駐車場に登校

去年の4月、KKいよいよ中3になりました。

中2になる時は、担任の先生やクラス替えなど、「できれば変えて欲しい」というところはスクールカウンセラーさんに伝えていました(そして実際要望通りになりました)。
スクールカウンセラーさんいわく
「要望は私を通じてどんどん出して欲しい。学校の事情もあるので全部が希望通りになるわけじゃないけど、学校も保護者の意見を汲んで協力体制で行きたいと思ってるし、私たちスクールカウンセラーは、学校と保護者の架け橋的存在なので」
とのこと。

今年のママの願いはただ1つ、「どうか今年も同じ担任の先生でありますように
もうクラスの顔ぶれとかどうでもいいです(どうせ行けないから) ただ、KKがせっかく出会えた「信頼できる先生」とは、できればもう少し離れたくない。学校に戻れる戻れない以前に、KKの「外部の人への信頼感」を、先生を通じて培ってほしい。親の勝手な思いかもですが。

しかし今年は、お世話になってるスクールカウンセラーさんは特にいず。かわりにというか、学校で顔を合わせれば必ず声をかけてくれる、私的「この学校の肝っ玉母さん」である保健の先生にそれを伝えると、「大丈夫よ~。先生とKK君がいい信頼関係できてることは学校もわかってるし、たぶん同じになるわよ

そして肝っ玉母さんの言葉どおり、引き続き同じ担任先生でした~~~
3年1学期の始業式放課後。前学期の終わり同様、学校の駐車場で先生とお会いして挨拶を交わすKK。先生から配布物などを受け取りながら、ママはもう嬉しくて嬉しくて
その時先生からKKママに向かって、新学年になったことだし、ここらで新たなステップへ、との提案がありました。すなわち
「今までみたいに先生が家に行くのではなく、KKが週1で学校に来るのはどうか」と。
もちろん、いきなり教室に入るというわけじゃない、KKの希望する形に任せる、KKはどんな形なら来れそうか?e.t.c.
提案を出した上で、いつもどおり先生が注意深くかつ親身にKKの要望を聞いてくれて、最終的に
「今日と同じように、KKは車から降りなくていい。先生が駐車場まで来て、家でいつもやってたように宿題の丸つけ等をする」
という形に落ち着きました。

KK的には「できれば駐車場すら来たくない」が本音だったと思います。
ただKKは人に気を遣うあまりというか外面をよくしてしまうというか、「やります!」「頑張ります!」とその時は本気で、しかし本音は無理して言ってしまう(なので後から潰れる)タチなので、この時もそれに近かったかと。
また先生も、この1年KKの様子を見てきて、KKの本音やタチ、今の心の状況などをよくわかっていて、なので注意深ーく無理させないよう気をつけつつ、しかし進級という、なんとなく「リセット」感溢れるこの時期をうまく使って、「今のKKがほんのちょっとだけ頑張れば続けられる」というラインを設定してくれたのだと思います。
悲しいことに私には、この「今のKKには、どこまでが「ほんのちょっとの頑張り」で、どこからが「無理」なの?」っていう見極めがよくわからなくて。またKKも親相手だとやっぱり甘えが出ちゃって、「やります!」にはなりにくく。
なのでこういうふうに、的確なタイミングで的確に背中を押してくれる先生が学校にいるのは、すごくありがたいことでした。

というわけで4月からは、先生の空き時間かつ生徒に比較的会わなそうな時間をメールで相談しつつ、ママの送迎の元、週1学校(の駐車場)に通い始めました。
ママの仕事は午後からが多いので、主に午前中に設定してもらい。
おかげでKKも週に1度は午前中に起きることになりました。
とはいえやっぱり自分からウキウキと起きることはなく、ほぼママに起こされる形ですが。
それでも不登校になった時みたいに「着替えもせず丸くなってる」ってことはなかったです。週1、短時間(長くても15分くらい)、車から降りなくていい等々で、KKも拒否感は少なかったのかな。

先生曰く、「よく頑張ってます!すごいです!」「これも出席日数になりますし!」とのことでしたが、ママ的にはぶっちゃけそこらへんはどうでもよく。駐車場に出席してもなあみたいな思いもあったし「学校に来れたと誉めるのは、ある種の押し付け、プレッシャーにしかならないのでは?」とか、「不登校」を未だ頭でしか理解できていないがゆえの、見極めの難しさ、腰の引けようもあったし。
ただ、週1でも午前中に起きる予定ができたことと、自発的にではないものの、なんとかその予定を継続できていること、及び、今まで毎週学校が終わってからさらに1時間、先生にご足労かけてたのがなくなって、先生の負担を少しでも減らせたのがよかったな~と、ただそれだけでした。

今思えば、「駐車場じゃあ全然本質的な解決になってないし」なんてエセ本質的なことより、「ほんのちょっと頑張っている」ということを、ほんと素直に、心から喜べばよかったんですよね。
先生はそれがよくわかっていて、ひそかに高校受験まで視野に入れた上でこうしていた、ママはそこらへんも含め、当時は(今も基本的にはどうすればいいか)まったくわかっていなかった、と後から思い至った次第です。

また、自宅訪問はなくなったとはいえ、先生にお手数をかけていたのはこの駐車場でも同じで。
毎回わざわざ駐車場まで来てもらうのはもちろん、カンカン照りでも雨ザーザーでも、時には背中を雨に打たれながら、車の中の宿題に丸つけしてくださった姿が、今でも印象に残っています。

このころママが気がかりだったのは、出席日数よりも、勉強の遅れ。
ママ的にはこのころ「高校」は、「中学」よりも遠い存在だったけど、しかしついに中3になったKK、受験どうするつもりなのかなという心配はだんだん湧き始めてきてましたから。そして「受験は何よりも学力が第一なんだろう」とも思っていて。
とはいえこればっかりはママがどう心配してもね~。KKは「高校には行くよ」とは言うものの、「そのために勉強」という回路は未だ開通しないようだし
たぶんKKは、そしてママも「高校」の具体的イメージがまったくなかったんだと思います。どの高校に行くのに何点必要かとか、校風がどうのとか、中学ですらぼんやりしたイメージなのに、高校なんてもう彼岸の彼方、「行く」とは言うもののまだまだ遠い存在。
先生も、「学校に来ている子たちも、まだまだ受験の意識はほど遠いですよ~」と安心させてくださるのを幸い、焦りと傍観(するしかない思考停止感)の狭間で日々揺らぎながら、高校のことは先延ばしにしていました。
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中2の1年間

そうこうしながら、不登校KK@中2の1年間は過ぎていきます。
しかしすみません、このころのことはほとんど覚えてません
いわゆる「停滞期」「安定期」というものでしょうか。学校行く行かないで揉めることもなく、印象に残るほど大きな動きもなく。
小さな動きは日々あって、それに釣られてママの心も日々揺れ動いていたはずですけど、それがドラマみたいに都合よく、目に見える形で結実することも特になく(たぶん)。またママも「こういう細かいことに一喜一憂するのはやめよう」と努めて思うようにしていたこともあって、尚更記憶にないんですよね。

唯一このころ気になってたこととして覚えてるのは、長袖。
KKが不登校になったのは、中1の3学期。
その頃のKKは、冬真っ只中なこともありましたが、常に分厚い上着にフードをすっぽり。暖房の効いた店内に入ってもフード必須。
自分の存在を、隠そう隠そうとしているみたいに見えて、何か胸が苦しくなるというか、あまり見たくないものでした。
それが中2の春以降も続いていて。
さすがに分厚いコートは脱いだものの、長袖は必須。夏休みでも長袖着てました。
あまりに暑そうな時は「いい機会」とばかり脱ぐのを勧めましたが(会津盆地・最高気温36度!)、KKは断固脱がず。
前回書いた「海街diary」の中でも、ある種のトラウマから、部屋にカーテンをつけられない子のエピソードが出てきていて、それを聞いた保護者がただ「そう・・・」とだけ言って自由にさせていたのを見習い、私もそのうちあまり言わなくなりました。気持ちが長袖に現れてるんなら、それをママが見たくないからってただ脱がせても解決にはならないよねと。そしてそのうち、見慣れてあまり気にならなくなってました 去年の夏は・・・長袖だったっけな~?(←忘れてるし)
(余談ですが「海街diary」最新刊では、その子が自ら「カーテンつけようかな~」と言い出すように

夏休みには例年通り、TDRに行ってきました♫
我が家の関係は、学校に行かない以外は普段通りなので(とはいえちょっと腫れ物に触るような感覚は、お互いあったとは思いますが)、行けば楽しめるだろうなとは思ってました。ただKKが外で活動することが圧倒的に減ってるので、体力だけが心配だなと。
幸い特に体調が悪くなるようなことはなく、無事に楽しんでこれたのはよかったです。

お盆にはこれまた例年通り、ジジババ家へも。
その前の春休み、つまり不登校直後にKK&Uが1週間泊りがけで遊んでもらった親戚も来ていたのですが、その親戚いわく「その頃よりすごく表情が明るくなったね~」
夏休み明け、再び週1で家庭訪問してくれた担任の先生も、「1学期よりなんだか明るくなったみたい」

