八重の桜・第47話

今回は個人的に、明治編で2番目に好きな回となりました(№1は西南戦争の回)

元々ノベライズを読んでて、一番ジョーに感情移入した回、ひいては「こういう人たちがいたおかげで、今私たちが普通に大学行けるようになったんだなあ」という素朴な感謝の念が、心底からわきあがったのがこの第47話で。
その心揺り動かされたシーンを、ジョーがどのように演じるのか、見るのが楽しみな回でした。

で、見た結果、やっぱしジョーよかった
その前段階、鎌倉で射的やるあたりからもうよかったですね♪ 昔取った杵柄でついつい教育的指導をしてしまう八重ちゃんに、「うるさいな口を出さないで下さい」とぷんすか言い返したり、「おおはずれ~~」と笑いの渦が沸く中、笑ってごまかせずマジで悔しそうな顔してたり ドラマではなんとなく「物分り良さそうな大人の人」っていうイメージが強いジョーですが、やんちゃな子供時代とか、単身アメリカ密航とかの「きかん坊」な一面が、こんなところからふと伺える気がして。
そういやジョーって、徳富君と大人気なくそば大食い対決とかもしてましたしね たぶんこの人は「喧嘩はやめましょうよ~」じゃなく、基本的に「売られた喧嘩は買うぜ上等」な人なんじゃないかと思います それを意志の力で「喧嘩はやめようよ~」と必死に抑えてるだけで(それが極限に達すると「自責の杖」みたいなことになるとゆう)。
いつもはピリピリしてジョーに機嫌とってもらってるだけに見える八重ちゃん(失礼)も、今回は「私に勝とうなんて10年早い」という余裕のセリフで、久々に「おおらかに見守る姉さん女房」みたいに見えました。そうよ2人はきっとこういう夫婦だったのよ。両手に景品山ほど抱えて出てくる八重ちゃんもかわいかったです

そのほのぼのシーンの後やってくる、ジョーの死の宣告。断腸の思いでそれをジョー本人に伝える八重ちゃんも痛切でよかったけど(ただやっぱし言い方がキツイというか、あんなに怒鳴りつけるように言わなくてもとは思ってしまいました 「悲しみが強ければ強いほど怒りに転化する」のが八重ちゃんキャラなのだとは、尚さんの時にも重々承知ではあるのですが)、それを受けたジョーが、ぽろぽろ涙を流しながら「かわいそうに。驚いたでしょう」と言うのは、もうグッと来てしまいました 信仰のある人は自分の死もこういうふうに受け止められるものなのか、すごいなあと。

このシーンがあったからこそ、あの真夜中のジョーの絶望は、もう痛切で痛切で
「あともう少しなのに。もう少しで大学になるのに」
「何一つたやすくできたことはない。邪魔され罵られ・・・すべては主の思し召しだと思えばこそ試練にも耐えられた」
「でも耐えられない。ここまで来て大学ができるのを見届けられないなんて。こんなところで死ぬなんて」
「なぜ神はもうすこし時を与えてくださらないのか」
「死が私に追いついてしまう」
もうすべてがうんうんという感じで。「すべては神に任せていますから」と、逆に八重ちゃんを慰めようとすらしていたジョーさんが、ほんとはどんなに悔しかったか。どんなに、どんなに悔しかったか。もう切々と伝わってきて。
と同時に、これほどの思いでもって、後世のために大学を作ってくれたんだなあと。

それに対する八重ちゃんの言葉も、うんうんわかるという感じで。
「1年でも、1日でも長く生きようとなぜ思ってくれないのか」
「同志社は大事だ。日本は大事だ。でもこの世のどんなことも、ジョーの命とは引き換えにはできない」
「大学はジョーでなくても、他の人でも作れる」
ジョーでなくてもっていうのは、それに生きがいを感じているジョーには全否定とも言うべき痛い言葉ですが、でもまあ一面の真実ではありますね、特に八重ちゃんにとっては。八重ちゃんにはジョーこそが自分よりも、国よりも、何よりも大事な存在で、それを守るためなら鬼にでもなろうというものなんですね。「愛情」ってフンワカした感情のように思えるけど、こういうふうに「それ以外は全排除してもかまわない」というエゴそのものみたいな怖いものを内包しているものでもあって、あまりにもそれが大きくなったり、切羽詰ったりすれば、国相手なら「狂信的愛国者」になったり、我が子相手なら「鬼子母神」になったり。。。
あちょっと暴走してしまった ともあれこの「命より上位のものがある」ジョーと、「命こそが最上」の八重は、これまたウヨサヨ的車の両輪という関係で、ともに「そうだよなあ」とうんうんうなづきながら見てしまいました。「命より上位のものがある」ってっても、その上位のものは命がないとできないんだし、「命こそ最上」ってっても、「何のために生きてるんだろう」とかっていう、命のありがたみがまったくわからない問いが出てくるようじゃ、ご飯がまずくなるだけだし。

生きがい全否定されたジョーいわく
「確かに他の人が作っていくでしょう。でもそのためには、まず誰かが種をまかなければ。一粒の麦が地に落ちなければ」
私ここで、会津戦争で死んでいった面々がぶあーっと浮かんできてしまったんですよね。今回の話が個人的№2なのも、そのためかも。
みんな、あっけなく、死ぬ必要ないとこで、死んでいったようにハタからは見えてしまいますが、1人1人そういうつもりだったんだろうと。もちろん、死ぬにはそれなりの理由が欲しいという人間的な、自然な感情もあったろうと思いますが、ここで自分が、ちっぽけな一粒の麦として地に落ちることで、会津が再びよみがえることを信じて。後の人がきっと受け止めてくれることを信じて。そして生き残った会津人たちもそれをまっすぐに受け止めて、決して「あれは麦じゃなかったことにしましょう」とか言うことなく 一粒の麦たちを一生懸命耕してきた。。。
なのでこのジョーの言葉を聞いた後に八重ちゃんが「そうだった。これはジョーの戦だった」と言うのがすごく自然で。
どうもドラマの八重ちゃん、お城で戦ったことをどう思ってるのか、その時の思いは今どこへ行っちゃったのか、明治編じゃ全然わからなかったんですよね。西南戦争や薩摩の女学生や腕相撲や会津里帰りや・・・などで描かれる心情がてんでバラバラに見えて
でも、このジョーの「一粒の麦」発言を聞いて戦を思い出すってことは、やっぱりその時の思いは、いまだ八重ちゃんの芯としてガッチリあるのかな?と。それで少し安心したし、好感抱いたシーンでした(最終回でひっくり返らないように祈る;;)

それ以外のところも、それぞれに面白かったですよ。
福沢君と新島君、大隈氏主催の寄付金集めとか、早稲田慶応同志社と、現代と直に繋がってる感じがするのがいいですね 近代モノの醍醐味というか。
久栄の進学について、「女も勉強して一人前にならないと」「自由に生きていけ」というのも、ああ現代がここから始まってると。
というか山本家が当時は画期的に先進的な価値観(とそれを可能にする財力)を持ってただけとも言えるのですが 昭和の田舎では進学時期、「兄や弟は県外の大学にもやるが、お前は親元から離れちゃダメ。そんで兄弟に金かかるから、お前は行っても家から通える短大まで」と言われて嘆く(か、小さい頃からそう言われ続けてハナからあきらめてる)姉妹続出でした。昭和天皇のXデーが近かった時代でもこれですよ まあこれは同時に、自宅通学じゃない4年制女子は就職率悪いと言われていた時代だからでもあったのですが
それはともあれ、久栄のセリフを聞いてたら、ベルばらのオスカルを思い出しちゃいました。なんか感想記事でやたらベルばらを出してる気がするのですが、それはさておき
革命前に突然父親に結婚しろと言われてキレるオスカル。革命前に「家庭」という安全な場所に逃したいという(ジョーに「生きのびてくれ」と頼む八重のような)親心だったわけですが、フェルゼンと別れたのになんで今更女に戻るのかと納得いかないオスカル、父に直談判します。
「父上、もしも私が当たり前の女として育てられていたら、私も姉上のように15になるかならずやで嫁がされたのですか。優雅にクラブサンを弾き、アリアを歌い、夜ごと着飾って笑いさざめき、子を生み、子を育て」
お答え下さいとたけり狂うオスカルに父親は、万感迫るように「そのとおりだ。もしも当たり前の女性として育っていたら」
それを聞いたオスカルは、「感謝します。女でありながらこのような広い世界で生きることができたことを。もう後悔いたしません」と答え、いよいよフランス革命に身を投じる決意をするわけですが。
ベルばらは確か70年代、「ウーマンリブ」とか、後の男女雇用機会均等などフェミニズムに連なる動きが勃興して、熱を持っていた時代のマンガです。八重や久栄ちゃんからは100年以上。歴史の歩みって、早いことはあっという間ってくらい早いのに、女性に関しては遅かったんですね~ ここら辺は「金のかかる学問ですよ。目先の利益を求める政府や財界が、一朝一夕に成果の出ない学問にどれほど理解を示すものか」という健次郎のアドバイスや、「キリスト教の大学は、西欧化の象徴として使えると踏んだんだろう」という勝の見立てに通じるものがありそうですね。男社会にメリットがあるかどうかっていう
(まあ女性の社会進出=メリットオンリーとも思わないですけどね。個人の環境や何かしだいだと思います)

ジョーの演説会は、そうそうたる顔ぶれなんだから、名前の字幕を入れてもよかったかなと。名前を見るだけでも「明治時代」って感じがするし。でも「え、渋沢栄一って寄付金2000円だったのショボ」とか具体的な金額が出ちゃマズイかしらやっぱし
徳富君の筆も冴え渡ってるようで、こうして「マスメディア」=「世論」が力を持つ時代になっていくのね。個人的にはどうも徳富君みたいな「煽り系」って好きじゃないんだけど。どんなにいいこと言ってても、「扇動しようとしてる」という意図を感じた時点で、もうそのいいことに賛成する気が失せてしまって

