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飯盛山ワールド

会津に越してきて、2番目に行ったのが飯盛山(1番目は鶴ヶ城)
会津をまったく知らない私でも「会津と言えば白虎隊」というのは知っていたので、とりあえずココ行っとかないと!みたいな。
私世代の新潟(下越?)人は、基本的に小学校の修学旅行で会津に行くんですけど、私は転校生だったので、会津ってほんと未知の地なんですよね。

しかし生え抜きの新潟人につき、修学旅行で飯盛山に行ったことがあるダンナは
「飯盛山に白虎隊の墓なんてなかったぞ。見た記憶ないもん」
まったく何しに飯盛山まで行ってきたんでしょ~ね~これだから小学生男子は

と言ってる私にしてからが、白虎隊=「落城したと思って潔く自決した少年たち」としか知らず、しかもそのエピソードにあまり「美学」を感じられないタチ というかそれが「美談」っぽく、それこそ会津を知らない私でも知ってるくらい広まってるのが、なんだかね~

というわけで「行っても何もない」と言い張るダンナと、白虎隊にそれほどシンパシー持てないママと、「白虎隊?何それ?」なKK&Uとで、4月初め頃、行ってみました
(ちなみにこの時は写真撮らなかったので、以下に載せる写真は最近KK&Uとで再訪した時のものです)

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駐車場に車を止めて、まずは参道入り口「とらぞう」でそばソフト。
ミルクの濃厚な味の中に、そばの風味がほのかに漂います。

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参道の両側にはお店がずら~り。
のはずなんでしょうが、夕方16時過ぎだったので、ほとんどのが店じまい。
数少ない開いてたお店の前で、KK&Uはさっそく木刀に釘付け。
昨日行った鶴ヶ城で、2人ともすでに「白虎刀」を買ったはずなんですが
「あれ竹刀だもん。KK木刀も欲しい!そんで持つところに「猪苗代湖」って彫る♪」←「洞爺湖」@銀魂の福島バージョン
このお店のおじさんおばさんがまた陽気な人で、前日散財したばかりなのに、ついつい買ってしまいました。ちなみに値段は鶴ヶ城よりこちらの方が安かったです。

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なお、下でUが持ってるのは、再訪した時に買ってしまった木製のゴム鉄砲です。
陽気なおじさんいわく
「これね~大河ドラマが「天地人」だった時の売れ残りでね~。ここに「直江 兼続」って書いてあったんだよ。今ドラマ終わっちゃったから、上から「白虎隊」のシール貼って売ってるのアッハッハ」

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参道には「あわまんじゅう」のお店も。
一度食べて以来、KKはこれにハマっています。ふんわりもっちりした皮がクセになるウマサなんだそう。栗が丸々1個入った栗饅頭もおいしいです。

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さてお山を登るには、長~~~い階段が!しかもけっこう急勾配!
ママ&Uは迷うことなく、エスカレーター直行です

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エスカレーターを降りて、最後の階段をのぼると、一気に視界が開けます。
わ~広々。公園みたい。
もっと鬱蒼とした、いかにも「お墓」って感じの場所かと思ってたので意外でした。

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ぱっと目に入るのが翼の着いた、一見場違いな感じの西洋風銅像。
この像は何?と看板を読んでくと、あ~なんだか眉間にしわが

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昭和3年、ムッソリーニかあ。「ファシスタ党」とかさ~げろげろ。ファシズム嫌い。そんで続き読んでくと「占領軍」とかさ~。ほらねこれだからヤなのよ「武士道」とかって
これ見て気づきました。私は白虎隊そのものが嫌なんじゃなく、そういう「武士道精神」だかが、結局のとこ政治や戦争に使われて、過剰に美化されたり敵視されたりするのが嫌なんです~。
てかそもそも武士って政治と戦争する人だから仕方ないのかもしれないけどさ~、うち農民だし

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ところで像の裏にはちゃんと「武士道の精神に捧ぐ(←たぶん)」とイタリア語で彫ってありました。
削られた後に誰か彫りなおしたのかな?

