会津の夜景

こないだ1日中青空が広がってた土曜日、バイトが長引いて19時頃ママ帰宅したら、家ではなんだか「これから星を見に行くぞ」ってことになってて

「星を見に行く」つったら、我が家では田村市イチオシ といっても実際に田村市で星を見たことはないんですけど
9月にあぶくま洞行った時、すぐお隣に小規模ながら天文台があって、折しもその日は「望遠鏡での観察会」みたいなのもあったのですが、時間的に中途半端で「いつか新月の時にもう1度」と、やむなく断念したのでした。確かにあそこなら空も広くて、天の川とかめっちゃ壮大に見えそう~~♫
しかし今から田村市は遠いし、じゃあ猪苗代あたり?とパパに聞いたら、「背炙り山」とのお答えが。

背炙り山って聞いたことある!なんか戊辰戦争絡みで出てこなかったっけ?確か東山温泉の近く=てことはうちからも近くよねえ??
というわけで、スマホナビに「背炙り山公園」とセットして、いざ夜のドライブへレッツゴー
(ちなみにKK&Uは夜のドライブが大好き 夜通し高速を走って向かうTDR旅行を思い出すのだそう

走りながらナビを見ると、なんだか東山温泉方面じゃなく、飯盛山の方にぐる~~っと廻されてる感じ。
「え~~東山方面じゃなかったっけ?」「猪苗代の近くだからこっちなんだろう」とか言いつつどんどん走ると、なんだかすごい秘境に来ました!すぐお隣は会津若松市街地なんだけど、めっちゃ山の中!
へ~背炙り山ってほんとに山なんだね~などと感心してたら、ほどなく山は脱出してしまい 小学校(湊小?)が出てきたり、ちらほら民家が出てきたりして、「なんだか人里に戻ってきたね」「さっきの山は背炙り山じゃなかったのか?」とか言ってるうちに「背炙り山公園・目的地周辺です」。って住宅地の中の子供の遊び場~~~ ていうかそもそもここは会津のどこ~~~

夜の見知らぬ住宅地の中で、一同不安になりつつ再度パパがスマホ検索。「確か夜景スポットでもあったはず」と、「背炙り山 夜景スポット」で検索すると、おお~~このまま東山方面へ向かう道筋が!今度こそ目的地よ~~~

というわけで、どんどん走っていくと、再度山道が。しかも今度は本格的な山道が。真っ暗な中を進むうちにどんどん道が狭く上りが急になり、これはいよいよ本物の目的地周辺っぽい予感がしますが、同時にすごい「知る人ぞ知るスポット」っぽいな~

スマホナビでも「背炙り山キャンプ場」の姿が見え始めたのに安心し、そのままぐんぐん登っていくと、やがてほんの一区画だけ、片側に木々がないところが。そしてその向こうには、うお~~光瞬く会津盆地を一望だ~~~~~

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ヘボ写真だとあんましインパクトありませんが暗い山道を延々延々上ってきて、突然ぱっと片側にこの夜景が広がるので、けっこう感動します それまでの労力が光を2倍明るく見せるというか
(しかし磐越道の坂下あるいは河東あたりでも体験できますが、それまでの山道&トンネル攻撃を抜けて、急に目の前に会津盆地が広がるあの感動は本物

そして星も、さすが真っ暗な山ん中!でっかいです!!1つ1つの星が魚の目のようにはりついているというか。プラネタリウムの「田舎の夜空」そのもの
もっともパパは「山だと視界が遮られちゃうのが残念だなあ。広いところで見ればもっとすごいはずなんだがなあ」と残念がってましたが(パパはプチバイクマニアにして、プチカメラマニアにして、プチ星マニアという多趣味な人ですが、同時に出不精なもんで趣味の持ち腐れ状態)、ママには十分感動もの
感動のあまり「ほら水瓶座も見えるよ出てきてこの頭上いっぱいの星を見てみれば」と、なぜか車の窓越しにへばりついて夜景&星を眺めてるKK&Uに叫びかけると、KK&Uいわく「クマが怖いから出ない」「絶対クマ来るよママの声がうるさいから」 なんじゃそらー(どうも車中「こんな山の中絶対クマいるよね」という他愛もない一言が呪縛になってしまったよう でもクマだって人間怖いんだから、逆にうるさくしてた方がクマ来ないんじゃないかなあとも思うのですが、どうなんでしょう??)
しょうがないので、パパママ2人でぱしゃぱしゃ夜景の写真を撮ったり、スマホで星座を調べて探したりと、大人の方が堪能して帰ってきたのでした 元々はKK&Uに星空を見せようというパパの親心だったと思うのですが

