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浩の桜

今回は面白かったです八重ちゃんが出てくるところ以外。

「八重の桜」なのに、八重ちゃんが出てくる場面がもれなく不快なんて、一応今年の大河ドラマを応援しているつもりの一人としてはほんとに悲しいです いつから、どうしてこうなった?

まずは東京の、山川家ご一同。
しかし各々すごい経歴ですね 東京大学、東京女子師範(現・お茶の水)、フランス語通訳、そして将来の鹿鳴館の花 女も稼がなければやってけない状況、賊軍が世に出るためには教育分野が最適、等々の理由もさることながら、やっぱし(人脈も含めて)エリート一家だったんだな~と。根性とプライドと素質の融合。

やっぱし山川家が出てくると面白いですね~。ドラマとしてもぴしっとする気がするし。これはやっぱり「元・家老の一族」ということで、もはや「元」がつく時代なのに、いまだ会津を背負うことを、山川メンバーの一人ひとりが「責務」としているところから来るんだろうなあ。
(八重さんだって会津出身者たちを積極的に同志社で学ばせたりして、会津を背負ってたはずなんですけどね。大河ではなぜか描かれていないけど

それを端的に現す山川浩の言葉「俺だけは忘れてはなんねえのに」
やっぱりこの大河、特に京都編における希望の星は浩だわ 個人的にはもう、京都編は「浩の桜」として見ることにしました ていうかなぜ八重ちゃんでそれを描いてくれなかったのか;;
あ、ただこのシーンで2人が「ならぬことは~」唱和するのは、幼馴染~って感じがしてよかったですね♪ 今回八重ちゃんが出てきたシーンで唯一いいなと思った場面でした

そこに降って沸いた捨松の縁談。
これを阻止すべく東京へ行きたがる八重ちゃんには、TVのこっちから「やめろやめろでしゃばるな」と早くもウンザリでした だって八重ちゃんなんも関係ないじゃん。鶴ヶ城開城時の演説の時も若干そう思ったけど、あれはまあ男たちとともに戦った1人だし、その演説自体がひじょ~に素晴らしかったからまあいいです けど今回は、ただ同志社に就職頼まれてただけじゃん。それだけの縁で、山川家の問題に口出しすべくわざわざ東京まで行くってんなら、他にそれくらいの勢いで面倒見なきゃいけなかったあの人とかあの人が、山本家の一員としていたんじゃないかしらん?とか余計なことまで思ってしまって
まあ、本来関係ない八重ちゃんを無理やり本筋に絡ませようとするあまりの描き方であり、そうして無理やり絡ませようとするのは(個人的には好きじゃないけど)ドラマ=創作だしOKだと思います。けどその絡ませ方が「下手」だと思っちゃいました。なんも説得力ない上に、余計なことまで想起させちゃった結果、ほとんど八重ちゃんに好感持てなくなっちゃったら、何のための、誰のための創作なのかと

そして八重ちゃんが出てこないおかげで(?)途端に面白くなる大山&捨松シーン。
ていうか、大山カッコよすぎでしょう おかげで「ああこれならお互いホレるのも無理ないわ」「これで相手がガマみたいだったら捨松きっと断ってたよな」と素直に納得できる説得力がありました。え?実際はガマ?
ここでワインを拭く捨松に大山が「会津のおなごだ」と言うのも、よかったですね~~~!!鶴ヶ城を明け渡す時、お掃除シーンでわざわざ捨松が出てきたのはこれかという、スッキリつながった快感もさることながら、大山がその「会津の誇り高さ」を覚えていてくれたというのは、やっぱりうれしいですよ 後で出てくる八重ちゃんの「負け戦がうれしい」はまったくわからんかったけど

で、そういう優しい&「ホレてると言えなかった」というかわゆい&ビーチボーイズばりにカッコいい大山に一目ぼれして(違う)帰宅した捨松が見たものは、「会津戦記」を読みながら登勢を思い出して「会いてえなあ」と泣く浩 ああこれよこれ!この思い!!やっぱり京都編は「浩の桜」だ~~~!!!

昔のことを忘れたくないっていうのはすなわち、そこで生きていた人たち、そこで死んでしまった人たちのことを忘れたくないっていうことなんですよね。前を向いて歩く=忘れる、じゃないっていうのと同様、昔のことを忘れない=恨みを忘れない、ってことじゃ決してない。決してないんだけど、でもやっぱりそれらは表裏一体で、簡単に切り離せることじゃない。それらをあえて切り離すと、例えば前向きになれない人は置いてきぼりになったり、逆に恨みだけが伝わったり、そんな感じに何かが歪んで、一番大切にしたかった「そこで生きていた人たち」の存在感はどんどん風化していくような、そんな気がしてしまいます、よくわからないけど。

ジョーと勝との対決もよかったですよ 何より「今は小学校にすら行けない子が多数だけど、それを変えるのにたとえ200年、300年かかっても今やらなければ」というジョーの言葉。ああそれが今、100年ちょっとでジョーが夢見た世界が実現してるんだなあ、ありがたいなあと素直に思えて。
そうそう東京大学が官僚育成機関っていうのも、このころから既に既定路線だったんですね しかし同じ官立大学なのに京都大学がもうちょっとアカデミックなのは、中央から離れているがゆえの幸運なのかしら?それとも「京都」という土地柄かしら??なんか京都って、八重の桜見てもそうだけど、歴史の古さから来る保守的な面と、その反動による革新的な面が奇妙に同居していて、それがまた汲めど尽きせぬ魅力になってるっていうイメージがあります。ちょっとロンドンみたいな。

あそうそうもう1コ、八重ちゃんが出てきたところでいいシーンがありました♪ 「なぜジョーと結婚したの?」と捨松にたずねられた八重ちゃんいわく「そのうちジョーの夢が私の夢になって」
やっぱり結婚生活ってこれですよたぶん。別に具体的な実現目標じゃなくても「2人で何かを作り上げていくのが結婚だ」っていう。実は結婚する時ダンナにこう言われて、その時は全然ピンと来なかったんですけどね

そして、そのままシーンは大山vs.浩の対決シーンへ!
この対決はよかったわ~~~!!!どっちの言うこともよくわかる!!!だからほんとに、TVに向かって心の叫びをぶつけてしまいましたよ「八重ちゃんあんたは出てくるな

この対立関係が、実際どんなふうに捨松結婚に落ち着いたのか。つくづく史実をやってほしかったと思います。八重ちゃんの茶番劇なんか出さずに。ほんと茶番でした。腕相撲の後のジョーや八重のセリフも皆の涙も、すべてが「くっだらねえええええ」としか思えず。なんでこんな茶番にされちゃって、さらにそんな茶番で簡単に解決してるの?浩を筆頭とする人々の「会いてえな」という涙が根底にある思いが。

和解って、例えばワインを拭く捨松を見て「会津のおなごだ」と言う大山とか、そういうお互いを認め合うところからだんだん育っていくもんだと思うんですけどね~。「もう15年もたったんだから」とか「なんかよくわかんないけどとりあえず決着ついたから良かった良かった」っていうのは、単なる平和主義な傍観者の視点であって。人がいがみ合ってるとこなんか誰も見たくないもんね。
傍観者が「こうなればいいな」と思ってることに、当事者も従ってくれることを望んでる。そんな傲慢というか何と言うかみたいな感じを、ここ最近の「八重の桜」から受けてしまうんですよね。全然わかってないのにわかってるつもりで「これが正しい道だからこうしなさい」みたいな、傍観者にありがちな善意の押し付けがましさが、八重ちゃんという傍観者によって見え隠れみたいな。ていうか繰言になっちゃうけどほんとの八重さんはそんな傍観者の立場じゃなかったはずなのに、いつから、どうしてそうなった?

