ウツ病ダンナありがとう

1月後半のママはほんと、隙あらば泣いてました
掃除機をかけながら嗚咽、米を研ぎながら落涙、シチューをかきまわしながら涙目e.t.c....って感じ

このころは、保健の先生たちのアドバイスに従い「休んだ日は時間割どおりの教科を、自宅学習で」という取り決めになっていたのですが、これもKKには苦痛のようで、朝起きてこなかったり、教科書を広げてもうつろーな目で手が止まってたり。
「学校行こう」とはもはや言わなくなっていたママも、今度はそれが「自宅学習しよう」にすりかわっただけで、「ほら手が止まってるよ」「もう2時間目の時間だよ」等々、口うるさく言うのは相変わらず。
おそらく後の記事で書くと思いますが、そのため「KKブチ切れ事件」が起こり、「ああ自宅学習もダメだ」と。
学校もダメ。学校がダメなら自宅学習を、とそこに希望をかけていたらそれもダメ。と、だんだん退路を断たれていくような進み方が、ほとんど恐怖に近い不安で。

そんな毎日の中、下向いて米研ぎとかの単純作業してると、「このまま学校へ行けず友達もいなくなり」「勉強もできず高校へも行かれず」「就職もできずひきこもり」というまっすぐな道筋で頭がいっぱいになっちゃうんですよね。で反射的に涙がじわっと;; 
不登校本などでは、「涙とため息は厳禁 子供への無言のプレッシャーとなります」というのが共通見解でしたが、このころの私は「厳禁」どころか、逆に「独り言」まで加わって、盛大にグチグチハーハーと泣きながらつぶやいてはため息ついてました(掃除機とか米とぎとか、やかましい音に紛らせてハーハーするのがせめてもの親心

せめてもの親心パート2として、「涙・ため息・独り言」は主にKKのいない台所で炸裂させていたのですが、ここに救いの神降臨 タバコを吸うため換気扇の元にやってくるダンナです
このころダンナも、ウツにつき家で療養中だったので、換気扇のとこにしょっちゅう来てたんですよね。
ママも「このまま休んでいていいのか」「いったいいつまで休み続けるのか」「休んでる間勉強しなくていいのか」等々、いつもはお米やシチューに向かって問いかけてるところダンナが横にいれば自然、ダンナに問いかけ。
といっても、別に答えを欲しているわけではありませんでした。単なる吐き出し=独り言の延長線上であり、答えのない問いだと自分で思ってたので。

んが!それらに対するウツダンナの答えが、なんかもうことごとく腑に落ちるものばかりで!!
「いっそ一定期間休んだ方がいいんだよ。そうして気持ちがリセットされた方がいい」
「勉強なんて後からできる。今は気分をリラックスさせる方が重要」等々。
そう、不登校本に書かれているあれこれが、不登校本なんか1冊も読んだことないダンナの口からことごとく出てきてビックリ
そして、不登校本を山ほど読んでも、「ほんとにこれでいいのか?」「そうやって10年20年とひきこもってる元・子供たちがいっぱいいるんじゃないの?」と、書いてあることをイマイチ信用し切れなかったママも、同じことをダンナに言われると、「ああやっぱし本に書いてあることは正しいのかな」と、なんか納得で。
「俺もそうだけど、落ちてる時ってほんとに何もする気が起きないんだよなー。やらなきゃいけないってことは誰に言われるまでもなく自分が一番わかってるんだけど、体が動かないんだよ」
「何かする気になれば、そのうち学校に行く気にもなるさ。だから今はゲームでもなんでも、好きなことして気持ちをリラックスさせた方がいい。俺は病院でそう言われてるよ。とにかく休め。好きなことしてろってさ」

ちなみにウツ病とは、お医者さんいわく
「よく心の風邪って言われるけど、メカニズムから言えば女性の生理に近いね。脳から出る分泌物のバランスが崩れるから起こるんで、それを薬で正常に出すようにするんです」
とのこと。
症状は人によって違うのかもしれませんが、ダンナの場合、ウツになると、とにかく夜眠れない、朝起きれない、外出する気がなくなる、というか全般的に何もやる気が起きない。
ウツ状態MAXの時は、食事以外口もきかず、ずーーーっと寝っぱなし。食事も、ほんとは食欲ないみたいですが、作った私に気を遣って食べてくれている様子。
良くなるにつれて、起き上がってる時間もタバコの本数も増えてくる感じで(←増えんでよし)会話も普通の頻度に。もっとも人と話すのは基本的にすごーく消耗するそうです。ボキャブラリーや判断力が低下し、さらに相手に気を遣うがゆえに。
とはいえ、ウツだからってそんな人が変わったような思考回路になるとかキレるとかなんてことはなく、また普段からおしゃべりな人ではないこともあり、MAX時期以外は基本的に、ウツダンナ=普段と変わらないダンナです。ただ夜寝れず、朝起きれず、会社に行けないだけで