ちなみに帰りは、一本道をそのまま進んでいったらどんどん下山し始め、下山しつくしたところに東山温泉「御宿東鳳」がどーんと現れて、「なーんだここか」と
行きは未知の会津ミステリーツアーだったのに、帰ってみたらめっちゃご近所だったという、知る人ぞ知る(?)会津の夜景スポット・背炙り山でした
(たぶん雪が降ると通れなくなると思うので念のため
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陰謀説は面白い

さてそんな感じで忙しかった11月も、ひとまず落ち着いた感のある今日この頃。
久しぶりにツイッターとか見てたら、やしきたかじんの最期を描いた本「殉愛」にまつわる騒動が、非常に琴線に触れてしまい。
貴重な休日を、自分じゃ読んでもいない「殉愛」のamazonレビュー数百個を読んで過ごすという、楽しくも無駄な時間ここに極まれりなことして潰してしまったのでしたああ~~~

そもそも私にとってやしきたかじん=「大阪の歌をいっぱい歌ってる大阪の芸能人」、それ以上でも以下でもなく。
好きでも嫌いでもない、いやどちらかといえば嫌いかな?という感じ。「そこまで言って委員会」とかは新潟でもやっていたので、たまに見てたのですが、いつからこんな偉そうになったんだっていういけすかなさがあって 訃報も正直「あらまあまだ60代なのに」程度。

そんな感じだったんですが、amazonのレビューを見て初めて知りました 大阪でのやしきたかじん人気に!
いや~ほんと、大阪で愛されてた人だったんですね~~~~!!!
もちろん「大阪人なら誰でもたかじん好きとか思わんといてー」という大阪人も多数いらっしゃると思います。けどなんというか、たかじんの知名度というか、存在感みたいなもんが、なんかもう私の感覚とは全然違う!
食や言葉などの文化の違い、価値観の違い等、関東と関西じゃ随分違うところがあるんでしょうが、関東甲信越東北から出たことない私は、今回初めて知ったこの「やしきたかじんの存在感」こそに、ほとんど「断絶」に近いカルチャーショックを覚えましたってちょっと大げさ
(そうそう、レビューの中だったかな?「大阪じゃ上沼恵美子と並ぶ知名度」という一節があって、ますます断絶が深まる思いでした だって関東甲信越東北人には上沼恵美子って、タイトル忘れたけどNHKの「四角い仁鶴がま~るく収めまっせ」の番組でしか知らない人ですもん(しかもその印象も「何このおばちゃんウザイわ~」でしかないっていう) しかしあの番組、「行列のできる相談所」等々の先駆けにして、こってこての関西ワールドという、思えば斬新なNHK番組でしたね~

そんなテイタラクなもんで当然、やしきたかじんの最期の様子にも、その後妻にも興味なし。なのになぜにこの「殉愛」騒動に惹かれてしまったか?
それはもう、「著者が百田尚樹だから」、その1点にほかなりません 後妻の重婚疑惑とか遺産のっとり疑惑とかは、基本的にどーでもいいのですが(しかし情報が出回るにつれて、後妻がほとんど犯罪レベルのアヤシさになっていくのは面白い限り

私にとって百田尚樹=「永遠の0」の作者です。でした。に近くなってる気もする今日この頃ですがさておき
「永遠の0」は、映画化が決まった頃に購読しました。私は太平洋戦争には興味あるけど、どちらかといえば「戦時下の生活」とかそっちの方に興味があって、武器マニア・戦闘機マニア系ではないので、あんまし零戦ものとか興味なかったんですよね。しかしあまりにも話題沸騰で、「号泣必至」みたいな宣伝が踊り狂ってたので、どれどれ?と。
で読んでみたら、うん、まあ、面白かったです。色んな視点の色んな証言から、1人の人間の姿を浮かび上がらせるという構成がまず面白いし、その証言自体が問答無用に引き込まれる!山田風太郎の「戦中派日記」シリーズ等で描かれていた、当時の人々の感情を再確認させられる、つまりリアリティがあって迫ってくるというか。