ああなんか今回も文句ばかり あでもこの後の鹿鳴館シーンはよかったですよ~ しかし「大山さんもやりよるのう」と言われても、「そりゃ大山さんイケメンだから」とまったく意外性なく、お似合いの2人として受け止めてしまうという
まそれはどうでもいいんですけどここで浩が言ってた「100年後、会津が日本の誉れになる日が来るかも」
これは実際そうなりましたね。徳富君たちの影響も大ですが、100年後どころか、50年くらいで。このセリフの直後に「徴兵令」の話題が出てくるのがなんとも意味深でした。
(まあこの「徴兵令」が、ジョーの目指す私立大学を一層苦境に陥らせるというわけで、そんなに深い意味はないのかもですが)

そうそう最後の「紀行」もよかったです。大山と捨松が仲良さげだったのは、やっぱり平和主義な傍観者としては「良かったね~♪」と素直に微笑んでしまうところで。大山さん、いい人だったんだろうな~(イケメンという武器がない分
しかし「西洋育ちの捨松には、留学経験があった大山の西洋風な生活はきっと心休まるものだったろう」というのを聞いたら、改めて「会津育ちの八重さんには、ジョーのカンペキな西洋生活はきっと心休まらなかったろうな」と思っちゃいました。
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テーマ : 大河ドラマ - ジャンル : テレビ・ラジオ

八重の桜&会津まつり

今回の八重の桜は、回想オンリーでした。
いやオンリーではないか、せっかく死すともが一生懸命「板垣死すとも」やってたのに
「自由は死せず」なんて言葉を聞くと、いかにも「自由」っていうのが「輝かしい外来語」だったんだなあなんて気がします。ちょうど戦後の「民主主義」みたいな、肉薄している実感がない、頭1コ上にあるような感じ。そうそう「明治の江戸人」を描いた杉浦日向子さんのマンガ「東のエデン」でも、「八重の桜」に出てくる同志社学生みたいな子が
「フリードム。リベルチ。入ってきたばかりで、まだぴったり合う日本語がないんだ。勝手気ままとは違う、まったく新しい概念なんだ」
と説明するところがありました。好きな女の子のために何かする時のような、気持ちがワクワクして力がみなぎってくるような言葉として(今は他人に「自己責任」をぶつけあって、なんかめんどくさい言葉になっちゃってる感がありますけど)。

その板垣いわく「会津戦争では領民の多くが戦を傍観するだけだった。これを日本に置き換えてみたらぞっとした」
なるほどこれが後の「一億火の玉」につながるわけか~。まあ「近代市民社会」っていうのは「国民皆兵」的な意識が前提なので、負け戦になったら「国民精神総動員」になったのは別に死すとものせいじゃなく自然の流れではあったのでしょう。
しかしそうした昭和の「国を挙げての総力戦」の結果があまりにも無残で、また世界的にも、総力戦のハイコストが認識されたり、技術の発達にともなう専門化が進んだりで、今はまた江戸時代のように、国民の多くは戦の傍観者であることを許されてる気がします。いや今は昭和時代よりもっと煽り媒体が発達してるから、傍観者≒煽動者みたいな感じか?そうしていつか昭和みたいに「傍観者のつもりで火を煽ってたらいつの間にか自分が火の玉の1つになってた」みたいなことに??

他にも、ジョーと徳富君そば食いすぎとか、二葉と健次郎ってほんとの姉弟みたいに顔立ちが似てるな~といったどうでもいい発見などもありつつしかしやっぱり今回のメインは、会津里帰り。
ちゃんと「清水屋」って出てましたね♪ 今は銀行ですけど、跡地は今もこんなふうに。

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(3番目の人は現在、襄&八重夫婦の写真に取って代わられてますムゴイ まあ確かに他の2人と比べてよく知らん人だけど

山本家跡を訪れて「ここは米代四之丁か?」というセリフも出てきましたね♪ こういう、よく知ってる地名がボロボロ出てくるのも、そういえば会津編の醍醐味だったな~と二重に懐かしく
ちなみに、やはり米代にあるUの小学校では、運動会のチーム分けが町内ごとなんですが、米代四之丁を含む米代町は、毎年優勝争いを繰り広げる強豪チームです。八重さんが乗り移ってるのかなあ

そして始まる回想シーン!
そうそう吉田松陰とかもいたんだよなあ、坂本辰馬みたいだったけど 私がおとっつぁまファンになった、着物の房を締めようとして静止するシーンもあったー あんつぁまもこのころは爽やか好青年だったなあ。そして尚さん、懐かしいなあ!「私は八重さんとともに会津で生きたい」のプロポーズシーンでは、はからずも涙が 死んじゃったんだもんなあ。うらさんとみねの再会は個人的には正直微妙だったけど、お婿さんとも会えたのはよかったなあ。久しぶりにお吉の、てぬぐいで顔をぬぐうシーンも見れたし♪ なんかほんと、こうしてお吉たちと会津で再会してるなんて、まるですべてが夢みたいだなあ。。。

という懐かしさオンリーの回でした。本音を言うと、ただ懐かしいだけで、あまり心に突き刺さる「名シーン」という感じではなかったみたいな。
いえ私は回想大好き会津編大好きなんで、これはこれで全然いいんですけど。
しかし上のような不満めいた本音が若干わきあがるのは、やっぱり「清らにたかく」を再三読み返していた、そのために他ならず。
このマンガに出会っていなければ、今回の回想だけで十二分に満足したと思います。なので決してケチつけるわけじゃないんですが、しみじみ「清らにたかく」を原作にしてほしかった、せめてこのシーンだけでも「清ら~」をパクってほしかった、という願望が再燃してしまったということで。
(けど大河の八重さんはもう、以下のようなシーンを思うキャラじゃなくなっちゃってるからなあ。会津への旅がただ懐かしいだけのものになるのも致し方なしか;;)
以下そのシーンを載せてみました。クリックで拡大しますので、もしよろしければもう1つの「襄と行く会津」、ご覧になってみてくださいませ。

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ちなみに、これだけでも素晴らしい「清ら~」のこのシーンですが、これが続きを読むと八重さんが薩摩の学生差別を乗り越えることにつながっているという、本当に「大河こうあってほしかった」という私的名シーンです。

というわけで、今回は感想が短く終わってしまったので、先月見た「会津まつり」の様子も一緒に。
今年は帰省していたのであまりバッチリ見れず、昨日うらさんとみねが再会した諏方神社前にて行列を途中から、そしてそのままお城へ行って帰陣式を見てきたのでした。
帰陣式はこんな感じ!