親の方は、感受性が鈍いせいか毎日一緒にいるせいか、「じゃあTDRが楽しかったのかな」くらいで実は違いがよくわからなかったのですが。
KKの気を引き立てようとそう言ってくれてたのか、本当に前より明るい心境になってきてたのか、わからないけどそんな感じで2学期は過ぎ。

もう学校へ行くつもりは、親子ともにまったくなく。
各種課題提出はもちろん、定期テストも1回も受けてません。
前は、KKを車に乗せて買い物行く時とか、さりげなく学校の前を通ってみたりして、反応を見たり、気が変わるのを期待したりなんてこともママはあったのですが、もはやそんな小細工めいたことする気もなくなり。諦めというか、ママも「登校」が遠いものに感じてきたというか。

とはいえ、ママ的には「登校を諦めた」のとは、またちょっと違う感じでした。
「親が学校のことをまったく諦めた時に、子供が動き出した」という体験談がよくありましたが、「学校は行けるに越したことはない」「いつか行けるようにならないかなあ」という思いは、ママには常にありました(そして「だから行けないのかなあ」とも思っていた)
ただ、かと言って動かす方法も分からず、そもそも「動かす」のがいいのかどうかもわからず、そして実際動かないんですから、致し方なく、なすすべもなく、立ち止まっていただけでした。「無理しない」「焦らない」と念じながら。

KKは相変わらず昼過ぎに起きて、音楽して動画見て、夕方からは遊びに来てくれる友達とゲームして、夜も同級生たちとスカイプしながらゲームして、たぶん2~3時頃就寝。つまり特に変わりなし。時には起床14時過ぎとか、だんだん寝るのも起きるのも遅くなってきた気はしましたが。
時には業を煮やして、「KKが寝るまでママも起きてる!」と、KKのそばに座って2時まで付き合ったこともありましたが、2日で挫折しました 年取ると無理は続きませんね
懸念の昼食は、ママがいない時はあるものを食べたり、時には自分で作ったりしてました(帰ってくると台所がゴタゴタになっていて、嬉し悲し)。オムレツ、フレンチトースト、ペペロンチーノとか、時々食べさせてくれることもあって、しかもけっこう美味でした

友達が以前と変わらず遊びに来てくれるのは、本当にありがたかったです。
なにせKKが日常、外部の人と接するのは、週1で来てくれる担任の先生と、週2~1ヶ月に一度行く病院の、心理カウンセリングの先生。他人と関わる人数が圧倒的に少ないと感じていたので。
ちなみに病院のカウンセリングはKKは相変わらず拒否。しかし一応受診者名義はKKなので、一緒に行くだけ行って、私が診察室で先生に愚痴を聞いてもらってる間KKは部屋の外のソファで待ってるという形でした。
先生も、「診察室に入ってカウンセリングという形だといかにも病院みたいで、KK君嫌なのかもですね」とのことで策を講じた結果、秋頃からは、私の診察(?)が終わったあと、ママが「帰る前にトイレ(あるいは売店や電話等々)行ってくるから待ってて」とちょっと消え、その間KKに先生が世間話を振ることにしました。
時間としてはほんの5~10分くらいで、これでKKに何か特別な変化が訪れたってわけでもありませんが、先生がKKの作曲話を「今度聞かせてよ」「すごいな」と感心して聞いてくれたり、KKもデータを持って行っては他人に直接曲を聴いてもらえたり(youtubeには上げていたみたいですが)と、いい経験になったのではないかと思います。ママ的には、年齢も立場も違う外部の人と話せる機会があることがありがたいという感じ。

そうそう、2年生の終わりになるころだったか、担任の先生が
「学年主任の先生も会いたいということで、一緒に伺ってもいいでしょうか」
と言ってくださったこともありました。
たぶん担任先生も、そういう「外部の人」と会うチャンスを、あまり負担にならない作ってみようとしてくださったのだと思います。
学年主任の先生は、ママ顔は知らなかったのですが、2年生に校外学習があった時は(もちろんKK不参加)、担任の先生にお土産を託けてくださるなど、ありがたい心配りをしてくれて、かねてからお礼を言いたかった先生。KKも、あの先生なら知ってる、いい先生だよとのことで、ありがたく来ていただくことに。
もう夜の、勤務時間外もいいとこの時間、わざわざKKのために来てくださって、しかもあまりプレッシャーかけないようにという配慮か、楽しく雑談だけした後は、ささっとお帰りに(その後担任先生は引き続き30分以上、KKにプチ授業)。
こうした1つ1つが、とてもありがたかったです。ちなみに学年主任の先生は、2回くらい来てくださったと思います。

時々は友達と「買い物行く」と言って外出することもありました。
たいていは「ジュース買いにコンビニへ」というパターンでしたが、ある日は「今日は○○たちと、10軒くらいコンビニめぐりしてきた!」と、さすが中2男子はバカ真っ盛りだなと微笑ましくも驚いたことも
このころは、KKは「知ってる人に会いたくない」と、自分からの買い物は、たま~~~に欲しいものがある時、私たちに車で連れて行ってくれるよう頼むのみ。それもフードかぶってささっと行って帰るだけ。
私の方は連れて行くたびに「めったにないチャンス!」と、すごく大げさに意味づけ、むしろ緊張していたくらいですが、友達同士だとその場のノリで、さらっと行けちゃうようでした。そして、たとえ大げさに受け止めようとサラッと行けようと、外出することで例えば登校につながるとか、気分が前向きになるとかいった、何か大きな動きにつながることは、あまりないように見えました。
なので、最初こそ「おお買い物行けたんだ~!」とかいちいち喜んでいた私も、1年経つ頃には、外出するしないにあまり期待というか、意味を見出さないようになりました。皆と同じように、用事があれば外出する、なければ家にいる、ただそれだけなんだなと。

これは、学校へ行くことに対してもそうで。
2学期の終業式、不登校になって約1年後、KK初めて学校に行きました。
と言っても式に出席したり教室に入ったりしたわけじゃありません。
「駐車場まででいい。車から降りなくてもいい。入口でお母さんが受け取るだけでいいから、自分で通知表を取りに来るというのはどう」
と先生が提案して、KKが同意した、という感じです。
時間も、先生が「誰にも会いたくない」というKKの要望を聞いて、「17時半すぎなら誰もいないはず」「先生はKKが来るまで待ってるから何時でもいい」と、注意深くかつ親身に考えて提案してくれました(ちなみに先生は、宿題の出し方でも何でも、上から指示じゃなく、こんな感じでした)。
いざ当日になるとKKは、「やっぱり行かなきゃいけないの~?」とグズグズしてたかな?(←うろ覚え
「車から降りなくていいんだから」「ママが受け取りに行くだけだから」となんとか説得して、学校へ。
ほぼ1年ぶりのKKの登校、しかしママの胸に感慨深いものは、あんましなかったような。
登校と言ってもちゃんと教室に入ったわけじゃなく、嫌々来たようなもんで車からも降りず、加えて「1つの行動に勝手に意味を持たせたり期待しないようにしよう」と、自己防衛のため努めて考えるようにしているママとしては、「学校に来た意味はあまりないと思うけど、先生との約束をちゃんと守れて良かった」という安堵感の方が大きかった気がします。
しかし先生はすっごく喜んでくれて、「すごいですね!」「大進歩ですよ!」「いっぱい褒めてあげてください!」「これも出席日数になりますからね!」
駐車場までも来てくれて、KKに直接「頑張ったね!」「すごいことだよ!」「大進歩だよ!」
帰り際には「お父さんにも報告して、いっぱい褒めてもらってください!」
もはや「出席日数」にあまり意味を見出せていないママは、「ありがとうございます!」と頭を下げつつ、「たかが駐車場に来れた事が、そんなにすごいことなのかな?」というのが正直なところでした。
ここら辺が、プロである先生と、「不登校」を浅い理解のままほとんど諦めかけてるママとの違いですね。今思うと先生は、KKのことを実に深く遠くまで見据えて、褒めるべきところを褒めつつ、少しずつ手を打っていてくださってたのです。ママはそのポイントもよくわからず、ただこの1年間に培われた先生に対する絶大な信頼感の元、「学校や勉強のことは全部先生にお任せしよう」→「だから先生との約束だけはとにかく守ろう」とだけ思っていました。

そして3学期の始業式と終業式も、この時と同じ形で登校して、同じようにベタ褒めして頂き。
いよいよ中学3年生になります。

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不登校の本やネット

突然放射能の話になりますが。
我が家は2011年の4月、あの大震災&原発事故の1ヶ月後に福島県民になりました。
当時は放射能のことで、TVやネットでも危険だ恐怖だと大盛り上がりだったわけですが、実は個人的には、そこまで不安を感じてなかったんです(まあだから引っ越したわけですけど)。福島ってっても原発直下の町からほど遠い会津だしねってのもあったし、何よりも
「目に見えないから怖い」って、見えるじゃん数値で。
「よくわからないから怖い」って、わかるじゃん物理の法則で。
とどっかで思ってたんですよね。「そう思って安心したいだけなんじゃないか自分?」「素人ゆえの思考停止ってやつじゃないのかこれは?」という自分への疑いもありつつ、でもやっぱりどうしてもそうとしか思えなかった。