あっそうそう、ドギモを抜かれた槇村さん。相変わらずというかよりパワーアップして出てきましたね~
TVの横でもくもくとレゴを作っていた7歳児すら、槇村さんが出てきた途端TVを見てしまうという、視聴者をひきつけるパワー。さらに見ていた7歳児が「キチガイじゃん」とコメントするほどの演技力 大金どーんと置いて「ちょっと使ったがな」とかいうセリフも、いかにもらしくて(これアドリブかな~?ノベライズにはなかったけど、照れくささと俗人ぶりがキャラにすごくマッチしてた)、もはや爽快の域でした

次回はいよいよジョーが、一粒の麦となって地に・・・ ついにラストですが、オダギリのジョー、よかったですね~~~

激しく余談ですが、今回この「一粒の麦」セリフ聞いて、「戦場のメリークリスマス」の謎がちょっぴし解けました。原作「種をまく人」というタイトルの意味とか、「セリアズは自分が死ぬことでヨノイの中に種をまいたのだ」とかのセリフは、キリスト教がバックボーンだったのかと。もともとが「西洋と東洋の対決」みたいな話ではあったんだけど、セリアズの死は「キリスト教的自己犠牲」を体現していたんですね。今までも「自己犠牲の話」とは思っていたけど、「キリスト教から来るんだ」と理屈ではっきりわかったというか。皆が死にゆくセリアズに賛美歌を歌うのも、「葬式」って意味合いだけじゃなく、そういう意味もあったんだなとか。
(戦メリについては、以前書いたこちらもよろしければm()m)
スポンサーサイト

南相馬へ行ってみた!

こないだ、KKの県大会が南相馬でありました♪

会津に引っ越してきて以来、会津地方以外で行ったことあるのは、中通りなら郡山、浜通りならいわきだけという私たち
県大会を応援したいのもさることながら、お初の南相馬もぜひ行ってみたい!

ということで、初・南相馬へ行ってみることにしました♪
しかし問題なのは道です。
以前なら、いわきへ行くのと同じように、会津若松から高速乗ってぴゃ~っと行けたのでしょうが、いわきと南相馬の間に原発があるので、今現在この区間の高速は不通。
で、南相馬の公式HPなどを見てみると、迂回路として「二本松ルート」が推奨されているらしく。
すなわち、会津若松から二本松ICまで高速、その後は国道4号線その他もろもろを通って、川俣町~飯舘村~南相馬という。へ~飯舘村とか「全村避難」って聞いてたけど、道は通れるのかな??

カーナビなし&二本松から先すべてが未知の場所&地図の読めないママがグーグルマップから抜書きした手書きの地図という、「まあこれで無事に着けるはずないな」という諦めをのっけから抱きつつ「所要時間約2時間」を、多めに3時間と見て、早朝、会津若松出発

IMGP6203_convert_20131121160152.jpg
(これは帰り道に撮った会津磐梯山)

磐梯河東ICから高速に乗ります。
今日の磐越道は意外と空いていて、郡山までスイスイ。もっとも磐越道は、新潟行きだと1車線ですが、郡山行きは2車線なので、常に走りやすいです。
秋晴れの空に映える磐梯山の雄大な姿を眺めつつ、やがて郡山JCTで、東北道・仙台方面へ。
いつもはここで、常磐道・いわき方面または東北道・宇都宮東京方面へ乗り換えてしまうので、仙台方面へ入るのはほとんど初めて!って感じ。
緊張しつつも、ほどなく二本松IC到着。

初めての二本松、第一印象は「おお~大都会!」
(ある程度大きい町はすべて大都会に見える私たちです
二本松って、私たち的には菊人形または「敵に寝返って生き延びるより、同盟の信義を貫くことを選んだ」町(by八重の桜)という知識しかなかったのですが、「智恵子の生家→」とかもあったんですね
ママの書き起こした地図が、なぜか細い道に入りたがって(ここら辺からすでに先行き不安)、駅前通りみたいなところをぐねぐね走っていったのですが、そこも「趣きある」という感じの通りで。
全体的に「歴史ある町なんだなあ」という印象を受けました。しかし帰り道、国道4号だったか、でっかい銀さん人形がどーんと立っていたのは、姉妹都市か何かなのでしょうか??(銀魂ファンとしては見過ごせない

国道4号に復帰して、おおここがマラソンや駅伝でよく出てくる国道4号か~!おっきい道だな~~
さて次は、ここからどっか大きな曲がり道で、川俣町方面へ入ればいいはず
なんですが・・・それが見つからない;;いや交差点はいっぱいあったんだけど
おっかしいなあ、「推奨ルート」とか見ると、推奨ルートがすごく太い道でわかりやすかったんだけどなあ。
(パソコンが親切に見やすくしてくれた太い道を、実際の道幅だと思い込んでるあたりが、地図を読めない人
途中で降りて、人に聞きつつ、行ったり戻ったりしながら、なんとか「川俣町→」の道へ。
目印として地図に書き込んだ「ツタヤ川俣店」も出てきて、ああよかった~~

川俣町といえば、わたしたちにとっては「シャモの町」 それオンリー
原発事故直後、停電のさなかに夜通しあっためて守ったヒナたちを、その後売り上げ激減につき、自分たちで「袋詰め」して処分しなければならなかったというエピソードは、今でも忘れられません。今はだいぶ元に戻ったのでしょうか??
ここら辺に来ると、道路標識に「浪江町→」などもあったりして、ニュースでしか聞かない町々が、ここでは近いんだなと。

会津以外ほとんど出たことない私たちには、南相馬を初めとして「川俣」「浪江」「飯舘」等々って、印象としては「ニュースでよく聞く町」オンリーなんですよね。
それぞれどんな町なのかも知らないので、名前を聞いてもぱっと町の景色が浮かばない。離れているので「地続き」という感覚がない。たぶん実際の距離より、その町に通じる国道4号とか115号といった道に馴染みがあるかどうかなんだろうと思います。会津若松感覚だと、49号を通って行ける猪苗代や郡山、あるいは118号で行ける南会津方面なんかは、遠くてもまさに「地続き」という親近感が、どっかありますもんね。
てことは逆に言えば、ここら辺の人たちにとって、浪江や飯舘といった町はまさに「地続き」で。そこが「飯舘村が全村避難に」とか「浪江町が大変だ」とかのニュースになったら、その衝撃度というか印象は、私たちとは全然違ったんだろうな~と、道を走っていたらふと実感として。
ニュースでやっとその町を知ったというのと、知ってる町がニュースになったというのとじゃ、大違いですもんね。避難対象となった浪江町や飯舘村に対する、なんというか「シンパシー」の強さみたいなもんは、中通りと会津(というか、福島では会津しか知らないという私たち)では、同じように思っているつもりでも、きっと違うんだろうな~とか。(KKの学校にも、浜通りから避難してきている子は何人もいるのですが、それでも)

などなど思いながら、「のんびりした田舎町」という感じがする川俣町を通り過ぎると、ついに道路に「飯舘村」標識、そして心強い「南相馬→」の文字が わ~~無事に近づいてる~~しかしこの時点で2時間過ぎてる~~~

しっかし福島はほんとでっかいなあ これはマジで南相馬まで3時間かかるぞ え?途中ママが迷ったから?いやいや福島がでっかいだけ(と自分のせいにしないママ
特に川俣町・飯舘村は、ともに「のんびりした田舎町」、すなわち基本的に田園風景なので、あまり景色が変わらず、「広い町だなあ」と思ってしまうんですよね。

しかし、印象としては同じような田園町なのに、目に見える川俣と飯舘はやはり違いました。飯舘に入るとテキメンに増える「除染作業中につき片側通行」、及び表面を剥がして、きれ~~いに耕したようにすら見える田畑や庭、そしてその先には、元は田畑だったのであろう、広~い草原。。。川俣町は刈り入れした田んぼが広がっていたので、余計にね。
もちろん家々のカーテンはすべて閉まっていて、お店はすべて休んでいて、村役場はパトカーだけが並んでいて。

IMGP6201_convert_20131121160003.jpg
(ボケボケ写真で見えないですが、「ほんの森いいたて←」とあります。ここにあったのか!)

けど車の整備工場とか、人も見かけました。私てっきり「飯舘村は全村避難」とばかり思っていたのですが、避難区域が再編されたのでしょうか? ほんと、同じ福島県民とはいえ、あまり情報を集めず、さらにその場所に土地勘もないと、知ってることは県外の人と変わりません;;

IMGP6193_convert_20131121155653.jpg
(ほんとボケボケ写真ですみません

「まだ飯舘村か。でっかいな~~」と言いながら、「除染作業中」が続く道を峠に入ると、おおついに「南相馬」!着いた~~~

途中「石ポロ坂」なんつートンネルを笑いながら通過し、八木沢峠を降りて街中に入ると(浜中会津はほんとに、山でくっきりと分かれてるんですね~。いや飯舘も浜通りだけど)、おおっ大都会だ~~

国道6号を、またまた方向感覚がなくて、鹿島区と原町区を右往左往したのですが、いやここら辺はほんとに大都会ですね~~!そもそも「鹿島」「原町」それぞれがデカイ これが1つの市で、さらにもう1コ「小高」って区もあって、さらには南相馬市と相馬市に分かれてるとか、ここらはどんだけ昔から発展していた町なのか!?

