ふくしまフェス・各地のお祭り編

さあパレード後編です!

「ディズニーの仲間たち」の後に現れたのは~?

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「琉球国祭り太鼓」!
はるばる沖縄からの参加です!

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「琉球国祭り太鼓」は、沖縄の伝統芸能エイサーをベースに、空手の型を取り入れた独自の振り付けと、ダイナミックなバチさばきで、沖縄を代表する創作太鼓集団です。1982年に沖縄市の泡瀬を中心とした若者たちによって結成されて以来、沖縄が大切にしてきた「迎恩」の心を打ち響かせてきました。

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沖縄好きとしては居ながらにしてエイサー見れるだけでもうれしいのに、さらにコザ好きなもんで「泡瀬」と聞いただけで心ときめくものが
エイサーの本場ですからね~コザは

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カッコいいバーランクーチームに続くは、大太鼓チーム。
けっこう重そうなのに、女の子がこれ打ちながら軽やかに動き回るのに驚き

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迫力あります!!

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一瞬も力を抜かないピタッと決まったパフォーマンスに加え、決して笑顔も忘れないサービス精神が素晴らしい
太鼓抱えたままルートを踊りとおしで休憩も取らず。すっごい疲れると思うんだけど
「見せる」ことに本気で徹してるチームですね~カッコイイ!

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お次のチームは~?

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山形県「花笠踊り」です!
山形は確か、福島県からの避難人口第1位の県。
このお祭りにも来てくれて、ほんとにありがたいです

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農作業の作業風景を菅笠で表現した踊りが、花笠踊りの原点です。本日は各流派の踊りを取り混ぜて披露いたします。
とのこと。
見たことないので普通の盆踊り的なものを想像していたのですが、笠がクルクル回るせいか、けっこう派手で予想よりハードな踊りでした 言われてみれば確かに農作業っぽいです!
ありがとう山形県

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次は個人的お待ちかね、長崎くんちの龍踊りです。
これ一度見てみたかったんですよね♪

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「龍」と書いて「じゃ」と読むのか

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うれしいなあ 思わず目頭が熱くなります(*^^*)
ところでNHK教育の「にほんごであそぼ」や、最近だとCMでもやってるあの歌、長崎のなんですってね
この車見るまで「でんでら龍ば」のとこ、長崎では龍を「リューバ」と呼ぶのかと思ってました。「ば」は助詞なのね

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龍踊り(じゃおどり)は諏訪神社の秋の大祭おくんちで奉納され、400年の伝統を誇っています。国指定重要無形民族文化になっています。
とのことですが、えっそうなの!?私はまた中華街でやる中国のお祭りかと思ってました
てか実際に見たら、こんなにも中国なのかと驚くほど(だから異国情緒で好きなんですけどね
諏訪神社がらみなのか~。面白いなあ(確かに諏訪神社は蛇系ですよね)

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服装から楽器まで、すべてが「異国~」って感じの中で、異国情緒・中国情緒を一層かきたてるのが、このラッパ↑
ピュオオ~~~ンって甲高い、切り裂くような。って伝わりますかね~?? これ聞くと個人的には一気に中華街が思い出され♪

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それとバクチク!ドラが打ち鳴らされ、ラッパが響き渡り、そこにバクチクがパパパパンパパンとかぶさると、なんだか中国旅行気分

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それら非日常的な音に包まれて、いよいよ竜がやってきました!
玉を追いがてら、観客サービスもしてくれます。
近くで見るとますますカッコいいわ~~

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尾っぽの人が、ちゃんとグネグネと蛇(龍?)っぽく動かしてたりして、芸が細かい

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威勢よくとぐろを巻き始める龍。
これがパパパン、ピュオオ~ンなんかの鳴り物の中で始まるともうね、見てるだけでテンションUP

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さて次に来たのは、うってかわって日本情緒な「佐渡おけさ」です。

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てか、しずしずと舞う佐渡おけさの後ろで、サンバのお姉さん方がピッピピカンカンと踊り狂ってる光景は、ありえなすぎて笑ってしまいました こんな対比の妙が楽しめるのも、全国のお祭りを結集したこのフェスならではでしょうね~

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あまりの文化の違い、というかあちらの明るさに「どうせこっちは島流しだよ。冬は雪が横に吹いて日本海の荒波どっぱーんだよ」とか思わず僻んでしまいました(新潟出身者としてつい佐渡へのシンパシーが)
しかしいくら環境が気質を作るとはいえ、日本とブラジルでこれほどお祭りの性質が変わるとは、面白いもんですね~

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というわけで、次は一転「浅草サンバカーニバル」です!

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説明不要!ただただ見とれるばかり

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どうしたら胸だけ成長できるのかしら?胸が重たくないかしら?
とかどうでもいいことを思うばかり

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リオのカーニバルを目指す精鋭メンバーで構成される。メンバー全員渡伯経験を持ち、ブラジルでのカーニバルやショーへの出演経験も豊富。本場さながらの演奏・衣装・ダンスを華麗に再現。東京近郊を中心に活動中。
だそうです。すごいな~ほとんどプロじゃん!

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浅草のサンバカーニバルも一度見てみたくなってくるな~これ見てると♪

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皆さん沿道へも愛想良くて、ほんとに「ショーのプロだな」って感じでした。
てかこのお祭りに出たチーム、皆さんそうでしたけどね。

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サンバに忘れちゃならないリズム隊。
別名・縁の下の力持ち

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さてお次は、これまた新潟出身者の血がうずく・・・

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「新潟下駄総踊り」です!

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いわゆるよさこいですが、迫力ありますよ~~!
新発田祭りとかで見たんですが、その奇抜なナリと激しいダンスに度肝を抜かれ、一発で覚えちゃいました。
新潟県は新潟市から参加です。

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なんかこう「バサラ」とか「傾き者」って感じなダンス。統一感よりパワーみたいな。髪もわざとボサボサにしてたり。
「郷人」が戊辰戦争・会津の上級藩士なら、こっちは信長や利家が若かった頃の戦国時代とか、あるい落ちおぼれた武士や町民って感じかな~?
う~んどっちも好きだな~

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女の子たちもカワイイです
このファッションに惹かれてしまう・・・

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そして新潟勢は続きます。
次はこれまた個人的お待ちかね・関川村の「大したもん蛇まつり」。

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キターーーーー

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「ギネス認定・世界一」です。名前がふざけてるにも関わらず
長さ82.8m。重さ2トン!

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とぐろを巻く蛇。
毎年8月28日に行われる関川村での「大したもん蛇まつり」では、これがお祭り最大の盛り上がりにしてフィナーレです。
この日付は、昭和42年8月28日の羽越大水害から取ったものだそう。多くの犠牲を出したこの水害の記憶を次世代に引き継ぐため、村に伝わる「大里峠(おおりとうげ)」という大蛇伝説をテーマに、昭和63年から始まったとのことで、ギネス記録の「長さ82.8m」も、この日付に由来します。
この長さがどれくらいかというと、向こう↓が頭で・・・

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しっぽはあっち↓です。すごい!カメラに入りきらない!
沿道からも「すごーーい!」の声しきりで
「「大したもん蛇」って知名度ないし。。。ここだけ盛り下がったらどうしよう。。。」
と始まる前ひそかにハラハラしていたのは、無用の心配でした

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てか私自身が実は、村上市(関川村のお隣)にいた頃は最後のとぐろを巻いたところしか見たことなく、「確かにデカいけどさ。デカいだけじゃん」という印象だけだったという
ですがこうして間近で動いてるとこ見ると、それにしてもデカすぎでしょと今更のように。なんか、プロバスケ選手と思ってたら巨神兵来ちゃったみたいな
加えて予想外の荒々しさ!頭が右や左に移動すると、長い胴体が遠心力で振り回されて、ほとんどお神輿担ぎながら全力疾走してる状態に あやうく観客側に雪崩をうちそうになることも数度!
いや~こんなにパワフルなお祭りだったんですね~~ 会津で見れたことで誤解が打ち砕かれてよかったです

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それまで関川村のお祭りは地区ごとにしかなかったそう。
そこで、何か村全体が参加するお祭りを、ということで作られたのがこの「大したもん蛇まつり」。
関川村の全54集落が、それぞれ54個の胴体を竹とワラで作り、それに頭をつけて、ギネス記録「大したもん蛇」ができあがりました。なので蛇の胴体を見ると、それぞれの集落名が書かれた札がついています。

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当然のごとく休憩です いや~お疲れ様です。
皆さんとっても気さくで、沿道の人たちとも気軽に会話。
一人足りなくなっちゃった時は「一緒に担いでよ」なんて口々に呼びかけて、私たちも大笑い
み~んな「がんばろう!福島」と書いた鉢巻をしめての参加です。
陸上競技場で写真を撮らせてくれた「忠蔵さん(?)」も、パレード中ずっと「がんばろう福島!」を連呼してました。
関川村の全集落・54コによる胴体を全部組み立て、「がんばろう福島」の鉢巻を締めて、観光バス4台もの人数でわざわざ担ぎに来てくれたのか・・・このおっもい蛇を。福島に見せるために。・・・ヤバイまた目頭が(*^^*)

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さて大蛇の次は竜です!
遠くに竜が控える中、厳かに先触れがやってまいりました。
「さいたま竜神まつり会」です。

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さいたま竜神まつり会は岩槻黒奴を先頭に、彩乃宮太鼓、竜舞会、竜神おどり隊、淑徳大学による12mの4号竜、そして最後に50mの1号竜でパレードをします。
てことは、地元のお祭りだと2号や3号竜があるんだな。
今回来てくれたお祭りいずれも、ここでこれだけ迫力なら、地元で本物見たらもっとすごいんだろうな~と思わせるものばかり!

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これは合併を機に創設されたお祭りだそうで。
だよね~。川口市民だった頃は「たたらまつり」は聞いたことあってもこれは知らなかったもん。てか「さいたま」じゃなくて「岩槻(市)」だったもん。人形の町ね。
(ついでにターミナルな大都会が大宮市で、県庁と浦和高校があるのが浦和市で、アルフィー高見沢さんの出身地が蕨市だったのよね

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女の子たち(淑徳大学生??)が操る竜の後ろからは、太鼓と踊りが。
これが彩乃宮太鼓、竜舞会、竜神おどり隊かな?

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なぜか女子率(しかも妙齢の)が高いです。
後ろのなにやら巨大な竜も着々と近づいてきてます。

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そろそろ辺りは暗くなってきて、竜の体に灯がともりました。キレイ
あっ竜が鎌首(?)をもたげた!

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天に昇ってく~~!!すごい!!

