鶴ヶ城でティーパーティー♫

秋晴れの陽射しが眩しい先週末、鶴ヶ城でティーパーティーがありました

といってももちろん、紅茶にスコーンのアフタヌーンティーでもなければ、海にお茶っ葉を投げ捨てるボストン流でもなくどちらかといえば織田が坊主とやったティーパーティー(@「本能寺の変♫」)。
すなわち「鶴ヶ城大茶会」です

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時は織田さんが家臣の明智にしばかれた約10年後。
当時鶴ヶ城城主だった蒲生氏郷は、秀吉に切腹を命じられた千利休の子供を匿い。
その縁で出来たのが、現在も鶴ヶ城にある「茶室・麟閣」です。
戊辰戦争から長らく移築されていたそうですが、平成初期、鶴ヶ城に移築復元。それを記念して、会津若松では毎年この時期に市民茶会を行っているのだそう。

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奥の白壁が、茶室・麟閣です。別料金ですが見学可・お茶とお菓子もついてきます

お茶会とか一度も行ったことないけど抹茶は好きなママ、休日でいいお天気だし、買い物ついでにぷらっとお茶してこようかな♫
と思ったのですが、果たしてこういう「お茶」ってそんな喫茶店がわりに飲んでいいものなのか、作法とか服装とかなんか色々うるさいんじゃないか?
とも思う反面、「多くの観光客が訪れる」というチラシの一文や、「本当に茶道を極めている人は、「作法にこだわるよりも、気軽にお茶を楽しんでほしい」とだけ思っている」という、私にとってすごく都合がいいどっかで読んだ一節などを思い出し
で、「行ってみて、場違いじゃなさそうだったらお店に入ってみよう」と(だから喫茶店じゃ

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おおうやってるやってる。
1回500円か。タリーズと同じくらいね♫(だから喫茶(ry)

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今年はえっらく紅葉が早くて、お堀の葉っぱは少し色づき始めてました
(そして今はもう見頃を迎えています。紅葉の鶴ヶ城を見るならぜひ来週末くらいまでにどうぞ!)

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今日の鶴ヶ城はこんな感じ
芝生の中に、垂れ幕を張ったテントがいくつも並んでいます。

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テントの中はこんな感じで、椅子にテーブル。
畳じゃないのが、初心者にはちょっと気楽です
加えてお客も、着物姿はほとんどいなかったのが更に気楽♫

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各テント前にはこんなふうに、それぞれの流派の看板が立ってて。
なるほどこれを見て、お好きなお店に入ればいいと(だから喫(ry)。

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ちなみに今日の鶴ヶ城に集っているのは、こちらの6流派↓
(クリックで拡大します)

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私が聞いたことあるのは表千家・裏千家くらい 色々な流派があるんですね~。
「武士たちが野駆け・鷹狩りの合間に飲んだお茶」とか、興味惹かれるな~
お、ちょうど手近にそれっぽい名前の看板が! さっそく入ってみましょう

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とはいえ、気分は買い物ついでなので、ジーンズにサンダル履きと「さすがにそれは失礼では」という格好で来てしまった私
受付で、着物姿が板についてる感じのおばあちゃんに「あの~こんな格好でも大丈夫ですか?」とおそるおそる聞いてみたところ、
「まったく大丈夫ですよ~。そんなに堅苦しく考えないで。お茶は楽しむものですから」 おおうやっぱり達人は素人に優しい!
この、お姑さんだったらちょっと気が抜けなそうだけどお客さんには親切な感じのおばあちゃんに500円を払い、テーブルへ。
どこがいいかな~と見渡してると、後ろからまたも品のいい着物姿のおばあちゃんが寄ってきて
「こちらのお席がよく見えると思いますよ」。やっぱり達人は素人に優しいのだわ~

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茶席ではちょうど、次の回のための仕込みとは言わないななんでしょう?準備?みたいなことをしているところでした。
こういうティーパーティーって初めてなので、人の動作含め、見るもの一つ一つが新鮮です
野外なのに掛け軸しっかり飾るんだ~とか、畳の上に竹を組んでるのがワイルドでカッコイイな~とか

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この竹から釜をぶら下げて「つり釜」という方式でお茶を点てるのが、この流派の特徴らしく。
って、あれっここ私が飲んでみたいと思った流派じゃないな
と、もう1度チラシを見直したところ、私が興味を惹かれた「武者点て」による「馬上杯」のお茶は、「石州流茶道宗家・福島県支部」。
今座っているお茶席は、「茶道石州流宗家・会津支部」でした。ってまぎらわしいよ~~「茶道」の場所が違うだけじゃん!
ままままあ、この「つり釜」ってのも見てみたかったし、「馬上杯」はこの後に行けばいいか こっちはこっちで会津藩始祖ゆかりのお茶という、鶴ヶ城ならではな感じもするしね~♫
と、気を取り直したところにお菓子が配られます。
「里の秋」という名前だったかな? ほんのり栗の風味がする白あんのお菓子でした。
これをもぐもぐ食べながら、お点前を拝見いたします