「ウツになると、わけもなく胸がざわざわして、不安でいっぱいみたいな、ヤーーーな感じになるんだ。あれは・・・辛いぞ~~~」
普段、いやウツの時ですら「辛い」なんて決して言わないダンナが、以前何か話してた時にふとそう言ってた時は、思わず涙目になってしまったものでした 「そんなに、そんなに辛いのか。ウツって」と、なんかダイレクトに伝わって。
そしてもう1つ、個人的に「これがウツか!」とすごくわかった気がしたのが、ネットで見た「ウツになるってことは、周りの人間がみんな松岡修造に見えるってこと」という言葉 ああ周りの人間がみんなあんなふうに、無意味にパワフルで、無闇に正論放ちまくりで、ハタ迷惑なほど生き生きとして、それらに囲まれて自分がいるように思えるんだ~と思ったら、なにかすごく「ウツをつかんだ!」って気が いえ決してシューゾーさんに恨みはありませんが
以前こんな会話をウツ中ダンナとしたことがありました。
「また昨日も眠れなくて、夜中の3時まで起きてパソコンしてたよ。だから朝起きれなかった」
「「22時になったら布団に入る」とか、決めてもダメなの?そうすれば自然と寝ちゃうんじゃない?私もそうだけど」
「それができないからウツなんだよ」
「う~~~んわからない。なんでできないの???時計を見て、その時間になったら布団に入るだけじゃん(←責めてるんじゃなく、素でわからない)」
「お前と俺は違う人間なの。それにウツじゃない時は俺もそうしてるよ。「夜早く寝れば朝早く起きられる」なんて、自分でもわかりきってることなんだから。それでもできないんだよ」
今思うと、私のこのわからなさぶりとか、ダンナの答えとか、KKの不登校にも通じるものがあるなあと。
結局私はわからないまま、ただ「まあ私が何か言って、いい大人である他人を変えることなんかできないよね」という確信と、「妻までシューゾー化しては苦しかろう」という妻心(?)で、ダンナがウツになった時は極力放っておくのが常です。それが結局、一番ありがたいみたいだしね。

という感じで、ウツと不登校って根本的には違うものなのですが、そうなった時の気分とか、その気分の結果として表れてくる言動などは、わりと似てる部分多々だと思います。
なのでウツダンナとしては、不登校KKの気持ちがすごーーくわかるみたいで。
例えば、「なにも朝から学校に来て勉強しなくてもいい。100%目指さなくても、ほんの顔見世でも保健室に来れれば、つまり20%でもできれば、「学校に来れない」という0%よりはるかに大進歩!20%が5日集まれば100%!素晴らしいことじゃないの♪ だからいつでもいいから1歩でも学校に来て」
といった保健の先生の説得などは、私にはうんうんまったくそのとおりという感じなのですが、KKに言わせると「保健室に行けるなら朝普通に教室行ってるよ」だそうで、う~~んそこら辺がど~もよくわからない。
しかしこれもダンナにかかれば
「20%できればOKって言われてもさ。本人は100%したいんだよ。だからたとえ20%できても、「20%できたヤッター」じゃなくて「20%しかできないこの俺ときたら」って思っちゃうんだよ。だからウツ病になっちゃうんだけどなハハハ
な~るほ~どね~~~ 万事テキトーにしてきた私には思いも寄らない思考回路で目からウロコ!
他にも、「学校に行けばゲームの時間増えるのに(という保健の先生との取り決めアリ)、なんでそれでも行けないんだろう。あんなにゲーム大好きなのに」という私の問いに
「ゲームと学校行くのは別だしなあ。そもそもKが今ゲームしてるのは、別に楽しいからじゃなくヒマつぶしだから。それ以外にすることやできることがないから。学校へ行かなきゃいけないのはKKが一番わかってる」
たま~に行って(1月後半は2回だけ保健室登校)自信がついた様子で帰ってきたと思ったら、その後ぱったり行かなくなるKKが解せない私に
「KKはマジメなんだよな~俺と同じで(←)。だから学校行くと頑張っちゃうんだよ。それでガックリ疲れる」
などなど。
KKの気持ちがまったくわからず、従ってKKの言動ひとつひとつに一喜一憂し、どう接したらいいのか、極端な話それまでKKに普通に話していた言葉ひとつ、いつどうやって言っていいのか悪いのかもわからない。
そんな私にとってウツダンナは、不登校KKの翻訳家であり、聞きたい時にすぐ聞けて、なおかつ「今のはこういう言い方に変えた方がいい」とかその場でアドバイスをくれるカウンセラーであり、変わらず頼れるダンナなのでした