一方で、現代人を体現する姉やその婚約者である新聞記者、または「全部上が悪かった」という著者の考え方(?)などは、あまりにも紋切り型じゃないかと。なんかこう、わかりやす過ぎるみたいなところが引っかかりました。気に入った本、特にこういう本ならそりゃもう何度も読み返すタチにして、この本は1回読んだままというのが、私にとってこの本の感想そのものです(「戦中派」シリーズの表紙ボロボロ具合をお見せしたい

「全部上が悪かった」って、「全部日本が悪かった」とどこが違うんでしょう??個人的には、一昔前の「日本が悪かった」すなわち「自虐史観」をひっくり返すために、「全部マスコミが悪かった」「踊らされた国民が悪かった」等々、「別の悪者」を設定するのが流行りのように見えてしまうここ10~20年なのですが、その1つに思えてしまいます。「戦中派」シリーズとかだとその辺、さすが渦中にあった人、しかも渦中にあってとんでもなく冷静な目を持ちうることができた人だけあって、上を批判しつつも、戦後まもなく始まった東条叩きへの違和感、米内の言葉への評価、ひいては「しかし彼1人の罪ではない。彼よりも罪に問われるべき人間は他にもいる」「原因などというものは、もっと前からあって」等、十把一絡げに断罪することなく書いています。(これは「戦中派」シリーズじゃなかったかなあ??うろ覚え)

これは今回の原発事故に置き換えると、私自身すごく共感してしまうところがあって。
「東電が悪い」「政府が悪い」色々悪者設定はできますけど、何がどう悪かったのかとなると、ほとんど結果論なんじゃないかという印象なきにしもあらず。事故があったからあそこが悪いここが悪いなったけど、事故がなかったらそのまま済んでたんじゃないか、たまたま今問題が起こって、今の責任者=「悪」としているだけなんじゃないかとか。
東電も政府も、未曾有の災害、未知の事態に際し、一生懸命国民の事を思ってやってた気がするのは、私がほとんど被災してないからかもしれません。被災した人はそんな他人事みたいに物分りよくなる必要はまったくないと思います。ただ私の感覚としては、少なくとも先の大戦の時よりは、国民に、全方位的に、気を遣って試行錯誤して頑張ってるという印象がやっぱりあって(ただ「未知の事態」への「試行錯誤」につき、うまくいかないこと多々だという)。
1点あーあと思ったことは、事故直後、与野党一丸となって頑張るどころか、ここぞとばかりに足の引っ張り合いしてたことです。い、い、今そんなことしてる場合かーーー。今はとりあえず協力体制で行って、その中で協力したとこ理不尽だったとこ等々はきっちり記録しといて、後からそれを武器にすればいいじゃないか、なぜ今この時に文句ばかり言って足引っ張るのさ、と思ったことを覚えています。「国民のことを考えるよりも政権争いか」と。

そう思うと、先の大戦時の上層部もそんな感じだったのかな~と。基本的に、今より国民のご機嫌を伺わない時代だったんだろうな~とは思いますが、そうは言っても国民がぼんぼん死ぬのを静観できるような、そんな政府じゃないだろう。国民のためにそれなりに頑張ってはいたんだろう(何が「国民のため」かという点で、また色々枝分かれしそうですが)、ただし政権争いというか陸海争いみたいな「事情」も確かにあっただろう、みたいな。つまり「永遠のゼロ」で、「全部上のせい」と簡単に断罪されていた「上」にも、実際はそりゃもう葛藤やら何やらがあっただろうというね。
(加えて資源不足。石油はもとより、各地の銅像やらお寺の鐘やら、果ては一般家庭の鍋釜まで供出させなきゃ武器が作れない、さらには作る人までいないから女子供を徴用。ほとんど「米がないから雑草で飢えをしのぐ」レベルでしょうこれ。何かの作戦立てるにも実行するにも、これは大きな足かせ=葛藤の源になってたんじゃないかと思います)

そう思うと、なんか同情しちゃうんですよね。十把一絡げで一方的に断罪されるというのが。これは自分が断罪されるのを恐れる気持ちも多分にありますが。例えば「踊らされた国民が悪かった」というのも一面の真実なんでしょうが、でもその国民の中に自分もいると思うと、「違う!みんながみんなそんな踊ってたわけじゃない!」とか言いたくなったり