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お茶の作法とかまったくわかりませんけど、やっぱりプロの技術っていうのは美しいですね~~
1つ1つの所作に意味があって、もはや「型」になっていて、その型が板についてるレベルだと流れるように自然で、でも指先までぴしっとしていてという。もう見ていて気持ちいい♫
お茶に限らず、スポーツ選手とか職人さん、工場のプロ工員や料理人とかあらゆる技術がそうですけど、動きに無駄も余剰もなく、効率を極めるとそれは洗練された「型」となり、システマティックな美しさとなるんですよね。私もサービス業としてちょっと身につけたいなと。

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やがて抹茶の出来上がり~
ちなみに、先生が点てていたお茶が飲めるのは先頭の人だけです 他は裏で点てたお茶が1人1人に配られます。
(その分先頭は色々業務があるらしいのでプレッシャーです。今回の先頭の方は、格好こそラフでしたが、お茶のことをよくご存知とお見受けしました)
私とかは、お茶碗をじろじろ見て何か気の利いたことを言ったり、ぐるぐる回して飲んだりとかしなきゃいけないのかしらでもそれ何回くらい??などと不安だったのですが1人1人に配られたあとは「どうぞお好きに」という感じだったので、安心して、お城を眺めながら和カフェ気分で抹茶を頂きました。

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秋晴れの中で、お城を眺めながらの抹茶って、いいですね~~~♫
なんかこう、非日常でありながら、雄大&解放感があって、ちょっとくつろぐ感じ。抹茶おいしいし
やがてその回で使用したお茶碗が並べられ、先生が退席すると、「お道具拝見ご自由にどうぞ」タイムです。

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お道具の紹介一覧。クリックで拡大します↓

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こういう道具類は、お茶の味以上に「ふ~む(=わからない)」な私。
唯一知ってる魯山人の名前があって、「本物ですか!?」と聞いてしまいました。
(「写しです」とのことでした
この緑の茶碗がそうです。柄が写ってなくてスミマセン

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非日常だけどゆったりした気分でお茶を頂いた後は、余韻を楽しみながらお城散策。
もう1杯いこうかな~とも思いましたが、お菓子がけっこう甘かったので、なんだかおなかいっぱいに お茶飲みながらお菓子食べられるといいんだけどな~

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そんなこんなで、行ってみたら意外と素人もウエルカムで楽しめた、「鶴ヶ城大茶会」だったのでした
(春にもやってるそうなので、お茶好きな方はぜひ♫ お客さんには小学生女子もいましたよ

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続いてモンスター大学

さて前記事からの続き、「モンスターズユニバーシティ」のネタバレあらすじです

勉強に勉強を重ねて、晴れて難関・東大法学部ならぬモンスター大学(以下MU)怖がらせ学部に入学したマイクと、同じく新入生ながらマイクとは正反対に、東大卒・官僚コースならぬMU卒・有名怖がらせ屋を多数輩出するエリート一家の御曹司で、生まれながらに怖がらせる才能にも恵まれたサリー。
マイクはサリーのエリート意識が鼻につくし、サリーはマイクのような才能のない奴が努力しても無駄だと思っている。
つまりまったくソリの合わない2人なわけです。

この2人がひょんなことから、かつて伝説の怖がらせ屋だった学長を怒らせてしまい、「あなた方は怖がらせ屋の資質なし」と怖がらせ学部を追い出されることに。
なんとか怖がらせ学部に戻りたい2人は、「競技大会に優勝すればチーム全員戻っていい、優勝しなければMU退学」と学長と賭けをし、協力し合って復学を目指すことに。
ここら辺の、他のおちこぼれメンバーと切磋琢磨し、強豪の同級生チームを次々破って優勝するところまでが、映画の3/4です。

はっきり言ってここまでなら、わざわざTSUTAYAでレンタルせずとも、家にあるジャンプを再読すればOK  普通によくある「友情努力勝利」ですから
いやまあ、落ちこぼれメンバーたちも個性豊かですし、その個性によって落ちこぼれたちが強豪たちを打ち負かしていくところなんかも、単純に面白いです。マイクやサリーが他の仲間を見下して、自分で勝とうとしているうちはダメで、チームメンバー各々の個性を発揮できた時に初めて団体として強くなるとか、そうした試合を通じてマイクやサリー、他のメンバーたちが心を通わせていくあたりとかは、さすが描写が上手いから説得力あるなピクサーと。

とはいえこういったことは、上手いジャンプ作品にだってちゃんと描かれているので、今更そこまで感動するこたないかな、まあいい話だけどベタだなあという感想は変わらず。
それがひっくり返るのは、つまりこの映画の真価であり、不登校親としてうっかり涙目になっちゃったのは映画の後半、残り1/4になってからです。

