僕らはみんな生きている

ずっと「ええ~~それはどうなの」と、なーんか納得いかない気分でいた放射能騒ぎあれこれについては、「危険厨」だの「放射脳」だのいうレッテルを最近(←遅!)知って、なんか気分的に整理されたというか、あまり気にならなくなってきたのですが(しかしレッテル貼りって、「サヨク」と小林よしのりに決め付けられて以来軽蔑してたけど、なるほど便利なもんですね~ 私的には「ネトウヨ」に引き続き効果絶大です)。
そうしたあれこれの中で気になったままなのが、「福島は金に目がくらんで原発誘致したんだから自業自得」という言説です。
まず中通りや会津地方は関係ないでしょ。という強い気持ちも1つありますが、じゃあ「福島は」じゃなく、例えば「大熊町は」なら自業自得か?いやもう世代的に異なってるんだから、今の大熊町民は関係ないでしょ。いやインフラ整備など、間接的に恩恵を受けている、それにその世代も残ってる、だから自業自得。

なーんか納得いかないわ~

これは個人の価値観によるので、以下はほんと個人的な雑感・感想です。
「僕らはみんな生きている」という、ジャパニーズサラリーマン応援映画があったのですが(マンガの原作もあったかな?)、その中のワンシーン。
発展途上国に赴任したサラリーマン・真田広之が、現地の空港に着いた途端、物乞いの子供たちにわーっと取り囲まれてしまい、身動きできない。その時、迎えに来た現地長期滞在中の上司・山崎努がバッと小銭をばらまくのです。
その途端、真田から離れ、一斉に地面にはいつくばって無心に小銭を子供たち。ボーゼンとする真田。蔑んだような笑顔で見ている白人観光客。
ま、戦後「ギブミーチョコレート」してた日本人が、今やアジアで当時の米兵と同じようなことしてるって構図なわけですが。
この子どもたちは蔑みの対象ですか?必死に小銭を拾う姿は醜いですか?山は死にますか?風はどうですか?(おっとつい昭和ソングが
そりゃま~、立派なことしてるわけでも美しい姿でもないのは確かでしょうが。
でもこの醜さって、生きる姿と同じじゃないですか?この子供たちが醜いなら、生きてる私たち多かれ少なかれ醜い姿をさらしてるわけで、とりたててこの子供たちが醜いとは言えないはず。そういうのが念頭にあって、その姿を醜いというなら納得ですけど、「自分は醜いことしてないがこの子供たちは醜い」ってんなら、なんか想像力不足だと。
そしてもう1つ。そういうわけで私的にはこの子らを「醜い」とは言えないし、ゆえに蔑むわけにもいかないって感じですが(しかし「哀れ」だとは思います)、他にはっきり「こいつは醜い。蔑んでやる」と思う奴らがこのシーンの中にいます。それは、これ見て笑ってる白人観光客。
自分の手も汚さず、たまたま自分がその立場にならなくて済む幸運のもとに生まれただけなのに、そのことにも気づかず「あらあらひどいもんね」と嘲笑できる、その感覚はなんなわけ?そんなあんたこそを醜いと思い蔑んじゃうよ。

昭和30年代、浜通りのこのあたりはまだ出稼ぎしていたくらいの貧しい地域、福島の中ですら後進部という位置づけだったそう。
そんなところに、当時の「ニッポンの未来を支える夢のエネルギー」を背負った巨大企業が来る。建設現場で働けば、東京で出稼ぎするのと同じくらいの日当が、東京に行かずに手に入る。しかもその日当は年々アップする。雇用がないから外へ行くしかなかった町に雇用ができる、インフラは整う、町に人が定着する。
当時の日本は高度経済成長。「豊かな未来がある」と、みんなで未来を夢見た時代。東北地方の一農村が夢を見たって、当たり前じゃないですか?そしてその描いた夢だって、現代なら平均水準程度のささやかなもん。
今、福島民報で、その経緯を連載していて、私もそれ読んでここらのことを知って書いてるのですが、その「明るい未来を目指した思い」に、読みながら思わず涙目になってしまいました
今ある原発がほとんど地方の片隅なことを思えば、原発誘致がある意味「金に物を言わせた」結果であることは、誰もが周知の事実だと思いますが、それでもこんなふうに「明るい未来を思い描いてた」ってのを読んで実感すると、なんかこう。
ちょうど、「豊かな未来」を目指した高度経済成長の奥の奥には、ただ漠然とした「贅沢な暮らしをしたい」とかだけじゃなく、「日本の精神論が欧米の科学に負けた。これからは科学でなきゃだめなんだ」という技術者の、悔しい、無念な、それだけに強い、リアルな思いがあったてのを知った時と同じような、実感として納得できる感覚。

