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明治男のど根性~不倫騒動

昭和10年過ぎ頃、我が家のすぐ近くにS家があり、この家の女主人はヤモメ暮らしの1人住まいだった。
田畑もなければ手職もなし、いずこも同じ秋の夕暮れで、苦しい生活を余儀なくされていた。
蚕の季節や畑仕事、ちょっとした雑用などで時々我が家の手伝いに来て、親しく出入りしていた。
そのうち段々と親交の密度も深まり、出入りも一段と激しさを増し、最初のうちは夕飯食ったら帰って行ったが、「どうせ明日もまた来る身」だ。雨が降っては泊まり、風が吹いては泊まり、果ては我が家に居ついてしまった。
色恋に歳はない、「遠くて近きは男女の仲」であり、ましてや「近くて近きは--」の仲の男女だから事は簡単だ。かくて非公認ながら、夫婦気取りの生活が始まった。

お互いヤモメの身で別々に苦労するより、一緒になれば苦労も減り、お互いのためにもなり合理的だと、俺などはひそかに喜んでいた。第一、男親ではどうにも不得手、女ならではの所作があり、子供の俺にとっては随分と世話になり、大変に助かった。女手のない家庭は殺伐として、ソラ寒いものだったから---。

これで事が丸く収まる時代でも環境でもなかった。
今で言う不倫行為を黙って見過ごす隣近所ではない。保守的地盤を背景に、先祖代々百姓一筋に生きてきた真面目な人たちである。逆に言えば「大海の広さ」を知らず融通の利かぬ石頭連中である。格好の茶飲み話と、ヒソヒソニヤニヤそれからそれへと、針が棒になり噂は噂を呼んだ。対する親父は
「言いたい奴には言わしておけ。俺は俺で我が道を往く。空いている者同士が合意の上で、効率よい方法を取ったまで。人様に何の迷惑も危害も与えていない」
といった調子で、図々しくも平然と世評を受け流していた。

元々、父の氏素性やその人となりに不快感を抱いていた人達にとって、不倫騒ぎは攻撃材料としてモッケの幸いだった。世の中に「人の不幸を見るのが最高の楽しみ」とか「対岸の火事は大きいほど面白い」といった風潮なしとしないから尚更だ。ただ困るのは直接本人に向かってなじるほどの度胸はなく、そのホコ先を俺に向けることだった。
「お前の親父とあそこのおっかーが、こうしてああしてケチョンケチョンだー」
如何に渦中の人の子供とはいえ、小学生の俺をつかまえて大人げもなく、下品な言葉での悪口雑言は、子供心に胸が痛かった。良くても悪くても親と名がつけば偉い--とまではゆかぬも、良い人と思うのは、いずこも同じ子供心だ。
しかも言った後のうれしそうな顔の憎らしいこと。年端も行かぬ子供を冷やかして、よっぽどうれしかったらしい--とは、程々見下げ果てた大人どもだった。
「よーし、俺が大きくなったら、こいつらをぶっとばしてやる」
と、その時深く心に刻んだものだ。
余談だが終戦引揚後、ふるさと恋しとたずねてみれば、恨み重なるあの面々は、死んでしまって居なかった--

世間の悪評にさらされながらも、2人の関係は丈夫で長持ちした。
聞けば俺が卒業・渡満後は、ボロ家をたたみ、手に手をとって樺太に渡り、植林作業に従事、その後横浜市内の軍需工場への季節労務者に加わり、父はその飯場の世話人係、おっかさんは飯炊きなどして働き続けたという。
戦争も敗色濃厚だったある日、父が買出しに出た直後、飯場とその周辺一帯が空襲に見舞われ、跡形もなく消し飛び、あわれ彼女もその犠牲となり、あえなくこの世を去った---らしい。
「らしい」というのはその直後、親父が焼け跡を懸命に探し回ったが、亡骸も所持品も何一つ見当たらなかったと言う。

あの人も浮世の定めとはいえ、辛く多難な生涯だった。
俺が大変世話になった中のひとりだった。
人間一寸先は闇である。くっつこうがねっぱろうがいいぢゃないか、人に害さへ及ぼさねば--


仕事も上手、遊びも達者、清濁併せ持つ型破りの親父だったが、後年は「己が若き日のアヤマチから、子供たちに少なからぬ迷惑を及ぼした」と、自責の念を深く感じ続けている態だった。
晩年も、老骨に鞭打って、あの手この手と体が動かなくなるまで働き続けた。
家も1軒建て、子供たちの世話にもならず、悠々自適(?)の生活を続けていたが、昭和44年9月、波瀾の生涯を閉じた。享年80歳(だったと思う)。
不肖の子のそのまた子を見ることなく、スレ違いに--。

死後、当時の金で50万、俺名義の預金通帳が発見された。
予期せぬことだっただけに、これは至極ありがたかった。現在の我が家の生活基盤の元ともなった。
土台、親のナサケなどというものは、生きているうちはまったくの不感症(?)、死んでみて初めてわかる親の恩--という奴で・・・墓に布団でも着せようと思うが、さて余分な布団がない--ときたもんだ。
俺って奴は、いよいよもってマギレもねえ出来損ない、だった。

「じーちゃんの昭和」目次
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テーマ : 歴史 - ジャンル : 学問・文化・芸術

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