満開の桜~神指城・飯盛山編

会津若松市内、今はすっかり桜も散り終えてしまいましたが。
行く春を惜しみつつ、鶴ヶ城以外のスポットから今年の満開桜をお届けします♪

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まずは、行く手にもっさもさと咲き誇っている桜たち!
田んぼ&農道の景色の中で、ひときわ目立ってるこの桜の大群は~~?

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ご存知、神指城跡です。
(「こうざし」と読むことをつい最近知りました
上杉景勝&直江兼続コンビによるお城跡。
なんでも、盆地の山すそにつき拡張できない&山から砲撃されやすい鶴ヶ城よりも、もっと大きなお城を作って戦に備えようという計画だったそうです。
途中で、家康の会津討伐→関が原の流れとなり、築城途中で放棄されたまま今に至るそうですが。
この時代に山からの砲撃を見越してたってのがびっくりです 実際戊辰戦争の時は、小田山からの砲撃で命運が決定的になりましたもんね。
もしもここにお城ができてたら、戊辰戦争の戦況もまた違っていたのだろうか・・・?
などと歴史のifを思いながらしみじみ眺める城跡の桜。
ここは桜も見事だけど、ケヤキがすごいですよね~!

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大ケヤキのせいか、桜たちが見上げる高さのところで咲き誇ってるせいか、個人的印象としてはここの花見は「お大尽気分」
なんかこう、勇壮!豪快!って感じがする桜景色なんですよね~

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桜ごしに磐梯山が見えるのも、ここのステキなポイントです

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さてお大尽気分で桜を堪能したら、次は若松市内を一気に横断
西側の神指から、東側の飯盛山まで走って、たどり着いたこの一本桜は~?

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ご存知!石部桜です。
駐車場から桜まで歩くのがめんどくさくて、裏の山道から見下ろしてますの図
遠目にもさすが見事な存在感です!しかもたんぼの真ん中にどーんですもんね。

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この裏山には、東京電力の水力発電所があります。え~~こんなところにもさりげに東電が
猪苗代湖の水を会津まで引っ張ってくる、戸の口堰を利用した発電所だそう。
戸の口原で戦っていた白虎隊は、この堰の一部を通って、すぐお隣の飯盛山にたどり着いたわけですね。
ここの桜もキレイでした~

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では帰りましょうと山を降りたらわりとすぐ、現れるのが「旧滝沢本陣」。
殿がいて、白虎隊が出陣した場所ですね。
今脳内で、綾野剛さんによる再現フィルムが上演されてます

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ここら辺で通りかかった消防車のガレージですが、「飯盛屯所」とか、それも筆文字で書かれてると、なんか幕末の時代劇セットみたい

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というわけで、ここまで来たらもう、あそこに寄ってくしかないでしょう
ご存知、飯盛山です。

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参道のあわまんじゅうは、私的・来たらこれ買うってものの1つ
黄色い粟皮による、独特なもちふわ感がクセになるおまんじゅうです

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お山のてっぺんまで、今までは動くエスカレーターで登ってたんですが、今回は少しでもお金を節約しようと、初めて徒歩で登ります
しかし・・・ここを徒歩か。。。辿り着けるかな自分

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「98,99,100、ひ~~~疲れた~~」とおたけびあげながら颯爽と駆け上がっていく修学旅行生や(ああ若さって素晴らしい)、私より20歳は年上だろうと思われるジサマにゆっくりと追い抜かれながら(あれ?若さの問題じゃない??)、私は手すりにすがってギブ!!もう足ぱっつぱつで
途中のお土産やさんで資料展などを眺めて疲労をごまかしたりしつつ、なんとか辿り着きましたが、一時はここでビバークするしかないかなと覚悟しましたイヤマジデ

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やっと・・・着いた~~~~~
久しぶりなので、お線香も買ってご挨拶してこうかな。

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白虎隊の方にはもうどなたかの白煙が上がってたので、私は同じ女同士ということでこちらに。
おおこの慰霊碑、前髪クネ男が・・・じゃなくて山川健次郎氏が建てたのか
脳内で「八重の桜」のシーンあれこれを思い浮かべつつ、千恵さんご一家、雪さん、竹子さん、その他大勢の婦女子の方々へ