一応マイクたちは優勝できたのですが、そこでマイクは、自分には怖がらせ屋としての才能がないんだという痛恨の真実を、はっきり悟ります。
どんなに「お前には才能がない」と周りから言われ続けても自分を信じ、努力さえすれば夢の花形職業「怖がらせ屋」にだって必ずなれると信じ続けてここまで来たマイクが、初めて。
ピクサーお得意の、「子供向けの映画でありながら実はその親向け、大人向けでもある」という性格が、映画の残り1/4でいきなりくっきりと。大人はたいていそういう挫折感の1つや2つそれまでに味わっていて、「努力さえすれば夢は叶うなんて嘘っぱち」「諦めて現実と折り合いつけて生きるのも重要」と、つい思ってるところがありますからね~。「夢に向かって努力できる子になってほしい」と一方では心から願いつつも。
水辺に1人でじっと佇むマイクの後ろ姿は、切なくもやっぱり怖くなく、ちょこんとかわいくて、過去の挫折した自分や、これから挫折を味わうであろう子供がオーバーラップされてちょっと涙目。
この「努力ではどうにもならないことがある」というシビアな現実認識がはっきり描かれているのが、私的「MU」の真価その1。

しかしこれまでのあれこれから、いまやマイクを「尊敬できる友達」と思っているサリーは、「お前には俺にない才能があるじゃないか」と心から。
そして「お前が手に入れようと必死で頑張ってもどうしても手に入れられない才能を持っている自分にだって、お前にはない弱点がある」
そんな2人が、お互いの弱点を補い合うことで最強のチームワークを発揮し、なんと図らずも学長の伝説をも超える偉業を達成。
それまでは2人のことを「怖がらせ屋としての資質なし」と考えていた学長も、自分が間違っていたと2人に誠実に伝えます。
ここで真価その2。しかしどんなにレジェンド達成しようと、そこに至る行動あれこれはルール違反。学長の力を持ってしても、規定通り「退学」は免れませんよと。

下手なジャンプだったら、いや下手なドラマや映画全般もこんな時は、高確率で「お咎めなし」にしてしまうんじゃないでしょうか。
だってそれだけのレジェンドは見せつけてるわけだし、学長も「悪役→実はいい人」みたいな皆が好きなキャラにできて後味よし。そうして皆が望むハッピーエンドにすれば観客は感動するんだからいいじゃん、所詮はドラマ(や映画やジャンプ)なんだからさ。
しかしさすがピクサーは、そんな下手なドラマ製作者みたいなことはやらかしませんね。「世の中は一発逆転でチャラになるような、そんなドラマみたいなご都合主義にはなってないんですよ」という現実認識から逃げない。

とはいえ、下手なハッピーエンドじゃないのは確かに心地いいのですが、しかし今までマイクとサリーに感情移入して見ていた人間としては、それにしても救いがなくないかこれ、と思ってしまうのも事実。
しかーしご安心さすがのピクサー 私的この映画の最大の真価は、実にここから、すなわち退学になってからエンドロールが始まるまでの、測ってないけど正味5分くらい?のラストシーンです!

「怖がらせ屋」への安定路線であるMUを追い出され、これまでの努力もすべてパー、才能なしという自覚だけが残ったマイク。
代々MU卒業生を輩出する家柄の中で、自分一人が不名誉この上なしの退学、さらに才能はあっても理論が伴ってないので、この先怖がらせ屋として身を立てられるか厳しいサリー。
前途洋々だった未来は今や絶たれ、絶望して学校を去る2人でしたが、実はここからすべてが始まるのです!
人気一流企業・モンスターズ・インクにあって、常に作業員を募集している(つまりそれだけ人気がない)郵便配達部署。まずはここに応募して会社に潜り込み。
ここで活躍した後は、MUの学部の中でも一際やる気のない先生と生徒が集まってた(つまりモンスター社でも下請けに近い)ポンプ製造部署へ。そして次は社員食堂の配膳係e.t.c...
そういうふうに社内で下積みを重ね、成果を重ねて社内試験を受け、1つ1つステップアップして、いまや押しも押されぬトップレベルの怖がらせ屋となったのが、前作「モンスターズ・インク」でのマイクとサリーだったのでした!