右往左往する間、「ここから津浪到達区間」「ここまで津波到達区間」という看板があったのが印象深かったです。ちょっと区間が広いぞ しかも全然海とか見えてないのに~
けど南相馬、車でぴゃ~っと走った限りでは、津波の跡はまったく感じられず。道も大型モールも車いっぱいで、普通に活気ある大都会という感じでした。そういや南相馬や飯舘とか、地震の被害も相当だったんじゃないかと思うんだけど、そんな跡はぱっと見、まったくなかったな~。わずか2年で、すごい。(あくまでも私から見えた範囲では、ですがm()m)

IMGP6195_convert_20131121155733.jpg

そんなこんなでやっとたどり着いた県大会会場。実に4時間かかりました~~~
「もう終わってるだろう」としおしおと会場に入ってったら、男子の部はこれからとのことで「うお~~来た甲斐あった~~~

IMGP6198_convert_20131121155840.jpg
(会場にいたキビタン。福島の有名ゆるキャラですが、実際に見たのは初めて♪)

結果的に負けちゃったんですが、いや~~伊達市強い!!そういや聖光学園も伊達市だし、全体的にスポーツ強い町なのかしらん??
県大会だと、県北・県中・県南・相双e.t.c.色んなところから学校が集まって、名前を見るだけで楽しいですね♪ そんな中で「南会津」や「ザベリオ」なんかを見かけると、すっかり知り合い感覚で「やあ」とか声をかけたくなったり(「何このへんなおばちゃん」と思われないようグッと我慢

IMGP6196_convert_20131121155802.jpg

(けど相双地区は・・・きっと学校や部員減ったんだろうなあ。大熊中学とか今は会津地区だし、避難先の中学に入部してる子もいっぱいいるだろうし)

そうそう途中、ジュース買ってたら、隣の人が知り合いと会ったらしく「お久しぶりです」とかの後
「道どうでした?混んでませんでした?」「全然混んでない。おかげで3時間で着いた」
思わずジュースブーーーって感じだったんですがどこから来た人だったんでしょう??相手も「おおそれはよかった」って言ってるし ほんとに、福島はでっかいです!

IMGP6199_convert_20131121155904.jpg
(帰り道で見かけたレストラン。おお南相馬もソースカツ文化なのか!?)

帰り道は「ママの地図に頼らず、「飯舘→」「川俣→」「高速→」の道路標識に従っていこう」と進んでいったら、なんと1度も迷うことなく、3時間弱で会津に着けたのでした 「南相馬~川俣線」「川俣~二本松線」・・・なんでパソコンはこの地図出してくれなかったのかな~(とパソコンのせいにするママ

テーマ : 福島県 - ジャンル : 地域情報

第46話から遠く離れて

八重の桜・第46回は、主に徳富蘆花による「明治の中二病」でした
念のためですが私「中二病」を「思春期」くらいの意味合いで使ってます 「自己を確立するため過剰な自意識に振り回される一時期」みたいな。なので誰もがその時期を通過するし、通過した後は誰もがこっ恥ずかしく感じるという。
しかし今「誰もが中二病を通過する」とか言えるようになったのは、この明治時代に「自意識」すなわち「近代的自我」が出現したからとも言えるんですよね。もちろん江戸時代以前にも個別にそういう人はいたと思いますし、明治になったからっていきなり全員がそうなったわけじゃないですが、「自分は何者か」とか「何のために生きるのか」みたいな問題が、万人の中にあるもの、あっていいものとして公に「発見」されたのがこの時代というか。

徳富蘆花や、蘆花より1つ年上の夏目漱石、あるいは森鴎外、または今回タイトルだけ出てきた坪内逍遥などなどなど・・・この時代の有名な文豪は皆、そうした「近代的自我」を発見し、文学作品として表現することで、公に知らしめた人々とも言えますね。
江戸期の「戯作」、といっても私は江戸時代の読み物を(どころか明治時代の読み物も)熟読したわけじゃないのでイメージ程度ですが、登場人物がいかに興味深いことをやらかすか、あるいは興味深いことにまきこまれるか、そしてどんな教訓を得るかといった、純粋なストーリーを追う楽しさが江戸期の戯作なら、その時に登場人物たちはどう思い、その思いがどう絡みあって結論が来るのかといった内面描写=主観を重視し、その内面描写=主観によって読者を「これは俺だ」みたいな感じで引き込むのが近代文学というか。そうして読者の間でもどんどん「俺の自意識」が発見されていくのがこの時代。もしかしたらですけど、明治以前の物語は少年マンガに近く、明治以後の物語は少女マンガに近い・・・のかも?恋愛という題材が、明治の文学や一昔前の少女マンガで多く使われるのも偶然ではなく、「誰にでもある自意識のゆらぎ」を描写するには、恋愛が最適だからなのではないでしょうか。「自意識の揺らぎ」というとカッコいいけど、要は自分の弱さや醜さ、こっ恥ずかしさなどなどの中二病構成要素が、恋愛という形で他人と真剣に関わりあうがゆえに、あからさまになるという。
(江戸期の戯作にも恋愛ジャンルはありましたが、どちらかというと恋人同士の心の動きを追うよりもあらすじを楽しむというか。ま「今も読み継がれる名作」てのは内面描写とストーリー展開、どちらも兼ね備えているため説得力があるわけですが、この場合は、時代によりどちらにより比重を置くかくらいの意味で)

「そういう弱さ醜さをひっくるめて、「人間の本当」を描きたい」と、徳富蘆花君が再三言うのもそういうことですね。徳富君を初め明治の文豪は「写実主義」「自然主義」「ロマン主義」等々色んな分類がなされますが、それらはあくまでも表現方法の違いなだけで、表現したいものは皆同じ、「人間の真実・内面」です。
この流行は、明治の日本で突然起こったことじゃありません。そこにはやっぱり「時代の流れ」があって。
たぶん「ルネッサンス」とかがそうした流行の芽だったんじゃないかという印象があるんですが、そういう下地のあった西洋で、例えばフランス革命などを経て、それまでの貴族や平民といった身分がなくなった=身分制・封建制のもとでははっきりしていた「役割」がなくなった。それに変わって「1人1人の市民が自分の手で国を守るのだ」という考え方が出てきた。あるいは産業革命などで「1人1人の市民が社会で担う役割」が大きくなったe.t.c.
いずれにせよ、「個人」「市民」「権利」などが公に認められるようになって、結果「じゃあその「個人」とは何か」「市民とは何か」みたいに、その内面の模索が始まるという。

それが明治維新後の日本でも、西洋文明の流入も助けとなって、同じように起こったわけですね。「個人意識」という同根の花が、政治の世界に行くと「国民皆兵」になり、あるいは「自由自治」になり、文学の世界に行くと「中二病」の始まりとして咲くという

この「中二病」いや「近代的自我」の発見か?これは「国民皆兵」意識の高まり=「国家主義」の高まりとともに、「公に対する個」という形のアンチテーゼとして興隆し、大正時代へと続きます。同根の花なのにアンチテーゼとなり、決して相容れないのは、互いに鏡のように写しあっている存在だからでしょうかね。「長所と欠点は同じ性質の裏表」とよく言われますが、互いの弱さ醜さ恥ずかしさ=強さ美しさプライドを写しあってる。ウヨとサヨみたいに。

山川健次郎が、坪内逍遥の「近代的自我小説」を読んでる学生たちを「国家を担うための勉学をする者がそんなフニャけた本読むな」と叱りつけるのもこの構図ですね。そして徳富弟が国家主義者・徳富兄と対立していくのも。
徳富弟には元々「優秀な兄貴に比べて俺ときたら」みたいな劣等感があったわけですが、「そんな劣等感だって存在を認められてもいいじゃないか」という「自我の発見」、ひいては「そんな俺にだって国家主義の兄貴とは違う別の価値があるんじゃないか」という「個人の発見」、それらがこの時代、劣等感とその裏返しの優越感に右往左往して自分探しする「中二病患者」を、初めて「人間」として肯定してくれたんですね。
もちろん「中二病」ってのは、おそらく人間の普遍的な成長過程ですから、江戸時代にだってあったと思うんですが、それは公にはないことになっていた。そんなので悩むのは単なる「子供」であって、子供は公=他人を担ってませんから。加えて、役割がぴしっと決まってる封建制社会では、あるいは食べ物手に入れるだけでも必死な社会では、「自分はどんな人間か」「何のために生きるのか」なんて、優先順位としてはかなりどーでもいいですから。

江戸の人々を愛し、珠玉の江戸漫画を生み出しながら、療養生活のため隠居した杉浦日向子さんが、おそらくご自身の死を見つめながら書かれた一文。

「人生を語らず、自我を求めず、出世を望まない暮らし振り、いま、生きているから、とりあえず死ぬまで生きるのだ、という(江戸人の)心意気に強く共鳴します。何の為に生きるのかとか、どこから来てどこへ行くのかなどという果てしない問いは、ごはんをまずくさせます」

この文章に私も強く共鳴するのは、諦観と背中合わせの心意気=反骨精神に打たれるのか、それとも自分の未来をどんなふうにも妄想できた中二時代から遠く離れてしまったからか、あるいは「自由」と同様「近代的自我」をひたすら追い求めて、時に身食いするような状況すらもたらしているような行き過ぎ感を、現代にうっすら感じるせいか。

念のためですが、私は現代の「自由」「自我」「個人の権利」等々まったく否定していません。どころか「ありがたいセーフティネットだ」と大肯定しています。ありがたいセーフティネットだからこそ、タダだからってがぶがぶ飲み食いしたあげく、例えば「ほらこんなに弊害があるんだからもうやめないと」みたいに上から取り上げられたり、或いはまったく思いも寄らない経路で「こんなのいらない」とかなっちゃったりしたら怖いので、大事に大事にしましょうよという。

もう1つ、ちょっと長いですが橋本治さんのエッセイ「虹のヲルゴオル」より。
「芸をするというのはもちろん仕事の一種で、この仕事というのが実に「他人のためにすること」。ホントを言えばどんな仕事だって、みんな「他人のためにすること」なんだけれど、でも芸をするというのはもっと極端。「自分はどうあれお客さんのため」という「愛嬌」を必要とする」
「自分がそれをやって嬉しいだけじゃダメ。「自己表現」のレベルで喜んでいちゃダメ。それは「表現者」とか「アーティスト」のレベルで「芸人」じゃない。ちゃんと人前に出せるだけの水準を持った「技術」があって、それを自分のためじゃなくて、他人のためにニッコリ笑って見せられなくちゃ、芸人じゃない。これはもう、とんでもなく難しいことなんだけれど、でも芸人の子供は、小さい時からこの基本を仕込まれる。
ところが普通の人っていうのはこうじゃないんだ。こんなこと、大人になってから「他人の立場も考えなさい」って教えられて、それで「ウーン・・・」といって頭をひねらなくちゃいけないような、難しい問題なんだ。つまり一人前の「自我」とかっていうものを持ってから「他人のため」なんてことを身につけようとすると、まず第一に「自分の立場」という邪魔なものを消してかからなくちゃならない。「せっかく身につけた自我を、どうして私は奪われなくちゃならないのか?」なんていう、とんでもなく難しい話になっちゃって、簡単に頭を下げればいいところで、頭が下げられない。ニッコリ笑っちゃえばすむところで笑えない、ということになる」
「子供のときから芸人として仕込まれた人間というのは、ある意味で、子供の時から大人でもある人間なんだ」

ここで述べられている「芸人」と「普通の人」は、すごく極端に言えば「近代的自我が発見される以前」と「以後」に置き換え可能なのかもしれませんね。

明治期に発見された「近代的自我」という価値観は、「大正デモクラシー」の時代に向かって大きく花開きますが、それはあくまでも都会の中であって、当時の都会と農村の差はすさまじかったそうです。生活の差も、価値観の差も。たぶん今の中国とかも同じような感じだったり?