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ところで飯盛山のお墓近辺には、鶴ヶ城みたいな「大量の桜!」っていうのはありません。
(さざえ堂に行く方は桜並木がありましたが、今日は石段疲れにつきパス
それでも自刃の地へ行く方は、こんな感じでちょっとだけ桜に彩られ。

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桜の向こうには、郡上藩の慰霊碑が。
遠くは岐阜から、会津とともに戦ってくれて会津で戦死した方々の慰霊碑

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自刃の地から眺める鶴ヶ城。
といっても、右側遠くの木々こんもりのあたりに、うっすら見えるか見えないか・・・という感じですが
自刃の地には、従来の「お城が燃えたという勘違い説」を否定する案内板が新設されてました。
個人的には、この案内板の描写がとてもリアルに思えて、なんだかわかる気がします。というか、「お城が燃えてる燃えてない関係なく、これじゃどのみちダメだろう、それなら・・・」という方向へ、傷だらけの身で戸の口堰を超えてきた皆の意識が、議論しているうちにぐぐっと傾いたんじゃないか、とか。

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うってかわって下山はラクラク♪
せっかく飯盛山まで来たついで、ちょっと寄り道して、ここならではの桜も見ていきましょう。
お山のふもとにある、白虎隊記念館の方へ曲がります。

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記念館の道沿いには、「八重の桜」でもやってた、「石橋だから壊れません」「何ーー!?」となって、敵の侵入を容易にしてしまった「十六橋」の石橋や、日新館の石橋など、貴重な史跡が色々展示してあります。
郡上藩と同じく、会津と戦い会津で亡くなった水戸藩の方々の慰霊碑も。
新しいお花が上がってました

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徳富蘇峰による、会藩勤皇詩碑。
今脳内で、「八重の桜」の猪一郎君が筆を持ってます。
それにしてもトッポい平成男子って感じの徳富蘇峰だったなあ

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さて記念館の隣にどーんと咲いてるこちらが、飯盛山ならではの桜です!
ご存知、「太夫桜」

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石部桜と共に、会津の二大老樹の一つだそうです(しかし現在の木は二代目)
頭上を覆うように咲いているので、口あけて見上げてしまいます。

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ここまで来るともう、厳島神社への参道です。
う~むほんとに桜って、神社やお城といったジャパニーズ物件によく似合いますね~

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最後はあそこの桜で、行く春をしめくくりましょう。
町なかへ向かう途中、見事な桜雲になっている県立博物館をチラ見して~

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着いたのは、神明通りのど真ん中・ここです!

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ご存知「興徳寺」。
せっかくの看板も、写真ベタにつき判読不可能ですがなんでも由緒は会津初代の領主一族・蘆名氏までさかのぼり、戊辰戦争で焼け落ちるまではめっちゃ大きな寺院だったとのこと。
戊辰戦争では、容保公の弟・桑名藩主松平定敬(おお藩公行列の時「兄上を助けるために馳せ参じた~!」と言ってたあの人ね)の宿舎となり、土方トシもたびたび訪れたとあります。
また別の看板には「秋篠宮紀子様のご先祖のお墓がここに」とも。へ~~~紀子様って会津藩ゆかりの方だったのか

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しかし「会津の興徳寺」といえば、やっぱり一番知られているのは「蒲生氏郷公の墓所」ということでしょう
鶴ヶ城城主として亡くなった蒲生氏郷(と、会津に来て初めて知りました
そもそも「黒川城」だったお城を「鶴ヶ城」としたのも氏郷さん。ここら辺一帯を、今に続く城下町「会津若松」として整備したのも氏郷さん。
という具合で、会津的には欠かせないお方なんですが、我が家の子供的にはまったく知名度ないのが残念なのよね 戦国バサラに出てほしいわ~
(ていうか、京極マリアとか片倉小十郎とかまで出しときながら、なぜ蒲生氏郷を出さないのかバサラよ