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壇上でしゃべってらっしゃるのは、梶原平馬さんとミネミネです(みねちゃん役の三根さん)。ミサミサ@デスノートじゃないですよ
「今日は参加できてとても楽しかった」と口々におっしゃってくださったのがうれしかったです

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個人的には、ミネミネちゃんがかわいかったのはもちろんですけど、梶原平馬が現代風な兄ちゃんぽかったのも印象的で(一瞬尾崎豊かと
「僕も甲冑をつけて撮影してましたからよくわかります。皆さん暑い中長時間、本当にお疲れ様でした」
と、実感こめてねぎらってらっしゃいました。

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実際皆さん、ほんっとーにお疲れのご様子で、お偉いさんのご挨拶などの時は・・・

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寝とる
めちゃめちゃ朝早くから着替えて準備して(遠方の方はおそらく前日イン)、それからお昼を挟んで15時過ぎまで、ず~~~っと市内をこの格好で歩き回るのです。そりゃもうお疲れのことでしょう。
改めて「今日1日楽しませてくれて、ありがとうございました」とm()m

カッコいい行列写真も、ヒマを見てUPしたいと思いますが、とりあえず今日はこれにて

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チリンの鈴によせて

現役最高齢漫画家・やなせたかしさん死去。

94歳ですもんね~。しかもこの御歳で老人ボケの気配すらなく、今年まで人前に出てピンシャンしていたというツワモノぶり
決して頑強なタチではなく、どころか糖尿病、白内障、緑内障、膀胱がん再発10回以上、腸閉塞、心筋梗塞e.t.c.という病歴の持ち主でもあったそうです。
この病身を抱えて、おそらく「知らない子供はいない」ってくらいのキャラを現役で生み出し続けた・・すごいなあ。いったいどこからあのパワーが出ていたのか。

「アンパンマン」が、自身の戦争体験から来る「飢えている人を救うことこそこの世に普遍の正義」という信念に基づく物語だったというのは有名だと思います。
ほんと画期的でしたよね!「じゃあ僕の顔をお食べよ」ってボコッと顔ちぎってプレゼントする正義のヒーローって
当初は「残酷だ」とのクレームも来たそうですが「正義には必ず何かしらの痛み=自己犠牲がともなう」という真理が共有されなくなっていたのでしょうか(自爆テロみたいな、独善的な自己犠牲をともなうハタ迷惑な正義もこの世にはありますが)

そうした、戦争体験に基づく「生き死に」の信念がガーンとあるせいか、この方の言うことって「なるほどな~」ということが多くて。
特に印象に残っているのは、「人生は満員電車だ」というお言葉。
「生きるっていうのは、満員電車でなんとか自分の席を確保するのと同じ。コツは途中下車しないこと。途中で降りさえしなければ必ずどっかで席は空くから」
この言葉を見たときは、なんだかすごくラクな気分になりました。

私にとってやなせたかし=アンパンマンという感じですが、実はアンパンマン以前に出会っていた作品が1つあります。
それが「チリンの鈴」。今でももしかしたら、アニメDVDであるかもしれません。
私はアニメじゃなくマンガで読んだのですが、こっれがも~~う!当時小学校低学年だったと思うのですが、いまだにこうして覚えているくらい印象的、というか衝撃的で。
私の価値観みたいなもんのベースを形作っている色々な中の1つに、確実になっていると思います。(以下ネタバレ)

チリンとはかわゆいふわっふわの羊の子 首につけた鈴がチリンチリンとなるので名前は「チリン」。
このチリンたちのいる羊小屋が、ある日こわーい1匹オオカミに襲撃されてしまいます。生き残ったのはチリンだけ。羊ママが血だらけになりながらおなかの下にかばったのでチリンは助かったのです。

チリンはオオカミを追いかけて「羊は弱いから殺される。ぼくはあなたのように強くなりたい」とニコニコして、一緒にいさせてくれと頼みます。
最初は「羊なんぞ。俺は1匹オオカミだ」と言っていたオオカミも、生活を共にするうち、いつしかチリンに情が移り。
チリンにはオオカミのようなキバはありませんが、かわりに2本の角があります。襲撃の経験を積むうち、これがバツグンの威力を発揮するようになるんですね。
こうして最強最愛のパートナーを得たオオカミ。2人はあちこちで動物を襲って生きていき、やがてこの周辺ではオオカミ&チリン=「恐怖」の代名詞のような存在になります。(風に乗ってどこからともなく「チリーンチリーン」と鈴が聞こえたら、動物たちにとっては襲撃の合図ですコワ~)

そうしたある夜、故郷の羊小屋を襲おうということになったオオカミ&チリン。
羊小屋の番犬を倒し、次は羊たちを・・・と思ったらなんと、チリンが角を突き立てたのは羊ではなくオオカミだったーーー
苦しい息の下から「なぜ」と問いかけるオオカミに対し、「計画通り」と告げる夜神月。じゃなくてチリン。お前に母や皆を殺された時から、ずっと復讐しようと思っていた、今までお前と行動をともにしてきたのもすべてはそのためだ。
それを聞いたオオカミは、「俺はいつかどこかで野垂れ死にすると思っていた。俺を殺してくれたのがお前でよかった」と、チリンに「感謝している」と言いながら息を引き取ります。

復讐をとげたチリンは「やったぜ!母さん見てくれたかい」と喜ぶべきところ、非常ーーーに空しく、寂しく、悲しいという想定外の思いにとらわれてしまうんですね。いつのまにか僕は、孤独を貫く彼の生き方、そしてその中にある愛情、ひいては彼そのものが好きになっていた。彼は僕のお父さんで先生で、かけがえのない友人だったんだ。
と、オオカミを殺してからそれらに気づき、孤独感にさいなまれるチリン。で、そうだ、羊たちの群れに戻ろう、そうして昔みたいに穏やかに暮らそう、と。

しかし訪れる羊小屋の先々で「うわチリンだー」「来るなーー」と、悪魔のような扱いを受けるチリン。「お前なんかと、怖くて一緒に住めるかよーー」
僕は殺された仲間たちの復讐をしたんだ、そしてもう二度と殺されないよう敵を倒したんだ、僕も危ない目にあいながら・・・なのになぜ拒絶するの?

嘆き悲しむチリンは、そこで水に映った自分を見てガクゼンとします。「オオカミ!お前まだ生きてたのか!」。
そこにいたのはふわっふわのかわゆい羊じゃなく、オオカミように燃えてつりあがった目、毛皮がすりきれて引き締まった、キズだらけの四肢、しかしオオカミとは決定的に違う、鬼のような2本のツノ。
自分がオオカミでも羊でもない、今度こそこの世にたった1匹のケモノになってしまったことを悟ったチリンは、泣きながら、いずこへともなく去っていき・・・
その後チリンの姿を見たものはなく・・・ただ時々、チリンの鈴の音だけが聞こえてきて・・・そして今日も羊のママは子羊に言います。「そんなに悪いことしてるとチリンの鈴が来ますよ」

どうですこの救いのなさ 私が見たのはやなせたかしさんのマンガ作品でしたが、とっても幻想的というか、天野喜孝的に美しくもおそろしい絵だったのが、ストーリーにさらなる迫力を与えてました(未だに覚えている、コマの絵数々)。こんな救いのないマンガを、よくまあ子供向け雑誌に載せたもんです
チリンの孤独。オオカミの孤独。昔はチリンがかわいそうでかわいそうで、オオカミが悲しくて悲しくて。今では羊小屋の一般大衆の言うこともよくわかる。なんとなく、戦後はこういうオオカミのようなチリンのような、そして羊たちのような思いが、現実としていっぱいあったんじゃないかという気がします。今も根底にはいたるところにある気もしますが、それは見えにくくなってるような。チリンの壮絶な孤独も、チリンに何かを負わせて羊たちの生活を成り立たせていることも、根底では変わらないのに。