だって結局は「モノ」でしょう放射能って。
「今日は放射能が怒りのあまり20マイクロシーベルト上昇しました」なんてことはない。「今日は気分がいいから、側溝から飛び出て空を漂ってみようかな@放射能」なんてこともない。水や落ち葉やホコリが風で飛ぶのと同じように、地面に落ちるのと同じように、濡れたものにくっつきやすかったり、ふきだまりに溜まりやすいのと同じように、そして水や太陽や動物や植物やe.t.c.は、人間が生存する上で必須だけど、多すぎたり少なすぎたりしたら人間の命を奪う事にもなるのと同じように。すべては単に物理の法則に従って動いているのみ。って、KKがやってた中3理科の試験問題すら解けなかったヤツが物理の法則とか言ってますがさておき

なので、放射能について議論百出する狭間で「何を信じたらいいのかわからない!!」と嘆く声をネットなどで見ると、「相手は「モノ」なんだから、物理の法則どおりの動きしかしないんだから、むしろわかりやすいだろうに」「何でこんな言説を信じるんだ。恐怖を煽って何かを押し付けようとしているだけなのは、この口調からでもバレバレじゃないか」と思って、すごく違和感でした。繰り返しますが、放射能の知識がない故の楽観論かもしれないと、自分をどっかで疑いつつも。

ところが子供が不登校になって、不登校関連の本やネット、読みまくり漁りまくる日々になったら、そうしたネットの人達とまったく同じことを思って嘆いてました。「何を信じたらいいのかわからない!!」

だって相手は「モノ」じゃない、「ヒト」なんですもん。
感情で動く生き物で、しかもその感情は1人1人違うんですもん。
物理の法則みたいな、わかりやすい法則に従って動いてるわけじゃない。同じことをされても、人によって各々違う感情が生じて、違った結果が生まれる。「現在の悲しみ度8マイクロシーベルト」というふうに感情を数値で測って、「この数値の時はこうすればいい」と対策することもできない。何にどれくらい悲しんで、怒って、喜んでるのか、すべてを手探りで、この思い込み激しく空気を読むのすら苦手な、主観だらけの自分が判断しなきゃならない。

ぶっちゃけ私には、放射能より人間の方が、よっぽど難しくてわからないです。
人の心はわからない。ましてや自分の子供だと、他人のことよりも「自分」が入っちゃって必死になるせいか、より一層わからない。この状況をどうしたらいいのかもわからない。しかしこの状況からは絶対に、一刻でも早く、抜け出したい。
そういう状態の時に不登校関連の本やネットを大量に読むと、本当に混乱しました。「すごくいいことを言ってはいるんだけど。でもこれじゃ果たしていつ抜け出せるのか・・・」から、真逆の「「今~しないと一生このままですよ」という脅迫めいた口調がすごく怪しい。でもそれで行けるようになるなら・・・」まで、合間には自己啓発とかスピリチュアルめいたキーワードが頻出したりして、「こういうの苦手なんだけど・・・でもこれも信じなきゃいけないのかしら」とか。

あのころ「何を信じたらいいのかわからない」と嘆きながら放射能恐怖症に陥った人たちは、抱えきれない不安感の中でこういう状態にあったんですね、きっと。
放射能については相変わらずのスタンスで、よって放射能に必要以上に怖がる人たちへの違和感も相変わらずなんですが、今になってようやく「ああ、あの人たちもこういう思いを抱えていたのかな」と、やっとちょっと「同じ人間」みたいなシンパシーを感じました、ふっと。

もっとも、そうした本やサイトを浴びるように読みまくったのは、半年間くらいだったかなあ?
KKの不登校が定着し、図書館に置いてある関連本もほぼ読み尽くした頃にはあの、すがる杖を探すような情熱を持って本を読むこともなくなりました。さすがにこれだけ読むと、杖として信じられるかどうかとかはともかく、どんな本やサイトにも書いてある共通点、すなわち「良いところを見る」「意見を押し付けずに傾聴する」「子供を信じる」e.t.c...も見えてきて、とりあえずそこだけ心に留めとけばいいかという感じになってきて。(そしてこれらがなかなか、実践すると難しかったりする

そんな中で、個人的に「これはなんだか信頼できるな」としっくり来た、そして今も時々読み返したりして心に残っている本やサイトを紹介してみます。
サイトなら、まずはここ!
子育てブログ~不登校・ひきこもり育児
専門家及び元・不登校ひきこもり育児経験者、あるいは元・不登校本人、そして今まさに経験中の同志たちが集うブログ村です。本当に「同志がいる!!」という感じで、励まされます。
ちなみに同じブログ村には、現役不登校高校生たちによる高校生不登校ブログ村もあって、子供の気持ちを知りたい親としてはこちらも時々拝見させて頂いてるのですが、励まされることが多い親ブログとは違い、こちらは読んでると胸が苦しくなります。。。皆いい感じの子達なのに、なんでそんなに苦しい思いをしているの、どうしたら助けになれるの、という悲しみとやりきれなさが。

そして、この「不登校ひきこもり育児ブログ」の中でも、私が一番しっくり来ているのがこちら。
「不登校・ひきこもり」と向きあった日々
「私たちは不登校・ひきこもりを体験した子どもたちをもつ保護者の集まりです。
「先の見えない不安や苦しさ」「相談できない孤独」「わかってもらえない悲しさ」 このような中で自分と向きあってきた日々をつづります。」
と、あるとおりの内容です。いやー皆さん、壮絶な不登校との戦いを経て今ここにいる!という感じで。
この方たちの体験談を読むと、うちはまだまだ甘ちゃんだと思えて頑張る気力が沸いてくるくらいです。
基本「見守り」を貫く方針なのですが、こういう「見守り」系って、私から見ると、ちょっと宗教やスピリチュアル入ってきちゃってる、って思えてしまうことも多々(そこも「何を信じていいのかわからない」の要因の1つになってしまってる)。ですがこちらの体験談ブログは、紙一重でそこに陥ってない、という信頼感を個人的に持てて、継続的に読んでいます。
ちなみにこちらの方々は、こちらの方を師匠としているグループのようです。こちらのブログも、実践編という感じで参考になります。

また、直接的な不登校ブログではないのですが、しっくり来たのが
スカイのブログ
ひそかにアスペルガーの気があるんじゃないかと思ってる自分としては、「ああ~わかるわかる」「すっごいタメになる」満載のブログです。この方のとことん論理的&客観的な、そして「定型」を徒に「無理解な人々」とシャットアウトするんじゃなく、発達障害者としてその中で共生していくために、という視点が貫かれているのも、とってもしっくりなんですよね。
ちなみにブログでは「定型」と「発達障害」をきっちり線引きして分析されてますが、でも中身は意外と普遍的なこと多々だとも思います。要は「人にはそれぞれ個性や特質があり、それをもってどう社会と折り合いつけて生きていくか」ということですよね、障害の有無に関わらず。

本でも同じような内容のものはいっぱいあるんですけど、ネットの場合、同志たちのコメントや、またそのコメント欄から数多くの同志ブログを拝読させていただいては心強くなれることが魅力ですね。

不登校本で印象に残っているのは、こちら。
「不登校 ひきこもり こころの解説書 ~僕がひきこもりだったときに言えなかったこと~」著者:金馬 宗昭
著者は、ECCの通信制高校、『ECC学園高等学校』の教頭先生だそうです。
20代半ばでひきこもって以来、ECCの先生になるまで、そしてそこでの試行錯誤という、実際の体験談が書かれています。
中高生の不登校ひきこもりとは年齢も違うので、直接参考になるというわけではありませんが、ひきこもりになっていく過程とか、その渦中の心境とか、とってもよくわかる気がしました。「一発逆転を狙ってしまう心理」とかね。
本人たちの体験談をルポルタージュ風にまとめた本とか、或いは先生という立場から書いた本とか、他にも似たような立場からのものは何冊も読みましたが、しっくり来た点ではこちらがピカイチでした。なんだろうな、語り口なんでしょうか考え方なんでしょうか、直接役に立つマニュアル本という類ではないのですが、とても誠実で、信頼できる本だという気が個人的にしました。
感情を煽って、つまりは脅して、何かしら恣意的な結論に導こうとする本やサイトではない、というのが個人的信頼ポイントでしょうか。

