘘をつかないとか、直情径行的なところが日本では男らしい人と言われるけれど、それは朝鮮系が混ざっているからで、本来の日本人の性格はどちらかといえば京都系の方で、表面は「お茶漬けでも」といいながら、本音では「帰ってくれ」と。先生としては、もちろん九州男児が好ましいわけですね
「好ましいわけだ」

-戦後50年、日本人は一生懸命働いて、経済大国と言われるようになりました。ところが、日本人は、何のためにおカネを儲けるかという目的が失われてしまって、おカネを儲けること自体が目的になっている。それが今のような社会を現出させたと指摘する人もいますが
「しかし僕が思うに、日本人は存外カネを欲しがらないですよ。人におごったりするとき、みんな気前いいもの。「ワリカンにしろ」なんていう人はほとんどいないし、払える者が「俺、払うよ」とかいってるからねえ」

-確かに、そういう面もありますね。国家としても、東南アジアなど世界各国に援助金も気前よく出してますからね
「そうそう。日本では金持ちなんていったって、別に誰も尊敬しないしね。外国ではリッチマンに対して、もっと尊敬するんじゃないだろうか。日本人はカネにわりあい淡白なほうの民族だと、僕は思っているがね」

-東南アジアなどでは、一族でほとんど富を独占するといったことがよくありますね
「だから本当の文明開化国になれない。みんな、一族で賄賂もらったり、それが普通のことだと思ってるんだ」

-日本もアジアの一国ですけど、他のアジア諸国と日本はそこが違うと・・・
「違うと思う。日本人はアジアの代表だとは思ってないんですよ」

-それは、明治維新以来の近代化で変わったのか、それとも、その前から、日本人は、他のアジア諸国とは違う体質があったのか
「あったのでしょうね。日本人はアジアの諸国を同じ民族だとは思ってないもの。明治維新以来の、中国と仲良くしろという論評も、いつのまにか消し飛んじゃったからね。もとより、そうすればよかったんだろうけれども。「脱亜入欧」は幕末の時からあるんだけれども」

-今、経済を含めて、日本はどこへ行くのかといったことが盛んに議論されています。そこで、今の日本人がいかにダメになったかと言うことをいっている論客などがいますが
「そんなことないですよ。同じ日本人ですよ。昔と変わらない」

-ダメになったという人たちがいうように、昔の日本人には武士道という芯が通っていて、美しかった、よかった、ということはあったんでしょうか
「はたして、そんな時期があったかねえ・・・」

-戦前のお父さんは、今のお父さんみたいにか弱くなく、強くて尊敬できるお父さんだったのか、ということですね
「「父よあなたは強かった」(笑)。いやあ、我々が戦争に行くとは思わなかったもの。昭和12年でしょう。支那事変がおきたのは。毎日、中学校の校庭から出征兵士が出て行って、駅まで送るんです。こっちは15歳くらいだった。
それまでの日本は、日清でも日露でも、半年くらいで戦争をやめちゃうんだ。だから、僕らが徴兵される年齢に達するまで戦争をやろうとは、その当時は思ってもいなかった。それでまた、戦後、みんな、「やりゃあ日本が負けるのは判っていた」なんていうけれど、誰もわからなかったんだよ」


-勝つと思ってたんでしょうね
「勝つとは思ってなかっただろうけれども、いいとこまで攻めれば、アメリカはくたびれちゃうだろうと思ってた。アメリカ人は強いんですよ、あれでね。ぜいたくに慣れてるから戦争で戦うなんてダメだと思ってたら、とんでもなかった」

-日本は精神力で勝つと思っていたんでしょうね
「それしかないからね」

-アメリカに負けて、日本は抵抗するどころか、もろ手を挙げて、考え方も様式も着る物も、全部アメリカ的になろうとしましたね
「かつて、こんなに全面的に服従した国家ってないね。占領されても、やはり反抗する奴がおるものだ。インドならガンジーのように。それが日本にはまずいなかったね。僕たちなんか、抵抗を感じつつも、アメリカという国はなんだかんだいっても大したもんだなと思うようになっちゃったからね(笑)」

-日本人はそういう意味で順化されやすい?
「そうでしょうね」

-日本人自身がそうだから、朝鮮を侵略しても、簡単に日本的にできる、みたいなことも思ったということなんでしょうかね
「秀吉なんかもそう思ったに違いないんだ。朝鮮など日本にすぐ従わせることができるって」

-いい悪いは別として、日本人的な性格があるということですね
「たとえばシベリア抑留でも、ドイツ兵もたくさん収容されていた。待遇改善について、ドイツ兵はすぐに団体を作って申し込むんだけど、日本人は何もしないの。服従するか、密告するか、どちらかなの」


1998(平成10)年4月3日の、山田風太郎さんのインタビューです(「いまわの際に言うべき一大事はなし」)。

やっぱり、当時をリアルで知ってる人の言葉って説得力あるなと。
昭和初期~敗戦とかは私もかろうじて両親が経験者なので直接個別の印象を聞くこともできたけど、生活空間はもう、戦前の雰囲気なんて体感することはほとんどなし。
昭和初期以前~明治あたりにいたっては、もうまったく本でのみ知る世界。いわばとっても「観念的な過去」なんですよね(昭和オババですらそうなんですから、平成世代はどんだけかと)
そうするとどうしても自分の興味に沿っちゃうから、過去のある部分だけ拡大されたり、縮小されたりと、ピントが合わなくて非常に遠近感のゆがんだ過去図になりがち。もっともリアルにその過去にいた人の過去図であっても、その人の目を通す以上どうしても遠近感の歪みは生じるんだけど、それならバーチャルでしか体験できない私たちの図はどれだけ歪むかっていう そもそも「図」には決して載せられない「空気」とか「体感」みたいなもんは決定的に欠落しちゃうし。意外とそうした「空気」や「体感」こそが重要な動機だったりすること多々なのに。