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京都出張中&療養中に亡くなったため、遺体は京都に埋葬されていて、こちらの墓所には遺髪が納められているそうですが。
嫡男・秀行さんが立てたという、当時のままのお墓。上から「空・風・火・水・地」と刻まれている五輪塔なのが、なんだかとっても本物の史跡っぽい(いや本物の史跡ですけど

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武功に優れ、信長や秀吉にも一目置かれたほどの戦国武将でありつつ、文系男子でもあり、また城下町を作って民草に繁栄をもたらすのも上手(というか、町を繁栄させるのも当時の有能な戦国武将の条件の1つだったのでしょうが)。
ということで私的には、戦国武将の中ではかなり好きな人の1人なのですが、何より好きなのは、その辞世の句

限りあれば 吹かねど花は散るものを 心短き春の山風

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蒲生公の歌碑の前で、散りぞめの桜を眺めつつ、今年の会津若松の桜レポでした
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満開の桜~鶴ヶ城編

週の初め「鶴ヶ城開花宣言」が出されたと思ったら、次の日にはもう満開になっちゃった感のある、今年の桜。
「週末に向けて天気が崩れる」との予報がはずれて、ありがたくも青空が広がった土曜日、「ここを逃したら今年の桜を見逃すぞ!!」と、急ぎ鶴ヶ城に馳せ参じました

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南門から入っていくと、さっそく桜並木がお出迎え
こっち側はお城の裏っかわなんですけど、華やかな表側とはまた違った雰囲気の良さがあります♪
静かな芝生の頭上を一面おおうように桜があって、お堀を眺めながらのお花見もいい感じ
「鶴ヶ城址 夏草刈りて 明るかり」という、勢津子妃お輿入れのことを詠んだ碑もここに立ってます。

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歩いていって、テニスコートの前に来ると、ここからはもう桜のトンネル
見渡す限りの桜が続きます!
(赤い廊下橋が、桜の向こうに埋もれかけてます

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廊下橋から、今来た道を振り返るとこんな感じ
川に向かって咲いてるような桜の大木が見事です!

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さてでは廊下橋を渡って、いよいよお城へ向かいます。
ここのシーン、「八重の桜」でもよく出てきましたね♪

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公園内に1歩足を踏み入れると・・・うひょーーー
桜満開、人満開です

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福も満開♪

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この旗のところには、お花見だんごや揚げもちなどの屋台が出ていて
花より団子派としては素通りできず、さっそくお買い上げ

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みたらしやずんだのおだんご買って、ふー満足♪
あっそういやお城の桜見に来たんだっけ

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って、だんごのついでみたいに言ってますけど 私この鶴ヶ城ってほんとに好きで
ここ最近、落ち込んだ時やどうにもパワーが出ない時とか、ふっと「鶴ヶ城でも見に行こうかな」なんて思うくらいです。
118号からほとんど毎日のように見てるっちゃ見てるのですが時々至近距離まで行って見たくなっちゃうんですよね~
とはいえ、わざわざ歩いていくのもめんどくさいので、買い物のついでに車でお城の中を通過して、118号へ出るかたわら、武徳殿のあたりから通りすがりに眺める程度なんですが。
不思議に、そうしてお城を見に来ると、パワーを得るよりも「ありがたい・・・」って気分になってしまいます。
お城がそこにどーーんと存在しているのがありがたい
その姿をこうして見せてくれてるのがありがたい
というわけでここは、見たからって急に元気になるとか、そんなアヤしいパワスポみたいなもんじゃ全然ないんですけど「ありがとう。また来るよ」って手を振って、「鶴ヶ城ってやっぱしキレイだな~」と思い浮かべながら帰路に着く、そんな感じで好きなお城なのです

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そんな鶴ヶ城を、今日はひっさしぶりに至近距離で、しかも桜と一緒に見ています
ああ~こうしてお会いするのはほんとお久しぶりですね鶴ヶ城&桜

