天災は天罰?

こないだのオカルト話(?)を書いたのは、愛するオカルトマンガ「永久保怪異談」を読み返していて、ふと思いだしたからなのでした。
この「永久保怪異談」、H師匠による「気」の解釈なんかがすごく面白くて、「なるほどそれなら、前に見たあの粒々も「水の気」みたいなもんかもしれないな」とか。

そんなわけでお気に入りの本なのですが、その中に気になる記述が。
この本の中で、ある霊能者さんが2005年頃、これから地震が多くなる、そして
「今の自分の状況を、日本人はもっと感謝しないと、でないと、これから25年の間に日本は大変なことになる」
とおっしゃってるんですね~!

ま、こういう「地震クルクル詐欺」みたいなのって、言っとけばどっか当たるって気もしますが、とりあえずこの言葉は「当たったな~」と。

ちなみにこの「予言」に至る話の流れは。
まず大前提として、人は頭や手から常に「気」を出している
(↑熱とか生体エネルギーみたいなもんかしら?それなら納得)
で、この気、怒っている時は「怒りの気」が、邪なことを考えている時は「邪悪な気」が出ている
(↑これはまあ、そういうこともあるかもねというか。H師匠によれば、こういう「気」を利用して、例えば「甘い気」や「スパイシーな気」などを出して、飲食物の味を変えることも可能だそう
そしてここがポイントですが、自分に見返りを求めない善意をした時、人は「無償の愛」とでも言うべき「気」を出している
(↑うんまあそういうこともあるかもね。H師匠やその霊能者さんによると、感謝したり物を大切にしたりなどでも、それに近い気が出るそうで)
んで、この気が今、全世界的に足りないので、いたるとこで大災害
・・・というわけで「今の自分の状況を日本人はもっと感謝しないと~」という冒頭のセリフにつながるわけですが。

どうですかこれ。私的にはこの本好きだけど、ここは「エエ~~~???」って感じではありました
もうちょっと丁寧に、例えば世界各国の人たち皆で、自分たちが安楽な生活(=助け合わなくても個人単位で生きられる生活)をしたいと願うあまり、大規模工事や資源濫用ガンガンして、自然破壊しているから、地勢が変わり、生態系が壊れ、気象も狂い、大災害が起こりやすくなる・・・とかいうならまだわかりますけど。けどそういうのはプレートの動きにまで影響するもんなのかな~???

私は別に科学万能主義ではないけど、「無償の愛が世の中から減って、みんながワガママになったから天災が起こる」ってね~~、これじゃまるで、祭政一致の時代に逆戻りじゃないですか。
石原都知事の「天罰」発言もこの延長線上でしょうが、どこのインチキ宗教ですかっていう。

念のためですが、石原都知事は、被災地のガレキ受け入れに関してはとってもありがたかったです。心から感謝してます。ただ個人的な体質=美学=思想が相容れないだけで
そういう、個人的・体質的に苦手な点が、そのまま個人的に苦手な言動として見えることもあれば、ガレキ騒動のようにありがたい言動として見えることもあるという、「人の長所短所は同じ面の裏表であり、TPOによってもまた評価が変わる」ということなんでしょうかね~

そうそうガレキと言えば、大熊・楢葉・富岡の各町に、ガレキ処理の試験プラントができるそうで。
「試験」とはいえ、これでうまくいけば、ここを足がかりに中間処理施設、さらには最終処理施設を作っていくんだろうなあという。「中間処理施設を双葉郡に」っていうのは、よく聞く話ですから。
てかたぶん、私も含め、町民以外の誰もが「そこら辺に作るしかないんだろうな」と多かれ少なかれ思ってたと思うのですが。ただこういうのは「喪の仕事」と同じで、次の段階へ進むには折り合いをつけるための時間が必要だとわかってるから、押し付ける側としては黙っていただけで。
しかしこうして、私たちの無言の要請が現実になると、「沖縄県民斯く戦えり」の言葉がやたら浮かんできます。「大熊その他町民に対し、後世特別の御高配を賜らんことを!!!」というね。鶴ヶ城近辺でよく見かける「大熊町」のスクールバスを思い浮かべながら、せめてもの謝罪をこめて。
「処理施設を引き受けてくれてありがとう」なんて、無言のうちにそれを望み押し付けた私たちにとってあまりにも都合がよすぎて、図々しくて、とても言えません。言えませんがしかし、せめてそれしか言うべき言葉がないのも、また事実で。
個人的には、会津に置いても新潟に置いても文句言いません。だって私たちが必要とする施設なんですから。そのかわり、そうなったら「会津(新潟)に思いっきり感謝しろよ!」としつこく念を押したい気分になるとは思いますが 特に「引き受けたのは自由意志なんだから自業自得」とか、「対価はもらってるんだろ」とか言って、自分のことを他人にさせときながらどこまでも平気で他人事なスカポンタンには、もう耳元で鼓膜が破れるほど言ってやるわフハハハ

