Thank you for Everyone vol.2

前回からの続きでもあるような、ないような

話変わって、こないだ高校(中学3年?)以来の友人たちと、1年ぶりに女子会じゃなくて新年会をしたのですが。
1年ぶりに会ったら、5人中2人が東方神起のファンになってた~という衝撃はさておき
みんな新潟在住につき、場所は新潟。会津から参加するのは私だけなので、手土産に起き上がり小法師とか鶴ヶ城キーホルダーとか、何かそんなちっこい会津物産でも持ってこうかな♪(食べ物は放射能関係を気にする人がいると気まずいし)と目論んでたのですが、急いでいて見事に忘れ
みんな「そんなのい~よ~」と笑って許してくれたのですが
「だってあたし、起き上がり小法師持ってるもん」「あたしもたぶん5個くらいある」「私なんか赤べこも持ってるよ~小学校時代の修学旅行のお土産
私は新潟への転校生だったんで、修学旅行で会津に行ったこともなければ、会津との距離感ってのもイマイチ実感として入ってないんですが、生え抜きの新潟人である友人たちにとっては、会津って物理的・心理的に「近い場所」みたいで
「うん。けっこう行ったことあるよ。10回くらいは行ってるんじゃないかな~」「柳津って知ってる?前にそこ行ったらいいとこだったよ~」
会津在住&会津好きと言いながら、西や南や北会津はまったく未知の場所(ってそれほぼ全域ってことじゃ?)な私なんかより、新潟の人たちの方がはるかに詳しいという
「みんなから見た「福島(会津)」ってどうなんだろう?現・福島人としていたたまれない話になるんじゃないかな?」
とか、正直どっか不安もあったのですが、それだけに、こうして新潟と福島(会津)の距離が心理的に近く、会津から来た人に「会津っていいところだよね」と口々に言ってくれる、その心遣いがすごくうれしくて♪
もちろん友達だから、あるいは礼儀としてってのがもちろんあるんでしょうけど、その礼儀の根本にあるのはやっぱり「優しさ」だな~と。
「そんな生ぬるい「優しさ」なんてウソッパチ!」
という意見も、確かにある種の真実ではありましょうが、「真実なら即ち善か?優しさという名のゴマカシはただの悪か?」って聞かれたら、私は即座に「NO」と答えちゃいますね~ コザのミュージシャン・ローリーさんも 「♪押付けがましい 美しさは 知らぬ間に誰かを傷つけてる~」って歌ってますし。

夜が更けても話は尽きず
「じゃあ今度は東山温泉で集まるか~!?」との言葉に、みんな「いいね~温泉♪」「泊りがけ~♪」とかノリよく応じてくれて、やがてお開きとなりましたが。
けど多分、私が実際に東山温泉に集まろうと持ちかけることはないだろうな~。みんな忙しいってのもあるし、いや決して、幹事がメンドクサイとかそうゆうことではなくてホントホント
何よりも「そりゃ~あの時は「いいね~♪」とその場のノリで言ったけど、本音は放射能とか気になるなあ。でもそれで行かないなんて言うのは悪いかな~。嘘をつくのは心苦しいけど、適当な言い訳探そうか、それともちょっとガマンして行けばいいか・・・e.t.c.」
とか思う友達もいるんじゃないかなんて想像すると、ああ~もういてもたってもいられない気持ちに いや、誰もそんなこと思わないかもしれないけど。
けどもしもそう思ってしまうとしたら、きっと友達は「私を傷つけたくない」と思うし、私は「友達に気を使わせたくない」と思うし、それならこういうビミョ~なもんには手を出さないで置こうと。決して「それで友情にヒビが入る」とかそんなんでなくて、心情的に。
上にちょろっと書いた「食べ物は気まずいかな」も同様で、私は今んとこ、ここで日常生活することは特に心配してないし、福島のお菓子に至っては、チョコままやエキソンパイなど自分で買って食うくらい、まったく大丈夫だろうと思ってます。福島物産に携わる人は皆さん必死で検査してるし、そもそも原材料なんて県産どころか国外が大半だろうし、百歩譲ってたとえ放射性物質が入ってたとしても、ちょっとくらいなら別に毎日大量に食うわけじゃないし、とか。
なので私は平気で食べちゃうけど、ワンランク線量低くて、福島ローカルTVや新聞では連日報道されてる「現地生産者の苦労」とかはそんなに入ってこない、悪い意味ではなく事実として「対岸の火事」な他県住みだと、もしかしたら「福島産の食べ物」ってことで身構える気持ちになる人がいても、まあ自然かもな~と。そうしたら、もらった物を食べるにしろ処分するにしろ、あれこれ思わなくてもいいことを思い、ちょっと「闇」な部分すら顔を出して、そんな自分に罪悪感を感じたりするかもしれない。
うわ~んそんな余計な葛藤を友達にさせたくないよ~ん