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至近距離で見たくてやってきたお城ですが、しかしここでぶっちゃけると、実際に至近距離で見ると意外とありがたみが失せたりして
私はこれ「TDRの法則」と思ってるのですが ディズニーランドやディズニーシー、太秦映画村なんかもそうですが、遠くから見ると、あるいはカメラを通すともんのすごくリアルなんですよね。「別の町がここに出現している」ってマジで感動するくらい。
が、手で触れるくらい至近距離から肉眼で見ると、これがま~、どこもかしこも驚くほど作り物っぽくて。
急いで念押しですが「だからダメ」ってんじゃないんですよ むしろその反転する感覚の面白さ、ひいてはその感覚を利用して、めっちゃリアルな「映画のセット」を作り上げた人たちへの尊敬の念すら沸いてきます。
というわけで、鶴ヶ城も近くから見ると作り物っぽいのですが、やっぱり好きだな~と再確認
何より、お城に桜ってのがほんと似合うんですよね~~

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鉄(くろがね)門にも桜が似合います
戊辰戦争の時、殿がここにいました

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上杉謙信公の仮墓所跡も今日は華やか~♪
鶴ヶ城の城主になった上杉景勝が、故郷からここに柩を持ってきたんだそうです。
(後に米沢へ戻った時お持ち帰り)

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しかしどうしてこう桜って、日本的な、ちょっと陰影ある場所に似合うんでしょうね~??
お城とか、お墓、お寺あたり、ぴったりだもんな~~
と思っちゃうのは、単なる文化的な刷り込みかな~?

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ともあれ、青空バックに真っ白なお城、赤い屋根に満開の桜は、ほんとに気分爽快です♪
今日はそんでまた人出もすごくて
お祭り大好き人間なもんで、こういうふうに桜がぱっと咲いていて、お天気が良くて、人が集まって楽しそうにしていてっていう空間は、眺めているとすごく幸福感に包まれてしまうんですよね~
春爛漫、福満開の鶴ヶ城でした

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テーマ : 福島県 - ジャンル : 地域情報

孤独な旅は終わらないそして

ついこないだのことなんですが、久しぶりにKKと泣きバトルをしました
(お互い泣いて怒鳴りあうというバトル

そもそものキッカケはお風呂上がり、弟Uがいつまで~~も服を着ず、上半身ハダカで遊んでたこと。
ちなみにこれはKK&Uともにいつものことで最近では私もめんどくさくて、あったかくなってきたのをいいことに、「後で着なさいよ」と放置気味
KKはいつもUにチョッカイを出して(←KKは遊んでるつもりなんだそうですが)、しかも5歳の年齢差をあまり考慮しないので(←KKは手加減しているつもりなんだそうですが)、Uにしてみれば「自分が機嫌よく遊んでいるのに突然力づくで「ヤダー」って言っても何か痛いことしてくる」という感じ。と私には見えるのが常。
この時もそうで、KKがふざけて「服を着ろ」と、Uの背中をバチーーンと引っぱたいたのですが、機嫌よく遊んでたところにいきなりすごい音で引っぱたかれたU大泣き。そのバチーーンの音&泣き声があまりにもすごかったので、とりあえずKKに「あやまんなさい!」と。
KKいわく「手加減した」「だって背中赤くなってない(←確かにそう)」「KKだってハダカでいるといつもパパにそうされて、けっこう痛い思いしてる」そして「KKが悪いんでしょ!この手が悪いんでしょ!」と泣きながら、さながら新島ジョーばりに自分の手を真っ赤になるくらい打ちつけ、さらには自分の頭をボカスカ自分で殴り始め。

KKが不登校になるかならないかの頃、これが時々出てました。
「なんで学校行けないの」とか「部活には行きなさいよ」とか私が言った時とか、自分で自分の頭をボカスカ。
他にも、親から見ると「なんでこれくらい言っただけでそこまで自傷行為を」という時も。

私これを見るのが、と~~~っても苦痛で。
子供が泣きながら自分自身を痛めつけてる姿がまず辛いし、「こんなことくらいでそんなんなっちゃうなんて」と、KKの精神がいまだ不安定なままなのを見せ付けられるのも辛いし、自分の言動でそれを引き起こしてしまったという自責がまた辛いしe.t.c...