いや~もう泣けちゃって
おわかりのとおり、至って単純なアメリカンドリームなんですよ。前述で散々けなした「諦めなければ夢は叶う」「友情努力勝利」そのものなのに
けど、やむなくレールを降りることになっても、それで人生終わりってわけじゃないんだ!自分でレールを作っていくことだってできるんだ!
というメッセージが、残り5分になっていきなり思いがけなく伝えられると、今まさにレールを降りちゃってる状態の不登校親は、ふいを突かれて泣けちゃって。希望で。

これがまた、明るくも切ない感じのテーマ曲に乗って、サラリと触れられているのが、ピクサーの上手いとこというか、涙増量の理由なんですよね~~~。
画面に映るのは、郵便配達、ポンプ製造、社員食堂での写真各1枚ずつ。それにあわせてマイクの「あれから俺たちこんなことがあったよな」「そうそうこれで2人で賞を取ったんだよな」といった声が被さるという具合。
さらりと懐かしげにしか言わないからこそ、言い尽くせないことは星の数ほどであったろうことが浮かび上がる。と同時に、写真の2人の姿はしかしそんな悲壮感なんて全然なく、目的とは違う目の前の仕事をあくまでも楽しみながら、賞を取るほど工夫して、打ち込んでいる、これが大事なんだよ、というメッセージも。
レールから外れてしまったら野垂れ死に、なんて決まってない。目的のためにひたすら我慢して頑張る、のが最善の人生ってわけでもない。その時その時を大切にすれば、道は必ず開ける。諦めるな!

ほんとよくあるテーマで、よくある言葉なんですけど、それが涙を誘うほど心にしみるのは、受け取る側のタイミングと、やっぱりピクサーが上手なんでしょうね~。
とりあえずこれから先、KKの入試時期になってまた心揺れた時は、「MU」の最後5分だけ見ようと思った、「モンスターズユニバーシティ」でした
(ちなみに本編終了後「そうはいっても、やっぱり努力が無駄に終わることもあってさ」という皮肉なワンシーンをくっつけるところもまた、いかにもピクサーっぽい

余談ですが、「この5分があるから傑作」、これは「カールじいさんの空飛ぶ家」もそうですね。
私がいっちばん好きなピクサー映画は「カールじいさん」なんですが、これもたった5分、いや10分くらいかな?のシーンがあるためなんですね。すなわちカールじいさんと妻エリーの、人生早回しセリフなしの10分間。及び映画中盤での、それをうまーく使った「わたしの冒険ブック」。
(そういえば「カールじいさん」も、「目的地に向かって遠回りでも誠実に生きてきた、その人生そのものが思い起こせば冒険だった。我が人生に悔いなし!!」という、MUに通じる話でしたね)
ほんとピクサーってこういう描き方が上手だな、とMU見て改めて思った次第です

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「デート」を見た不登校親

何か手探りの状況で、何らかの答えを求めている時は、ふと目に入った景色やなんてことない会話、たまたま見ただけのドラマや映画等からも、普段ならやり過ごしてしまうメッセージを受け取ることはよくあるわけで・・・
以下、「デート」及び「モンスターズユニバーシティ」のネタバレです。

こないだ私の大好きドラマだった「デート~恋とはどういうものかしら」の、2時間スペシャル版がありました♫
たまたまCMで知って、普段なら面白そうなTVCMを見ても「たまたまその時間にチャンネルがそれだったら見るか」程度なのが、この日は放映5分前に8チャンに切り替えTVの前に座るという気合の入れよう
なんせ面白かったですからね~月9の「デート」は 文系ニート男子&バリキャリ理系女子という、まったく噛み合わない主役2人の機関銃会話と、会話に散りばめられた小ネタの数々、及びドラマ全体に仕掛けられた遊び心、けれど根本のところはものすごく真摯で、人間讃歌になっていてという、まさに「上質のコメディ」でしたから。

で今回のスペシャル版もそれらは健在、よってすごーく面白かったです♫
面白い中で、ふいを打たれてぐっと来てしまったのが、中盤、高等遊民がキレてしまうところ。
半年前まではだーらだーらと過ごしていた、高等遊民と言えば聞こえのいいニート・ハセヒロ巧が、リケジョのバリバリキャリアウーマン・杏依子と、「結婚生活の練習ということで、半同棲をしてみよう」と、週に何日かリケジョの官舎で主夫生活をすることになったわけですが。
杏は「理系だから」をちょっと逸脱してるレベルの理系。すなわちこの世のあらゆる事象は数値と物質であり、論理的に解明されるものであり、合理的であることが気持ちいいという。
頭いいから高給取りで社会生活営めてますが、ちょっぴり「自閉症スペクトラム」の域に入りかけてると言えなくもないくらいの徹底ぶりです。
なので日常生活も合理的にきっちりと決まっています。献立は曜日ごとに決まっていて、材料の分量も切り方も決まっていて、買い物の時間も食べる時間も食後のお茶の時間も(もちろんお茶っ葉を蒸らす時間も)分単位でマニュアル済み。それがわずかでも変更されると、合理性が失われてとっても気持ちが悪い。
一見、障害を疑うレベルのこだわりですけど、でもこういう「合理的=習慣=快適」っていうのは、たぶん人間なら誰でも、おそらく高等遊民的文系人間にも備わってはいるんですよね。その性質を、ドラマ的に極限までデフォルメすると、依子みたいになる。
(巧も趣味的なこだわりなら負けてませんが、依子のこだわりはそういったオタク的なものとはまったく異質)。
「普通の」人間なら意識的にあるいは無意識に自分の中でバランスを保ってるところ、ストッパーがなくてバランスを大きく崩してる状態なのが依子という。
ちなみに、ふとしたことで社会生活を営めなくなり、引きこもってしまった高等遊民・巧の姿もそうで、つまり人間、巧要素も依子要素も自分の中に共存していて、その傾き具合によって個性が変わるような類で。
2人とも変人だけど、でも自分の一部分を拡大した姿でもあるんですよね。