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ああ~~~落ちちゃった
それともわざと落としてるのかな?
観客目線だと、ドデカ竜が自分の頭上に落ちてくる時は、上がる時にも増して大迫力で、沿道からはほとんど喜びの悲鳴が

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こっちにもぶあっさ~~~~~!!
って顔が怖いよ竜
落ちた瞬間、ここぞとばかり竜に触ろうとする手が四方八方から!(もちろん私も

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下の方では、こんな感じで竜を揚げてます。

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天に向かう竜。
いやあこれもカッコいいお祭りですね~~~

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カッコいい竜はまだ続きます!
福岡県・大牟田市の「大牟田「大蛇山」まつり」。
(あっ蛇だった てかこのフェスティバル見る限り、日本の蛇と竜は区別不能

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これは昼間止まってるのを見た時から「カッコいいな~」と一目ぼれした山車。
蛇のデザインもさることながら、さらに気になったのは紹介文↓
160年の歴史を持つ大蛇山は、祇園のお祭りに伴う行事で、江戸時代に三池地方で始まりました。
そして大牟田の各地に広がりました。今回参加者と山車は歴史と伝統を持つ「おおむた祇園六山振興会」の代表たちが一つの山車を曳きます。炎を噴く大蛇をご覧下さい。

なんと!火を噴くとな!?!?そっそれはぜひ見なければ

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うおっほんとだ!火が~!てか火花が~~!!
派手~~~~~~

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上からも後ろからも、ドラゴンの口からも火花が!!(いやスネークか
こういう荒っぽいお祭りは、無条件に血が騒ぎます

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最後はこれまたお待ちかねの弘前ねぷた!!
・・・なんですが、カメラの電池切れで、やっと1枚撮れただけ・・・
うお~~ん残念だ~~~!!すっごいカッコよかったのに~~~!!
(昼間停まってるのすらカッコよかったのに、それに灯がともされてぐるぐる動き始めるともう!!)

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東北の1日も早い復興を心より祈り、同じ東北人の絆として、青森県弘前市より弘前ねぷた卍会として、ふくしまフェスティバルに出陣します。
勇気と笑顔という思いから、今回のねぷた絵は会津にふさわしい題材で、鏡絵が「白虎隊」、見送り絵は「勇婦」を描きました。どうぞ豪華絢爛な錦絵の、迫力ある鏡絵と哀愁漂う見送り絵をご覧下さい。何よりも、東北の復興へのエネルギーを感じ取っていただければ幸いに感じます。

わざわざこのお祭り用に、会津用に、ねぷたを用意してくださったんですね~
同日岩手で開催された「東北六魂祭」も、東北6県、心一つに盛り上がったでしょうか

それにしても、見慣れた118号をまばゆいねぷたが通り過ぎていく光景はほんとに不思議で、新鮮でした。
いいお祭りを見れてよかったな~♪
アーンド参加してくださった各県の方々に感謝です
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テーマ : 福島県 - ジャンル : 地域情報

ふくしまフェス・ミッキー編

さあいよいよお待ちかねのパレードです!

が、待ちかねていたのはママだけで、パパはもちろん、KKも「友達と遊んでる」。
ミッキーに食いつくかと思ったUすら「19時からしむら動物園見たい」。ぜ~ったいお祭りの方がいいのに~と思うのは、ママがミーハーだからかしら?だって居ながらにしてこれだけのお祭りが見れるなんて機会、まずないわよ~~
と強く思いつつ、今回はママ一人で寂しく観覧です
17時開始なので、16時半ごろ着けばいいかな?
と、お堀端を神明通りに向かって歩いていくと

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亀発見
いっつも車で通り過ぎてたから、亀がいるなんて気づかなかったな~

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あちこちに「八重の桜」の旗があります

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さてパレード開始地点に着いたあたりから、おおっ既にシートがいっぱい!
立ち見1列目は難なく確保ですが、会津まつりなどに比べるとシート率が格段に高いです。それらは圧倒的に家族連れで、子供たちは赤白水玉模様のお洋服だったり、シェリーメイがくっついてたり・・・
こっこれはまさしく、TDRのパレード待ちの光景!
午前中行ったパン屋さんで「夕方から通行止めよ~。ミッキーのパレードがあるから」という会話を小耳に挟んで「いや他にサンバもエイサーも龍も蛇もあるんだけど」と心の中で思ったのですが、ごめんなさいこの沿道を見る限り、これから始まるのは確かに「ミッキーのパレード」でした う~むディズニーおそるべし!

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待ってる間、後ろを長崎の龍が通っていきました
見慣れた通りを、見慣れない異国の竜が通り過ぎていく眺めは不思議で、一瞬「ここはどこ?」的な感覚に。

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これからそんなお祭りを続々と見れるんだ!楽しみだな~~~
と、ワクワク待ってると、やってきましたパレードの先頭が!

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モーガン・スポーツカークラブ・ジャパンです。
すごいですね~これらの車、全部自己所有なのかしら!?

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創立1972年。今年で40周年を迎えます。北海道から九州まで11支部で組織され、ツーリングやボランティア活動を行うジェントルマン・カークラブです。
とのことです。ジェントルマンって自分で言っちゃいますか

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あっさっきステージで戦ってた、サムライなんとかが乗ってる~

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ド派手なスポーツカーがここぞとばかり行進してくるのかと思ってたら、意外と博物館に陳列されてそうなクラシックカー(と素人目には見える)の行列でした。
威厳ありそうな車と、それに乗ってる人のサービス精神旺盛な姿が、差がありすぎて素晴らしい

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このホスピタリティ、なるほどジェントルマンですね~
基本ミッキー目当ての子供たちも、これには大喜びでしたよ
ちなみに最後尾の運転手は、ゴリラでした

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横断幕がやってきて、お祭り開始って感じ♪

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そういえば以前「東北観光博」の広告が、東北向けローカル新聞各誌に、見開きで載ってたことがありました。
「皆様も観光博を作る一員です。難しいことはありません。観光客の人に何か聞かれたら、笑顔で答えたり、皆様が旅行に行ってうれしいと思ったことを、今度は皆様がお客様にすればいいだけです」
みたいな文章が載っていて、押し付けがましいなと思いつつも、うむうむそのとおりだとその気になっちゃったり
やっぱし、好きになって帰ってほしいですもんね、福島、東北のこと。
って言うほど私も福島・東北について知らないので、何か聞かれてもニヤニヤと笑みを浮かべるだけの怪しい奴になってるかもしれませんが、来てくれてうれしいな~とは心底思ってるので、観光客の皆様どうぞ安心しておいでください。ってか私も仙台とか一度行ってみたいな♪

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次は会津のよさこい2団体。
最初は会津若松市のグループ「WIND」です。

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・・・が、私たちが見ていた場所は、ちょうど休憩場所だったらしく
向こうの方でカッコいい踊りをしているな~と思ったら、こっちでは一斉にジュース飲み始めるわ汗ふきはじめるわ
ま、まあ踊る人はそれだけハードなんだなと目の当たりにできたのはよかったといえばよかったですが
しかしそのまま目の前を通過して、遠い方で再度踊りを始めたのは、ここで見ていた人たち一同「ええ~~~」でした。せ、せめて休憩した後ここから始めてくれればいいのに・・・

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「もしかしてこの場所ハズレなんじゃな~い?」「ミッキーもここで休憩してったりして」「それヤダ~~~」
など周囲から聞こえる会話に強くうなづきつつ、次にやってきたのは、会津下郷町を拠点とする「郷人」です。

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デザイン鮮やかな自前の車の上で、「♪会津~~だましい~~」ってなんとオリジナル・ナマ歌に乗せて踊ってました!
ちなみに会津のお祭りで「会津魂」の文字を見かけたら、たぶん高確率でこの人たちです

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しかしこのチームも、私たちが見てるはるかかなたの地点で、踊り終了
奴隊も旗をしまいながら通過していって「ああやっぱり・・・」と皆でガッカリしていたら・・・

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なんと、後に続くメンバーがぴしっと整列を!
(けっこう大人数のチームなので迫力

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「観客の皆様に、礼!」「よろしくお願いしまっす!」
こ、これはもしかして・・・♪

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お~~始まった~~~

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カッコいい~~
この「郷人」のよさこいはご覧のとおり、ひょうきんな奴隊あり、イケメンの上級武士あり、可憐な娘子隊に白虎隊と、まさに「会津!」(ていうか「戊辰戦争!」
単なるよさこいとは一味違った「時代絵巻ショー」って感じです

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何より目を奪われるのが、旗!

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「郷人」「会津魂」と書いた旗がひるがえり。
この巨大旗(とそれを扱う人の動き)を見てるだけで「すげーーー」とワクワクします

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時代絵巻のような着物が舞う中、これらの旗が堂々とひるがえり

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やがて唐人凧(の旗)も両側から上がり
「おお~~会津だな~~」と口開けて見てると、やがてそれらのバックに「どうだ!」とばかり持ち上がるのは巨大な・・・

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鶴ヶ城どーーん!!(あ~後ろからですごい残念
「郷人」、実は以前にも一度見たことあるんですが、いやもうこのシーンは鳥肌モノでした~ 個人的にはディズニーシーの「レジェンドオブミシカ」と双璧!ってくらい。
もし機会があったら、「郷人」オススメですよ~

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お次は同じく会津、金山町の「大蛇退治」です。
奥会津の沼沢湖に伝わる大蛇伝説に基づいて、毎年8月の第1土日に開催の「沼沢湖水まつり」で大蛇退治を再現
とのこと。

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金山町って、行ったことはないんですが、この町に沸いてるという天然炭酸水がおいしかった記憶が(なんでもモンドセレクション受賞だそう
で「なるほど水=竜神に縁の深い町なのかな~。そういや夏の豪雨災害もひどかったはず」とか思ったのですが、大蛇なら関係ないかな。でもこの蛇、どう見ても竜だけど。

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ここで第一部終了、いったん休憩です。
次はいよいよ「ミッキーのパレード」です
ただでさえ長く感じる待ち時間、次はディズニーとのことでそりゃもう♪
やがて向こうのほうから手拍子と、そして係員さんの「皆さん拍手お願いしま~す」の声かけが。
うわ~来たよ来たよ!なんかエレクトリカルパレードの前みたい

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やがて向こうの方から、ブラバンの音楽が聞こえてきて。
ザベリオ学園の中・高等学校吹奏楽部です。
沿道はもう、はるか向こうの方を身を乗り出してガン見
「あっチップとデール!!」という子供の叫びがちらほら聞こえてくる中・・・

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ついに現れました着ぐるみがじゃなくてミッキーの仲間たちが

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てっきりBIG5だけだと思ってたよ~~!
予想外にチップとデールを見れてうれし~

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キャラの後ろからは、地元・会津のダンスチームが続きます。
この赤い服の人たちは、たぶんTDRのダンサーだろうな。

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動きのキレや表情が、素人目にも一般ダンサーとは全く違うんですよね~

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おっついにあの耳が見えてきました。
沿道はもうがぶり寄り状態で、なんかこう「ワクワクの塊」といった空気が充満!

