そんな時代もあったねと

嫌いだ嫌いだと言いながら、小林よしのりの本はほぼ読んでいるワタクシ
もともと「ゴー宣」はぴゃーぽ君がいた頃から読んでいて、特に「脱正義論」なんかは、それまで読みながらどーにも引っかかっていたあたりを、よしりん自ら自己批判してまで言及してくれたことに、ほんとに感動した1冊だったのですが(まさかその反動であの「戦争論」に行ってしまうとは)、今では「敵」の考えを知るため、及び自分と「敵」の相違点を知りたいために、見かければ買って読んでます。

しかし村上にいた頃は古本屋さんが、ハードオフとオフハウスと一緒になってるちっちゃ~いブックオフしかなかったので、やむなく本屋さんで定価で買って悔しい思いをしてたのですが、さすが大都会・会津!ブックオフが3軒もあって、よしりん本も充実の品揃え。

というわけで、こないだは「昭和天皇論」と「個と公論」を見つけたんですが、その「昭和天皇論」を読んでたら、本のテーマとは関係ないんだけど、今読むからこそしみじみと印象深かったことがいくつかあって。
あ、今回はよしりんの悪口はありません
(と言いつつ一言だけ悪口言わせていただくと、「個と公論」は昔読んだことあったので再読だったのですが、う~んやっぱり、今読んでもひどいわ 同意する部分もあるんですが、それを上回る反論したい部分がテンコモリすぎてということで悪口終了)

「昭和天皇論」の中に、「昭和天皇の御巡幸」という題で、終戦後、昭和天皇が北海道から九州まで全国行脚した様子を描いた1章があって。
8年間にわたるご巡幸の第1発目は、昭和21年、神奈川県・昭和電工川崎工場だったそう。
なぜこの工場だったか、それは当時、食糧増産に最も必要な化学肥料・硫酸アンモニウムをここで生産していたから。

今でこそ「化学肥料なんてとんでもない、しかも硫酸!!もってのほか」「安全・安心できる食べ物でなければいらない」と言える世の中になりましたが、上野駅に餓死者が並んでいるような当時は、化学肥料こそが人々を救ってくれる、心底ありがたいものだったんでしょうね。
私は主に昭和50年代に子供時代を過ごした世代ですが、その頃「化学肥料」や「公害」とかはまだ身近に、日常的にあるものという感覚だった気がします。川と言えばメタンガスボコボコという常識を持ってたり まあキューポラのある街でしたからね~。
それでも、高度経済成長の負の側面である「公害」はだいぶ言われるようになってきてたかな。でも今のように「有機栽培」とか「無農薬」へのこだわりは、まだそんなになかったような感じ。
「衣食足りて礼節を知る」じゃないけど、その頃って、ちょうど高度経済成長が終わりを告げ(だから「公害」を堂々と言えた)、物不足が解消されて、次は品質の安全・安心が至上の価値として求められる時代の一歩手前(だから「化学肥料」や「農薬」はまださほど言われなかった)だったような気がします。

私にはこれが、現在の原発事故とも非常にかぶるんですよね。
そりゃ安全に越したことはないけど、今こうなった以上、化学肥料ならぬ多少の放射性物質を云々しても仕方がないと、福島の苦境を日々メディアで見ていて、かつ化学肥料漬けの野菜食べるのが日常だった時代の価値観が残っている私とかは思ってしまうんですけど、生活の場が震災・原発の影響から遠ければ遠いほど、そして安全・安心至上主義である現代の価値観が当然であればあるほど、現状は受け入れられないんだろうな~と。
時代の価値観って、けっこう個人の内部に入り込んでるもんですよね、知らず知らず。
そして原発もそうですけど、現代では忌み嫌われる「化学肥料」とかも、当時は天皇陛下が激励に訪れるほど、多くの人々を救ったんだ、そういう時代もあったんだというのを、まるで自分がアンモニアになった気分で弁護したくなったという。「だからこれから化学肥料を使え」とか言いたいわけではまったくなく、単純に「時代によって悪玉にされてしまうのが気の毒だ」と言いたいだけですが。

さて明けて昭和22年8月。
真夏は静養の予定だったのを、昭和天皇があえてとご巡幸された行き先は、東北6県。
これは先の川崎工場と同様、「食料増産」がキーワードです。折りしも東北は前月に大水害に見舞われ、巡幸する身も案じられたそうですが、この食糧増産という「緊急の課題」が達成されるか否かは東北の夏にかかっている、それゆえに激励したい、という天皇陛下の強い御意志で。
東北6県は、終戦後の日本を根本から支えてたんですね~。

そして、この東北巡幸は福島から始まりました。
福島県・常磐炭鉱。天皇陛下は地下450m、気温40度強の坑内へ、ネクタイ背広姿を崩すことなく入り、抗夫たちを激励された由。
なぜ常磐炭鉱へ?それはここは全国出炭量の4割を誇る炭鉱であり、当時は「日本の再建は石炭から」と言われた時代だったから。
ああ~私の父ことじーちゃんとかも、当時こうした石炭を使って、満州製鋼仕込みの腕で(?)鉄をガンガン作ってたんだろうな~。高度経済成長がカンペキに終わった昭和50年代中頃には「鉄冷え」と言われ、傍目にも落ち目産業だったけど、そして鉄より一足お先に石炭業界は逝ってしまったけれど、戦前戦後を支えたのは、まさにこうした人たちだったんだよな~。時の無常。

昭和天皇が来てくださったこの常磐炭鉱も、時の流れには逆らえず、昭和の時代に終わりを告げましたが、何を隠そうこの炭鉱の転身した姿こそが、現「スパリゾートハワイアンズ」です!

って今更ですか?ですよねえ~ 映画「フラガール」とか、まさにそれを描いた名作もありますし、福島県民には周知の事実かも。
しかしその映画の存在すら知らず、「常磐ハワイアンセンター」を「大磯ロングビーチ」と勘違いして覚えていたほど無知な私は、最近福島民報で知ってビックリでした

天皇陛下ご巡幸から20年弱、もはや石炭の時代は終わり、炭鉱の閉山が目前となった昭和40年。
新たな収入、及び炭鉱労働者たちの雇用確保のため、常磐炭鉱副社長であった中村豊氏の決断により、当時炭鉱で大量に湧き出て抗夫たちを悩ませていた温泉水を、まさに逆転の発想で利用した「常磐ハワイアンセンター」オープン。
当時の「ハワイ」と言えば「♪ああ憧れのハワイ航路」。「ハワイのどこ行ってきたの?オアフ島?マウイ島?」なんつー現代の会話は、当時ならきっと意味不明、どころか「リゾート」なんて言葉すら聞いたことなかった時代。雇用創出のためとはいえ、あまりと言えばあまりに想定外の転身ぶりに、当初は炭鉱労働者の間にも反発続出、先行きすら危ぶまれたそう。
しかしその後、高度経済成長とその終焉、時代を彩ったアイドルたち、バブル景気とその終焉、ネコも杓子もハワイへゴー等々、時代の波に浮き沈みしつつ客足を伸ばし、「常磐ハワイアンセンター」から「スパリゾートハワイアンズ」へ、そして先の震災すら乗り越え、先ごろ新ホテル棟「モノリスタワー」とともに、ついに全面再開したのはご存知の通り。
(しかしあのCM、キレイなフラガールに混じって唐突に出てくるアダモちゃん2名はなんだったのか

戦前~戦後の復興を担いつつも、時代の前に力尽きて消えていった常磐炭鉱が、今や福島・浜通りの復興を先導する「スパリゾートハワイアンズ」としてここに健在というのは、なんだかやっぱり、うれしいです
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会津は元気!

今日の会津は、朝からすっきり青空~
空気はピーンと冷たいけど、風がないのでとっても気持ちいい♪

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写真は、湯川から東山方面を眺めてみましたの図。
この山に向かうと東山温泉が、山を背にして、この川をどこまでも下っていくと、「柳橋」のたもとに、戊辰戦争に殉じた中野竹子の銅像があります。ちなみにこの湯川は、磐梯山と猪苗代湖一望の布引高原・会津布引山から流れ込んできているのだそうです。

今日は朝っぱらからKKの小学校に用事があり。
帰りがけ、近所のベーカリーでブランチ購入。

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118号沿い、会津高校からも近いパン屋さん「またど~る」です。
「ままどおる」じゃないですよ

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お店が表町にあるので「表町あんぱん」。
ずんだあんや、いちごみるくあんに心惹かれます♪

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上のプレッツェル、ジャスコのベーカリーなどでは「クレッセント」名で売っていたような気がしますが、ここでは「べこの角」です
隣のメロンパンは、「甘食みたいな懐かしい味・表町メロンパン」。
他にも「会津ソースカツパン」や、牛模様の紙に包まれた「べこミルクフランス」e.t.c.
店内には、赤べこや起き上がり小法師などがそこここに♪
会津~って感じですね

この「またど~る」お隣には、どうやらイベント関係らしいお店があり、時々巨大な「お城ボくん」や「赤べえ」なんかをトラックに積み込んでたりします(初めて見た時は、あまりにシュールな光景で思わず笑ってしまいました)。
このトラックが街中を走っているかと思うと、なんだかわくわくします♪

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会津は今日も元気!

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BELIEVEとTRUST

もはや「安全」か「危険」かではなく「安心」か「不安」か。というより「信じる」「信じない」という宗教レベルになってきた感のある放射能騒ぎ。

「不安」な人が「安心」するのは、他者と不安を共有できた時だけ、とよく聞きますが、なるほどそうなんだろうな~。でもその場合、「安心」して「不安」でいられるっていう逆転現象になっちゃって、大本の「不安」は解消されてない、ていうかむしろ補強されちゃってますけど、いいのそれで?
いいんでしょうね~きっと。「安心して不安でいられる」っていうのは、「不安を感じる自分は正しい」って信じられることだから。つまり「不安」を感じている人は、別に「安心」したいんじゃなく「自分を信じたい」だけなんですよね。

こういう「不安な人」から見ると、私ら「安心している人」っていうのは「政府に騙されている人」「信じてはいけないものを信じている人」になるんでしょうけど、違いますよ~~。「安心している人」は別に政府を信じているわけじゃなく、あなたがた「不安な人」同様、自分を信じているだけですよ~。

というか、安心して不安がってる人がよく言う「政府は信じられない」。
これを聞くたび、この人たちは今までどんだけ政府を盲信していたのかと、逆にその信仰心に恐れ入ります。前にも書いたけど、私は「お上は信用するもんじゃない」が当たり前なサヨク体質だったので、「何を今更」としか。
今頃これ書いてもいかにも後付けですが、この比較的「安全厨」な私は、3月頃は「絶対メルトダウンしてる」派で、ネットにそう書いたら「危険厨」と呼ばれたもんです。だって今でも覚えてますけど、あの「海水入れるなんて前代未聞」「でも入れないと燃料棒が溶ける」ってんで、水入れ始めて2日後、水位がいまだに燃料棒からマイナス20cmだったんですよ。てんやわんやの空気の中、どこのTV局だったか、プレス向けに配られただか何だかの資料で、各号機の現在の水位として表になってるのを、TVカメラにアップで映してました。
「前代未聞」でもせずにはいられないってほど緊急措置だった海水注入だったのに、2日間その水で冷やせてなかった。千何百度だか何千度だかの燃料棒が。「情報が隠されてる」とか「専門知識がない」とか以前に、今出てる情報から普通に考えれば、普通に溶けてるとしか思えないでしょ(しかしあんなに早く溶け落ちてたとまでは想像してなかったけど)。

というわけで、「メルトダウンしてた」なんていうのが後から出てきた時も「だまされた!」なんてはまったく思わず「あ、やっぱり?」
これが当時「いいえメルトダウンは絶対してません」とか「さっき報道された水位マイナス20cmは「満タンに入ってる」の間違いです」とか言われた挙句に「メルトダウンでしたー」だったら「だまされた!」と思ったかもしれませんが、そんなこと言ってませんでしたよね?ヤバイ数値はヤバイままちゃんと出してたし、「メルトダウンしてるかどうかはわかりません」みたいな感じだったかと。ま素人が普通に考えても「メルトダウン」なんだから、向こうはとっくに確信してたんでしょうけど、裏づけないまま「メルトダウンしてます」とは言えないし、言いたくないわよね。こういう、本音と建前ギリギリの会話って、日本人の得意技ですけど
だいたい東電の隠微体質なんて、今に始まったことじゃないことくらい、基本「原発反対」なサヨクには常識ですから。それでこんな大事故が起こったら、それはもう情報開示は遅れるでしょう。遅らせようという意図がなくても、あの仕組みじゃ遅れて当たり前だし、意図があればさらに遅れます。大事故だからこそ、うかつなことを裏づけなしで言えませんしね~。別にいいことじゃないけど、それが「東電は信じられない」になるのは、なんかこう「何を今更」と「だからって全拒否してたら、それは全部信じるのと一緒だ」という思いが。