で、巧は依子のマニュアルに従って週に何日か、その生活をするわけですが、当然ながら疲労度ハンパなく。また完璧にできるはずもなく。
他にもちょっとしたことが重なって、ある日「やるべきことをマニュアル通りにやってない」と依子に責められた巧はぶちきれてしまうのですね。「半年前までニートだったんだぞ!!そんなにできるわけないじゃないか!!でも僕だって一生懸命やってるんだ!!けど君はそれを受け入れてくれないじゃないか!!」(うろ覚え)
こんなとこで「半年前までニートだったのに」と身も蓋もないセリフを言わせるのが「デート」の面白さですが
そんな開き直りみたいな身も蓋もないセリフも含めて自分の心情を、まるで子供が「うまくできない!」と、自分に対する怒りで泣いて周囲に八つ当たりするような心情を、素直にぶちまけてる姿に、思いがけなくぐっと来て、思わず涙目になってしまいました。もしかして、KKもこういう思いなのかな~と。
(KK&Uも一緒に見てたので、涙を誤魔化すのにちょっと一苦労

そもそも私が月9「デート」にハマったのは、その台詞回しの面白さこそとっかかりでしたが、主役の1人がニートという設定、及びそのニート息子に対する母親の言動が、とってもツボったというのがあるんですよね。
不登校児の母親としては、どうしてもある種のアドバイスをそこに見ずにはいられませんでした。
で、風吹ジュンさんによる、押し付けない、見守る、でも手を貸してほしい時は全力で手を貸すというスタンスに、「すごく勉強になるな~」と。
と、ドラマを見た直後はそう思いつつも、でもやっぱりそうすぐに実生活で悟れるはずもなく。心の中の依子部分が、時にKKに対して大きくなってしまう場合もあり。
すなわち、「「一生懸命頑張る」なんてのは当然で、「できない」なんてのは努力不足。だってほとんどの人は当たり前のように頑張ってるんだし。ニートだったからこそ、きちんとできるように今練習しなきゃでしょ。そもそもこうした方が合理的であなたのため」
こういう気持ちが、「押し付けない」の一方には常にあったのを、画面からKKに思いっきり叫ばれた気がして、ああこういう気持ちでいたのかKKはと。
一方では巧部分も大きい自分は、「頑張ってるのに認めてもらえない」という子供っぽい悔しさもよくわかるし、それは依子みたいに「認めてもらえないのは努力が足りないからだ頑張ろう」という乗り越え方より、誰かに受け止めて貰った方が予後はずっとずーっといい、そうすると世界を信じられるからという実感も、結婚生活でだいぶわかってきたのに、やっぱり気づかずKKにそう思わせてたんかなあと。
そうそうこの喧嘩のあと、もう依子の部屋に行く気がしなくなって高等遊民生活に戻っちゃった息子に、風吹ジュンさんが声をかけるんですよね。「半同棲いかなくていいの?」って、ほれって感じで軽くひっぱたきながら。
これがまたよかった。声をかけられてますます「・・・」と布団かぶって丸くなる息子に対し、風吹ジュンさんは軽くため息ついて「まいいわ」って感じで明るく放置
そうかこんな時は「親として」なんて気張らずに放置でいいんだ。やっぱし「デート」は勉強になるなあ。
思えば、仕事でも親としてでも、通り一遍のことは覚えたけど、まだ流れもわからず応用も効かない、って時期が一番、なんか変な義務感で余計なことしてる気がします。「親としてこうあるべき」≒「こうすれば自分が親として認められるんじゃないかしら」的な意識で。そんな余計な承認欲求で動いたら、いい流れで動いでいるものを引っ掻き回して、かえって効率悪くなるかもしれないのにね。わからない時はでしゃばらない、余計なことしない。そもそもこれは息子の人生なんだから。
しかし仕事だと、1年経てばなんとなく流れもつかめて、先読みしながら動けるようになるのに、不登校息子のことだと2年たっても未だに五里霧中な気がするのが、やっぱり人間相手ならではなのか、他人事じゃないからなのか、わからないけど難しいなという感じです。
親といえばこの「デート」、なんとなく脇役のスタンスが全員親っぽいんですよね。
巧両親、依子両親と、実際に親が最大の脇役ということもありますが(もはや「父親役といえばこの人」な松重さん、相変わらずキュートで最高)、幼馴染のヤンキーや、恋敵すらも、ありようは「2人を見守る保護者」で、主役2人はまるで「皆に見守られながら成長していく子供」。
「1人旅なんて初めてなもんだからウロウロしてるよ(笑)」と、巧を物陰からスパイするヤンキー(と、その報告を受けて一喜一憂する親&恋敵)なんて、ほとんど「初めてのおつかい」状態です こういう構図だから、見ていてどこか安心感を覚え、かつ「親としての目線」で見てもハマっちゃうドラマなんだろうなあ。
(ちなみに小中学生もげーらげーら笑って見てました「デート」