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キターーーーー

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ほんとに来たーーーーー

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グーフィーやプルートもいるよーー!!
(隠れてるけどドナルドも

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こまめに左右を入れ替わり、後ろの方にも気配りを忘れず。
これだからディズニーはすごいといつも思っちゃうのよね

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ウソみたい、本当に本物のミッキーたちが会津に来てるなんて。
この見慣れた118号を、ディズニーの仲間たちが吉野家バックにパレードしてるなんて。

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いや~~なんか、ほんとにウソみたいな光景だったなあ(←衝撃のあまり壊れる日本語
ちなみにミッキー&子供たち(子供会の面々?)の後からは、こんな大型覆面ワゴンがしんがりを務めていました。
なるほどこれに乗って中の人が着替・・・(「中の人などいない!」@ディズニー))

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はあ~~「ミッキーのパレード」、あっという間に終わっちゃった。
しかしながらパレードはまだまだ続きます
後半は、エイサー、サンバ、龍に龍に蛇に蛇と各地のお祭り盛りだくさん!(ってニョロニョロ系多すぎ
しかし長くなったので続きは次回へ!

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ふくしまフェス・ステージ&屋台編

「全国の有名な伝統文化が会津に集結!!新たな地域文化創造フェスティバル!!」

とのキャッチコピーも力強い、第1回ふくしまフェスティバルin会津、行ってきました

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昼間の会場は、鶴ヶ城横・陸上競技場。
夜のパレードが私的メインなので、こちらはざっと見で。
入り口に近づくと・・・おっ何やら見慣れないもんがいっぱい!

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ねぶただ~~~~~~

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ねぶたって見るの初めてなんですが、いや~カッコいいもんですね~
ところでねぶたって正式名称は「ねぷた」?

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会場には弘前から参加のねぷた始め、夜のパレード出場チームが色々と!
こちらは福岡県・大牟田市の大蛇です。おおっこれもカッコいいな~~~

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2つ並ぶとますますカッコいい!
ねぷたには、白虎隊の絵が描いてあります。
弘前のねぷたチーム、このお祭りのためにわざわざ作ってくださったんでしょうか・・・

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ねぷたの横では、長崎くんちの人たちが練習中。
これも今夜のパレードが楽しみなお祭りの1つですが、初見の目には想像以上に中国テイストでした
「異国~~]」って感じがしていいですね

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ステージでは、ご当地ヒーローが戦ってました。
名前なんだっけな?「サムライ」がついてた気が(写真は悪役ですが

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全体的にゆる~い空気の中、ゆるさに拍車をかけるようにどーんと鎮座するのが「大したもん蛇」
いや名前こそダジャレですが「世界一長い蛇」ということで、ギネス認定です一応;
こちらは新潟県・関川村からの参加!
元・村上市民としては懐かし~~いお祭りです

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このおじさんがまた気さくで、夜のパレードの時も大活躍でした
この長い蛇をかついで歩くだけでも相当な人数がいるので「関川から、観光バス4台で来たよ!」とのことでした
どれくらい長いかというと・・・

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↑こんなです。画面に入りきりませんでした
って、すっかりベンチがわりになってる~ これは地元・関川村じゃ逆にお目にかかれない光景だわ。ホノボノ~
しかしこのフェスティバル、やたら龍だの蛇だのが多いのはなぜだろう?もしかして島国日本の伝承としては、龍や蛇の話がダントツ1位なのか?
という思いを補強するかのように、大したもん蛇の隣には、子供向けのふわふわドラゴンが。

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と思ったら、これもれっきとしたパレード参加組でした
さいたま市・岩槻の「竜神まつり」だそう。
わ~~岩槻ってのも、川口育ちとしては懐かしい地名
けどこんなお祭りがあるなんて、知らなかったな~。このふわふわをどうするんだろ?

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ステージでは、今回のお祭りのキャンペーンソング「ひとりじゃないの」が始まりました。
「石川ひとみさんです」のアナウンスに、帰りかけた私も思わず立ち止まり

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と言っても、チャゲと歌ってた「夏夏夏夏ココ夏♪」しか知らないのですが;;
舞台の袖に控える佐渡おけさチームを横目に、次は売店へ

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14時くらいだったのですが、売店は大盛況!!
前を歩いていた中高生とおぼしき男子たちが
「さっきの歌が耳に残って離れねーよー」
と言いつつ「♪ひっとりっじゃないってー」と歌ってました。
天地真理の歌が、平成の男子学生にも浸透力があるとは

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売店は、会津ソース串カツも・・・

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青春の味トミーフードも長蛇の列!

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浪江焼きそばに至っては、既に売り切れ終了でした
すごいぞ浪江町!!人気あるのね~~~

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こんなのも出てました

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やっぱり会津名物か・・・そうか・・・(←笹団子にこだわる新潟出身者

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どこも長蛇の列だった中、唯一空いていたここで、家へのお土産。

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磐梯町の物なのかしらん??
ご飯の粒が残ってるようなお餅を、こんがり甘辛い味噌ダレで食べるという、ほんとに素朴な味でおいしかったです
焼きたてが特に最高!

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さて、いっぺん家に戻ったら、いよいよパレードに繰り出しま~す

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放射能についての授業

というのを、こないだ小学校の授業参観でやっててびっくり。
いや放射能関連の授業が新設されたとは聞いていたのですが、こういう「放射能勉強会」みたいなのに参加したことも、原発について必要以上に学んだこともないママ的には、いきなり放射能の話が始まったのでけっこう驚き
というわけで、時々生徒に戻ったような気持ちになって、興味深く参観してきました
以下、相変わらず主観の塊で参考になることは少ないと思いますが、個人的にとっても印象に残ったことを。

まずはなぜ今のような事態になったか。それはマグニチュード9.0、震度6強の地震と津波が福島・浜通りにもやってきて、東京電力福島原子力発電所が事故ったからだ。
というところから話は始まったのですが
「ところでなぜ「東京」がつくかわかりますか~」「ハイそれは東京に電気を送るためです」
って、うお~しょっぱなから印象に残った~~! 会津の子たち、これが「東京(関東)の電力のための施設」って、ちゃ~んと学びましたよ~~ 私的にこれは今回の事故を考える際のけっこう重要ポイントなので、「よくぞ先生触れてくださいました」って感じであると同時に、「こうして戊辰戦争も語り継がれたのであろうか」とかもうっすら思っちゃいました ま、これはあくまでも福島原発の基本説明なだけで他意はないかもしれませんが。

先述のとおり、原発の詳しいことはいまだにさほど学んでない私。この時の説明で、非常用電源を回す「タービン」は、東北電力の電気で動かすとか、その電源が津波をかぶったのでダメになったとか知って、生徒と一緒に「へ~~~」でした
中でも「へ~~~」だったのが、この非常用電源、竜巻被害の多いアメリカでは地下に埋めてある。しかし津波が多い日本は、アメリカからこの原発一式(の設計?)を買う時、「津波に備えてうちの非常用は屋上に置かせてくれ」と頼んだのだが、アメリカの答えが「そんなら売らない」だったので、アメリカ同様、下に置く設計になった、という話。へ~~~日本も考えてたんだな~。なのになんでアメリカだめ出ししたんだろう?なんかライセンス料とかお金の問題??

ちなみに震度6強に見舞われた浜通りのとある小学校では、下駄箱が全部倒れたので出入り口がふさがれ、先生方の必死の復旧により開通するまでの1時間、生徒たちは教室に閉じ込め状態だったそうです そうか、そういう状況もありえるんだな~。まあいざとなったら屋上とか(津波)、1階の窓から出るとか(火災・倒壊)、何かしら逃げ道はあるのかもしれませんし、ここまで大きい災害だとすべてはもう運・不運ってとこもあるから、そういうまさに「想定外の事態」が意外と「あの時ああなったのは逆に幸運だったんだ」と後から思う場面になりえる場合もありますが、それでもその1時間の生徒たちの恐怖と、先生方の焦りたるや如何。

放射能については、特に目新しいことはなかったかな。ま基本というか。
放射線の種類、放射性物質と各々の半減期、見慣れた文部省作成・県内の濃度色分け地図e.t.c. 
この色分け地図を見た時の子供たちが、うちの子含めて「へ~~~こんななんだ~」と初めて見るような反応だったのが、こっちも「へ~~~」でした。大人と子供の目線の違いというか、大人にはもう見慣れて飽きたとか思われるような地図も、子供には意外と情報として入ってなかったんだなそりゃそうだなと。

そうした話の中で
「会津は大丈夫だけど、うちんとこにはこれも飛んできてます。今の家は今年中に出なきゃいけないんだけど、この飛んできたやつが半分に減るのは数億年後。もう帰るところねーよどーすべー」
と笑い飛ばすように語られる言葉を、実際に浜通り(の中でも原発直下とも言うべき町)から避難してきた先生の口から聞くと。
個人的には
「放射能は(醤油や油なんかと同様に)量の問題。そして今現在、その量からして福島県内それほど心配する必要ない地域が多い」
という感覚ですが、まさしくその量の問題で帰れない地域も確かにあるという、私が考えてもどうしようもないから普段は若干封印っぽくしている厳然たる事実が、リアルに浮上してきてしまうというか(しかし浮上したからといって、やっぱり「・・・どーすべー」なのですが)。

と、基本「へ~~~」だらけだったこの授業の中で1点だけ、異を唱えたくなったのが、ここで説明された
「しかし放射能を闇雲に怖がることはない。なぜなら事故以前から放射線はレントゲンで使われてたし、宇宙線として地球上に来ていた。放射性物質は花や食物にもある」
というところでした。
いやこの説明自体はまったくその通りなのですが、それを受けての結論が
「だから放射能全部が悪いわけじゃない。事故以前の放射能は良い放射能、事故でばらまかれた放射能が悪い放射能」
めいてたのがどうも(ここで「ああ自然の放射能はいいんだよね」という声も子供の中から上がってたし)。
子供にわかりやすく教えるためには、善玉悪玉に分けるのが有効だとはよくわかるのですが、そして
「事故以前からあった放射能は気にすることナシ、事故でばらまかれた放射能に注意が必要」
なのはそのとおりなのですが、しかしながら、放射能に善悪はありません。事故以前の放射能を気にする必要ないのは、別に善玉菌だからじゃなく、量が問題にならないほど少なかったからです。事故後の放射能に注意しなきゃいけないのは、それまでとはケタ違いの量が一気にやってきたからです。「自然」というエコな響きにだまされるのはやめましょうよ。いつ「自然」からしっぺがえしくらうかわかりませんよ~。

で、じゃあどう注意すればいいか、対策等。
放射性物質が多い時や場所(木や草、地面、屋根、雨どい、または風が強い時の土ぼこり等々)とその理由、そういう時はどうするか(窓を閉める、手洗い・シャワー等々)などで、これもまあ基本。
「外部被曝」と「内部被曝」という言葉を使っての説明だったのですが、ここで印象的だったのが
「外部被曝恐れるに足らず。洗えば落ちる
という感じで、それはまあそうかもしれないですが、それが強調されてるような印象を受けたのが(←個人的印象です念のため)「やっぱり福島は最前線なんだなあ」という気がしてしまったこと。
そしてそれ以上に印象的だったのが、「内部被曝」=「それら外部被曝の要因(土ぼこりや水たまりなど)を、うっかり経口摂取してしまう」だったこと。ある意味「福島問題(?)」がここまで大きくなってしまった最要因ともいえる「食品による内部被曝」の話は一切スルーでした これはかなり印象的、というかほとんどびっくりの域。