政府もそうです。特に若い頃は今よりもっと「反体制」な考え方だったので、お上=「庶民としてはもっとも信用してはならない組織」「庶民と対立するための、悪意の塊」ってな位置づけだったけど、年取ってくると「結局「政府」とか言っても、自分らと同じような人間が作ってる組織の1つに過ぎないんだよね」と、しみじみわかってくるというか。なので「国民の生活のために」と本気で考えてると同時に、「立場の違う国民への影響」やら、組織の人間としての「保身」やら、組織としての「仲間意識」とか、少しでも利益を出そうという「金勘定」なんか色んなもんが絡み合って決定してるんだなっていうのが、自分も会社とかPTAとかで実感する分(って規模が違いすぎですが、逆に言えば規模が大きくなればなるほどそうだろうな~と)よくわかって「仕方ないな」となんか納得してしまうというか、その絡み合った中に、すべてではなくても「国民の生活のために」も確かにあると信じることが出来るというか。

その意味で、私は政府や東電を信じてるのは確かです。ただそれは「不安」な人が言うように「全肯定(さもなくば全否定)」みたいな信じ方じゃないんですよね。そんな信仰の対象みたいな信じ方は、体質的にできません。「信じる」と「正しい」は別モンです。
そう、裏を返せば「不安」な人の「信じる・信じない」って、とっても宗教的ですよね。なんか、「政府は全部信じられないから、他の全部信じられる対象を見つけてすがる」みたいな。そうしないと自分自身をも信じられないとか。
まあ政府や東電も信じられるっていうのも、平たく言えば自分を信じているからですけど。自分も政府や東電の人間も同じ人間で、同じ人間である以上、することはそう変わらないだろうという、人間や世界に対する信頼感というか。この信頼感っていうのは、ステキな意味だけじゃなく、人間にはゲスい部分もあると信じるっていうのも含みます。なので、情報が出てこないだの隠してるだの言われても、「まあ出てこないのは当然と言えば当然だよね」とか「いや隠してるというか結果的に隠してることになっちゃったって感じじゃない?」とかで、あんまりこう、「怒り」に結びつかないんですよね。素直に「反体制」だった若い頃なら、鬼の首取ったかのように「ほらねこれだからお上は」と嬉々として怒ってたかもしれませんが。

何でもかんでも情報開示っていうのもどうかと。とりあえず「水位マイナス20cm」とか「基準値超えの野菜が」とか、政府的にマズい情報や前言撤回も、速度の差はあれ一応マスコミで報道されてますよね。これ以上の情報開示を求めるっていうのは、この先の見えない状況の中では、精度の低い情報&後から「こないだのは間違ってました」がどんどん増えるってことになるんじゃないの?そんでそのたびに振り回されて大騒ぎしたり、「また間違いかよ」でますます信頼失ったりで、あんましいいことばっかじゃないような気がするんですけど。

しかし一方で、私みたいに中途半端な理解を示すんじゃなく「全肯定さもなくば全否定」くらいの勢いで「情報開示」とかを求める方が、世のため人のためになるのかもな~と思う面も確かにあります。ただ行き過ぎると、周りまわって全員の首を絞めませんかと。ましてやその効能だけを見て「正義だ」とか言われると。薬の効能と副作用は同類なんですから。

と言いつつ、私も例えば某大阪市長なんかに対しては、こいつの言うことだけは信じられない、いや信じない。たとえどんなにいいこと言ってても、それが言ったとおり効果を発揮しても信じるもんかー!とか思ってますけど いいこと言えば言ったで「人心掌握のためだから余計危ない」、効果を発揮したらしたで「賛同者が増えるから余計危ない」、こういう奴を少しでも信じたら5年後が危ない、1歩譲歩すれば5歩譲歩せざるを得なくなるんだからって、まるで「放射能の健康被害」や「ガレキ受け入れ」を案じる危険厨と同じ理屈ですね
そんなに危険と思ってない人は「今までの状況や情報を考えれば、そんなことにはならない」と心底思えますが、危険と思ってる人には「絶対避けたい最悪の状況」がマザマザと浮かんでるので、そこに至る(かもしれない)すべてのルートを断ち切っておきたいんですよね。某大阪市長危険厨のような戦後民主主義サヨクにとっては、そうしてルートを断ち切ってきた結果ってのが今現在で、その結果、この未曾有の混乱時代でも、お上も下も民主主義精神を発揮して、すべての顔を立てて穏便に解決しようとようと思うからにっちもさっちも行かず、逆に独裁者を待ち望む雰囲気までできてきそうという、まさに自分の首を絞めた状態に。う~んこれはやっぱり「民主主義の行き過ぎ」状態なのかしら?でも行き過ぎを是正するあまり反動に行ってしまうなら、まだこのままの方がいいわ。
ってこれじゃまさに「大して危険でもない関東から沖縄まで逃げた挙句、青森の雪すら拒否する放射能恐怖症」の人たちですね しかし1つだけ言い分けさせて頂ければ、大阪市長は人間で、人間のやることはわからない、人間が集団になったらさらにどうタガがはずれるかわからないけれど、撒き散らされた放射性物質はその点、数字やデータでわかる、ウソもつかず感情もない、つまり予測や対策が、少なくとも人間相手よりは取りやすいんじゃないかと。「やっぱり一番怖いのは、幽霊じゃなく人間だね」みたいなありがちなオチで恐縮ですが

あ、その数字を扱う人間が信じられない?それはそうですよね~ ゲスな部分のない人間なんていませんし。ただ小説やマンガでもそうだけど、わかりやすく悪いことするキャラなんて出てくると、リアリティがなくなるんですよね。そういうのはよっぽどうまくやらないと、社会はそれを簡単に許すような仕組みにはなってませんから。独裁者は待ち望む人間がいるから出てくるけど、放射性物質は誰も待ち望んでないので、存在が許される幅も自然と狭くなってると思います。
あ、それとも「効能と副作用」の境目がない数字そのものが信じられない?それもま~そうですよね~ もともと飲む必要なんかない薬ですもんね放射能なんて(しかも薬ですらない)。しかしやっぱり、世の法則として、大量ならダメだけど、少量ならOKというものだらけだと思ってしまうんですよね。別に好んで摂取することはないけど、ちょっと摂取したからってどうということになるなら、人間の体内に放射性物質なんか存在してないわいとか。少なくとも青森の雪とか岩手のガレキなんて、放射能的には問題にならないレベルでしょう。

こう考えると、自分がいかにも基本的に人間社会を信じていて、自分の運の良さを信じていて、運命として受け入れてるような気がしてきますが、う~んそうかな~?人間社会なんて、あんなナチスなんて怪物を生む可能性もあるんだからっつって信じられないし、自分や家族がいつどこで死ぬかなんてわからないとも思うし、戦争とかなんてとっても運命として受け入れる気はないけどな~。やっぱり最後は「コーヒーは好きだけど紅茶は嫌い」みたいな、趣味の問題なのかしら。それにどこまでこだわるかっていう性格の問題なのかしら。それとも「BELIEVE」と「TRUST」をごっちゃにしてるだけかしら?

そういえば、ガレキ受け入れ反対集会(?)にて、皆で「ふるさと」合唱みたいな話も聞きましたが、むべなるかなです。郷土愛≒地域ナショナリズムであり、ナショナリズムってエゴですから。だって自国の人間が生き延びるために、他国の人間を殺すのも厭わないのが愛国心なんですから。愛国心は美しいってんなら、地域ナショナリズムだって美しいです。「ふるさと」は「君が代」です。自分の子供が助かるためなら他の子は知らんっていうのも美しい母性愛です。エゴは美しいんです。

だから「真善美」とか嫌いなのよ。エゴはエゴでいいじゃん。こういう「美しいエゴ」を否定して「エゴは確かに醜い。でもその醜いものの存在も認めないとイビツになる」という立場だったはずのサヨクが、なんで簡単に「美しい」と正当化する方に行っちゃうのかしら。まあムキダシのエゴで争うよりは、まだ醜くないかな~?ますます醜く見える気もするけどね~。もちろん、醜いエゴの中に、誰かにとっての「真善美」が含まれているのもまた確かな以上、「美しいエゴ」も全否定はできませんけど。そして、そうしたエゴを言い訳も正当化もせず貫く人は、確かに「潔い」という美しさがあると思う時もあります。けどそうじゃなく、自分のエゴを無条件に正義として、仲間を募って集団の力でエゴを貫くっていうのはね~。どうなの?なんてこと言うと、民主主義の否定かな~?アナーキズムになりかねないかな~?でも「自分にエゴがあるように、相手にもエゴがある」ってのが民主主義の出発点だと思ってたんだけど。

という具合にぐるぐる考えたものの、結局また青臭いだけで新たな発見はありませんでしたという

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残酷な神が支配する

もう「安全」か「危険」かじゃない、「安心」か「不安」かという争いなんだな~との思いが再燃しきりの、「青森の雪拒否」ニュース。
今更ながら、例年通り西会津に来てくれた大宜味村の方への感謝も再燃しつつ(毎年来てくださってるんだそうです)。

私も一応子持ちなので、「子供のために」と過剰に(としか私には思えない)放射能を遠ざけようとするママさんたちには共感です。というのは大嘘で、「放射能から子供を守る」みたいな人たちって、私から見るとほんとに「戦時中」みたいな感じで。なんかこう「負けるもんか!」みたいな。何に対しての勝ち?どうなったら負け?どうしてそんなに、まるで追い詰められてるかのように「不安」なの?同じ子持ちなのに、どうしてこんなに違うの?とずっと思ってたんですけど。

まー私は「人一倍ズボラ」「以前からアメリカ産でも中国産でも平気で買う食生活」「もちろんオーガニックとかにも興味ナシ」なので、そういう、個人の趣味や性格の違いだろうと、漠然と納得してたのですが。趣味の問題ならわかりあえないのは仕方ないというか。

でもねー。その「個人の趣味」が、あまりにも「子供のために」という錦の御旗になるのはどうだろうとも、ず~っと思ってたんですけど、まー確かに「個人の趣味」がそこまで加熱するのは「子供のため」でもあるんだろうとか思って、それもまあ納得してたんです。単に私がこの人たちより母性愛薄いんだろうとか。マンガ「アイシテル」のワンシーンを思い出しつつも。

「お母さん、ちゃんとやってあげてたでしょ?お誕生日には手作りのケーキ焼いてあげたでしょ?保護者会だって一度も休まなかったでしょ?ごはんだって無農薬の野菜で作ってあげてたでしょ!?なのにどうしてなの?裕一!!裕一~!!」
「うぜ・・・。「~してあげたでしょ」「~してあげたでしょ」「してあげたでしょ」何もしてねーやつほどしたことをあげつらうんだよな」
あるいは
「裕一君は(ごはん)何が一番好きなのかな?」
「カップラーメン」
「そう、それはお母さんがちゃんとごはんを作ってくれるからだね。だからカップラーメンがごちそうに」
「カップラーメンならゆっくり食べられるからさ。「これは~産よ」「これは何時間も煮込んだのよ」「ほら野菜たっぷりでしょ」ずーっと料理の自慢ばっか。チョーうぜえ」

くわ~~お前何様!!ありがたく食え!!と思う方もいらっしゃるでしょうが、この子は積み重なった母親への根深い不満があって、それが料理にケチつけるという形になって出てるだけなので、別に無農薬野菜がいけないわけじゃありません、当然ながら。
ただ、今「子供のために」と過剰な放射能恐怖症に陥っちゃってる人って、こういうお母さんみたいなパターンになってる面もあるんじゃないかしら?
とか思いつつも、このお母さんより更に育児に手を抜いてる私がそんなこと言うのは恐れ多いので、なるべくそう思わないようにしてたのですが。

この「アイシテル」というマンガ、ドラマにもなりましたけど、私はたまたま雑誌で最終回あたりを立ち読みしてたら、も~その回だけでもグサグサきて!
さっそく買ったら、いや~もう。。。「かわいそうだ、みんなかわいそうだ」という、被害者姉の彼氏の言葉になぜか救われる、そんなマンガ。
この加害者のお母さんも他人とは思えません。私なんてこんなに手をかけた料理もしなければ、幼稚園バッグのために徹夜したこともない、ほんとに超手抜き育児してるくせに
「必死で孤独で不安で・・・でも絶対に失敗は許されない。子育てを楽しむ?そんなの片手間に子供を育ててる人です」
というお母さんの言葉に「わかるよ~~~!!」とか

私の場合、2人目生んだらどっとラクになって、例えればオバチャンがすっぴん&サンダルで恥ずかしいとも思うことなく、どこへでも出かけていっちゃうみたいな自然体(?)に、子供と一緒にいてもいなくても変わらずなってきたんですが(わかりにくい例えですかね~?)。
1人目が乳幼児の頃は、ほんっとーーーに子育てが辛かったです。
まずおんぶやらダッコやらが体力的にキツい。その上睡眠時間ガタ落ちだから疲れが取れない。子供がいない時のペースがしみついてるから、子供との生活いちいちがストレス。子供と意志の疎通が出来ない。自分のやってることが正しいかどうかわからない。外に出れば「子連れはこれだから」の視線が痛い。
まさに「必死で孤独で不安で」そのもの。
子供が風邪をひけば「親なのに風邪を引かせて」、子供が何かすれば「親がちゃんと見てないから」ジャンクでも食べさせれば「親の自覚が足りない」e.t.c...今なら「考え過ぎ」で軽く一蹴しちゃうし、他のお母さんもまあこんなもんよね(似たもの同士なだけ?)と心底思えますが、1人目の頃は「自信のなさ」が、そのまま「周りがそう思ってるんじゃないか」という疑心暗鬼、さらには「ダメ母の烙印を押されたくない」という強迫観念になって、独り相撲、空回り。あ~今思い出してもヤだ~~

今放射能恐怖症のお母さんって、もしかしたらお子さんがまだ小さい人が多いんじゃないかしら?「小さければ小さいほど放射能の影響が大きい」なんていう説もあるし。
てことは、もしかしたら上記のような「育児の辛さ真っ只中」の人が多いんじゃないかしら?とか。
ただでさえ未体験の「母」業に四苦八苦状態だから、全方位的に力を入れて必死なのに、そこに「放射能」なんてのが降りかかってきたもんだから、そりゃもう「親として」をフル回転しなきゃいけないような感覚に陥っちゃってるんじゃないかしら?どこまでが「こんなもんよね」で、どこからが「考え過ぎ」かなんて、力のいれどころ・抜きどころが自分の中に確立してない限り判断不可能だし。
加えて子供が小さい=若いお母さんだと、「光化学スモックでも平気」「チェルノブイリ後の雨も気にしない」「随所がまだまだ不衛生で野蛮だった」という私ら昭和オババとは違って、ずっと安全・清潔が当たり前の時代だったのかもしれない。「80年代はスカの時代だった」とかいう本で、80年代から世の中の清潔志向が始まったなんつー説を読んだ記憶もありますし。

こういう「親として必死」な状態を効果的に救ってくれるのは「安全な数値」でもなく(だって「少しなら大丈夫」なんて言われても「心配」には変わりないし)、「そんなの大丈夫よ~」というママさんでもなく(ダメ母だから大丈夫と思えるだけでしょ)、「よく頑張ってますね」って認めてくれる「信頼できる人」なのよ~!
というお母さんの叫びが聞こえるような。え?幻聴?