というわけで、思いがけず「KKはいつもこういう思いをしていたのかもしれないな」「受け入れてくれない私への怒りと、自分の不甲斐なさに落ち込む気持ちが常にどっかにあったのかもな」と、ふっと心で理解できたような気がした「デート」。
ふっと共感できた気がしたけど、でも一方ではやっぱり、「そうはいっても「できない」で終わってちゃダメでしょ」と、相変わらずしつこく思う気持ちもあるわけです、ママの中には
ほんとにしつこくて申し訳ないKKよだけど、しかしこの気持ちも手放しちゃいけないという思いが、ママにはひしひしとするんだよなあ。そんな相反する思い投げ捨てて、「なんとかなるなんとかなる」って心から思ってKKに寄り添えば、ママだってすごく気楽になると思うけど、でもこういう「世の(どうでもいいかもしれない)常識」も、持ってないとヤバイんじゃないかなと、どうしても思って捨てられないのよね。
「なにも依子みたいなスーパー秀才になれと言ってるわけじゃない。ただ皆が学校行って勉強してる時間の半分でも勉強したら?受験生なんだからさ」とか「せめてもうちょっと早起きしたら。生活習慣は大事だよ」とか、KKには言わないけど心の中に。
どれも私的にはごく当たり前の、いや「半分でいい」と言ってるんだからむしろ譲歩してるくらいに思える事柄なんですが、まあ依子もあのマニュアルが依子にとってはごく当たり前の、日々苦もなくこなしている事柄だからなあ。「それがなぜあなたにできないの?」と思ってしまうのは、やっぱし傲慢なんだろうなあと、依子を通してわかったり。

わかったりしますが、けどやっぱりママとしては、せめて高校くらいは行って欲しいわけです。高校、あわよくば大学、そして会社という、ママの感覚で言えば「可もなく不可もなく食いっぱぐれのない、大多数の人が行くレールに乗って欲しい」という。
つまり「人並み」になってほしい。学校も生活習慣も「人並み」に。すべては将来「人並みの生活」を送るために。飢え死にしないために。
そう、すべては野垂れ死にして欲しくない。これなんです。食うや食わずの生活なんて送らなくても済むくらい、ほどほどのお給料と安定を享受できる会社に入って、そのためには大学も高校も、なるべく選択肢が増える進路が望ましい。そのために、つまり「人生の保険」のために、今やりたくもない勉強をやっとく。後で後悔しないように。

これが当然の考え方だと思ってしまうは、私が昭和世代だからなのでしょうか? レールに乗ってさえいれば取り敢えず安心と、このご時世でも身に染み付いてそう思ってしまうのは。
1~2ヶ月に1度くらい、心理カウンセリングを受けているのですが(本当は受けるのはKKなのですが、KKは受けたくないとのことで、すっかりママの愚痴吐き場に)、こちらの先生は、私とはもうまったく考え方が逆で
まだ若いお兄さん先生なのですが、「保険という考え方だと、たぶんKK君は勉強しないでしょうね」と。「何か「これがやりたい」というのがあって、そのために勉強する、という順序じゃないと」
といった内容が、お兄さん先生からはこれまでも再三出てきて。つまり「夢を持って、その実現のために頑張る」みたいな価値観ですね。
これがもう当たり前のような感覚なのが、私にはプチカルチャーショックで。これって先生が平成世代だから? 今はこれが流行? それともこれが「真実」なのかしら?
私は昭和なせいか個人的な性格のせいか、「レール信仰」が拭い難くあって。「そんな夢みたいなこと言ってる人の中で実現できるのは、ほんのひと握りの運がいい人または優秀な人。凡人は夢なんか見ず、レールに乗るのが結局は幸せ」という価値観。いや先生のおっしゃることに真っ向から反対する気はないんですよ。それはそれで、実現したらどんなに素晴らしいかと本気で願いますけど、けど現実問題として、大多数は食べるために働いて、夢は趣味として楽しんでるんだからそれでいいじゃないかと。せめてKKの「夢」が例えば「介護士」とか「大工」とか、そこに至るレールがある程度できていて、食いっぱぐれもない職種ならもうそういう順序で大賛成ですけど、KKの夢って「音楽」ですもん。ママ的には「「音楽」と書いて「のたれじに」とルビを振る」みたいな