確かに、この話を福島の子供にうまく教えるのは、かな~り難しいと思います。だってヘビーな話ですもん。
県外の子なら「福島の食品」と「内部被曝」をつなげるのは何の痛みもなくできるかもしれませんが、県内の子にとって「福島の食品」=「日々食べてるもの」で、しかも「自分の家族や親戚、知り合いが作ってるもの」かもしれないわけで。
だからこそ教えなきゃ、という考え方もあるかと思いますが
「ええっ福島のものってダメなの!?じーちゃんばーちゃんは危険な物を作って売ってるの!?」
なんて子供たちが単純に思っちゃったら。
「内部被爆は危険→しかしながら今現在の数値ならさほど気にしなくてもいい→じーちゃんばーちゃんたちは決して危険な物を作ってるわけじゃない→しかしながら専門家の間で意見が分かれている部分もあるので食材によっては注意しよう」
なんて話をですね、「レントゲンも放射線の一種」という放射能に関する基本知識すら「へ~~~」なんて反応がかえってくるような、ある意味真っ白状態な子たちに、どうやったら過剰に思い煩わせることなく、ニュートラルに理解させることができるのか。大人だってわからなくて右往左往したあげく、ネットで醜い争いしては「で結論はどうなんだ。答えを善玉悪玉に分けて教えてくれ」ってな感じの風潮なのに。難しいです。

この難しさを思うと、私の中で浮上してくるのが「自虐史観」です(って唐突ですが)。
私は自虐史観って、そんな自虐言うほどひどくない(まそこまでひどくない頃に教育を受けた世代ってこともありますが)、むしろそういう「自分たちは加害者でもあった」という視点は成熟の証というか、必要な視点だとすら思ってます。
しかし、それが終戦からあれだけ時間がたった後にやっと出てきたというのは、やっぱりそういう客観的な視点を得られるのは、喉もと過ぎて熱さを忘れてから、つまり他人事になってからなんだな~なんて、この授業を見てしみじみ思ってしまい。
と同時に、サヨクで自虐史観を必要なものだと肯定している私は、先の大戦で中国とかには「申し訳ないことしちゃったな」とけっこう本気で思ってる・つもり・だったのですが、それは「昔の誰か他人がしたこと」という意識が、やっぱりどっかにあったのかもなと、初めてリアルに思ってしまいました。よしりんが、孫に極悪人呼ばわりされるじっちゃんに同情して「じっちゃんの名誉のために」と戦争論を書いた真情が、今ならわかる気がするというか(アンチよしりんは変わりませんけど)。
日本の大変さ、つまり空襲や原爆や軍隊や銃後や戦後の混乱や・・・といった「被害」は、子供の頃から色んな本で読んで身にしみてるつもりでしたが(だからいかなる意味でも戦争肯定する気には絶対なれない)、そうした被害者だった自分は実は加害者でもあった、なんて、そんな納得できない、あんなにひどい目に遭ったのに、どうしてさらにそんなことまで言われなきゃいけないの、という、自分が2つに引き裂かれるような痛みを伴った「自覚」は、したことありません。それは取りも直さず「他人事だから物分り良くなれてた」っていう証なわけで。

めちゃめちゃ話がそれてしまいました
念押しですが、私は福島を「加害者でもあった」なんてまっっっったく思ってません。
ただこういう自分の思いも含めて「当事者が客観的な視点を持つことの難しさよ。てかもしかしたらそれは不可能だって歴史が証明してんじゃね?」といったことを、自虐史観を例に思いつきましたってだけです、授業中に(←ちゃんと授業聞け

測定器で生徒たちに実際に教室を測らせたり(なんと玄関よりも教室の方が高い!先生いわく、コンクリート(もちろん事故前からのもの)から出ているので、数値は変わらないと業者さんに言われたのだそう。もっとも高いったって0.12でしたけど)、色々興味深い本編が終わって、最後は質問コーナー。
ここでまた印象深い質問が来ましたよ「なぜ東京の原発が福島にあるんですか」
キターーー 私も生徒だったらこれ聞くな。てか今でもそう思ってるな。だってやっぱ理不尽だもん
先生いわく
「色んな説があってわからない。土地がなかったってのもあるし、危険だって知ってたんじゃないかって説もあるし(ここで「えっ危険だって知ってて福島にって・・・」と反応した子GJ)、浜通りが自分から手を挙げちゃったという説もあるし」
うんうんこういうビッグプロジェクトは、色んな理由が絡み合うから「これが理由です」なんて簡単に言えないよね。でもこの理不尽さを子供たちと共有できた気がして、ママちょっとうれしい(ああ戊辰戦争もこうして語り継がれ
続く質疑応答もまた面白かった 「花の蜜吸っても大丈夫ですか」「アリに触っても大丈夫ですか」
そこで先生が
「ヒマワリがあまり放射性物質を取り込まなかった。だから大丈夫じゃないかとは思うが、調べてないからわからない。不安ならやめとけ」
と答えた途端「しまった吸っちゃったよーーー」という男子の声が一斉に。どんだけひもじいんでしょうね てかママ子供の頃花の蜜なんて吸ったことないんだけど、今の子もけっこうワイルドなのね。
アリは「触っても大丈夫」との答えに対し「食べても大丈夫?」食うなーーー 放射能とは関係なく食うなーーー
その後、先生の「南相馬の内部被曝検査で、数値の高かった人が共通して食べていたものがあります。何でしょう?」との問いに生徒「アリ」。だから食うなーーー(答えはイノシシ肉と山菜、あと鹿肉だったかな?うろ覚え)

そんなこんなで、大爆笑も混じりつつ興味深い授業参観だったのでした。

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会津vs.長州

引っ越してきて以来ずっと疑問なのが
「会津の人って実際のとこ、戊辰戦争をどれくらい根に持ってるんだろう」
ということ。

東日本大震災の時「山口県萩市から義援金が届いた!」って新聞の会津ローカル面に載ってるのを見て「新聞ネタになるのか!」と驚いたことから始まり、毎日「やってはならぬやらねばならぬ!ならぬことはならぬものです!」と唱和する小学生の姿を見て度肝を抜かれ、町を歩いていて史跡なんかに出くわせば、会津=戊辰戦争=リメンバー・パールハーバーな構図を感じて恐れ入り。
しかし人の方は、少なくとも周りの幼稚園や学校ママさんなんかは、それほど「薩摩長州許せない」なんて怒りは持ってない気がするんですよね。ま明治維新の話ですしね。
実際のとこはどうなのか、ママさんたちに聞いてみたいのはヤマヤマなんですが、いきなり「ところで薩長のことどう思います?」って聞くのもなんか変な人 だいたい戊辰戦争の話題がまず出ないし
私が直接聞いた中ではただ1人、推定50代超のおじさんが、会津のことを色々教えてもらった時に「少なくとも私らから上の世代は、今でも許せないと思ってますよ」と断言してたことがあって、「まだリアルなのか!」と、かなりびっくりでした(てっきり「そんな人今はいないよ」と笑われるかと思ってたので)

そんな折、時々ブログにお邪魔させていただくKさんご推薦の本「女に生まれてみたものの。」を読んだら、これまたびっくり。
著者は会津生まれの女性、私はこの方とほぼ同年代なんですが、まさにそのおじさんと同じ感覚で(ついでに著者の友人・会津在住の方もそうらしく)。
・・・話題にならないだけで、意外と普通に残ってるのかな?戊辰戦争の怨恨は。

ともあれこの本は、そんな著者がどういう因果か長州生まれの担当さんと、ともに角突き合いつつも「いい女になるための女修行」をし、さらにはお互いの故郷を、つまり会津人が長州を、長州人が会津を、訪問しあうという内容です。このお互いの訪問レポが、私的には白眉!

著者いわく
「子供の頃から聞かされた歴史は、存外重い。あそこには散々な目に遭わされたよと、年寄りの語りとDNAが私を引き止める」
推定50代超のおじさんが断言した時、「なんでだろう?おじさん世代の会津の学校教育は気合入りまくりだったのか?」とか思ったんですが、そうか会津もやっぱり沖縄戦みたいに、そういう口伝の歴史があったのか!しかも驚くべきことに、それは私世代まで受け継がれてるのか!?(江戸末期の話なのに!?
それともこの人が少数派なのかな?あるいは武士の家系とか??

それにしてもしみじみ思うのは、自分たちの歴史を大切にするって、こういうことでもあるんだろうかなあ。
すなわち「やられた方は忘れない」という。

そういうDNAにより(?)山口への出発前「行きたくない・・・」と暗くなる著者・会津娘に、しかしながら担当・長州娘が送ったしおりときたら。
「長州の者ども、戊辰戦争のこと「勝った」としか認識しておりません。会津でどのようなことがあったか、ぜーんぜん知りません。維新やったね、偉いねうちら、としか思っておりません」

じ、自分たちの歴史を大切にするって、そういうことでもあるんだろうかなあ
「やった方は忘れる」という。

会津の子たちが、白虎隊のような会津っ子宣言を唱和するように、山口の子(の中のとある小学校)は、吉田松陰の教えを全員で唱和する。
子供たちだけじゃなく、萩の人たちが皆、基本的に「維新をなした郷土」に誇りを持っている。会津の人が会津に誇りを持つのと同様に。
立場はまったく逆だけど、郷土愛、誇り、その質はたぶん同じ。

長州を旅して、それらに触れる会津っ子著者は、しかしどうしても「・・・受け止めきれない・・・」という思いが消えません。
その萩への郷土愛・誇りを理解し、立派だと肯定しつつも。
「ただ知っていて欲しい」
「知ってて欲しいんだよね。長州文化を誇る萩の人に、会津で何があったのかを」

お互い知ることは出来る。でもお互い理解しあえることは・・・なんのわだかまりもなくなることは・・・あるのかな?
同じ郷土愛を持っていて、だからこそお互いの気持ちもわかって・・・でも、だからこそ、「わかりあえない」ってことも・・・あるんじゃないかな?だってその場合、「わかる」=「自分の郷土愛を若干薄める」ってことだもの。
人間同士が本当の意味でわかりあい、ゆるしあえるのはもしかして、同じ境遇を味わった時、または、愛憎=歴史が風化した時、だけなんじゃなかろうか??たまにわかりあえる「気がする」ことはあっても。

この「長州紀行」編に出てくる、山口の郷土史家の方は
「(会津娘・著者&長州娘・担当は)わかりあう必要なんかない。大いにもめたらいい。歴史を風化させてはいけない」
とおっしゃいます。
風化しないまま友好関係を築くことが出来るのか、風化することで友好関係を築く方がいいのか、ここら辺はず~っと考え続けていて答えが出ないテーマです。「会津vs.長州」に限らず、個人でも国同士でも。
(一つの答えとして、風化しなくても「共通の敵」が現れれば友好関係を築くことが出来るというのがありますが。やっぱり「敵」がいないとダメなのか。平和主義者としては打ちのめされる答えですね~