またこの「踊らされた国民」、例えば「国を守るために」と特攻を選んだ人たちにも通じることですが、それは決して「悪」ではない。ここらへんは「永遠のゼロ」や「戦中派」シリーズ等にもあるとおりで。去年「八重の桜」を見ながら散々考えたことでもあるのですが(よろしければ拙ブログの「八重の桜」感想記事、白虎隊のあたりなども見ていただけるとありがたいです)、こういう考え方が昭和まで綿々と引き継がれていて、それが極端な事態になったら極端な形で発動されたという面も、あるんかな~とか。
さらには上の人もそんな感じで、「それのどこが悪いんだ。立派なことじゃないか」という考えの持ち主だったら。
水木しげる翁が「士官学校出の若いパリパリ将校が上官になった部隊は玉砕を選んだ。上官が潔く死ぬことしか考えてないから。叩き上げで国に子供がいるような年取った上官だと、生き延びる方を考えた」といったことを言っていて、なるほどな~と思ったものです。「上官」1人によっても性質は変わる。あらゆる局面にあらゆる選択があって、あらゆる選択にはあらゆる背景があって。その集大成は、そんな簡単に紋切り型では語れないはず。

ああ「永遠のゼロ」のことを書きたいわけじゃなかったのに、こうゆうのを書き始めるとなんだかやけに長くなり
「戦中派不戦日記」から、「そうそうそうなの!!」と共感しまくりの9月1日の章を引いて、閑話休題。
(共感しまくりで紹介したいのところは他にもいーっぱいありますが、とりあえずここを 特に若い人なら、やっぱりこう思うよなあ)

新聞がそろそろ軍閥を叩き始めた。「公然たる闇の巨魁」といい、「権力を持って専制を行い、群島を持って言論を窒息せしめた」といい、「陛下を盾として神がかり信念を強要した」という。そして
「われわれ言論人はこの威圧に盲従していた事を恥じる。過去の十年は。日本言論史上未曾有の恥辱時代であった」
などと、ぬけぬけと言う。

この糾弾は一面、確かに事実である。不合理な神がかり的信念に対して、僕などは幾度懐疑し、周囲の滔々たる狂信者どもを、あるいはバカバカしく思い、あるいは不思議に思ったかしれない(略)

とはいえ、実はなお僕はみなのこの信念を恐れていた(略)。不安ではない。戦争などいう狂気じみた事態においては、「日本は神国なり。かるがゆえに絶対不敗なり」とか「科学を制するは精神力なり」とかいう非論理的な信仰に憑かれている方が、結局勝利の原動力になるのではあるまいか、とも考えていたためである。合理的な考え方が、動物的といっていい今の人間世界では或いは間違っているのではないか、という恐ろしい疑いのためである。

しかし、非論理はついに非論理であり、不合理は最後まで不合理であった。

さて、この新聞論調は、やがてみな日本人の戦争観、世界観を一変してしまうであろう。今まで神がかり的信念を抱いていたものほど、心情的に素質があるわけだから、この新しい波にまた溺れて夢中になるであろう--敵を悪魔と思い、血みどろにこれを殺すことに狂奔していた同じ人間が、一年も経たぬうちに、自分を世界の罪人と思い、平和とか文化とかを盲信し始めるであろう!

人間の思想などいうものは、なんという根拠薄弱な、バカバカしいものであろう。もっとも新聞人だって、こういうことは承知の上で、今の運命を生き延びてゆくためにこういうことをぬけぬけと書き出したのであろう。そして国民はそれに溺れる。

それでよいのである。それが日本を救う一つの道なのである。しかし過去において完全には溺れなかった自分である。将来においても決して溺れ尽くすことはあるまい。

しかし、このことは渦中にあっては、案外難しいことである。


さてそういうわけで(?)私にとっての百田尚樹=「永遠のゼロ」の作者、そして「永遠のゼロ」を読んだ限りでは、別にウヨでもサヨでもない、ただまあ零戦のことをあえて取り上げるってことは多少ウヨ入ってんのかなあ?という程度の印象で、たかじん同様、好きでも嫌いでもないという感じ。
もっともその後、「ちまたでは「ウヨ系論客」としても知られているらしい」「なんでも安倍ちゃんと仲いいらしい(そういやたかじんも「委員会」スペシャルで、安倍ちゃんと肩を並べて風呂に浸かってるという、見ているだけで暑苦しくなるようなワンシーンを演じていたことがありましたね)」といった情報が細切れに入ってきて、やっぱりたかじん同様どちらかといえば嫌いな方かな?といった程度で、でもわりとどうでもいい感じだったのですが。