いやこれは大正時代や中国まで行かなくても、今でも身近に残っていたりします。ってダンナ実家のことですけど
八重ちゃんが「小説なんて絵空事」みたいなこと言ってましたが、この感覚は昭和一桁生まれの農村育ちである義父母とまったく同じです。たぶん義父母のあたりが、この感覚を受け継いでる最後の世代でしょうかね~?とにかく「趣味は読書」という感覚がまったくないという。
(私の父母も同世代、どころか義父母より2~3つ年齢が上な農村育ちなんですが、もうちょっとリベラルなのは、揃って若いうちに東京に出ちゃったせいかな?義父母は「引越ししても隣村」という、筋金入りの農村定住人生ですから)

急いで念のためですが、本読まないからって義父母は決して頭悪いとかそうゆうことはまったくありません。むしろ本好きな私とかより数倍賢いって感じです。
義父母に言わせると
「目的があるならともかく、趣味で読む小説なんて、どこまで行っても自分一人だけの楽しみ。他人とも共有せずその時間は他人の役にも立たないんだから、本なんか読んでる暇あったら働け」
というものでしかなく。山川健次郎君も似たようなこと言ってましたが、本好きな私にはこの感覚、衝撃でした~!!
私は今風に(?)実家でも学校に行っても社会人になっても「本を読むのはいいことだ」という価値観しかない世界、ネガティブな感覚としてせいぜい「インドア趣味=暗い」という程度しかない世界にいたので、義父母みたいな「読書=自分だけの楽しみ=単なるワガママ」という感覚は「初めて出会った」って感じでした まさに蒙を啓かれるというかウロコぼっとぼとというか。
けど考えてみれば「初めて出会う」どころか、これはおそらく日本の農村(ていうことはほぼ日本全体)で長ーく、つい最近まで続いてきた価値観なんですよね、私が知らんかっただけで
「読書なんてワガママなだけで、そんなにいい趣味ってわけじゃない」っていうのはある種の「真理」だと、本好きとしては感じます。そしてこういう価値観が、日本の共同体意識を支えてきたんだな~と。この「真理」を知ったら、野球の巨人戦は皆で見るべしとかヒマな時はつい編み物とかの生産的な手作業をしてしまうとか「渡る世間は鬼ばかり」に出てくるのはワガママばっかりと文句ぶーたれるつつ好んで見てしまうとかそういうダンナ実家の不思議な風習が「かつて共同体を形成していたもの」としてことごとく腑に落ちました。

ともあれ大正時代に話を戻して。
「大正デモクラシー」と呼ばれた時代、都会は、というか比較的裕福な層は、近代化・工業化によって物が溢れ、獲得した近代的自我を基盤にした「大正ロマン」「大正モダニズム」を謳歌し、謳歌しすぎてほとんど「世紀末的退廃」の様相すら示し始めてきます。
が、それを横目で見ながら工場で働く大多数の庶民層・農村出身層の胸中や如何。

長い伝統の末にではなく、明治期から急激に、すなわち地盤がしっかりしていないところに突然起こったこうした大変化は、「大学は出たけれど」といった具合に当時のプチブル層にも打撃を与えた昭和恐慌などの外的要因も加わって、戦争の時代=国家主義全盛の時代の前に花開いた徒花といった感じに、後世からは見えなくもないですが。
しかしその徒花があったからこそ、次に国家主義全盛の時代が来た、とも見えてしまうんですよね。もちろん戦争に至るまでには、もっと様々な要因がありますが、国民の意識として反動が起こったというか。そもそも明治~大正に生まれたこうした流れだって、前の時代の反動でもあるわけですし。
「自分探ししてられる連中は気楽でいいよな」という、時代の鬱憤が、そうした連中に対するアンチテーゼである国家主義を後押ししなかったか。役割分担がきっちり決まっていたそれまでの社会のように「俺らとは世界が違う奴らのこと」で自分をごまかすことができない、「自由な時代」ゆえの劣等感・鬱屈がそこになかったか。ちょうど劣等感や人間の弱さといった「近代的自我」が、明治になって発見されてしまったように、大多数の庶民が、手の届きそうなところに横目で見てしまったがゆえの発見。

「明治の生まれか。己の才覚だけで生きていく自由もまた、恐ろしかろう」
と、良くも悪くも江戸は遠くなったという感慨とともにあんつぁまが語るシーンは、まさにこれですね。そしてこの恐れは、たぶん現代の方が強い。あんつぁまの時代に「自由」であることを許されたのは、ほんの一部の富裕層で、しかもその彼らでも「自由」を選び取るには、とんでもない強固な意志が(今でもそうだと言われるかもしれませんが、おそらく今よりはもっと)必要だった。今は「自由」が広く行き渡っているから、その恐れにも広く直面する。どっちがいいのかはわかりませんけど。

私、90年代半ばごろから?「今って大正時代と似てるのかな~」とぼんやり思ってたんですよね、あんまし大正時代とか知らないにも関わらず
そういう「近代的価値観」が成熟して、ほとんど爛熟の域にまで達してそうなところとか、軍靴の響きが聞こえてきそう()なところとか。あのころ小林よしりんの「戦争論」とか出て、さらに驚いたことにそれが「感動!」すら呼んでて、「右傾化したな~」とゾワゾワ思いましたもんね;;
「大正時代の身の上相談」という本を読んでも、「現代の悩みってほとんどこの時代に既出なんだな~」と、つまり「当時の価値観って現代とそう変わってないんだな~」という感じでしたし(この本、相談内容は面白いんだけど、現代人がつけてるコメントが的外れでつまんない)。
なので、「今は大正と似てるのかも」=「何かあったら昭和初期みたいに、国家主義全盛になっていくのかも」とひそかにおびえていたのですが、しかし1つ大きく違うところは、大正時代の貧富の差。それも圧倒的に「貧」の方が大きかったという構図。「大正ロマン」なんてのはほんの上辺のベールに過ぎなくて、一皮向けばぜんぜん違う様相が現れる。もちろん上辺のベールも時代に影響を与える重要な要素であることは間違いないけれど、そのベールの下がマグマ溜まりみたいなもんで、その点現代はそこまで大正じゃない。
と思っていたのですが、しかし「一億総中流」と呼ばれていた現代日本も、だんだん「二極化」が言われてきて、また一つ大正に近づいたと。まあ私は何でも軍靴の響きに聞こえてしまう「サヨク病」なので、妄想と受け止めていただいて結構なのですが、「一億火の玉」とか言ってた日本の姿は、決して遠い他人じゃないのかもしれないぞと。特攻隊とか生み出した昭和だって、その前には大正モダンという、正反対な価値観だってあったわけですからね~。それでも!それでもああなった、というのが私には非常~に恐ろしいです。それだからああなった、だと尚こわいけど;; そしてさらに恐ろしいことには、軍靴の響きを聞きやすい私ですら、その時になったら一億火の玉になりそうな要素を確実に内包している、と3.11以降気づいてしまい

これは自己弁護かもですが、その要素はもしかして、人間として必須なんじゃないかと思われるからより恐ろしいんですよね~。そんでそれは見方によって美しかったり醜かったりするから、その美醜によって価値をつけられたり、逆に排斥されたりしがちだけど、それは決して排斥されるべきものじゃない、と同時に手放しでマンセーしていいもんでもない。長所と短所は裏表。ちょうど1枚の紙みたいなもんで、表をはがして捨てようと思えばもれなく裏もくっついてくる。
余談ですがそう思うと、国家主義者・徳富兄とロマン主義者・徳富弟が実の兄弟なんて、彼らはなるようにしてなったのでしょうがほんとよくできてるなと。まさに同根の花なんですよね。

しかし最も恐ろしいのは、そういうふうに「この道はいつか来た道」ではなく、今までに体験したことのないような道をたどって、想定外の、例えば戦争以外のゲシュタルト崩壊を起こす可能性だって、十分ありうることです。未知のコースだから「やばいぞ引き返せ」という軍靴の響きも聞こえず(←幻聴だし)、何十年か後にやっと「あそこに分岐点があったのかも」とわかるような。明治維新から太平洋戦争に至る流れだって、当時の人にとってはまさにそういう、「未知のコース上にあった未曾有の出来事」だったんですもんね。

ここまで、もしかしたら5行くらいで語れる話を、長々語ってしまった気がしますが
しかしこうして語っていると、私は前回(45話)を単純に「1回休み」の回として受け止めてしまっていたけれど、それは大いなる勘違いではなかったか?ほんとはあれは今回とセットで、「明治の時代」を語るために必要不可欠な回だったんじゃないか??という思いがヒシヒシと。

私がこう思えたのは、毎週拝見するのを楽しみにしている、emitemitさんのブログ「moonshine」で、以下のように書かれていたからです。
これを読んでもう、またしても目からウロコがぼっとぼと!!