って、なんだか供養されそこなった怨霊か、はたまた「帰国」に出てきた兵隊の幽霊が乗り移った気分になっちゃいましたが
やっぱり自分がそういう立場になったら、「犠牲になったことを忘れないでくれよ~ちっとは感謝してくれよ~」と思ってしまうと思います。石原都知事が好きそうな「美学に殉じた素晴らしい!」とか「犠牲なんて失礼なこと言うな!」とかは、あんまりわかりたくありません。皆のための犠牲になったことは事実じゃないかと。ただ皆のための犠牲になったなら、皆はせめて感謝したり悼んだりするのもまた当然だろと。決して手放しで、屈託なく感謝・賛美するんじゃなく、有難さと申し訳なさが同居する日本特有の感謝の意「すみません」みたいな感じでね。

と、話が大幅にそれましたが、そんなわけで甚だギモンな点はあれど「これから25年の間に日本は大変なことになる」はそのとおりだったなと。
そして同時に「25年の間に」ってことは、25年後には日本は危機を脱しているってことかしら?と、淡く期待
もっとも、「25年の間」じゃなくて「25年の間に」だから、読み間違えてるような気もしますが
この発言は2005年なので、それから25年後は西暦2030年。その頃には「こういう世の中なんだから仕方がない」って適応して、なんとかなってることを期待しつつ、良いお年を
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雪の磐越初体験

このごろの天気予報を見ると、福島を含めた太平洋側はわりと
日本海側はわりと。 中でも新潟だけはの背景がブリザードになってるくらいの、大雪。

こちら会津では、「クリスマス寒波来襲!?」と恐れられた3連休も、雪は降ったものの、中日なんかは1日中お日様ポカポカの青空で
「これが太平洋側気候ってやつか~♪ブリザードマークの新潟とは違いすぎるわ~♪」
とウキウキ
昨日なんかは会津もかなり積もって、車を出すのに初・雪かきをしましたが、これでもまだ新潟だけがブリザードマークなのよね。会津でこうなら、向こうはいったいどんだけ降ってるのかしら?

というわけで、新発田ばーちゃんちの雪かき&お正月用品買出しのお手伝いに行こう&あわよくばクリスマスプレゼントを買ってもらおう(KK&U)と、押し売りドロボウみたいな野望を秘め、昨日KK&Uと、初・雪の磐越超えをしてみました。

磐越自動車道は、周りの人全部が「冬は通るのやめなさい」と忠告するという高速道路
基本的に一車線なので、すぐ前がつかえてあまりスピードが出せず、イライラするところにグッドタイミングで追い越し車線が、しかもめっちゃ短距離で現れ「ここで抜かさなかったらいつ抜かすオリャー!」と思わずアクセルを踏み込んでしまうという事故誘発仕様なのに加え、トンネル多いわ吹雪になるわで「あそこは危険」と。

で、走ってみての感想は、「磐越より118号の方が怖かった」でした
磐越は「わざと事故らせたいのか!?」と思える造りではありますが、腐っても高速、除雪はしてあるし、道は広いしで、スピードさえ出さなければ大丈夫 何より何度も出てくるトンネルが、これほどありがたいものだとは、冬になって初めて知りました(しかし調子に乗ってトンネルで飛ばしすぎると、出た時に雪道で怖い思いをするのでご注意)。

翻って118号ときたら!路面は見えず、雪でガタガタ、道は大渋滞。な、なぜ国道なのに除雪しないのだ。ていうか新潟だと、国道はもちろん、1本入った小道あたりでもスプリンクラーが稼動していて「もういいから止めて」と言いたくなるくらい、どこもかしこもびっしょびしょにしてるのに、こっちはなぜスプリンクラー置かないのだ。
と思ってよく見ると、少なくとも118号にはスプリンクラーらしきものはありました。ただ凍結してるのか稼動してないだけで。

スプリンクラーも無意味だなんて、会津おそるべし

なんとか磐越に乗って、西会津あたりまでは路面も白かったのですが(ていうか、この西会津あたりが一番雪降ってたような)、ここを超えたあたりから青空になってきて、前は紅葉で素晴らしかった山々が、今回は樹木と雪のコントラストに様変わりしていて、それがまたお日様に照らされてなんとも言えず美しく。
118以上にボコボコだろうな~、とおそるおそる安田ICで降りてみた下道も、下手すりゃ路面が乾いているほどで、KKは「会津より雪少ないね」。言うな!ブリザード地帯に同情して来てみたら、実は自分とこの方が同情されるレベルだったなんて思いたくないから(なるほどこれが同情に潜む差別意識か~)