この「長州紀行」でもう1つ印象に残ったこと、それは「海の有無が関係あったんじゃないか」ということ。
お城から海が見えるくらい、海がすぐそこにある長州。だから幕末、黒船に乗ってやってくる外国の脅威は身近であり、長州が動かなければならなかった。
翻って会津は、ご存知の通り盆地。KKの小学校では「会津は海がないので、海は憧れです。だから修学旅行も海に親しめる松島に行きます」というくらい(海への憧れを持ったことがない新潟出身者としては「へ~~~」とカルチャーショック)。
地理が違う。そこから来る環境も、感覚も、気質も違う。これは「歴史を時系列で理解しようとする」時にはこぼれ落ちてしまう点だけど、「歴史のその場その時を知りたい」時にはリアルな手がかりになるなと。
「雪深い会津は、海からも遠く、今を守る、ことを守り通して、どこかで勝っても、どこかで負けたのだろう。そういう国なのだ。時代に追いつかなかった」「(戊辰戦争での会津は)愚直であったかとは、思います」
誰がどう良かった悪かった以前に、良くも悪くもその時代にそういうふうに存在したという、自分ではどうにも出来ない「宿命」みたいなもんも、確かにこの世にはあるんでしょうね。。。

だからこそ「望むのはただ知っていて欲しい、忘れないで欲しいだけ」という敗者の側の、消えていく側の思いが、切なるものとして伝わってきます。

さてそんな会津に、今度は長州娘がやってきます
会津に肩入れしながら読む側としては
「さあ「うちら維新やったね」としか思ってない長州娘よ。これら会津の史跡を見て廻った感想は如何」
と、ある種サドっぽい期待を持ってしまうわけですが。
しかしその期待は裏切られます。
長州編の時はまさしく「苦労した会津vs.その苦労を知らない長州」だったこの紀行、会津編はしかしその復讐にはなりませんでした。
もはや会津も長州もむなしく、「苦労した過去の人=当事者vs.その苦労を知らない現代人=著者や担当(や読者)」という視点に、圧倒的な犠牲を記す史跡の前で、いつしか自然と。
会津だ長州だと担当さんとことあるごとにぶつかっても、それはどこか本気ではなかった。いや
「長州の人にひとこと「ごめんねうちらやりすぎたね」と謝ってほしい」
という気持ちは本気であっても、それは自分のことではない。自分が戊辰戦争で戦ったわけじゃなければ、担当さんが会津にひどいことをしたわけでもない。心の底ではそれがわかってる。
そういう欺瞞(と言ったら言葉が過ぎるかな?)が、飯盛山や西郷家墓所、武家屋敷などで、死者に対峙するとはっきりと認識され、と同時に、では自分のこととして考えようとすると必然的に「現代から過去を見ることの難しさ」になってしまうわけです。現代から過去を見て、あることは都合よく、あることは忘れ、何もできないまま、わかったような気になってしまう、現代人としての視点を認識させられてしまう。
「何が出来たわけでもないのに、間に合わなかった、止められなかったと申し訳なく思いました。でもそれは私が長州の人間だからじゃなくて、人死には私の中で悲劇でしかないからだと思います」
「私は美しいことだと、誤解していた。少年兵の死も、兵糧の枷になるまいと自決した人々の志もその行いも、美しいものだと・・・思っていました。あなたとこの町を廻るまでは。でも、戦争には事実しかなかった」
あれだけ会津vs.長州とやりあってた著者と担当が、「過去の現実」の前では、ともに無力で傲慢な現代人として同じ地平線に立っているという。

・・・自分とは切り離された「過去のこと」にならないと、人は同じ地平線には立てないのかな、やっぱし。

余談ですがこの本とは別に、逆の立場、つまり「いくつかの間違った言説に基づいて、悪い悪いと責められ続ける長州」側の反論・考察も、あわせて読んだりしたのですが・・・そしてその立場には純粋に「そうだよなあそれも切ない立場だよなあ」と思ったりもしたのですが・・・しかしなぜか読むほどに会津としての被害者意識が(しかも私は会津生まれでも何でもないのに)感情的に嵩じてしまうのは困ったもんです 相手に対してお互いが「わかってほしい!」と思っている限りは決してわかりあえないという構図。
会津に肩入れする側としては、100万言の「仕方なかったんだorそんなことしてないよorそっちだってしたじゃん@長州」を聞けば聞くほど、寝た子を起こされたような気分になるのですが、長州の地蔵堂で白虎隊が今も供養されている事実を知ると、ふっと「長州さんも大変だったろうになあ」という気もちになるような。

本の口調は、軽やかで明るく、読みやすいです。
歴史上の有名人が倒幕の密談をしたという「維新の湯」に「漬かってしまったーっ!」という感想を抱いて入ったり、史料館で山口出身の総理大臣7人の資料を見ては「なぜ権力にしがみつく・・・」とつぶやいてみたり
会津編でも、担当さんが鶴ヶ城に入ったとたん「尽きぬ恨み!」とスピーカーから流れてきたとか
「「柴五郎の「ある明治人の記録」を読むと、恨むのも仕方がないと思います」「女たちを切らねばならない長州もやりづらかった」(←先述の山口の郷土史家のお言葉)等々、印象的なエピソードが他にもいっぱい紹介されてます。会津や長州、またはスパリゾートハワイアンズや、突撃レポみたいなのに興味ある方はぜひどうぞ♪アーンドKさんこの本教えてくれてありがと~

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日食

金環食でしたね~
といっても会津は部分日食で、細い三日月タイプでしたが、欠けていく様子は日食グラス越しにバッチリ見えました

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↑寝巻きのまま・・・

ところで日食グラス、高いんですね~~~!!!
昨日コンビニで買ったら「1480円です」と言われ、思わずのけぞりました
TVその他で「肉眼なんてもってのほか。下敷きもダメすりガラスもダメサングラスもダメ」と、あまりにも「目が悪くなるぞ~~」と連呼されてるので、一応KK&U用に買ったわけですが(KKが学校に持ってっちゃうので2人分)。
しかし今朝、ゴミ捨てに行くついでに、家に日食グラスがあるにも関わらず肉眼でしっかり欠け始めの太陽を直視してきたママとしては(ワイルドだろ~~?
「おどかしすぎでしょ」
と素朴に思います。

そりゃ~始まりから終わりまで=約3時間弱くらい?じ~~っと肉眼で太陽を見つめ続けたらダメでしょう、てか無理でしょう。まぶしくて見続けてられないわね。
でも「今の欠け具合はどうかな?」みたいな感じで、時々太陽をチラ見したくらいで目がやられるとか、そんなわけないでしょーと思います。
要は「ゲームのやりすぎ」とかと同様、頻度というかバランスなわけで、実際は
「チラ見程度なら下敷きでもサングラスいいけど、じっくり観察したいなら専門のグラスの方がいいですよ」
なはずなのに、なんか「ちらっとでも太陽を見たら網膜がやられるぞ~」と言わんばかりなのがヘンだなーと。

これはマスコミの宿命なんでしょうかね~
「ちょっとなら大丈夫ですよ」とか言おうもんなら、「ちょっと=2時間」みたいな感覚の人が「ちょっとなら大丈夫って言うから信じてたのにダメだったじゃないか」と、目を押さえながら訴えてくるかもしれないし
そんな稀有な例ではなくても、子供とかなんて「ちょっと」なんて言っても歯止めが効かないから、そんなら曖昧な「ちょっとなら」なんてやめて、もう全部禁止にしちゃえ。そう言っとけば後は自己責任で、こっちのせいにはならないから。

みたいな意識が働いてる気がしてなりません。
マスコミがあまりにもそういう意識だから私たちの意識にも刷り込まれちゃうのか、それとも私たちの意識が鏡としてマスコミに現れているのかは、微妙ですが(相互作用なんでしょうねきっと)。
決してそれが悪いってんじゃなく。それが「現代のリテラシー」なんですよね。
「嫌なことは予防したい。もしも予防できずに起こってしまったら原因究明したい」
もっともです。完全同意です。
しかしそれが、神経症的に「予防しなければならない、予防できて当然」まで行っちゃったり、「原因究明」のはずがいつの間にか「責任追及」になってたり、というのは・・・絶対周りまわって自分の首絞めることになると思います。なんか違う、それじゃ行き過ぎあるいは取りこぼし、って感じ。そうした結果、嫌なことを避ける知恵の集積が、気づけば息苦しいレンガのおうちになってて「嫌な世の中になっちゃいましたね~」みたいな。
よりよい社会を目指していても、必ず副作用が出る。副作用を抑えようとすると、また別な副作用がある。皮肉ね~~~~~

こないだの竜巻報道でも、それを強く思いました。
竜巻の被害、形成システムの説明などとともに、大きなポイントとして出ていたのが「なぜ予知できなかったか」。
もちろんそれはそれとして研究してほしいですけど、なんかこう口調が「もっとちゃんと警報とか出してくれ」みたいな憤りが若干こもってるような感じがして、そう感じると「危険は予防できて当然、なのかな~今の社会は。そう信じちゃうと逆に色々大変な気がするけどな~」なんてめちゃめちゃ上の方から思ってしまったり
たぶんマスコミは警報を出す立場、それこそ責任を問われる立場になりかねないので、それを避ける意味もあって必死ってのもあると思いますが(あとそれと同じくらい、使命感もね。これで危険を伝えられなくて被害者が出てしまったら、なんのためのマスコミだというプライドはかなりあると思います)

まあ今は日本全体が自然災害に敏感になってる時期だから、そういう憤りは自然な感情でもありましょうが。
安全に暮らせる社会=危険を自在に避けられる社会は、とってもいいことですよ。長生きできるし。だから昔あった危険を1つ1つ潰して、安全に暮らせる社会を作ってきた結果が現代なわけで。
けど、危険を避けられる社会→危険は避けられて当たり前な社会→危険を避けられなかったらそれは自己責任な社会→それだと困るから自分以外の責任者を見つけたい社会、って、安全ではあっても安心できなさそうね 安全を確保するためには、いつもビクビクと不安に怯えて予防しなければならない。でもそんな風潮のおかげで、この景気停滞の中でも1480円というバカ高い日食グラスが売れてお金がちょっとでも動くんだから、そういう風潮は、実はみんなで望んでることかもしれないな~色々儲かるし。これこそ「避けられない」流れってやつか?