「かつて女紅場の女学生たちが「ドリームって言われても困るわ~」と話してたとおり、時栄も、夫や姑に仕え子育てをして…という以外の生き方なんて知らないし、考えもしなかったはず。開明派・覚馬の妻にならなければ。その教えをのびのびと実践する八重の姿がなければ」

「明治は、新しい時代。武器をとるのではなく言論で戦う時代。誰もが夢を語ることのできる時代。焼野原から蘇り、栄える京都。あふれる西洋の美しい文物…。様々な「新しさ」「明るさ」や、時代を切り拓く挌闘が描かれる一方で、新しい時代についていけず苦労する会津人や、敢えて過去を忘れようとしない浩、そして、「新しい価値観を間近で見たからこそ」自尊心を揺るがされる時栄がいる。青木によろめいたのは時栄の弱さなんだけれど、その背景には時代の影があるんですよ。そして、彼女の不祥事によって、明治の光の中にいた山本兄妹が、足元にできていた思わぬ「影」に覆われ、当事者として体験する…。そういう陰影がほしかったんですよ」


今回語られたのは「明治の中二病」、すなわち「明治という時代に必然的に発見された近代的自我」の話でした。こうした「新時代の価値観」を一番よく表現できるのは、やっぱり徳富君みたいな「若者」でしょう。
と同時に「女性」もね。封建制がなくなって価値観が変わった、という新時代を描く時、「女性」って「若者」同様、変化の激しさを体現する場合多々なんですよね。「戦後、女と靴下が強くなった」なんていうジジイの繰言も、そういやありましたっけ
そもそも主人公の八重さんにしてからが、ハタ目にはその「新時代の象徴」的存在だったわけで。「男女平等で職業婦人で先進的。新時代の光をモロに浴びてる存在」というかね。
しかし時代が、しかも急激に変わる時には、必ずその負の面を引き受ける人も大勢いるわけで。光が濃ければ濃いほど陰影が強くなるのは物理の法則。まして明治というのは、「近代的自我」も発展したけど、「女は家庭にいて、男に従うもの」という「家父長制」も、天皇を家父長と見立てた「国家」主義の延長線上に発達した時代。
八重さんが主人公の話で時栄さんを描くのは、先のブログがおっしゃってたように、こうした「時代の光と影」を描けるってことでもあったはずなんですよね。つまり前回は今回とセットで「明治の女性と若者を使って、施政者目線じゃない「明治という時代」を描く」という、「1回休み」どころか「これぞ大河ドラマ」な試みではなかったかと。というかそうでなければ、なぜ他にもいっぱい描く話はある明治編に、しかももう終わり近くになって尺が足りない感アリアリなのに、あえて不倫話なんか入れたのか、意味がわからん  

それが前回、イマイチ伝わらなかったのは、脚本が大幅手直しされたのか、私の見る目がなかっただけか
ともあれ、ハタ目には「不倫」「駆け落ち」と、「ゴシップネタで視聴率を上げようとしているな」と思われて仕方のない回も、今回で終わり。
次回からはいよいよ、ラストスパートに向かっていく「八重の桜」なのでした。

あれ。気づけば変な連想ゲームばっかしてて、肝心の感想がないですね
ユキちゃんと八重ちゃんの再会はよかったです~~~!あの犬ころみたいだったユキちゃんが、すっかり落ち着いたおっかさまになってて できれば顔を合わせた瞬間、涙涙の再会シーンにしてほしかった。TVのこっち側の方がもう涙目になってるんですから
「迷った時は母親らしくじゃなく八重ねえさまらしく」という言葉は、個人的に久々のクリーンヒットでした。どうも明治編って、セリフが上滑りしていて白けること多々だったのですが、これは「覚えとこう」と。
ほんとに親って迷うことばかりで 「自分が傷つくよりつらい」からこそ、民治おとっつぁまみたいに「相談されたら反対してしまう」になってしまうんですよね;;「子供を信じきるのが一番難しい」って、まさにそのとおりです。
その民治さんも亡くなっちゃいましたね。神保父とか、懐かしの会津藩士を思わせるおとっつぁまで、好きでした

というわけで、次回はジョーが主役です!個人的に、来週のジョーには惚れてしまいそうなので、今から楽しみ 立て~立つんだジョ~~~

テーマ : 大河ドラマ - ジャンル : テレビ・ラジオ

八重の桜・第45話

「八重の桜」は個人的に、すっごく大げさに言えば、今の日本をより理解するために見ているような面があります(って文字で書くとなんだかすっごく恥ずかしい
もちろんドラマですから、ここに描かれたことがすべて真実とは思っちゃいませんが、特に会津編までは、当時の価値観などをわりと誠実に描いているという感覚があったので、その価値観がどこからどう来て、現代のどこにどう影響を及ぼしているのかいないのか、時代の流れ・人心の流れといったものは、そうした価値観の相違とどれくらい関係があるのか、更にはそれを知れば、現代から未来へいたる人心の流れも若干予測できるのではないかe.t.c...そういったことを知るヒントとして見ているようなところが、個人的にはあります。そしてこれは、1年かけてある時代をじっくり描ける大河ドラマならではかなと。同じ大河ドラマでも、これが戦国時代とかだと遠すぎですが、幕末~明治という近代が舞台だと、現代とダイレクトに繋がってる部分が、私たちのそこここにありますもんね。

八重の桜・第45話はしかし、ぶっちゃけ言えば家庭内に突如起こった「不倫騒動」で、上記のような「個人的お楽しみ」とはまったく無関係の話でした
んが、だからつまんなかったかというとそんなことはまったくなくて、これが意外と面白かったんですね~♪

おそらく時間的にちょうどよかったってのがあるのかもしれません。それまでは「このテーマを1話完結で描いちゃうのか~ 会津編から引き継いでる、いわば根幹のテーマなのにこの仕打ちはひどい」と、ほとんど無念だってくらいの回が何度かあったのですが、今回はそんな不満もなく。内容的に45分という時間が、可もなく不可もなくでぴったり合ってた気がします。おかげで「きれいにまとめるな~」と、短編の名手による小品を読み終えたような印象が。あるいは長編連載マンガとかでたまにある、単行本書き下ろしの番外編16ページ、みたいな。
作者の山本むつみさんが、善人悪人描写をあまりしない人だというのも、今回は功を奏していたのかもしれません。どちらにもどちらなりの事情があるんだよ、それは善悪じゃないんだよという描き方が、こういう短編だと特に効果を発揮して、16ページ以上の深みを物語に与えているというか。今回の話って、描く人によってはクサヤのような発酵臭を生じる題材だと思うのですが基本姿勢である「誰も悪くない」という描き方が抑制となって、深みはあるけどアッサリしている、よってこの長さにちょうど良く「きれいにまとめるな~」という印象を与えるみたいな。
(その基本姿勢から来る抑制が、本編の長編(特に会津編)だと「アッサリしていて人間ドラマがない」という印象になったのかもしれませんね。わからないけど

というわけで、ここ最近頻発していた、内容への不満も、八重ちゃん描写への違和感も今回はなく、意外と面白かった第45回。
ただ最初に書いたような「個人的趣味」を刺激される話ではないので、見ていて心に浮かぶよしなしごとがあまりなく、ただ「あ~面白かった」という感想で終わりという感じなんですが

そうそう、うらさんに対する時栄さんの「ねたみ」は、へ~~という感じでしたね~。
うらさんサイドからすれば、泣く泣く身を引いたのにさらに妬まれるとか、踏んだり蹴ったりって感じがしますけど考えてみれば(このドラマの)うらさんはそのために、つまり「いつまでもきれいなままダンナ様の胸に生き続ける」ために身を引いたわけですもんね。そして後妻は結果的に、その面影に勝てず自滅した。ってことは今まで私が見てたうらさんの姿は夜神月で、ページをめくったら「計画どおり」とほくそえむキラ化したうらさんがいるってことかしら このプチどんでん返し(?)が快くて「うまいな~」と思うと同時に、とりあえずうらさんの友達としては「うらさんのために乾杯」という気分になった、時栄の妬み告白でした。

しかし時栄の友達としては「あんなに頑張ってたのに、なんでこんなことになっちゃったんだろうね~」と、飲み会でひとしきり愚痴話に花を咲かせたい気分が ほんと善悪なんて、自分がどっちの友達かによって変わる場合も多々ですよね。個人的なシンパシーの有無を、普遍的な善悪にすり替えちゃってるみたいな。
しかし後妻・継母って、場合によってはほんとに報われない立場だなあと。どんなに頑張っても、時によって超えられない一線が確実にあったりして。以前何かの映画で継母さんが継子のことを「いつかあの子もいい人を見つけて、ウエディングドレスを着る時が来る。私は鏡の前で着付けを手伝って、セオリーどおり「とてもきれいよ」と心から言うでしょう。でもその時あの子は「本当のママに見てほしかった」という思いを抱えているのよ」というシーンがあって、誰が悪いわけじゃない、なのにどんなに時間を積み重ねても、乗り越えられないことがあるんだな~などと思ってしまったものでした。