しかしほんとに、新潟(下越)より会津の方が、今んとこ雪は多かったです。新発田なんかは、ニノックスとかの山が近いこともあって、比較的降る方なんですが、まだまだ雪かきするほどでもなく。そもそも降ってる雪がまだ、季節初めに多い(=根雪にはならない)あられとかですから。会津は既に根雪になりそうな粉雪ドッサリですけどね

というわけで、ばーちゃんちの雪かきはまったくしなくて済み、しかしクリスマスプレゼントだけはしっかりゲットして帰ってきたのでした。もっとも帰ってきた時、車を停めるために再度雪かきしましたけど

会津おそるべし!

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オカルトか錯覚か

オカルト思い出話です
と言ってもオバケじゃありません オバケ話は好きだけど、オバケは見たことありません

独身時代、時期によっては徹夜作業も珍しくない仕事をしてました。
この日も徹夜で、朝4時くらい、始発で帰るため、会社最寄駅のホームでぼーっと電車を待ってました。
その駅は、見渡す限り田んぼのど真ん中にあり、確か秋頃だったか、この時間帯はホーム以外、真の闇でした。というか、そういう中ではホームの灯がひときわ明るいので(なのであんまし怖くない)、線路とかのホーム外はひときわ真っ暗に見えるという。

さっきまで仕事してたので頭はクリアなんですけど、やっぱり眠いですから、目はシパシパしてたと思います。
そんな感じで、ボーーーっとホームの真ん中に立ってたんですが、ふと気がつくと、ホームの外がいつの間にかすごい大雨になってて。
強い雨降りの夜って、車のライトなんかが当たると、雨粒が線を描いて一面真っ白く見えますよね。まさにあんな感じで、真っ暗闇のホームの外が、駅の灯に照らされてもうザーザーと。
ザーザーと・・・降ってるはずなのに、音がまったく聞こえない。
あれ~?と思ってホームの端に近づいてみると、やっぱり降ってる。しかし無音。そしてじーっと見続けてると、それら大量の雨粒、上から下へじゃなく、下から上へも流動しているようにも見える。というか縦横無尽に飛び回ってるように見える。なんだか大量の羽虫のように。
これが全部虫だったら、私的にはそれはそれでオカルトですが、これだけ飛び回ってるのに手を伸ばしてもまったく当たらない。濡れもしない。
この疲れ目のせいかしら?よく目をギューっとつぶったりした後にパッと目を開けると、残像なのか物質なのか、何かがぱぁっと動いたりするのが見えたりするもんね。
と、目をキョロキョロさせてみても、その大量の白い粒粒が、目の動きに合わせてついてくることもなく。
そしてもう1つ、雨や虫と違うのは、テンデバラバラに勢い良く飛び回ってるそれら粒々が、ちょっと風が吹いたり、あるいは私には体感できないくらいの空気の動きみたいなのがあっただけでも、流されるようにぶわっと、ちょうど草が風でなびくように、一斉に動きが変わること。てことはやっぱり目の表面にくっついてるもんでもないな。たぶん空気中にあるモノなんじゃ?

よく、光に照らされてホコリが舞い上がるのが見えますが(←掃除しろ)、あんな感じで白い粒々が、ホームの灯に照らされて、けどホコリよりももっとはっきりと粒が大きく、もっとすごいスピードで、激しく空気中を移動していました。
そうかあ普段はまったく見たことないけど、こういう物質がいっぱいあって空気は作られてるんだな~。それがこの疲れ目の、たぶん普段より気づかないけど焦点が若干合ってないせいで、たまたまピントがあって見えるのかしらん?

と、面白くってしばらくじーっと見てたんですが、ある程度見るとやっぱり飽きちゃって、そのうち電車が来て、電車に乗るともうまったく見えなくて、で、そのまま。

こんなの見たのは後にも先にもこの時だけでした。
なのでだんだん「夢だったのかも」とは思わないまでも、「眠かったからリアルな幻覚見てたのかも」と思うようになっていたのですが。

数ヶ月くらい前、実に15年ぶりくらいにこれを見て!
その日はダンナが残業で、夜12時くらいに帰ってきました。
この時めっちゃ睡魔に襲われてたママ、11時くらいからクーッと、引き込まれるようにゴロ寝していたんですが、眠い目をこすりこすり、味噌汁あっためようと暗~い台所(←節電モード)で鍋を見守りつつ、ちょっと視点を変えたら。
ガス台周辺から台所の窓辺あたりに至るまで、ちょうど居間の灯がいい感じに届く範囲が、まさにあの時の羽虫の大群!それが鍋から出る湯気とか私の動きによって揺らぎつつ、必死な感じで動いてる!

