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春高楼の鶴ヶ城

ここに引っ越してきてうれしかったのは、鶴ヶ城(の裏口)へ徒歩5分なこと

特に「城好き」ではないんですが、「昔の記憶が濃厚に残っている場所」=「昔から人が生活したり遊んだりでにぎわってた場所」が好きなもんで、城下町とかは文句ナシに惹かれてしまいます

さて鶴ヶ城(の裏口=南口)に入ると、まずお迎えしてくれるのはお墓
鶴ヶ城の敷地内にお墓があるんですね~!キリスト教徒専門のお墓もあります。
お墓ら辺には枯れかけたお堀(外掘?)も残っていて、時には釣り人が。でも見た感じ「水たまり」でしかないんですが、何が釣れるんでしょう?ザリガニ?(って子供じゃないんだから

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お墓ゾーンを越えると、こんな感じで公園もあります。子供ならお城全体で半日は遊べそう♪
夕方には、お城の中を自転車で突っ切って帰る中高生なんかが、滑り台とかでよくくっちゃべってたりします。
こういう文化財が生活の一部なんて、なんかいいですね~

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歩いていくと、お堀(内堀?)を渡るための橋が見えてきます。
お城&お堀に桜はよく似合う!
反対側はテニスコートですが、当時はここら辺が二の丸・三の丸だったようです。

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橋を渡るうちに、お城が見えてきました。
ここから桜の木の下をどんどん歩いて、鶴ヶ城到着~

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お城の中は資料館になっていて、天守閣まで登れます。
この資料館で知ったんですが、鶴ヶ城ってわりと最近出来たんですね!
戊辰戦争でボロッボロになったお城の白黒写真が、中の資料館にも展示してありますが、その後明治7年に廃城、土台を残してすべて無に。その間、滝廉太郎がお城を偲んで「荒城の月」とかを作りつつ、昭和40年に市民の願いで再建、そして今年屋根が昔どおりの赤瓦に、という流れらしいです。ちなみに戦国時代には真っ黒なお城だったそうで、徳川時代のお城しか知らない私の目には、けっこうブキミ

そう、鶴ヶ城と言えば戊辰戦争、というか会津と言えば戊辰戦争なんですね
しかし私は「戊辰戦争」と言えば、「ん~そういえば高校でやったっけな~。慶喜が逃げちゃったやつだっけ?(←それ鳥羽伏見の戦い)」くらいの歴史オンチ。せいぜい「幕末史でよく聞く名称の1つ」程度だったんですが、いや~引っ越してきたらどこに行っても「戊辰戦争」にぶつかること 会津がこんなに戊辰戦争な町だとは知りませんでした(え?常識?

で、当然、戊辰戦争にどういう歴史的意義があって、どれくらいの規模だったとかも知らなかったんですが、なんか鶴ヶ城とか大変だったみたいですね。籠城とかして、兵糧攻めで。「ウンチのニオイとか大変だったみたいよ」とか、観光客のおばさんにサラッと教えてもらったりして、子供と「へえ~~~
そんであげくに大砲でボロンボロンな上に取り壊しですからね~。いや~再建できてよかったね~
ちなみにこの「お城ボロボロ写真」は、街中でもたまに見かけます。でも見るとつい「リメンバーパールハーバーか?」とか思っちゃってスミマセン

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お城の前は広ーい芝生になっていて、ここが本丸。
写真ではUが走り回ってますが、もとはここに殿様とかが座ってたわけで。
向こうにある趣のある建物は茶室で、別料金でお茶&お菓子もいただけます。うるしぬりのヨウジもお持ち帰り可
ここら辺はほんと広ーくて気持ちいい空間、さらにはベンチもあるので、天守閣を見学した後、子供と遊ぶのにもってこいです。ベンチのとこには井戸もあったりしますが、なんでも戊辰戦争の時には遺体の埋葬が追いつかず、城内の井戸に泣く泣く葬ったという話もあるので、そんなエピソードを聞かせてお子さんを恐がらせつつ楽しみましょう(楽しめるのか?