中でもひときわ印象深く覚えているダンナの言葉が。
ある時ダンナがタバコを吸いにきたら、そこには相も変わらず鍋をかきまわしながらベソベソと泣いてるママ。
「なんかKKのことを色々考えてると泣けてくるんだよね~」と愚痴るママに、パパはふんふん聞きながら
「それはKKのための涙か。それともKKが自分の思い通りに動かないっていう、自分のための涙か」

「自分のための涙なら、水分の無駄だぞ

あっそれだ!それだよ~~~~~~~~~

思えば私が泣いてるのって、学校へ行かないのもそうですが、「KKが朝になっても起きてこない」「勉強に集中しない」「時間になっても取り掛からない」等々、私が「ああすればいいのに、こうしたらいいのに」と思ってることをKKがしないって時がほとんどだったんですよね。勝手に「相手がこうすればいい」と思って、相手がそのとおりに動かないことにイライラして、その結果「これじゃお先真っ暗」と自分で勝手に決めて悲しんでる。

ウツダンナがウツまっさかりな時も「こんなんじゃうちはどうなるのかしら」と、ダンナが「自分の思う普通」な行動をしてくれない・できないことに涙したことは多々ありましたが、しかしそれほど絶望せず、極力放っておくことができたのは、長年の付き合いで「ウツには波がある。今の状態は一時的で、いつかまた起きて会社へ行けるようになる」というのが経験的にわかってることと、あとはやっぱり「相手はもう大人なんだから。大人の他人なんだから。他人は自分の思い通りになんてならない」と思っていたからです。人は思い通りに動かすんじゃなくて、そういう人だという前提の下につきあっていくもんなんだという。

それが自分の子となるとコロッと変わって「子供が自分の思い通りに動くようにするのが「教育する」ってことなんだ」と、私だったら一番反発するようなことを、どっかで当然のように思ってたんかな~と。いや小さい頃ならそれはある程度当然だと思います。けど相手が中学生くらいなら、それはもう「1人の人間として尊重していない」っていうことになるのかもな~とか。

「今泣いてるのは、相手が自分の思い通りに動かないゆえか否か」
ダンナのこの言葉は、私にとってまさに天啓でした。どうにもならなくて涙が出てしまう時、ダンナが言ってくれたこの言葉に当てはめて涙を仕分けすると、私の場合「ああまた水分を無駄にしてる」と思えてちょっと冷静になれます。それで涙が引っ込むとは限りませんけど少なくとも、それ以上「悲劇のヒロイン」気分に陥ることは回避できる。
(あくまでも私の場合ですが、育児本に良くあるような「ママは家族の太陽 家族のためにいつも明るくね♪」とか「お母さんは常におおらかに落ち着いて」なんていう言葉は、時に「泣いてちゃダメよ自分。私の気持ちなんかは抑えつけてお母さんらしく!」とか思うあまり、悲劇のヒロイン化して余計に涙が止まらなくなる結果に
と同時に、例えばKKがダラダラしてる(ように見える)とか、思い通りに動いて欲しいとかで何か言いたくなる時、あるいはなんてことない会話の最中でも「今言おうとしている言葉は、同じ状況の時にダンナや友人にも言えるか?相手がダンナや友人なら、もっと別な言い方してないか?」と自問自答するようにも。
(もっとも、言ってから「あっしまった」と思うことも相変わらず多々ですが

余談ですが、今までダンナに「お前はどうしてそう否定から入るんだ」と言われ続けていたママ 友人たちとの会話なら、率先して「うんうんそうだよね~」反対意見にも「あっそれもわかる~」ってな具合で、心から同調しているコーモリ野郎ぶりなのに、家族だと甘えが出てしまうのか「でもさ~」が多いらしいです(自分じゃわからない) そして今までは「でもさ~否定してもいいじゃん」(←)としか思ってなかったのですが、これもせっかくの機会ってことで治そうかな、と

というわけで、ダンナのおかげで少ーし涙が減った今日このごろなのでした♪
しかし試行錯誤の日々は続きます。
(続く)
スポンサーサイト

テーマ : 不登校 - ジャンル : 学校・教育

ママは泣いてばかり(^^;)

