スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

彼岸獅子 in 鶴ヶ城

会津の春は、獅子舞とともにやってくるとか。

春のお彼岸期間中には、会津の町のあちこちで獅子舞が舞われるそうです。人呼んで「彼岸獅子」。
ママ&Uも春分の日、鶴ヶ城に彼岸獅子を見に行きました♪(KKはインフルB型につき、自宅待機

IMGP0733_convert_20120321092835.jpg

鶴ヶ城の南口。
私たちが鶴ヶ城へ行く時はいつもこちら側からなんですが、入り口入るとなぜかお墓が並んでたりして、どう見てもこっちは「裏口」 江戸城の「不浄門」みたいなもんなのかしら?
余談ですが、鶴ヶ城の北側「北出丸」方面は、裁判所や市役所など官庁街(?)、西側は神明通りや大町通り、七日町などの商店街が広ってます。東側はご存知東山で、偶然かもしれませんが鬼門に当たる北東には飯盛山があり、会津藩ゆかりの神仏が、町を見下ろしつつ眠っています(で南側はお墓や沼の埋立地と)。

IMGP0735_convert_20120321092940.jpg

裏口なので(?)こんな庶民的な看板も。
「犬の散歩中オシッコはやめてください。ここは歴史ある鶴ヶ城です」
みたいなことが書いてありますが、「歴史ある鶴ヶ城」なのに犬の散歩Okっていうのがそもそも太っ腹だな~というか、庶民に愛されてるお城なんだな~というか。

IMGP0737_convert_20120321093103.jpg

こないだまで真っ白だったお堀もすっかり溶けて。
カモがさっそく戻ってきてました

IMGP0738_convert_20120321093133.jpg

ここで幼稚園のお友達とばったり
去年中通りから会津に引っ越してきたご一家。今日は初めての彼岸獅子を見に来てみたとのことで、同じ同じ♪
「なんかつまんなさそ~」と行く前はぶーぶー行ってたUは、思いがけずお友達に会えて大喜び!2人で手を繋いでさっさと先に行っちゃいました

IMGP0741_convert_20120321093303.jpg

本丸跡にほど近い広場には、既に人垣が輪になっていてびっくり
私たちは、演者の方々が待機しているあたり=獅子舞の背面になるので人垣が一番薄い場所、にもぐりこみましたが、獅子舞と鶴ヶ城を一望できる正面なんかは、立派なカメラを構えた人たちが大勢スタンバイしていて。
保存会の方が「今年は多いな~~」とおっしゃってました♪
ほどなくして、笛太鼓の音色が流れ。

IMGP0767_convert_20120321094048.jpg

彼岸獅子の始まりです。
音楽とともに3匹の獅子が、厳かに中央に進み出てきました。

IMGP0744_convert_20120321093626.jpg

「会津彼岸獅子」、昔は町ごとにそりゃもうたくさんのチームがあったそうですが、戊辰戦争やその後の戦争などを経て、数が激減したとのこと。
今残っているのは、鶴ヶ城の東側、近藤勇の墓のある天寧寺や温泉を有する東山の「天寧獅子」や、北会津の「小松獅子」、磐梯町の「赤枝獅子」、喜多方の「下柴獅子」などなどなど(って私的には充分「いっぱい残ってるな~」という感じ)
ここ鶴ヶ城で舞っているのは「天寧獅子」です。獅子舞のグループによって、衣装や動きなどそれぞれ特徴があるそうで、見比べると面白いかもですね♪