余談ですがこのマンガは、当時サンリオがめちゃめちゃ高い志をもって出版していたマンガ雑誌「リリカ」で読みました。
この「リリカ」自体もまた素晴らしかった!手塚治虫、石森章太郎、水野英子、竹宮恵子e.t.c.e.t.c、錚々たるメンバーの作品がオールカラーで続々登場していて。ユニコ、魔法世界のジュン、伝説・・・ああこれまたいまだに覚えてるな~ 永島慎二も2ページ連載とかしてたような。「純情クレイジーフルーツ」の松苗あけみや、「ハイティーンブギ」の牧野和子なども、最初に知ったのはリリカでした。
途中からオールカラーではなくなって、紙質も悪くなって、子供心に「経営悪化?」を思わせつつやがて廃刊となりましたが、ほんとに本気で「子供にこういうマンガ雑誌を見せたい」という意気込みで作っている、という情熱を感じたものでした。「チリンの鈴」もたぶん「リリカ」だから載ったという気がします。やなせさんがこのころ、サンリオ雑誌「詩とメルヘン」の編集長だったことも一因かもしれません(「リリカ」にもよく載ってました「詩とメルヘン」

後年、チリンの鈴の作者=アンパンマンの作者と知って、いやもう驚いたもんですが(何より絵が全然違う!!!ま天野喜孝さんもえらくかわいい野菜とか描いてますけど
しかし今改めて、やなせたかしさんの言葉あれこれを思い出すと、やっぱりアンパンマンに通じるところがありますね。アンパンマン、すなわち「正義のヒーロー」を、裏から描いた作品というか。
「何が正義か、誰のための正義か」みたいな疑問を、子供のうちに「チリンの鈴」によってガツーンと与えられたのは、個人的にとってもよかったと思います。そして「正義とは、飢えた人に自分のアンパンを分けてやることだ」と、やなせさんが常に答え続けてくれたことも。

おそらく20~40歳代のママさんには「アンパンマンなら描ける」っていう人多数だと思います。子供に「描いてー描いてー」とせがまれ続けて、アンパンマンならもう見なくても描けちゃうよっていう
多くの子供たちにそれほど愛された「アンパンマン」。改めてやなせたかしさんのご冥福をお祈りいたします。

またまた余談ですが、私が一番印象に残ってる「アンパンマン」エピソードは、バイキンマンが野に咲く花を見つけて「うわおなんてキレイなお花」とウットリするところ。
へ~バイキンマンもこういう感受性を持ってるのかとちょっと感動した瞬間、「俺様こういう花を見つけると踏み潰したくなっちゃう♪」と満面の笑みでグシャグシャ踏み潰してたのが「やなせたかしおそるべし」という感じでした

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八重の桜ノベライズ4巻

今週の八重の桜は見れなかったので、かわりにというわけでもないですが「八重の桜」第4巻の感想を。

本当は買わないつもりだった「八重の桜」ノベライズ最終巻。
いや会津編(1~2巻)までは買ってたんですよ。字で読まないとわからんところが多かったし、何よりも早く続きを知りたくて知りたくてという、純粋なワクワク感があって♪

けど京都編はね。普通に面白いけど、まあそんなに買ってまで先を知りたいとかはないかな~と。
とか思ってるうちに、回を重ねるごとに「なんか違う」と、自分の中の会津編と明治編を繋ぐ糸のようなもんが、あちらこちらで途切れるような感覚に襲われることが多くなり、ついに先日「薩摩の女学生」で、最後に残ってた5本くらいの糸が一度にバッサリ切れたような感覚に

しかもツイッターとかを見ると、この先さらなる絶望が待っているようで
「会津編が好きだった人は、むしろこの先を知っておいて今からショック耐性をつけといた方がいい」
という悲劇的な声まで
ショックを受けるのがわかっていてお金を払うとか、なんという罰ゲーム。てか八重の桜がそんな罰ゲームのような代物になろうとは、1年前の今頃は思ってもみなかったな~。放映開始をただワクワクと待ちわびていたあの頃が懐かしい・・・
等々、色々遠い目になりつつも、こないだとうとうノベライズ最終巻購入;;
「この門をくぐるものは一切の望みを捨てよ」と最初のページに書かれてあるつもりで、おそるおそる読み始めたら・・・
(以下ネタバレ多々ですのでご注意!)

意外や意外!面白かったんですよ!!

というのもこれからは、「いよいよ本格的体制作りが始動する中央政府」「槇村vs.覚馬を軸にした京都府議会=地方自治」「同志社を大学にするための資金繰り等=大学の自治」と、この3本柱がどことなく相似形を描きあい、絡み合いながら1つの物語を構築していくわけです。
(そういえば「自由自治元年」の旗をおっ立てて突き進んだ「獅子の時代」の秩父事件も、このころですね)
自由民権運動、国会開設、条約改正、徴兵制度、教育勅語、そして想像以上にページを割いて描かれていた日清戦争e.t.c...と中央視点の歴史の流れが描かれる一方、その中央の事情をモロにかぶる地方自治体の様子を、まるで昨今の政局争いの縮図のような槇村と覚馬でもって描き、その合間に東大・早稲田・慶応などの大学や創設者や学生たち、政府関係者など、新時代の価値観の担い手諸々が続々お目見えしてきたりすると、色んな人が入り乱れ、いつしか大きな流れになっていったあの会津編の緊張感を再び思い出すと同時に、「ああ明治だなあ」という、時代に対する感慨深さも沸き起こり。

この緊張感、時代に対する感慨深さ、これぞ大河の醍醐味!

会津編ファンとしては、その後の会津人たちがサヨナラ公演として、ひととおり顔見世興行してくれるのもうれしいですね♪
殿、照姫、頼母、秋月、広沢、斉藤、時尾、ユキ、二葉、うらe.t.c.e.t.c....
気分は「いよっ!待ってました!」と大向こうから声をかける観客です まさかの徳造&お吉まで!うれし~~ 亡き梶原平馬のかわりに出てきたテイさんにいたっては、果たして何人が覚えているのだろうか?(てっきり覚馬&うらに次ぐ泥沼展開になるかと思いきや、通行人として1回出たきりでしたね

中でもひときわ声援を送りたくなるのが、浩&健次郎の山川兄弟。ノベライズ最終巻で、会津編ファンの思いを一身に背負う役割がこの2人に。
てかさ~~~、本当はこれ、八重ちゃんがやるはずの役回りよね なんたって「あなたは、会津そのものだから~!」なんだからさ。
それが今や、八重に向かってそう叫んだ浩が会津そのものになってるという;;かわいそうでしょ浩が!報われなさすぎて←と言いつつなぜか笑ってしまうのはキャラのせいか