冬休み明け、初めてKKが「学校行きたくない」と泣いて訴え、それでも先生方に抱えられてなんとか校内に入っていった日。
急遽担任先生に時間を取っていただき、改めて2人で話をしました。
「「保健室に行くな」では解決しない。問題が解決すれば保健室へ行かなくなる」等々、小児科の先生ウケウリをそのまま話し、「KKはズルじゃなく苦しんでる。どうか理解して欲しい」と伝え。
しかしそれらに対する先生の返事は「具体的にはどうすれば」で、「ああやっぱしこの人、私と同じタイプの頼りにならない先生かも」とめっちゃ失礼な感想を抱きつつ(小学校の時の先生は、旺盛な行動力と繊細な気配りを併せ持つ方で、どちらも持ってない私にはほんとに「頼れる先生!」でした。子供のことは決して悪く言わないまま「じゃあこうしてみましょうか」とか「おうちでこういう手もありますよお母さん」とか、一緒になって考えてくれる感じ)「そうなんですよね~」と、こんなとこで意気投合して2人揃って思案投げ首
ただ、自分の中から湧き出てくる正直な思いとして「見方が変われば対応も変わる。ズルと思って見れば、相手をズルだと決め付ける言動になって出てくるし、苦しんでると思って見れば、苦しんでる人に対する言動がおのずと出てくる」というのはうっすら、しかし確信としてあったので
「具体的には先生にお任せします(と丸投げ)。ただ、理解していただければかける言葉や態度もきっと変わってくるし、そこから関係も変わっていくと思うんですよね~」的なお願いを、ほとんど自分に言い聞かせるように
先生はやっぱり「う~ん難しい」といった反応で、まあこの先生は「休みます」の電話連絡をしても「わかりました」の一言のみで、「心配ですね」とか「今はどんな様子ですか」といった、なんというか「親身になる」という感情が伝わってきたことのない先生だったので(今は違います念のため)、まあそうだろうなと。そもそも親の私にしてからが、「具体的にはどうすれば」状態だし ただとりあえず「KKをズルだと決め付けず、理解したいと思って見るようにしよう」というのだけは一筋見えていて、それを先生とも共有できたらいいなと。

ところでこの日のKKは「あの朝の騒ぎは何だったのか」と思うように、部活までもしっかり参加して、翌日も普通に行って帰ってきたのですが。
3連休を挟んだ翌週は、全日休み。内1日はやっぱり車の中で泣いて、保健の先生と見知らぬ先生(ほんとにこの見知らぬ先生にはお世話になりましたm()m見知らぬ先生なのに)に抱えられ、保健室に行くも早退。
「ダメだったか」というガッカリ感で、迎えに行きつつ思わずポロポロ涙する私に、初めてしゃべった保健の先生「来れてよかった!喜びましょうお母さん」と笑顔でハッパをかけてくださり、泣きながらも「あ、なんか小学校の時の先生みたい」という信頼感がうっすら沸く私。しかし帰ってからはもうどうしていいのか、誰かに相談したいけどどこへ行けばいいのか、もう居ても立ってもいられない思い。
「保健室登校」や「別室登校」みたいなスタイルがこの世にある=こんな場合は保健の先生に相談を持ちかけてもいいとは、この時は露知らず。担任の先生とはこないだ話をしたばかりだし、誰に?どこへ??

と煮えたぎる頭で思い出したのは、小学校時代のソーシャルワーカーさん。以前小学校の先生が紹介してくださって、しかも先生自らがお会いして「とっても頼れる人ですよ」と太鼓判押してくださった方。小学校時代は家に足を運んで面談していただいたこともありました。
しかしあれから約1年もご無沙汰しっぱなしで、突然相談持ちかけるのもどうなのか、確か市に1人だか2人だかですごく忙しい身のはずなのに等々気後れしつつも、小学校卒業時「中学も担当しているので、また何か困ったことがあったら」と言ってくださったのを勝手に頼みの綱にしてその週の終わり、おそるおそる連絡してみたら、折り返しさっそく電話連絡が しかも「では今日お会いしましょう」 な、なんて話が早い!!
こちらのソーシャルワーカーさんは、小学校時代の先生や保健の先生みたいな、一見「アネゴ肌」という感じとはまた違って、見た目もしゃべり方もおとなしやかなお姉さんというのが第一印象。
ですが決して自分の考えで決め付けず押し付けないので何でも聞ける雰囲気、そして経験から来るものかお人柄なのか、おっしゃることに凄く説得力があり、話が早い=行動も早いと感じる方で、私的に、小学校の先生や保健の先生と同じように信頼している方の1人です。というか信頼できる人、器が大きい人っていうのはどんな世界でも、言葉で人を動かそうとするんじゃなく、人のために労を惜しまない行動力があって、かつ気配り目配りが行き届いて繊細な配慮ができる人のことなんだなあなんて改めて。
そのソーシャルワーカーさんにこれまでのことをお話し、今聞いたことをもう1度、保健の先生たちも含めて来週面談しましょうということに。

もちろん、面談の予定を入れたからって、何が進展するというわけでは決してないんですけど。
今はとにかくこの状況を誰かに相談したい!どうしたらいいのか教えて欲しい!という、わらにもすがりたい思いでいっぱいだったので、その思いをソーシャルワーカーさんが受け止めてくださったこと、そして学校との面談予定ができたことで、わらどころか大きな命綱が投げかけられたような思いがしました。