とエラそうに上から批評しつつしっかり流れに乗って買った日食グラスで、欠け太陽を楽しんだママ&Uでした(←こういうタイプが一番流れを定着させるという
KKは「友達と待ち合わせしてるんだ」と、グラス片手に張り切って、いつもより30分も早く家を出ました。早出してでも日食を一緒に見ようという友達がいるなんて、よかったよかった

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↑家に帰ったら、Uがぬいぐるみにも見せてあげてました

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新聞による雑感

GW後半は白根のジジババ宅に1泊してきました。
ジジババちゃんと遊ぶのを楽しみにしていたKK&Uは、滞在中はまったくママに寄り付かず、ママ大変ラク~~
子供をすっかりジジババちゃんに押し付け・・・もといジジババちゃんにありがた~~く相手してもらい、ママはその間久しぶりの新潟日報をば
旅行先で現地の新聞読むの好きなんですよね 「今違う場所にいるんだな~」と、旅行気分がすごく盛り上がって。
「粟島が島開き」なんて記事を見ては、あ~懐かしいな~粟島!と村上を思い出したり。
「妙高のはね駒」なんて記事を見ては、お~福島なら吾妻山の雪うさぎだ!と、所変われば品変わるを実感したり。これが見えると田植えの始まりなんてのも同じで、興味深し♪

ついでに先週末1泊した新発田のババ宅では、普段は福島民報というローカル新聞御用達につき、久しぶりの全国新聞という感じで、これまた朝日新聞を興味深く読み漁ってきたのですが。

しみじみ思ったことは、今更ながらですが「やっぱり福島の新聞は放射能関係の記事がダントツに多い」という、あったりまえと言えば当たり前のことでした。

なんかネットか何かで誰だかが言ってたそうじゃないですか。「福島では放射能の詳しい情報が流されていない。情報統制されてる」といったようなことを。「だから福島の人間は逃げないんだ。なんも知らないから」というような論調で。

ま~これ自体がネット上の聞きかじりなので、実際は違うのかもしれませんが、もしそう言ったのが本当なら、その誰だか(とその言葉を信じてる福島県外の方)に聞きたいです「どこ見てそう思ったんですか」と。

新潟日報で「トキの卵が孵化(だったかな?GWの頃の新潟日報はトキフィーバー記事が多かった)」が一面デカデカだった頃、福島民報の一面は「セ シ ウ ム 移 動」でしたよ。一字ごとにスペースあけて 山に蓄積したセシウムが、雪解けとともに移動して新たなホットスポットが、という記事。
(ちなみにGWの新潟日報は、県内に避難している家族との再会記事も多かったです。避難者を受け入れる側・新潟としての視点ですね)

朝日新聞だって少なくとも私が見た限りでは、放射能関係の記事って真ん中あたりで特集してた1ページ(他にチョコチョコ)という感じでしたが、福島民報ではその特集ページが丸ごと1日分の新聞みたいなもんですよ。放射能、原発、復興、被災者・・・それらの記事がないページなんて、地元出身選手がいない時のスポーツ面くらいじゃないかしらん?TV欄だって、おそらく全国どこでもやってるであろう夕方ローカル情報番組は福島の場合、やっぱり原発事故が絡まないことはないですし。

いや新潟日報がトキトキ言ってるのは全然OKなんです だってローカル紙ってそういうもんですから。地元以外はあんまり関心ないけど、地元にとっては一大事ってことは、やっぱり地元こそが伝えなきゃいけません。
逆に言えば福島ローカルの場合、福島第一・放射能・被災・復興こそが地元にとって今一番関心あることだという証なわけで。なので全国紙がローカル新聞と同じになっちゃったら、それはそれでやっぱりバランス崩してまずいので、朝日新聞の放射能記事が福島ローカルより少ないなんてのも全然OKです

ただね、そういう新聞やメディアの中にいる福島県外の人が、それとは段違いに放射能関係の話題が多い福島に対して「情報統制されてる。何も知らない」って、それはどうかと。地元の一大事として、他の地域とは比べ物にならないくらい連日新聞に出てるのに。

もちろんそのニュアンスが基本的に「だけど復興に向けて頑張ろう」なのは確かです。前述の誰だかは、そこら辺が気に入らないんでしょうけど、でもこれは地元として当然の心境じゃないでしょうか。遠い人は危険危険言って遠ざければ済むんでしょうけど、地元はそうはいかないでしょう。あったりまえですけど。

ちなみに下は今日の福島民報のとある見開きページ。
市町村ごとのエリア・農産・畜産物の放射能測定値などが、ご覧のような感じで、毎日のように載ってます。
新潟日報にも新潟各エリアや農産物などの測定値は載ってましたけど、こんなにこと細かく、ページ全面つぶすほど載ってはいなかったわ、当然ながら。

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2012陸上自衛隊新発田駐屯地祭その2

2012陸上自衛隊新発田駐屯地その1の続きです。
今回の私的一大目的・史料館に入るところからスタート!

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写真撮影できます!っていうのが太っ腹でありがたいですね~

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入ってしょっぱなにあるのは、自衛隊が間借りしている新発田城についてのコーナー。
お城に敬意を表してるんですね、自衛隊。
このコーナーで「いやあそりゃやっぱり会津は恨みを忘れませんよワハハ」と談笑しているオジサンがいて、「おお会津の人か?」と
新発田藩、裏切っちゃいましたからね~戊辰戦争の時

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お城のお道具あれこれ。
ちなみに各史料についている題字やパネル、模型に至るまで、館内の説明書きはぜ~~~~んぶ手書き・手作りですスゴス!

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「新発田」ってそうだったんだ~!

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この史料館、元々は「白壁兵舎」という、明治以来の由緒ある建物にあったそうです。
現在は解体補修工事のため、このプレハブに仮住まいということで。
そうよね~~史料館がほんとにプレハブだったら、日清~太平洋戦争の激戦を戦ってきた越佐健児たちが泣きますて

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館内はこんなふうに、新発田駐屯地の前身である「歩兵第16連隊」が参戦した戦いごとに色々な史料が展示されています。
第16連隊は、wikiいわく
「日清戦争から太平洋戦争に至るまで、激戦には必ず参戦したと言われ、軍功の大きかった反面戦病死者の数も多かった」
とのことで、確かに「シベリア出兵」「ノモンハン」「ガダルカナル」など、私ですら知ってるような名前が、館内には次々と出てきます。

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歴代連隊長。
なんたって明治から続く歴史ですからね~新発田連隊は

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展示史料はすべて本物=ほとんどご本人やご遺族の寄贈によるものです。
実際に使われていた兵隊手帳(?)↓とか、興味深し。

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当時のロシア紙幣とか。

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ロシアの風景等々。
この史料館の展示物、まとめて写真集なんかにならないかな~。
すっごく貴重な資料集になると思うんだけど。

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日露戦争・203高地で「名誉の戦死」を遂げた方の「名誉の軍帽」です。。。
こちらもご遺族が寄贈してくださったもの。

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私どーにも「名誉の軍帽」みたいな言い方に違和感を覚えるタチで。
にも関わらず、さっきは「これらの遺品を収めた史料館がプレハブじゃ~浮かばれないわ」と素朴に思ったのも確か。
この素朴な思いは、けっこう「名誉の軍帽」に近いもんがあるはずなのですが。
激戦で苦労してきた人たちの遺品なんだから、もっと尊重してあげたいという庶民の素朴な思いが、その時かぶっていた、弾痕のある帽子を「名誉の軍帽」にし、立派な神社を作って戦死者を顕彰し、やがて「美談の強制」までに行き着いてしまうんでしょうかね~。だとしたらその流れをどこで止めるべきなのか、というか止められるのか??

なんて、写真撮らせてもらったのにそんなこと思ってしまってすごく後ろめたかったので、撮った後ケースの前で手を合わせてきました(←すっかり変な奴

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↑こちらもご遺族の方による寄付です。
どれもご本人のものなので「これが実際に使われていた時代が、確かにあったんだな~」という感覚がリアルに。
沖縄のヒストリートでも思いましたけど、そうした品物=時代のリアル感という、いずれ必ず消えてしまうものを、こうして保存・展示してくれるのはとっても貴重ですね。
と見ていくと、ついに真打登場!

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軍旗です!
「フサじゃん」とか言っちゃいけません なんでも軍旗は肝心の旗がなければないほど価値があるんだそうで。
(詳しくは2010新発田駐屯地のレポをどうぞ)
実際はこんな感じだったそう↓(これは116連隊の旗ですが) 旭日旗ですかね~?

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昔は「駐屯地祭」のことを「軍旗祭」と呼んでいたほど、軍旗はシンボルとして大事なものだったらしく。
しかし今現在、ここにあるのはレプリカです。
これら軍旗は敗戦時に奉焼され、その歴史を終えました。

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しっかし旗の遺灰なんつーのが残ってるんですね!!!そんなアンタ人間じゃないんだから
なんて言えるのは現代人だから 当時はこういう感覚だったんでしょうかね~。ましてや相手が軍旗なら。
「おそれおおくも天皇陛下からお預かりしたなんちゃら(忘れたけど、なんか銃か何かにくっついてるちっさい部品)をなくすとは何事か!それはお前の命より重いのだぞ」とかなんとか言われ(ま物不足ってのもあったと思いますが)、見つからなくて自殺しちゃった新兵の幽霊が出るという、その名も「新発田連隊の幽霊」というエピソードを、子供の頃「新潟県の怖い話」シリーズで読んだことがあるんですが、これ見たら思い出してしまいました。ヤだなあそんな時代。

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最後の連隊長・堺吉嗣さんコーナー。
上の「歴代連隊長一覧」写真にも、最後の方に名前が載ってらっしゃいますね。

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軍旗の横には、こういう旗も展示されてます。

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肉筆なので見てるとなんか・・・切ないな~

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下のケースには、実際に使われた小銃ずら~り。

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刀コーナーも。
鶴ヶ城で美術品のように飾ってあるお殿様の刀と違い、ご本人の寄付によるサビサビの刀は、やっぱしリアルです。

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こちらはガダルカナル島で実際に使われていた機関銃。
「昭和46年、遺骨収集団(あやめ会)の手で30年ぶりに郷土に帰」ったそうです。

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鉄カブト。
左はインパール・コヒマにて住民が、右はビルマの野戦病院跡地にて第一次遺骨収集団が、それぞれ発見し、昭和50年、日本の地に帰ってきたのだそう。。。
私がとっくに生まれてた頃だなあ。当時はまだ戦争の記憶はすぐそこにあったんだなあ。

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新発田連隊は、仙台や会津若松の部隊とともに「第2師団」として、すでに敗色濃厚なガダルカナルへ。
しかしその前に失敗していた第一次総攻撃、そして今回の第二次総攻撃と、多大な犠牲を出し、結果的に陸軍として初めての敗戦となりました。
wkiいわく「第二次世界大戦有数の激戦地で、展開した日本軍部隊の多くが補給路を絶たれ、多数の餓死者を出したことから、餓島(がとう)とも呼ばれた」とのこと。
その後インパール作戦で悪名高い(?)ビルマなど各地の激戦を戦い、ついにホンカンにて終戦&軍旗を奉焼し、明治以来の新発田第16連隊の歴史は、ここで幕を閉じます。

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ガダルカナルコーナーには、現地で見つかった無名戦士の、サビサビボロボロの鉄カブトがガラスケースにずらりと展示してあったのですが・・・こちらはなんだか写真撮る気になれませんでした。。。皆様もしよろしかったら、ぜひ現物を新発田駐屯地にてどうぞ。
(こちらの史料館は、お祭り日ではなくても事前に申し込んでおけば無料で見学可能だそうです)