いつも拝見させていただいてるKさんのブログに、「福島の子供を守ろう」系の、とあるお医者さんの話が載ってまして。

「(このお医者さんは)まあこういう反骨タイプの方ですから、自然子育て派、子供の個性自由を・・・という感じで、いいお話でした。(と当時思いました)障碍児をお持ちで、徹底して弱者の味方でもあります。言葉を返せば赤いとも言えます。
彼の絵本もたくさん出ていますし、育児本もエッセイ風で読みやすくよく読んで参考にしていました。

だから、こういうタイプの人が、今回、こういうほうに持って行くっていうのが、すごくわかるんですよね。ときどき私が言及する旧友も地域の若い母親の相談役であり、まさに母親の味方のタイプ。先生もそうだけど、打ち明けると「私のつらさをわかってくれた!!」というような気がするだろうし、実際、先生も私の旧友も母親を救いたいと思って動いていると思うんです。心底。彼らの過去を振り返ってもそうです。

だから始末に負えないというか・・・」

とあって。

なんだかすごーく、切なくなってしまったのでした

「私の辛さをわかってくれた!!」というその気持ち。
よーくわかります。あの辛かった育児中、求めていたのはほとんどそれだけというか。だから「アイシテル」がすっごいグサグサきたんですし。
こういうお医者さんに、私もたぶん救われていたんだろうと思います。実感としては、一番に救ってくれたのは、子供を成長させてくれた「時間」、そして空気読む能力に長けてて余計なこと言わない「ダンナ」ではありましたけど

でも、それが「沖縄の雪」「瓦礫」などに形を変えてしまうのは。。。救うことが福島・東北への攻撃になってしまうのは。。。どうして?
誰かを心底救おうとすることが、どうして別の誰かを追い詰めることになってしまうのだ??
それが「救い」というものなら、神様、私は「救い」なんて拒否したいぞ。

毎度毎度青臭くってすみません
でもこれ本当に、ずーっと考えてるのにわからないまま年だけ取ってしまって。

ていうか、いくら感情は理屈じゃないったって、本当に「危険」なレベルならともかく、関東とかの「安心したい」レベルでそこまで放射能敵視しなくても、と思うんですが。
車の排ガスならそれほど気にしないのに、電気の排放射能(?)だとほんの少しでも不安って・・・どっちも自分たちの生活がそれで成り立ってたのに、やっぱり電気の方は地方に押し付けて忘れてたのを、今でもまだ忘れたままでいたいんだとしか思えないわ。
というのは、不安をさほど感じていないから出る言葉かしら?福島に肩入れしたい気持ちのなせるわざかしら?
そういうバイアスがかかってる故かもしれませんが、私的には、そうした「受けてた恩恵」を忘れて、ある日突然「関係ない危険物」によって生活を破壊された「被害者」が、福島・東北という「加害者」を討つ!これすなわち正義!みたいな話になってるから、ヤなんですよね~。
「被害者vs.加害者という正義の物語」じゃなく「辛い人vs.辛い人という生存本能(エゴ)の物語」という語られ方なら、どんなに気持ちいいか。いや気持ちいいどころか神様を呪いますが、少なくともエゴという人間の醜さよりももっと醜い「正義」は見なくて済みます。解決はしませんけど。

あれなんか、思ってたとこと違う方向へ着地しちゃったな~
なんか簡単な方へ行っちゃったというか

なんか知らないけど、「沖縄の雪」ニュースを見て、「母親」とか色々考えてたら、「日出づる処の天子」で描かれていた「誰にも、自分自身にすら、自分を救えなくなった時に初めて見える(しかし決して救ってはくれない)仏」とか、あるいは「残酷な神が支配する」で描かれていた「救ってくれるからこそ自ら遠ざけねばならない神」「世界を破綻させないために生贄を求める神」とかがやたら思い浮かんで、なんだかとっても悲しくなってしまったのでした。

とセンチメンタルになりつつ、今日回収の放射線線量計を忘れていて、あわてて幼稚園に届けに行くべく1歩外に出たら、すごーくいいお天気で。
あんなに苦労してやっと一区間くらい除雪状態を維持する程度だった駐車場の雪を、そして除雪した結果「どうすんだろこれ」と呆れるくらい山になってた雪を、そんな人間の労力なんて軽~く笑い飛ばすかのように、太陽があっさり溶かしていて。これを人間がやろうとしたらえっらく人手いるだろうな~ってくらい広範囲の雪を、あっさりとね~。
TDRの「レジェンド・オブ・ミシカ」をカーステでガンガンかけながら、照り返しも暖かい青空の街を走ってたら、今度はだんだん「ごらん世界は美しい」みたいな気持ちに。簡単ね~

というわけで、色々想像してみたんだけど、なぜそんなに不安なのかは、やっぱりわかりませんでした、という、長いわりには実のない話だったのでした
「安心」についても長々書きたかったんだけど、次回にします。

テーマ : ひとりごと - ジャンル : 日記

愛と幻想のファシズム

っていう、村上龍が随分昔に書いた本がありまして。たぶん80年代中頃くらい?
エヴァンゲリオンの登場人物名がここから出てたりして、けっこう有名な本かもしれません。
気に入った本はしつこく読み返すタチなので、初めて読んでチンプンカンプンだった大学時代以来、折に触れて読み返しては、「いやいやいやさすがにこれはないわ」と、さすがにマンガちっくな展開だと苦笑する程度には理解できたと思いつつ、小林よしのりの「戦争論」を読めば「ああこの本みたいになるのかな」、石原都知事が変なこと言えば「ああこの本みたいに(略)」、アメリカとイラクが泥沼になれば「ああこの本(略)」と、事あるごとに「この本に書かれた世界みたいになりそうでヤだな」と怯えては、その予想が外れたことに心底ホットし、を繰り返すという具合に、頭のどっかに、ある種の判断基準としてずっとある本なのですが。

最近も「ああこの本(略)」と思ってるんですよね。TPP&橋下市長のおかげで。
私が「ああこの本(略)」と思ったことは、上記の通りほぼハズレてるので、以下もあまり気にせず、流し読みしてください。単なる個人的吐き出しなので。

「愛と幻想のファシズム」は、ざっくり説明すると、「ザ・セブン」という、食料、エネルギー、金融なんかの、アメリカ系・超超超巨大多国籍企業が7つ集まったグループがありまして。
これが日本を着々と侵略しようとしてるわけですね。これが日本に来たら、例えば自動車業界で生き残れる=「ザ・セブン」に加盟できるのは、トヨタ・ホンダ・日産の3社のみ。スズキとかマツダとかその他弱小企業は全部潰れるまたは吸収合併みたいな。しかもこれがほぼ全業種でなされてしまう。
「このままじゃ日本は日本でなくなってしまう。アメリカの手先と、そのおかげで細々暮らす奴隷ばかりになってしまう」
というわけで立ち上がるのが、主人公の元ハンター・トウジと、彼を党首にした政治結社「狩猟社」に集う仲間たち。

という話なのですが、どうしたって「ザ・セブン」がTPPに見えてしまうのは私だけではないはず。え?妄想?
ザ・セブンが来たら、系列以外の会社は全部潰れます。そ、それは困る~~~!!!
実際には、ま潰れるところもあるけど、潰れるというか吸収合併で、だんだんだんだん生活が苦しくなりつつ、気づけば食料や資源その他をがっちりアメリカ(というかザ・セブン。もはやざ・セブンはアメリカ政府をも超えた多国籍企業という設定)に握られ、これに逆らったら、或いは相手の状況一つで簡単に切り捨てられて生存不可能という状況に。う~~んそれも困る気がするな~~

で、これにトウジたちが「自主独立!」という感じで、日本の救世主=独裁者になるべく頑張るのですが、しかし私的にははっきり言って、トウジに支配されるくらいならザ・セブンの方がはるかにマシという感じで

だってトウジたちって、弱者を救う気ないんですもん。そもそも「日本がこれだけダメになったのは、弱者がのさばりすぎたから。まずは弱者を叩き潰さなければならない」ってとこから出発してるんですから ポリシーは「弱者はいっぺん餓死しろ。その後残った強者で、強い日本を作る」ですよ。そんなキ○○○にどうして肩入れできるかっつーの。

しかし、この本の中ではそんなトウジが大人気なんですよ~。「維新塾」、じゃなくて「狩猟社」には、現職国会議員始め、老若男女が何万人も応募。なぜ~~~!?
まトウジも最初からいきなり「お前ら飢えて死ね」とは言わず「こうして生き延びてる、それだけであなたは既に強者なのです」とか「私が弱者と言ってるのは、国の危機的状況の中で、民主主義的に決めようと先延ばしにするだけで、こうしてかわいい赤ちゃんが飢えているのに何も救済しようとしないあなただ!」(←ここら辺ちょっとうろ覚え)とか、まーうまいこと言ってますけど。
けど支持者たちは、別にそんな表面的な言葉に騙されてるわけじゃありません。むしろ自分たちが「トウジに攻撃される弱者」だって知ってるから応募してくるんですよ~。「私たちは弱者じゃありません。あなたの味方です。だから強者です。どうか切り捨てないで下さい」って。あああ~~~ヤだ~~~~。これがもう、ムシズが走るほどヤ。

自分たちが「弱者」だから「自分たちとは違う、強いヒーロー=独裁者」を求めるという心理もあるのかしら?でも私も「弱者」だけど、そんな心理はないわ。だってそんな強いヒーローなんて、弱者を食べるに決まってるもん。
そう、私は「国や政府は信じられない」という人たちが、同時に「もっとリーダーシップのある政治家を」と求めるのが不思議で不思議で。結局政府を信じるんじゃんとか
私は基本がサヨクなせいか「国や政府が信じられない」なんて当たり前で、でもその信じないのが当たり前な自分から見ても、今回の震災じゃ~政府がバタバタするのは無理ないな人間だもの、という感覚で。だって「国」なんつー大きい組織で、しかもあっちでは町が丸ごと消失、こっちでは避難所が手配しきれない、しかも未体験の原発事故が起こってマニュアルもない、そんなのをどうやって全方位的にスパスパと解決できるっていうんでしょ?「Aを立てればBが立たず」な状況に囲まれて、せめて一丸にならなきゃいけないのに、何をやってもやろうとしても、批判ばかりが増えていく。サヨクとしては「同じ人間として同情しちゃうな~」とまで思っちゃいました
「超人」ならスパスパ解決できるのかもしれないけど、これがトウジみたいな人だったら最悪だと思うんですけど、それでもこういう時は「超人」の方がいいかなあ~??