このドラマの上では、時栄さんは「不倫」つってもABC(って今の人も言うのかしら)までは行かず、「心の中での不倫」って感じ、しかも2度目に決定的な噂になった時なんか単なるストーカー被害でしかないですから(あくまでもドラマの上では)、覚馬同様「何もない、何もなかった」って繰り返せば、何もなかったかのように過ごせたのかもしれない・・・かな? 「色んな際どい要素を含みながら、それでも日常は大過なく続く」って、よくあるパターンな気もするし。肝心のあんつぁまも何もなかったことにしたがってるし、小姑・八重ちゃんだって「何もなかったんだべ?」って時栄ちゃんの言葉を待ってるんだから、あとは時栄さん次第。ま「不義の噂」が同志社にも覚馬の職場にも影響与えてる以上、ここで時栄さんが「何もなかった」と言い張っても、何もなかったかのように過ごすのは至難の業で、やっぱり時栄さんが出て行くのが、実際は一番手っ取り早い解決策なのかもしれませんけど。
しかし誰も悪者にならずその解決策を引き出すために、時栄さんが「たとえ行為はなくても心は受け入れてた」という感じに、事実よりも心を重視して言い訳しなかった、っていう描写にしたのがうまいな~~~と思いました。実際の行為があったかどうかも、これでチャラにできるし。
何よりも、「誰が知らなくても、自分は知っている。それをごまかさない」といってるような時栄さんの感覚。数回前から同情気味だった時栄さんに対し、ここで一気に共感を呼びますね。この感覚こそが「倫理観」というもんで、キリスト教はじめ各宗教って、これを「神は知っている」にわかりやすく置き換えて、倫理観を持たせようとする装置なんじゃないかしらん。言い換えれば、そんな装置に頼らなくても、「不倫」であっても、まっとうな倫理観は存在する(こともある)というわけで。ま時栄さんは洗礼受けましたけど。そういえばこの洗礼が、そうした「倫理観」によるもんじゃなく、「都合の悪いことは神様のお墨付きで水に流しちゃおう♪」という、世俗的柔軟さによるものというのがまたいいですね  こういう「神様の利用の仕方」は、いかにも人間臭くて好ましいです。
そういえば、生粋のキリスト教徒である曽野綾子さんの小説「神の汚れた手」で紹介されていたエルビス・プレスリーの歌「夕の祈り」には、「愛する神よ、あなたに告白した罪と、あなたに隠している罪を、ともにお許しください」という歌詞があるのだそうです。しかも「告白した罪」は単数形で、「隠している罪」は複数形だそう これまた人間臭い正直な歌だなあと。信仰によって、こういう人間臭さを真っ向から見つめることができるなら、宗教も決して捨てたもんじゃないと思うんですが、どうも信仰のない者には宗教って、人間臭さに否を唱えて、片手落ちどころか両手両足を落っことした「善」を刷り込もうとしているという偏見が

1回目の不倫事件の後「あんつぁまが今まで生きられたのはあなたのおかげだ。ありがとう」と、時栄さんを思いやって物わかりのいいこと言ってた八重ちゃんが、2回目の噂では「同志社が厳しい状況なのになんてことを」って、思わず自分の都合最優先で怒るところも、人間臭かったですね 私もこうなる自信があります もっともこの時は、時栄さんが言い訳しなかったから「なんでそんな裏切りを」って八重ちゃんが誤解しちゃったのも無理はないのですが。
ここであんつぁまが、職を辞すほど時栄さんを大切に想っていた、そしてそれをはっきりと時栄さんに示したのは、よかったですね~~♪ 口で「愛している」とは決して言えない明治男、いや江戸男か?の面目躍如です。それが逆に申し訳なくて自ら去るという時栄さんの気持ちの動きも自然で。

そして最後、久栄のために憎まれ役をかって出る八重ちゃん。これよこれ~~~~~!これぞ「ハンサムウーマン」!!
私ど~~~もここ数回の「八重の桜」見て「まさかとは思うが、「ハンサムウーマン」=「気が強くて言いたいこと遠慮なく言うおなご」とか思ってないよね」という疑惑が抜きがたく生じていたんですが、これ見てちょっと安心とともに「そうなのこういうのを見たかったの~!」と。
だってもしかしたら、もしかしたらですけど、実際もこんな感じだったのかもしれないじゃありませんか。色んな事を考慮して、一番丸く収めるために、私が悪者になりましょうという。ハンサムウーマンですから。
それが、元々「西洋かぶれが」って悪印象があったもんだから、尾ひれはひれくっついちゃって「八重が兄嫁を追い出した」って伝説になってっただけかもしれないじゃないですか??「ああヌエならそれくらいやりかねん」みたいな感じで。
私そういう、「史実=伝説をもとにして、なおかつその伝説に「そういうことだったのか」と納得・共感できるような八重ちゃん」を描いてくれないかな~~、とかねがね無念だったんで、今回は久しぶりにスッキリ。

そのスッキリも、久栄の大口開けて「ウエ~~ン」には持ってかれちゃったわけですが(一緒に見てた7歳児すら「涙出てない」と批評するレベル しかし今回の話は、子供への説明が色々と難儀だったな~)、やっぱりうらとみねの米沢での別れを思い出さずにはいられませんでしたね。うらとみねを(結果的に)引き裂いた時栄が、同じように別れていくという。
そしてそれらの肝心要であるあんつぁまは、出会った頃の時栄を思い出しつつ。そうか~そういえばピストル取ってともに戦うような、溌剌とした女の子だったのよね。それがいつしか「縁日行ったくらいで子供みたいに喜ぶ」ような抑圧された人になっちゃって。覚馬の、時栄に対する懺悔と愛情が、とっても伝わってくる回想シーンでした。

というわけで次回はその久栄ちゃん話なのですが。サブタイトルが「駆け落ち」に変わりましたね まあ元のサブタイ「明治の青春」てのもどうなのよって感じではありましたけど。内容はまさに「明治の青春」、というか「明治の中二病」なんですけどね

あれ「あんまし感想はない」と言っときながら、けっこう長々書いてるな~
実際面白かったし、次の中二病話も痛がゆい感じで面白いですけど、大河らしい大河・47話を早く見たくなってる今日この頃でもあるのでした

テーマ : 大河ドラマ - ジャンル : テレビ・ラジオ

坂内書店から原信を経てTPPを思う

若松三中の近くに「坂内書店」という本屋さんがあって。
会津若松市内だと、私は主に「ブックスなにわや」またはリオンドールとドトールが完備のツタヤ(←超便利)に行っちゃって、ここには入ったことがなかったのですが、外観がすごーく私的ノスタルジーを感じさせて、三中に行くたび「一度は寄ってみたい」と思いながらも通り過ぎていたのでした。

そしたら最近、1年前に閉店していたことを今更知って。
確かにいつ通りかかっても店内暗いし、人見かけないしで、流行ってないのかな~とは思ってはいたのですが

「外観がノスタルジー」と書きましたが、この坂内書店、昔よく通った新潟・古町の本屋さんをすごーく彷彿とさせたんですよね~
すなわち北光社と萬松堂。どちらも2階建てで、いや萬松堂は3階建てだったな確か。
実家がある新発田市も、当時は意外なほど本屋さんがいっぱいあった町なのですが、それらはたいてい店内真ん中に雑誌棚、周りを取り囲むように文庫やハードカバーが、いずれも一目で見渡せそうな狭い空間にあって。1人が立ち読みしてたら通路がせき止っちゃうような、そんなこじんまり感。
それが古町行くと、入り口こそこじんまりしているものの、中へ入ると意外な広さ、加えて2階or3階建て!1階以外も本がギッシリなんて、新発田から来た目にはまるで夢のようでした
今からすれば、そうは言っても商店街の一角につき、今主流の郊外型とは段違いの狭い空間で、いかに大きな商売するための苦肉の策だったとも言えるわけですが、当時はこれぞ「資本力の差」「都会と田舎の差」に映ったもんでした。
(余談ですが、神明通りのスーパー・リオンドールも、今では数少ない2階建てで、これまたその昔、新発田駅前に会ったジャスコを思い出してノスタルジーです。「昔は「巨大スーパー」として崇められてたんだろうなあ」という記憶の片鱗が、2階の侘しさにうっすら残ってる感じがして)

残念ながら北光社は、坂内書店よりもお先に閉店してしまったのですが、残念がる人々多数でローカルニュースにもなった記憶があります。何しろ古町十字路の入り口で、本好きはもちろん、待ち合わせにショッピングの合間に帰りがけにと、かつて古町が賑わっていた歴史とともにあった本屋さんでしたもんね~

なんでこんな思い出がよみがえったかというと、ふと耳にしたニュース「減反政策廃止」。
これを聞いた瞬間、広々とした土地に巨大なamazon倉庫、その下に「一人勝ち」みたいな字幕が入った絵が思い浮かんでしまったからなのでした

と言っても減反廃止そのものを「反対!」とか言いたいわけじゃありません そもそも農家や農業自体まったく知らないレベルだし、そんなレベルの私ですら、米農家に「米を作らないなら金を出すよ」って命令する減反政策って、元々にかな~り無理があるな~という印象で。

ただね~~。かと言って、でかく資本力あるところは、その資本力を武器にどこまでもでかくあれ、その陰で破れていく坂内書店や北光社は、もうしょうがないんだからそのまま消えていきなさい、みたいなのは、資本主義の常とは言え、それでいいのか?と。もう資本主義行き詰ってんのに、まだそんな資本主義真っ盛りみたいなイケイケやってて、この先どうなるのか??みたいな、具体的にはわからない素人ならではの漠然とした不安も、うっすら浮かび上がるんですよね~。

折りしもこないだ新発田に帰省したら、巨大ジャスコ周辺がちょっと様変わりしていて。
数年前、西新発田駅前に満を持して完成した巨大ジャスコ。ほんとに巨大で、それまでファストフードはマック1軒みたいな町・村上市に住んでた目には「都会の香りがする~♪」(←と言って新発田在住の友達に笑われた)と感激するくらいのジャスコでしたが、ここはそもそも土地が巨大だったんですよね。確か当初は、巨大ジャスコを中心に、色んな種類のお店を誘致して一大ショッピングタウンに、いやいや各種個人医院や薬局を集めて、メディカルタウンに等々、いずれにせよ「新しい街づくり」という計画があったはず。
ところが思ったよりお店や医院が集まらず、ま若干は集まったのですが、当初の計画よりスケールダウンな印象は否めず。夜なんかけっこう暗くて、地元小中学校には「夜はちょっと注意」みたいな警告も。