去年、八重の桜が終わり近くになった頃、「他の「安倍ちゃん寄り」っぽい人たち数人とともにNHKの経営員会入り」、その直後に「再来年の大河ドラマは「吉田松陰の妹」」という情報が入って以来、私の中では一気に胡散臭くなってしまいました 再来年の大河ドラマってもしかして、「八重の桜」を苦々しく思っていた安倍ちゃんの要請?と思って。
(ちなみに大河ドラマは例年、放映中のなかばに再来年の大河ドラマが決まるのですが、この時はあと1月で放映も終了という頃にやっと発表と、えっらく遅かった)

まあ大河ドラマって伝統的に、「戦国、江戸時代、幕末」をローテーションでやることになっているので(その他の時代だと視聴率が取れないから)、幕末ドラマ終わったあとにすぐ幕末、てのもアリっちゃアリなんですが、しかし戦国時代ならともかく、幕末ってこの3つの中じゃ伝統的に、比較的視聴率取れない時代で、実際「八重」も視聴率的にはぱっとしなかったし(しかし会津では絶対60%超だったと思う!会津に視聴率測定器ないから数字としてでないけど)、普通だったら「八重」の後そんなすぐにまた幕末やるかなあという感じ。しかも中身が、当時放映中だった「八重」とまったく同じようなヒロイン主人公、ただし舞台は「八重」で敵として描かれた長州側(「八重」じゃけっこう敵側に気を遣った描き方で、そのあまり会津の方が「自業自得」って感じに描かれてた印象すらするのにさ)・・・これはどう見たって、お友達のNHK経営委員を使っての、安倍ちゃんによる「八重」への反撃じゃないかと思ってしまうのは、単に私がとことん会津側だからかもしれませんが

しかしそんな器のちっちゃい理由で、大河ドラマの題材が決まるもんなんだろうか、そもそも「経営委員」って、そんな大河ドラマの題材とかにまで口を出せるもんなんだろうか等々の常識が、「そんな面白い陰謀みたいなのがあるわけなかろ。安倍ちゃんだって大河ドラマに一喜一憂するほどヒマじゃなかろうし。単なる偶然でしょ」と、かろうじて私を押しとどめていたのですが。

今回の「殉愛」騒動、及びこれだけ騒動になってるのに、こういうのにいち早く食いつきそうなワイドショーが揃ってガン無視というのが、「もしかしたら面白い陰謀ってのはけっこうTV界にはあるのかもしれない」と、非常に興味深かったのでした。TV界に強い百田尚樹なら、色々やり手なのかもしれないとか思って。
ともあれこの「殉愛」疑惑、及び「NHK経営委員って、大河ドラマの題材を決める権限があるの?」という、私にとってのみ重要な疑惑(でもこれ、私の思ってる通りだったらけっこう怖いことだと思う。どっちも)の行方を、とりあえず今後も見守りたいと思います けどなんだか「殉愛」疑惑は、うやむやになってしまいそうだなあ。

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11月に思うこと

11月って、人が死ぬ月なんですね~~

って、何を唐突にショッキング発言してるのかって感じですが実はママ6月頃から冠婚葬祭関係のバイトを始めてまして
しかし始めた頃~夏あたりまでは、わりとヒマな時期が続いていたのですが、陽気も良く連休が続く10月は結婚式ラッシュ。そして11月に入ったら、も~うお葬式ラッシュです。人ばんばん死んでます←いや笑うとこじゃ

やっぱり季節の変わり目というか、急に寒くなった頃とかは、かねてから体が弱ってた高齢者などは特に、抵抗力もがたっと落ちたりするのでしょうか。先輩スタッフによると「11月は忙しい」というのが合言葉なんだそうですが、人間もやっぱり自然の一部なんだと実感するような、今月のお葬式件数の多さでした。