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お城=資料館の入り口には、時々武者が立っていて、入る人を威嚇していますじゃなくて優しく迎えてくれます。
今回は女武者さんとパチリ
後ろに写ってるのは「お城ボくん」=「おしロボくん」。お城の形したロボットで、鶴ヶ城のマスコットキャラだそう。
だーれがこんなバッカなの考えたんでしょ(こういうの好きだけど)と思ったら、なんとタイムボカンシリーズの作者・笹川ひろしさんでした なんでも会津若松の出身だそうで。
そういえばTVの「がんばろう福島」CMでも、福島出身としてコメントしていましたね~。お城ボくん、にわかに愛着が湧いてきてしまいましたよ

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さて黒い門(くろがね門)を抜けると、お花見に最適なスペースが現れます。一面の桜!
しかし桜の下にも井戸があって、子供と「う~んどれが死体を埋めた井戸だろうね~」と、お花見気分を台無しにする私たち
トイレや売店もあり、コーヒーや甘酒、たこやきその他が売ってるので、ここで水分補給。KK&Uはソフトクリームをバクバクです

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さて写真ではあんまり人気のない鶴ヶ城ですが、GWは打って変わってにぎわってましたよ~~↓

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お天気も良かったしね♪
人のいない鶴ヶ城に見慣れていた私たちは「こんなに混むんだ~」とびっくり
売店も大賑わいで、なんとトイレ行列が発生!
「御薬園」からも臨時売店が出てたり、そばにはおみこしも出てたり。

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「唐凧」または「唐人凧」というらしい、会津名物の凧があったり。
下の方には、これまた会津名物「起き上がりこぼし」が描いてありますね。
でも中国の凧ってこうなのかしら??このベロ出しチョンマな顔を見ると、バリ島とか南国のお面みたいにも思えるわ。

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そして野外ライブ(?)みたいなのがあったり。
「会津魂」の文字を見て、またもや「おおリメンバーパールハーバー」と思ってしまうしつこい私

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それにしてもなんなのだ今日はお祭りなのか?と思ったら、お祭りでした
おお~これぞまさしく「春高楼の花の宴(?)」
静かにお城を散策するのもいいけど、こんなふうにお祭りでにぎわうお城もいいな~

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とはいえ今年の場合は、復興支援の一環。
プログラムの中には、震災に対し「慰霊の鐘」を打つ、というのもあって、陽が落ちた後も鐘の音が厳かに鳴り続けていました。
会津若松にも、大熊町はじめ色んな地域から避難して来られてる方が大勢います。せめてひとときでも、会津で穏やかな日々を過ごせますよう。。

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会津のお祭りに、白虎隊は欠かせない!?
この「白虎隊」ってのも、私的にはあんまりシンパシーないせいか、よく知らないままなんですが(一応、引っ越してきていの一番に飯盛山には行ったんですが)、せっかく会津にいて戊辰戦争と白虎隊を知らないまんまじゃ勿体無いな。そのうち勉強しよう。
折りしもあたり一帯には、懐かしのあの曲「もう少し~時が~ゆる~やかで~ああった~なら~」(ってご存知?)が大音響で流れていて、ムードを盛り上げてんだかぶちこわしてんだかよくわかんないけどいつもの静か~なお城とは違って、お祭りだな~って感じ♪

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「上杉謙信」の仮のお墓(の跡)なんてのまであるんですね!お城の敷地、くろがね門のすぐそばです。
なんでも歴代城主の1人、上杉景勝が新潟から持ってきたそうで。
鶴ヶ城って、伊達政宗とか、わりと有名な人が入れ替わり立ち代り入ってるんですね~~(え?常識?

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お店もいっぱい出てました。
福島名物その他を売るお店はもちろん、県外からも復興支援ということで、ご当地屋台がいくつも。
そんな中、新潟人として見過ごせない看板を発見!

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会津名物なのか~!?そうなのか~~!?笹団子~~~

と、そんなこんなで楽しい鶴ヶ城(?)、おヒマがあったら、ぜひどうぞ~

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テーマ : ちょっとおでかけ - ジャンル : 旅行

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