浩はともかく(←ヒドイ)、史実の八重さんもこれじゃちょっと報われなくありませんか?
実際は、遠い京都で様々な偏見にあいつつも、プライドを持って「生涯一会津女」を貫いたであろう人だったのに。。。まるで真逆に描かれている感じがします。おかげで「新時代になったら早々に会津を捨てて、京都で新生活を謳歌した人」という従来イメージの固定化にすらつながっちゃってる感じ。加えて従来イメージ「悪妻」というのも、キャラに深みや説得力がなかったせいで、まんまになってる感じ;;
たぶん製作側は、八重さんを悪者にしないようにとか、「善意の配慮」でそういうキャラに「改良」したつもりなのかもしれません。けどそれって裏返せば「史実の八重さんの良い面が汲み取れず、従来どおりのイメージを従来どおりに受け取っていた」ということに他ならないわけで。それじゃあ「改良」した結果、逆に従来の「悪妻イメージ」補強に一役買っちゃってるように見えるのも論理的帰結、むべなるかなよね。
史実に嘘ついて良さげにするのと、「なんでこれが悪妻なのよ!いい奥さんじゃん」と史実を別な面から見て擁護するのとじゃ、話は全然違います。前者は美化と言いますが、後者は史観の違いです。で私は後者で描くとばかり思ってたんですよね、八重ちゃんを(だってそういう新解釈がなかったら、なんでわざわざドラマ化する必要が?)
けどこの大河は、特に京都編は、そうじゃなかった。。。

そう、面白かったと言っても京都編での、主に八重ちゃん周りに対する違和感は、ここでも変わりません;;
特に43話なんか「吉本新喜劇か?」と いやほんと、あれ読んだ瞬間盛大にコケてそのまま坂道でローリングストーン化するくらいのオチ具合でしたよ私の中では。その直前が吉本新喜劇どころか、浩渾身のぶつかり合いの場面、あの(私にとってのみ神回だった)西南戦争での魂の叫びに匹敵する場面だったので、余計に「八重ちゃんあんたは出てこなくてヨシ」感が
それだけならまだしも、そんなんで一丁上がり的に和解するとか、安ううう。このやっすいドラマ形式はどうにかならんもんか。そもそもどうして「会津の怒り」とか「悔しさ」みたいなそういうもんを、ことごとく安くお手軽に扱うのか?(「薩摩の女学生」とかさ~~;;) そういうのを大きく昇華させるために「生涯一会津女」だった八重さんを主人公にして、会津編をあんだけ描いたんだと思ってたのに ついでにここでも魂の叫びを八重によって無にされる浩あわれ(ってついで呼ばわり

ほんとだったら「あなたは会津そのものだから」の八重さんが、「会津の怒り」や「悔しさ」みたいなものをしっかり表現して、そのかわりに「いやそうは言ってもね」ってブレる対比キャラを浩あたりにお願いすればいいんですよね。浩は脇キャラだし中央政府にも食い込んでる立場なんだから、そういう相対化にはうってつけのはず。今はなぜか主役の八重ちゃんがブレちゃって、脇役の浩が会津そのものになってるけど。
主役の行動を見て、視聴者が脇キャラとともにあれこれ批判なりブレるなりするのはスタンダードです。だいたいキャラの立った主役っていうのは、視聴者の夢や希望を体現する存在である一方、それだけキャラへの反発も強まるわけだから、たいてい脇に1人や2人「俺は主役にはなれねえ」という影の存在、視聴者の現実やら反発やらを背負う役割のがいるもんです。って知ったのは「サルでも描けるまんが教室」でしたけど カッコいい番長の横には「おやび~ん」という情けない子分が、宮本武蔵の横には又八が、モーツァルトの横にはサリエリが、といった具合に、視聴者を納得させるための「影の主役」が。
でもね~、主役がブレちゃダメでしょうと。主役がブレたら同時にそれまで構築してきた世界観もブレちゃいませんか?それとももしやこれが本来の目的だった??あの長い長ーい会津編は、次の朝寝坊するうっかり官兵衛のドジっぷりを際立たせるため、後で嗤うための、殿との長ーい感激飲酒シーンと同じ意味だったってことかしら?(ヤバイ冗談のつもりで言ってたら腹立ってきたぞ

といった違和感は色々あるのですが、ただ最終巻は、ホームドラマ形式の比重が大きかったこれまでと違って、時代のうねりというか、「より大きな感じ」が加わったので、その点ちょっと会津編の感触に戻ったかなと。ジョーの死去という重大事件もありますしね。いやあ最終巻でのジョーを見てたら「今いっぱい大学があって自由に学べる私たちの幸せは、こういう人たちのおかげなんだな」とか素直に。

徳富君もすっかり欠かせないキャラになって。いや徳富兄弟か。そうそう最終巻では、山本家も色々すごいことになってきますね。無理にドラマを作らなくてもドラマ性あるエピソード山盛りなので、純粋にドラマとして面白そうです。徳富蘇峰も、わりとジャーナリズムの功罪とか、「人心の流れ」とか、現代とも直結するところがあって、色々物を思わせられます。

と、あれこれ言ってきましたけど、最終巻では総まとめとして
「会津はどうすればよかったのか」すなわち「この世から戦争はどうすればなくなるのか」
という問いかけがどーんと出てきます。そして問いかけたまま終わっていくという。
言ってみれば今回の大河ドラマは、主人公に感情移入させてその世界を疑似体験させるという、主観一人称小説、すなわちアトラクションとしてのドラマではなく、「会津藩」をまな板に乗せて、解剖し内臓を並べて色々解説した結果「さてあなたはこの問題についてどう思いましたか?200字以内で答えなさい」といった、客観的・論述テスト的ドラマなのかもしれませんね。
そういう客観的(=他人事)なドラマっていうのは、個人的な嗜好としては決して嫌いじゃないです。むしろ好きです。あれこれ分析して、ちょっと思考の幅が広がったような気になれるから。その意味では「八重の桜」興味深い大河ドラマであることは確かです。地元の1人としては「舞台の上だと喜んでたら、実はまな板の上だったとは」という一抹の寂寥感はぬぐえないものの。

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八重の桜第40話

先週、自分の中のウヨサヨ戦争が勃発してしまって、どう受け止めていいかわからなかった八重の土下座問題
どう受け止めていいかわからないと、自然、そのことについて折に触れ悶々と考える=戦争継続することとなり。
で悶々と1週間たった今では、7:3の割合で「あれはやっぱしおかしいでしょう」というウヨが優勢になってきてます(困ったもんだ) 

こういうわけわからん状態の時に、別のものに置き換えて考えてみるっていうのはポピュラーな理解方法だと思います。
で私も考えました、こんな例えで。
「日中戦争で死んだ中国人兵士の家族が、相手の日本兵に「お前のせいで死んだ」と言う」
これは・・・アリかな。うんアリだ。
「沖縄戦で死んだアメリカ人兵士の家族が、相手の日本兵(というか地元の防衛隊)に「お前のせいで死んだ」と言う」
ナイナイナイナイナイわーーこれはない!!!