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お墓の手前にはこんな碑も。
私が会津来て、ええっ戊辰戦争ってそんなに人死んでんの!?と初めて認識させられたのがこの石碑です。
婦女子ってのがまた、なんだか他人事とは思えないというか。

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こちらが白虎隊のお墓です。
相手が「武士道に殉じた人」だと、お互いわかりあえなそうな気がしますが 「会津のために戦った人」だと、「会津っていいとこですね~オススメスポットとかありますか?」みたいな話もできそうな気もするので(ホントか?
「あなたがたが守ろうとした会津に今度お世話になります。どうぞよろしゅう」
という気持ちで手を合わせてきました。気分は「会津」の守護神へのご挨拶。
でもほんと、現世では負けて死んでしまったかもしれないけど、今や「会津」の代名詞となり、観光の定番でもあり続けているなんて、死してなお、会津を守っている人達だと。

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あ、白虎隊っていっぱいいたのね
正面の19人はもちろん、右側のお墓も、みんな若い・・・。切ないですね。
19人も、前日の鶴ヶ城で、なんだか北朝鮮チックな肖像画とともに書かれていた1人1人のエピソードを読んできたばかりだったので
「あ、この人って確か超秀才じゃなかったっけ?」「虫を殺すのかわいそうって言ってたのってこの人だっけ?」
とかKKとあれこれ墓碑銘を見てると、ほんとに、1人1人が生きてたんだなあという気持ちに。

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「どちらかというとこっちの方が、うちらに関係深いんだね」
と、新潟含む各地で死んだ仲間たちの石碑を指したら、そっちにも手を合わせるKK&U。

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順路に従い「自刃の場所」へ向かう道すがら、他にも色んな石碑がありました。
こちらは現在の岐阜県?なの?の人たちの碑。
戊辰戦争って、ほんと大きい戦争だったんですね(え?常識?

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ここからお墓を振り返るとこんな感じ。
勝手に「守護神」と思ってお参りしてきたせいか、なんだか神社みたいに思えます。

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自刃の場所へは階段で、両側お墓なところを下りていきます。
階段へ向かう途中には、1人生き残った飯沼貞吉さんのお墓も。

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1人離れているのがなんだか気の毒な気もしますが、本人の希望でもあるのかな??
この人が蘇生しなかったら、今の白虎隊はなかったかもと思うと、なんだか不思議。逆に言えば、誰にも顧みられず消えていった悲劇がどれだけあることか。

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この階段を下りると自刃の地。周りはお墓です。
ここら辺のお墓は会津藩ゆかりの人が多いのかな?見晴らし良くて、いいとこで眠ってますね~という感じ。
そのせいか、それらお墓も自刃の場所も、白虎隊のお墓同様あんまし恐くなかったです。
まお天気も良かったですしね

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この像が絵解きというか「わざわざ挿絵いれてみました」みたいで思わず苦笑
像と同じ方向を見ると、お城が見えるはずなんですが・・・想像以上に遠かったです
真ん中で木がこんもりしているところをよーく見ると、あれかな・・・?くらい。

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さてでは来た道を戻ります。
長い階段のとこまで来ると「さざえ堂→」「洞窟→」などの看板が。
なんだかよくわかんないけど、こっちも帰り道らしいから寄っていきましょうか。
「洞窟くぐれるの!?」とウキウキなKK&Uに、「わざわざ書いてあるからにはそうなんじゃない?鍾乳洞みたいなのがあるのかも♪」と、気分はすっかり探検

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こちらがさざえ堂。頂上まで行って帰ってくるのに、同じ道は二度と通らない仕組みになっているのだそう。
造りが不思議なら外観も不思議ですね。斜めが基本になってるせいか、見てると視界が傾くような、バランス悪っみたいな印象。
なので中に入ってみたいとは思いませんでしたが、中はちょっと覗いてみたい気も。。。この時は開いてなかったのでどっちも無理でしたが。