話がそれてしまいました
つまり、「愛と幻想のファシズム」で来る未来(といってもこの話はまだソ連が健在な時代なので、とっくに過去ですが)って、アメリカに呑まれるのも、日本が独立するのも、どっちも弱者には地獄だよって話で。クソとウンチどっちがマシ?みたいな
作中で言えば「ザ・セブンに従えば、不健康な世界が当分続く。狩猟社に従えば健全な、強者による美しい世界になる」(←うろ覚え)みたいな感じで、うーん個人的には少なくとも「強者による健全な美しい世界」はゴメンこうむりたいわ~
作中に、思想じゃなく生活者として「ザ・セブン」とも「狩猟社」とも対立したあげく廃人にされちゃう「優しいシマウマ」のような人が出てくるんですが、そういう人は絶対、どちらによっても救われないのよね・・・

ま橋下市長はTPP賛成だそうですから、厳密に言えばトウジではないんですが。
「優しいシマウマ」がそのまま生きられるような日本になってほしいです。

さらにこれは関係あるかどうかわかりませんが、書いてて思い出したので余談。
天皇陛下の手術無事終了 この「心臓バイパス」って、私の父ことじーちゃんもやったので、なんだか懐かしいです。しかしうちのじーちゃんでも、1ヶ月は入院してましたけど(まじーちゃんの場合は、いったん心臓止めての手術だったのかもしれませんが)、わずか2週間で退院、その後すぐ3.11って、ほんとにもう、頭が下がるとしか。
私はサヨクですけど、天皇皇后両陛下は好きです だって言うことが常に「戦後民主主義サヨク」で、引っかかることがまったくないし、何よりほんっとーーーに国民のことを思ってくれてるんだな~って、そんなの表面だけでしょとか疑うことなく思えますもの、このサヨクですら
いつだったか、日テレ得意の皇室2時間番組みたいなので、通りかかるお召し列車を撮るべくTVカメラが草深い線路沿いにスタンバってたのですが、なんと両陛下、カメラにお辞儀して、通り過ぎるまで列車最後尾にず~~っと立ちっ放しでした!私らが夕飯食べながらダラ見するためのTVカメラなんぞに向かって、見えなくなるまでず~っと。うわ~電車の中ですら座ってられないなんて。こういうことが行く先々でどんだけ繰り返されてるんでしょうか。
しかもこれを文句一つ言わず「責務」としてやってらっしゃるんだろうな~と、ほんとに疑うことなく信じられるんですよね~。小林よしのりが描いてる「国民のために無私の心で祈ってる」というのを、そのまま受け入れられるという(小林よしのり嫌いだけど、本はほとんど読んでるという

しかし、やっぱり小林よしのり流の美化も気になって。
よしりんいわく「天皇陛下は古来から弱者のことを常に気にかける存在。施政者はその天皇陛下の下にあって、陛下には逆らえない。いわば国の上と下で施政者を挟んでいる仕組みになっている。これは日本の優れたシステム」なのですが、いやそれは理想の上澄みだな~。そう見ることもできるけど、別な見方もできるでしょ。
光明皇后とか昭憲皇太后とかの例のとおり、古来から天皇皇后がピラミッドの底辺のために尽くす存在だというのは別に間違いじゃないですよ。でも同時に、古来から施政者が利用する存在でもあったでしょ。自分の権力に正当性を担保するっつー。私がそれを知ったのはマンガ「日出づる処の天子」だったけど、後の聖徳太子が推古天皇を推した時、馬子に「無欲な方だから推古天皇をお立てになったのかも」と思わせるも、次第に「今の王子は、まるでこの蘇我になりかわったごとくだ。彼は名より実を取ったのだ」と青ざめさせたあたりはコーフンしたもんです
その「名より実を取る」手法があまりにも鮮やかかつ効果的な手法だったので、藤原にも受け継がれ、武家政治にも受け継がれ、幕末にも受け継がれて(会津なんて孝明天皇の信任厚かったのに、向こうが「錦の御旗」を押し立ててくるもんだから)、今に至るわけじゃないですか。
更に面白いのは、このシステムは下に行ってもお手本として踏襲されてるってことです。実際に政治を行うのは、天皇陛下によって正当性を与えられた政府だけど、実際の権限を持ってるのは政府の下にある官僚、官僚の中でも実際に権限を持ってるのは中堅、といったふうに。上を有名無実化して現場が動くのは、日本の得意技なんですよね。あ、外国でもそうかな?
日本に独裁者が出にくいのは、聖徳太子が始めた(?)こういう構造が、伝統的にいたるところに根を張っているからじゃないかな?とか。ある意味とことん民主主義的なんだな~と思って、私はこういう性質、けっこう好きなんですよね。それが同時に「上が責任を取らない」とか「情報が上に上がってこない」とか、引いては「国や政府を信頼できない」になるわけですが。
とりあえずよしりんの「主張したいことはとことん理想の上澄みを、批判したい時はとことん現実の裏側を」という恣意的な描き方は相変わらずヤだな~と。

テーマ : ひとりごと - ジャンル : 日記

西会津雪国まつり

先週末は、会津若松の絵ろうそくまつりをはじめ、只見、西会津、大内宿と、会津中で冬まつりいっぱい!
ママUも「西会津雪国まつり」に行ってきました♪
なんと今年で22回目だそうです 会津絵ろうそくまつりより長いぞ!

西会津町は、会津若松ICからだと、会津坂下・柳津を通り過ぎ、去年の夏に氾濫した只見川を超え、いくつかトンネルを通り、磐越道で約30分くらい?
ちなみに西会津ICの次は、新潟県・津川ICです。県境の町なんですね~(トンネルの中に「福島←|→新潟」の表示があります)

私たちは西会津って、新潟へ行く時に通過したことがあるだけで、同じ「会津」とはいえ、行くのは初めて♪
体感だと、ここら辺(西会津IC~津川IC・三川IC)が、磐越道で一番雪が多いところじゃないかと。
西会津ICを降りると、おお~~ピンクの「西会津雪国まつり」のノボリがいっぱい!
しかし「会場案内図」が、除雪した雪でまったく見えなくなってました
仕方ないので、人に聞きながら適当に走ると、おっ路駐車がいっぱい見えてきました。
会場の「さゆり公園」に到着です。

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駐車場は「満車」となってましたが、相変わらず午後15時くらいに到着してる私たち、そろそろ帰り始めた車の跡地に難なく駐車です(いっつもこのパターン

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ちょうど今は「雪合戦(一般の部)」の最中らしく、ゼッケンつけた大人たちがけっこう本気でやりあってました
ここのお祭りは
「桐ゲタ飛ばし全国大会(←「全国大会」とまで言うか)」「雪の上で愛を叫ぶ(←パクリかい)」「雪上みかん拾い(←ほのぼの~)」「町長杯争奪輪投げ大会(←たかが輪投げに町長杯)」「雪玉的当てコーナー(←子供は燃えるね)」「福島vs.新潟麺バトル(←どっち応援しよう)」e.t.c...
と、あまりにも手作り色&遊び心溢れるイベントが盛りだくさん
会場にはこんなマスコットキャラもウロウロしてました

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さゆり公園でこゆりちゃん♪
西会津の町花が「おとめゆり」なんだそうです。

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さてママUが西会津まつりに来た理由、それは「スノーモービル体験」があるから
「来るのが遅くなったし、もう終わっちゃったかな~?」と心配してましたが、まだまだモービルがお出迎え。
乗るのは後ろにくっつけたソリ、またはタンデムで、どちらも1人100円。
ママUはソリに乗ってみました。
大型バイクみたいな轟音が響いた途端、出発!

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こ、これはけっこう強烈だぞ!!
インディジョーンズ並みの揺れに加え、顔に雪が容赦なく吹き付ける!ちょっとした凹凸でもソリが飛ぶ!
「すっすごいねこれ!!Uこわくない~!?」と叫ぶと、「え~全然!!」と元気な答えが返ってきましたが、顔はこんなんでした

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さて次は何して遊ぼうかな?
と探すまでもなく、目の前にこんな巨大かまくらが

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斜面はソリ遊び場になっていて、「ご自由にどうぞ」なソリも多数置いてあります。
手ぶらでちょっと来てみました的な家族連れも、思う存分遊べるのがいいですね

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これをUが見逃すはずはなく。
いや~~何往復したことでしょう
途中でひっくりかえろうが壁に激突しようが楽しいらしく(「そのスリルが楽しいんだよ!」@U)。
すっかり体力がついて、自力で上ってきてくれるので、親はラク~♪
雪山を上る足が、疲れのあまり千鳥足になってても「まだ滑る~~」

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雪山の上からは、道向かいで行われている「福島vs.新潟麺バトル」の会場が見えました。
なぜに新潟?と思ったんですが、やっぱり県境の町だからかな?
新潟ラーメンは「吉相」と「一平」しか知らないけど、名だたるラーメン王国・喜多方を抱える福島ラーメンに、果たして新潟は勝てるや否や!?
と、来たからには食べ比べてみたかったんですが、お昼食べてきちゃった上に、Uのソリ熱が一向に冷めないので、ここから見るだけ
ちなみに西会津は味噌ラーメンが有名なんだそうです。
駐車場も「満車」で、けっこう盛況だった雰囲気でした。福島&新潟人としては二重にうれしいです

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同じく雪山から会場を見渡しましたの図。
すっごい広いですね、さゆり公園。
日暮れに行われる「歳の神」の巨大柱を、今年の当番地区の人たちが運んでらっしゃるところでした。
ステージ奥の雪だるまは登山OKで、子供たちが上っては滑り降りてます。
ステージ上では「雪の上で愛を叫ぶ」開催中で、地元の青年団や小学生たちが、嫁さんや学校への愛を叫んでいました
「飯館村に戻るぞ~~~!」と力強い叫びを響かせたのは、飯館村青年団の方々。
あ、観客にこゆりちゃんもいますね

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それにしても寒いな~。なんかあったかいものでも食べようよ 
と、千鳥足になってるUを強制終了させ、屋台に行ってみることに。
そろそろ夕方なので、店じまいしているとこも多かったのですが、なんとか残っていたお店の1つがなんと!

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大宜味村物産店!
うお~~このさっむい時期の会津に、わざわざ沖縄から~
お店では「ホットシークヮーサー」を無料配布中でした。シークヮーサーの原液と砂糖を煮詰めて作った、大宜味町特産のシークヮーサーみつをお湯で割ったものだそう。
私にとってシークヮーサー=夏の沖縄旅行の味なので、ホットで飲むって盲点だったのですが、いただいてみると、レモネードよりクセがなく、さっぱりあったかでおいし~~
このみつ、値段も1本500円とシークヮーサー系にしては安かったので、さっそくお買い上げ
ヨーグルトなどにかけてもイケるそうです。

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それにしてもなぜ会津に?と聞いてみたら、大宜味村と西会津の小学生同士で、もう15年くらい交流事業を行っているのだそう
祭のオープニングでは、なんと大宜味村の小学生たちがエイサーを踊ってくれたんだそうです。
へ~~~沖縄の子達、この雪見てびっくりしただろうな~ 沖縄とそんな繋がりがあったなんて、町民じゃないけどうれしいな~♪
夏の沖縄を思い出しながら、雪景色を眺めて飲むホットシークヮーサー、なんだか不思議であったまりました

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ついでにお隣の屋台で、唯一残っていた鳥からあげを買って。
ポテトもバナナチョコも空になってるのを見てU「Uバナナチョコがよかったな~」
だからソリ何十回も往復してないで行ってみようよ~って言ったじゃん
最後のからあげだったのですっかり冷え切ってたのを、会場の焚き火であぶりつつ

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この焚き火やかがり火が何ヶ所もあって、いい雰囲気でした。
顔とか近づけると、けっこう熱いんですね(焚き火とかあまりしたことないママU
あったまってると「間もなく恒例「みかん拾い」が始まりま~す!」のアナウンスが。
そうそうこれを楽しみにしてたのよね♪
冬は多額のみかん費用かかる一家なので、ここでたらふく拾っていこうと密かに野望に燃えるママ

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向こうでは「歳の神」製作中です。遠めにもなんだか神々しい感じが。
ところで「みかん拾い」は、ママが野望を抱いていたようなみかん拾い競争ではなく、拾ったみかんの番号による大抽選会でした
3等はなんと20本も!さらに敗者復活戦として今年は「ご当地○×クイズ優勝者に、牛肉はもちろん、糸こんから鍋までついたすき焼きセットを残念賞として差し上げます!」
わ~ママこういうの大好き 遊び心と地域の底力を見せつけた、村上の「朝日村まつり」思い出すな~♪
「5、4、3、2、1、ゼロ~!」でみんなどわ~~っと!!!すっすごい!みんな本気だわ!!(もちろんママUも
なんとかママUも無事みかんゲットして、さて抽選は・・・あ~~~1コ前の番号だ~~~無念!
しかしまだ残念賞があるさ!と、引き続きご当地○×クイズに参戦です。

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こゆりちゃんも参加してました
「奥川地区には「奥川」という川がある」「西会津では、黒毛和牛の子供も育てている」などの社会科系クイズの他、「○○町の盆踊りは雨でもやる」といった超ローカルクイズが次々出ますが、こういうのに強いのはなんと言っても地元小学生ですね~!
10問終わって最後に残っていたのは、すべて小学生(と、小学生たちにくっついていくようママに指示されたU)でした。
町の子供たち、「共同体」や「故郷」の芽がしっかり育まれてるんだな~なんて思ったり。
ちなみにこゆりちゃんは、地元マスコットなのに途中で脱落してました


最後のジャンケン大会で、U惜しくも敗退しましたが、アウエイでここまで行ければもう充分(って小学生についてっただけですけど
同時開催の「あったげぇの食べらんしょ」コーナーで、無料の芋汁や甘酒を頂きつつ「いいお祭りだな~」なんてしみじみしてると、そろそろ「歳の神」の時間です。

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ソリしている間にトラックで何台も運んでいた巨大木やワラ、あれがこんな大きい神様に!
西会津町の・・・どこの地区だったかな?毎年当番制で作るのだそう。
「歳の神」って初めてなママの目には、なんかすごく「依り代」っぽいというか、ほんとにここに神様が降りてきそうに映ります
ほんとは氏神さまというか、地域のお祭りなんでしょうけど、アウエイにも関わらず、しっかりおもちくっつけた竹をもらって、参加する気満々のママU(あ、でもアウエイも全員ウエルカムな雰囲気でしたよ♪)

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神主さんが祝詞を上げて。
年男・年女、及び今年が厄年の人も、この時神主さんと一緒にお参り(?)すると良いのだそう。
町長さんや当番地区の人たちの挨拶も終わり、いよいよ点火!

