八重の桜・第17話

八重の桜・第17話の感想です。
サブタイトル「暗雲迫る」・・・じゃなくて「長崎からのプレゼント」。
ついでに次週・第18話のサブタイも「倒幕のたくらみ」から「尚之助との旅」に変更になったようですね。
「いやこれからどんどん暗い話になってくわけじゃありませんよっ 明るい話盛りだくさんですから見てねっ
というNHKの必死の叫びが聞こえるような しかし内容はモロ「暗雲せまる」「倒幕のたくらみ」なんですけど

さてまずは京都パート。
「今日まで無事に守護職を務めることができたのも、帝がおわせばこそ」
という存在の帝が
「お別れするのは寂しいけど、会津に帰れるよう尽力する」
と約束してくれた帝がお亡くなりになり、さっそく容保公&会津藩に迫ってきたのは、慶喜の姿をした暗雲
「都を放り出すのか」「今の状況を見ろ」そして殺し文句「先帝への不忠だぞ」
うわ~~~ん殿~~ こんなに一生懸命「ご容赦を」って言ってたのに、家臣団もガバッと頭を下げて頼んだのに、ダメでしたか~~
ほんとに京都守護職、引き受ける時も再三断ったし、引き受けてからもこうして幾度も帰郷を願ったのよね
それでも、やるからには・・・と一心に頑張り尽くし、そのすべてが裏目に出て、ついには朝敵になってしまう。ほんと理不尽だわ。

うーむこの慶喜の弟じゃあ、オニカンが新・主君のことを「どうにも信用できぬ」とネガティブに見てしまうのも、無理はないかな~ 喜徳公に罪はまったくないんだけど。そしてそれはオニカン初め、会津藩の人たちみんなわかってることではあるけど。しかし義父・容保もベリーバッドなタイミングで養子に来てしまったと同情するけど、喜徳公はそれ以上ですね~~
この方は鳥羽伏見後、謹慎・隠居した容保公の後を継いで「最後の会津藩主」(だったんですよね 容保公だと思ってました!)となった方。しかも当初は「兄の方を養子に望まれていた」とか「後に容保公の実子ができちゃって、斗南藩の藩主となったのもそちら」とか、なんだか切ないエピソード満載の方 さらには私とか、この人のことまったく知らなかったし 戊辰戦争中も後も、容保公とともに命運をともにして、おそらく苦労テンコモリだったろうにね~
毎年秋分の日(というか会津藩降伏の日でしょうか)に行われる一大歴史絵巻・会津藩公行列で、私は初めてこの人のことを知ったのですが、激動の歴史の波をモロにかぶりながら、歴史の影にすっかり隠れちゃってるようなこの人のことを、藩公行列では「若殿」ときっちりピンでスポットを当てていて、「優しいな」と感じました。てか最後の会津藩主ですしね一応(ちなみに若殿は、その年の当番校である中学生が扮します)

一方、長崎パートでは、ついに覚馬が失明宣告
しかも1年や2年より「もっと早いでしょう」。こわいよ~~~
今なら手術であっさり治っちゃうのにね。医学書の図書館を見て
「ここは夢のようなとこだ。病院があり試験所があり異国の本がある。世界中の知恵が積みあがってる」
と言うシーンが、とっても印象深かったのですが、今は夢のようなとこが当たり前ですもんね。私は明治維新のやり方が気に食わないというか、戊辰戦争とか必要だったか?と思わずにいられませんが、しかし明治維新の恩恵は確実に受けてるな~と、こういうシーンを見ると再確認させられます。
レーマンのもと、純粋な好奇心100%という感じで、目を輝かせて異文化を吸収したり、出立ギリギリまで仲間たちと、その世界中の知恵を、夢を、できる限り学び取ろうとする覚馬たちの姿も、感慨深いものがありましたね~。こういうふうにイキイキと学ぶことが、望めば比較的かなえられる現代は、やっぱり恵まれているな~と(しかし月代がないと、一気に若返って見えますね)。

ともあれ、失明宣告を受けてただでさえ心は暗雲なあんつぁまなのに、グラバー廷には、肩を並べて出入りする薩長藩士の姿。暗雲~~
グラバーをあきらめて訪れたレーマンでは、型落ち商品を「オススメですよ♪」と、いつの時代も変わらぬ商魂を発揮され、なんだかんだでキレてしまうあんつぁま。心に余裕がなくなると視野が狭くなり、ついリアクションもきつくなっちゃうんですよね。自分でも多少わかってはいてもどうにもならず、ますますドツボという負の連鎖。
それを救うのがぽっぺん幼女というのは、個人的にはいかにもドラマ臭くてなんだかなですが(KKにまで「わざとらしい」と言われていたけど)ま、まあいいや。これで会津の暗雲が少しでも晴れるなら(結局戊辰戦争には間に合わなかったけど)
しかし間に合わなかったけど、覚馬と信頼関係を築き、その信頼に応えるため禁を犯して神戸にまで来た、レーマンと覚馬の友情物語はやっぱしよかったです。今回唯一暗雲から光が射したエピソードでしたね ほんと個人同士なら、こうして国や文化の違いを超えて友情を結ぶこともできるのに。いや国同士でもトモダチ作戦とかあったけどなぜか国同士で「友情」を言い出すと途端に「方便」っぽくなってしまうとゆう

この「長崎からのプレゼント」は、ワンシーズンの時差をもって、会津に到着♪うーむ確かにこれじゃ、海外から武器調達(しかも大量)なんて、相当時間がかかるな~
覚馬さん、この時帰ってれば、山本家の運命も大きく変わったのかな~と思わせますが、それはさておき いよいよスペンサー銃が八重の手に!!
スペンサー銃って結局、会津藩で持ってたのは八重だけだったのかしら?ともあれ今まで散々「先込めはダメ」とか「螺旋がついた!」とか一口メモを挟んでくれたおかげで、この時代に七連発がどんだけすごいかっていうのが、よくわかった気がします。

ところでこの「八重の桜」、やたら会津や京都に話がとびとびで、1つのパートをじっくり描かないんだな~、「淡々としていて感情移入できない」という声はそこら辺も原因じゃないかと思うんだけど、なんであえてブツ切りにするんだろう?とかねがね思ってたんですが、これは時差があるからなんですね!(とようやく気づく
「「今回は会津メイン、次回は京都メイン」というように、1つの場所の話をある程度集中的に」とか「あるテーマについて、京都や会津の視点を同時に両論併記して比べさせ」という描き方じゃなく、あくまでも時系列で、いわば「春には京都や会津でこんなことが。夏には江戸や京都でこんなことが」と、時間の流れに沿ってフラットに描いているので、視聴者的には例えば「春に京都で問題提起されたことが、夏の会津のほのぼのエピソードを見て忘れかけた後、秋の京都で形になり」とか、「秋に京都で形になったことを、冬の会津で「春にこんなことがあったんだって!」と今ごろ蒸し返して驚いてる」とか、そういう感じで。
この時差がどんどん縮まって、やがてすべての水流が1点に注ぎ込むように、会津戦争という形に結実するのかな?うわ~それもなんだかゾクゾク!

という今更な話は置いといて、さて会津パートでは、時差ボケでこのプレゼントが届く前に、暗雲に包まれて去っていく三郎の話が。
いやこの時は暗雲どころか、おめでたい彩雲 なんたって「栄えある特待留学生」ですもんね。それが実は暗雲だったというのがオソロシイ
しかしおとっつぁまもあんつぁまもかつてそうだったなんて、やっぱし山本家って、たとえ「鉄砲の家」とワンランク下に見られているにしろ、一般的にはエリート層=上級藩士なんですね。
三郎が角場を見納めして、最後に頭を下げるところにも、それを感じました。なんだかすごく、自分ちの職業にプライドを持ってるんだなみたいな。
思い起こせばここは、三郎がずっとおとっつぁまの背中を見てきた場所であり、立身出世のためお家のために上京したいと言い出してケンカになったおとっつぁまと仲直りした場所であり。
晴れて江戸留学が決まった今、その角場に頭を下げる三郎の姿は、自分を育んでくれた親を含むすべての存在に対する「感謝と別れ」をも感じさせて、印象深いシーンでした。後の運命を思うと尚更
ここで八重ちゃん、刺繍をしていますけどこれははっきりと伏線ですね(ノベライズで読んじゃった)。けどもしかしたら、京都での伏線にもなるのかな~?

そして去りゆく三郎が言った「小田山」にこだわる、冷静な尚さん。
ノベライズでは、後の展開を冷静に予感する尚さんと、地元ゆえにそこまで冷静に予感できない八重ちゃんによる、噛み合わない会話が面白かったのですが(白河と聞いて、連想ゲームしてみたり)、TVでは2人とも暗雲を共有してる感じだったのがまた面白い ほんと読むと見るとでは大違いって感じで。
(しかし後日偵察に出かける尚さんに対し、八重ちゃんはどう見ても旅行気分でしたね

というわけで、次回は個人的に楽しみな「尚之助との旅」♪
猪苗代湖や白河への旅行気分で見るつもりです ある意味白虎隊以上に悲惨だったにも関わらず、白虎隊の陰に隠れてしまってるような二本松少年隊も、ついに登場です!