とはいえ面談予定日は1週間後。小児科で予約した心理カウンセラーさんとの面談もほぼ1ヵ月後の予定。加えて、いてもたってもいられなくてもう1つ予約した、中学のカウンセラーさんの予約も1ヵ月後。どこもクライアントいっぱいなのね・・・
気持ち的には毎日、いや毎時間ごとに「この時はどう言えばいいんでしょうか」「不安で不安でたまらないんですどうしたらいいですか」等々、尋ねたいことが湧き出してくる状態だったので、ほんとにこれらの予定日を、首を長くして待つっていう感じでした。
1月後半のKKは、「行けない」が「行きたくない」になったことで、朝トイレにこもることこそなくなったものの、登校時間が近づくと、居間の畳にうずくまり頭を抱え、じーっと動かなくなるように。時には寝巻きのまま、時には制服を着かけた状態で。
この姿がまた、とっても辛かったです
毎朝毎朝そんなアルマジロ状態になるKKを見るのがほんと辛くて。
私はKKを受け入れられないから辛く、そしてKKは私に受け入れてもらえないから辛く。
制服に着替えかけてうずくまるKKに、いてもたってもいられなくて「もうあと5分だよ」「ただ着替えればいいのよ。余計なことは考えずに」「気にしすぎだって~。大丈夫だから」と、ひたすら声をかけ。軽く言えばKKの気持ちも軽くなるだろうと思って、あくまで軽く、しかし私の必死さを伝えるべく一生懸命に。
しかしこれらはすべて、私の意図とは逆に、KKを追い込み、プレッシャーで萎縮させ、さらに「ママにはKKの気持ちをわかってもらえてない」という不満を生むだけの結果で、私が何か言うたびにアルマジロが硬化するだけ。
こんな朝が度重なると、しまいにはKKアルマジロを見るともう反射的に涙が出てしまって。
これは決して、KKの辛さに寄り添ったがための、同情の涙だけじゃなく。
「なんで言うこと聞いてくれないんだ」「情けない」といった怒りに近い思いとか、「また今日も行けないのか」という絶望とか、「これからどうなるんだろう」という不安とか、色んな思いが次から次へと、うずくまったKKを見ていると渦巻いて、涙となって溢れてきてしまって

折りしもこのころは、ダンナのウツも真っ最中で
実はダンナはウツ持ちで、季節の変わり目とか秋冬にかけてとか、毎年のようにウツ発症してしまうんですが、この時もそうで。
普段は穏やかタイプながらも基本的に陽気なダンナが、ウツになると布団に丸まったまま、じーーっと。
外は青空で、お陽様の光が世界を明るく照らしているのに、その光に背を向けカーテンを閉め切って、じーーっと。
アルマジロみたいに丸まって頭を抱えているKKと、薄暗い部屋で布団に丸まってじーーっとひたすら寝ているダンナの間に座り込んで、このころはもう何を言ったらいいのかもわからなくて、ただボロボロと泣くのみでした。

しかし、そんなテイタラクの私を一番支えてくれたのは、やっぱりウツダンナで
いやあダンナがウツ持ちなのを心から「ありがたい」と思ったのは、結婚して初めてでした~
(続く)

テーマ : 不登校 - ジャンル : 学校・教育

不登校の始まりその2

3学期が始まった直後、「学校行きたくない」と、泣いて車から降りようとしないKK@中1。
KKが「おなか痛いから行けない」ではなく、「行きたくない」と意思表示して拒否するのは初めて。いや何よりも、いつも陽気で私よりも背がでっかくなったKKが、狭いシートにうずくまり、肩を震わせて泣いているなんてのを見るのが初めて!!!
どうしたの!?なんでそんなに学校行くのが嫌なの!?そんなに学校いくのが嫌だったの!?!?