しかしお葬式って(というかその後の会食とかって)、あくまでも故人が比較的高齢者だった場合はですが、意外とそんなに「悲しみ」一本槍じゃないんですよね もちろん底に「悲しみ」があるのは言うまでもありませんが、個人的には「亡くなった人のための最後のお祭り」というか、「亡くなった人も交えての最後の楽しい集まり」という感じも、一方にはあって。

私の場合、父ことじーちゃんのお葬式の時、一番悲しかったのは、納棺の時と、火葬の時でした。
納棺の時は、それまで座敷に普通~に寝ていたじーちゃんが、いよいよお棺に入ると、「ああほんとに死んじゃったのか」という実感がじわじわと湧いてきて 「じーちゃんこのままじゃほんとに死ぬよ!起きるなら今のうちだよ!」なんて一生懸命テレパシーを送ったものです
火葬はひたすら「やだなーやだなー」とぞわぞわしっぱなしという感じで。じーちゃんの姿がこの世からなくなるというのがまず信じられない上に、釜の中で生き返っちゃったらどうすんのさという恐怖が って「子供か」って感じですけど昔ドリフの映画でそういうワンシーンがあって、子供心にめっちゃ恐ろしさがインプットされちゃったんですよね~~~ なので焼きあがった時は、お骨がきちんと寝たままの状態になってるのを見て、心から安堵のため息をついたくらいですいやマジで

そんなこんなで、段階踏んで「お前の親父はもう死んだぞ」「死んだんだぞ」っていうのを、それまで何度も念押しされてるので、会食の時は、ひたすら飲んで食べておしゃべりして まあ遺族としてちょっとハイになってる状態ってのもあるし、これまた遺族として「集まってくれた親族をもてなさなきゃ」って気持ちもあるしで、悲しみに浸ってるヒマはまだないってのも大ですが、年齢的に病気的に「いずれは」という感じではあったし、何よりもじーちゃんのために、ひさ~しぶりの親類縁者が一堂に会して、思い出話をしながら楽しく飲み食いしてるって、やっぱり「ありがたくもいい光景だなあ」なんて思えるんですよね きっとじーちゃんも喜んでいるであろうとか♫ 病気の苦しさもなくなって、一緒にニコニコしてるかなとか♫

この11月にスタッフとしてお見送りしたお葬式、それぞれに印象深いお式でした。乳飲み子を抱えて満州から引き上げ、高度経済成長の中を会津でたくましく生き抜いたおばーちゃん(と、その乳飲み子(おそらく現70代)が喪主となって、おばーちゃんの一代記を語られていました)、「おじちゃんはこういう(みんなで集まってわいわい飲んで食べる)席が大好きだった。今ここにいたら、きっと誰よりも楽しい話をして場を盛り上げていただろう」という親戚挨拶に、みんなが微笑んで頷いていたおじーちゃん、「最後にみんなで写真撮ろう」と、祭壇の前に全員集合して「すみませんこのカメラでも1枚」「あの~私のスマホでもお願いします」と、次々にカメラが差し出される真ん中でみんなに囲まれて微笑んでる遺影のおばーちゃん、「本当なら○○町の家でお葬式をするのですが、こうして会津若松市の斎場をお借りして行いました」と、原発事故に対する非難めいた言葉は一切ない喪主挨拶のその一言から万感の思いが伝わる、避難中のおばーちゃんe.t.c...

切なくも微笑ましく、悲しくもあったかい、そんなお葬式の数々から浮かび上がる思いは
人に歴史あり。歴史を作るのは人。
なのでした
(しかしこれはあくまでも、比較的高齢者のお葬式の場合は、です。比較的若い人のお葬式は、個人的にはただひたすら悲しいだけです

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裏磐梯でお泊りスキー♪

磐梯~猪苗代方面、ついに初雪が降ったそうですね早っ!
この土日、東京から来た人が「郡山までは全然降ってなかったのに、磐梯山にさしかかったあたりは真っ白で、ええっこの時期に積雪!?ってびっくりした!会津若松はどんだけ積もってるんだろうとハラハラしてたら、こっちは全然降ってなくてまたまたびっくりした!」と言ってて、まったく同じ思いでうなづきました ほんと会津地方は広いので、気候も様々。にしても11月に積雪って早いな~というか、もうそこまで冬将軍がとそわそわするというか。気分は戊辰戦争で「官軍が十六橋を超えそうです!」という報に接した若松城下のようです早く橋を壊すのだうわ~ん石だから壊れません