最後に、不登校とは全く関係ないにも関わらず、不登校児の親目線でも非常に共感で、折に触れ読み返す本というかマンガ。
1つは、前々回の記事でも書いた、「おたんこナース」。
「今の痛みは10のうちどれくれいですか?」と、まさに状態を数値で捉えようとするエピソードなんかもありますが、不登校親として一番「答えをもらった」感があったのが、アルコール中毒患者の話である「命の水」(第5巻)。
アル中看護未経験の主人公のもとに、なかなか断酒が成功しないアル中患者が入院してくる。婦長さんから主人公へのアドバイスは、「偏見を持たない」「必ず治ると信じる」
未経験ゆえに予断や偏見もなく、患者さんの言葉も全面的に信じようとする主人公ですが、「飲んでない」と嘘をつく、確かめようとすると「疑うのか」と責める、「疑われたからガッカリして飲んでしまった」と他人のせいにするe.t.c...といったことを繰り返す患者の言動に、いつしか「あんな人じゃ治るはずない」「呆れました。そうまでして飲みたいのかって」と、いつの間にか偏見と不信感を募らせていくが・・・
という話です。
「信じる」というのが、宗教にしろ他人にしろなかなか苦手な私には、不登校本に頻出する「子供を信じる」というのが、どうも体感としてわからなくて。
というか、たぶん怖いんですよね、「何かを信じる」っていう行為が。信じる=盲目的になる、言いなりになるってことなんじゃないの?としか思えなかったり、信じて裏切られるくらいなら、最初から信じておかない方がいいんじゃないの?とガードしてたり。
よって以前はこの話を読んでも、「ん~何かわかりそうでわからない」という感じだったのですが、子供が不登校になって、この話を読んだら、そうか婦長さんの言う「信じる」っていうのはそういうことじゃなくて・・・と、何か前よりわかった感が。
最後の方、「・・・まだ・・・私が治るような気がしている?」とおそるおそる聞く患者さんに、「そう確信しています」と答える主人公と、それに対し「ありがとう」と答える患者さんのシーンは、今読むと泣けて泣けてしょうがないです。「お酒が命の水じゃなくなることを一番望んでいるのは、大星さん(患者さん)だと思います」という〆も、不登校や引きこもりの子と重なっちゃって。
(なお「信じる」については、続く「適材適所」(第5巻)でもちょっとベースに)

「海街diary」作者:吉田秋生
拙ブログでも以前1~2度書きましたが、何度でも書きたいくらいタメになるマンガです それぞれのキャラが、自分なりの「相手への思いやり方・接し方」と「自分との折り合いのつけ方」を見せてくれて。
落ち込んでる時でも感情をぶつけないとか、何かあったのかなと察しても相手が言ってくるまで放っておくとか、相手が考えを言ってくれた時は「そう」「わかった」と受け止めるだけとか、何か重大な話をしなきゃいけない時は甘いもんでも食べながらとか、しかし時には考えをぶつけ合って喧嘩するとか、それを「猫の喧嘩は引き離すに限る」くらいに受け止めるとかe.t.c...
あるいは不登校について話しているわけじゃ全然ないのに、セリフが私に向かってのアドバイスになってること多々だったり。これぞ私的・名作か否かの分かれ道。すなわちすごく汎用性が高い=普遍的なことを描いている。
以下、そういうセリフをずらずらっと挙げてみます(便宜上、時々略したり言葉を付加したりしてますm()m)

「監督しているサッカーチームの子が、足の手術を受けて復帰したんだけど、やっぱり技術力は以前とは歴然として衰えていた。でもチームのキャプテンに相談するまで、彼が別な面で努力しているなんてまったく気付かなかった」
「僕は理学療法士ですから、病気やケガの後遺症で体が不自由になった人が、懸命の努力を重ねて動けるようになった例を何度も見ています」
「なのに彼を信じてなかった」
「彼自身が自分の可能性を信じているのに、俺は彼のマイナス面ばかり見ていた。それが何より情けなくて・・・指導者失格ですよね。マジへこみました」

「人はそう簡単に変わらないわ。人は信じたいものだけを信じて、見たいものだけを見るのよ。別の何かがあるなんて思いもしないのよね」

A「(負債を抱えたお客さんが、こちらも色々手を尽くしてそのことは解決したと思っていたのに、自殺してしまった。最後に会ったのは自分だった)
何がいけなかったんだろう。できる限りのことはやったつもりだった。その人もありがとうと言ってくれて、少しでも役に立てたと思ったんだ。なのに」
「僕はどこで間違ったんだろう。もっと別の方法があったんだろうか。僕にはできなかった何かが。そうしたらもしかしたらあの人は」
B「あなたは間違ってなんかいない。ありがとうって言ったその人の言葉も嘘じゃない。でもそのことと死ぬことはきっと別なの」
「その人は覚悟して出て行ったのかもしれない。でも家を出るときはいつもの散歩のつもりだったのかもしれない。それは誰にもわからない。答えはないのよ」

「患者さんの容態は日々変わる。そのたび家族も患者さん本人も一喜一憂する。いくら説明し尽くしたと思っても、その時の状況次第で気持ちはまた揺らぐ」
「それでいいんだよ」

A「当事者に寄り添おうとするのと、当事者になるのとでは、天と地ほども違いました。
少しでも患者さんの心により添えたら・・・と思っていたつもりでしたけど、しょせんひとごとだったんですね」
B「ひとごとでかまわんのとちゃう?看病するもんが病人と一緒にヘタれてしもたら、困るのは病人や。
しょせん代わりに痛い思いをしてやることも、死んでやることもできひんのやし」

「先回りして世話を焼くことばかりがいいとは限らないんですよね。患者さんのリハビリでもそうなんです。手を出しちゃった方が実は簡単なんです」
「障害の程度が同じくらいでも、その人の性格や考え方でリハビリの進み具合は大きく異なります。健康な俺たちが不運なハンディを負った人たちの本音を理解するのは、正直不可能です」
「だからせめてずっと見守ってますよって。それぐらいしかできないし、自分に出来ることなんかその程度だって、そう思ってたほうがいい気がするんです。何より傲慢にならずに済みます」

「人を心配するのって難しいな。俺やっとわかったぜ。お前たちの気持ち」
「何ができるんだろう。何もできないんじゃないか。でもなんとか力になりたい。そう思ってくれてたんだなって」

「悩めるのはいいことなんじゃない? 時間と選択肢があるってことだから、それは幸福なことだと思うよ」
「そやな。時間も選択肢もないモンは、悩む余地もあらへんからな」

「安心して進路について悩める場所が、今すずちゃんにはあるんですよ。
やっと見つけた居場所から出ていくことに不安があるんじゃないかな。
悩んだり立ち止まったりできる場所が今はある、それは決してなくならない、それがわかれば、きっとまた前に進めます」

A「僕がリハビリを担当していた患者さんが亡くなったんだ。自分で歩いてトイレに行こうとして転んで・・・
一生懸命リハビリして、解除があれば歩けるまでに回復したんだ。それなのに、むしろ歩けるようになったから無理しちゃったんじゃないかと思うと、なんだかやりきれないんだ」
B「じゃあ、いっそ歩けないままのほうがよかったかもって思うわけ?」
A「そんなこと思わないよ!可能性があるなら少しでも自分で歩けたほうがいいに決まってる!」
B「でしょ?その人は歩きたかったのよ。歩いてトイレに行きたかったの。
私たちはその思いをできる限り受け止めて、サポートしていけたらと思ってるの」

こんなにいっぱいになっちゃったけど、これでもほんの一部です
こちらが「不登校についての解決策」とか、意識しないで読んでるとこに、これらがふいに現れるので、よけいに琴線触れまくりなんですよね。
人により立場により、別の琴線触れまくり場面も数多く出てくると思うので、機会があったらぜひ一度。

といった感じの、本やサイトご紹介でした。

テーマ : 不登校 - ジャンル : 学校・教育

先輩が自分で、自分がKKで

というわけで(?)
不登校KKママの、昼間の逃げ場を作りたい&KKに「働く」ということをより身近に感じてもらいたい&不登校というハンデが加わった家計を少し助けたいe.t.c...
が主な動機となって、専業主婦歴10数年にピリオドを打ち、未経験職種パートとなったママ。
そしたら意外にも、仕事の極意は不登校の極意にも通じることが多々あることに気づき。
そのことに関しては前記事で書いたとおりなのですが、「仕事そのもの」に限らず、もう1つ個人的に、「人」・・・というか「KKへの対し方」についても、学ぶところ多々でした。

職場の人は、社員さんパートさん年上年下老若男女と様々なのですが(なんとひ孫持ちの人も!)、確実なのは一番ルーキーなのが私ということ
(これは未だにそうです。この、「比べられる同期や後輩がいない、常に皆より未熟で当たり前」という気楽な立場のおかげで、今も続けられてる感あり
てことは必然的に、周りの先輩はすべて教えを授ける人、私は教えを受ける人。
もっと言えば、自分のあまりの不甲斐なさに泣くことでKKの心情に近づいた気がしたこともあるママとしては、私は子供で周りの先輩は親のようなものにすら感じられ。
先輩に注意を受けている時とかなんて、「ああKKが私に何か言われる時はこう感じてるんだ」と、目の前の先輩が自分で自分がKKでという、不思議な入れ替わり感覚が生じることも度々。