そうそう忘れてたけど、初登場・板垣退助もインパクトありましたね!
この人は会津の降伏式、いわゆる「泣血氈の誓い」の絵にもエラソーに描かれていて(←個人的感想)初めて見た時は驚いたものです。なんせ私にとってこの人って「「板垣死すとも」と言いながら死んだ、大正時代の人」ってイメージオンリーでしたからね~。意外なところで歴史が繋がる面白さをここでも感じました。
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小田山ウォーキング

八重の桜で、江戸へ留学する三郎が、故郷の見納めに小田山に登ってきたという話を受けて
尚之助「三郎さんの言ったことが気になって、私も小田山に登ってみたのですが」
八重「いい眺めだべ。ご城下が見渡せて」
尚之助「つまり敵から丸見えだということです」
八重「ハア?」
といった会話が出てきます。
後に起こることを冷静に予想している尚さんと、まったくわかってない地元っ娘・八重の、いまいち噛み合ってない会話が面白いシーンですが、それはさておき小田山ってめっちゃご近所!ヨーク門田店に行く時とか、県道64号を走る時、日常的に見ながら走ってるところです。

というわけで、「尚さんの言ったことが気になって、私も小田山に登ってみた」の巻です
行き方としては、鶴ヶ城の南口を出ると・・・

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そこは湯川の桜並木がキレイな城南通りで・・・

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そのまま行くと突き当たる大きな交差点が、小田橋&小田橋通り。

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向こうの桜並木あたりがそうです。看板が見えてますね♪

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鶴ヶ城南口から車で、そうですね~5分くらい?
ちなみに山本家があったのは、この城南通りを、桜並木とは反対側の方に行ったところ。
鶴ヶ城から来るより若干距離はありますが、エリアとしては同じくお城の南口方面なので、たぶん八重ちゃんたちにはこの小田山、比較的身近な場所だったでしょうね♪
「おお~ここが小田山。登るの初めてだな~」
とちょっとワクワクしながら、看板に従って桜並木を車で行きます。

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ところが実は、ここはまだまだ小田山でも何でもなかったことが判明
上り坂を、住宅地を抜け、なんだか威厳ありげな建物を抜け・・・

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ず~っと登っていくと、やっと「小田山入り口」が出てきました!

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って遠いじゃん エリア的には城南仲間だけど。
ここら辺は「花見が丘」という番地になるようです。こんな広い住宅街だなんて知らなかった!

P→の看板に従い、「もし向こうから車が来たらすれ違えないんじゃ!?」とドキドキするような細い山道を走っていくと、無事に駐車場(という名の空き地)に到着。
空き地(に見える駐車場)には、こんな看板が。

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史跡だらけ
小田山ではないけど、西郷頼母の墓や自刃21人墓なども載ってますね。
しかし今回私が目指すのは、尚さんいわく「敵から丸見え」な場所・西軍砲台跡
ではそこまで~イッテQ!(それライバル番組~

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山道を歩くのは、いいお天気だと気持ちいいですね♪
坂道を上り始めたと思ったらすぐ、第一の史跡(の看板)がどどん

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でも(下)って。う~ん下に下りるのは大変そうだな~パス
隣に立ってる看板に従って、ドンドコ行きます

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わりとすぐ、今度はこんな看板が現れました。

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横にはこんな説明書きが。

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新島八重や白虎隊が、ここで銃の練習をしたんですってお墓を射的にして。ってオーイ八重ーー
射撃場跡(というかお墓)まで行ってみようかと思いましたが、すんごい獣道で断念
八重さんたち、この山をよく銃を担いで登れたもんです。力持ち伝説はたぶん本当。
と、手ぶらな私は既に息切れしながら、感心しつつ先へ進みます
いやほんと、こんなヒルクライム↓は久しぶりで

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歩いてると、どことなく懐かしの村上城跡・通称お城山を思わせる小田山。
と思ったらここもお城山なんだそうですね、葦名氏の(山頂には葦名時代の城跡が)。
なるほど~だから葦名氏のお墓とかあるのか!
と思いつつ進むと、次の史跡が。

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ここの史跡も確か、葦名家の時代のものだったと思います(うろ覚え)。しかしこれまた戊辰戦争で焼けてしまったそうで。
西軍砲台跡地への、会津藩必死の攻防が目に浮かびます。

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ちょっと行くと、今度は柴兄弟のお墓(があるお寺)への分かれ道が。
柴五郎の「ある明治人の記録」は、斗南での壮絶描写や、東京での生活など、興味深さテンコモリの内容ですが、個人的に一番感心したのは「よくこれだけ細かく覚えてるもんだな~」という、老人ボケとは無縁らしいその頭の働きでした(私なんか既に、かなりの部分が忘却の彼方なので

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こんな史跡も
ほんとに小田山って史跡だらけ!

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しかしなんだかさっきから、お墓ばっかりだな~
もしかして小田山全体が、昔からそういう場所だったのかな?(いや葦名時代の城山でもあるけど)
などと思いつつなおも山道をのぼっていくと、おお!ついにこの看板が!

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どれどれ~?

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おおほんとだ!お城が丸見えだよ尚さん!

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ちなみにお城手前にある、どでかい武道館みたいなのは鶴ヶ城体育館です。
鶴ヶ城の周りにはこの体育館初め、陸上競技場や県立博物館など、様々などでかい文化施設があるのですが、当時はこれら全部が鶴ヶ城だったはず。
ここからもう一曲がり、山道をのぼると。

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ついに到着!
下を見るとこんな立て札が。

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ああこの場所に大砲を置いたのね~
いちおうそこまで行けるよう階段がついてますが、今は草が生い茂って、つわものどもが夢の跡。

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お城がめっちゃよく見えるよ尚さん!
しっかしキレイなお城ですね~鶴ヶ城。特にこの時期、桜に囲まれると赤瓦も桜色に見えて、なんだかたおやか~な風情 いや夏も秋も冬もそれぞれにキレイだと力説しておきますが
 
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ここはまさに「いい眺めだべ。ご城下が見渡せて」という八重さんの言葉通りの場所でした。
県道64号のコナカやコジマなど、毎日通ってるようなお馴染みの場所から、会津村の観音様のバックに広がる磐梯山まで一望できます。
(写真右上の山すそに、白い棒がぽつんと立ってるのが見えますか?あれが会津村の観音様、すなわち磐梯河東IC方面です。あの山を越えると郡山へ)
ご城下をしばし見渡して、下山します。

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車を出して、来た道を戻っていくと、行きには気づかなかった史跡発見。
おおここが、葦名家のお墓跡か!どれどれちょっと寄ってみよう

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会津領主の歴史は葦名氏から始まります(しかもそれが20代目・200年くらい続いてる長い!)が、そのお墓跡は、はっきり言って、住宅地に囲まれた空き地って感じ
しかしお天気いいせいか、このぽっかりとあいた空間が、意外ととっても気持ちよくて

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桜のせいでしょうかね~?
なんだか落ち着く、心地よい場所でした。

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こっちは桜がなくてかわいそうだなとか
え~と確か、こっちが17代目で、桜のある方が16代目だったかな。
16代目の頃が一番栄えた時代みたいで、ああ~あんま恨みとかなさそうな人のお墓だから、この場所もなんだか気持ちいいのかしら?とか勝手な解釈

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さて来た道をなおも戻ると現れたのは、そうここ!行く時なんだろ?と思ったとこ。

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いきなり「シー」と言われて「?」でしたが
「ここは戦争で亡くなった人が眠っているところです」


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なるほど、ここに若松連隊があったんですか~
現在はこのお堂に、戦没者のお骨が安置されているのね。
しかしお堂の看板「だからここで遊ばないでください」じゃなく「静かに遊びましょう」っていうのがいいですね うん兵隊さんもたぶん、無邪気に遊ぶ子供たちのことは、微笑んで見守ってくれるんじゃないかな??
敷地には隣接して、動物たちのお墓も

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敷地の左側には、「思い出の塔」という、桜に彩られた時計塔が。
あれでも今ってお昼頃だけど。手入れしてないのかな?

