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こんな6日間があった」

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「公式本・LIVE福島」より(上の写真は、相馬会場のメッセージボードです)


「もともと私は福島県にかかわりのある人間ではありません。(略)最初に思ったのは、そんな私がこの企画に参加していいんだろうかっていうことだったんですね。でも、その不安を払拭してくれたのが実は、福島の方たちだったんです」
「福島で開催した“震災イベント”で終わらせたくなかったですから。ましてや、アーティストさんたちにも色んな負担を強いているわけですよね。(略)そうやって色んな人に色んな負担を背負ってもらった上でやるからには、思った以上のことをしっかり成し遂げないと、失礼だと思うんです。福島にも、東日本にも、日本全体に対しても。そんな思いは、ずっとありました」
「LIVE福島・風とロックSUPER野馬追」総合プロデューサー

「鶴ヶ城公園は条例指定の公園でもあり、使用目的の制限もあるので、なかなか許可が下りなくて。でも、やっぱり今、こういうことが一番必要なんだよ、という意識を、議員さんや地元の我々のような者たちの中では共通して持っていて。色々な人たちの思いが集まって、ルールや壁を越えていくことにつながった気がします。ここだけではなく、LIVE福島の会場となったすべての場所で、そうした経緯があったはずです」日本青年会議所東北地区福島ブロック会長

「(日産いわき工場は)震災後の2ヶ月間、みんな土日もなく復旧作業をして、復旧作業に入った最初の頃は水もないし、食べ物もろくにないっていう状況の中で、ほんとみんなよく頑張って、2ヶ月でなんとか復旧にこぎつけました。震災直後のあの光景を思うと、今この場で、こんな大きなイベントの最終日を迎えているということが、信じられない思いもします」(株)日産自動車・いわき工場長

「当社は神戸が本社で、そこには工場もありましたが、阪神淡路大震災で被災、ダメージが大きく再建を断念しました。しかし雇用だけは確保しなければと、神戸工場勤務の方に、白河工場を始め、他の工場への転勤をお願いしました。
工場は地元採用が基本ですから、慣れ親しんだ環境から離れることになります。そういった方も勤務する白河工場が被災したことを考えるといろいろなことが頭に浮かびます」
(株)住友ゴム工業・ダンロップタイヤ営業本部課長

「正直なところ、やったことをもう1回こう嚙み締めたい気持ちもあるんですけど、逆に、もうやったことはやったこととして、次のステージに行かないと、というのが今の心境です」
「TOSHI-LOWさんの「福島の人がどうしたいのか、教えて欲しい」っていうあの言葉に、言葉や行動で答えなきゃならない時が来ているということが、今一番言いたいことですね。・・・今話していること、全部自分に言い聞かせながら話していますけど(笑)」
福島民報郡山本社

「家の中で放射線量を測ってもらったら、2.0μシーベルトっていう数字が出て。(略)今は(猪苗代湖に)アパートを借りています。そこから郡山市内に通っている状況ですね。避難しているのは別に私が放射能を怖いわけではなく、妻が子供(1歳と3歳)の面倒を見てくれているんですが、子供に不安を抱えて過ごさせるということが、すごく妻のストレスのもとになったりするからです。猪苗代湖の辺りは低いんですよ、0.08μくらい。(略)でもそれも、できる人、できない人っていますから。(略)一方で、私も建設業やっているので、たとえば人がいなくなっちゃうと仕事がなくなる。家が建たないと仕事にならないんで、難しいんですけどね」日本青年会議所東北地区福島ブロック元気福島人材育成委員長

「(TVなどで)私が何かメッセージを発信しても、それは私の意見でしかなくて、他の福島の人たちの気持ちとは違ったりするから、難しいですよね」福島リアル代表


「観光客が減っているので、会津は安全だよと言いたいです。会津のことだけ言うのもおかしいですけど、何ともないので・・・普通に生きてるので」観客@会津若松市

「(京都の大文字焼きとかも)やらないなら、最初からやるなんて言わなければいいのにと、すごく思います。でも、私がもし逆の立場だったら、同じように思ってしまうのかなとも、思うんですよね」観客@郡山出身・会津若松在住

「安全な場所もあるんです。そのことが知られていない。だからと言って、こちらにも少し負い目があるというか・・・そう思っちゃうよねと理解できる部分があるので、反論できません」観客@喜多方市出身・新潟市在住

「放射能の問題などもあって大変な状況ですが、こちらにいる親や友人は普通に暮らしていたりして。逆に県外で暮らす僕たちの方が、食べ物とか敏感になっている部分はあるのかなと思います」観客@喜多方市出身・埼玉県在住

「レキシが見たくて山形からひとりで来ました。同じ東北の近い県なので、福島に対して特別な場所という感覚はないんですよね」観客@山形市

「怒髪天を見るために、6日間連続で来ました。福島だからとか、そういう抵抗はまったくなくて、怒髪天が出るんだったら絶対に行こう!と」観客@世田谷区

「先輩に誘われて、福岡から東京まで飛行機で行って、東京から新幹線で福島に来ました。僕自身音楽が好きということもあって、このタイミングでこういう場にいられるのであれば、福島に行って肌で感じてみよう、と。(略)僕は阪神淡路大震災を経験しているので、福島の震災のことは他人事ではないような気がしているんです」観客@大阪府出身・福岡県在住