例えば、10年選手のベテランパートさん。
業務の基本を手とり足とりを教えてもらった、私から見たらまさに「職場における親」という方です。本当に細かく教えていただきました。
なのに「子供」というやつは
言われたことを覚えるのに必死だった頃はともかく、ちょっと成長して自分なりに「優先順位」や「臨機応変」を考え始めると、そうした細かい注意があんまりありがたくなくなるんですよね
例えば「本当は○○が先だけど、今日は△△を先にした方がいいかな」と自分で思ってたところに「今日は先に○○やってくださいね」と言われたり、例えば「後で××しとかなきゃ」と自分で気をつけようと思ってたところに「××忘れないでね」と言われたりとかすると。
1つ1つはほんと些細なことばかりなんです。だけど子供としては、そうして先回りして注意されるたびに、「こんなことも言われなきゃできないとまだ思われてるのか自分は」というガッカリ感、すなわち「まだ信頼されてないんだ」と受け取ってしまったり、「自分で工夫したから上手くいくはずだったこと」が、「その人の指示に従ったから上手くいった」という結果になってしまったのが残念、無力感だったりするんですね。

「子供に先回りして注意(=過干渉)しない」というのは、不登校本などに頻出するマニュアルの1つなのですが、その理由を、自分が子供の立場になることで身を持って体感しました。と同時に、ああ私もまさにKKにこうした先回りの注意をしっぱなしだったなあと、その先輩に「親としての自分」も見てしまい。
親の私としては、そしてたぶん先輩も、そんなに大げさな意味はなく、ただ「忘れてると困るから言っとくだけ」という軽~い気持ちで、思い浮かんだことを言ってるだけなんですけどね。
でも「子供」「後輩」という立場だと、「親」や「先輩」が発した言葉って、言った側が思いもよらないほど、すごく圧力を感じてるんですね。

余談ですがこの方は、私が仕事を始めて3ヶ月目くらい、あまりのミスの多さに自分で泣いていたところに「あらまどうしたの?」と鉢合わせした時、自分の新人時代の話をしてくれました。
いやそれが、今のヌルい職場からは想像できないくらい、キビシーーー話で
その先輩、ベテランではあるけれど「完璧」って感じの人では決してないのですが、その話を聞いたときは、「そんな時代を乗り越えて今ここにあるのかこの先輩は」と、「プロ技術への尊敬」よりもむしろ「その存在自体への尊敬」と、「なら自分もできる」というやる気が湧いてきました。
こんなところもなんだか「親」だなあという感じです。もっともKKにとっての私は、まだまだそこまで行ってない気がしますが。

あるいは別の社員さん。
まだ入社数年くらいの方ですが、パートから正社員になったほどデキる方。しかしその分というかハッキリした性格のためというのか、言動がけっこうキッツい。
私も陽に、はあまりなかったかな。しかし陰ではボロクソ言われていただろうことは想像に難くないです ただこの方の場合、そのキツさゆえに必ずしも人望絶大ではなかったこと、及びかばってくれる人も存在してくれたことが、私的に気が楽だったところ。
というわけで最初は苦手だと思ってたんですが、しかし何度も一緒に現場に入るうち、なんだかこの方と一緒だと仕事がやりやすいことに気づき。
というのもこの方、指示が明確なんですよね。
特に新人のうちは、「優先順位」と「臨機応変」の狭間で、何をすればいいのかウロウロしてたりするもんなのですが、この方は「今はこれして。その次はこれして」と、具体的にズバズバっと。
それもよくありがちな、「今こっちやってるのに~」という、こちらの都合を無視しての指示じゃなく、こちらの様子をしっかり見た上での指示なので、新人はとても動きやすいんですよね。
(裏返せば、この方よりも長年経験を積んでるベテランパートさんだと、そこら辺でこの方に対しカチンと来ることもあったのかもしれません)
また、普段は引継ぎ時などは口頭も多い職場なのですが、この方だけはきっちり紙に書いといてくれました。ただでさえ忘れっぽい上に、状況に振り回されがちな私としては、指示が頭に入りやすく確実で、「さすがデキる人だな」と。
この方から学んだのは、「伝えたいことは明確に適切に」。
伝える側がここぞとばかり「本来はこうなんだけど、例外的にこういうことがあるのも気をつけなきゃいけなくて、でも今はとりあえずそれは気にする必要なくて・・・」とか、わかってもらいたいあまり全てを伝えようとすると、伝えられる側は混乱するだけなんですね。1回ですべてを望むのではなく、その時必要なことだけを。
(と言うわりにこのブログは相変わらず長文で、すべてをぶちこんだわかりにくさですが、まあこれは自己満足のためということで

あるいはもう1人のベテランパートさん。
この方は、本人年齢も子供の年齢も比較的近く、「パートのために家庭を犠牲にするつもりは一切ない」というポリシーも同じということで、勝手に親近感を抱いている方です この方がいらっしゃるおかげで、「夕飯の支度があるので早めに帰ります」とか平気で言える職場環境になってる気も
しかし中身は随分違う、というか、この方の中に「親としての自分」を見ることはありません。「親として目指したい自分」を見るのみで。
というのも、この方はとにかく目配りがすごくて。
皆が気づいてないようなところもちゃんと見ていて、「あれどこに置いたっけ?」なんて時、この方に聞けば「さっき向こうで見ましたよ」とか、百発百中。
ちゃんと見ているけど不要なことは言わないんですよね。いち早く気づくけど、その場では頭に入れとくだけで、聞かれた時に答える。だからこの方がそ~っと「これってマズいんじゃ?」と自分から言う時は、確実にマズい場合で、だけど誰も気付いてなかった→マジで助かった!というパターン。
私の場合、目の前のことに囚われて一点集中しやすいので、結果的に思い込みの激しい判断になりがちなんですよね。
この方みたいに、目配りしつつ頭に入れといて・・・を心がけると、押し付けがましくなく、自分にも周囲の状況にも冷静に対峙できるのかなと。
会話も、ほとんど否定系がないので話しやすく、色んな意味で安心感を覚える方です。
仕事の完璧度から言えば、個人的に上記お2人よりすごいのではと思うくらいなのですが、アドバイス等は必要な時だけ。しかし決して冷たいわけじゃなく、例えば私が自分の不甲斐なさを愚痴れば「私も最初の1年はそうだったよ~」「1年続ければできるようになってるよ」。
もしも私がKKにそんな愚痴を言われたら、「そんなことないよ~」と、慰めるつもりで否定したり、「じゃあこうすればもっと上達するんじゃない?」と、親身なつもりでアドバイスしたり・・・をやってしまいそうですが、しかし自分がKKの立場になってみたら、これらの言葉の無力さがなんとなくわかりました。
「そんなことないよ~」って言われても、せいぜい「慰めようとしてくれるのはありがたい」と思うくらいで、心のモヤモヤは払拭できない、だって自分で「そんなことなくないよ~」としか思えないからこそ言ってるわけだし。
「じゃあこうしたら」とアドバイスされても、「ああやっぱり自分はまだまだなんだ」という実例を再確認した気分になるのみ。
それが「私もそうだったよ~」「1年後には」だと、今の自分でも大丈夫という安心感、そして未来に対する安心感が沸いてくるんですね。
こういう言い方をさらっとできるようになりたいと心に刻みつつ、こういう人が母親だったら、KKは不登校にはならなかったかもなあとも。
それにしてもモデルにしたい人が身近にいると、こういうふうに言動のお手本を具体的に学ぶことができるのがありがたいですね~

逆に「親としての自分」100%、すなわち反面教師という方もいます。
もっともこの方の場合、ろくな研修もないまま、いきなりブラックといっても過言ではない会社(なんです。パートにはゆるくて天国だけど)の社員になってしまって、ほんっとーーに心身ともにいっぱいいっぱいだったこともあると思いますが。
「先回りの注意」どころか、「失敗しないでね。失敗したら私が○○さんに怒られるから」といった、こちらが言われてもどうしようもない「先回りのプレッシャー」のみを与える。失敗したら「あーまた怒られちゃう。○○さんって前も陰でこういうことを言ってたし」と、一緒に落ち込むのみならず、こちらが知ってもどうしようもないネガティブ情報もついでにくっつける。同じ指示でも、自分がテンパってると怒鳴り声に変わる。つまり物事の判断基準が、その時の感情によって変わる。それを後から謝ってくれるのは「悪気は無いんだな」と理解できるものの、それに続けて「私はこういう人間だから気にしないで」「切羽詰てくるとどうしても弱いとこに当たっちゃうんだよね」は、直すつもりはないのかとちょっぴりモヤる(そもそも「弱いとこ」って本人に言うか)、基本スタンスは「仕事が大変すぎて逃げ出したいけど頑張ってる」で、それはある意味すごいことなんだけど、そのためスキあらば「楽しよう、サボろう」として、それが皆にバレバレで、せっかくの頑張りも評価半減、そのため更に頑張って更に空回りe.t.c...
も~~~う、すべてが「親としての自分」の姿です。「子供としての自分」にも、基本裏表のない正直な人なんだということや、その時々の気持ちもよくわかるし、何より自分ができないのが悪かったと思うから、「憎しみ」とかは湧かないけど、まあこの親のもとで「自発的に何かやろうという意欲」や「この人が見守ってくれてるから頑張ろうという信頼感」とかは生まれないな、と。
繰り返しますが、別に性格が悪いとかそういうわけじゃないんです、この方も私も(と、さりげに自己弁護)。テンパリ状態から抜け出しさえすれば、こちらの言い分をちゃんと聞けるところも同じ。ただお互い、ちょっと弱く未熟なだけで。
そしてひそかにこういう自分のコピーみたいな方も、お手本となる方と同じくらいありがたい存在なものです。本を読んだりして理屈は頭でわかったつもりになっても、こういう些細かつ具体的な自分の言動は、無意識に出ていること多々なので、なかなか客観的に見直せなかったりするんですよね。