何よりも、KKがそうすることで「ママはKKのことを好きじゃないんでしょ!!!」と訴えているように思えるのが辛くて。
Uにちょっかい出して痛い目にあわせるのも、根底には「ママはKKよりUの方が好きなんでしょ!!!」という訴えがあるように思えてしまって。

で私も涙噴出しながら、「KKが悪いなんて言ってないじゃないの!」「悪気がなかったのはよくわかってる。でもUが痛いと感じて泣いてるんだから「ごめん、悪気はなかった」ってあやまれって言ってるだけじゃない!」「自分をそんなに痛めつけることないじゃない!」と、感情が高ぶって怒鳴り返し。

たぶん、「よしよし痛かったな~~。ホレもう服着なさい」とでも笑って言って、Uの頭なでてればよかったんですよね。
と後になればそう思うのに。
私の中に、「Uはどう見ても悪くない、むしろ普段からかわいそう」と、小さいゆえにUをかばいたい気持ちと、「でも私がずっとそうしてたから、KKの中に「いつも悪いのは自分」「ママにわかってもらえない」という感情が育ってしまった部分は絶対ある」という後悔とか罪悪感があって、とっさに「ここでUをよしよししたらいけないんじゃないか」みたいな変な判断が働いちゃったんですよね;;「あからさまにUの味方になっちゃいけないんじゃないか」みたいな。
なので私としては、「どちらかの味方につく」じゃなく、「ここは冷静に裁判官になろう」という気分だったんですよね。でもその結果、KKに「あやまりなさい!」と叱ってるんなら、Uの味方につくのと同じなんですけど;;

「だってUなんか絶対痛くないのに、わざと大げさに泣いてるだけ」「KKはそういう、弱ぶる奴大嫌い」
なんて言葉を、KKが泣きながら怒鳴るのを聞くにつけ、「ああこう思うように育ててしまったのは自分だ」と思われて、もう泣けて泣けてしょうがなくて

私の目にはいっつもKKにいじめられてるように見えるUですが、UはKKのこと大好きで、こないだは「家族で一番好きなのは兄ちゃん」と言ってました。
「それ兄ちゃんに言ったら?喜ぶよ~~♪」と言ったら、「でも兄ちゃんはUのこと好きじゃないから言わない」と。。。

「KKなんてもっと辛かったんだから。もう死のうかと思ったことだってあったんだから」「いっつもヘラヘラして笑ってればいいんでしょ」
なんて言葉も飛び出し、同じ泣くならこの時こそ「そんなに辛かったんだね」と、KKとともに泣けばよかったのに。
泣きながらも頭がどっか裁判官のままだった私は、「こうして自分の思いを外に出せるようになるのはいいことだ」とか、「これを何かの糸口にできないか」とかつい計算してしまい、「・・・差し支えなければ、話してくれない?」とか言って「事件の全容解明」の方に傾いてしまい、そんな「寄り添う思い」は伝えられず。
心理カウンセリングの先生には「いじめを克服するためにやってることは、どんなことでもほめてください」と言われていたのに、それも伝えられず。

どーーして伝えられないんだろう
「辛かったね。そんなにも辛かったんだね」「なのになんもわかってなくてごめんね」「死ぬのを選ばないでくれて本当によかった」
伝えたい思いはいっぱいあるのに、どーーしてうまく伝えられないんだーーー
うまく伝えたくて、言葉を選んだり、タイミングをはかったりと小細工を図ってしまう。それでますます伝わらなくなっていく。
KKも悪くない、Uも悪くない。KKも大切な子、Uも大切な子。どっちがよりってんじゃなく、どっちも。
それを、「KK「は」悪くない」「KK「は」大切な子」と、KKに伝わるように伝えられない。もどかしい。
どっかで「Uにも気を使わなきゃ」と思ってることもあって、そしてそう思うことを私がKKに対して罪悪感持ってるから、余計にどうしたらいいかわからない。

KKも同じ思いを抱えているのかな?
「親にも、先生にも、友達にも伝えられない」
「一番伝えたい人に、伝わらない」
Uも含め、お互いがそう思って、すれ違ってる。
なんて悲しく、なんて孤独な。