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うわ~~!!!あっという間に火が駆け上る!!!
風に煽られた炎の勢いとあいまって、仕掛けてあるバクチクがパパパンパパパンと派手に鳴り続け、すっごい迫力!!

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おもちを焼こうとするも、ちょっと近づくと顔があっつくて
それでもなんとか炎に竹を近づけ、やわらかくなった丸もちをUに取ってあげると「あっつい!おいしい!」
家に帰ってからも「おもちがおいしかった」と言ってました(おなか空いてたのか?
「ミスおとめゆり」さんがお神酒を配ってたり、刻一刻と暗くなる中、輝く炎を見上げながらおもち食べて、これが「歳の神」か~。なんだかとっても日本的なお祭りだな~。こういうお祭りが残ってるのって貴重だな~なんて。
村上でも、KKの同級生の町ではやってるところもあったけど、私らが住んでたのは村上でも新潟でも新興住宅地だったから、こういうのはもうやってなかったもんね。まあお祭りって見るとやるとじゃ大違いだし、それだけ近所づきあいで気楽な面もあるわけだけど。

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最後に、チーム名「火付盗賊」による、炎の舞。「あなたのハートに火をつけて盗んでいきます」とのこと
当初は暗くなる前に帰るつもりだったんですが、珍しくUが「見たい!」と言い出し 
火を振り回すダンスはもちろん、イモトがやってた「火を食べる」とか、「火を体に滑らす(ヒエエ~)」なんてのもあって、熱そうながらもキレイでした。てか熱くないのかな~??

というわけで、西会津雪国まつり、楽しかったです~~~♪
私的には、いいお祭りって、いい町のバロメーター。
これだけ楽しいお祭りを、手作りで開催できてしまう=それだけ人的・心的パワーが町にあるってことですもんね。
初めて訪れた西会津町、「楽しかったね~」「もっと遊びたかった~」とママU口々に言いつつ、夜空の下を帰りました。

テーマ : 福島県 - ジャンル : 地域情報

ハッピーバレンタイ~ン♪

昨日、もう外が暗くなった頃、ピンポ~ンと玄関のチャイムがなって。

なーんとKKのクラスメイト女子2人が、チョコを届けに来てくれました!キャーーーーーー

「見せて見せて」と、無理やりKKに中身を見せてもらったら、手作り~~
かわゆいのきれいなスプレー散らしてあったり、お花模様の包装紙に包んであったり
も~いじらしいやらうれしいやらで、ママ感激

最初は「あたしは○○町担当ね」「じゃああたしは△△ちゃんと××町回って来る。え~とあそこはKK君と○君と」って、クラス女子による義理チョコ巡回チームでも回ってるんだろうかとか、ママとしては喜びのあまりそんな悲しいことまで思いついたのですが、これはもう本命チョコってやつじゃないですか!?

と、大盛り上がりだったのはママだけで、KKはなぜかムッツリと無表情 1度見せたらもう見せてくんないし。照れてる?ママうるさすぎ??

今頃学校で、どんな顔でお礼言ってんだろうとか思うとニヤニヤしてしまう、KKの初チョコ記念日でした

テーマ : 育児日記 - ジャンル : 育児

会津絵ろうそくまつり~ゆきほたる

絵ロウソク2/10(金)11(土)と「会津絵ろうそくまつり」がありました。

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会場は鶴ヶ城と御薬園、そして大町や七日町などの各中心街、さらに飯盛山や東山温泉、芦ノ牧温泉に至るまで、まさに会津若松の町を挙げて開催!
毎年ここら辺の日付で開催しているみたいです。

ママUは金曜日の夜、お散歩がてら行ってみました♪
空気は冷たいけど、ありがたことに夜はスッキリ晴れて、吹雪にもならず、歩いてて快適
しかし我が家からだと、鶴ヶ城の敷地内にあるお墓や公園を通っていくので、こわ~~
「ね~こわい~~」「大丈夫大丈夫!ほら前に人がいるじゃん(人だよね?)」
などと騒ぎつつ、旧・二の丸三の丸方面(現テニスコート)から真っ暗な中を歩いていくと・・・

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ロウソクの灯が見えてきました!
いや~灯って無条件に人をほっとさせるわ~~と実感。
以下、すべてブレブレの写真でお送りしますスミマセン・・・

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お堀を渡って本丸方面へ行く橋の両側に、灯篭ずら~り
途中、ひときわ大きいかがり火が両側にあって、灯篭に照らされた赤い橋とともに、なんだか時代劇の世界。
灯篭はどれも子供の手作りらしく、ミッキーミニーやマイメロ、Uマイブーム中のこびと図鑑なども↓

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Uの大好きな、カクレモモジリ&お城ボくん

お城へ向かう道すがらは、すべてロウソクで照らされていました。

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両側にロウソクが並ぶと、昼間の雰囲気とは一気に変わって、なんだかとっても不思議な空間になってしまうんですね~
道なりに曲がって、桜の木エリアが目に入ると・・・

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雪の上に、ひときわキラキラと輝く大量の灯篭たちが

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第二中学、第三中学、養護学校中学部の、それぞれ2年生の作品です。
灯篭の1コ1コに、ちっちゃく名前が書いてありました
銅版に細かい穴が開けてあって、とってもキレイです!
なんかこう、ウルッときそうな景色でした。
ロウソクの灯って、どうしても「慰霊」を思い起こさせるんですよね。

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隣のテントには、500円でロウソク絵付け体験コーナーが。
本当の絵ろうそくの絵付け体験は、染料とか使って難しそうですが、ここではマジックで簡単絵付けです。
来た記念に、Uもしてみましたよ。
「絵でも願い事でも何でもいいよ~」とのことで、Uはこびとづかんをば。
ちなみに1200円払って、素焼き瓦の灯篭で参加することもできます(が、私たちは高すぎてパス

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テント内には、会津の伝統工芸・絵ろうそくの説明がありました。
(ほんと写真ベタでスミマセン

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できたロウソクは、テント隣のお稲荷さんに飾ってくれます。
そういえばおじさん
「ここのお稲荷さんは学業の神だから、「頭が良くなりますように」でもいいよ~」
と言ってたっけ(KKを連れて来るべきだった!?
小さい神社だけど、今夜はここもロウソクずら~り。
「絵ろうそくはなかなか火がつかないんだよね~芯が和紙だから」「へ~~~」
といった一口メモを挟みつつ、なんとか火も着いて、瓦灯篭をかぶせてもらって。
うふふ「会津絵ろうそくまつり」に参加しちゃった

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ここまで来ると、天守閣がどーんと見えてきます。
わ~なんか変なガラになってる~~

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今年は特別イベントということで「デジタル掛け軸(D-K)ライブ」を行っているそう。
伊勢神宮や名古屋城、都庁を初め、世界各地で行っている試みだそうで、長谷川章さんというアーティストが作った100万枚のデジタル映像が、お城をスクリーンに色々変化しつつ映し出されます。
わ~シンデレラ城のショーみたい

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チラシにあったお言葉には
「日本人の精神世界、諸行無常、一期一会、色即是空の風景を映し出し(略)魂の風景と出会う(略)D-Kがもたらす色即是空は新たなるものの永生であり(略)自由と無限空間、万物生減流転の世界観を捉える(略)」
等々、ママ的には「なんか寝言言ってる」という感じでしたが、ママUともに「わかったこれ春夏秋冬だよ!ほら夏みたいな青になったし。今度は春見たいな~」「うわ~今度は色がグロくなったね。毒ガエルみたい」などなど、作者の崇高な狙いとは無関係に楽しめました

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人もすごくいっぱいいました♪
みんなで「わ~」と感嘆の声を上げながら鑑賞して、楽しかったです。
途中「東京都、荒川区からお越しの~」なんて尋ね人アナウンスも流れて。
寒い中、遠くから来てくださってるんですね~

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私たちは売店前で見てたんですが、こんな投影機でお城に映像を写してました↓

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売店で、揚げもちとかホットコーヒー買って、あったまりながら見れるのもナイスですね

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あとは音楽とか、それこそTDRのショーなみにゴージャス&映像に合わせて変化したりすると、より楽しかったかも(これでも充分ドキモ抜かれましたけど
でも鶴ヶ城、街中であんまし大きな音出せないから無理かな~

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というわけで鶴ヶ城を堪能した後、本丸広場へ。
1歩入ると「こっちがメイン!」という雰囲気で、和紙に包まれたロウソク&人が一気に増加!

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和紙が焦げてる台もあったりして
「火事にならないのかな~?」とか思いましたが、係の人がこまめに見て周って交換しているみたいです。

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天守閣前に、うやうやしく並んだ塗の蜀台&これぞ本物の「絵ろうそく」
まるで藩主一族の霊に捧げられているかのような荘厳さです!

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絵ろうそくまつりの間は、夜間も特別に入城できます(普段は16時半くらいまで)
あまりに人いっぱいでママUはパスしましたが、上から見ると、ロウソクが地上絵になっているそうです。

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お城もツララずら~り

本丸広場の通路には、市内のほとんど全部と思われる幼稚園・保育園による灯篭が。
Uの幼稚園(年少さん作成)もありましたよ
もちろん、会津若松に避難してきている大熊幼稚園の灯篭も。

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近くにはTVカメラも。
ローカルニュースなのかな?「15秒」と書かれたスケッチブックを片手に撮影してました。

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カメラと言えば、本丸広場での三脚率はすごかったです
なんでもフォトコンテストが開催されるそうで。
上手な人が撮る夜景って、肉眼とはまた違う素晴らしい世界を見せてくれますもんね♪
腕に覚えのある皆様、チャ~ンス!?

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夜には花火大会もありました。
私たちは家で見たんですけど、けっこう数が上がってこれまたびっくり!(しかも2日間も!)
ちゃんとした花火大会じゃなく、地域イベント併設の花火だと「5分で終わり」な町しか知らないので「これが会津の底力か~~!」と、変な感心をする一家
ハート花火やニコニコ花火なども上がって。冬の花火大会もいいもんですね~♪
会津絵ろうそくまつり、堪能しました

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会津の冬まつりウィーク開始♪

今週末の会津地方は、やたらお祭りがいっぱあります

2/10~2/11 絵ろうそくまつり 鶴ヶ城、御薬園
2/11~2/12 大内宿冬まつり
2/11~2/12 只見ふるさとの冬まつり 
2/12 西会津雪国まつり  
2/11~2/19 蔵のまち喜多方冬まつり

一足お先だった柳津の冬祭りも、遊び心あって面白そうだったけど、こちらも「ゲタ飛ばし大会」(西会津)「もと山レース(賞金6万円!)」(只見)「チョコ玉つかみ取り」(喜多方)等々、なんだか笑ってしまいそうな内容多々。「雪の上で愛を叫ぶ」とかさー「雪上みかん拾い」とかさー(ともに西会津)。大内宿の「日本一のダンゴさし」も気になるし(ダンゴさしって、まったく知らなかったんですけど、福島の冬の風物詩らしく)、只見のお祭りに来る「矢沢B吉」も捨てがたいわ。
しかし、こんな遊び心に満ち溢れたお祭りを、同時多発的に開催できるなんて、会津の底力をここでも垣間見た気分です。う~ん会津はやっぱり、奥が深い!

ちなみに来週末からは、裏磐梯雪祭りも始まります。この時期ゲレンデに来ると、帰り道には「湖に広がる3000本のキャンドル」が見られるかも

そしてキャンドルといえば、昨日から始まった「会津絵ろうそく祭りin鶴ヶ城」。
ママUも、お散歩がてら行ってみましたよ(歩いていけるのがうれしい♪)
鶴ヶ城がエライことになってました

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今日もやるそうなので、よろしかったらおいで下さい♪
特にカメラの腕に自信のある方はぜひ!(場内の三脚率の高さは異様

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言葉の問題?

