会津藩公行列

いよいよ会津藩公行列の始まりです。
両側の旗を持ってるのは、確か今年の白虎隊を務める第一中学と大熊町の子だったかな?(うろ覚え)

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最初の行列は「会津藩・奴隊」
先頭で行列を盛り上げます。

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人数が多いので迫力あります!
半数が女の子なのも驚き

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続いていよいよ、歴代城主の旗が。
鎌倉時代から300年以上、会津を治めた「葦名」
葦名を破って会津入りした、独眼竜「伊達」
現代に至る城下町・会津の基礎を築いた、戦国の名将「蒲生」
上杉謙信の甥っ子で、新潟からやってきた「上杉」
この後、関が原で負けた上杉に代わって再度蒲生氏になりますが、その蒲生氏から会津を引き継いだ「加藤」
そしてついに、徳川2代将軍秀忠の息子にして3代将軍家光の異母弟である「保科」
保科正之の子孫であり、親藩・御家紋であった「松平」
・・・と、そうそうたるメンバーです

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これが、小室哲哉作曲「天と地と(炎)」の切なくも力強いサントラに乗って、ジャンジャジャジャジャンジャン・ジャジャジャジャンと登場するところを想像してみてください!も~~ゾクゾクするほどカッコいいったら
以下この音楽がエンドレスで流れつつ、次は「蒲生公時代」行列です。

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「日野町・手作り甲冑事業委員会」と「YOROI工房あいづ」の皆さんです。
金ぴかの鎧で歩いているのが、蒲生氏郷公。
滋賀県の日野町は、蒲生氏郷の生まれ故郷だそうで、氏郷公に扮しているのも「日野町・手作り甲冑事業委員会」の副委員長さんです。
会津に縁のある色々な地域の方々が、こうして参加してともに行列を形作ってくださるのが、会津まつりの素晴らしい特徴

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間近で大量の鎧を見る機会なんてないので、ただただ目を奪われ。
あれ?直江兼続もいますね
次は、会津総合病院・野球部と、オリジナルソフトボールクラブによる「保科公時代」です。

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23年9月現在、鶴ヶ城の季節展示は「保科正之」、城内には「保科公を大河ドラマにしよう(=会津の観光客を増やそう)」との署名募集案内などもありましたが、もう「お江」やっちゃったから、当分大河には出ないだろうな お江にとっては憎い愛人の子供なのが残念ですね
先頭の馬に乗ってるのは、保科正之が養子に行った保科家当主=高遠藩初代藩主の保科正光です。保科正之の義理のお父さんですね。
高遠藩は現在の長野県伊那市ということで、伊那市の副市長さんが扮しておられます。

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マツケンサンバのようなこちらの人↓が、会津の城主・保科正之=会津若松市長です。
「LIVE福島in鶴ヶ城」でのノリノリ姿は、今も忘れられません

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続いて腰元がズラリと。
いよいよお姫様の登場です。

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保科正之の正室・菊姫と、そのご一行。
今年は第一中学の、主に生徒会役員さんたちです。
菊姫以下お腰元たちは、毎年市内中学校の持ち回りで、白虎隊士役と共にその任に当たるのですが、在学中に廻ってくるかどうかは運なので、当たると親子ともどもかなりうれしいとは、KKの小学校ママさん談。
確かに、お姫様役なんかに当たったら、もう一生の思い出ですよね~(それにはまず生徒会役員に選ばれなきゃだけど

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続いて「松平公時代」
ここからは新撰組や白虎隊をはじめ、幕末~戊辰戦争をともに戦ったチームが続々出てきます。

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まずは「横須賀開国甲冑隊」。
馬に乗っているのが、浦賀奉行・戸田伊豆守。「横須賀開国甲冑隊」の隊長さんが扮しておられます。
浦賀は、外国船が姿を現すようになった江戸後期、後に浦賀奉行にその任が移るまで、会津から移住してきた多数の藩士によって警備されていたそうです。
横須賀市では、そうした彼ら「会津藩士の墓」を、市の指定史跡として保存してくださっているそうで、ありがたいですね~

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この「横須賀開国甲冑隊」は、人数も多く見た目派手でよかったです
明らかに間違っている人も混じってますけど↓

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ジャックスパロウの後ろにいた人も、若干間違ってるな~。
だって頭に矢が突き刺さってるんですもん

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「矢が刺さってる~」と言いながらカメラを向けると「頭がイテーんだ」とか言いながらポーズを取ってくれて
カッコよくてサービス精神も旺盛という、ナイスな「横須賀開国甲冑隊」でした

次は、桑名市観光協会による「京都所司代」です。

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馬に乗っているのは、桑名藩主・松平定敬。
最後の会津藩主・松平容保の実弟で、京都守護職の兄を助けるべく、京都所司代に任命されました。
三重県桑名市観光協会の青年部長さんが扮しておられます。