一方では、KKの「音楽」を応援したい気持ちももちろんあるんですよ。せっかく高校行くなら、自分が学びたいと思ったことを学べるとこに行って欲しい、そうすれば楽しい高校生活になるだろうし、例えその先の進路が狭まってもKKに悔いなしなら、その後も生き抜く気力は湧いてくるだろうし、とか。
ただ、KKのやりたい音楽科のある高校が少ないのと、しつこいけどやっぱりもう片方にある「食いっぱぐれ率が高くなるかも」という不安が、ともすればKKに「人並み」を求めてしまうんですよね。巧の叫びは心に迫りつつも。

そんなふうに、相反する思いで常に揺れ動いてるところに、「デート」の次の日見た「モンスターズユニバーシティ」。
ご存知、ピクサー「モンスターズ・インク」の続編映画です。
Uが夏ディズニー行って以来、ず~~っとディズニーにハマっていて先日は「このDVD見たい」との仰せによりレンタル。
「モンスターズ・インク」は、人間を怖がらせるのが仕事であるモンスターの世界に、人間の女の子が紛れ込んできて、モンスターと擬似親子みたいになるという、子供から見ても面白いし、親目線でも実感としてわかるという、まさにピクサーらしい傑作でした。
ピクサーって、トイストーリーでもニモでも、子供向けと思わせつつ実は大人目線、おそらくは家に帰れば1人の親でもあるスタッフたちが、実感込めて作る映画っていう感じが共通してあるんですよね。
ですが「モンスターズユニバーシティ(以下「MU」)」は、前宣伝では「マイクとサリーが大学生活であれこれ」という内容らしく、小中学生とその親には、まったく興味のない話。
もとよりマイクとサリーも、特別好きなキャラというわけでもないママ、見たいという気持ちはあまりなく、Uのおつきあいでダラダラと見ていたのですが。
いや~さすがピクサー。一見興味なさそうな内容でも、取り立てて好きなキャラじゃなくても、見始めれば引き込まれる力はここでも在でした
どんでん返しの連続なので飽きない作りなわけですが、そのどんでん返しが「いかにも作った」って感じじゃなく、それぞれに説得力あって、ある種普遍的なところに到達してるのがピクサーなんですよね。間口は広く、話は深く。だからどんな一見さんでも、どこかしら自分に置き換えて納得できるような話になっているという。

ネタバレ込みで話を紹介しますと。
「MU」すなわち「モンスター大学」は、エリート最高峰学府。モンスター界の花形職業である「(対人間の)怖がらせ屋」になるには、ここの「怖がらせ学部」を卒業するのが一般的なルートです。ちょうど「官僚になるなら東大法学部」みたいな(ちなみにモンスター界には、名前忘れたけど早稲田みたいな対抗馬大学もあるらしく)
ここに、必死に受験勉強して見事一般入試で入学してきたのが、丸い一つ目のかわゆいモンスター、マイク。「モンスターなのに怖くない」と侮られてきた小さい頃から、「将来への夢は怖がらせ屋」で、その夢を叶えるべく努力に努力を重ね、今ついに夢の実現への輝かしき第一歩を踏み出した、というところです。
そのマイクがMUで出会ったのが、後に相棒となるサリー。しかし初対面の印象はお約束ながら最悪で、何せサリーは官僚を、じゃなくて怖がらせ屋を代々輩出してきたエリート一族・サリバン家の息子。ガタイの良さとともに怖がらせ屋の資質もナチュラルボーンで、大学では勉強せずともトップクラス。もちろん優越感とエリート意識もたっぷりで、つまり庶民から努力で成り上がったマイクとは、何から何まで正反対なわけです
こんな2人が、お約束ながら渋々チームを組んで、他の落ちこぼれメンバーとともに一致団結、大学内での選抜競技に見事優勝するぞといったストーリーなのですが。
これだけ聞くと「あーあーあーハイハイハイ」でしょ 「友情努力勝利ね。仲間を大事に努力さえすれば夢は叶うって奴ね見る価値なし」でしょ 私もそう思ってました見るまでは。
しかーしご安心 ピクサーがそんな薄い映画を作るわきゃありません というのも・・・

っていつもながら、気づけばえらく長くなっちゃったので、続きます。

テーマ : テレビドラマ - ジャンル : テレビ・ラジオ

番外編ははるかちゃん尽くし

さてここからは番外編で
神明通りでパレード見終わったらお昼頃。
しかし「見れるチャンスがあるなら何度でも」と、午後の部もまたまた見に行くダンナ&ママです(KK&Uいわく「好きだね~」
ターゲットはもちろん綾瀬はるか!!
午後からははるかちゃんだけを見るべく、適当な通り道へいざ