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と思ったら、これはガダルカナルで会津連隊が総攻撃(≓玉砕)に出た時間なのだそうです。
「思い出」というには、あまりにも悲しい思い出ですが、お前らを忘却のかなたには追いやらないぞという仲間の思いのようなものが、ネーミングから伝わってくるような。

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塔の裏には、ガ島の遺骨収集に参加した県内の人たちの名前が。
「遺族」や「生存者」といった肩書きのもと、1982年か83年まで記録されていて(うろ覚え)。
昭和50年代後半。このころはまだ、戦争の記憶をリアルに持っている人が大勢いたんだな。

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私は戦争だけは避けたいし、当時の人たちもきっとそう思ってただろうと思うので、戦争で亡くなった人たちは、軍人も一般人も等しく「犠牲者」であり「気の毒」であり、あまりこう「素晴らしいと褒め称える」とか「ありがとうと感謝する」なんていうのは、ちょっと違うなとず~っと思ってたんですよね。なんかこう、勝手な言い分だな~みたいな感じがするのと、戦争美化につながっちゃいそうなのが怖いのと。
しかし原発事故以降、どうもこの考え方が自分の中で覆されちゃった感覚があるんですよね~
福島原発で、それこそ命がけで作業してらっしゃる方々や、故郷を守りたい・復興させたいと願う方々なんかを思うと、そこにあるのは私の場合、「ありがとうという感謝」や「(褒め称えまではいかなくても)頭が下がる、尊敬する」に近い思いで(もしかしたら「共感」すらあるかも)、逆に「犠牲者」とか「気の毒」なんてのに、どっか上から目線を感じてしまう。
で、もしかしたら、当時の人たちが軍人さんたちに対するリアルな思いとかも、これに近かったのかな~とか。原発事故前はまったくピンと来なかったけど。
もちろん、だからって戦争や原発事故がヤなのは変わりないし、そんなことはなきゃないに越したことがないのは当たり前です。「気の毒」という言葉はなんだか不適切な気がする今日この頃だけど、でもやっぱり「この時代でさえなければ、こんな死に方をすることもなかっただろうに、不運だ気の毒だ」とも思うし。でも、それだけじゃない、と。
(ていうかマッチングもありそうですよね。パリパリの職業軍人に「犠牲者だ」なんて言ったら怒られそうだし、赤紙で泣く泣く引っ張られた人に「素晴らしい」とか言ったら「ふざけるな」だろうし)
などと思いつつ、大きい慰霊碑のかたわらに「満州」の文字を見つけ。
「お?」と裏を見ると。

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会津から満州に移民し、敗戦間際のソ連軍侵攻による混乱に巻き込まれ亡くなった、開拓団の方々の慰霊碑でした。
そうか~~会津からも行ってたんだ~~
私の父ことじーちゃんも満州帰りなので、なんだかじーちゃんの旧友のお墓にでも出くわしたような気分です。もっとも満州といってもかな~り広いので(一応国ですから)、じーちゃんのいた鞍山と満州会津村では、きっとかなり離れていてお互い行き来もなかったろうとはと推測しますが。
「満州引き揚げ」の際のあれこれは、今も語り継がれる悲話ですが(え?語り継がれてない?)、じーちゃんいわくこればっかりは、満州のどこにいたかという運、そして自分の年齢や体力などの運、だったそうです。そして開拓地から、敗戦の混乱きわまる中を命からがら逃げてきて、やっとたどりついた収容所で、日本への引き揚げ船を目前に力尽きる人も数多くいたとも。

帰りたかっただろうな~~~~~~

みんなどんなに帰りたかっただろう。ガダルカナルで玉砕した人たちも、日清日露の戦死者も、慰霊碑横の石碑に刻まれた、満州会津村のこの1人1人も。

とかちょっとしんみりしつつお堂の前で手を合わせ、さて帰ろうと振り返ったら・・・

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桜並木が!
まるで「お帰り~~~」という遺族の方々の声が両側から聞こえてきそうな桜並木が!

そうか、みんな故郷に帰ってきたんだ。体は異国に眠っていても、たとえ死ぬ時は辛い思いをしたとしても。
なんて思いたくなった一瞬でした。

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八重の桜・第16話

八重の桜・第16話の感想です。
今回は何といっても中野メイサ!
カッコよかった!!個人的に一番印象に残ったパートでした~

もともと黒木メイサって、何年前だったか、幕末のジャンヌ・・・じゃなくて東洋のマタハリ・川嶋芳子のドラマで見て「この女優さん誰だ?妙に堂々としていて、怪しい魅力があるな~♪」と、ちょっとファンになっちゃったんですよね(*^^*)。後に当時まだ10代と知って、その年齢にそぐわない妙に自信溢れる佇まいというか、堂々とした演技ぶりがますます驚きで、以来ちょっと気になってて
まあ川嶋芳子自体がちょっと劇場型人物っていうか、短髪・男装という怪しいカッコに「ボク」という、自分の役割を過剰に演じているような人っぽかったので、多少クサい演技も逆にホンモノっぽく見えてハマったってことなのかもしれません。ともかくもこの時の川嶋芳子は本当に魅力的で、できればもう1度見てみたいと思ってたもんでした。
で、今回久しぶりに黒木メイサを見て、ああやっぱりこの人好きだわと たぶん顔が好みなんだと思います(って身もフタもない) なんだかこの人が出てくると、ずーっと見ていたいって気になっちゃうんですよね~♪
なぎなたが終わって、純朴な会津っ娘たちと会話するシーンも、何とも言えず「ああ中野メイサだわ♪」と。妙にしゃなりしゃなりとした身のこなしに、何とも言えずイヤーな感じを醸し出してるのが、なぜか「目が離せない」という魅力で これから毎週見れると思うと楽しみです♪え?毎週は出ない?
ちなみに「清らにたかく」の作者・しよりさんにお聞きしたところによると、この時期に黒木メイサは・・・じゃなくて中野竹子は、実際には会津にいなかったそうです。彼女が会津に来たのは鳥羽伏見の頃で、おそらく八重と親しくなる機会なんて、ほとんどなかったんじゃないかとのこと ま今んとこ親しくはないですけどねこの2人

さて今週も会津は火事の真っ只中。今で言えばレオ南蛮館から山鹿クリニックのあたりまで火が!?
って、またわけのわからないローカル情報ですがけっこうな距離です 孫右衛門焼けって名前までついてる歴史的大火だそうですが、納得の広範囲。しかし会津ではあんまし有名じゃない気がするんですよね~(私が知らないだけかもしれませんが)。まあこの2年後に戊辰戦争なので、言い伝える側の感覚も「火事の前の蝋燭」なのかもしれませんね;;
この大火事で、会津藩はまたまた財政が この年はただでさえ米が不作で、しかも軍制改革をせにゃならんというに、さらに大火とは、どこまでも不運です。
みねさはおうちで無事発見 さすが尚さん、冷静です。その後怪我しちゃったけど、それで夫婦の絆も強くなったし、結果オーライ
しかし前回の「武士の娘が泣くもんじゃねえ」でも思ったけど、今回のうらの心情(解説:咲久)もやっぱり、お武家様ってこういうもんなんだなという。いやお武家に限らず、昔の家制度がそういうもんだったのかもしれませんけど、覚悟の持ちようというか、性根の据え方がすごいなと。なんとなく、戊辰戦争での婦女子の自害にも繋がってくるポイントな気がします。それが、何事もなければ「漬物も切りましょうか?」「おみじゅ汲んできやす」ってニコニコ笑っている人たちだというのが、またすごい。

さて京都では。
あれだけアジ演説しときながら、その数日後にあっさり出陣を取りやめる慶喜公。
すごい!タダ者ではない!!太平洋戦争時にこの人がいたら、昭和18年くらいで終わってたかもしれん
いやほんと、戦争ってのは、いったん始めちゃったらやめるのが大変なもんだろうと思うので、こうまであっさりやめられる慶喜公はほんとすごいと、心の底から感心します。置き去りにされる味方の兵とかはたまったもんじゃないでしょうけど
対して「荒立てに参るのです」とか言っちゃう鬼の官兵衛も、こっちは逆に戦争しか頭にない「鬼軍曹」みたいでいい対比でしたが、それはさておき、ここで慶喜公に勝・春嶽と、ブラック三英傑が揃い踏み
この三英傑シーンは迫力ありましたね~~。
勅命で諸侯を集めよという勝。なんで勅命なんだと怒る慶喜。だって将軍いないもんねー@春嶽。オセロなら「はじっこ取ったー!」みたいな こういうゲームみたいな駆け引きって、ほんとスリリングで面白いですね。そのゲームが壮大であればあるほど、きっとゾクゾクしすぎて脳から麻薬出そうな面白さでしょう たぶん「倒幕」とかもそうだったんじゃないかな~と。もちろん「今の幕府に任せちゃおけん」という純粋な危機感が動機だったんだろうとは思いますが、底にはこういうゲーム的快感も(特に仕掛ける側には)絶対にあったんじゃないかと思います。岩倉の「武者震いや」なんて、まさにそれを現してる感じで。
ともあれ「帝のもと諸侯会議」っていうのはまさに「公武合体」って感じで、私的にはよさげです。帝にはお墨付き発行者として(今までどおり)そこにいてもらって、徳川にはその下に首相みたいな感じで(今までどおり)そこにいてもらって、実際に決めるのは「譜代も外様もねえ」の諸侯による議会。首相は代表者でありつつもその中の1人。あらわりと現代に近い形じゃない?