IMGP0747_convert_20120321093653.jpg

けれど、どこの会津彼岸獅子にも共通の大ポイントとしては「3匹の獅子がそれぞれ舞う」こと。
これが私の目にはけっこうカルチャーショックで
私の知ってる「獅子舞」って、唐草模様の風呂敷かぶった2人組による前足と後ろ足の、四つ足で動き回るという、もろ「動物」。時々歯をカタカタ言わせたりして、子供が噛まれると健康に育つみたいな。
けどこちらはご覧のとおり、わりと「人間」なんですよね。太鼓叩いたりするし。呼び方は同じ「獅子舞」でも、全然別物!
天寧獅子」のサイトには「起源」として、こんな説が載っていました。
一口に獅子舞と呼ばれているものの中にも、大きく分けて二つの流れがある。
一つは神楽獅子の系統に属する獅子舞であり、もう一つは鹿踊りの系統に属する獅子舞である。
この両者は同じ獅子舞と呼ぱれるものではあっても、その発祥、起源については大きな違いがある。
一方のは神楽獅子であり、真っ赤な顔をして頭が大きく、ライオンの系統を引くと思われる中国の獅子頭や狗犬とよく似ているので、一見して大陸で形づくられたものであることがわかる。
(←私が知ってるのはこっちだな)
しかして一方の鹿踊りの系統に属する獅子頭には二本の角があり(まれには一本のものもある)、地方によっては枝のついた角や、あるいはずばり、鹿の角をそのままつけたものもあり、大陸渡来の獅子とははっきり異類のものであることがわかる。
結論から先に言えば、後者の獅子舞は古代人の狩猟生活の中に起源があるものと考えられる。

つまりこの「会津彼岸獅子」の方が、日本古来の流れを汲むものなのかも?

IMGP0753_convert_20120321093714.jpg

そういえば、こないだ大熊町の写真展で見た熊川稚児獅子舞
確かにあれはもろに「鹿」でしたね。頭の両側に角(というか木の枝みたいな?)もついてたし。
「福島の獅子舞は、私が知ってる獅子舞とは違うな~!」と思ったのはこの時でした。今回の彼岸獅子も、それを確かめたくて見に来たような面も。
新潟出身者としては、「太鼓を下げて踊る」「子供が演じる」などは、「越後獅子(=角兵衛獅子)」を思い出してしまうのですが、獅子のお面が全然違う感じ。角がついているのがとっても「異文化~」という感じがして。
熊川稚児獅子舞の説明には「宮城や岩手のものに近い」とありましたから、角兵衛獅子の出現以前から、こういう文化が東日本にあったんでしょうね。
「獅子舞」をwikipediaで見ると、ざっくり分けて、大陸由来の動物っぽい「神楽獅子」は西日本、1人舞いである「風流獅子」は東北・東日本、といった記述もあって興味深かったのですが、しかし「あさきゆめみし」では、夕霧&柏木も、獅子頭みたいなのをかぶって踊ってたんですよね。もちろん京都で。
上記の「起源」にもありましたけど、越後獅子も大熊町の獅子舞も、会津彼岸獅子も私の知ってる神楽獅子も、色々混ざり合って各々現在の形になっているようで、なかなか奥が深そうです。

IMGP0756_convert_20120321093735.jpg

さて初めて見た「会津彼岸獅子」、第一印象としては、基本ゆったりした動きだけど、どっかこう芯があるな~というか。
動きの折々に、こうカクッと、頭を振るんですけど、それがなんかすごくピシッとして見えるんですよね。
天寧獅子」のサイトには、こんな説明がありました。
武士団からの支援を受けた天寧の獅子は、その舞の中にも武道型が鋳込まれるなどして、天寧獅子ならではの独特の風格がつくり出され、芸格に磨きがかけられたのである。
それは例えば、腰を下しても身体の安定を保ち、足を四もくに踏んで舞い終るまで腰を伸すことを許さないとか、武骨にして、しかも優雅に舞うとか、その舞の姿勢美は特に尊重されたようである。

基本的に会津の獅子舞は、城下町が発展し、商売繁盛を願って縁起を担ぐ商家の勢力が強くなるに従って、縁起の良いものとして愛され盛んになったそうですが、「天寧獅子」は、鶴ヶ城のおひざもと・東山という場所柄、武士の影響も受けた様子。