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次来た時は開いてたんですが、中見たらますます入る気が・・・
飯盛山=白虎隊のお墓としか思ってなかったんで、突然現れた濃ゆーい、しかも白虎隊に関係ない宗教施設にドギモを抜かれたって感じでした

向かいには「供養車」というのもあって、これを廻すことで供養になるとかなんとか。
こういうの、アジア仏教圏によくありますよね。むかーし小泉八雲の「怪談」でもそんな「見立て」話を読んで「何それ都合良すぎじゃない?」と、イマイチ納得し切れなかったものです まあ信心の強さが問題だとかそういうことなんでしょうけど。

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下でナゾの生物が支えてる供養車を廻すと、黒板を爪でひっかくような音が。
猛烈に油をさしてやりたくなりますが、この音がすればするほど供養になるんだそうで。
「単なる設計ミスじゃ?」とか思いつつ、KK&Uで盛大にキーキーいわしてきました

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ここには神社もあって、飯沼貞吉さんの写真や白虎隊自刃の絵、奥には白虎隊の像がズラリと。
なんかやっぱ・・・濃いわ
さらに順路に従って下りていくと、途中にはこんな観音様もいたり。

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水はとってもキレイそうでしたが、檻の中に観音様がいるみたいな風情がコワかったです
近くにはこんな石碑も。

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斜めつながり??
さらに道をどんどん下っていくと、うわ今度は神社ゾーンだ

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どんどん濃厚になる宗教色 
飯盛山=白虎隊のお墓のあるとことしか思ってなかった人間にとって、さざえ堂からこっち、次々出てくる神仏関係は、予想外すぎてブキミですらありました だいたいこっちから来ると、鳥居もなくいきなり神社ゾーンに突入してしまうので、ビックリも2倍増というか
ここには溜池があって、水路から水がドウドウすごい勢いで流れてきます。えっ洞窟ってもしや、あの水路!?

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「洞窟くぐりは~?」「鍾乳洞は~?
と、ママKKUは騒ぎますが、「洞穴」を「洞窟」と間違えて期待させたママの責任ですごめんなさい
看板にもあるとおり、これは猪苗代湖から水を引くための洞穴で、白虎隊はここを通って飯盛山に来たとのこと。
猪苗代湖の水がここまで来てると思うと感慨深いですが、白虎隊もよくこんなとこを通ってきたもんです。KKとかも「あそこ入れないの?」とか未練ありげに言ってましたが、よく入ろうと思えるあ。

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厳島神社の他、よだれかけがいっぱいある子育て神社、奥の薄暗いところにもう1個別な神社、更に鳥居をくぐって下りた先には「霊牛神社」と、このエリアは狭い範囲に神社いっぱい。
折りしも夕方、だいぶ陽も翳ってきて雰囲気充分正直、白虎隊のお墓の方がよっぽど神社っぽくて、さざえ堂からこっち側の方がよっぽどお墓っぽいというか、ブキミに思えてしまいました 
でもたぶん、こっちのエリアの方が本来の飯盛山なんですよね、歴史の順序からすると。
なのにブキミとか言ってごめんなさいね~ 単に知らなかったので予想外だったせいと、夕方だったせいなので気にしないでね~

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下まで降りると「白虎隊記念館」です。
閉館時間過ぎてるので前を通るだけですが、いつも「ポスター古すぎ」と思います
この看板の「板垣退助」ってあの「死すとも(@みうらじゅん)」?
こんなとこで繋がってたりするから、歴史って面白いですね~

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記念館の前には、色んな石碑・石材なども展示してあって、往時の光景を想像してしまいます。
下の写真は、本物の日新館で使われていた石橋(正面のはなんだったかな~?忘れちゃった

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さてでは駐車場に戻りましょう。
飯盛山に背を向けて帰ろうとすると、そこに待ち受けるは

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ここにもあったか「あいづっこ宣言」。
まあ飯盛山にあるのはある意味自然ではありますが。
いったい街中に何個くらいあるのか、一度調べてみたい気もする今日この頃です
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テーマ : ちょっとおでかけ - ジャンル : 旅行

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