後刻、帰ってきたパパに今日のバトルをべそべそと訴えると
「そんな初歩中の初歩のことで
ってアッサリ笑われた~~~
確かに親としても人間としても、すごく初歩的な悩みである気はヒシヒシとするけどさ~
(でもそのあっさり具合が、一人でぐるぐる悩んでると煮詰まっちゃいそうなところを、ふっと風通し良くしてくれるのも確か
「そんなことで落ち込むな。兄弟げんかなんてのも、子供は後になったらけろっとしてるんだから」
そういうもんなのかな~~~。ここら辺は一人っ子としては体感したことないので、よくわかんないのよね;;

実際、パパに訴えてたら気分が変わったこともあって、なんとか表面だけ立て直した後は、KKもUの背中をくすぐったり一緒に遊んだりして、表面上は平穏に戻ったんだけど。
しかし切り替えの遅いママは、次の日になっても引きずってて。
カーステで桑田佳祐「涙をぶっとばせ!!」を大音響でリピートしながら、久しぶりにボロボロ泣いてきました

人は誰もが悩んで
心に闇を背負い込んで生きてる
Everything's gonna be alright

無駄な人生はありえない
孤独な旅は終わらない そして
And it makes you feel alright

唇に微笑を 涙をぶっ飛ばせ!!

愛の歌を奏でる未来のステージで GOGO 踊ろうよ
世の中を眺めりゃ どこも可能性がいっぱい見えるよ

新しい世代よ 己のスタイルで GOGO 生きろよ

Life goes on
You musu go on

テーマ : 不登校 - ジャンル : 学校・教育

新しい担任先生に会ってみた!

始業式の日。
KKは式に欠席はもちろん、その日配られるはずの教科書を取りに行く気もないので、ママが夕方から教科書受け取りに行ってきました
ついでに、事前にお願いしてあった新担任との面談も無事果たせ

始業式後、KKとかねてから仲よくしてくれてる子がさっそく電話をくれて(「あいつはやっぱいい奴だ」とKKもしみじみ)「今度の先生は小6の時の担任みたいだ」との情報を得ていたママ。
ママKKともに、非常~~にお世話になって今までお会いした先生の中では信頼度№1である小6の先生。というわけでかなり期待を抱きつつ「いやあんまし期待とか予断は禁物だぞ。冷静に慎重に」と自分をセーブしながら、お会いしてきました。

先生の第一印象は、小柄でかわゆくてご挨拶時の話し方なんかもおとなしやかで、「あれっなんか印象が違うぞ」という感じ。だって小6の時の先生は、初見の時から「ゴッドねえちゃん」って印象でしたから(いい意味でです念のため 「いい意味で和田アキコ」ってのも意味不明ですけど
ところが話し始めると、真摯で熱血で、そしてかなりのスパルタ姉ちゃんであることが徐々に判明し
何より驚いたのが、先生はこの春赴任してきた方なのですが、前の学校で不登校児を受け持ち、無事上の学校に合格&卒業させたという経験者なこと
「冬休みは1日7時間補習とか、もうお尻をビシビシ叩くようにしてやっとここまでやってきたっていう感じでした。でも卒業の時は「合格できてよかった」と泣いてくれました」
こ、これはかなりのスパルタ気質 と恐れ入ると同時に、「休み中に1日7時間補習」なんていう、先生にとってもとんでもない労力をさらっと言っちゃうあたり「あ、この先生はやっぱし小6の時の先生と同じく、人のための労を厭わないタイプのアネゴなのかな」という予感がちょっぴし。
「私はKK君を絶対中卒で終わらせたくないんです。私自身「教師になりたい」と決めたのは高3の時でした。高校、大学と進むうちにきっと進路が見えてくるはずだから」
と言い切る熱意あふれる先生。個人的にはその情熱のあまり「前はこの方法で不登校を解決したからKKも」と即座にスパルタ発揮されたらどうしよう、とちょっと不安だったのですが、同時に「すぐに信頼してくれるとは思ってません。まずは会う機会を増やして、徐々に信頼関係を作っていきたいです」と言ってくれたので、とても安心し。
「学校は信頼できない」と言ってるKKなので、「まずは信頼関係を」というのは親としても第一希望 学校を信頼することができれば、KKもきっと自分から行く気になる。というか親としては、目先の学校云々以上に「他人を信頼する」という感覚をKKが信じられることができれば、というのが何よりも。