「私の友人たちが心配してくれてるように、福島のことを思ってくれている人はたくさんいると思います」ボランティア@会津美里町出身・京都府在住

「神奈川から来たんだと伝えたら、すごく驚かれたんです。「福島に来るの、怖いと思わなかったの?」と。私はそのことに逆に衝撃を受けたというか・・・。「県外の人たちは福島のことを「怖い」とか「行きたくない」と思っているのだろう」と、地元の人たちは思い込んでいるのかもしれません。そういうふうに、県内と県外で認識のギャップが少しずつあるなと、今回来てみて感じました」ボランティア@茨城出身・神奈川在住

「少しでも地元を盛り上げたいなと思って、ボランティアに参加しました。(略)これからどうすべきかは・・・まだ答えを探しているところです」ボランティア@郡山市

「(那須のある)栃木県北は福島と同じように風評被害を受けている。福島の皆さんと一緒にみんなで頑張りたい」観客@栃木県

「行政に頼るだけでなく、みんなが、自分に出来ることをやっていかないと変わらない。こういう事態になったことは、もう逃げられない事実なのだから」観客@郡山市

「今までは放射能に怯えながら暮らしていましたから、少しでも元気になりたいと思って来てみました。素晴らしいです!ライブ自体も初めて来たので、今日、家を出てくるのも勇気が必要だったのですが、思い切って来てよかったです。(略)みんな大変だから、何をどう言えばいいのかわからないです。頑張ろうとは思うのですが、日常は続いているので・・・。(略)毎日変わっていないようでいて、子供を見なくなったり、変わっている現実が目の前にあります。毎日、どうしたらいいのかなと。どうしてどうして?と、その繰り返しですね」観客@飯館村出身・南相馬市在住

「すごく感動しました。楽しかったし、何かもう、こういうイベントがなかったら家も出なかったので・・・。今も、3月11日で気持ちが止まっているんです」観客@南相馬市

「震災が起こった後は、温かい思いもいっぱい経験しました。人の優しさを肌で感じたり、友達の良さを再確認したり」観客@いわき市

「現状として伝えたいことは、TVでは暗い部分が多く報道されていますけど、それほど相馬の人間は暗くないということ。(略)震災後、消防団で2週間ほどいろいろな人の捜索活動をやって、つらい場面もいっぱい見たのですが、だからこそ、復興に向けて立ち上がっていくのは自分たち自身なんだと強く思いました」ボランティア@相馬市

「ボコボコだった道路が元に戻っていたり、体育館での避難所生活が仮設住宅に変わったりと、物理的な変化もあるからか、みんな、前に前に進んでいるように思います。生活していかなきゃという空気を感じますね。避難したい人は、もちろんしていいし、残りたい人もいていい。私にできることは、地元に残っている人の手助けかなと思います」観客@いわき市出身・東京都在住

「今は復興が徐々に進んでいますが、原発の問題が収まらないから、引っ越す人も多いですね。自分自身は、何かをしたいけれど・・・何をしていいのかわからないというのが現状です。3月11日に地震が起きたときは、次の日からみんなで瓦礫を片付けました。外に一日中いたので、あの時どれだけ放射線を浴びたのだろうと、後になってとても怖くなりましたね」観客@秋田市出身・いわき市在住

「自分の出身は元々岡山県で、まずは仕事の関係で神奈川県に滞在して、その後、2年半前から福島に。なので、思わぬところで震災を体験したわけですが、しばらくはこの土地で頑張っていこうと思っています」観客@岡山県出身・いわき市在住

「震災後は、なるべく普段どおりに過ごそうと思って、こうやってライブに行ったり(略)落ち込んでいる気持ちを自分で盛り上げるようにしています。(略)音楽が好きだから、好きな曲をずっと聴いて、それでバランスを取っていた感じですね」観客@岡山県出身・いわき市在住




ここで紹介しきれなかった人たち、言葉たち、まだまだいっぱいあるのですが、キリがないので
紹介した言葉は、「これだけはぜひ紹介したい!」と個人的に思った、その中でもほんの一部分の抜き書きなので、それを話した人から見たら「本当に言いたかったのはその後の言葉だよ」とかな部分も多々だと思います(これが編集の恐ろしさ
逆に紹介した人たちの語る言葉でも、ここに紹介しきれなかった中には、その人たち同士で相反すると思える部分や、個人的に「う~んそれはどうかな?」とか思うところもけっこうありました。
てことは別な人には「ここに紹介されてる言葉は「う~んどうかな?」だけど、紹介されてない言葉の方はすごく共感した!」っていう場合も多いかと思うので、もし興味を持ってくださったら、ぜひ実際の本の方を読んでみてくださいね♪
地域によって、立場によって、人によって、置かれた状況は様々で、受け止め方も様々で、その中でたまたまあの6日間、集まった人たちの肉声(の一部)が伝わってきます。

また他にも、BEGINの直筆メッセージ(「あとからねー」っていうのが、すごく沖縄っぽくていいなあ♪)や、その他全ての出演者の言葉(みんな異口同音に「すごく楽しかった」と言ってくれてるのがうれしい♪)、「予定~福島と宮城と岩手と秋田に帰ったら~」の全歌詞、LIVEの始まりを飾った各会場の郷土芸能、上で紹介したようなお客さんやボランティアの方々(県内県外さまざまな場所と思いから・・・)、ロックンロール食堂全店や協賛会社、各実行委員の方たちのインタビューなど、ほとんどすべてが網羅されていて、すべてがその人自身から出る真摯な言葉って感じで、255ページ読み応え充分!(個人的には、この本で福山とレキシの株が急上昇しました
LIVE福島に行った方や各出演アーティストのファンはもちろん、福島に興味ある方、またはロキノンジャパンの2万字インタビューとかが好きだった方なんかにはぜひオススメです
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テーマ : 福島県 - ジャンル : 地域情報

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