最後に、「お手本としたい」100%の社員さん。
うちの社員さんというのは、現場で私らパートとともに作業をする同志であり責任者であると同時に、現場作業以外の膨大な仕事を一手に任されている人であり。
「家庭を犠牲にするつもりは一切ありません(キリ」なパートとしては頭が下がりっぱなしの、時間と気力体力を削られる立場の方々です。
加えて、パートと上の部署との橋渡し的存在でもあり。つまり私らパートが現場で何かやらかすと、上からの叱責は全てパートではなく、社員さんに向かって浴びせられるわけです。
私も相当やらかしたので、さぞや私の代わりに社員さんが怒られていたであろうと推察されるのですが、しかしこの方から「怒られた」記憶はありません。伝達事項やアドバイスなどは多々あれど、「信頼されてない」と思わせるような、言わずもがなの「先回り注意」も、一切。
代わりによく言われた印象があるのが「大丈夫大丈夫」。
「すみませんやっちゃいました」と泣き声で訴えれば「あーこれくらい大丈夫大丈夫」。「こんなことしちゃったんですけど、よかったんでしょうか」と震え声で聞けば、「あーそれでOKですよ。大丈夫大丈夫」。そして帰り際には、1日中足を引っ張りまくりの私にも「ありがとうございました。助かりました」
しかもこれらを必ず笑顔でおっしゃるんです。もう「意志の力で切り替えてる」ってくらい、表情をぱっと笑顔に変えて。
「ちょっと話してみよう」と、新人でも別部署の人でも、誰とでも会話して、率先して人一倍働いて。この人と一緒だと、つられて自分から動いてしまいます。しかもそれが苦じゃないんですよね。
私もKKにこういうふうに接すればいいんだよなあ。なのについつい、一緒に落ち込んでは今更な注意をしちゃったり、「力づける」ってことができない。笑顔&「大丈夫」じゃまた同じミスをする、ってどこかで思って、つまり信じきれてないんだよなあ。

そうそうあとこの人、仕事の時はあんまし余計な注意せず、好きなようにやらせてくれるんですよね。「信頼してますよ」とばかりに。
試行錯誤しつつモタモタやってる人って、ハタから見てると歯がゆいし(なにせモタモタやってる本人自身が歯がゆいんですから)、手出し口出しした方が断然効率よく正確なのでしょうが、モタモタ本人からすると、それで萎縮しちゃって、いつまでたっても自信がもてず成長しないという面もあるんですよね。無駄に自分で考えるよりも、「これでいいでしょうか」「次は何すれば」って、人の指示に従っといた方がいいやってなって。
しかしこの社員さんは、聞けば指示もアドバイスもくれるけど、基本はほっぽりなので、思う存分集中してみることもできるし、人のペースややり方に焦って合わせようとしてミスることも減るし、指示しないその他のことは陰で全部その社員さんが片付けてるので、終わった時には「おおなんだか今日はすごくスムーズに働けたなあ」という自信と爽快感が味わえるという(大部分は社員さんの働きなんですけど)。この自信と爽快感って、翌日への意欲になります。

日々の生活で常にお手本どおりを維持するのはまだ大変ですが、とりあえず、職場で気づいた不登校に関することあれこれでした。

そうそう、不登校の子供がいることは、仕事を始めて早々オープンにしちゃいました。「お子さんはいるの?」「いるけど不登校なんですよ~」みたいな感じで。
知っといてもらった方が、後々シフト変更とかお願いしやすくなることもあるかな?というのと、噂としてひそひそと周囲に知れ渡るよりは、さっぱりオープンにしたいというのと、あともしかしたら、「へ~実は自分も不登校だったんですよ」って経験者が現れないかな~という期待と。
やっぱり経験者の話っていうのはとっても参考になるので、一つでも多く事例を聞きたいところですもんね。
そしたら、元不登校という方こそいらっしゃらなかったものの、「うちも不登校だったよ」という元保護者は、なんと2名も。意外といらっしゃるもんですね。
この方々には、「辛いよね~。わかるよ~」と実感持ってしみじみ話を聞いてくれつつ経験談を教えてもらったり、あるいは「うちも中学3年間、家でゲームしかしなかったよ。他の子が一生懸命勉強している間、うちのは遊んで高校行ってラッキー」という、スーパーポジティブな考え方を伝授してもらったり
余談ですがこのスーパーポジティブさんは、私が無能な新入りだった頃、物陰でキッツい社員さんが「まったくもう」と言ってる時、「長い目で見てやってくなんしょ」とさりげなく庇ってくださってるのを小耳に挟んだりもしました。その時は壁に隠れながらただただ頭を下げるばかりだったけど、今思うと、不登校の我が子を長年見守ってきた経験があるからこその言葉なのかなと。
ちなみにお2人のお子さん方は、今はそれぞれ高校生、大学生、社会人だそうで。
「学校なんて大した問題じゃないよ。大事なのは好きな仕事を見つけて働けることだから」
とは、スーパーポジティブさんの力強いお言葉ですが、「不登校でも人生全然終わってない」という実例保持者を(しかも複数)目の当たりにするのは、やっぱり心強いものですね~

テーマ : 不登校 - ジャンル : 学校・教育

仕事の極意は不登校にも通ず!?

さてKKが中2の6月、思い立ってパートを始めることにしたママ。
なぜこのパートに応募したかというと、時間帯や時給などの条件が合っていたことに加え、「ちょっとやってみたい仕事」「ちょっと着てみたい制服」だったから。
動機も安易なら職種選択も安易です
職種は接客業で、ママほぼ未経験。「でも以前にバイト等で経験はありませんか?」と面接で聞かれ、「学生時代に喫茶店とかなら」と答えたら、「それで十分です」エエ~~ 学生時代ってもう30年近く昔で、しかも短期のちっちゃい喫茶店バイトなんですが
雇われる側も安易なら、雇う側もけっこう安易でした。そして入ってみたら案の定、常に人手不足の職場でした
もっともママ的には、始める時こそ安易でしたが、しかし安易に辞めるつもりはなく、「こちとらダテに専業主婦10数年やってません。使い物にならない自信だけはたっぷりあります」という覚悟を胸に、「何も知らないんだから最初は叱られて当たり前。とにかくやるだけやってみよう」と意気込んで乗り込みました。

しかし、「何も知らなくて当然」とはいえ、最初はやっぱり試行錯誤の連続でした。
使い物にならない自信満々ではありましたが、それにしてもこれほど仕事ができないか自分、という。
ありがたいことに、職場の方々は皆さん優しかったので、私も「すみません」「すみません」を連発しつつ、納得しながら徐々に仕事を覚えていくことができましたが。
しかし陰では「も~うあの人ほんと使い物にならない」「あの人と一緒に入ると尻拭いが大変」とか、か~な~り~言われていたのではないかと思います。なんせ自分で贔屓目に見ても、言われて当然なレベルでしたから
幸いそれを表面に出す人はほとんどいなくて、むしろ私がいたたまれなくて「すみません私が一緒だとやりにくいでしょう」と頭を下げると、「大丈夫よ~みんな仕事と割り切ってやってるから」と、否定はせずに気持ちを楽にしてくれたりする職場だったのは、本当に幸運でした。

とはいえ、自分のダメっぷりは自分が一番よくわかっていて。
周りに人がいない時や休憩時間など、自分のあまりの不甲斐なさに、涙がこみ上げてくることもしばしばでした。
自分で自分が、情けなくて悔しくて。
涙を流しながら思ったのは、「ああKKももしかしたら、今こういう気持ちを味わってるのかな」でした。
もしそうなら・・・ちょっとKKの心に近づけた、気がする、なんて。

時には家に帰ってきてからも、今日の職場での無能ぶりが頭を離れず、KK&Uの前で思い出し泣きしたことも。
そんなママを見てKKは「そんなに辛いなら辞めればいいじゃん」
この時は泣きながらも一瞬、キタ━(゚∀゚)━!と思いましたね 仕事をすること、働く背中を見せることのチャンス到来!
「いやいや3ヶ月やそこらで辞めてたら何にもなんないよ。仕事は続けることでそのうち覚えていくんだから」
とべそべそと泣きながらこんなお説教くさい返事をしましたが、果たしてKKの心に入ったかどうか?(「じゃあ泣かないでやればいいじゃん」とか0か100かで受け止めただけかもしんないしね
ただまあ、「嫌ならやめればいい、ってもんじゃない」という価値観を伝える機会が来たのはよかったなと。もっともこの価値観もケースバイケースで、昭和の時代みたく絶対的なもんじゃないですけどね。