それが最近、帰省ついでにジャスコに行ってみたら、そこから車で1分のところに、なんと巨大原信が
原信ってご存知でしょうか。新潟でここ数年、あちこちに巨大店を展開しているスーパーで、ジャスコがトップバリュならこちらはCGCです。会津でおなじみリオンドールや、新潟でおなじみウオロクも同じCGC系列。
これが、まさにジャスコのトップバリュに対抗するように、どーんと建ってたのですね~!ユニクロやサンキを敷地に従えつつ。
(ユニクロも、それまでは新発田初の郊外型ショッピングタウン・コモタウン付近にあったのですが、このたびついにこちらに移転。またひとつ寂れていくのかしらコモタウン;;)

新発田ばーちゃん談では、原信オープン告知のチラシでは「今まで同系列ということで、ウオロクのあるところにはなるべく出店しないようにしていたのですが、このたびついにオープン!」みたいな説明が載っていたそうです。上記のコモタウンは、まさに「ウオロク」がメインのショッピングタウンですからね~。さらにジャスコ&原信から車で5分くらいのところには、ウオロク住吉町店があるし。
ちなみにこのウオロク住吉店は、ばーちゃん御用達です。うちからだと、ジャスコへ行くのと時間はほぼ変わらないんですが、何しろジャスコは巨大すぎて、キャベツやお魚買う程度なら、ウオロクの方が断然早く、疲れず買い物できちゃうんですよね。特に年寄りが多い住宅地には、これがわりと重要なポイントで。

しかしこうして、同系列すら食い潰しつつ、巨大店と巨大店が食い潰しあうという構図を、資本主義の常ではありながらもあからさまに見ると、やっぱりうーーーんと思ってしまうのです素人は。これがお米で、世界的規模でそうなるわけか~、果たして日本のお米の立場は原信なのかジャスコなのか、それとも住吉町のウオロクか? どっちが勝つのか、というかこの先どうなるのか。こうして巨大なもの同士が競い合い、潰しあって、やがては「ワンワールド」みたいな陰謀論的世界に落ち着くのか?とか。

まあ実際はそういう、当初「減反廃止」のニュースを聞いて思い浮かんだように、でかいところが資本の力づくで一人勝ちする、ってわけではなく、案外住吉町ウオロクのように「その小ささこそが思わぬメリット」という感じで、多種多様な世界になっていくのかもしれませんけど。
これについてはもう1コ、思い浮かぶお店があります。
飯館村にあった「ほんの森いいたて」。行ったことはなく、「3.11あの日を忘れない」というマンガシリーズを読んで知った本屋さんなのですが。

飯館村には平成7年まで本屋さんというものが1軒もなく、待ちに待ったという感じで生まれた村初の、そして全国初の「村営書店」(!)だったのだそうです。もちろん規模はちっちゃいのですが、その規模の小ささ及び「村による、村のための」本屋さんだからこそできたという面も、マンガを読むといっぱいあったようで。
例えば酪農関係や天体観測等、意外な本の豊富さ。飯館村はそれまでもわりと自主独立路線というか、村ならではの産業に誇りを持っていて、「飯舘牛」など、野菜や畜産など独自ブランドも多々立ち上げていたそうです。またそういう自然豊かな環境ゆえの澄んだ空は、天体マニアには「知る人ぞ知る有名な場所」だったらしく。
「酪農ジャーナル」や天体系など、全国展開の本屋さんでは取り寄せないとないけれど、村の生活に根付いた「ほんの森」では確実にあるという独自の品揃え。と同時に、村の生活に根付いている=顔見知りが多く規模が小さい本屋さんゆえにできる、きめ細かいサービス。例えば、普通の本屋さんだと「タイトルがわからないとお取り寄せはちょっと・・・」で終わってしまうところ、ここではおばあちゃんの記憶のカケラから、店員さんが一緒に1時間近く検索して、お目当ての本を探し当てたり、客が毎号買う本は言わずとも取り寄せておいてくれたりe.t.c... これらはもちろん、店員さんの営業努力の賜物なのですが、こうしたきめ細かさにより、村では大人気の本屋さんだったそうです。
(しかし個人的には、例えば店員さんと顔を合わせた途端に「今月号のエロトピア、取り寄せておきましたよ」とかニッコリされたら、感謝と衝撃で二度と行けなくなっちゃいそうでもありますが 常連≒地域密着型コミュニティの良し悪しではありますね。念のためですが私はエロトピアとか絶対読んでませんええほんと)。

「ほんの森」、現在は原発事故により一時休業中ですが、こんな本屋さんがあったんだ~と、マンガを読んでしみじみ感動、というかほとんど敬意を覚えてしまいました。

というわけで、「なるほど小さいお店には小さいお店ならではのメリットがあるんだな」というのが、このほんの森やウオロクなどからも伺えるのですが、しかしそれにはやっぱり、親元の飯館村やCGCがしっかり機能してるから生き残れるみたいな面もきっとあるはず。これでCGCが、ジャスコと戦った末に手痛い傷を受けたら、住吉町ウオロクも「立地や条件は従来どおりいいんだけど、肝心の中身が品薄に」みたいなことになって、あえなく閉店とか、そういうこともあるかもしれませんよね、素人なのでよくわかんないけど ここら辺は村上龍の「愛と幻想のファシズム」で描かれていた、「アメリカの超巨大資本に支配されても、日本が自主独立路線を突き進んでも、どっちにしろ弱者には地獄だよ」という構図とダブる印象です。もっとも「愛と~」の世界では、アメリカ資本に支配された方がまだマシとしか思えませんでしたが

コモタウンも、出来た当初は新発田のシャッター街化に拍車をかけた存在ではありましたが、時間がたつうちに当初のにぎわいと、来る人の「ワクワク感」はなくなり、やがてジャスコによってさらに寂びれ。しかしそのジャスコすら、原信の攻勢で今後はどうなるのか。
食い潰しあってるように見える巨大店ですが、しかし一方、そのおかげで明らかに新発田は、昭和の頃より町全体が大きくなってはいるんですよね。中心街のアーケードは相変わらず、開いてるお店の方が少ないくらいのシャッター通りなのですが、コモタウンも当初より寂れたとはいえ、ウオロク電気屋さんその他確実に根付いているし、何より宅地が広がったし。ジャスコも、昔は田んぼの真ん中を犬連れて散歩したもんですが、今はぜーんぶ住宅街になってるし。

減反政策廃止は、TPPによる「いよいよ日本の米が海外との戦いに入っていくぞ」の第一弾であるわけですが、私の脳内に広がる「海外の農場」って、ほんっと広くて、国土の小さい日本じゃ、どんなに大規模経営にしても土台がもはや違うレベルでしょうよとしか思えないので、ついつい悲観的なイメージに走りがちなのですが、これも考え方で、規模が小さいからってそんなに悲観することはないのかしら?
まあ元の知識がない素人があれこれ考えても時間の無駄なんですが、北光社やウオロクみたいな、小さな田んぼによる小さな生活の歴史が消えるのは、後世から見たら大いなる生活苦の前触れなのか、それとも単なる感傷なのか。外来巨大モールの抗争というTPPにより新発田全体が発展したのを教訓にすべきかしないべきか。自分に確実に関わる問題ながらもどっか他人事のように(知識がないので他人事のようになってしまう)考えていると、改めて、歴史の渦中にいながらにして未来を判断しなければならない当事者の困難さを思ってしまうのでした。いやほんと、八重の桜とか見るにつけ、歴史がどっちに転ぶかなんてわかんないな~と

八重の桜・第44話

八重の桜・第44話は、予感の回でした。
青木&時栄の恋の予感、アメリカンボードとの戦いの予感、そして迫り来るジョーの死の予感。ある意味、ドラマらしいドラマっていう感じ。
予感話は、ゾクゾクがあってチンケな決着がなく、ゾクゾクが余韻となって来週への引きにつながるのが魅力ですね。そういえば会津編も、言ってみればすべてが「会津戦争への予感」の話だったから面白かったとも言えるわけで。
そんなわけで今回は、大げさな感想は浮かばない、基本地味な回でしたが、わりと個人的にはグーとも思った回でした。少なくとも腕相撲や土下座といった、それまで積み重ねてきた世界観をチンケにもほどがある決着によってひっくり返す回よりは


まずは徴兵制度の変更により、私立大学の特典免除。
「去年の朝鮮事変」とか「兵役についたのは1割ぽっち」とか、色々興味深い一口メモが。
私は太平洋戦争にかな~り興味があるのですが、この戦争を本気で理解したいと思ったら、たぶんここら辺から理解しておく必要があるんですよね。太平洋戦争は日本の近代化の延長線上にあるもので、どこでどう分かれ道があったのか、おそらくすべてはここら辺で触れられた一口メモから始まるから、ここら辺を理解しないと太平洋戦争も、表面的な事象を押さえるだけになりそう。
ということで、ここらは個人的な今後の課題であると同時に、こういうふうに、現在に至る歴史について思わせてくれる大河ドラマって、いかにも大河こそって感じがしていいなと。

ちなみに昭和の学徒出陣では、国立/私立での別よりも、むしろ文系/理系で明暗が分かれたようです。就職戦線と同じですね;;
もっとも会津編で散々引かせていただいた山田風太郎さん(東京医専=現・東京医科歯科大)によると、徴兵されないとはいえ「君たちは何のために(戦場にも行かずに)学んでいるのか」と問われたら「軍医になるためです」と答えなければ怒られたそうで。というかむしろ同世代の若者たちが出征していくのを横目で見ている立場の山風さんたちの方が、大正時代のリベラルな空気を肌で学んだ世代の教官より、場合によっては純粋に「お国のために」と思っていたようで。

この徴兵制度について、伊藤博文に直談判するジョー。
この伊藤の言い分は、悔しいけどわかるなあ。「国のための人材は国が作る」「自主独立をうたいながら都合のいい時だけ官立と同等を求めるのはいかがなものか」
私だと、この言葉だけで「なるほど」と素直に思ってしまってスゴスゴ引き返すハメになりそうです 「民に丸投げのくせに都合のいい時だけ「お上」とか持ち出して封じ込めるのは、政府も同様ではないのか?」という気もうっすらするものの伊藤の言うこともそうよなあと。ジョーが今後この難局をどう乗り越えるのか、純粋に興味深いです。