おっきいKKがちっさくなって泣いてる姿を見て涙目になりながらも、それでもまだ「学校を休ませる」という発想はこの期に及んでもまったく出てこなかったママ。
パニクりながらそこら辺にいた見知らぬ先生に「子供が泣いて車から降りないんですどどどどうしたら」と助けを求めると、見知らぬ先生も「えっどうした。大丈夫か。とりあえず担任の先生呼んで来ます」とびっくりした様子でKKに声をかけつつ、フットワーク軽く。ああ見知らぬ先生なのになんと親身で頼れる、ありがたい。。。
やがて昇降口に現れた担任の先生「どうしました?」
「こっこっ子供が泣いてるんです。泣いて車から出ないんです」と訴えるママに、先生は動じず「はあ」
あれっ反応それだけ??
なんかこう、「ええっ!?」とすぐさま車に駆けつけるとか、そこまでフットワーク軽くなくても、「ええっ!?」と反射的に車の方を見るとか、なんかそういう反応が返ってくると無意識に思ってた。。。だって自分の生徒がそんなんなってるって聞いたら、びっくりしないかなあ?そこにいて泣いてるっていうなら、反射的に、しかも新学期で久しぶりに会う生徒の顔を、見たいって思わないかなあ??
「えっとえっとあのそれで、一緒に車から降りるのを手伝ってもらえないかと」
「ああはいわかりました」
ここで(やっと)靴を履いた担任の先生、先ほどの見知らぬ先生と一緒に泣き続けるKKを抱え、校内に連れて行ってくださいました。
ついでに、昨日小児科の先生に言われた「学校の先生にも理解を」の話をするいいチャンスだと思い、急遽担任の先生に面談もお願いし、この時は帰ってきたのですが。
帰り道、なんだか涙がこぼれてしょうがありませんでした。
あんなふうにうずくまって泣いてるKKの姿がショックで。それにまったく心を動かされず(と見えた)「で私はどうすれば?」みたいな先生の姿もプチショックで。

幼稚園の先生と比べちゃいけないのかもしれませんが、以前Uが卒園した幼稚園に、たまたま用事があってUと一緒にでかけた時。
Uは人見知り先生見知りなので車で待ってたのですが、「今車で待ってるんですよ~」と私が言ったとたん、「えっUちゃん来てるの♪」「どこどこ♪」と、担任だった先生はもちろん、その場にいた学年の違う先生たちまでもがいっせいに身を乗り出して、Uを一目見ようとする姿に、ただただありがたさを感じるとともに、「先生という職種の、「生徒への愛情」の力強さよ」と尊敬したことなんかを思い出しちゃって。
小学校の時の先生も、KKのことを(親よりも)心配して、文字通り親身に、あの震災で先生ご自身が大変な状況だったのに、本当に親身になってくださって。おかげでクラスでも安心して過ごすことができて。

が、私には担任の先生を責める資格ナシです。
この日からKKは「行けない」じゃなく「行きたくない」とはっきり言うようになり、やがてそのキッカケとなったことも、KKの口から言葉少なに聞くことができました。
それは2学期、個人面談で先生がおっしゃってた「KKは授業をサボっている。そしてそのために同じグループでの役割を果たさず、結果的に回りに迷惑をかけている。それを快く思わないグループメンバーも出るだろう」という、そのまさに快く思わないグループメンバーの存在だったようで(KKによると、なんと1学期からだった)。
なんというかまあ、うつ病サラリーマンとその同僚みたいな構図ですね 同僚の気持ちもわかるし、難しい。。。
KKにすれば「サボってるんじゃない。役割だって果たしたいけどおなかが痛くてできないんだ」というわけで、そのうちそのグループでの授業となるとますますおなかが痛くなるという負のスパイラルに。なまじ好不調の波があって、学校に来れば友達と和気藹々と騒いでいるので、余計に周囲には理解されづらかった様子。同じ小学校の子達は、先生の理解もあったので、みんなわかってくれて仲良くしてくれてたんだけど、別の小学校から来た子にはわからないわよね。
そして担任の先生にも、小学校時代のような理解はなく、ぶっちゃけKKの症状が「ズル」としか見えてないという。すなわち先生はKKのことを仮病だと思ってる、保健室に行こうとするとまたサボリだめいたことを言われる、その授業に出たくて頑張ったのに部活に出るためだと言われたe.t.c.e.t.c...
(念のためですが、その後担任の先生とは何回かお話した結果かなり理解してくださって、今はもう「ズル」とはまったく思ってらっしゃらないと思います
しかし繰り返しますが、私にこの時の先生を責める資格はありません。
なぜならそれらはすべて私がKKに対して言ってきたこと、思ってたこととまったく同じで。
「先生はKKのことをまったくわかってない。こんなにおなか痛くて頑張ってるのに全然わかってないで決め付けてる」
「ママ」を主語に、同じ言葉でKKに涙ながらに訴えられたこともありました。
けどいつも私には届かず、逆に「KKこそなんでわかってくれないの。そんなんじゃダメだってことを」としか思わず。
トイレにこもったまま登校時間が過ぎていくKKに「情けないと思わないの!?」とこちらも涙ながらに怒鳴ったことだってありました。「強い人」になってほしくて。

こないだカウンセラーさんに初対面する時、今までカレンダーにつけていた「おなか痛い日」「休んだ日」等をまとめて表にしてみたら、改めて「こんなに長い期間苦しんでたのかKKは」と。
「10月○日 朝から腹痛 欠席 10月○日 学校へ行くも2~3時間目保健室 10月○日 朝~昼までトイレ 欠席」e.t.c....
毎日毎日見ていたはずだったのに。こんなに長い間苦しんで、それでも頑張って学校へ行っていたのに、私はズルだサボリだ弱い人間だと決め付けてた。。。