私から見たKKの様子や交友関係、先生から見たKKの友達の様子や「この子にキーパーソンになってもらおうかと今思ってます」なんていう、具体的で「おおプロっぽい!」と印象に残った先生案などを交えてすりあわせしつつ、「KKはこんなことを思ってます」って感じで、前の記事で書いた「1年の時のいい先生&悪い先生」の話などを伝えたところ、先生が「KK君は、先生とか心理学とかの方も向いてるんじゃないでしょうか」と、思ってもみなかったことを言ってくれて。「「生徒を個別に見る」って、教師の研修で習うことですもん。てことは先生の立場からすっと見ることができてるってことで」とか。

最後には、その1年時の先生の中でKKイチオシのD先生もその場に加わってくださり、1時間近くの初対面は終了。
新担任の先生は「KK君に会いたい」と再三おっしゃってくださり、数日後、KKと学校を訪れる(もし行けなかったら先生が訪問してくださる)ことをお約束して、この日は帰りましたが。

なんか、今までにない「安堵感」みたいなもんに満たされた帰り道でした。
今までカウンセラーさんとか先生とか、幾人かとお話してきましたけど、その時はこちらがテンパってた状態だったせいか、不登校についての理解を深める=KKの現状を追認できるようになる、というのが個人的な目的で。
そうして認めるための、あわよくばそれで学校へ戻れるためのテクニックを学ぶ、という意識がまずあって。
もちろん今回の先生との面談も「今後どうするか」=「どうやって登校につなげるか」という目的は底にあるわけですが、なんか今回は先生とお話してたら「思いがけない道はけっこう開けてるのかもしれない」「KKは可能性を秘めてるのかもしれない」と、今まで思ってもみなかったことを素直~~に、ふっと思えて。KKへの信頼感みたいなもんを。
こんな感覚は初めてでした!
これはテンパリ意識が軽減してたからなのかな?それとも先生が発する磁力に乗せられちゃったのかな??

というわけで、今度はKKと先生との初対面です。気が合うといいんだけどドキドキ

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僕がずっと前から思ってることを話そうか

春休みの終わりごろの話です。
2~3日、ジジババちゃんちに、初めて子供だけでお泊りしてきたKK&U。
迎えにいった帰り道、「いいとも最終回すごかったね~」などの話で盛り上がった車中、何の流れかKKが中学について雄弁に話し始め。
その内容がママ的に、とっても印象に残りました
「1年生はAからDクラスまであるけど、いい先生はDだけ」
「生徒たちを良くしようっていう時、A~C先生は生徒全体を管理・統率しようとするんだけど、D先生は個々の生徒を良くすることで全体を良くしようとする」
(KKの使った言葉はうろ覚えですがニュアンスとしてはこんな感じ)
「今の1年生けっこうヤンチャだからさ。小6の時の先生たちはみんなD先生タイプだったからまとまってたけど、あの先生たちじゃなかったら6年生の時にもっと不登校とか増えてたと思う」
「Aは最初いい先生かと思ったけど違った。Bは問題児が集まったから授業崩壊して、中でも問題児は別室に隔離されて授業受けてる。排除されちゃうんだ(でCはKKの先生)」
「問題児っても悪い奴じゃないんだよ。友達には優しいんだ」

そういやKKは「唯一いいのは、小6の時の先生に似ているD先生」と前々から言っていたのですが、へ~~~こういう理由で良し悪しの判断をしてたのか(「話が面白い」とか「元気で明るい」とか、そういう表面的なとこかと思ってた

始業式前には、以前書いたとおり
「親も本当に心配しているのか信用できない。学校の先生も信じられない。友達も心の底では信じてない。なぜなら今の自分のキャラは、いじめられないよう作ったキャラだから」
といった訴えが飛び出したり、最近では友達との会話の中で(何についての話かはママわからないものの)
「性格が違うんだから、そこは相手の性格に合わせて変えないと」
なんて言ってるのを小耳に挟んだりで、なんかこう、KKはママとかが思ってたよりずっと大人になってて、色んなことを見て考えてるんだな、そしてその考え方は(多少決め付けはあるにしろ)けっこう的を射てるんじゃないかな、と思う今日この頃なのでした。