そういうわけで、慶喜公とちょっぴり対立し始めた勝ですが、しかしこの人の考え方は、慶喜公とほぼ同じなんですよね。
「卑怯でもみっともなくても、1日も早くケリをつける方が、世のためになる」
はいはい、これに関しては私もまったくそう思います。私は基本、戦争=死、生活(を成り立たせる経済)=生という単純な対比のもと、絶対戦争なんかヤだと思っていて、「戦争は経済のためにいい」という昔の論理がくつがえされて、「戦争じゃ儲からない」という時代になったことをほんとに喜ばしく思ってる1人なので、勝の言葉にまったく同意です。
しかし会津藩にとっては、というか、生も死も同じ世界にあって、その中でよりよく生きようという信仰を持っている人たちにとっては、「卑怯でもみっともなくても」は、もっとも受け入れられない価値観でしょうね。「お前が守りたいものも、その守りたいという思いそのものも、意味なんかない。何の価値も無い」と言われたら。勝が言ってるのはそういうことですから、大蔵が怒るのもむべなるかな。

現実主義って時に「損得勘定にたけた考え方」ってことだと思うんですが、そんで私もかなりの現実主義だと思いますが、会津藩は(もしかしたら長州も?)その反対ですね。ヅラが先週言ってた「仲間が殺されたのに意地を捨てられるか。たとえ長州が焦土となっても」という、「損得なんか関係ない、守りたいものがある」という信念というか。
しかし私なんかは「ほら「焦土となっても」とかそういうふうに、守るための戦いがいつのまにか「守れなくてもいい」みたいに、手段が目的を追い越しちゃうでしょー。だからそういう「信念系」の考え方はヤなのよ」という思いがぬぐえないのですが。
「暮らしやすい、平和な国」なんてのは案外、「いい国作ろう」みたいな「信念」じゃなく、いかに利益にさといかという「損得勘定」が作り出す気もしますしね。小学校の社会科かで初めて「資本主義と共産主義」みたいなのを習った時「おお共産主義ってなんて素晴らしい考え方♪」と感動してた私に、隣席だった町工場の社長息子が「俺ぜったい共産主義なんてヤだ。だって貧乏になるじゃん」と言ってたのが、今でも忘れられないのですが、実際資本主義の方が国民全体が暮らしやすくなりましたもんね。当時は「さすが社長息子、金の亡者だな」と子供心に思いましたが、今では「自分はモロ小学生だったな」と(しかし今でも共産主義的考え方自体は悪いもんだと思えない。もちろん資本主義同様、それが現実世界にパラダイスを出現させるとも思えないけど)。
で、坂本龍馬とか島津斉彬とかは、そういう、損得勘定に非常ーーーにたけた人で。だから「信念」なんかとっぱらって柔軟に敵味方と手を結ぶことができた。という気がしてならないんですよね。良くも悪くも。
しかし「内乱なんてしてたら日本はオシマイだ」なんて言葉は、戦争嫌いな私にも白々しく聞こえるな。前も書いたけど、じゃあ戊辰戦争はなんだったのかと。前にも思ったけど、長州との戦は損だけど会津との戦は日本のためになるってことか。まあこの時に勝が戊辰戦争の到来を知ってたわけじゃないから、勝のこの時の言葉自体にウソはないんだろうけど、ここら辺に現実主義者の、損となったら平気で切り捨てる性質およびその責任をうま~く相手にかぶせて、どこまでも自分の損にならないようにする性質が仄見えます。って私もかなりの現実主義ですけど、しかしそういう現実主義が「信念系」より素晴らしいものとも思えませんしね。「信念系」も素晴らしいもんじゃないけど、現実主義も誉められたもんじゃない。だからどっちもダメーってんじゃなくて、あまり自分が極端に行き過ぎないよう、お互いを自分のストッパーとすればいいんじゃないかしらんと。てか庶民はたぶん無意識にそうしていて、こういうドラマを見てそれを再確認するというか。ってどうでもいいことを長々とスミマセンm()m

そして化かしあいはまだ続く
オセロではじっことられたと思ったのもつかの間、実は裏ではじっこ以外の全ひっくり返しを画策していた慶喜。
勝の命も単なる捨てゴマ!命をかけた約束・諸侯会議もその場の口約束!さらには、それに怒った邪魔者・春嶽を国許に(しかも自発的に!)帰らせる!すごい!すごすぎです!ある意味、現実主義ここに極まれり。
勝・春嶽・慶喜のブラック三傑が一致団結して、この時諸侯会議を成功させていたら、公武合体は成ったのかな?それとも「船頭多くして」の状態になって、諸侯会議は早晩分裂する定めだったのかなあ?少なくとも、もう少し時がゆるやかであっただろうなあ。

その後の慶喜公と容保公の話し合いも面白く。
容保公の目が、まったく、もう全然、「こいつの言うことは信じられない」という疑いのマナコになってるのがツボりました あの信義の人にすら、ついに疑われる慶喜公。そりゃ~~そうよね~~~今までが今までだし、今回は「幕府など一度壊れたほうがいい」とか、一応幕府のトップなのに言い出すし。
「強い幕府に作り直す」って、この前言とまったく矛盾してる気がするけど、いやまあそれはいいです。本気で将軍やる気になって、幕政改革をしようというのならありがたいっす。「壊れたほうがいい」ってのも、今までのヌルい幕府は変えたほうがいいという意味にも取れるし。取れるけど、でもやっぱし、根本にこういう「幕府なんて壊れてもいい」的な感覚があったんだろうな~と。いや「この時は」本気で改革するつもりだったんだろうと信じますけど、「石にかじりついても」的な思いではなかったんだろうな~と。
それはそれで仕方ないんですけど、ただそのためにまた磐梯山が遠ざかってしまった会津藩が気の毒でなりません。着々と鳥羽伏見に近づいてるし

倒幕側のブラック三英傑、西郷・大久保・岩倉もそろい踏み。
私ね~どうもこの幕末のスピードについていけないんでトンチンカンなこと言ってるかもですけど、もともとは幕府が弱腰外交で開国しちゃうのが気に入らなかったわけですよね?
でも結局開国しかないってことに薩長ともども気がついて、ただ幕府は弱腰だからアテにならない→だから俺たちが中心となって動かせるようにしなきゃ、って思ったわけですよね?
でもその幕府が強くなれば、もう当初の目的はすべて揃ったわけじゃないですか。じゃあ俺たちも幕府に協力して一致団結乗り切ろう、とはなれなかったんですかね???
確かに「慶喜のだまし討ちを見れば、先行き不安」てのもわかりますよ。容保公の「信義に背いたら人心が離れる」が具現化してるわけですけど、でもこの後の流れを見る限りでは、ひいき目に言って「お前が言うな」だし
前も書いたけど
「維新は実質上、維新(これあらた)なることはなく、 末期幕府が総力を挙げて改革した近代軍備と内閣的政務機関を、明治新政府がそのまま引き継いだに過ぎない」
この杉浦日向子さんの言葉が、すごく頭に残ってるので、どうしてもそう思っちゃうんですよね。なんかこう、そこまで急いで倒幕する必要があったのか?幕府の構成要素を一つずつ入れ替えてって、最終形態にすることもできたんじゃないのか?とか。あんまし急激な変化を求めたら、そりゃ戊辰戦争だって起こるでしょうよ。っていうか単に急激に変えようとするのが個人的に嫌いなだけなんですけど 本当に、こういう形での倒幕しかなかったのか??

そして今回はまだまだあります!次は二葉様の出産!
梶原平馬&二葉って、ノベライズで読むと「お堅い性格の妻にどっか辟易としてるダンナ」と「お堅い性格ゆえに素直に愛情表現できない妻」という、いかにも今後の不幸が予感されるすれ違い夫婦みたいに描かれてる気がして仕方ないのですが、TVで見ると違うんですよね 「お産は女の戦いですから」と気強くふるまうシーンとかも、ノベライズでは「家老・梶原平馬様の子を産むのですから」と、空回りしてる愛情表現みたいな言葉を吐く二葉に、苦笑する平馬っていう感じなのですが、TVでは「二葉は我慢強いな」と、いたわるような笑顔で答える平馬。最初はみょーにギラついてて、個人的に苦手なタイプだった平馬が、このごろTVで見るたび好印象になってきてます
無事お産を終えて、ニッコリ微笑みあう2人なんてのも、ノベライズを読んでると新鮮で。本だと「旦那様の前では決してデレデレと笑ったりしねえ」と決心してるかのような二葉様で、「ああ~歯がゆい~」って感じだったので ここのシーンは、びしっと男どもを叱りつける二葉様ぶりも含め、微笑ましい良いシーンでしたね~♪

そして最後、中野竹子の次に楽しみだった、殿と帝・最後のツーショット。
「会津は敵を作りすぎましたゆえ」という殿。ああ悲しい~~どうしてそうなっちゃったのかしら
と思ってたら、うわあ恐れ多くも帝が同じ目線に降りてきた~!!やっぱりこの2人、アッシュと英二だわ「心の深いところで、通い合うものがあったから」
「我らは重い荷を背負うた者同士。ご先祖代々、守り、培ってきたものを両肩に背負って歩いてゆかねば成らぬ。時には因循姑息とのそしりを受けながらも」
わかりますわかります~~。てか殿の荷の重さをわかってくれてありがと~~~
「今の世では、壊すことより守り続けることの方が難しい。その苦しさをまことにわかちあえたのは・・・」
わかります~~~~。って私は殿や帝みたいな重い荷物はまったく背負っちゃいませんけどでもそのお言葉はよ~~~くわかります~~~。たぶん年取ったからだろうな~~。倒幕とかにいまいちシンパシーが持てないのもそのせいなんだろうな~~。なんだかんだ言って明治維新って、「若さゆえの熱気」のたまものとしか思えないもんな~~。だからあれほど急激な変化ができたわけで、そんで私の居場所はそこにはないという。