と初めて思い至って涙したのは1月末になってからで、ママのパニック状態はこの朝から1月いっぱい続きます
(続く)

不登校の始まりその1

中1冬休み明けから「学校行きたくない!!」と泣いて拒否が始まったKKの不登校ですが。

思い起こせば小6夏休み明けから、急におなか痛くなる日が多くなりました。
もともとKKは小学校低学年の頃からおなかの調子が悪く、それまでにも病院に通って整腸剤とかもらったりしてたのですが、学校生活に支障をきたすことはありませんでした。
それが小6の2学期からは、学校に行っても毎日のようにトイレに行くようになって。
最初は「夏休み中は遅寝遅起きだったから生活リズムが乱れたんだな リズムが戻れば元通りになるだろう」と、親も先生も本人も思ってて、また友達関係など学校生活に特に心配事がある様子もなかったのですが、しかし2学期から3学期にかけてトイレに行く時間はどんどん増えていき
担任の先生が心配して小児科やソーシャルワーカーさんなどを紹介してくださり、医療的(=内臓疾患的)な問題も見つかったのでその治療をしつつ、学校の先生もその旨中学へ申し送りしてくださって、やがて中学入学。

中1@1学期もやっぱり状態は似たような感じで、しかも小学校まではそんな状態でも休むことはなかったKKでしたが、この頃には「家を出る前にトイレに行ってそのまま休み」ということも増えてきて。
「症状が出るのは朝、せいぜい昼まで。午後や土日はケロリとしている」というパターンもだんだんできてきて。
小6から通院していた小児科先生に「レントゲンを見ても症状は改善している。それでも続くということは、しかもこのパターンということは、これはもう精神的な問題」と言われたのは中1夏休み前。
けど、この時の私には、KKが何をそれほど悩んでいるのか、さっぱりわかりませんでした。
友達も多いし、部活も大好きみたいだし。正直「学校なんてつまんない。人間なんて誰も信用できない」と思いながら、暗~い小中高をほとんど無遅刻無欠席で過ごしそれが当たり前だと思っていた私より、KKははるかに楽しい学校生活を過ごしているようにしか見えてなかったので。

2学期に入ってももちろん症状は変わらず、小児科の先生が提携の心理カウンセラー先生を紹介してくださり。
しかしこのころ、KKの症状が突然軽快してしまったので、結局その時のカウンセリングは1~2回で終了。
「原因を突き止めようとすると、また悪化してしまうかもしれないので、今は様子見にしましょう。また症状が出てきたら再度」ということで。(そして今またお世話になってます
KKの「おなか痛くなる症状」は波があって、それまでも、毎日毎日痛くなるというわけではありませんでした。「今日は平気」「今週はなんかすごく調子がいい」なんてこともよくあって。
なので、「おなか痛くなるのはそのうち克服できる。というかそれは毎日学校行くことで克服すべき」とこのころは思ってました。たぶん小6の頃の内臓疾患的なものがクセ・記憶として残ってるだけで、精神的な痛み=つまりは「気のせい」だろうと。
このころはだいたい、週1~2日お休み(=朝トイレに行ったまま昼まで出てこない)だったかな?
最初は朝だけトイレだったのが、「治ったんなら学校行こうよ」と言い続けていたためか、そのうち家でも昼までトイレにこもるようになってきて。

はっきり言って「学校に行くのが嫌でトイレに逃げてる」という受け取り方しか、その時の私にはできませんでした
2学期の個人面談の時、担任の先生も「嫌いな授業を選んで保健室に行ってる」「逃げてる」とおっしゃって、ああやっぱり、と。
「嫌いな授業には出たくないけど部活には出たいから、その時間まで逃げてる感じです。逃げるのは克服しないと」的なことを言われ、欠席が増えてきた今日この頃は正直「部活に行くために学校行ってる」でも十分じゃないかと思ってた私だったのですがそれで授業に出ないのはやっぱしイカンよなあと。おなかが痛いなんて精神的なもの=つまりは「気のせい」なんだから、と。
同時に「授業から逃げるあまり、同じグループでの役割を果たさず、結果的に回りに迷惑をかけている。今は友達も多くて楽しく過ごしているけど、迷惑かけられてるグループメンバーなど今後はどうだか」という話もあり、これは確かにダメだ逃げちゃダメだ!と。
そのころKKが言ってました。時には泣きながら「ママはなんにもわかってない!」「どうしてKKの言うことを信じてくれないの」「本当にすごくおなかが痛いのに」と。
いや、ママは本当におなかが痛いんだろうとは思ってました。内臓的な疾患がないのに、本当におなかが痛くなるのが、つまり精神的な疾患ってわけで。それは「仮病」ではない。
ただ、「本当にすごくおなかが痛い」という、そのおなかの痛さ、その辛さは、KKの言うとおり、わかってあげられてませんでした。
そんなのは我慢すべきことだ、我慢して何も感じないような「強い」人間にならなきゃいけないんだ、としか思ってなくて。。。