IMGP0757_convert_20120321093817.jpg

ところで「武士の影響」と言えば忘れちゃならないのが、北会津に伝わる「小松獅子」。
戊辰戦争の時、田島口を守っていた若干、24才の国家老、山川大藏(後の陸軍少将山川浩)は、敵が若松の入口、飯寺まで迫った時、一計を案じ、小松の獅子を要請しました。
小松では早速、板木を打ち叩き、お殿樣へのご恩に報いようと一組の獅子を結成し、堂々と突進し敵軍はこのいで立ちに、あっけにとられてしまい入城を許してしまいました。ろう城していた者もその獅子の笛の音を聞き、黒金御門を開けて泣いて迎えたといわれています。
その後、明治4年に御薬園において、松平容保公が小松獅子の功績をたたえ、太夫獅子の頬掛けに葵の御紋を与え、高張提灯に使用を許可したという歴史を持っています。
(「北会津彼岸獅子」ホームページより)
「太夫獅子・雌獅子・雄獅子」の3頭の胸元にそれぞれ垂れ下がっている頬掛け、チームにより文様は様々ですが、葵の御紋をつけているのは「小松獅子」だけだそう。

IMGP0764_convert_20120321093944.jpg

それにしても、この色鮮やかなコスチュームを見ると、私的にはどうしても沖縄のエイサーを思い出してしまいます。
もっとも衣装もチームによって違い、たまたまこの「天寧獅子」が個人的に紅型っぽく見えるだけですが(「獅子舞と言えば緑の唐草」な目には尚更)、太鼓を下げて踊るのもエイサーと同じ。
念仏踊りから始まったといわれるエイサー。今でも旧盆には町ごとに色んなエイサーが周って、沖縄のお盆には欠かせない催しですが、調べてみるとこちら「彼岸獅子」も、江戸時代にはお盆時期、「盆踊り」「墓踊り」としてお墓やお寺で舞われていたとのこと。
お盆時期=死者・人間向けに、同じように太鼓ぶら下げて踊る文化ってだけで、沖縄好きとしては結び付けたくなってしまいますが、しかし沖縄の獅子舞は、ほんとに「異文化~!」という感じなので(なんというか、異国の動物という感じ)、直接的な関係はあんまりなさそう。
にも関わらず「同じような意味合いの文化がある」というのは、「土台が繋がってる」という感じがして興味深いです(沖縄と東北って、時々似てるんですよね。言葉とか)

IMGP0760_convert_20120321093913.jpg

ちなみに会津彼岸獅子は、江戸時代の寛永年間、下野国(栃木県)から喜多方の下柴に伝わり、その「下柴獅子」から会津一帯に広がったと言われています。そうか~喜多方が元祖なのか!

IMGP0759_convert_20120321093845.jpg

舞い終わった獅子の1人が、ひょっとこと言葉を交わしています。
と思う間もなく、今度はひょっとこが踊りの場へ。
見物している子供達の頭をなでたりして、いかにも「道化」な雰囲気です

IMGP0766_convert_20120321094021.jpg

次の演目は、ひょっとこと獅子1頭による踊り。
それまで舞台の袖に控えていたひょっとこを見て「お、エイサーで言う「チョンダラー」が彼岸獅子にもいるのか。やっぱり何か繋がりが・・・」と思ってたのですが、サイトを見るとこのひょっとこ、チョンダラーとは役割が違い、本来は「子供」役だそう。

IMGP0777_convert_20120321094213.jpg

右丁に二本ずつの鈴と幣束を持った「幣舞小僧」と、雄獅子によるこの舞い。
「天寧獅子」のサイト「演目」ページを見ると、以下のような説明がありました。
「幣舞小僧」は本来は子供がつとめるものであり、子供が演じるときはお面は付けませんが、子供の替わりに大人が演じるときにはお面をつけます。
その場合、“大人”小僧は、“道化”を演じます。
それで“ひょっとこ”のお面を付けているのです。

こちらの天寧獅子では、弊舞の主旨は「四方固め」「地祭り」だそうですが、北会津の(葵の御紋の)小松獅子では違う物語が伝わっているそう。

IMGP0772_convert_20120321094140.jpg

小松獅子では弊舞の物語を次のように伝えています。
子供が一人で遊んでいるところに獅子が来て子供を喰おうとしますが、子供の持ってる鈴と幣束(魔よけ?)が怖い。
なんとかその目障りなものを奪ってしまおうと、子供と一緒に遊んでいる間にすっかり楽しくなってしまい、子供を喰わずに山へ帰る、と。
(「天寧獅子」ホームページより)