当時原発を受け入れた村とは大違いの、物に恵まれインフラに恵まれてもまだあーだこーだ言ってる現代の私たちが、なんで当時の人たちの選択を「金に目がくらんだ」と蔑むことができるのか。
ここら辺は「先の戦争をなぜ始めたのか」というあたりともかぶりますね。自分がその時代にいたら、果たして戦争(や原発)に反対していたと、自信を持って言えるかという。
それから「原発の恩恵にあずかっていたんだから事故にあっても自業自得」って、その原発でできた電気の恩恵に預かって豊かになったのに、この期に及んでも安全な物を食べたいってピーピー言ってる私たちが言えますかね?ましてや金に物を言わせて作らせといた側が。あっちを自業自得って言うなら、そう言ってるこっちだって自業自得じゃない?
さらに「先の戦争を~」とかぶらせて考えると、当時のその村でも別に全員が積極的に誘致したわけじゃない、おそらく大多数の人は「なんか知らないけど大きい会社が来て、それで暮らしが楽になるらしい」程度の認識だったと推測されます。それは後世の人間から「自業自得」と言われても仕方ないほど責められることでしょうか?当時の人を断罪するのと、当時の人の「過ち」を教訓にするのとじゃ、似て異なるはずなのですが。
しかし何が「過ち」だったのか?となると、よくわからないんですけどね 結局は「結果論」にもなりそうで。

「僕らはみんな生きている」の上述のシーンでは、真田広之が「子供が離れてくれたのはよかったけど・・・でもこれはちょっとひどくないか?・・・この上司も、この子供たちも、子供たちがこうせざるを得ないこの国も・・・じゃあどうすりゃいいんだって言われても困るけどさ・・・」て感じでボーゼンとしてますが(モノローグは私の勝手な想像)、個人的に感覚が一番近いのはこの人です。蔑みまではしないでも、受け入れられずに憐れんでる。
「蔑みはしないが哀れと思う」というのも、いかがなもんでしょね?「蔑むと憐れむ」って同じ根から出た花みたいなもんで、それが「さげすむ」になるとはっきりとした差別になる、「あわれむ」だとうすぼんやりとした差別になる、程度の違いでしょうか?

なので、タイプは真田だけど、憧れこうなりたいタイプなのは、小銭をバラまいた上司・山崎努なんですね~。
決してそこらのエサやり人みたいに、施しを与えて満足するためでも、ましてやそれを見て笑うためでもなく、ただ現状を受け入れ、そこで生活するための手段として割り切ってやるだけ。いやおそらく赴任当初の頃は真田みたいに割り切れなかっただろうし、だから今そういう手段を平気で使う自分を、部下がどう見てるかもわかる。けれど、自分がこうして子供たちがこうするのは、立場の絶対的な違い、ただそれだけなんであって、そこには正しいも醜いもない。だから子供らを蔑むこともなければ同情することもなければ、自分の行為を言い訳して正当化することもない。ただ「用意しとけ常に」と部下に「処世術」を教えるだけ。
「福島は自業自得」なんて心無い言葉に一喜一憂せず、こんなふうにクールになりたいわ~

けどこうなると「自業自得」と割り切るのも、一寸の理があるのかもしれませんね。それが「前に進むために過去は諦める」という意味で使われるなら。原発のおかげで潤ったのは事実、あれはあれでいいこともあった、それは正しいとか間違ってるとか、そういうことじゃない。ただその結果として今がある、仕方ない的な「諦めたゆえの強さ」発動装置。
けど、それは当事者が思うことであって(だから「自」業「自」得)、決して、何の痛みも感じてないような他人が、責任逃れのために相手に投げつける言葉じゃないと思うんですよね。そう、一番ムカつくのはそこなのよ!罪なき者まず石を投げ打てうてなのよ!(と書いててわかった
山崎努は、痛みを感じてないからクールにふるまえてるんじゃなく、痛みを感じながら割り切るために必死にクールにふるまってるだけですから。この違いは大きいのよ。

捨て猫から観光地の猿から、果ては発展途上国のボランティアまで「憐れむあまりエサやるのは一時的にはいいが、長期的にはお互いのためにならない」というのはもはや世の中の常識で、この「原発事故」も「基地問題」なんかと同様、その延長線上にある「依存しすぎてダメになった」という論調で語られることもありますが(ま東電や基地はボランティアじゃないですが)。
それはそれで大事な視点なんでしょうが、どうも今回の原発事故は「貧乏クジ引いちゃった、失敗の先駆者」って気がして仕方ありません。だって自治体が原発に「依存」してようが「自立」してようが、今回みたいな事故が起こったら被害は変わりませんしね。
ちょうどアポロ13が「輝かしい失敗」と言われたみたいに、ここから(「依存」も含め)数多くの教訓を学べるものでありこそすれ、自治体が叩かれる筋合いはないんじゃないか、と。

浜通りに知り合いがいないので、あくまでも情報として表面的に流れてくるものからイメージしただけの雑感ですが。とりあえず書いたらスッキリしました
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