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わりと大通りを通る午前の部とは違い、午後の部は比較的片側1車線の路地を通るのが多い藩公行列。
エリアも神明通りより我が家から近いので、場所取りまでしてしっかり観戦した午前とは気分も打って変わって、午後は気楽な地元感覚です。
警備もそんな感じで、「まもなくパレードがやってきます。女優さんも来ます」とか、妙にくだけたアナウンスを

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この近さが午後の醍醐味♫
神明通りなど大通りのパレードは、遠いけど色んな催しがあるのが見ごたえあってまさにお祭り。
ご近所の路地は音楽も出し物もなくただ通過するだけだけど、それがすぐ目の前で見れるのが魅力と、ともに甲乙つけがたい良さがあります

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ここは竹田病院からほど近く、桂林寺通りと本町通りを結ぶ横道みたいなとこなのですが、これから女優さんも来るっていうのにこの空きっぷりです

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おお~女優さんキタ━(゚∀゚)━!
わあ今度の衣装は明治バージョンだ~~~~~

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お城での出陣式の時は籠城スタイル。
そこから路上に出てのパレード午前の部では、上に鮮やかなピンクの打掛をまとって、最初のポスター姿。
そして午後からは、わざわざ着替えて髪もゆい直して、明治編に。
朝早くから半日かけて、立ちっぱなしでのパレード参加(しかも2年連続)というだけでもありがたいのに、こうして色々な姿を見せて楽しませてくれようという、そのお心遣いが本当にもう、ただただありがたいとしか言えません

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ひゃあ~美しい
間近で見るとまったくもってなんと美しいことか!! ダンナ&ママ大満足
この後は、八重ちゃん車を追いかけるように帰路に着きます。
帰り道がちょうどパレード進行方向なので、もう綾瀬はるかちゃん見放題です

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本町通りはさすがの大人数。
ここは白虎隊演舞など出し物があるし、「綾瀬はるかさんは本町通りまで参加します」という事前通知もあったので、たぶん大勢集まるんですね(私たちも去年は本町通りで見たし)。

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近道すべく小道に入ると、そこでも綾瀬はるかちゃんが通過してたりするのが面白い
本町通りは出し物があるせいか、BGMもガンガンで、音楽だけなら今年の神明通りより迫力ある感じでした。
やっぱし来年は、もうちょっと音量上げましょう神明通り

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本町通り周辺はもうパレード最終地点付近のせいか地元の人が多いせいか、大通りのようにじっくり腰を据えて行列を見るのではなく、はるかちゃんの車を追いかけて民族大移動のごとく
私らは本町通りから小道を抜けて、竹田病院へ繋がる四つ角に出ると、なんと!目の前に来た車にはまだ綾瀬はるかちゃんが!!
はるかちゃんは本町通りまでだと聞いていたので、もういないと思っていたのに
びっくり&感激で、思わず大声で「ありがと~~~~~」と叫んでしまったら見てこの笑顔

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この感謝の念は、きっとはるかちゃんに届いたと思う!そう信じたい
そして綾瀬はるかちゃんですが、なんとこの後、本町通りをはるか通り過ぎた山鹿クリニック前まで、ずっとパレードし続けてくれたのでした!!! まさかのパレード参加時間大幅延長

去年もやっぱり本町通りまでと決まっていて、その後に通る竹田病院のところでは車椅子で待ち受ける患者さん、向かいの山鹿クリニックにはやはり入院着を着たジジババちゃんたちが「ようこそ綾瀬はるかちゃん」のプラカードまで掲げて待っていたのですが、もう引っ込んだ後だったので会えなかったのよね。ジジババちゃんも残念だったでしょうが、野次馬の私も「あのプラカード見て欲しかった」と残念でした。

けど、もしかしたらはるかちゃん、実は去年ひそかに隙間から見てくれてたのかもですね。そして今年はあのジジババちゃんたちにも、と急遽予定変更してここまでパレードし続けてくれたのかもですね。だって2年連続で、手間も厭わず衣装替えして、立ちづくめでパレード参加してくれるような人ですもの

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遠くから満面の笑顔で大きく手を振ってくれる綾瀬はるかちゃんとお別れし
気づくと竹田病院前は一年に一度の不思議なお祭り光景になってます。
ここをまっすぐ行くともう鶴ヶ城。パレードはこのままお城での帰陣式へ向かいます。
いやあ今年は、晴れ渡る青空の下、晴れ渡る笑顔のはるかちゃんをいっぱい見れてよかったな~
本当に、ありがとなし

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帰り道には、山本覚馬・八重の生家跡。
リアル八重ちゃん(?)を見た後だと、感慨もひとしお。

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(クリックで拡大します)
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というわけで、最後はほとんどはるかちゃんまつりだった、会津まつり2015でした

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