ああなのに、数少ない、というかたった1人のわかりあえる存在・帝がついに死んじゃいましたか~~~(しかしわかりあえる唯一の存在が帝ってすごいな
会津の行く手に、一気に暗雲が立ち込めそうです
ていうか次週のサブタイトルは「暗雲迫る」だったはずなのに、「長崎からのプレゼント」になってましたね。暗雲とは真逆のタイトルっぽいけど、じゃあ光が射すのかしら?「孝明天皇崩御は勘違いでしたテヘペロ」とか ああそうだったらどんなにか。。。

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桜咲く

数日前、湯川沿いの桜が一輪、ぽつんと咲いているのを見つけ、同日鶴ヶ城では開花宣言が出され。
と思ったら、その次の日にはあっという間にどばーーっと。ぶわーーっと

という感じで咲いた印象がある今年の会津の桜。なんたって急に暑くなったもんね、この数日

と思ったら今日はまた急に寒くなって、Uのお迎えで桜並木を歩いている時なんぞ、氷雨がいっとき雪に変わったー これがほんとの桜吹雪。違う。
予報では、今週末も「雪混じり」だそうで、ええ~もう4月後半だっつーに 土曜は鶴ヶ城で桜祭りもあるっちゅーに
毎年やってる鶴ヶ城の桜まつりですが、今年は桜の下でできそうでよかったですね~♪去年はどう見ても「つぼみ祭り」だったから あとはお天気が回復してくれれば~

このお天気に桜も混乱しているらしく(?)あっちの木はどばーーっと満開になってるけど、こっちの木はまだつぼみだな~とか、1本の木に満開とつぼみと葉っぱが混ざってるな~とか、なんか面白い咲き方をしつつも、全体的に今週末が一番見頃を迎えそうな感じ。
ここで石部桜や鶴ヶ城の桜をお見せしたいところですが、行くヒマなかったので、かわりにうちの近所・湯川の桜を
(しかも桜の見事さが伝わらないヘタ写真ですが ま今んとここんな感じということで

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これは湯川の城南通り側ですが、向こう岸はしだれ桜で、これまたキレイなんですよ~~!下手な写真でほとんど写ってませんが

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こちらも湯川沿い。
つぼみと満開としだれと桃のチャンプルーです
福島に来て、「三春」の意味を初めて知った時は目からウロコでした

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こちらは会津高校です。肉眼で見るとすっごくキレイです!(って写真をUPする意味ナシなんじゃ
余談かつ今ごろ知ったんですが、会津高校ってすっごく頭いい高校なんですってね
毎朝、自転車通学の会津高校生と大量にすれ違ってたのですが、これからは見る目が変わってしまいそうだわ

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ところで最近、観光バスをすごいいっぱい見かけます!
特にハトバスをいっぱい見てる気が。去年はハトバスってまったく見かけなかったんだけど、何かハトバスツアーが始まったのかな?
いえ2年前も去年も、GWとかには、わりと県外ナンバーの車や観光バスは数多く見かけて、風評に乗らずにあえて来て下さる方々への感謝の念とともに、「やっぱり会津は観光地なんだな~」と感心したのですが、地元の人いわく「事故前に比べたら全然」とのことで。
うちは2年前に来たので、事故前の「観光地としての会津」の姿は、実感として知らないんですよね。
それが最近!鶴ヶ城会館などの前を通ると、ご覧のとおり!!

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鶴ヶ城会館にバスが3列も駐車している光景なんて見るの、引っ越してきて初めてです!
しかもこれが連日続いていて!
もちろん、今年は八重の桜効果が大きいのでしょうが(ありがとうNHK
「会津ってこんなに観光地だったんだ~~~!!!」
と、今更ながらほんとに驚きました。と同時に、やっぱしこの2年間の風評は相当だったんだな~と、改めて。

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大河ドラマ館も桜が満開
ようやくお花見シーズンに突入した会津です。雪予報だけど

テーマ : 福島県 - ジャンル : 地域情報

すごいぞディズニー

もう2週間近く前になりますが、我が家のKK&U、中1・小1になりました~♪

しかし新入生が2人もいると、入学前も後もなんだかバタバタと忙しいんですね しかも小1なんて、帰ってくるのが幼稚園より早いわ、集団登校じゃないから親が行き帰りについてかなきゃいけないわで、メンドイこと

いまだ落ち着かない気がする今日この頃ですが、さてそんな中あった、こないだの小学校入学式。
新入生全員にこんなのが配られました↓

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ディズニー柄の、ノート2冊・カラーペン4本(香りつき)・レターセット・シール・クリアファイル・写すの忘れたけど鉛筆セット。
へ~かわいい♪ていうかサービスいい学校だな~ しかしこんなクリアファイル見てると、TDR行きたくなっちゃって困る~
と思いつつメッセージカードを裏返すと・・・

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ほんとにTDRからだった~~~
この春から新たに・・・って、ええ~~まさか全国の小学1年生!?それとも被災3県??場所的に、千葉や茨城なども含めた関東・東北エリア数県かな???

プレゼントの品々、おそらく原価500円弱と踏んだのですが(パークだったら合計1000円は軽く超えそうなのが怖いところ)たとえ被災3県だけだったとしても新1年生全員にって、けっこうなコストですよね~~~(「いえうちにとっては雀の涙です」とかもありそうなのが怖いところ)。さすがTDRはこういうところがウマイというか、太っ腹だな~~

「なんだいTDRに来いってか?」
と、その時はこのウマイ宣伝方法にひねくれてみせながらも、入学式が終わって、日に日にお出かけ日和になるとともに、まんまとオリエンタルランドの術中にハマって行きたくなってる今日この頃です 特にあのクリアファイルが危険だわ~

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八重の桜・第15話

八重の桜・第15話の感想です。
実は今回、お出かけしていて前半を見れませんでした
なので今回の感想は、ほぼノベライズによるものですm()m

さて最初は、新島ジョーが出てきましたね。見れなかったけど
ジョーが到着したアメリカは内乱が終わって国家再建中、一方ジョーが別れを告げてきた日本は内乱間近。
余談ですがこれに似たことをというか真逆なことをというかを、父ことじーちゃんが実際に体験してます、満州で。
戦時中は満州製鉄で働いていたじーちゃん。戦争が終わって満州から引き揚げる際、心ある中国人に言われたそうです。
「敗戦でも平和になった君たちは幸せだ。我々はこれからまた戦争(国・共戦)だ」
この言葉が、後々まで深く印象に残っていたのだそう。

さて日本は内乱間近。さらには将軍も上洛したというのに、歩兵は居酒屋で酔っ払って、新撰組の斉藤に、武士の魂(?)であるちょんまげを落とされてしまうという士気の低さ。そういや銀さんたちは、将軍茂々のチョンマゲ切っちゃってたなあ
ここにかけつける新鮮組&別撰組。ああここはTVで見たかったなあ。ドラゴンアッシュと中村獅童、ハマるとすごくカッコよさそうなシーンでしたが、どうでしょう?カッコよかったですか??
一触即発だった新撰・別撰も、これでお互いを認め合い。てかこれじゃ他校のボスとケンカして仲良くなるという、昭和の少年マンガですね ああやっぱり見てみたかった!

ともあれ、そんな中、ついに突入してしまった内乱。第二次長州征伐。
しかしハナから幕府の足並みが揃わない、戦意も上がらない上に、始まってみたら武器が旧式!弾が届かないってあらまあどうしましょう
これは後に会津を舞台に、会話じゃなく、実際に目の当たりにさせられます。やだわ~~~悪夢~~~。こういうふうに、向こうの弾はドンドコ届いてる真っ最中なのに、こっちの弾が出ないとか、あるいは向こうまで届かないとか、そんで「あれっ!?あれっ!?!?」とか必死で焦る系の夢って、時々見るような気がするんですが、すっごい心臓に悪そうな悪夢です。それが現実なんておおう考えたくない。よく白河の戦いとか「東軍と西軍では武器の新旧が違ったのが敗因」とかサラッと書いてあって、私も「ふんふんなるほど」とサラッとわかった感じでいたけど、実際に目の当たりにするのはきっと、身に迫るオソロシさでしょうね

これを可能にしたのが薩長同盟。というか薩摩!
長州・カツラの言ってることは、後に賊軍となった時の会津の思いとほとんど同じで、良くも悪くも「一直線」ぽいあたり、意外と会津と似たもの同士なのではとすら思えるんですが、しかし薩摩は。薩摩はなんか違う!
「薩摩は兵は出しません。そうすれば同調する藩も出るから、幕府の布陣は穴だらけになります」
「お望みの洋式銃も、薩摩の名義で調達しましょう」
そうかキーパーソンは薩摩だったのか!私的に「薩長同盟」って、「戊辰戦争」とか「大政奉還」とかと同様、中学歴史で習う言葉の1つに過ぎなくて、幕末の動きってごちゃついててよくわかんないけど、なんかこの単語は必ず出てくるよなあ程度だったのですが、そうかこいつ(=薩摩)の動きがすなわち幕末の動きだったんだな!?って超今更 これはもしや中学でわかっとくことだったんじゃ
「会津とはどうなってる?」「すでに手は切りました」
あっさり~~~こわい~~~ この、風見鶏とはまた違う、冷徹な動き方がつくづくこわい~~~
以下はヨタ話として聞き流していただければですが、個人的大好きなオカルト本「闇の検証」(という、歴史上の有名人を霊視しちゃおうというトンデモ本)の中で、島津斉彬を評していわく
「つかみどころがない。えたいが知れない。人物として大きいんだけど・・・」
「情の面で少し変わった人かもしれない。使えるタマ、使えないタマをしっかり分けていて、使えなくなったら斬り捨てるというのが平気でできる。大きなことをなすためには多少の犠牲はないとはいえ、その犠牲に対する心の痛みが全然無いのよね。細かいことは気にしない、でもそれって細かいことなのか?」
「犠牲に対して心が痛まない。そういうことが許される時代ということがしっかりわかってる」
(ちなみに島津家全体に対して「家臣が死ぬことに対して、あっけらかんとしている。次がいくらでもいるって感覚」だとも)
あくまでも「霊視」というトンデモ話であって、これが「事実」なんて言いたいわけじゃまったくないのですが、個人的にこの評が、この時代の薩摩藩の動きに対する感想と、まったく一致しているのが面白いなと。「死せる斉彬生ける西郷を走らす」か?