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会津藩と共に新政府軍から疎まれていた桑名藩。
松平定敬は、戊辰戦争時には会津から函館まで転戦しました。
「桑名藩主・松平定敬公、兄のために馳せ参じられた~~~」みたいな口上を、沿道のナレーターが思い入れたっぷりに述べていたような(うろ覚え
「エイエイオー」「いざ、しゅっぱ~~~つ!」これが、しつこいですが「天と地と(の中のおそらく「炎」)」の音楽に包まれた中でやられるともうね、たまりません

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お次は「待ってました」の(?)新撰組。
故郷・東京都日野市からの一団です。

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馬に乗っているのが、洋装の土方歳三。
近藤勇亡き後、いっとき会津・東山温泉に滞在していたそうです。

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会津に引っ越してくるまで、土方が会津に来たなんてことはもちろん、新撰組が「会津藩(=京都守護職)お預かり」なんて肩書きだったこともまったく知らなかった私 そもそも新撰組自体「有名だけどなんで?」程度のシンパシーという
なので、この大人数を見ると「やっぱり人気あるんだな~」と思うとともに「こんな人気グループと縁があって会津ラッキー」とか思ってしまいます(でも「会津藩が目の敵にされたのは、京都守護職で新撰組とかが薩長あたりの志士をバシバシ取り締まったからだ」とも言いますから、ビミョ~なとこですが)

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そして女子率が高い
私の場合「新撰組」と聞くと「のぼってこい、のぼってこいヤス!!」「銀ちゃん・・・カッコイイ・・・」とかがまず思い浮かぶんですが(あるいは「マヨラーの土方」とか)、彼女たちが思い浮かべている「新撰組」はきっと違うんだろうなあ(てか「鎌田行進曲」や「銀魂」を思い浮かべる方が間違ってる気もしますが

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次は「斗南藩」
斗南藩とは現在の青森県、戊辰戦争で負けた会津松平家及び会津藩士たちが、会津の地を追われて移住した場所です。
当時の斗南藩での生活はか~な~り過酷だったそうで、元家老の息子が留学先から「ハラヘッタ」と実家に手紙を書いたら「斗南藩では皆そりゃもう苦しい生活をしているというのにお前ときたら」みたいな返事が母から返ってきて、なんだかんだあって切腹してしまったという少年のエピソードなんかもあります(真偽は不明ですが)

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馬に乗っているのが、最後の会津藩主・松平容保の息子にして、初代斗南藩主・松平容大。
むつ青年会議所の理事長さんです。
会津はもちろん、斗南藩なんてのもまったく知らなかった私ですが、ここら辺のことは昔の大河ドラマ「獅子の時代」でも取り上げられていたそうですね。
ええ~~「獅子の時代」見てた~~!!オープニング曲と菅原文太が大好きだったのよね~~~
でも会津の話だったなんてまったく知らなかったな~(何見てたんだか)小学生時代にタイムスリップしたつもりで、もう一度見てみるか。

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次は会津藩のオッサン部隊・・・じゃなくて「朱雀隊」&「青龍隊」です。

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会津の部隊が「白虎」以外にも「朱雀」「青龍」「玄武」とあったなんて、ご存知でしたか!?え?常識?
私はちーとも知らなかったんですが、こないだKKに教わりました なんでも学校で習ったそうで(「白虎隊の死体を最初に見つけたのは盗賊だったんだって」とか)さすが会津!
4つの部隊は年齢で別れていて、白虎隊が16~17歳、朱雀隊18~35歳、青龍隊36~49歳、50歳以上が玄武隊だそう。

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朱雀隊に扮するは富士通系列の会津若松工場、青龍隊は日本テキサス・インスツルメンツ系列会津若松工場の皆さんです。
中でも一際きらびやかな衣装を着て歩いているのは、越後口隊総督(朱雀隊)と、日光口隊総督(青龍)。
それぞれの工場長が務めています。

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この両隊の引く大砲が、会津まつりの見せ場のひとつ。
各総督の号令に従い、大砲発射!
その迫力には思わず「うお~~!」と声が出ます

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興奮冷めやらぬ路上に、満を持して現れたのは白虎隊!
「白虎一番隊&二番隊」が行進してきました。

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原発事故で、会津に避難してきた大熊町の中学生たちです。
「大熊町立大熊中学校」の旗が力強くはためいていました。
沿道からの拍手も、この時はひときわ大きく

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大熊中学校は現在、鶴ヶ城近くの建物に「会津若松分校」という形で置かれています。
大熊町は原発最前線につき、町全体で避難を余儀なくされている場所です。
今回の参加者は大熊中学のごく一部ですが、それでもこの人数の多さに、改めて事故の重大さを思わせられます。
しかし同時に、町ぐるみの避難だったために、学校や町役場など共同体としての機能が保持できたことは、大変な中にもわずかに「良かった」と言えることかもしれない、などと思ったり。

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ともあれこれが、会津生活での良い思い出の1つになってくれれば、ほんとにうれしいです
沿道の拍手も鳴り止まず

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続いていよいよ「本陣」、会津松平家ご当主などが登場しますが、長くなったので続きは次回へ!
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