「これのどこがウヨだ」「サヨ以外の何物でもない」と人によってはお怒りかもしれませんが、こう思ってしまうんだから仕方がない
それはさておき、上記2例で反応が違うポイントは私の場合、相手の国籍によるものではなく、アウェイかホームかってことによります。
すごくざっくり言うと日中戦争は日本が侵略側、沖縄戦はアメリカが侵略側。侵略した側は「招かれざる客」以外の何者でもなく、さらに侵略した側で死ぬのは殺し殺される役目を持った兵士だけですけど、侵略された側は自分の町が戦場です。田畑も一般人もおかまいなし。
そうやって勝手に来て町を破壊した挙句「お前のせいで死んだ」とか言ってる奴がいたら、どこのジャイアンかって話ですよ。正当防衛じゃないのこれ?盗人猛々しいとはこのことだ~~~

やっぱ日本vs.米中だと色々アレかな? 中国はその後勝って満州引き上げとかまた色々あったしね~;;
じゃあまったくの他人事ってことで、アメリカvs.イラクとかはどうでしょ?アメリカ側の理由がなんだったのか、イマイチ私にはわからないままですが、とりあえずあんだけ強引なやり方で戦争を仕掛けてイラクに乗り込んでったアメリカ兵の家族が、自分の国を守ろうとした元イラク兵に向かって「お前のせいで死んだ」・・・いやいやいややっぱしありえないでしょーーー
もしそんなこと言うのだとしたら、それはまったく「勝者による敗者いじめ」、あるいは「思いっきり相手国を見下してる」としか思えません。「「正義」のためにやむなく殺した」とかじゃなく、「侵略されて当然、殺されて当然な奴らなのに、なんでそいつらに逆に殺されなきゃなんないんだ」と思ってるからそう言えるんだという。
そこで「ああなるほど」と思ったのが、「会津は賊軍と教えられたんじゃないのか?」という八重の言葉にうなずくリッちゃん。ドラマ見てた時は「そりゃそうだろな」と思ってほとんどスルーだったけど、なるほどこれが重要だったんだな 西郷どんや岩倉たちのようなカッコつきの「正義」じゃなく、「絶対正義」だと心底信じることができれば、こういう思考回路になるんだなと。
(加えてリッちゃんの場合は、女に殺されたという「不名誉」から脱するために、人一倍それが強くなっちゃったのかもしれませんが)

ここまでぐるぐる考えて、やっと土下座も飲み込めるという ていうか考えてみると、土下座というリアクションよりも、そういう恨みを持つリッちゃんの方に、上記のように「おかしいやろ!!!」と納得いってなかった感じ。
しかし「ああリッちゃんは「侵略側の独善性」を体現してるんだな」と勝手な理解をして納得いった今は(たぶん製作者側は「戦争はどっちもどっち」的な意図で描いたんでしょうが まあ確かにどっちもどっちな面もあるんでしょうけど、アウェイかホームかで戦争に対する概念も随分違う気がするな~)、リアクションは土下座でも何でもいいです。例えばそこで最大級の謝罪をするイラク兵がいたら「できた人だな」と思うし、逆に「お前らが来なきゃ俺の家族も殺されなかったんだよ」と言い返したら「そうだよなあ」と思うし、アメリカ兵家族の痛みと自分たちの痛み、ともに大事にしたいからノーリアクションだったら、とってもその気持ちはわかる気がします。できれば八重ちゃんもその場はノーリアクションで、看護して心が通じ合った結果として詫びてほしかったけど。

長々どうでもいい、終わったことを書いて、しかしちょっとスッキリした「八重の桜」
しかし今週の八重の桜は・・・すみません、自分の中にあった会津編から持ち越されていた糸が、先週でぷっつり切れた感があるせいか(堪忍袋の緒ではありません。あくまでも緊張の糸とか、連続感とかそういうもの)、どうにもドラマに感情移入できず。ドラマって、積極的に感情移入しに行かないと楽しく見れないんですね;;

興味深かったところはいくつかあって、まず最初の頃の府議会。ええ~~~立候補してないのに当選!?けっこうヤじゃないですかそれ??こういう、今ならええっ!?と思うような試行錯誤あれこれが蓄積された結果が、現代なんだな~と改めて。
子供の頃ベルばらで、ロベスピエールや黒い騎士が「三部会!三部会!」と3つの身分が一堂に会する「議会」設立に必死になっていたのを「それってそんなに重要なことなの?」と思い、また一方アントワネットが「国王様の権限を奪おうとするなんて、ほとんど反逆罪!」とばかりに三部会に反対してるのを「なんで三部会ごときが「王家への反逆」になるの?」と思い、いずれにせよそんなに「議会」ってもんが重大なのかと不思議だったのですが、今はもちろんわかります。「選挙で選ばれた民意の代表者による議会で物事を決める」って、輝かしき民主主義の第1歩で、贅沢し放題の国王とかいらなくなりますもんね
しかしそんなベルばらや今回のドラマみたいに「民意だ議会だ新しい夜明けだ」みたいな受け止め方一辺倒も、今ではもはやできないな~と。その裏にある「選挙や民主主義の危うさ」みたいなもんも、その後の歴史の蓄積でわかっちゃってますからね~。
例えば日本があの負け戦に突き進んでいったのは昭和初期、それまでの、納税額による制限選挙が撤廃されて、25歳以上の男子による普通選挙が実施されたことも一因だと聞いたことがあります、風の噂に これにより有権者が急に、しかもどえらく増えて、徳富君の言ってた「世論」が、いよいよバカにできない力を持ち始めたんですよね。ましてやその「世論」が、折りしも不景気やら外圧やらでルサンチマンがたまりまくっていて「彼我の違いとかよくわかんないけど、いっそ戦争でも起こって世の中ひっくり返っちまえばいいんだ」とかだったら・・・(ていうか徳富君もその世論を煽ってた方だけど) 
いや別に覚馬やロベスピエールたちが「選挙!議会!未来は輝いてる!」的な受け止め方するのはいいんです。「管見」=「未知なものへの夢」な時代で、試行錯誤の時代なんですから。現代人としては「ああこのころはまぶしかったんだな」と思うと同時に、せっかくこの時代に得た大事な道具なんだから、注意して使わないと、と改めて思うばかりです。(それにしてもあんつぁまって人望あったのね~)

寺島とジョーも、なんだかウヨサヨみたいだな~と。どちらも「日本の未来を思えばこそ」で、ただ手段というか視点が違うだけなんですよね(八重の桜は、こういう対立が繰り返し描かれてるな~)。
しかしジョーの板ばさみぶりは気の毒;;確か死ぬのも金策で駆けずり回ってた時だったし、心臓悪化もきっとこの板ばさみ具合と無縁ではなかったでしょうね。
しかしそんなふうに、存続さえ危うかった一私学が、今や西日本を代表する大学の1つなんですから、やっぱり立派な先生だったんでしょうねジョーは。「死せるジョー、生ける卒業生たちを走らす」みたいな。

今回は熊本バンドも卒業しましたね。
余談ですが、「八重の桜」展で、同窓生が八重に宛てた手紙がありました。生徒たちの名前をよく知らないので第何期生かはわかりませんでしたが、手紙いわく「ジョー先生を偲ぶ会で集まりましたが、この記念に、全員一致で八重夫人に手紙を書こうということになり」(うろ覚え)。
先生の死後、生徒たちが偲んで集まるというのはまあそれほど珍しくないのかもしれません(でも「すごく慕われてたんだな~」とは思います)。けどその席上で「先生の奥さんに手紙を書こう」って、しかも全会一致でって空気になるのは、そうそうないんじゃないかな~と。家に招き、クッキーを焼き、服を作りと、肝っ玉母さんのように生徒たちの面倒を見て、ジョー先生同様に慕われていた八重さんの姿が伺えるような

なのにドラマの八重ちゃんは、やっぱり糸が切れちゃったせいか、ど~~も感情移入できないんですよね;;アリス先生への「お言葉が過ぎるのでは」とか、なんであんな不快な言い方するのかしらん?「常にジョーをかばう気持ちがある」&「物事をはっきり言う」というキャラ設定から導き出される表現が「ケンカ腰」って、いやそりゃ違うでしょ~~~ もうちょっと穏やかに言っても、キャラ設定は崩れないと思いますよ~~。こないだの「いきなりなぎなた」もそうだけど、表現方法が「なんか違う」、っていうか、ぶっちゃけ「浅はか」キャラに見えちゃいます八重ちゃんが;;