さらに「泣き面に蜂」とはこのことか。将軍茂々・・・じゃなくて家茂まさかの死去!
まさかねえ、まさか死ぬとは誰もが思わなかったでしょう。
たぶん薩摩なら、まず考えることは、次の手をどうするかという現実的な手段でありそうなところですが、容保公は、ひたすら自分を責めるのみ。こんなところが斉彬公とは正反対っぽい感じ。私は断然容保公の方に好感ですが、人柄の良さと、政治家としての資質は、時にお互いを削りあってしまうものなんでしょうかね~。次に出てくる人のように

というわけで次に出てきた人、慶喜
こういう状況なんだから、天下安泰のためにどうか将軍にと懇願する春嶽に対し
「よく似た話があったな。公武合体のため、天下のためと言われて、奥州の一大名が京都の守護を引き受けた。身を粉にして働き、今も四苦八苦の有様じゃ」
上はノベライズでの言葉ですが、いいぞ慶喜 言ってやって と、初めて慶喜の言葉にスカッとしました
しかしこの状況で、「宗家は継いでも将軍は継がない」なんつー斜め上のことを平気で主張できるのは、PTAの役員決めすら針のムシロに思える小心者にはある意味うらやましい 人に嫌われるとか平気なんだろうかな~
しかしね~もしそうならせめて引き受けた嫌われ役は最後まで貫いてほしいわ。さんざんヤなことしといて途中で自分だけ逃げちゃったら、支えようとしていた人がモロその煽りを受けるのよ。って上の言葉を見る限り、わかってやってるんだろうから言うも空しいけど。

「私はもうそなたたちに担がれる神輿ではない」
との不敵な言葉を残し、春嶽に「ザマーミロ」的な思いをさせてくれたのはありがとうですが、しかし征長に向けて「たとえ千騎が一騎になるとも、一歩も引かぬ」だの「命を惜しまぬものは余とともに」だの、この人が言えば言うほど、白々しくなるのはもはやお約束 いやこれは「アジテーションという言動が本質的に持つ怪しさ」なのを、この人が言うことで表面化してくれてるのかもしれん。見てる方は「だまされんなよそこの人」としか思えないもんね。そんなことまで思い知らせてくれて、今回はほんとにありがとう慶喜公

最後に会津パート。
お武家様の子って、やっぱりこんなちっちゃいうちからピシッと教育されるんですね。暮らしぶりとかモロ庶民ぽいですが、やっぱしこの人たちエリート層なんだわ~と再確認。
しかしうらはちょっと精神的に余裕がなくなってる様子。今までホンワカと山本家に馴染んでる様子が続いた分、「あ、確かに人が変わっちゃってる」→「それだけ状況が悪くなってピリピリしてる」とわかる描写でしたね。会津藩の状況の悪さが、廻りまわって家庭にまで影響を及ぼして、一番弱いとこ=みねさにしわ寄せがみたいな。
八重とユキの
「幕府が動き出したら戦なんてすぐ終わるもんだと思ってた」「私も」に「私も」と思わず井戸端会議に参加してしまいました たぶんこれが当時の、一般庶民の見かただったんでしょうね。いやもしかしたら江戸城の閣僚たちも。
「今年は米もダメだ、これからどうなるんだろう」とかも、薩摩みたいに海経由・沖縄経由の貿易とかで立て直したお金持ち藩じゃなく、基本お米で成り立ってる藩が、そのお米が苦しいのに軍制改革って、そりゃもう相当厳しいよなあと。今からやっても遅いけど、でもやらないわけにはいかない、しかしそのためにさらに苦しくなるという、これまた悪夢のような悪循環
余談ですが、私の実家・新発田には「会津街道」が通っていて、江戸時代の参勤交代時とか、会津から米が運ばれてくる時とか、この街道もよく使われたのだそうです。そう昔は会津って、新潟に米を輸出するほどの米どころだったんですよ!いやまあ今も米どころなんだけど、私は引っ越してくるまで知りませんでした 新潟米の知名度に比べて、なんか損してる気がします
それはさておき、そういう物資を輸入・輸出する際、陸路と海路では圧倒的に陸路の方が高くついたんだそうです。で、これも会津藩の財政を苦しくする一因で。
そういや現代でも、新潟と比べるとガソリンとか明らかに高いしな~。これはタンカー直と陸路経由の違いなのかしら???
海の有無は色んな面で、各藩に影響を及ぼしてたんですね。

と、ここでも「泣き面に蜂」、会津の町で火事が勃発!
火元である「後之分町」って、調べてみたら今で言えば七日町のレオ氏郷南蛮館あたりみたいですね。んで八重ちゃんちは、そこから桂林寺通りをずーっとずーっと、山鹿クリニックや竹田病院も通り越してまだ行った先。なるほど確かに火元からはけっこう距離ある っていきなり竹田病院とかローカル情報出されてもですよねえ えーと鶴ヶ城のお堀っぱたに大笑屋っていうラーメン屋があるんですけど、そのお店と山鹿素行生誕地の間の通りを行くと、ピサの斜塔みたいな病院があって、そこを曲がると(ますますローカル情報
ついでにみねさがいるかもしれない諏方神社は、後之分町と八重ちゃんちの中間くらい。ピサの斜塔の横道入ったところにあります。このピサが山鹿クリニックでしてというどうでもいいローカル情報はさておき、なにーーー!?大丈夫かみねさーーー!!
ちなみにこの諏方神社、TVではやけにちっちゃい神社でしたけど、当時はもっともっと広い神社だったはずです(今は規模縮小)。当時の本殿は戊辰戦争で焼け落ちてしまったそうですが、鳥居には今でも弾痕が残っているとか。へ~~そんな戦跡があったなんて知らなかった~ 山鹿クリニックのあたりなんて、幼稚園のお迎えで毎日のように通ってたのになあ。

次回は無事みねさも見つかってほっとしたのもつかのま、慶喜、春嶽に勝も加わって、三つ巴の化かしあい。西郷と岩倉も顔を出しと、だんだん闇が立ち込めていくような中、ここだけ妙に白く輝くような、お久しぶりの殿&帝のツーショット。行く手を照らす光のようなこのシーンが、まぶしすぎてむしろ不吉です これ絶対光が消えて、殿を真の闇に置き去りにするためのまぶしさでしょーーー。やめてよーーー
と、ゾクゾク満載の次回ですが、個人的に一番楽しみなのは、元祖ツンデレ(?)中野竹子初登場なのでした。メイサ期待してます!

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八重の桜・第14話

八重の桜・第14話の感想です。
ノベライズだとここから2巻になります。

2巻は先日買ったんですが、見出しを見てびっくり!まだ会津戦争じゃないんですね(彼岸獅子のおじさんは「20話で出ます」って言ってた気がしたんだけど)
2巻は、坂本龍馬もちらっと顔を出しての薩長連合成立から、錦旗が上がった鳥羽伏見、世良修三の暗殺及び奥羽列藩同盟成立、そして会津の喉元・白河口での敗戦と、まさに「会津戦争目前」のとこで終わってます。ああ~はやく3巻を、3巻をくれ~~~!(←禁断症状)
読後感は、いや~~。。。1巻もかなり背筋ゾクゾクものの展開でしたが、2巻を知った今思えば、はるかちゃんのベンザを飲んどきゃ治る「風邪の初期症状」程度でした 2巻はすごいです~~ 背筋をかけめぐるこのゾクゾク感は、もはやインフル級
ご当地物件満載の「尚さんと八重が巡る、るるぶ会津・白河二人旅」シーンや(白河だるまってそういう意味があったのか!来年の十日市で要チェックだわ)、そこで出会う二本松少年隊、あるいは「ツンデレかくあるべし」的な中野竹子など、早くTV画面で見たい春風のようなシーンもいっぱいあるのですが、3巻でおそらくそのすべてが悲劇に帰着するのがオソロシイ
もっともインフル級のゾクゾクシーンも、ゾクゾクしすぎて早く見たいのは事実ですが 「こっちは向こうの弾でドッカンドッカンやられてるのに、こっちの弾は向こうに届かない」という悪夢の戦争シーンとか、江戸城総攻撃を中止した後「ふりあげた拳をどこへ落とすかな」とニヤーリとするラスボス西郷とか、ノベライズ読んだだけでページを引き裂いてやりたい衝動にかられるヒール・世良修三とか、実際にTVで見るのがある意味待ち遠しいというか。