カサイさんの本を読んでて、福島とか色んな物に当てはめてあれこれ考えてた時に、ふと思いついたこと。

「福島から逃げろ~」って善意で言ってくれる人って
「そこは危険だからこっちへ来い」じゃなくて
「そこで安心できないならこっちへ来い」って言ってくれればいいのにとか。

放射線による人体への悪影響について、はっきりわかってることは「はっきりわからない(福島なんて比べ物にならないくらいの高線量ならともかく)」ってことだけなんですよね、結局。
わからないというとだけがわかってる。だから不安になり、不安が恐怖になるわけで。

どの時点で不安になるかは、放射線が誰にとってどの程度影響があるかバラバラなことと同様、人により時により様々で。
けど、どこで「不安を感じる」=「危険だと判断する」のが正しいのか、あるいは間違ってるのか、「わからない」ことだけがわかってるこの状態じゃ、誰にも言えないはず。

だからここで
「そこは危険だから逃げろ」
っていうのは、論理的におかしい。いくらそう言いたくても、危険側/安全側の意見を付き合わせれば、「危険だ」なんて言い切れないはずだから。
ただし
「そこが不安なら逃げろ」
って言い方なら、論理的に合ってる。どこで不安かは人それぞれで、99人が大丈夫と思ってても、1人が不安に感じることはありうるから(個人的には安全厨なんで、不安な人の気持ちはイマイチ実感できませんが「論理的にはそういう存在もあるだろう」って感じです)。

福島からの避難を勧める善意の人たちが
「危険だからこっちに来い」
じゃなく
「不安ならこっちに来い」
と言ってくれるなら
1.そんなに不安と思ってない=それよりは福島と共に生きたいって人に「ありがた迷惑」と思われることはなく
2.心が定まらない人には「本当に不安かどうか、自分はどうしたいか」を考える余裕を与えることになり
3.そして本当に不安な人には必要な手を差し伸べることになる
というわけでいいことづくめだと思うのですが。何より「正しいかどうかわからない正義」を押し付ける結果にならないし。
てか「善意」と「正義」は、そもそも水と油だと思うんですけどね。。。

ところで、KKの学校では今度「放射線について学ぶ」授業が始まるそうです。総合学習枠みたいな感じで。
学校も色々大変なんでしょうね~。いつもお世話になってます。頑張ってください。
Uはこないだ、ガラスバッヂ線量計の結果が返ってきました(KKはどこへやったんだー
結果は、自然放射線量0.06mを差し引いて、1ヶ月0.01mでした。
自然放射線をプラスして0.07m/月だとしても、0.84m/年。私的には1m/年でも「低いな~」という感覚なので、この結果は「えらく低いな~」と。
って、けっこう家に置き忘れてたりしてたので、低いのは当たり前なんですが、だいたいみんな0.0いくつ/月の範囲に収まってると思いますよ(たぶん)。
会津はこんな感じです。

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或る日の一休

前回の続きで、カサイ本を読んで思ったあれこれです。
思いの丈をそのまま書いてたら青臭さ全開になっちゃいましたが、ご容赦を

って気づいたら、前回はカサイカサイとめっちゃ呼び捨てにしてましたね失礼千万!
ど~もあの人、とんねるず石橋に「カサイ~」と呼び捨てにされてた頃の印象が強くて、呼称=「カサイ」って感じなんですよね なので呼び捨てに決して他意はありませんが、ここでは「カサイさん」にします。

で、そのカサイさんの本の中には、報道ならではの悩みから出発して、実は普遍的なことなんじゃないかという葛藤や感想がいくつも紹介されています。
例えば、避難する時、ちんたら歩く前の老人を抜いてしまったとか、「ここで津波に来て欲しくない!」と切実に願いながらも同時に「ここで津波が来たら衝撃映像ゲットのチャンス!」と思ってたとか、津波で家が流された人に「もうここには住めないでしょう」とインタビューしたら、「いやーまたここに住むんじゃないかな」と軽~く答えられて衝撃を受け
「郷土愛とか、家自体への愛着とかそういう話ではなく、ただ、なんとなく、またここに住むでしょうというテイスト。でもそれがかえってリアルな答えなのかもしれない」
と思ったとかe.t.c.
そうそう、TVカメラの前で遺体が見つかった時の話もありました。この時の放送は私も「とくダネ」で見ていて、「遺体発見!」シーンや、それを受けての遺族の様子など、正直「ええ~ここまで写しちゃうか~」と、見たがる自分とあんまし見たくなかった自分、というかそういう見たがる自分を嫌悪する自分とかが葛藤していたので、よく覚えてます。
視聴者がそうして自分の中で相反する思いを抱いたように、その場にいたカサイさんも、放映する前も、またこれを放映した結果も、やっぱり賛否両論だったようで、こういうのを知ると、やっぱりTVの影響力の大きさというか、身の内にカメラがグーッと寄ってくる感覚が新聞よりあるな~気をつけなきゃな~と思わされます。

さてこんなふうに色々印象深いエピソードの中で、一番印象に残ったのが、被災地で食べ物を盗んでいる人を見かけたという話でした。
(もっともこれはカサイさんではなくディレクターの体験で、実際にカサイさんが体験したのは阪神大震災の時ですが)。
「火事場泥棒」的な盗みじゃなく、純粋に、食べるものがなかったゆえの泥棒。子供連れで、2日も食べてなくてとか。その前に、カサイさんたち報道ですら「衣食住」に困っていた話があって、それじゃあ被災者はどんなにか、とリアルに伝わってきている中でのエピソードです。
現場自衛官の「そっとしておいてあげて。我々も止めないので・・・」という言葉。海外で、震災時の日本人のモラルの高さが賞賛されていたこの時期「真実を報道するために写すべきか、写さないべきか」という、「記者魂」と「人情」の葛藤。

飢えのために盗みをするのは悪か否か?
これ「飢えたネコに施しを与えるのは善か否か?」とともに、子供の頃からずーーーっと答えが出なくて、だからずーーーっとどっかで考え続けてるような命題です
個人的に興味がある「太平洋戦争」とか「ナチス」とか「基地」も、また昨今の「放射能騒ぎ」も、その放射能騒ぎでも出てきた「福島農家」とかも、私にとってはすべてはこの問いに収斂されるというか、この答えを出すヒントになると思われるから興味を持ってしまうという感じで。それがカサイさんに同化して読んでたら、突然モロにどーんと出されたので、めっちゃこの本が心に残ってしまったのでした。

私の知る限り、この問いに対してはっきりと答えを言ったのは1人だけです。いやたぶん、ブッダとかキリストとかも答え出してると思いますが、私は知らないので
私の知ってる唯一の解答者、それは一休さんです。というか武者小路実篤です。

武者小路実篤の短編戯曲に「或る日の一休」てのがあるんですが。
ある日一休さんのもとに泥棒、というか「こんなクソ坊主生かしちゃおけん」というテロリストみたいなのが来まして。
そこで泥棒と一休さんが「なんでお前はあんなことを言ったんだ」みたいなのをあれこれ問答するんですね。一休さん、かなり反骨なお人で、ぶっ飛んだ言動を色々してましたからね~
でその問答中に一休さん
「飢えてする盗みは悪ではない」
と、きっぱり答えてるんですね~

これ読んだの確か小~中学生の頃で(しつこく読み返すタチなので、それ以来何度も読んでたとは思うのですが)、その他の問答はもちろん、この話自体もすっかり忘れてたんですが、カサイさんの本を読んだらこの答えだけが強力に思い出されました。
たぶん子供心に、トゲのようにささったまま内部化していたのでしょう。おそらくは「そうだ!よく言い切ってくれました!」という、大人がそう断言してくれた感動とともに、子供心にも「それは否定しないとまずいんじゃないか・・・?」とも思った、その葛藤によってより深く、ぐっさりと内部化。
「飢えのために盗む」ってつまり「生き延びるために罪を犯していいか」ってことですが、個人的には、そもそも生きること自体が「生きるために日々誰かから何かを奪ってる」行為じゃないのかという思いが抜き難く。
それを「悪じゃない」と言い切るのは、イコール「あなたは生きていてもいいんだよ」と許してくれるのと同じなんですよね。ありがとう一休さん!中島みゆきの「エレーン」にも言ってあげて

その点あの「福島農家」に対するバッシングは、ほんとにイヤ~でしたね~。農家を叩く人みんな「飢えのために罪を犯すな。正義のために死ね」って言いたがる人たちみたいに見えて。そのくせ「命を守ろう」とか、これまたキレイな話にしようとしていたりしてさ~何だかもう。てか福島農家が作付けするのは別に罪じゃないんで、ここに出すのはそもそもお門違いですが。
「食べたら死ぬ」みたいな被害妄想に駆られて、福島農家を加害者扱いするあなたたちは同時に「生きるために福島農家から何かを奪ってる加害者」でもあるのよわからないの?とか。

ここで一休さんです
「飢えてする盗みは悪じゃない」の言葉に従えば、福島農家もそれをバッシングする人も「悪じゃない」ってことになるんですよね。
立場が違うだけで、どっちも自分が生きるために他から何かを奪ってる=飢えて盗みをしている人なだけなんだから。決してどちらかが「悪」ってわけじゃない。
ほんとーにそう思います。ここを押さえないで、放射能恐怖症の人は往々にして「正義」に立ちたがるように見えるからヤなんですよね~。ま向こうさんも「絆」とかの言葉に対してそう思ってるのかもしれませんが
この一休さんの考え方に沿うと、相手を憎まなくて済むのがありがたいです(ただし機嫌のいい時限定)。

しかしながらこの考え方だと、心の平安は得られますけど、争いは止まず、解決しないのが困ったもんですね~
ていうか、「飢えてする盗みは悪じゃない」、これを突き詰めると、新自由主義上等、戦争肯定になってしまいそうじゃありませんか??盗まれた方はおとなしく餓死していけばいいんだみたいな。いやだ~~~社会福祉国家好きな平和主義者としてはまっぴらごめんです。一休さんの言葉に感動すると同時に「否定しないとまずい」という気持ちが働くのはこのためですね。

もっとも「突き詰める」のが間違いなのかもしれませんが。ピンクを突き詰めて赤(または白)と結論づけたら、それはもうピンクとは別物ってことが、世の中よ~くありますからね~

それはともかく、いっくら生態系の中で「弱肉強食」や「殺し」がシステムとして欠かせない=飢えてする盗みは悪じゃないとは言っても、動物だって敵に襲われれば逃げるように、やっぱしそんなのゴメンだというのもまた自然。ん~じゃあどうしたらいいのかしら???
ルール?もちろんそれも重要だけど、あんましアテになりません。いかにルールを破らずに盗みをするかみたいな世界だから。それに、ルールに頼りすぎると全体主義になるし。困ったな~~

じゃあさ~「飢え」自体をなくせば、問題そのものが成り立たなくなるんじゃないの?
そうだよ「飢えてする盗み」をしなくて済むくらい、みんなが豊かになればいいんだよ!
ハーイ私も双手を挙げて賛成します と、みんなで思ったから人間が進化し、文明が進歩し、科学が発達して、その延長線上には原発も。

としか私には思えないので、原発=鬼畜米兵みたいには思えないんですよね~どうしても。
もちろん、廃棄物の問題を解決できないまま始めてしまったたのは致命的エラーだと思いますし、金の力で地方に押し付けていいとこどりする構造もかな~りヤですが、それは原発に限ったことでもないしね。
ましてや立地市町村や、東電で働く1人1人のことは言わずもがな。
ただ「組織と個人」っていうのは、ちょうど「報道と人情」みたいに、相反しながらも切っては切れないので「組織は悪かったが1人1人は悪くない」と、一休さんのようにびしっと言い切れないのが辛いところ。逆に言えば「1人1人が悪かったから悪の組織(ってなんじゃそら)になった」とも言えないわけですが。だいたい「悪」なんて相対的なもんですしね~この「生きる」という原罪に比べれば

そして悲しいかな、そうやって「飢えをなくせばいいんだ」と、人間がどんなに進歩しても「飢えてする盗み」はなくならないんですね。
飢えなくて済むよう、余剰=安定を生み出そうとすれば、その余剰のために争いが起こり、田畑を大きくしようとすれば水泥棒みたいなのが起こり、じゃあもう共同体で守るシステムにすればいいじゃんってなったら、共同体同士で争いが起こり、もうさ大きくなりすぎて争いのリスクもパネエからこういうのやめね?って思っても、気づけばその巨体を維持するだけでも膨大な栄養が必要で、結局どっかから栄養を盗んでこないと死んじゃうような状態になってて。そしていかにルールを破らず盗みをするかというテクニックだけが発達して。

ちょうど双曲線の「飢え0」原点に、途中までは飛躍的に近づくけど、決して原点には行き着けない(で別な方へ行っちゃったり)とか、あるいは原点に近づくにつれて目盛りの単位もどんどん細かくなって、数字的にはいつまでたっても大きいままとか、イメージ的にはそんな感じで。

って今回の話そのものが、双曲線のようにあさっての方向へすっ飛んでるわけですが
ほんとは「飢えた猫に施しをする」のと絡めて書きたかったんですが、収拾つかなくなりそうなのでやめときます

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TVの一人称

本屋さんにある「3.11震災」「原発」関連コーナーって、今まであんまし手に取る気になれなかったのですが、そろそろ1年近く経ったせいか、最近ふと買ってみようかなと、思い立ったら弾みがついてドカドカっと3冊

「福島県民23人の声」歴史春秋社←会津のローカル出版社です
「記者は何を見たのか」読売新聞社←読売新聞の記者78人
「僕はしゃべるためにここへ来た」笠井信輔←ご存知フジテレビアナ

一気に読んじゃうと、ついついどれが一番面白かったか順位を付けたくなってしまうのが悪いクセ
この中でどれが個人的ベスト1だったかというと・・・

まず「福島県民~」は、地域も世代も職業も違う福島県民23人の聞き書き。
う~んやっぱしねえ。ある程度長さがあると、キレイにまとまっちゃうんですよね~。
福島民報に、震災以降毎日載ってる「ふくしまは負けない」(=福島で頑張る人々を毎回1ページ中3~4人紹介するコーナー)とか、あるいは「公式本・LIVE福島」に載ってる各会場のお客さんコメントとかの方が、大量かつ短い分インパクトがあるというか、個人的にはそちらの方が印象に残った言葉は多いです。
とはいえこういう体験記録は本当に貴重ですし、こういう取り組み・世界があったのかと、初めて知るようなことも多く、何より23人それぞれの「進んで行こう」という意志とか行動力は、やっぱりある種の感動を呼び起こすことは確実。