IMGP0771_convert_20120321094114.jpg

確かに「心が通じ合った」的な踊りではあります
踊り終わった獅子が「水~・・・」と言いながら戻ってきたのも微笑ましく。
2番ぶっ続けですもんね。しかも今日は小春日和♪
春を呼ぶ獅子舞、確かに今日の鶴ヶ城は春の陽射しでした。

IMGP0778_convert_20120321094234.jpg

ぬおっ!目が合った!?

IMGP0779_convert_20120321094301.jpg

と思ったら、子供をかまってくれたのでした(弊舞みたいに、騙して喰おーとしてないでしょうね
握手もしてもらって、うらやましーぞーU!
ここは舞台袖で、舞を見るには正面の方がいいですが、バックステージを満喫したい方にはこちらもオススメかもです♪

IMGP0780_convert_20120321094320.jpg

おっ!ずっと袖に控えていた弓がいよいよ出てきました。
これは「弓くぐり」。太夫獅子1人によって舞われます。

IMGP0784_convert_20120321094341.jpg

太夫獅子が、弓に近づいては
「どうしよっかな。あ、やっぱやめた」(と戻ってくる)
「行ってみるべき!?」(と言わんばかりに、観客をキッと振り向いて近づくも)
「いやいやいやこれやっぱムリだわー」(と戻ってくる)
を繰り返す面白い舞い。
弓を持ってる方が、獅子が離れている時は横目で見てるのに、顔が近づくと目をあわさないよう「無の表情」になるのも、個人的にまた面白く

IMGP0785_convert_20120321094407.jpg

ちょっと弓に触ってみたりして

IMGP0786_convert_20120321094431.jpg

その後、獅子が意を決したようにピョンと跳ねた後、ガーっと弓をくぐって終わるのですが、それまで散々ヘタレぶりを見せられているだけに、無事くぐった時には観客一同「おお~~!」
「天寧獅子」のサイトによると、この「ピョン」が出たらシャッター準備!とのことですが、知らなかったので写真撮り逃しました~

IMGP0787_convert_20120321094458.jpg

最後に再び3人で舞って、彼岸獅子はおしまいです。
踊り終わった獅子たちにワラワラと近寄る私らに向かって、保存会の方々「どうぞ一緒に写真とってください~い」
わ~~なんかTDRみたい もちろん私たちも、一緒に写真撮ってもらいましたよ(お友達も一緒なので、UPはご遠慮)

IMGP0788_convert_20120321094519.jpg

あっと言う間に分厚い人垣になって、「頭なででくださ~い」というお姉さんや、「両手あげてポーズ取って」と注文つけるおじさんなどなど、この人気ぶりはまさにミッキー。
ちなみに写真撮る時にあれこれこ注文する、いわゆる「ワンショでポーズ指定」は、TDRではけっこう嫌われますのでご注意下さい
「次の場所に移動しなきゃいけないので、あと3分。あと3分~」と、獅子自ら叫ぶほど大人気でした♪これはキャストさんつけるべきだな

IMGP0791_convert_20120321094543.jpg

おまけ。
鶴ヶ城で彼岸獅子を堪能した夕方、神明通りのリオンドールに行ったら、その隣のお店でも獅子舞やってました♪
獅子舞の後ろを、買い物するおばちゃんが自転車で通り過ぎてたりして、とっても「庶民の日常生活に根付いた年中行事」っていう感じ。
鶴ヶ城の、殿様に見せてもイケるようなショーも、街中で太鼓の音に誘われて立ち止まってみましたみたいな獅子舞も、どちらもそれぞれに趣があっていいな~♪

IMGP0796_convert_20120320165036.jpg

というわけで、会津に春がやってきましたよ~
スポンサーサイト

テーマ : 福島県 - ジャンル : 地域情報

コメント
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。