おっとついノベライズの話を長々と。
2巻の巻頭を飾る14話は、八重ちゃんの結婚シーンで幕を開け。

どーでもいいネタバレですが、去年9月「八重の桜」ロケを会津でやってた時、「花嫁行列の女性出演者若干名募集」があったんですよ!(速攻応募して速攻落ちましたが
実際、とある日の鶴ヶ城公園内にある茶室(=山本家外観)では、夜に向けて煌々とライトつけて、ロケ準備してるのも見ました。「へ~今日は夜からロケか」なんて思ったんですが、思い起こせばあの日はすっごい雨だったんですよね;;
「行列させてやりたい」という頼母や秋月のシーンをわざわざ入れたのに、実際の行列シーンがなかったのは、やっぱしあの雨のせいだったのかな~と今にして。

それはさておき 花嫁さんは物を食べられないとか、ああこういう叔父さんいそうだなあとか、わかるわかるシーンが満載で面白かったです 「またあの叔父さんだよ、あの人も悪気は無いんだけど、困ったもんだね」的に様子を伺う家族の様子も妙にリアリティあって 
そこから助けようとするおとっつぁまもよかったし、そしておとっつぁまを助けようとする尚さんもよかったですね~♪
しかし尚さん、助太刀するためとはいえ、あんなふうに面罵した叔父さんたちのとこにスラッと入ってったり、八重さんに「あなたはあなたであればよい!」と大演説ぶったり、この人はほんとに自由人だなと。勝手気ままやワガママじゃない、ほんとの意味での「自由」人。よいわ~ 最後は八重ちゃんに人形みたいに担がれたけど(てかこれ絶対京都での伏線でしょ)

結婚生活も順調に波瀾万丈で(日本語ヘン?)、まさに雪さんの言うとおり「それが新婚サンの醍醐味よ(かなり意訳)」って感じで。しかし雪さんの言うことはいちいち悲劇を思い起こさせて悲しいですね。「帰ってきたら♪」ってニコニコしてるあたりもうダメ押し
おとっつぁまの余計な口出しやパントマイムによりこじれかけた新婚生活も、尚さんの「あなたは、あなたであればいい」という、鉄板過ぎてもはや使い古しの感すらある決めゼリフによって、無事解決 いやこういう承認欲求を全面的に満たすような、「そのままの君が好き」とかって、一昔前によく流行ったな~とか。「癒やし」とかも同時ブームだったかな。

そのまま終わったら、個人的に「昔さんざんドラマとかで聞いたようなセリフだな~」で終わってましたが、やっぱりここでも八重父母がグーでした。そうか~おとっつぁま、昔は借りてきた猫だったのね そう言って肩でおとっつぁまをつっつくおっかさまもかわゆいし、ぶっす~~~とした顔のおとっぁまもかわゆい こういう「ニッポンのおとっつぁま」と、表だって自己主張はしないけどポイントはしっかり押さえてる「ニッポンのおっかさま」って、本当に懐かしい気がします(うちの母はもうちょっと現代人でしたが、父はまさにこんな感じだったような

しかし考えてみれば「個性」とか「自由」とかが当たり前な現代に「そのままの君でいて」とか言うのと、「近代前夜」の時代にそう言うのとじゃ、けっこう意味合いが違ってきますね。
前者の場合は、保障されてる「個性」や「自由」という背もたれによりかかりましょうよという「癒し」っぽい意味になりがちだけど、八重さんや尚さんの時代だと「2人で険しい道を行きましょうよ」という、癒やしのカケラもない、覚悟を伴う意味になってしまうような。もちろん、こういう人たちが険しい道を切り開いてくれたから(プラス第二次大戦の敗戦もキーポイントですが)、今の私たちが「個人の権利」を手にして「自由」に振舞えるわけで、それ自体はとってもとってもありがたい背もたれではありますけれど。ただよりかかりすぎて壊しちゃったら元も子もないというか。

と、今回も会津パートは微笑ましく、対して政治パートはまだまだ底が見えない下り坂真っ只中。
なんだかもう、殿がアッシュ・リンクスに見えてきてしまいました 自分の孤独を引き受けてくれた人のことは、なんでそこまでってほど、捨て身で守ろうとするその純粋さ すっかり孝明天皇=英二説 
養子という境遇(でも大名家にはそんなに珍しくないけど)、「忠義」という教育をすんなり受け入れる優等生気質、言い換えれば人に対しても物事に対しても、素直で誠実な方だったんでしょうかね~。それは人間的に「美点」なはずなのに、なぜこうなる これはどんなにキレイゴト言っても、他の命を取らなきゃ生きられないという原罪を背負ってる生物の定めであろうか?アオクサ~イ
「これを成し遂げたら、みんなで会津に帰ろう。磐梯山の見えるあの会津に」
平和な時代なら、真面目で部下思いで、会津を愛する「良いお殿様」であっただろうに。「清廉な人柄は、この激動の時代には「弱点」になってしまう」という、どこかで読んだ文章が思い起こされて悲しいです。

そして、そんな殿に忠義立てする藩士たち。月を眺めながら、距離的に、さらには時間的に、今や遠く離れてしまった懐かしい会津をそれぞれ思い出す神保さんたちは、親子による公私の別なども含めて、しみじみといいシーンでした。
そうか~覚馬の脳裏にあるみねって、生涯、赤ちゃんの時の顔しかなかったのね。。。白内障なんて、今ならそこらのジジババみんな気軽に手術受けて治ってるのに(と言っても手術自体は目の中のレンズを人工のものに入れ替えるという、素人には「ものすごい技術の進化!」ですが、お医者さん的には「至って簡単な手術」だそうで)、失明の危機に際し、静かに涙を流す覚馬がまたこのドラマらしく、抑制の効いた描写でした。

一方、春嶽と西郷=元祖ブラックと新ブラックによる根回し対談。
倒幕派のドラマなら、「公論を持って国を動かすべし」「共和政治か」なんてとこでは、明る~い音楽が流れて「おお共和政治!明るい未来」的なイメージにするんじゃないかと思うんですが、会津視点のドラマだと一味違いますね 個人的にはどうもこのドラマで「共和政治」とか聞くと、国連とかを思い出しちゃいます「理念はスバラシイけど裏は色々」みたいな。

今回家茂が出てきたので、久しぶりに「天障院篤姫」を引っ張り出して読み返したんですが、幕府方=江戸方ってほんとに、朝廷=京方をもう仇のごとくに思ってたんですね 「圧力ばかりかけてきて、ご公儀の威光を削ぎ取る存在」みたいな。
会津藩(というか容保)にとっては、幕府と朝廷は敵対するものではなく、一直線に忠義を尽くす存在だから、こういう感覚はわからなくて困っちゃいますよね。分離不可能なものが分離して敵対してるっていう構図も、これまた世の中いっぱいあるけど、こういう構図になっちゃうと、結局どうやっても、どちらかへの(あるいは両方への)裏切りにしかならなくて、いっそ自分の本音で動いた方が、同じ結果でもまだ後悔は少ないかもしれないという。でも本音が「どっちも大切」だったら、どうしたらいいんでしょね? 
「幕府のため、朝廷のため、誠を尽くせば尽くすほど、会津は泥沼に足を取られていく」
という、死にゆく横山トミーの言葉が、あまりにも切ないです。長州の戦も会津が引き起こしたと見られるとかさ。

その死に際の、もう見るだけで切ないトミーが、これだけはと頼んだ秋月の復権。
しかし案の定というか、そんないまわの際の遺言すらきっちり無視され、北海道へ飛ばされる秋月さん。ああ~ほんとに、残念なことをしてしまった
八重たちと別れの会話を交わす秋月さん、すっごく怒りがこもってましたね~~!サバサバした口調なだけに、上への怒りがヒシヒシと。
ノベライズだとこのシーンはもはや「達観」て感じすら受けたので、こうして役者さんを通して見ると、同じセリフでも随分印象が変わるなあと、またまた「ガラスの仮面」的面白さを味わいました。ああこれから怒涛の如く襲い来るインフルエンザシーンの数々も、早く画面で見たい!

次はいよいよ、そんなノベライズ2巻で初のインフル級悪寒を覚えた、薩長同盟&長州征伐
今回ミッチー桂がやたらかっこよかったので、その点でも次回が楽しみです(うおっこの美形は誰!?と一瞬思ってしまった

あっと忘れてた、小堺具視!
この人は古畑任三郎でも、「腹に一物秘めた小心者」という犯人役を、まったく違和感なく演じてらしたり、三谷さんがこの人の一人芝居を誉めてたり(映画の色んなシーンにあわせて、まったく違うけど絶妙なセリフを入れて笑わせるという)したので、もともと演技のセンスがある人なんだろうなと思ってましたが、想像以上に違和感なかったです ちんまりした容貌もあいまって、なんだか黒ヨーダみたいな(大久保はダースベイダー?