これは、出版も福島、登場人物も福島ということで、個人的に他2冊とは違う特別枠なので、ランク付けから除外します。
で、問題の「新聞vs.TV」「読売vs.フジ」ともいうべき残り2冊なんですが・・・

はっきり言って、カサイ圧勝です!(くれぐれも個人的主観です念のため)
読んで1ヶ月、この心への残り方は圧倒的。
口調はタレント本みたいだし、字は大きいし(字が大きい本=バカが読む本という偏見が)、そもそもカサイのこともあんまし好きじゃないんですが、読んでよかったと思う本でした。

「記者は何を~」
これはまず表紙の写真がインパクト大。おかげでこの本に手が伸びたようなものです。本文にこの写真を撮った人の体験記も収録されてますが、国際報道写真フェスティバルでも評価されたそう。
なんかこう「心を掴むな~」と「あざといな~」のさじ加減が絶妙な写真なんですよね。いかにも「報道」な性質っていうか。
中身は78人の記者が、東北で、首都圏で、官邸で、それぞれ見聞きした体験記。被災地に赴任していた記者、遠い支局から応援に入った記者e.t.c.まえがきにありましたが、東北など遠い支局に配属されるのは、比較的若い記者が多いらしく、その分純真で、「ただ涙がこぼれた」「うれしかった」等、普段は絶対に紙面に出ない記者の素朴な感情も随所に挟まれていて。
にも関わらず、この読み心地は新聞そのものです。本当の新聞じゃない分「なるほど新聞ってこういうもんだな」と余計に思わせるというか。
たぶん一人称を極力省いた、新聞記事仕様だからでしょうかね~。いやほんと新聞記者さんって、こういう体験記でも体質的に「私は~」って使いづらいのか、出てくる人称はほとんど「○○さんは~」「△△が~」。おかげで「記者の体験記」のはずなのに、中身はすっかり「○○さんの体験記」=「記者の見聞記」です。ガラス扉の向こうの見聞きしたことを、冷静に伝える記事。自分自身が被災者という記者ですら、どっかガラス扉を挟んでる。いやそれはそれでいいんですよ。新聞ってそういうもんですから。むしろこういうとこからも「ああこの人たち、骨の髄まで新聞記者なんだな~」なんて好印象すら抱いたり

さて翻ってカサイの方は。
「僕はしゃべるためにここへ来た」っていうタイトルは、「しゃべるために来たから、現地でこうせざるを得なかった」と「しゃべるために来たのに、しゃべれなかったことがこんなにいっぱいあった」のダブルミーニングだと思うのですが、文字どおりしゃべりまくってます 「私は」「私は」という一人称の嵐で、「記者は何を見たのか」が、タイトルどおり「見た」ことに終始しているのと好対照。
思えばTVリポーターっていうのが、三人称の新聞とは違い「え~今私は○○に来てます」って、のっけから遠慮会釈なく一人称ですもんね それでカメラをぐーっと近づけるように、「私」と「視聴者」の距離をぐーっと縮め、同化させる=「視聴者」に「私」を通して疑似体験させる。
ガラス越しに神の視点で俯瞰するのが「記者は~」なら、ガラス突き破ってでも1点にズームしていくのが「僕は~」。カサイにグーッと寄ってって、カサイの主観を通して、私たちも被災地を体感するという。

被災者の様子、描写はもちろんあるんですが、メインはそこから出てくる「報道と人情の葛藤」です。「僕は被災地で何を思い、何をしたか(あるいはしなかったか)」
幸運にも被災を免れた大多数の外野(私含め)は、いっくら「被災者の思いや状況を知りたい」「自分が被災したらどうなるのか知りたい」と思い、上記のような「記者は~」といった被災者の体験を伝える本や新聞を読んでも、せいぜい追体験もどきができた気になるくらいで、実際のとこはわからないんですよね、残念ながら。
私たち「外野」が、実際に被災地と関わる時は、おそらく多かれ少なかれカサイのようなスタンス・体験にならざるを得ないので、「記者は~」よりリアルだったのかもしれませんが、それがリアルに伝わったのは、カサイの視点=個性、及び書き方=一人称の力が大なのではと。

例えば、記者の衣食住という、紙面や画面には決して出ない、けれど一番重要なこと。
これらをカサイが「すごく寒かったからああしたこうした」とか「僕はこれを2個食べた食べない」などと、あくまでも自分のことを、一人称全開でしゃべればしゃべるほど、「そんじゃ避難所はどんだけ寒かったんだろう」(これ読んでいる今が雪降ってる時期なので、余計に「そうだ。あの時寒かったんだよな~」と思い出され)とか「これじゃ被災者の腹ペコ具合はハンパないわ」といった具合に、被災の様子がより切実に、「記者は~」で「暖房はなかった」と新聞口調で1行書かれるより数段、体感としてリアルに伝わってくるんです。「TVのズーム映像に、新聞記事は負けた」って感じでしょうか?

もちろん、私ら外野とは直接関係ない、報道ならではの悩みや葛藤も出てきます。
「食べ物を分けてくれ」「車に乗せてくれ」「サインをくれ」またこれは阪神大震災の時だそうですが「目の前で消火活動しているのに、自分はここでリポートしているだけでいいのか」e.t.c.
ん~自分だったらどうするかな~?「1人にあげると全員にあげなきゃいけないから却下」あるいは「「しゃべるためにここへ来た」んだから却下」かな~?(←これはカサイ本にも、「記者は~」にも、自己弁護のように何回も出てきます)
しかしさすが本職の論理は、そんな甘いもんとはワンランク違う!
「「フジテレビはしてくれたのに、○○テレビはしてくれない」てな噂が出回ったら他社に迷惑!」
「やるならカメラマンも一緒にやれ!カメラの前でやるのは「えせジャーナリズム」だ!」
プロですね~。この頃「マスゴミ」とか罵られてますが、こうしたプロ意識がきっちり培われているのは、やっぱり根本的に信頼しちゃいます(報道内容を信じるとかじゃなくて「根本的に」ね)。

けどこうした悩み・葛藤って、ネタを変えれば、わりと私らの日常にある、普遍的なことですよね。
こういうふうに、読んでて自分にフィードバックする割合が、「被災者に寄り添い、見聞きし感じたことをありのままに伝えよう」を真摯に実行した「記者は~」より、極めて個人的なことの書き連ねであるはずのカサイ本の方が、結果的に多くなってるのは皮肉です。というかカサイの視点の良さでしょうねやっぱし。あ、もちろんカサイも「被災者に寄り添い、見聞きし~」は貫いてます念のため。

さらに念のためですが、個人的にはこうしてカサイ圧勝ですが、「記者は~」も決して悪い本じゃないです。
被災地の様子はもちろん、あの日の官邸から、トモダチ作戦に参加した海兵隊員の様子、ドイツの偏向報道ぶり(対して英国BBCはわりと多角的という印象だったそう)、ニュージーランド地震の土木関係報告会で集まった専門家が、あの揺れを体験してなおかつ「大したことないから続けよう」と言ってた等々、被災地にズームインしていないゆえのルポも同時に読めて、それぞれたいそう興味深いです。
ただ、いかんせん紙面のように破綻なくまとまってるので、取材中にいくつも現れる個人的葛藤を、答え出さず(出せず)ぼーんと提示したまま置き去りのカサイの方が、自分に直接はねかえってきて、より心に残ったということで。

というわけで次回は、ここら辺の「答えのない葛藤」から、特に印象に残ってることを。

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OUR HISTORY AGAIN

今日もまた、いつにもましてどうでもいい、かつ偏見に満ちた印象論なんですけど
なんかこの数日、TVで橋下さん見ることが多くて、またイヤ~な気分になったので吐き出したく。

色メガネかけてた頃はそうでもなかったんですけど(好きではなかったのは確かですが)、政治に行ってからはほんともう、見るたびイヤ~な気分になります。「ああやっぱり私はサヨクだな~」と実感するひとときというか
現在の放射能騒ぎに関しては比較的「安全厨」な私ですが、こういうことには一貫して「心配しすぎだろ」ってくらい「危険厨」になってしまうんですよね~。なんかもう、刷り込みで「危険だ危険だ」と念仏のように

「船中八策」って何?龍馬気取り?ていうかそういうことを言って、橋下ファンに無意識に「龍馬のような維新の改革者」をよりイメージづけようとしてない?そういう姑息な戦略を取るアンタと、それにころっと乗っちゃうファンがヤなのよ。
「維新塾」って何?パナソニック?しかしつくづくアンタ幕末が好きなのね。てかそうやって「維新の改革と同じ」とかって印象づけようとしてるのね。そんで利害目的か純粋なファンか知らんけど応募者400名超とかって、腹立つーなんか腹立つー

銀魂でブリッコ女が「私ってばドジ。テヘ(と舌を出し頭コツン)」だの「ペアルックが夢だったんです。あっ言っちゃった~」だのやるたびに、お妙さんと神楽が「何この気持ち!めっちゃイライラするんですけど!私どうしたらいいの!」「胸の中に黒いものが!取ってーこの黒いの取ってー!」と騒ぐシーンがあるんですが、それによーく似てる気がします こういうブリッコにころっと騙される男と、それを熟知して使う女と、両方がもう生理的に気に入らないという。

だいたい「東京・大阪・愛知(名古屋)」って、大都市ばっかじゃん!これってつまり、力のある大都市はどんどん自分で自由にやってこうぜ的な「新自由主義・地域バージョン」?力のない地方都市はますます沈没?助けようなんてムダなコストがかかるからダメなんでしょ橋下さん的には。
小泉さんが威勢のいいことばっか言って、「米百俵」だの「痛みに耐えよう」だのの言葉を「カッコイイ」とヒロイズムに酔って受け止めた結果、こんなですよ。また歴史は繰り返されるんでしょうか?今度は個人じゃなく地域全体で。

「安定志向で公務員を選ぶならダメ」ってあっさり言うけど、安定志向ってそんなに悪者かしら?安心して生活したいって、誰でも多かれ少なかれそうなんじゃないの?だからみんな厳しい受験勝ち抜いて少しでも大きい会社入ろうとしたり、節約・貯金に励むわけでしょ。大企業を選ぶのは良くて公務員はダメって、なんか体のいいコスト削減にしか思えないわ。そりゃまあ「安定求めて公務員」なあげくギリシアみたいになっちゃったら、それはそれでなんだかな~なのは確かですが。
だいたい日本の公務員なんてもともとお給料はわりと低いのよ。稼ぐなら民間行った方がワリが良くて、退職金でなんとかつじつまが合う程度だなんて常識よ(それも今ではかなり減額だけど)。しかもこのところどんどん新人が減ってるから、中はそりゃもう激務よ。まあそれは民間も一緒で、どこも苦しいんだろうけど。でも少なくとも「公務員だけラクをしてる」ってのは、そんなに、イメージほどラクしてないと思うわよ実際は。首都圏の豪邸的官舎とか、わかりやすいとこばっかり挙げて公務員全体のイメージづけされてるけどさ。
ともあれ「安定志向はダメ」みたいな言説を聞くと、バブル前後の「給料を年棒制に」みたいなノリを思い出すわ。「そんなのヤだ」って言うのは、イコール「自分は年棒じゃ稼げない、何のとりえもない人間です」って表明するのと同意だから、怖いもの知らずで能力は未知数だけどプライドだけは高い若い人なんかは、こぞって「そうだそうだ。実力ある(俺のような)人間こそ高い給料をもらって、年食ってるだけで高給もらってるジジイなんぞ追い出せ」って盛り上がったのよね。それで結局、「社会主義でもっともうまくいった日本」の終身雇用制=安定は崩壊して、経済的に行き詰っててそれらの制度を壊したがってた国の思う壺になったのよね。

だいたい「改革するためには独裁者も必要」ってイケシャーシャーと言うところがもう確信犯的というか、「もはや取り繕う気もないねアンタ」と空恐ろしくなると同時に、そういう言葉に嫌悪感を示すどころか「そうとも橋下ならやってくれる!」「待ってました橋下!」的な空気になるのが激しく恐ろしいというか。個人的に橋下さん見てイヤーな気分になる8割は、ここら辺から来てます。
だってあのナチスがまさにそうだったじゃないですか。私ほんとに、あのナチスの出現~増殖の流れが、日本が戦争~終戦になだれこんでいく流れと同じくらい、すっごく興味と恐怖があって。もう気になって気になって仕方ないという(「危険厨」だわね~)。
「いや日本は民主主義だから大丈夫」という意見もあるかもしれませんが、ドイツだってめっちゃ民主主義的な国だったのよそれまでは。ワイマール憲法っていう素晴らしい理念があって、だからユダヤ人も「ここなら安心して住める」ってドイツに多数来ていた。ナチスが出現しても「一過性のものだろう。まさかドイツがおかしなことになるわけがない」って、ユダヤ人もドイツ人も外国人も思ってた。それがちょっと流れができたら、もうあんなよ。法律がどんどん変えられ、増殖していくのを止められなくなってしまった。「流れ」って怖いのよね~