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上は終戦の御前会議の資料等。
これやっぱり、写真集とかで出してほしいなあ。解説がないと読めなくて

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帝国陸軍時代の軍服や、各種勲章などの一覧も。

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新潟ゆかりの有名軍人さんたち。

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前回「悲劇の中将」とか紹介しながら顔が写真に写ってないという、超失礼なことをしでかしてしまった本間中将のお姿が、今回無事に撮れて、心残りが1つ解消
へ~今村均大将も新潟ゆかりだったんか 確か水木しげるが兵隊時代、この人にナマで会ったってマンガで描いてたよな~(wikiによると、出身は仙台ですが、新発田中学に在学&首席で卒業したそうです)

陸上自衛隊新発田駐屯地になってからは、訓練や戦後の平和的貢献活動の紹介など。

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従来ならここで終わりですが、今年はここに、新たなコーナーができてました。
言うまでもありませんね。東日本大震災の、災害派遣コーナーです。

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コーナー全面、見切れないくらい多種多様な写真がありました。
気さくなおじさん(←自衛隊員です)が「ダッシュ村のある浪江町にも行きましたよ。こういう服を着てね」等、見学者に気軽にレクチャー。

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福島ローカル番組で「朝晩被災地を往復する自衛隊車両や警察に「ありがと~~」や「おつかれさまです」のプラカードを持って応援する姉弟」なんかの紹介もしてたので「自衛隊には福島県民すごく感謝してます!」との意を伝えようかとも思ったのですが、被災者でもない私が言うのもなんかおこがましいのでやめ~
ついでに「県内にいると「浪江町」で「だいたいあそこら辺」とかピピンと来るけど、県外向けだとやっぱり「ダッシュ村の」ってつけないとわからないよね」
とかどうでもいいことも思ってしまいました けどこの県内と県外での感覚の遠近感みたいなのが、今回の放射能騒ぎにも一役買ってるよな~とか思うのも事実。

「売店もありますよ~。私らが買うものも置いてあって。建物の裏っかわであんまり人行かないんで、ぜひ行ってみてください」
との気さくなおじさんの言葉を受け、史料館を出た後は売店へゴー

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ほんとに人いませんね

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売店の中はけっこう賑やかで、マニア率高し!

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迷彩服はもちろん、質の良さそうな下着とか、寝袋やキャンプ道具みたいなのも置いてあって、アウトドア派には重宝するかもって感じでした。「自衛隊御用達」と思うと、品質もしっかりしてそうですしね~
ボケボケですみませんが、おもちゃもありましたよ

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しかしここは本格的すぎて、私の求める「くっだらない自衛隊みやげ」がないなあ
と、お店を出ると、薄暗い廊下にはコンビニのヤマザキが。

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パンだから「パーン(と鳴るかもしれない)」手投げ弾バージョン
これこれこういうのよ~~
「ご当地キティちゃん(だったかな?)同期の桜バージョン」とか、他にもヘンなのありましたよ(ヘンなのって言うなー
ちなみに今回ここで買ったのはこちら↓

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自衛隊限定・バームクーヘンです
開けるとさすが自衛隊。

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桜マークが
味はね~スーパーで売ってる298円ってとこかな ひそかにユーハイム並みを期待してたんですけど、それだと税金の無駄遣いになってしまうのかしら?
どうでもいいけど本コーナーには。

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自衛隊本とともに、銀魂&バクマン。が
自衛隊でも人気とは、銀さん&シュージンファンとしては嬉しい限り

というわけで、2012年の駐屯地レポは終了です。
ここに挙げた史料はほんの一部で、他にも貴重なものがまだまだいっぱい展示されてますので、興味をもたれた方は、お城観光がてら新発田へレッツゴーです。

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2012新発田駐屯地祭その1

この週末は水原町に用事があったので、新発田の母ことばーちゃんちにお泊り。
新発田ではちょうど陸上自衛隊のお祭りもやってたので、ついでにチラ見してきました
と、その前に、水原の写真もチラリと。
(水原町って呼んでるけど、今はもう「阿賀野市」なんですよね)

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水原と言えば瓢湖の白鳥
もっとも今はとっくにロシアに帰っちゃっただろうけど、せっかく瓢湖を通りかかったしと車を降りてみたら・・・

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まだいたよ~
白鳥おじさん(←私らが子供の頃から既にここで白鳥にエサまいてたという伝説のオッサン)の数十年の餌付け努力により、ここの白鳥は通年(!)いるとのウワサですが、ほんとかな?白鳥って夏バテしないんだろうか??

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お次はこれまた車で通りかかった代官所。
水原って、新発田の高校生だった頃は「ヤンキーの町」というイメージしかなかったのですが、けっこう歴史ある町なんですよね。
もっとも新発田も、お祭りがケンカ台輪なくらいですから、あんましそんな上品な町とは言えませんが

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↑水原から新発田に戻る途中「新潟水俣病資料館」なんつーものを発見!

さて新発田に入って、お城を目指すとそこは駐屯地です。
自衛隊は新発田城の敷地内にあるので、敷地の周りにはこんな看板が。

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引いてみるとこんな感じ。
柵の向こうは陸上自衛隊・新発田駐屯地です。

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反対側にもありました。

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と、こうしてうろつきつつ、実は路駐できるところを探してたんですが、イマイチないな~。
当日は自衛隊の人たちがきちんと無料駐車場を用意してくれてるんですが、そこから歩くのがめんどくさいのよね
あっそうだ新発田城に停めようかな?

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新発田城どーん!
って鶴ヶ城を見慣れた目にはショボく映りますが、こちらは幸運にも戦災に合わなかったので現存の建物です。

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お城の入り口。
行ってみたら、同じこと考える人の車が、ここら辺にぎっしりと並んでいて、警察がここぞとばかりステッカー貼り&ナンバーの写真を撮ってました
というわけでご来場の皆様、あきらめて臨時駐車場に停めた方がよさそうですよ(byあきらめた人
ところでお城の周りには、こんなノボリがずら~りと。

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こんなノボリ、初めて見ましたよ。今年は新発田、堀部安兵衛プッシュ?
一応、会津坂下・生誕説もあるはずなんですが、遠慮会釈なく「生誕地新発田」って書いてますね
ちなみに「堀部安兵衛の手植えの松」がある長徳寺では、こんなポスターも発見!

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会津坂下ガン無視かーい!(てか真相はどうなんでしょうね?)
新発田は会津と違って、城下町でありながらお客を呼べそうな有名歴史キャラってこの人しかいないので、こうしてついつい必死になってしまうのでしょうか
堀部安兵衛、生まれは会津かもしれませんが(ここで新発田人から猛烈なクレームが来そう!?)、両親や祖父はれっきとした新発田藩士の血筋。さらに江戸に行く前は新発田にいたのも確かなので、少なくとも当時の感覚では「新発田人」で間違いないとは思います

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さてそんなこんなで、無事車を停めて入り口方面へ。
「新発田駐屯地記念行事」の看板が出てますね。
歩いてると、バラバラとヘリの爆音が!

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新発田城とヘリコプターの図。
着陸するヘリコプターが次々と現れて、すごい音でした。
というか、新発田の家でも朝っぱらからバラバラバラバラヘリの音がして「あ~そういや今日はお祭りか~」と。
なーんかこう「非常時」って感じがして、居心地悪い音ですね(被災地とかずっとこの音がしてたのかな~とか)

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やっと入り口到着。
「この地の由来」には、新発田城から第16連隊時代を経て現在に至る説明が書かれています。
「新発田駐屯地の中に入る」=「新発田城の中に入る」なんですよね。

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今回は、前回(2010年)より警備が厳重で。
入り口では、空港でよくやる金属チェックや、手荷物検査なんかもありました(前回はフリーパスだったのに。ってそっちの方がありえないのかな?)

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中から入り口を見るとこんな感じ。

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横の建物では、警備係の隊員さんが監視してます。キンチョ~~

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しかし緊張するのはここまで。
芝生の方に曲がると、そこはもうお祭り♪

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ちょうどお昼時だったこともあって、屋台が長蛇の列でした!
てか今回は、屋台スペースがちょっと狭かったような;;
あまりに人いっぱいすぎて、外からチラ見だけ。

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こんなグッズも売ってましたよ♪子供用Tシャツとかも。
しかし「I国防」ってどうなの?

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駐屯地に入ると、新発田城がそこからニョキっと生えている風情なのがなんだかおかしく
(ていうか駐屯地が新発田城を間借りしているわけですが)
ピクニックグループもいたりして、ここが自衛隊とは思えない平和な風景ですね~

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新発田の父ことじーちゃんによると、「戦前の新発田人が楽しみにしていたお祭りと言えば、春の加治川の花見、初夏の軍旗祭(=現・自衛隊駐屯地祭)、夏の新発田祭り」だったそうで。
当時の時代背景もあったんでしょうけど、第16連隊の軍旗祭、庶民にはすごく楽しく、かつ今では懐かしいものだそう。
その頃からの歴史が軍民双方にあるためでしょうか、現在の新発田駐屯地祭もどこか「地元のお祭り」っぽい、のどかな雰囲気があります

てなことを言って駐屯地祭を楽しめるのが、平和な証なんでしょうね~

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グラウンドでは、午後からの展示車両その他が準備中。
新発田駐屯地祭は、例年5月第二土日。土曜日は市内パレード、日曜午前は各種出し物(いや出し物っていうかテロリストを捕まえる等の立派な訓練です)、そして日曜午後は展示してある戦車やヘリ、武器なんかを心ゆくまで愛でることができます

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さっきうるさかったヘリも、向こうに見えますね~
これも午後からは操縦席に座ることができます。

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ジープの体験乗車もできますよ♪
ジープがきらびやかなお祭り仕様になっててかわいい

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ここら辺の展示・体験レポは、もしよろしかったら前回レポをご覧下さいm()m
たぶん毎年同じだと思いますので

 2010陸上自衛隊新発田駐屯地祭その1 
 2010陸上自衛隊新発田駐屯地祭その2

さて私的には、今回の目的はこちら↑ではなく、こちら↓!

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史料館です!
しょぼいプレハブ小屋ですけど、中は一級の史料館です!
前回駆け足で見たにも関わらず衝撃だったんで、今回もう1度ゆっくり見てみたかったんですよね。
しかしだいぶ長くなってしまったので、続きは次回へ!

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ミッキーが会津に来る!

今年のGWは、鶴ヶ城(のみならず被災3県軒並み)の観光客数は回復傾向だったそうで、本当~~~にありがたいばかり。
後半が雨だったのだけが残念です。皆様きっと遠くから来てくださったんでしょうにね。。。どうか次回は晴れますように

さてGWも終わったばかりですが、今月末、5/26(土)には、会津でまたまたこんなお祭りがあります!