岩倉具視や大久保利通も登場して、いよいよ時代は維新に向かってるんだな~と思わせる14回でした。

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八重の桜・第13話

八重の桜・第13話「未来への決断」・・・じゃなくて「鉄砲と花嫁」(ってなんじゃそら)の感想です。
今回は尚さんと八重さんが未来への大きな決断をする話なのですが、「八重が結婚するよー要チェックだよー」とどうしても一言告げたくなったのでしょうかNHK? 確かに尚さん、鉄砲がらみでプロポーズしてはいますけど。

このプロポーズシーンは、個人的には、期待してたよりドキドキしませんでした 「新しい鉄砲作りが成功したら、命中したら、八重さんに申し込む!」っていうのは、すごくよくわかる心理だな~とは思いましたけど、八重ちゃんが泣きながらうなづくまでのとこは「長いな~」とか思ってしまったり
けど、尚さんのプロポーズ自体は印象に残りました。「あ、尚さんは会津人になったんだ!」と。
以前は「身分など関係ない、ここでは好きなことができるから(←身分が与えられないことを謝る八重ちゃんへの気遣いでもあったでしょうけど)」と言っていた尚さんが、今は「ここ以外でも好きなことはできる」と言う八重ちゃんに対し
「幾つ道があっても同じことです。私は八重さんとともに、会津で生きたいのです」
すなわち、身分も、そして好きなことができるできないももはや関係ない、会津が自分の故郷になったのだ、と。
後年の尚さんは、会津(というか斗南)の窮乏を救おうとして失敗してしまい、失意のうちに世を去りますが、それはきっと、八重の愛した会津を、自分の故郷となった会津を救いたかった、その一心だったのではないかと。

しかしいつも飄々として見えた尚さんが密かに「自分は八重さんにふさわしくない」と思っていたなんて
「浪人の居候」とかあまり気にしない人という感じだったけど(実際以前はそう言ってましたもんね)、それは見かけで、実は色々屈折する部分もあったんですかね~。いや、八重ちゃんを好きになったから、気にするようになったのかな?この当時、男の人はこういう「身分」みたいなもんに縛られて、女の人はそういうのがないかわり、「女という身分」に縛られて、っていう感じが、現代よりもはるかに強かったんでしょうね~。その縛りがある種の秩序を保たせてたのも否めませんが。

そして権八おとっつぁまの、本当にうれしそうな表情ときたら なんかこう「(あきらめかけていた)娘の晴れ姿を見ることができて、お父さんよかったね♪」という感じで
京都でも、あんつぁまご一行が喜びに沸き。いや約1名は喜ぶどころか決定的なブロークンハートですが
「相手は川崎先生」と聞いて黙り込む大蔵様の横顔は、「やっぱりあの時、先生が絶妙なタイミングで飛び込んできたのは、最初から俺の告白をぶちこわすつもりで・・・」と思いをめぐらせているように見えてしまいました
しかしこの(大蔵以外には)ほのぼのシーンで、覚馬の目のことを入れてくるとは。ちょっとギクッとさせますね
そうそう二葉に人形を贈る平馬さんは、色んな意味で味があってよかったですね♪さすが遊び人、マメで気配り上手です 対して喜びを素直に出さない二葉ちゃんの、安定の葵上ぶりもいいですね

そしてずっと忘れてたけど国許では登勢さんも出てきましたね。しっかし顔ちっちゃいこと
「与七郎の昔のこと、少しずつ話して聞かせよう」と、お姑さんとの関係も良好なようで何より。しかしほのぼのであればあるほど、籠城戦での無残な死が・・・

さてさて京都パートでは。
まずは鬼佐川、いよいよ活躍!
頼母との対決シーンもそうでしたが、個人的にこの人のしゃべり方は、妙に「方言のカッコよさ」を思わせます。体育祭の時に「おらおなごども!ちゃっちゃとせいやー!」とか、普段は使わない方言丸出しでゲキを飛ばす男子が、妙にカッコよく見えてしまうことがありましたが、男言葉の方言って時に(キャラによって)、男くっささ数倍増しで聞こえるんですよね。
でも別撰組は出ても見回り組は出ないのかな?「ドーナツとっておいたお」とかのウザメールを送りまくる佐々木只三郎、銀さんの次に好きなキャラなのですが(それは佐々木異三郎

ここで長州の下関戦争勃発!
この戦争で、それまでの過激な攘夷の限界を身をもって悟った長州は、ついに「開国」へ方向転換するわけですね。
ああ~~この時に佐久間象山が生きてたら!「公武合体で開国」案も、反対派が攘夷の限界を知った今ならすんなり進んだかもしれないのに!
象山の暗殺がもう少し遅かったら、あるいは下関戦争がもう少し早かったら。
歴史の流れは変わっていたでしょうか?

そしてもう1つの大目玉。越後屋とお代官様・・・じゃなくて、勝と西郷の会見。いやなんかこの雰囲気、ほとんど「越後屋、おぬしもワルよのう」「いやいやお代官様こそ」だなと
「清らにたかく」では、「勝海舟=江戸を救い、会津を救わなかった、口のうまい男」として描かれていて、それが自分の中ではなんだかパズルのようにぱちっとハマったのですが、今回の勝はまさにそのとおり。いや、それ以上に黒い勝でしたね~~~ これほど黒いかと。
いえね勝さんの言うことも悪くないんですよ。道理なこと言ってます。内乱なんぞしてる場合かとか、これからは共和政治だ公論だ、新しい仕組みを作るんだとか。
ただね~。「内乱なんてよしなさい。日本のためにはならない」という理屈で長征を止めさせるなら、じゃあ戊辰戦争は?会津は?とどうしても思ってしまうんですよね。そこにはつまり「日本のためになるからいい」という冷徹な、大の虫を生かすために小の虫・会津を殺すような理屈があったんじゃ?って。
もっとも「大の虫~」っていうのは政治の基本で、そんなこと言っても仕方ないのかもしれませんけど、少なくとも個人的には、そういう「政治的な人」が言う「共和政治」だの「公論」だのって、本人たちが言うほど素晴らしいもんに聞こえないのは確かです。

そもそも「諸侯が知恵をを出し合い、公論を作る」って、倒幕しなきゃできなかったのかな?幕府もそれしようとしてたんじゃなかったかな??
人は変われば組織も変わる。人を入れ替え、外様の意見も反映されるようなシステムにし、そうして内側から変わっていくことは・・・できなかったのかなあ?まどろっこしい?そんな悠長なことをしてる時間はない?
うん、それもわかります。こんな悠長なことを思ってしまうのは、私が当時の危機感を共有してないからかもなと。
長州は過激な(=直接的な)攘夷行動に走って、下関でその報復をされましたけど、それがすなわち「海に面している国の危機感」ってことなんですよね。
会津と違って、自分たちの住んでいるところから海が、外国の艦隊が見える国。下手したら外国船から直接攻撃を受ける国。
そうした地理的条件から来る「具体的な危機感」が、時に直情径行とも言えそうな攘夷に走らせた一因だったのかもと思います。良くも悪くも、山に守られた会津にはなかなかピンと来ない身体感覚。いや会津も海の警備を任されたりはしてますけど、「自分の国が、国土そのものがやられる。今すぐ何とかしなきゃ」という危機感は。

けど、そうした「危機感による公論の確立」を目指していたのが、その「公論」が形になるにつれてやがて「自分たちの思い通りに国を動かしたい」になっていった面もある、ように思えて仕方ないんですよね。何か新しいシステムを作るたがる「運動」って、そういうふうに変質していくのはよくあることだし。
勝先生とか、西郷が帰った後になってその「変質」を予感したのか、「俺はしゃべりすぎたか?」って、何を今更 あんた思いっきりそのつもりで話してたじゃーん。柿にぎりつぶして「グヘヘヘ」とか悪魔の笑みを浮かべてたくせに。

かくしてブラックデビルと化した幕臣によって、ラスボスは目覚め
次回はいよいよラスボスによる薩長同盟です。坂本龍馬もちらっと顔だけ出す予定!?
(と思ったけど勘違いでしたm()m 薩長同盟は次々回ですね

おっと忘れてました、最後を爽やかに〆る八重の結婚。
「このおじーちゃん久しぶりに見た」とUが言ってた西田頼母も、相変わらずいい味出してましたね。どうもこの人はしゃべり方のせいか、孫娘の結婚話に目を細めるトボけたお年寄りみたいなシーンでは、やたら加トチャがオーバーラップしてしまい
その前の、秋月とのツーショットもよかったです。「国許に帰ってくると疲弊ぶりがよくわかる」みたいな秋月のセリフが、なんだか実感あって。
そして、八重の白無垢姿 うーん欲を言えばここは森三中で「おおっ化けたね~」ってところを見たかったな。綾瀬はるかちゃんじゃ元からキレイだからイマイチ驚きがね ものすごいキレイではありましたけど

ということで、次回からはますますドツボにはまっていく会津藩なのでした 

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