似たような「独裁者」はもう1人いるわね。あのフランス革命のロベスピエール。ってこの人に関する情報はほとんど「ベルばら」由来だけど
そういやこの人も橋下さん同様弁護士さんだったわね。すごく貧しくて、奨学金で学校には行ったけど、同級生にいつもビンボーを笑われて、「喜びと言えば勉強だけだった」と必死に勉強して、そういう素地があったから、弁護士になっても徹底して弱者の味方で(以上「ベルばら」より
その延長線上で「民衆のために」と革命派になったけど、自分が権力を握ったら今度はすさまじい独裁者になっちゃって。ギロチンにかけられる時は「一人の婦人は運搬車に飛びつく。片手の手で側面をしっかとつかみ、いま一方の手をシビル巫女(みこ)のように打ち振りながら「汝の死は、わたしの心の底までうれしがらせる」と叫ぶ。「悪漢め、フランス中の妻と母の呪いを背負って地獄へゆけ!」」とまで民衆に罵られて(以上「人間臨終図鑑」)

まあフランス革命は昔のことだからね~今とは考え方が違うでしょ。と思うでしょ~そうでしょ~。だからあのナチスが個人的にも全世界的にも衝撃だったのよね。仮にもワイーマール憲法みたいな現代的価値観を持っていたはずの人たちだったにも関わらず、あれほどのことができてしまう、その存在を許してしまうということに。それはとりもなおさず、いまだ誰にでもどこにでも起こりうる、ってことの強力な証明だから。

人間(とその集団が作る流れ)は、どこでタガがはずれるかほんとにわかりません。ロベスピエールだって、決して悪い人じゃなかったのにね。ナチスだって、良かれと思ってやったんでしょうけどね。「実力主義」も「新自由主義」も、もちろん「共産主義」も、決してそのものは間違いじゃないと思うけどね。
そして、いくらそういう「流れ」がもう生理的にヤだっつっても、流れないでよどんでたら腐ってくってのも、よくわかるんですけどね。う~んそうすると、流れの速さがヤなのかな???てか私もともと「明治維新」ってのも、そんなに好きじゃないしね。「それ詐欺だろ」ってのが多すぎて。結局あんたらが潰した幕府と同じ意見になってんじゃんそれでよく朝敵呼ばわりするわーとか、生贄にされた会津にしたらめっちゃ迷惑なんですけどとか

そういや来年の大河ドラマは、会津人・新島八重が主人公ですけど、過去の大河ドラマには、まさに会津人を主役にした名作があったのよね♪
そう、菅原文太主演「獅子の時代」!これカッコよかったわ~~♪ワイルドな会津藩士・文太と&クールビューティな薩摩藩士・加藤剛の友情物語も、乙女心をくすぐりました
というわけで、タイトルはその「獅子の時代」の挿入歌なのでした。幕末好きで歴史を繰り返しそうな橋下さんに捧げます。っていやほんとに、繰り返さないで欲しいと切に願います、「危険厨」としては。

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インフルキター

私が子供の頃は、インフルエンザ=「罹ったら最後、薬では治らない風邪」って感じで、学校で毎年必ず予防接種2回受けさせられたもんでした(注射を免除されるそばアレルギーの同級生がうらやましくて仕方なかった
ところが今じゃ、悪名高い「タミフル」を初め、吸入だけの「リレンザ」、さらには1回こっきりの吸入でOKな「イナビル」と、まあ世の中進歩したんですね~的な専門薬がゾロゾロと。
それでも一応、子供には毎年予防接種受けさせてたんですけど、泣き喚く子供(=主にU)を病院の廊下ひきずって歩き、「針折れちゃうからね~」と看護婦さん3人体制で押さえつけるという、思い出すだけでドッと疲れるシーンを経由してすら、けっこうインフルエンザに罹って、結局薬で治すことが多くて。
そんなら今年は予防接種受けなくてもいいか~(お金もかかるし)と、初めて注射ナシの冬を迎えたわけですが、ついにというか当然というか、来ましたUにインフルが~~

夜中から既にあったかくて「ハイ明日の幼稚園はお休み決定」と思いながら寝てたんですが、朝起きて体温を測ってみたら37.9度。朝ごはん食べ終わった後は38.5度。病院に行く前は39.4度と、面白いように熱が上がってく~~~(なのに至って平常どおりにおしゃべりしまくってるU。子供って不思議だわ
予防接種を受けてた時は、上がっても38度行くかどうかくらいだったので、やっぱり注射の効能はそれなりにあったのかもですね インフルの型の違いとかもあるのかもしれませんが。

で、朝一くらいで近所の小児科へ。
ここの小児科、ちっちゃいながらも天井高くて明るくピカピカ、絨毯じきのキッズスペースやティーサーバーまであり、しかもお薬をその場で出してくれて、さらにそのお薬袋は子供心をくすぐるウルトラマンe.t.c.と、私的には高ポイント続出なんですが、なぜかお客さん、じゃなくて患者さんが少ないんですよね~~~。
この日もほとんど待ち時間ナシで診察室へ。
「小児科=1時間待ちが常識な昨今、しかもこんなにキレイな病院にも関わらずこのお客さんの少なさは、何か訳があるに違いない!」
と、いつも心のどこかで疑いつつ、このストレスフリーな状態がありがたくて、罹りつけとして毎回お世話になってます

さて診断の結果は
「たぶんインフルだろうと思うけど、発症して12時間経たないと、検査結果が出ないことがあるんだよね~。なのでもう1度夕方に来て。48時間以内に薬のめば大丈夫だから」
へ~~そうなんだ~~ あ、でもそういや去年のUのインフルも
「検査結果は陰性だし熱も低いけど、お兄ちゃんがインフルならもうインフルってことでいんじゃね
的に診断されたんだったな~。
「インフルじゃなくて飲んでも大丈夫だから
ってタミフルもらって。
「随分アバウトだな~。インフルじゃなかったら、無駄に幼稚園休ませた結果ママの優雅なティータイムがなくなる責任をどう取ってくれるんだ
と思ったけど あれはやっぱり本当にインフルだったのかもしれないな~(ずっと疑っててゴメンナサイ村上病院の先生)

夕方、再度病院へ。
ちなみにそれまで元気だったU@39.5度は、午前中病院から帰って以来、再度病院に行くまで、お昼も食べずにコンコンと眠りっぱなしでした。うわ~こんなU、初めて見たよ~~
検査結果はやっぱり香港A型でした。
「お薬飲むのやだな~マズイんだもん」「今は1回吸うだけでいいんだよ。ほらこうしてストローでジュース飲むみたいに」と、お薬を待つ間、2人で吸入の練習していたんですが、練習むなしく頂いたのは「タミフル」の粉薬でした
なんでも10歳以上だか12歳以上だかには現在タミフル禁止令が出ているそうですが、U@5歳児以下くらいだとタミフルで影響はなく、また吸入方式が難しいこともあって、リレンザなどよりタミフルを処方するそうです。

というわけで、早速帰ってきてからお薬を飲み始めたのですが、帰って来た時38.5度、夕飯の時37.9度、寝る前37.5度と、面白いように熱が下がってく~~~
そして次の朝は37.0度。もはや平熱の域だ~~。ママの子供の頃なんて、罹ったら最後1週間は(年寄りの昔語り以下略)

インフルも薬も、面白いように人体をもてあそぶな~すごいな~
と、よくわからない感想で〆てみました

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市役所の桜

所用があって市役所へ。

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この市役所、初対面以来、見るたび「わ~~~」とウットリする物件の1つです
神奈川県庁だったか、横浜・関内にあるお役所を見て
「こんな建物が自分たちの町の役場だなんていいな~。こんな町に住みたいな~」
と昔よく思ってたんですけど、会津若松に引っ越してきて手続きに来たら、思いがけず市役所がこんなステキな建物で(写真が下手で、ステキさが伝わらないのが無念ですが
「これを「自分(の町)のもの」と思っていいなんて、うれし~~~
と思ったまま、今に至ってます

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中も随所がクラシカルなんですよ。
昭和初期っぽいというか。

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この扉を開けて中に入ると、また時代が変わってクラシカル。
今までは「帝都物語」で、こっからは「3丁目の夕日」というか(←婉曲表現
ここに仕事で行っていた親戚は「若松市役所は、外も古いけど中も古い」と言ってましたが、確かにこういう古い建物って、外から「レトロでいいわね~」とかウットリしてるお客には見えない苦労(?)も、勤めてるとあるんでしょうね~(冷暖房がイマイチ効かないとかね

ところで現在、市役所入り口には「八重の桜」の特大看板が、ご覧のとおり飾られています。
「八重の桜」とは、来年のNHK大河ドラマです。来年はどうも「福島復興応援大河」らしく、会津若松出身・新島八重の生涯を描くドラマになるのだそう。
新島八重とは、「幕末のジャンヌダルク」の異名どおり、戊辰戦争時には砲弾飛び交う鶴ヶ城に立て篭もり、女ながら銃を取って戦ったというお人らしく。
こんな感じの人です↓

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旦那さんである同志社大学創始者・新島襄は
「彼女は見た目は決して美しくはありません。ただ、生き方がハンサムなのです。私にはそれで十分です。」
と、ほめてんだかあきらめてんだかっていう愛情表現をしてます

戊辰戦争には、やはり鶴ヶ城篭城組で、後に大山巌の奥さんとなった「鹿鳴館の花」大山捨松とか、篭城組ではないけど西郷一族や中野竹子、また相馬(=仙台)や白河、二本松少年隊など、幕末キャラ&エピソードがいっぱいあるんですよね。
これまで白虎隊に隠れがちだった戊辰戦争時のあれこれを、会津に限らず中通り・浜通り、加えて東北地方を舞台に、じっくり描いてくれるといいな~なんたって「復興応援大河」ですからね

ともあれ八重お膝元の会津では、この大河をなんとか盛り上げようと、そりゃもう張り切ってる様子です。
このシンポジウムのチラシも市役所にあったものですが、ゲストに高橋尚子や芦名星を呼ぶなど、なんか気合入ってるな~と。
そもそも「開始1年前記念」ってのが、気合入りすぎて空回りしそうなほどの情熱を感じます
更にはこんなに気合入ってるのに、おそらく県外の人にはほとんど知られていない上にどうでもいいだろうというのがまた切なく

というわけで現在、若松市役所では冬でも八重桜(の看板)が咲いています。
あったかくなったら、ロケ目当てで鶴ヶ城にでも行ってみましょうかね~

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柳津名物

会津(福島?)で、も~うどこにでもあるスーパーと言えば、「ヨークベニマル」と「リオンドール」。
「リオンドール」は新潟・白根にもあって、もとは「ライオン堂」=「LION DOR」だったのを「リオンドール」とオシャレっぽく変換した、その強引なネーミングに大笑いしたことがあったのでおなじみだったのですが、「ヨークベニマル」は会津で初対面。本社は郡山で、中身はイトーヨーカ堂&セブンイレブンです(ちなみに「リオンドール」は、ウオロク&原信&CGCで、新潟の会社かと思ってたら、なんと会津若松が本社でした
我が家はヨークの方が近いので、ついついそちらばかり。引っ越してきたばかりの頃、Uが「ヨークベリアル!?キャホ~♪」と、なんだかウルトラ怪獣の殿堂だと勘違いしていたこともあって、今ではすっかりおなじみに。

と、そんなヨークベニマルで、こなだいたまたま売ってた会津・柳津の有名物産↓

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(KK手をどかしなさい

あわまんじゅう~~

KKはこの「あわまんじゅう」が大好き。「泡のようにふんわりもっちりした皮がサイコー」とのこと
と言っても「泡まんじゅう」ではなく「粟まんじゅう」です 黄色い粟を粉に混ぜて蒸すと、この独特の食感と色が出るのだそう。
おまんじゅうと一緒に入ってた「小池菓子舗」さんの由来書きによると

今から180年ほど昔、日本三大虚空蔵尊の随一 柳津 福満虚空蔵尊が大火に遭った際に、二度と災難に会わないようにとの願いを込めて、粟ともち米で作った饅頭を虚空蔵尊に奉納されたのが、あわまんじゅうの始まりと言われております。

「あわ」ない=「あわ」まんじゅう。う~~んなるほどと言えなくもないと言えるような言えないような

今回はヨークに臨時出店していたので、ここぞとばかり買いましたが、飯盛山の参道や鶴ヶ城会館でも常時買えます。あ、もう1コのスーパー「かわちや」さんにもあったかな?

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と、こんな名物を持ってる柳津ですが、この週末は毎年恒例「会津やないづ冬まつり」が行われるようです。
もちろん(?)あわまんじゅうの大食い競争もありますよ~
更にオソロシイことには「カキ氷早食い競争」なんかも!氷点下ですよ~死にませんか?

こういうアッホらしい、もとい手作り感満載の村祭りって、その村がすごく豊かなんだな~とか思ってしまいます。
村上の「朝日村まつり」もそうでしたけど、それだけ遊び心=余裕があるって感じがして。
ま単に私がこういうの好きなだけかもしれないですけど
そういや新潟の友達も「柳津いいとこだった」って言ってたな~

ところで上記とはまったく関係ない話ですが、「あいづ」って、もしや「やないづ」と同じ発音なのがスタンダードなんでしょうか?
私はつい「あ」にアクセント置いた語尾下がりになってしまうんですけど、天気予報とか見ると「あ」が一番低音な、のっぺり系発音なんですよね。
って、どうでもいいけどちょっと気になってたことでした

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