しかし言葉通り、こんなに自分のダメさ加減を職場で突きつけられて涙しても、「もう嫌だ仕事に行きたくない。辞めよう」とは、これっぽっちも思わなかったのは、我ながら不思議でした。
専業主婦になる以前も、仕事で悔しい思いをしたことはもちろん多々あります。
でもそういう時のほとんどは、例えば自分がやらかした失敗を「ほんの小さいミスなのに、あるいは悪気はなかったのに、キツく注意されたのが悔しい」とか、「良かれと思ってこうしたのに、わかってもらえなかったのが悔しい」とか、そういう、どちらかといえば自分を被害者のように感じてしまうがゆえの悔しさで。
だから「こんな加害者たちに囲まれてるような職場は嫌だ」と思ったり、そのせいで仕事へのモチベーションも下がったりして、結局転職したりしたのに。
でも今回は、相手がキツかろうと優しかろうと、注意されれば「あっそうだったんだ」「よしこれで一つ覚えた」。こちらに悪気がなかろうと良かれと思ってしたことだろうと、あるいはささいなミスだろうと、「失敗しちゃった。次はここに気を付けよう」。そうすると必然的に「早く今言われたことを次で試してみたいな~」という、次回へのモチベーションにしかならないので、「辞めよう」には向かわないのです。

昔の自分とはなんでこんなに気の持ちようが違うんだろう?
もちろん、この仕事は私にとって、KKの不登校に対する自分なりの決意表明って面もありましたから、そうそう簡単に挫けるわけにはいかないというプライドもありましたが、そんな義務感で無理やり頑張ってる気分はそこまで強くなく。
じゃあなんでだろう?やってみたい仕事だったから?
うんそれも大いにあると思うけど、でも昔の仕事もそれなりにやってみたい仕事を選んでいたはず。ああでも昔はそれ以上に「安定」重視で仕事を選んでいたかもなあ。加えてその頃の自分は、やっぱり今より甘えたおこちゃまだった
昔は、まあまだ若かったことも大だと思いますが、とにかく「受け入れて欲しい」という気持ちが強すぎて。
すごく自己中で、空回りしてたんですね。「安定」条件を満たした上で、それなりに「してみたい仕事」を選んだつもりではあったけど、それよりも「頑張ってる自分を見て欲しい」という承認欲求の方が前面に立ってて。仕事でそんな個人プレイいらないのに、他人の目ばっかり気にして、他人に評価されたがりの褒められたがりだった・・・

余談ですがこのパートを始めた頃、仕事から帰ってくるとマンガ「おたんこナース」を読んでは共感してました
職種は違えど、新人ならではの気負いや失敗の数々、それらを1つ1つ受け止め乗り越えていくさまがもう、「わかるわかる~」という感じで。「すみません」を言った回数、1日64回とかね
そこで自分でも意外だったのが、このマンガ、20年前から折に触れ読み返す大好きマンガではあったのですが、しかし内容は面白いと思うものの、「共感」てのはそこまでなかったんですよね。「なんでこんな嫌なことばかりなのに辞めようとは思わないんだろう」「なんでこんな意地悪な先輩を嫌うことなく、笑顔で喋れるの?」とか、むしろ不思議で。
それが今読むとすべて納得・共感できるのが意外で。前はあんなに「この先輩意地悪~」「怖い~」と思ってた先輩キャラも、今読むとそれほど意地悪には見えなかったり。苦労があっても「辞めたい」じゃなく、「じゃあどうしようか」に自然と向かうのもシンパシー。
仕事への考え方のみならず、例えば糖尿病患者夫妻と主人公のチームリーダー体験が軸になった「管理しようと一生懸命なのは相手をかえって追い詰める。ポジションを与えると人は自発的になる」という話や、アル中患者への対処法「あんな性格じゃ病気は治らない、は間違い。病気だからあんな性格なのよ」「必ず治ると信じる」といったエピソード等々なんかは、不登校の受け止め方にも通じることも多々あって。
(常々思うんですけど、「○○のことなんてまったく書いてないのに、○○に置き換えて考えることもできる話」っていうのは、名作の証だと思います。つまり普遍的なことが描かれているという)

もちろん、今回仕事を始めてみたら途端に、昔の「私を認めて」症候群が治ってた!ってわけじゃ全然ありません。
最初のうちは、まったく使い物にならないからこそ、スキあらば少しでも「役に立つ自分」を演出しようと、余計なお手伝いしてみたり、褒められそうなことをしてみたりe.t.c...
その都度諸先輩がたに注意されては矯正。すなわち
「人のやってることに手を出さない」→その人の仕事を奪う事になるから。やるなら同じ工程じゃなく別な工程、または先読みしてその先の工程をしなさい。それこそが手助けになる(ま状況に応じてだけど)
「余計なことはしない」→何かわけがあってそうなってるのかもしれないんだから、思いつきや勝手な判断で手を出さない。
「待つ時は待つ」→待ってる間に余計なことして、かえって迷惑になることもある。それくらいならあえて何もせず、待つことも重要。
「優先順位を考えて」→今はまだ優先順位がわからないから仕方ないかもだけど、しなきゃいけないことを思いついた順でやるのは、効率悪いしチームワークも乱す。常に優先順位を意識して動きなさい。

そうそう、それからどの先輩からも常に言われたことが、「無理しない」「焦らない」
私の場合、自分の無力さを省みず・・・いや自分の無力さを痛感しているがゆえに一層かな?ついつい無理をしては、そのため失敗するというパターンが非常に多かったんですよね
ただでさえデキないんだからちょっと無理してでも効率上げないと・・・という心がけは悪くないとしても、失敗して逆に皆の足を引っ張っるので、結果的に効率ダダ下がりという。
さらに場の雰囲気に飲まれやすいタチなので、忙しくなってくると、「もっともっと無理してでも急がなきゃ」→結果焦ってロクなことにならず。
ほんとに、この2つはいつ誰にでも言われてたなあ 私も、失敗するのは主にこの2つの時だと自分で気づいてからは、「スムーズにテキパキ」という理想はとりあえず置いといて、「ドジでのろまなカメ」からせめて「のろまなカメ」に進化すべく、時には「焦らない焦らない」とブツブツ唱えながら動くことにしました。先輩は失笑だったでしょうが、不思議と、そうするとほんとに焦らなくなるんですよ~

といったことを逐一注意され、アドバイスされ、なるほど納得よし次からは、と1つ1つ覚えていくわけですが。
これらって仕事の基本のみならず、不登校KKへの対し方でもあるな~と。
子供がするべきことを親が横取りしない、余計な言動、ましてや評価目当てなんかで勝手な言動はしない、待つのも仕事のうち、時には待つことで後々こっちの都合が悪くなることがわかっていても、ただじっと待つことに耐えなきゃいけないこともある、優先順位を考える、そして何よりも、無理しない、焦らないe.t.c...

そういえばやっぱり最初の頃、まだまだ覚えることてんこ盛りで、優先順位どころか基本的な仕事の流れすら覚えきれず、ついていくのが精一杯だった頃。
頭の中は常に、「今これをどうしたら?」から始まって、「次は何すれば?」「もしこれがこうなったら?」あるいは「昨日やったこれはどういうこと?」等々、時系列も重要度もごったまぜの疑問オンパレード。
で、説明を受けながら、あるいは作業をしながら、浮かんでくる疑問はその都度全部ぶつけてたんですね。仕事を早く覚えたくて、疑問をその場ですぐに解消したくて、説明の流れとか相手の状況とかあまり考えず。
そんな自己中質問魔にも、皆さんほとんどの場合ちゃんと答えてくれましたが、ある時あるベテランさんが言いました。「それは今聞くことじゃない」

言われてやっと気がつきました。ああそういえば私の質問パターンって、KKにもUにもパパにも、いっつもこうだったかもなあと。
「いつお風呂入るの?」「ねえご飯まだ食べないの?」といった正しき生活習慣から、「このプリントどうした?」とか「あの予定どうなった?」とか、ちょっと大事な質問を思いつこうもんなら、その時KKたちがTV見て笑ってたり、おしゃべりして楽しんでたりする空気も読まず割って入り、「今いいとこだからちょっと待って」とか生返事が来たら、「そんなのより大事なことなのに」と勝手に気分を害し・・・
疑問や要求、あるいは怒りなどの感情はもちろん、単なる質問だって、生じた時に相手にただぶつければいいってもんじゃない。質問ひとつするにも、優先順位やマナーがある。自分が今すぐスッキリするためだけに、それを乱してはいけない。
「人に感情をぶつけないようにしよう」とか、「空気読もう」とか、つまりは「自己中にならないようにしよう」と常々思っていて、どころか傲慢にも、昔よりはだいぶ出来るようになったとまで思い込んでいたのに、こういうとこで無自覚な自己中が顔をのぞかせていたんだなあ。

それ以来、職場でも家でも、質問するタイミングには気を配るようになりました。そうするとその場の空気はそのまま変わらず、お互い気分良く受け答えできることがわかり。
その場の空気を読む練習になると同時に、不登校KKに対する「余計なことを言わない」練習、すなわち、何か話しかけたい時にワンクッション置くという練習にもなってる気がします。

そんなこんなで、パートを始めたら、時に不登校関係の勉強にもなりつつ、「やってみたい仕事を通じて、社会(=目の前のお客様)に善意を還元したい」→「そのために早く仕事を覚えたい」→「そのために頑張る」という、仕事に対する基本姿勢を、この年になってやっと体得した気が
 