今回のサブタイトル「妻のはったり」も、はっきり言ってよくわかりませんでした このエピソードを入れることで製作側は何を言いたいのか?みたいなとこが(別にはったりかまさなくてもジョーをかばうセリフはいくらでもあるだろし)
サブタイにするくらいだから(製作側には)きっと重要なことなんでしょうけど、意図も重要度も必然性もまったくわからんかったです 単に「やっぱり八重さんは私に勇気をくれる」ってセリフを言いたかった?まさか「自責の杖も、八重ちゃんのはったりがあったからできたことだ」とか??だとしたら、尚さんの「会津戦記」を思い出してなんだかな~です。何でそんなよくわからん創作エピを、わざわざ史実にくっつける必要があるのか?史実だけで充分納得いくと思うんだけど、と。

とはいえ「自責の杖」は、やっぱし信仰のない現代人なんで、納得というより「ジョーってすごいな~」とポカーンと口開けて見てた感じですけど いやでも当時の学生もそうだったんじゃないかな~。「結果的に「あてつけ」というんじゃなかろうかこういうのは」とか思っちゃいました
もうちょっとジョー寄りに、例えば「これでもう同志社は終わりだ」くらいの絶望感があったとか、そういうジョーの内面を描けば、あれくらいやっちゃうかな~とうっすら納得しなくもなかったんじゃ・・・と思います。妻のハッタリがあったおかげだとか、創作エピソードを理由にしてさらに不可解にするよりはさ~

そうそう徳富君への贈る言葉「思い上がんなよ」(意訳
これはいかにも教育者っぽい感じがしてよかったですね~。一人ひとりの個性をちゃんと見て、ついつい教育的指導をしてしまうという。生徒がオヤジになっても、先生がヨボヨボになっても、こういう姿をみると、やっぱり先生は先生だなあという感じがしちゃいますね~。

というわけで、文句ばっか言ってすみませんの第40回でしたm()m
あと10回か、早いなあ。

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2年ぶりのアクアマリン♪

いいお天気だった先週末
急遽みんなでどっか行くか?ってことになり、KK&U「マリンピア!マリンピア!」
ええ~マリンピア、新潟じゃん遠いよ~。あっそうだ久しぶりにアクアマリンはどうよ?
と言ってから「新潟よりも遠いんじゃ?」と気づくママですがKK&Uは既に「アクアマリン!!!」と目がハート。
というわけで、アクアマリン福島に行ってきました♪
パパはお初、ママKKUは2年ぶり。そうちょうど、あの震災5ヵ月後以来です。
あの時はアクアマリンはもちろん、周辺もきれいに整備されていて、ぱっと見津波が来たなんて感じさせない景色でしたが(たった5ヶ月で)、それでも小名浜港には船が積みあがってたり、信号機がオール止まってたりと、そこここに少しずつ跡が。
それらがどれくらい消えたのかも、ちょっと見てみたいなと。

会津からいわきは、遠いです
特に郡山JCTからは、IC間が妙~~に長い気がして。
救いは2車線あることですね。ほぼ同じ時間かかる会津~新潟間は、基本1車線の磐越道なので、それに比べるとストレスフリー♪
小野ICで「阿武隈洞」の表示なんかを見て「あっここ、昔俺が行きたかったところだ!」とパパが盛り上がったり(後にアクアマリンでひそかに阿武隈洞のパンフ&割引券をゲットしてた)、「南相馬・双葉↑」の看板を見ては、「先生元気かな」とKKと小学校時代の担任だった先生を思い出したり。
その先生は、ものっすごく個々の生徒に対して真剣な方で、気力体力時間のほとんどを生徒に捧げてるんじゃないかと思うくらい(生徒たちにGTOと呼ばれていたことからもその片鱗がうかがえます)。
双葉町から会津に避難していて、会津の小学校に勤務していらっしゃったのですが、被災のあれこれ、元の小学校との連絡あれこれ等、おそらく膨大なことを抱えつつも会津の小学校ではGTOを貫き、しかも大家族全員で住める借り上げor仮設住宅が若松市内にないことから、広~い会津地方の一画から毎朝2時間かけて、冬は車の中で日の出を見ながら、通勤してらっしゃるという;;親はほんとに、頭が下がるばかりです。

と走っていくうちに、いわき湯本IC到着♪
ここから、ヤシの木が並ぶ通りを、一路小名浜へ
ここら辺に来ると、遠景に山ってもんがまったくないことに、「あれっ?」と軽くカルチャーショックです うちの方は、四方どこを見ても必ず山影があるので、無意識に目がその景色を覚えてるんですよね

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さて会津若松から約2時間。
到着したアクアマリン周辺は、きれ~~~~いでした~~~
倉庫前に積みあがった船も、壊れた信号機も、なんもナシ!
「なぜいわきにシャア・アズナブル関連施設が?」と、当時は復興前で、地図の名前だけ見て不思議がってた「ら・ら・ミュウ」も、看板がどーんと!(ガンダム施設じゃなくお土産屋さんらしいと後日知り
アクアマリン横の港には、海上保安庁の真っ白い船が停泊してたり、こじゃれたレストランがあったりして、なんだか素敵な雰囲気
大水槽のガラスが割れるほどの濁流がここに押し寄せたなんて、とっても信じられないような景色です。

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あ、これは残すことにしたんですね。
津波の高さ威力を伝える、ぐにゃっと曲がった看板。。。

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しかし今日は、ガレキの向こうにいっぱい観光バスが並んでます♪
そういえば2年前に来た時も、県外ナンバーの車がいっぱい停まってたな~

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入り口までは、子供たちが描いた大漁旗がずら~~~りと!!
今日の青空とあいまって、壮観でした♪

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まずは生きてるものを含む、化石コーナー
最初のこの部屋に入っただけで「もはやマリンピア新潟を超えている」と思わされるのは相変わらずです

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シーラカンスに力を入れてる水族館なので、シーラカンス化石も色々。

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生きた化石・カブトガニも泳いでます。
これがまた小学生男子のようにハツラツと泳いでいて、なんだか笑ってしまう
(なんか水の底で長老のようにじーっとしてそうじゃないですか「生きた化石」とかって

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エスカレーター脇に、唐突に展示されてる頭蓋骨を眺めながら上階へ

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上階は福島県の川コーナー。
「準絶滅危惧種」という赤字が多いな~
皆で「準絶滅危惧種の魚はどれだ!?」と探しあいます

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スタッフさんが餌をやっていました。
大きいスポイトで、赤い汁をジャッと。
と思ったらこれは「あかむし」という、蚊の幼虫なんだそうですウゲゲゲ大量の幼虫見てしまった;;(虫ニガテ

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大水槽を上から見るコーナーも。
このイワシの群舞は、どんだけ見てても見飽きませんね~

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見飽きないといえばこちらも!
「水鳥」の一種だそうですが、空を飛んでるかのように水中を泳ぐのが、まるで眼球が騙されているような感覚
(しかもツバメのようなスピードで、下はやっとブレずに撮れた貴重な1枚

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ここからは屋内へ。
ここもまたまた「マリンピアを超えている」と感心するエリアです とにかく立派でピカピカで。
驚くべきことは、震災5ヶ月後で既に、今と変わらぬピカピカ具合だったことです 復興にかけた尽力が伝わってくるような。