これはおそらく今、福島の人が県外の人と接する際に共通して持ってる心情なんじゃないかな~?
桃も柿もお米もおいしかったのに。あの日まではまさに「うつくしまふくしま」だったのに。今では「これお土産~。食べてみて♪」とか「今度遊びに来てね~♪」とかも堂々と言えず、自ら卑下しなきゃいけないような心情になってしまう。
転勤族には代弁できませんけど、福島が故郷である人の悲しみは、計り知れません(だからこその猪苗代湖ズの歌なんですよね)

再度念押しですが、放射能に関する友達の本音は、実際のとこわかりません。表面と同じく、本音もそんなに気にしてないのかもしれない。
けど、たとえ本音が「福島県産は正直パス。今は福島行きも遠慮したい」であったとしても、大事な友達であることに変わりありません。今までの積み重ね(かれこれ20年以上!?)もあるし、何よりこんな私を友達として丸ごと受け止めてくれる延長線上で、もしかして本音は違うにも関わらず会津・福島を「いいところ」として礼を尽くしてくれる、その礼儀=タテマエに込められた気持ちがただひたすらありがたくて
「タテマエなんてウソッパチ!」
なんていうのは青い証拠。本音と建前、相反するからってどっちかを切り捨てる必要なんてないんですよね。それが自分の心にある以上、自分にとってはどっちも真実で、どっちも大切。
ドロドロの本音だけを真実として、そんな本音ばっかり言語化してると、脳みそもいつの間にかそれに染まってくんじゃないかしらん?言語化=考えが整理されるってことなので、ただドロドロとなんとなく思ってる状態より、それが脳みそにインプットされやすくなるから。そんで言語化する以前、考えをドロドロ状態にさせてたゆえんの、本音と相反する思いなんかは、言語化された時点でスッキリとどっかいっちゃって。
それを避けるためにも、キレイなタテマエを口に出すって大事だと思います。口に出せば脳みそに残りやすいから。
ま、ハナからウソだと信じ込んで言っててもしょーがないですけどね

あれ?なんか気づけば「水に「ありがとう」と言うとおいしくなる」とかいうアヤシイ団体みたいな主張になってる??
オカルトマンガ好きとしては「水に、感謝する時とかに自然と出ている気を当てるとおいしくなる」というのはアリかもとは思ってるのですが、それが「思想」とか「社会運動」みたいになっちゃうと一気にニガテというか、大笑いなんですけど
「感謝」を「手段」として使ってるっていうか、「善行だからする」みたいなマニュアル臭さというか宗教臭さというか、しかもそれが「世直し」まで結びついちゃいそうな選民思想臭というか、ま総合すれば「胡散臭い」。

そういうアヤシイ団体みたいな主張をしたいんじゃなく、どちらかと言えばサンボマスター・山口さんが「LIVE福島」本で言ってた
「僕の好きなロックンロールって「愛と平和とか嘘だ」っていうロックもすごく多くて、それを聴いてきたんですよ。ストゥージズとか「そんなの信じねーぞ」とか。それでもすごく救われてもきたけど、僕は心の奥の奥のほんとのこと言うと、どうしても「愛と平和」とかになるんです」
に近いんですよね。
「「愛と平和」なんていう「キレイなタテマエ」なんかウソッパチ!」
という本音を持つのは
「だってそんな「キレイなタテマエ」を信じさせてくれるようなことなかったもん=できるならそういう「キレイなタテマエ」を信じたい」
という、更なる本音があるからこそだという。
どっちかだけが正しくて、それ以外はウソってんじゃないんですよね。「プラス以外は全部マイナス、じゃない」というのと同じように。

あ~読み返すと、また長々と青臭くって恐縮しきりですが。
ともあれそんな感じで(?)、友達の有難さと楽しさを、東方神起についての濃ゆいレクチャーをはさみつつ、たっぷり堪能した新年会だったのでした
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