「ふくしまフェスティバルin会津」
多くの人々の「絆」によって、全国の文化伝統芸能が集結し、福島の元気を世界に発信する『ふくしまフェスティバル』。
東日本大震災から一年が過ぎた今もなお様々な問題を抱えている福島県に明るい一筋の光を灯すため、 「勇気」「笑顔」を取り戻すために、日本全国からの仲間たちが、支援の輪を広げ、声を掛け合い会津に集結します。


といった趣旨で、浅草サンバカーニバルや、長崎くんちの龍踊りなど、一度は見てみたいようなお祭りが続々と!
なんと元村上市民としては懐かしいことに「大したもん蛇」まで!?(と思わず二度見
いやだって「大したもん蛇」って これどれくらい知名度あるんでしょうね~??一応ギネスなんですが
村上~神林~関川村~中条~新発田区間の7号線近辺在住者にとっては、きっと馴染みあるお祭りだと思うんですが、このお祭り、ちょ~ど間の悪いことに新発田まつりとかぶってるんですよね、日程が(なのでこのお祭り、村上市民は知ってても新発田市民は意外と見たことないかも)
私たちも例年新発田まつりの方へ行っていて、村上在住中これを見たのは1回きりだったんですが、7号線を往復するたび看板は見てたので、懐かしいな~と 引越し先の会津でこれを見れるっていうのも縁よね~
他にも佐渡おけさや、新潟下駄総踊りなんかも!(←よさこいみたいなもんですが、迫力あります。一見の価値あり
対して会津勢も、一度見て「おおっカッコいい!」と感動したよさこいグループ「郷人」なんかが出ますね♪

そして特筆すべきは「ミッキーマウスとディズニーの仲間たち」が
もちろん公式HPに載ってる本物のミッキーですよ!新発田祭りで自衛隊が仮装するミッキーじゃないですよ!(あれもまた違った意味で好きですが

ミッキーたち、そういえばこないだ郡山のイベントでもパレードしてくれたんですよね
思い起こせば去年、震災からわずか1ヶ月、まだTDRの営業自体が再開をはじめたばかりだった4月に、ミッキー&フレンズは早くも東北の避難所に慰問に来てくれたんだったなあ。
震災前「春休みになったら、GWになったら、TDRへ行こう♪」と楽しみにしていた人たち、東北にもきっと大勢いたと思うんですよ。大方の遠方ゲストにとってTDRって、GWとか長期休みにしか行けない、多くて年に1回の特別な場所だから。
加えてミッキーたちの、どんな人にも分け隔てなく接するホスピタリティ精神、及びなんか知らんけど見るとワクワクしてしまうディズニーマジック(?)は、その時どんなに子供たちの心を慰めてくれたことか(これはディズニーファン限定かな~?)
そして5月には、福島の避難所にも来てくれて!
夏には郡山のうねめ祭りにも参加してくれたんだよね
「福島」=「放射能」みたいな言われようだったあの時期、あえて来てくれるのは、感動以外の何物でもありませんでした。やっぱしディズニーはそうでなくっちゃあ

そんなこんなで、今から楽しみな26日です


追記
さっきTV「ミラクル9」の都道府県クイズに「大したもん蛇まつり」が出てたけど、やっぱし誰も知りませんでしたね

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ゆく春を惜しみつつ

って、春はこれから本番ですが

さてGWの福島には、県外からたくさんの人たちが遊びに来てくれたとのことありがたや・・・
4/29だか30あたりの福島民報には、「原発事故で被害をこうむった本県を応援しようと、県外から多くの人が」といった言葉がありました。
GW後半は残念ながら雨でしたが、前半4月下旬はすっきりと晴れて、訪れてくれた方はきっと満開の桜を楽しんでくれたかなと思うと、うれしいですね~♪

会津若松市内、今はすっかり葉っぱになってますが、今年私が見た会津の桜を今一度・・・
(行動範囲狭いので、街中のめっちゃ一部ですが

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まずは湯川のほとり、橋のたもとにある菅原神社の咲き始めの頃です。
ちなみに橋を渡ると、自動的に鶴ヶ城南口に吸い込まれます
実はこの天神様、なーんか気持ち悪い神社だなあと、通るたびに思ってたんですよね 昼間でも暗くてうっそうとしていて。
それが春になるとこうも変わるのか、桜が咲くとこんなに明るくなるのか、と驚き!
見慣れた景色が、桜が咲く2~3日の間でがらっと変わる驚きは、この季節ならではの醍醐味ですが、ここは私的驚き度№1でした。

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こちらは湯川です。県道沿いから撮ってみました。
しだれ桜がとてもキレイ!
河川敷はきちんと整備されていて、GW中は、お花見しながらバーベキューする家族連れなども散見。
布引高原の方から流れ込んでいるという湯川、このまま下流へ行くと、戊辰戦争で戦死した中野竹子の碑が立っている「柳橋」に着くそうです。

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しだれ桜の反対側は、見事な桜並木!
川に向かって伸びた枝の下を歩くと、桜のトンネル気分です。

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湯川にかかる県道64号。
ここにある「AOKI」の一画だけが、なぜかやたら桜がキレイで。
かねがね「なぜここだけ?AOKIの店長さんが異様に桜好きなのかしら?」とか思いつつ車で通り過ぎていたんですが。

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よく見たら史跡でした

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蒲生氏郷の時代に作られた若松城跡で、天寧寺の土塁とかと並んで3大どうとか・・・
うろ覚えでスミマセン
しかし車びゅんびゅんの大通りに、AOKIやヨークベニマルと一緒に史跡がすました顔で並んでて、気づかないほど違和感ないって、面白いな~と

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さて若松城跡も出たことだし、徐々に本丸に近づいていくことにしましょう。
こちらは4月下旬、GW数日前の鶴ヶ城会館。
満開の桜と、満車の駐車場がうれしくて
福島民報にもあったとおり、去年以来、福島に旅行に来て下さる方って皆、多かれ少なかれ「あえて福島に」だと思うんですよね、応援のために。
その気持ちが本当にうれしくてうれしくて。桜が満開でよかったと。

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鶴ヶ城の裏側も桜がキレイ。
ここら辺は、県立博物館、陸上競技場など、どこも圧倒されるほどの桜がずらりと咲き誇るスポット。
下の写真は陸上競技場。

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こちらは県立博物館です。
ここの桜はまだ若いのか、とっても色鮮やか♪

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こちらはお城の北側から伸びる北出丸通り。
正面に見えるお城まで、酒造などクラシカルでいい雰囲気の建物、そして桜並木が続きます。

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もうちょっと近づいてみましょうかね~

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この通りの四つ角、実は「戊辰戦争終決の地」です。
ここで降伏の調印をしたそうで。
すぐそこに見える鶴ヶ城、この場にいた会津藩士たちはどんな思いで見つめたんでしょうね・・・
(ただし当時見える鶴ヶ城はボロンボロン

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あ~絵にも鶴ヶ城が描いてありますね。
「明日よりはいづくの誰か眺むらん馴れし御城に残す月影」by八重の桜。
うろ覚えですがこの絵の中に板垣死すとももいたような(私的にちょっとびっくり

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この通りをどんどん行くと「鶴ヶ城入り口」。
「ならぬことはなりませぬ」の言葉がここにもあります
会津の町にどれくらいこの言葉が掲げてあるのか、一度数えてみたいと思う今日この頃(おそらくぼーだいな数が採取できるはず

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ではいよいよ鶴ヶ城の中へまいりましょう。
やっぱし会津のお花見に、ここは欠かせません

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桜いっぱい、人いっぱい♪

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南口へ向かう橋の上から。
お堀と桜は、似合いすぎる~~

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ここら辺の桜並木は本当に見事です!

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この並木道を歩いていくと、出口前の公園と広場に出るのですが、この広場の桜がまたすごい!
光の射し具合なのか、お堀で向こう側の世界と隔絶された印象を受けるせいなのか、この広場はいつもしーんと張り詰めて「静謐」ってな感じがします。

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広場のはじっこ、お城方面を臨む一画にはこんな碑が。

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「鶴ヶ城址 夏草刈りて 明るかり」
新城杏所という方の古希を祝って建てられた歌碑。句はその方が、 秩父宮勢津子妃ご成婚のお祝いとして詠んだのだそう(こちらのHPを参考にさせていただきましたm()m)
逆賊の汚名を着せられた松平家の娘が皇室に!会津戦争で斃れていったつわものどもの無念も、やっと明るく晴れたことだろう、という歌なのでしょうかね・・・?

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4月最終日、夜桜も見に行きました♪

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鶴ヶ城の夜桜はもちろん、「夜桜」というもの自体を見るのが初めてだったのですが、こ、こんなに美しいものだったのか~~!!
(写真がヘタでこの感動をお伝えできないのが残念です

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闇をバックに、音もなくチラチラと降り続ける真っ白な光の粒。
夜の水面に咲く桜。
もうすべてが幻想的すぎる~!

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夜はいっそうきれいな赤い橋を渡って。

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赤べえロードを歩いていくと♪

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お城が・・・お城がすごい人だ~~~!!夜なのに!!

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というか、夜の方が人出がすごかったような
そして三脚率高し!絵ろうそくまつりを思い出すな~
昼間はもちろん、夜景は尚更、うまい人が撮る写真は、肉眼で見えるのとはまた別の世界を映し出てるんですよね~

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ここぞとばかりカメラをかまえた人がいっぱいいて、「うわ~~キレイ!」とかの声もあちこちから上がっていて。
「鶴ヶ城、大人気じゃん!!!」と、なんだかとってもワクワクする空間でした♪

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売店も今日は特別営業。
甘酒やあげもちなんかを食べながら、幻想的なお城&桜を眺めて、しばし非日常的空間にひたりました

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さて5月にはいると、もう葉桜。
「人は花といえば桜と言うけれど、桜は梅と違って香りのないのが残念ですね」
と光源氏が言ってたような気がしますが、葉桜になると心なしか、桜餅のい~い香りが♪

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これが桜の醍醐味ですかね~
咲き初めのハッとするようなピンク、そして空を覆うような満開の時期を経て、やがて葉っぱとバトンタッチして散っていって。
それらどの時も、それぞれに素晴らしく、あたりの景色を一変させながら、夢のように消えていく。
その間わずか10日ほど。。。

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若い頃は、花と言えばバラやカーネーション、チューリップをまず思い浮かべました。
つまり1輪で勝負する花。色も形もそれぞれ個性的な、1輪ですっくと立って、ぱっとあでやかな花。
桜なんて、色もなんだかうすらボケてるし(お前はピンクなのか白なのかと)、香りも形もなんの特徴もない、ごく普通~~~の花だしで、光源氏じゃないけど「なぜ人はそれほど桜をありがたがるのか」と不思議に思ってたくらいでした。

うすらボケた花が集まって「うわ~・・・」としか声が出ないほどの圧倒的な美しさを作り出すことに、「時の無常」を凝縮したかのような景色を、散りゆく最後まで見せつけていくことに、しみじみ感動を覚えるようになったのは・・・やっぱり年とったのかなあ

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