そして昨日は、箕輪スキー場が県下最速でオープンしたそうです早っ!
もちろん人工降雪ではありますが、この時期にオープンって早いな~。しかし思えばアルツ磐梯の「モバイル宝」からも、前売り情報がちょくちょくメールされてくるし、そういや裏磐梯のグランデコも11月末にはオープンするそうだし、もうそんな時期なんですね~♫ 我が家も今季1度はゲレンデに足を運びたいところ

とここで取り出しましたるは1枚のチラシ
こないだ「裏磐梯ホテル」のチラシが新聞に入ってたのですが、なんと!1泊朝食付き&猫魔orグランデコの1日券つきで、中学生以上1人7000円(小学生は5000円弱。休前日はともに+1000円。11/29~12/25の期間限定宿泊)
1日券が5000円近くすることを思うと、これって超お得では!? 

かねがね、会津若松から磐梯山をぐる~りと周回しての裏磐梯各スキー場への道すがら、「猫魔ホテル」や「高原ホテル」及びその駐車場に居並ぶ車を眺めては、「こういうとこに泊まってスキーとか、いいよね~♫」とウットリしつつ、「しかし地元なのに地元ホテルに泊まっちゃうなんて、そんな「千葉県民なのにミラコスタに泊まっちゃう」みたいな最高の贅沢は無~理~♫」とあっさり素通りしていた我が家 んが!この値段なら、我が家でもイケルんではないか!?

グランデコの選択肢があるのも我が家的にはうれしいポイントです 猫魔はママU的に敷居が高いけど、グランデコはゆるいゆる~~い傾斜が、長く長~~く続いていて、ボーゲンママ&小学生Uも、パパKKと一緒に滑れる貴重なゲレンデなのよね
(アルツとかだと、初級コースしか滑れないママU&中級コースじゃないと物足りないパパKKで、別行動になってしまいがちで) 

そもそもこの裏磐梯ホテル、9月に桧原湖行った時、見覚えない大ホテルがどーんと立ってて、「あれ~~?こんなホテルあったっけ??」と立ち寄ってみたのがここで。
お土産屋さんだけの冷やかし客なのに、雨の中スタッフの人が駐車場まで傘持って駆けつけてくれたりして、「まるでTDR並みのホスピタリティ!」と、しょっぱなから好印象だったのですが、中に入ったら新しくピカピカしかもなんだかいい匂い~と、ますますTDRのオフィシャルホテルみたいで、ホテルお泊まり旅行が大好きな我が家的に、好印象がいや増したホテルだったのでした♫
(すっかり気をよくしてお土産あれこれ買い込んでしまい、お財布が痛くなったのだけが玉にキズ

しかしこのホテル、いつからあったんだろう?だいたいここらへんは、我が家憧れの「猫魔」&「高原」という2大ホテルが並び立ってるエリアだから、今更参入してもなまじのホテルじゃ太刀打ち不可能だろうに。
と不思議がりつつ帰り際、ホテルのネームプレートをよく見たら、「URABANDAI HOTEL」の名称と同じくらいでっかく並んで(というか名称を押しのけるように先立って)「HOSHINO RESORT」。お~~星野リゾートですか。それなら太刀打ち可能だわ
さらには我が家憧れの「猫魔ホテル」が実はこの「裏磐梯ホテル」になったと知るに及んでは、うお~やるな星野リゾート まあアルツも猫魔も星野リゾートだもんなあ。アイコンがやたら悪魔マークですが星野リゾートって私的には、沖縄・八重山の離島に、金に物言わせてばんばんリゾートホテル建てまくった会社というイメージがあるのでついね 

というイメージがあるにも関わらず、この値段は魅力的♫ と、こないだ官軍が十六橋まで迫ってきた日・・・じゃなくて猪苗代に雪が積もった日、裏磐梯ホテルに電話してみたら、難なく予約OK 12月20・21という土日でも、部屋はまだ空き空きだった様子でした。やった~~今年の〆は裏磐梯でお泊まりスキーよ~~

このプラン「スキー初滑り」という名称で、現在も予約受付中です。
猫魔orグランデコにおでかけ予定の方には、こんなプランもあるよということでお知らせまでに(ちなみに猫魔スキー場のオープンは12月13日ですので念のため)

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