そんなこんなで2学期が終わり、そして3学期。
始業式は「おなかがいたい」といつものパターンで欠席。
いつもの小児科を受診して、「いっそ「朝はトイレ禁止」とかにした方がいいんでしょうか」と聞いた私に先生いわく
「行くなと言って行かずに済むなら、なんの問題もないですよね」
「登校時間にトイレに行きたくなる(=おなかが痛くなる)のは、何かしら原因があるはず。その原因がなくなればトイレにも行かなくなるわけで、行くなと言って行かなくなるもんじゃないですよね」。
あっそうか!!
この時なんだか、ほんのちょっとでしたが、今までの私の「逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ@碇シンジ」一辺倒な考え方は、ちょっと違うんじゃないかと、初めて思え。
かねがね、例えば各種の市民運動やら政治運動やら、あるいはAという心の状態がBという場の状態に表れるところ、場の状態がBなら心の状態がAであるという認識に摩り替わって、とにかくBを目指せBであるなら自動的にAはOKみたいな、目に見える形だけで判断するような考え方やらを見て、「この世はどうも往々にして、手段と目的が反転しちゃう傾向があるよなあ」とか思ってたはずの自分が、いざ自分の問題となると「トイレにさえ行かなければ問題解決」みたいに反転して思ってたんじゃないか?とか、ふっとパズルがはまるように。
百歩譲って「行くなといって行かなくなった大成功」になったとしても、たぶんそこから排除された問題は別な形で出てくるはず。そういう例もこの世のそこここに見ている気がするし、とか。
「学校の先生にも今のKK君の状態をご理解いただけるように話してみては。なんならここに先生に来てもらっても」
と小児科の先生にアドバイスされ帰宅した次の朝。
2学期頃から毎朝のように車で学校へ送ってたのですが、この日学校に着いた時。
KK初めて「学校行きたくない」と泣いて、車から降りるのを拒否しました
(続く)

テーマ : 不登校 - ジャンル : 学校・教育

子供が不登校になりました(T∀T)

大変ご無沙汰してましたm()m

実は・・・
このたび・・・

KK@中1が不登校になりました~~

ここ1ヶ月くらい、そのことで頭がいっぱいで、ブログも後回し気味に
図書館から不登校系の本を山盛り借りて、ネットで不登校系のサイトを山盛り拝見して、学校の先生方や病院・カウンセラーさん・ソーシャルワーカーさん、不登校の親の会など、あちこちの人に相談しまくってe.t.c....
1ヶ月たって、ようやく頭の中に受け入れ容量ができてきたというか、当初のパニック状態が少ーしだけ落ち着いた気が。
で、自分の頭と気持ちをさらに落ち着かせ、整理しようと、ようやくブログにも向かえる気分になってきたところです

不登校になるまで、なった時の(主に私の)パニック状態、そして現在など、個人的備忘録としておいおい書いていきたいと思ってます

しっかし子供が不登校になると、ソチオリンピックが心に沁みますね~
私は筋金入りの運動オンチにつき、今までオリンピックとかまっったく興味ナシ、どころかワールドカップとかスポーツ関連全般が、面白さがわからなくて「選手も観客も、何をそんなに一喜一憂してるんだろう」としか思えないタチだったのですが
今では選手を見れば「ああこの人は今までどんだけスランプを乗り越えてきたんだろう。今までできてたことがある日突然どんどんできなくなって、自分でもどうにもならない恐怖って、しかもそれまですごい結果を出せてた人がそうなる恐怖って、ものすごいんだろうなあ」と、その恐怖が初めて自分のもののように伝わってくる気がしたり。
また角野君だっけな?スノボ男子で思うような結果を出せなかった息子への感想で、お父さんいわく
「彼らしい演技ができればメダルも可能だと思ってる。まずは楽しく滑ってほしい」
なんてのを聞けば「これはまさに不登校の子に対する親と同じ思いだ。この子供に対する全般の信頼感を私も持ちたい!」とか、お父さんの言葉がダイレクトに迫ってきたり。

というわけで、「八重の桜」メインが終わったと思ったら今度は「不登校」がメインになっちゃいそうなブログですがどうぞよろしゅうお願いしますm()m

テーマ : 不登校 - ジャンル : 学校・教育