そうそうこのゴタゴタで機嫌が悪いジョーと、その心をほぐす八重ちゃんとの食卓シーンは、久しぶりにちょっとよかったです♪ 願わくばこういうシーンをもっと見たいなあ。どうもドラマだと「でしゃばる八重ちゃんと、従うジョー」ばっかな印象なんですが、ジョーはもっと、あの時代の価値観からしたら、なんというか相当エキセントリックな人だったはず。かんしゃく持ちだし、そもそもアメリカ密航なんてとんでもないことやらかす人なわけだし、あの自責の杖とかわけわからんし
現代女性にうれしい「男女平等」も、もちろん八重さんへの思いやりではあったにしろ、それよりまず第一に自身の理念の追求それが結果的に「男女平等」な形になったっぽいものだと思うんですよね。八重さんの意志はわりと置き去りで
つまり理念で突っ走っちゃって、ノリノリな時には人の言う事には耳を貸さないとか、もちろんすごく人間的に誠実で魅力ある人ではあるんだけど、そういう、「ハタで見てる分には快男子だけど、ともに生活する人は大変ね」的な面もけっこうあったんじゃないかなーと。そういう「規格外のワガママ夫を支える妻」という描写が、今まであんまりない、どころか逆転して描かれている印象すらあるのが無念で。

例えば細かいことですけど、この後ジョーが渡航の用意をしている時、「ああもう私もやっぱり行きます!」つって、ほんとにスーツケース出してきちゃうとかね。なんでこんな「思いつきで行動する短慮な人」描写をするのであろうか??「自分もついていきたいくらい心配だ」っていうのを表現するのに、ほんとにスーツケース持ち出されると、個人的には「今更一緒に行けないことなんかわかってるくせに、わざとらしいな」と一気に冷めてしまいます もうきっと2人で散々話し合ってジョーだけ行くことに決めたんだろうからさ~、行く間際になって子供みたいにそんなん言い出して「パスポートはどうするんです?」とかジョーにさりげなく止めてもらってたりすると、またいつものパターン=「八重さんは情に厚いあまりこんなふうに考えナシで(そこがかわいいんだけどね)」みたいな印象が強まって、非常に違和感です。というか無念です。まさかとは思いますが製作者側は、「情に厚いゆえの思慮浅薄」を「ハンサム」とか思ってないですよね?まさか、まさかですが会津戦争で鉄砲持って戦ったのもこのためだとか思ってないですよね??「人を殺める」という覚悟をもって戦ったんじゃなく、単に一時の激情に駆られて「マト」を倒してただけで、だから激情が冷めるとあっさり謝っちゃうとか、まさかそうゆうキャラづけではという疑念が

なので後半、アリス先生たちアメリカンボードと真っ向から対立した八重に、佐久が「お前は言葉が強すぎる」「一歩引くことも覚えなきゃ」みたいに諭してたのは、「そうそれを言いたかった!」とスッキリしてしまいました このドラマの八重ちゃんほんとにイケイケどんどんなんだもんなあ。
しかしこのアメリカンボードの対立、「手段は同じだが目的が違う」「言うこと聞かなければ資金援助やめます」等々は、徴兵令をめぐる伊藤博文との対決もそうですが、八重ちゃんのいうとおりまさに「戦」、国家間での戦争(≒外交)と大して変わらんなあと思いました。手持ちのカードのどれを突きつけ、どれを捨てて、譲歩を引き出すかが勝負みたいな。

そうそう八重ちゃんが、荷造りするジョーに「手紙下さいね。ただし長い手紙は体に悪いから短く」と言ってましたが、実際ジョーはすごい手紙魔だったそうです。「八重の桜展」にも、ジョーから八重に送られた手紙が展示されてましたが(八重さんちゃんと取っておいたのね)、旅先での出来事から、留守を守る八重さんを気遣う記述まで、ビッシリ!説明いわく「現存する手紙はどれも2mを超えている」そうで
ジョーにしてみれば安心させたい&八重さんに聞かせたいという一心なんでしょうけど、八重さんは手紙を受け取るたび、安心半分心配半分といったところだったかもですね ましてやあんな遺書が届いちゃったら

すっごく余談ですが、昔の人の「手紙にかける思い」というのは、相当なものがあったみたいで。
何せ、思い立ったら海外からでも電話や写メが一瞬で送れる現代とは違い、一度行ったら連絡手段は手紙のみ、しかもそれすら時間がかかるという時代ですもんね。
それが最大限に現れてるのは、やっぱり戦時中で。
以前「南方からの手紙」(だったかな??)という、太平洋戦争中、主に南の島々の戦地から届いた手紙を集めた本を読んだことがあったのですが、兵隊さんたちの、故郷からの手紙を待ちわびる思いの強烈さ!
戦時中につき、届かないこともたびたびだったようで、「(船便だと沈むから)航空便で送ってくれ」という言葉もたびたび。「他の人の手紙は来てるのに、自分宛の手紙が来ないのはとってもさびしい」「手紙をくれないなら現地妻娶るぞー。それがヤなら手紙クレ」という、冗談めかして切実な手紙もいくつかあったり。「手紙見ました。自分もついに人の親になったかと感無量。しかしこの子はよく肥えてるね。どうか元気に育てて欲しい。しかしかわいいね」なんて、矯めつ眇めつ写真を見ている様子がマザマザと浮かんで、ちょっと涙目。

お久しぶりの殿と照姫の再会は、ああ照姫のサヨナラ公演だなという感じで それ以上でも以下でもなく。
ここで無理にご宸翰を絡ませる必要はないと思ったけど(むしろお風呂の時にお付の人に「これは?」と尋ねられるとか、「お風呂以外に肌身離すことはなかった」という伝説をそのまんまやってほしかった。それで充分、帝に心底忠誠を誓っていて、会津は逆賊ではないと終生思い続けていたのが伝わると思うんだけど)、まあサヨナラ公演だしいいや それだけ殿にとって照姫が大事な存在だったということで。

そしてもう1人、お久しぶりの会津人・広沢さん登場。
と言っても「誰だっけ?」という感じでwikiとか見て思い返してみたら、ああ~あの「西郷に会わせてくれ」って決死の覚悟で敵陣に赴いた人ね 「わかった会わせてやる」って言われて「あ~よかった♪」って待ってたら、案の定そのまま捕まっちゃったっていう へ~~そのまま明治2年まで捕まってたんだ その後斗南に渡って開いた牧場が、昭和60年まで残ってたんですって!スゴス
「その牧場で暮らしが成り立った会津人が大勢いると聞いてる」ってあんつぁまねぎらってたけど、個人的にはここで広沢さんの口から「いえいえ覚馬さんこそ」みたいなセリフも一言あるといいんだけどなあと。でないとなんだか「死んでいった会津人たちのために少しでも役に立ちたいから」という広沢の言葉に、同じ会津人の山本兄妹がただ「えらいなあ」と他人事のように感心しているだけな人みたいに見えちゃうんですよね。ほんとは違うのに。
「覚馬さんこそ、同志社で会津出身者を積極的に面倒見ていると聞いてます。実は今日もそのことで・・・」みたいな流れにしても自然だったと思うんだけどな~。それとも青木さんが、覚馬が面倒を見た最初の会津人だったのかしら??

そしてこの青木さんと時栄さんが、なんかいい雰囲気になってくわけですが、ここは妙に説得力ありました 上等な詐欺の手口を見るようなというか「ああこの時にこんなこと言われたらイチコロだわ」みたいな。
お互いの、甘えたい部分と甘えさせてあげたい部分がぴったり噛み合ってる2人なんですもんね。弱ってる時はそりゃ~ちょっと寄り添いたくなっちゃうよな~という自然さを感じてしまいました。時栄さんが尚さん同様「人の下に己の身を沈めた人」だったという描き方も納得。
秩序が破綻することなく、物事がうまく回っている時って、必ずどっかでそのために泣いてる人がいるはずですもんね。もっとも秩序が破綻したらまた泣く人が増えるわけで、そうならないために暗黙の了解で、皆でその人に泣いてもらってるとも言えるわけですけど。

というわけで次回は時栄さん回。
男女のドロドロドラマは、個人的にはあんまし好きじゃないんですが、ノベライズで先読みした感じでは、意外と面白かったです。ドロドロよりも「人の下に己の身を沈めた人」という方に主眼が置かれている感じだからかも。
ついでに次々回・46話も、今度は久栄ちゃんによる男女のドロドロ回ですが、これも45話よりイラつくわりには意外と面白く。このイラつき、半分は徳富弟のせいです けどその「人間的弱さ」がわかる気がするところも確かにあって。
しかし今んとこ、一番面白く「早く見たい!」と気が急いているのはその次・第47話なのでした。ほとんど名前だけでしょうが錚々たるメンバーが出てくるし(お久しぶりのあの人も)、何よりジョーが、会津編で「ついにスペンサー銃を持った八重」くらいに覚醒!
という感じで、ここに来て、終盤に向けて意外と面白くなってきている「八重の桜」なのです。

そうそう、最後になっちゃいましたが、今月のオープニングいいですね♪ 絵ろうそくと、おそらくは2月に行われる「絵ろうそくまつり」の光景(これは向瀧さん?御薬園?)
会津のご当地物産が画面に出るという嬉しさもさることながら、このオープニング見ると、八重の桜の放映開始前、八重ちゃんあんつぁま尚さんがろうそくの絵付け体験をしていた番宣を思い出して、懐かしさが 確かあんつぁまの絵ろうそくが、図工2の小学生男子みたいなできばえで、あんつぁま途中でやんなってフテ寝してたわね
それが今や最終回も間近だなんて、改めてしみじみです。

テーマ : 大河ドラマ - ジャンル : テレビ・ラジオ