テーマ : 不登校 - ジャンル : 学校・教育

毎日はワインディングロード

さて今まで、完全不登校になって泣き濡れた1月~2月前半まで書いてきました。
2月頃からは、私もやっと不登校にちょっと慣れたのか泣き飽きたのかあんまし1月後半のように泣いてばかりということはなくなりました。日に何度か泣いていたのが、週に1日じわっと来るという感じで(←結局泣いてる
3月はもうあきらめ、春休みはKK1日中ゲームしまくって、休暇を満喫。その間を縫って1週間ばかし、県外の親戚&ジジババちゃんちに子供だけで行ってこれたのは、とってもいい体験だったと思います♪(1週間近くも預かってくれた親戚に改めて感謝m()m)

そして現在は。
4月になりましたが、相変わらずKKは不登校です
「新学期になれば」とどっかでけっこう期待していた私としては、やっぱし悲しかったのが正直なところ
ですが、期待と同じくらいの覚悟してたので、泣くほどのショックはさすがにもう 何より始業式の前日「親も先生も信用してない。友達も心の底では信用してない。だって今の自分のキャラは作ってるキャラだから。そんな自分も嫌い」発言がKKから飛び出て、「ああKKの気持ちは不登校前と全然変わってなかったんだな」と知らされたので

「親も先生も信用してない。今のキャラは作ったキャラ」というのは、前も言ってたのですが、今回再びその発言が飛び出たのは、KKがうっかりラーメンの熱々つゆをひっくりかえした時
いつもだったらこんな時、私は「何やってんのよあんたはいっつも(以下延々と続く)」という怒りモードになったと思うんですが、今や私は色んな不登校本を読みふけってる不登校親 ここはぐっとこらえて(=一拍あいて)「やけどしなかった?」ていうのをまず言ったんですよね。「足冷やして来い」とか。
つまり「あんたの体をまず心配している」っていう「親の愛情」をまず伝えようとしたわけです。頭で計算して。
KKの「親も信用してない」発言が出たのは、そのぶちまけたラーメンの片付けも終わった頃。つまりKKの方は、そんな私の「計算に裏打ちされた親の愛情」なんてのはお見通しで。おそらく一拍あいた時点でもう、「ママの言葉は本心から思わず出たものじゃない、計算で言ってる」っていうのが、ちゃーんとわかったんでしょうね
まあ私にとっては、これは愛情とかを表に出すのが苦手な私にとっての練習であり、こういうのを続けるうちに一拍置かずに相手を思う言動がすらっと出てくる、そういうクセを自分につけようとしている途上だから、今はバレてもしょーがないとは思ってるんですが。
計算で伝えたいことは、その計算ごと伝わっちゃう。その結果、当たり前ですが計算どおりには伝わらない、その計算に含まれた真実がまるごと伝わってしまうというのが、機械相手じゃない、人間に向かいあう時のおそろしさ、なんて思ったり

ともあれ、そんなこんなありつつ、絶賛不登校中の我が家です
1月頃までは、家ではもちろん、スーパーで買い物行く時の車の中なんか、絶好の泣きタイムで、時には車で泣き終わらずに、スーパーでも顔をゆがめながら歩き回ったもんですが(←不審者
2月頃からカーステも復活♪ いつもどおり、お気に入りのCDをかけて買い物へ向かった時「CDかけるのもそういや随分久しぶりだなあ」と思った記憶があります。(しかしいくらお気に入りで元気が出るCDでも、雪景色の中「TDLの夏祭り~爽涼鼓舞」はさすがに合いませんでした

というわけで、今日もお気に入りのCDかけて、買い物に行ってきます
今日の気分はシェリル・クロウ「Everyday is a Winding Road 」

誰もが、ハイになったり、落ち込んだり
何でもアリな日々ばかり

毎日が曲がりくねった道
少しずつ少しずつ近づいていく
道路標識も消えていって
少しずつ少しずつ、自分の心地いい場所へ近づいていく




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