泣いてるなあ

いや~泣いてますね~北朝鮮の人々

私の世代では、こういうの見るとつい「松田聖子の嘘泣き疑惑」とかが浮かんでしまうのですが、それはさておき。
カメラの前で泣いてる北朝鮮の人たち、あれはやっぱり松田聖子みたいな自己アピール、または泣かないと罪に問われるとかの、いわゆる嘘泣きなんでしょうか?
それともやっぱり、あれだけ「偉大なる将軍様が」と刷り込まれているが故の、ホントに自らの足元が崩れるような悲しみで泣いてるんでしょうか?
あるいはやっぱり、「大声で泣けば泣くほど成仏(?)できる」とかの儀礼的な意味合いがあるんでしょうか?

それらすべてが渾然一体となってる、て気もしますが。
個人的には、上2つならなんだかゲソーっとしますが、一番下の「儀礼」ならもうどんどんやってちょうだい、そういう「おくりびと」文化ならそりゃ泣いてあげないと、と全然印象が変わります(って他国の事情にアレコレ口出すのもなんですが

日本で例えばNHKが、個人の訃報を涙ながらに伝えたら、かな~り異様な光景ですが、文化の違いってんなら受け止められる気がします。日本にも「挙哀(こあい)」=「死者を弔うために泣き声をあげる礼の一つ」というのがあったそうですし。逆に言えば、そんな礼があったはずなのに、今や北朝鮮がすっかり異様に思える日本になったっていうのも感慨深いというか。

ここで思い出したのは、高校時代に読んだ「あさきゆめみし」というマンガ。
ご存知「はいからさんが通る」の作者による、「源氏物語」のマンガ化作品ですが、登場人物が呆れるほど泣いてるんですよね

明石に流されて泣く。京に戻ってこれて泣く。
光源氏の描いた絵が素晴らしいというので泣く。
舞が素晴らしいというので泣く。
お見舞いに来てくれたのがうれしくて泣く。
「息子を一般人と同様に扱って欲しい」と言われ感激して泣く。

泣きすぎ

もちろん上記以外にも「これは現代人でも泣くわ」ってとこでは欠かさず泣いてます
なんなんでしょね?「風に揺れる木の葉にも心が震えてしまう、繊細で風雅な俺」って美的価値観でもあったんでしょうか当時は??
紫の上が亡くなったところなんか、女房たち総「泣き女」状態ですし。こういう状態だとボルテージ上がってヒステリー状態になっちゃうのは、わかる気がしますが。
もっとも原典はいずれも違うのかもしれませんが、でも今の読者にはかえって不自然になるのにわざわざ涙を描いてるってことは、たぶん原作もそれらしい記述なのではないかと、読みもせず推測

まあ相手は平安貴族だからね~。現代人と感覚が違うのはしょうがないよ遠すぎるもん。
現代から一番近いところで似たような状態になったのは、やっぱり明治時代のあれでしょうかね~。
そう、「明治天皇崩御」!

老若男女は、宮城門外に雲集し、昼夜その影を絶たず、27日、28日に至って無慮幾万、みな俯伏して泣禱した。
『夢声自伝』にいう。
「7月28日の朝日新聞には「行け二重橋へ」と題する名文が載っていた。

-いやしくも日本に生まれて、都近う住めらん限りのものは、何事を差し置いても請う行け!(略)
-此処に打ち集う老若男女の、或いは天を仰ぎて神明に祈り、或いは地にぬかずきて悲涙にくるる様を見るにつけても、上下挙げて大君を思いまつる我が国ぶりを目の当たりに縮め見る心地して、人をして覚えず襟を正さしむ。幼きがささやかなる手を合わせてひたすらに拝める、身なり卑しきが地の上に土下座とやらんして鼻打ちすすりたる、親子兄弟一家を挙げて来れるが、声を呑みて只拍手のみ打ち合わせたる。(以下略)
-行け!行け!二重橋の辺に!人の心かくばかり美わしく尊く表れたる様を、事なからん日見ばやとて見らるるものならんや。げにも是れ末代までの語り草なり。(略)

おそらく現代の若人たちは、この一文を読んで失笑するであろう。だが、当時19歳の私はこの記事文を涙なしには読むことが出来なかった。これはいささかの誇張もない。その時そのままの報道文なのである」
山田風太郎「人間臨終図鑑」より

私には今んとこ、あの北朝鮮の画面は「異様だ」としか思えないけど、こういう感覚はどこまで変わらないものか、それだけがちょっと興味あります。
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テーマ : ひとりごと - ジャンル : 日記

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