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先ほど見た、泳ぐ鳥・エトピリカが日本で絶滅しそうという展示などの他、小名浜の水も
めっちゃ冷たくて「秋だなあ」と。

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小名浜の放射線量、2年前は数値が出てた(けど低かった)記憶がありますが、今は全部「検出せず」です
「汚染水問題」とか最近オリンピックがらみで耳にしましたけど、これ見たら「「漏れてる」つっても事故当初のあの状況に比べたら「漏れ」のレベルがもう全然違うんだな」との思い新た。
放射能についての展示も新設されてました。

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相変わらず、見分け方がわからない北極vs.南極
説明を聞いたときは「なるほど!」と思うんだけど、忘れちゃうのよね~

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次は亜熱帯コーナー。
福島の川コーナーもそうですけど、外光を採り入れ植物を配置するという、一つの世界を作り上げて見せ方にこだわってるのがマリンピアと違ってすごいなあと。

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キレ~イなランプ各種も飾られてました
いろんな色のガラスや貝を貼り付けてあるんですけど、全部ここらの海から調達したものなんだそう

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大水槽では、カツオのアート作品の向こうに、水槽の掃除人発見!
この水槽、2年前に来たときは単なる「水槽が左右に分かれてトンネル状になってるデザイン」と思ってたんですが、単なるデザインじゃなく「親潮と黒潮がぶつかりあってるさま」を現してたんですね~!(超いまさら
いつだったかTVで西田敏行さんが「福島の海はね、親潮と黒潮がぶつかる最高の漁場なんですよ。だから福島の魚はうまい。そういう誇りを持って皆さん漁をしていたんです」と言っているのを、かたわらで浜通りから避難中の猟師さんがうんうん頷いているシーンを見て、ああアクアマリンの水槽ってこれだったのか、と。

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今日はうちらが行くのが遅かったので閉店してましたけど、大水槽を見ながら食べられるおすし屋さんなんていうシャレたお店も発見(前もあったかな~??)

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おいしいお魚が続きます 次はサンマ♪

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ってボケボケ写真ですみませんがm()m 水槽でサンマを飼育するのはかなりの難易度らしく、水族館で見れるのは貴重だそう。
この時はちょうどエサの時間で、いっせいにとぐろを巻く(?)サンマの大群は壮観でした!

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巨大ミズダコも歩き回ってました
このどよ~んとした動きを見てると、欧米人がタコを気持ち悪がるのが皮膚感覚でわかる気も

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こちらも新設コーナー。アクアマリンと「友好館提携」を結んでいる各地の施設をパネルで紹介しています。
てことはもしやアレも・・・おおあった!!

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さっきから何度かマリンピアdisってたかもですがこれはいわば「故郷への甘え」で単純なアゲサゲポイント関係なく、マリンピアは好きな水族館です。だって故郷新潟の水族館ですもの
福島の人にとってのアクアマリンも、きっとそういう存在なんでしょうね
その水族館同士が友好関係なのは、やっぱしうれしいです

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マリンピアについての説明ではなく、「アクアマリンに助けてもらったこと」を列挙しているのが、新潟出身者としてはまた「いいぞマリンピア」と
いやほんとに、あの「開館時間中に大水槽の魚全滅」は、県民衝撃のニュースでしたね~

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向かいのタッチプールでもひとしきり。
お願いだからママにナマコをつかませようとするのはやめて
(ヒトデとかなら平気なんだけど・・・なんでナマコってあんなにブキミなの

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蛇の目ビーチへの通路壁面は、子供たちが作った海産物貼り絵でいっぱい♪
「これは明らかに間違ってる」とか「同じ名前発見!」とか言いながらビーチへ向かいます。

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今日は午前中、KKの部活が終わってから来たので、目玉の「釣って食べるコーナー」も終了、ビーチもそろそろ後片付けという時間でしたがそれでもひとしきり水遊び。
さすがに秋の夕風が寒いくらいだったので、こないだ来た時みたいに「服を着たまま水没」という事態にはならず、ほっとしました

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最後にシーラカンスコーナー。

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お土産屋さんとは別に、ここにも各種おみやげがあるんですね~♪
(ってせっかくシーラカンスに力を入れてる水族館なのにパネルとか見ちゃいない
KKはアクアマリンシャーペン、Uはシーラカンスストラップを。

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ママ向けにはこんなお土産も
てかシーラカンス調査に行ったついでにこんなんゲットしてしかも売ろうとは、なんて柔軟な発想

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金魚はなぜかじっくり観察して

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ここはほんとにいい感じのスペースですね~♪ 木目で、光もたっぷり入って、キレイで。
水族館というより、カフェとか劇場みたいな雰囲気。

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出てくると、早くも夕暮れ!

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ついでに隣で夕飯食べてこうと、「小名浜美食ホテル」へ。
ちなみに隣にはアクアマリン2号館・うおのぞき(という子供が楽しめる施設)もあるんですが、もちろん閉園時間

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ステキなレストランみたいな外装を一歩入ると、中は不思議なお土産屋さん。
駄菓子屋さん&昭和のコインゲームやインベーダーゲーム(KK&Uがここで大ハマリ)があったり、オシャレな生活雑貨を売ってたり。
食品土産はここ「小名浜美食ホテル」土産以外にも、北海道・沖縄・イタリアe.t.c.各地のお土産も。
あっ八重の桜グッズもあったー

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レストランは2階に、イタリア料理とお寿司ダイニングがあります。
どちらもおいしそうな魚介類たっぷりで、ん~迷う~♪
多数決では「やっぱ寿司」、U1人が「ハンバーグ=洋食」だったのですが、お寿司屋さんにあった「いわき名物・カジキメンチ」で手を打つことに

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お店はこんな感じで、いい雰囲気♪
アクアマリンもそうですけど、どこもかしこもピカピカなのがいいですね それだけ復興してから時が浅いということでもありますが。
さっそくいわき名物カジキメンチ、そして忘れちゃいけないメヒカリをば♪

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メンチでかっ!!
そして揚げたて熱々で、おいし~~~!!!
カジキなのに全然魚くさくないのが不思議。というか肉のメンチカツよりあっさりしていて、なのにちゃんとメンチの味がするのが不思議 これは肉メンチより好きになる人多いかも
メヒカリも初めて食べたんですけど、これまた不思議な魚ですね~ 唐揚げで食べたんですが、頭から丸々食べても苦味やクセが一切ナシ!かつ白身であっさり風味なのに、脂が乗っててコクがある ワカサギとかよりボリュームもあって、なるほどこれはおいしいお魚だわ~~~♪

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と、食べてるうちに続々来ました。パパのは写ってないけど海鮮天丼(あなごが特にうまい)、Uはお子様セット、KKはなんと寿司&そば&天ぷらの超ゴージャスディナーしかも全部食べて「まだ寿司1貫くらい入る」と言っていたのには驚きだ~~!いよいよ食べ盛り突入か
(ってママにシーラカンス寿司を食わせるなU~
メインはもちろん、小鉢のひじきもおいしかったです♪海産物で揃えてあるのも港のレストランぽくていいですね

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久々の家族総出で「やっぱりたまにこうして出かけると楽しいね♪」などというKKのセリフに「だね~♪」と相槌打ちつつ、おいしいお魚たらふく食べて、満腹になって車へ。
「これはシーラカンスなのか?メヒカリなのか?」と、ライトアップされた夜のアクアマリンを眺めながら、帰って来ました~

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