この先KKが不登校を克服したり、仕事で頑張れるようになるのにも、やっぱりこういう順序が必須なんだろうな。
他人の評価といった承認欲求や、昭和の価値観みたいな義務感「だけ」じゃ、いつか行き詰まる。心理カウンセリングの先生がいつも言ってた、「将来の保険のために今頑張る、じゃなくて、夢や希望のために必要なこれを頑張る、という順序じゃないと」という言葉、それまでは「そんな絵空事」と思ってた面なきにしもあらずだったけど、今ママが頑張れてるのって、まさにそのためかもしれないもんなあ。

にしても、こうやって書いていくと改めて、自分の未熟さに赤面しますわ~~

テーマ : 不登校 - ジャンル : 学校・教育

そうだパートしよう

KKの高校受験も無事終了。
ということで、ここらへんで備忘録として、ほとんど書いてなかった中2以降のKKの不登校生活を振り返ってみたいと思います。
記事としては、「担任の先生のこと」 「KKの日常」 の続きになります。

さて時はさかのぼって2014年4月。
KKは中2になり、新担任の先生が毎週1回、自宅訪問してくださることになりました。
KKの予定はこのころ、上記の先生と自宅で週1面談。そして2週間に1度の、精神科での心理カウンセリング。もっともこれはKK断固拒否だったので、実質ママの愚痴吐き場として機能するのみでしたが
あとはオールフリーです。
塾も家庭教師もフリースクールも一切予定になし。親は一応それなりに勧めてはいるものの、KKがやっぱり断固拒否で。
勉強するのは、先生が来てくださる日に、あわてて宿題を片付けるのみ(これも当初は一応、「毎日する」という取り決めがあったはずなのですが
その他の膨大な時間は、音楽してるか動画見てるか、夜になったら同級生たちとスカイプするか。

これをママの視点から言うと、まずは9時頃から3時間近く、「起きろ~」の声かけ。
合間に掃除機ガーガー言わせようが洗濯機ぐおんぐおん回そうが皿をがちゃがちゃ洗おうが、おかまいなしに寝てるKKに、ひたすら「もう9時半だよ」「10時だよ」「もう10時半になったよ」「11時になっちゃったよ」
ここらへんに来るとママもイラついてます。パパもUも早起きして頑張ってるのにとか。あと、声かけてもかけても思うように動いてくれないと、なんか無視されてるみたいに感じちゃうんですよね。
気を静めるためネットで不登校関連のサイトなどを読みふけるうちにお昼。もう待てないと、怒り声で無理やり起こします。
KKからすると、いきなり不機嫌なママに無理やり起こされて起床の気分はたぶん最悪。ママがなんとか気分立て直し、「お昼作ったよ~」と明るく声をかけるも、起きたばかりでお腹すいてないこともあって「いらない。置いといて」
ママはここでまた、「体に悪いのに」「食材もったいない」「ママの努力が無に」と、母として主婦として個人として気分がイラッ。そんなママの前で、KKがさっそくPC立ち上げて動画見始めてさらにモヤモヤ。しかしママも今までネットしてたから文句は言えない。
気分を変えようと、ママは夕飯の買い物がてら外出。少しでも長引かせようと、図書館に寄って不登校関連の本を読みまくり借りまくり。
なんとか気分を立て直し、夕方の家事をしたら、今度は「お風呂入れー」「早く寝ろー」と、またまた何度も言っては何度も生返事で無視。そのたびイラつきとガッカリが大きくなっていく、その繰り返し・・・

そんな日々を悶々と過ごすこと数ヶ月。6月のある日、ママはふと思い立ちました「そうだパートしよう

今までも何度か、「働こうかな~」と漠然と思ったことはありました。けどなんとなく、「やりたい仕事がないから」とか「Uが小さいから」とか、とにかく1歩踏み出すまでは行かなかったんですよね。

しかし現状、どう考えても、昼日中からいい若いもん(?)が、2人して家で顔つき合わせてPC眺めてるのは心身によくない
だいたいママが無駄に家にいるから、KKの一挙手一投足が目に入っちゃって、気になっちゃって、無駄な心配や小言が増えるのだ
KKはKKでママに1日中監視されてる気分だろうし、ママだってKKのことで悶々と過ごすのがKKのためになるとは思えない。むしろ「働くママ」の背中を見つつ心身ともにフリーな方が、KKにはずっといい影響を与えるんじゃなかろうか
折しもパパはウツ持ち、我が家の経済状況も世間の波間で悪化の一途。加えて中学不登校となると、高校は私立か通信制か?いずれにせよ、金はこの先あるに越したことはない
幸いKKは日中家にいる。てことは、今まではパートを考えるにあたっての懸念材料だった「小学生Uに一人でお留守番させるのも・・・」も難なくクリア。KKが不登校のおかげで安心してお留守番を任せられるという、いわば「不登校ならではの家庭での役目と責任」ができて、KKも堂々と家にいられる。お昼もこの際、自分で好きにすればいい。あわよくばその他の家事もお願いしちゃったりして~♫

最後の方はママの邪な願望がダダ漏れですが考えれば考えるほど、これはパートに出ない手はないなと。

加えてもう1つ、パートに出る決心する上で背中を押す力になったのが、KKが不登校になって以来ママの心に溜まりつつある、色んな人の善意でした。
新担任の先生はじめ、保健の先生、病院の先生、ソーシャルワーカーさん、親の会の会長さんe.t.c...
ただでさえ忙しいのにさらに時間外勤務で週1来てくださる担任の先生はもちろん、たとえ1度しか会わなかった人でも、こちらが心底「助けてくれ~~~」という思いで手を伸ばしたその時、手をつかんで真剣に助けようとしてくれた、そう信じられる人がいっぱいいました。
そういう人が世の中にいっぱいいるんだと信じられることは、世の中で生きていく力になるもんですね。
そうして色んな人から受け取った善意が心に溜まっていくうちに、私もただ受け取るだけじゃなく、今度はそれを私なりに世の中に還元したいなと思うように。
社会人になった時も転職した時も、パートに出ようかな~と漠然と思ってた時も、「仕事をする」ということをこんなふうに捉えたことは、今までありませんでした。

とは言え、パートのために家庭を犠牲にするつもりは一切ないママ。
土日はやっぱし家族を優先したいから平日のみがいいな。家事に支障をきたすと困るからフルタイムもパス。なんせこちとら10数年専業主婦ですからね~まずは慣らしから始めなきゃ。しかしそんな都合のいいパート、果たしてあるものなのだろうか?
と、軽く転職サイトを眺めてみたら、それでも近場で2つ3つ、条件合いそうな、そして未経験だけどちょっとやってみたいかな~と思うようなパートがあって。
へ~さすがママにとっては大都会の会津、就職難なご時世だと思ってたけど、パートの口なら意外とあるものなのね~
実に安易な気持ちでそのうちの1つに「面接希望」とクリックしたら、なんと数時間後に電話が来て、翌日面接、イコール採用。
この急展開ぶりにはさすがにびっくりでしたが、実に安易にパートが決まってしまいました。
「今日さ~パートに応募したんだ~テヘペロ」とママに事後報告(にならざるを得ず)されたパパは、次の日には「○日からパート行くことにしたわ~」と告げられ、これまたびっくりしたことでしょう
でも意外と、「急だな~~」と驚きはしても、「あんま無理しないようにしろよ」と、優しく受け止めてくれました。
KKも無問題。Uのみええ~~とちょっと寂しそうでしたが、「Uが学校行ってる間だよ」ということで一応了承。

パパはわりと古風というか、「男は自分の経済力で妻子を養うべし」「「買いたいものはどんどん買えよ」と家族に言えるのが男のプライド」みたいな面があって。
なので私もそれに甘えて長らく専業主婦させてもらってました。パパがウツの時なんか、「私も働いた方がいいのでは」と思いつつも、「でもここで私が「パートに出る」なんて言ったら、逆にパパのプライドを傷つけるんじゃ?」なんて、遠慮半分、それを言い訳に真剣に職探ししないこと半分みたいな
いざ決めたら、意外と大きな反対がなく働き出せたのは、まさに「案ずるより産むが易し」でした。
そういえば「そうだパートしよう」と思い立ってから決まるまで急展開だったのもまさにそうで。パート始める前までは「「40代超、それまで10数年専業主婦」じゃ、やりたい仕事なんてまず見つからないんだろうな~」と勝手に思ってましたから。

しかし、自分がどんなにそれを欲していても、状況がそれを求めてない時は、自分でどんなに努力しても扉を叩いても、空回りしたりあちこち無理が生じたりして、結局ダメになったりするけど。
状況がそれを求めている時っていうのはもしかしたらこんなふうに、あれこれ考えなくても自分がいつしか1つの歯車になっていて、状況の中にぴたっと収まって自然と動くようなもんなのかもしれませんね。

KKの不登校生活記事のはずが、ママのパート話になってしまいましたが、私的には不登校KKと向き合う上で、大小さまざまな発見もあったりしたので、あと2~3回、パート話が続きますm()m

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