満州で赤紙受け取った父ことじーちゃんとかは、筋金入りの朝日新聞・社会党って感じで、娘の目には「反戦平和!軍隊なんてなきゃないに越したことはない」っていう信条の人でしたが、しかしだからって当時の軍人を目のカタキにするとか、そんなことも娘の目から見る限りはなかったです。個別に好きな軍人、キライな軍人とかはいたでしょうが、基本的に楠公はヒーローで、高山彦九郎は偉大で、という教育を根っこに持ち続けた人ですからね~「帝国陸軍の○○大将」なんて言ったら理屈よりまず「偉い人」っていう感覚が、そんな人の名前すら知らない私なんかの世代とは比べ物にならないくらい刷り込まれてるし、そこには「あの苦しい時代をともに生きた人たち」というシンパシーもあったんじゃないかと。ただ方法論とか価値観とか、そういうとこで相容れないものはあったにしろ。

そこら辺が、リアルじゃなく観念でしか受け止められない現代になると、どうしても二者択一的になるというか、「どっちが正義だ」的になっちゃうんですよね。戦争が嫌なら当時の軍人もすべて否定すべき、軍人にシンパシー抱くなら当時の戦争も讃えるべきみたいな。「~すべき」が先走って「体感」みたいなもんがこぼれおちちゃう。んで図が歪んじゃう。
ま他人事なら簡単に「~すべき」ってスッパリ割り切って言えますよね。でも自分が実際に体験するとなったら、それどこまで通用するかな?
「当時の軍人さんも一般人もみんな頑張った。みんな死力を尽くして戦った。でもあんな戦争は二度とゴメンだ」
っていう、ごく普通~~~の感覚が通用しなくなる世の中はこわいです。

そうした歪みを若干矯正するのに、こうしたリアルを知る人たちの言葉は貴重だと思うんですよね。
「同じ日本人ですよ。昔と変わらない」「今が一番幸せな時代」「日本人はわりあいカネに淡白」等々とか、うんうんそうでしょうそうでしょうと。
私も元々そう思ってたんですが、昨今の「日本は、日本人はこのままでいいのか!?」的な勇ましい言説があまりにも飛び交う状況を見ると「自分も危機感持たなきゃいけないのかな。確かに「日本は全方位このままでOK」とは言えないしな」なんてグラついてくるんですよね。
でもリアルを知る人がこういうこと言ってくれると、「やっぱしあの勇ましい言説は煽り目的も多々なんだな」「ヘタに危機感持ってどーーーっと流れができちゃうとこに加担するとこだった。危ない危ない」とか、落ち着けて安心する気が。いやどっかり安心しても困るでしょうがそういう錘みたいなのは体内に入れとかないとね。
「自国を自前で守れないのは残念無念。だけど自前で守るのはカネがかかって大変だ」「我々が戦争に行くとは思わなかった」
とか、まさに当時を知る人ゆえの、リアルな思いだな~と。

そういえば司馬遼太郎の一連の対談集なんかにも、同種の感銘を受けます。司馬遼はじめ、敗戦当時既に成人していて、日本が戦争になだれ込む空気を肌で知っている人たちがゾロゾロ登場して。
中には物心ついた時から祖父母に戊辰戦争の体験談を聞いていたなんて人もいてびっくりです!そうか~じゃあ当時は明治大正なんて、まだリアルにそこら辺にあったんだな~(そういえば私の伯母さんも関東大震災経験者だったな)

個人的に、山風さんの物事の見方・考え方が好きっていうのもあるんですけどね。
俯瞰する位置がすごーーーく高いので物事公平に見ている&レンズの性能がいいから遠くてもぼやけないというか。例えば空にぐおーっと上がってって、そこから地面を見下ろして、町がこうなってるのは、この川がここで蛇行しているからなんだな、といった具合に、客観的に判断できる、視野が広いから判断材料がいっぱいある、という印象。
驚くべきは山風さん、20代にしてすでにそうだったことです。学生時代の日記「戦中派」シリーズとか、今読んでもまったく違和感なく。20代なんて自己の確立期で、自分のことで精一杯だから、何でも自分の主観でぶったぎっちゃうこと多々だと思うんですが、そうした「若さゆえの思い込み」みたいなとこが全然ないんですよね
ナンシー関さんとかもそうでしたが、そういう「客観的な目玉」をもう体質的に、自然と持ってるという方々が、時にいるんですね。こういう人の言うことは個人的に、すべてに賛同というわけじゃないけど、やっぱし信頼度上がっちゃいます。「日本人はアジア諸国を同じ民族とは思ってない」とか、ああそう言われりゃ確かにそうだな~とか。

ともあれこういう、当時のことを自分の言葉で語れるという人がどんどんいなくなってるのは、時の流れとはいえ、決定的な取りこぼしが発生しそうで、ちょっと不安でもありますが。

-先生、最後に一言・・・
「いまわの際に言うべき一大事はなし(笑)」
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