そういえば昭和って(笑)

世田谷の一件、こう書くと不謹慎ですが面白い事件でしたね
数m四方という極小範囲で飯館村より高い値なのに、そこから離れるととたんに数値が下がる→雨や風でその辺り一帯に降ったものではない
排水溝もある道路より、地上数mの方が値が低い→雨水や何かで堆積したものではない
という状況証拠から、福島由来ではないのは明らかでしたが、まさか昭和時代の遺物だったとは。

そういえば昭和って、今のこの清潔な時代から思えば、まだまだ随所がヤバンだったもんなあ
私の子供の頃(昭和50年代)は、公害がやかましく言われてた頃で、公害病なんてもう過去のものって感じだったけど、それでも「光化学スモッグ警報」とかなつかしく思い出せるし(平気で校庭で遊んでたけど
その頃住んでたのは埼玉・荒川支流付近の社宅でしたが、その川はメタンガスボコボコで、ある日魚の大量死体が流れて来たこともあったわ。アラちゃんとか来たら1分で死ぬだろうみたいな
洪水になると校庭が一面ヘドロでカピカピになってね~、次の日は生徒総出でヘドロレンガを素手で片付けたものよ(しかしバスケットゴールにカエルがひっかかってたのは驚きでした。あの死の川に生息してたとは)
土手によく犬猫を捨てる人がいて、その犬猫が社宅の方まで下りてくることもよくあったけど、悪ガキどもがその犬を「死の川」に投げ捨てたのは今でもトラウマ(さらにどうやって上がって来たのか、川の水でくっさくなったその犬が、つぶらな瞳で再度社宅に現れたのはもう恐怖以外の何物でもなかった
そうそう、「毒入り缶コーラ事件」なんてのも当時ありましたね。公衆電話の「いつ誰が置いたかわからない口の開いた缶コーラ」を、平気で飲んじゃう人が当時はいたというおそるべき事件
夏になると、社宅の壁にはウヨウヨ~っと毛虫たちが這い登り、それを的に子供らが石投げするのも風物詩だったわ。親たちは「はずすな~。当てて殺しなさい」と後ろで笑って観戦してたわね
チェルノブイリが起こったのは高校の頃だったかな?「先生~~雨降って来たからマラソンやめようよ~~ハゲるよ~~」と訴えつつ完走したわ。

口調がついつい昔語りのオバアのようになってしまいましたが 世田谷の事件を見て思い出したのはこんな感じのことでした。
こんな感じだったので、現在の放射能騒ぎも「過剰反応じゃないの?」という思いがどうしてもぬぐえず、「他にもあるんじゃないのか!?怖い」という声を聞いても「そりゃあるでしょう。けっこう平気で暮らしつつ」としか個人的には思えないのでした。
もちろんこれは、個人的な性質から来る、根拠のない思い込みみたいなもんで、危険だと騒ぐ人が「データがないけど危険。つかデータがないから不安」というのと同様「データがないけど安全。つかデータがないから危険とは言えない」という、ベクトルが真逆なだけで実は同じという意見に過ぎません。
ただ個人的には、被災もなかった私ら消費者が、そういう単なる「気分」の問題で、ただでさえ被災して大変な生産者側に「私たちが安心できるようにしろ」と言わんばかりにあれこれ要求をするだけして「それが義務だ」みたいに言うのはね~。どうかと思ってしまうわけです。お客様は神様だとお客様自身が言っちゃうのは恥ずかしくないか?ただサービスを受けるだけなのに、みたいな。
そもそも「暫定基準値が危険だ」ってのも、私には「そうか?」としか思えないですし。門限18時が21時になったからって、そりゃ「危険な可能性」は増えるかもだけど、「門限18時」が絶対安全とも、過保護じゃないとも言い切れない。そもそも昭和の「社会全体的な基準値」なんて上記のように「門限24時」くらいだったかもしれませんしね(と、何でも「昔はこうだったのに」と言うオババを、昔は「わからん奴だ」と思ってたはずなのに
もともと、国内産の安全性より、アメリカ産中国産の値段の安さを重視していた方なので、急に安全志向になれるはずもなく。これはこれで国内農家の皆さんには困ったことでしょうが(と書いて今更のように気がつきました。もともと安全志向で国内産を買っていた人には、ほんとに困った事態だということが

そんなこんなな私としては、何も口出しせず要求せず、ただ生産者側のことは「決して敵とは思わない」というスタンスで見守っていたいな、と思ってたのですが。
「農家の婿」さんのブログを拝見して、「そういや「生産者側の内部被爆」ってのには、まったく思い至らなかったな」と。
私的には、今現在の空間線量(0.いくつ程度)で大騒ぎするのはなんか違和感あるし、「コンクリートなんかに付着して落ちなくなるぞー」と言われても「じゃあホコリで吸い込むことはなくなるから良かったじゃん」としか思えないのですが(空間線量なら、海外とかもっとビックリな町もあるんでしょ?)、農家、特に原発周辺近くの農家の人は、農作業をしている間、線量低い街中を歩くのとは比較にならない量を、直に体内に摂取する可能性があるわけですよね。「あれこれ言われる生産者側はかわいそう」と思っても、実際に農作業したことない私は、それにまったく気づきませんでした。

一消費者としては「消費者のためとかよりまず先に、自分の体のためにできるだけ除染してください」と言いたい気分です。というより「除染できるようシステムを整えてください」とお上に言いたいというか。
それ以外のことは一消費者として、ただ見守っていたいと思います。もちろん、要求し口出しし行動に移す人たちがいたから、ヤバンな昭和時代が終わってくれたのでしょうが、私個人は多少ヤバンに逆戻りしてもOKですなのでただ見守っています。
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テーマ : ひとりごと - ジャンル : 日記

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