「ダンナ~~~今ここに白い粒がすごくいっぱい見えてるんだけどさ~!ダンナは見える!?」
と客観的判断を求めたら、ダンナは「見えない」そして「老人性白内障とか緑内障じゃないのか?」と至って客観的な判断をって「老人性」ではなーい!

この時は寝室に横になってからでも、部屋中に白い粒粒が飛び回ってるのが見えました。ちょうど月明かりと室内の闇がうまい具合に混ざってる辺りが、一番見やすく、そこら辺に手をかざすと、指先からもボォオ~っと、こちらは粒じゃなく、もっと細かい、ほとんど煙みたいなものが立ち昇ってるのも見えて(でもここら辺は指の白さが増幅したが故の、目の錯覚かも)

ちなみにそれ以来、またまた見たことありません

よく、ついさっきまで雨が降っていた時、あるいは今にも雨が降りそうな時とかだと昼間でも、黒っぽいものをバックにこういうのが見えることありますよね?「霧雨かな?でも体に当たらないな」っていう。
たぶん「雨粒を形成する以前の、こまか~い水分」だと思ってるんですが、私の感想では、たぶんそれのもっと細かい水分が常に空気中に存在していて、「眠い目」「闇と光のバランス」「湿気=細かい水分が多い」なんていう条件が揃った時に、たまたま視覚化されるのではないか。とか思ってるんですけど、どうでしょうね~???
あるいは常にそんなのが見えてたらジャマだから、普段は脳がシャットアウトしてる、とかね。
その粒粒がお互いくっついて、もっと大きく、もっと大量になれば、霧になったり雨になったり雪になったり・・・?

しかしあの粒粒の激しい動きはすごいです。まるで1粒1粒が意志を持って動いているかのよう。何気なく存在してる、この空気の中でねえ。
「ドラえもん」で、ボタンを押すと、時間が自分の周りをビュービュー音を立てて過ぎ去っているのが見えるという「時間の視覚化」マシンってのがありましたけど(「君がそうやってダラダラしている間にも、時間はこのように凄いスピードで過ぎ去っていて、しかももう戻らないんだよ」@ドラえもん)、なんだかそれを思い出しました

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バンド臨終図鑑

相変わらず80年代の懐メロに頭が半分漬かったままの今日この頃。
さらに漬かりたくて「バンド臨終図鑑」という本を読んでみました。

山田風太郎さんの「人間臨終図鑑」をお手本に、同様の図鑑を古今東西(というか'60~'09までに解散した欧米&日本)のバンドで編んでみました、という本。
クレイジーキャッツと制服向上委員会とEL&Pとカジャグーグーがまったく等価値で紹介されているのが、図鑑という形のいいところですね(しかしXの項は長すぎだと思う
ぶっちゃけ言えば、山風さんの「人間~」には、面白さ・引き込まれ度等はるかに及ばないという読後感でしたが、まあボリュームが違うし(山風さんすごいと改めて思います)、歴史的有名人の生死と、60年代以降のバンドの解散を比べたら、どうしても後者の方が質量ともに薄くなってしまうのは仕方ないですよね

この本で楽しかったのは、バンド名を聞いただけで懐かしさに浸れるところ。
じゃがたらとかルースターズとか、「ああ~~あったね~~~!!」と、まったく忘れてた人にばったり会ったような衝撃があちこちに
個人的に、60年代のバンド名は洋楽の方が馴染みが深く、80年代になると邦楽のバンド名の方が懐かしさ全開になるのも面白いなと。ま60年代の邦楽として紹介されてるのはGSばっかりなのに対し、60年代の洋楽はビッグネームが並んでるという時代のせいもあるでしょうが、私たち世代がその時代の洋楽を知ることができたのは、80年代に好きだった邦楽バンドの方々がリアルタイムで聞いてリスペクトしていたからなんですよね。
今の人たち、例えば80年代以降生まれの人たちにとってそれに当たるのは、私たち世代のバンドがリアルタイムで聞いた、例えばガンズやクイーンとかになるのだろうかと思うと、なんだか感慨深いです。

ワイドショー的な一口メモを楽しめるのも、この本ならではですね。
「知ってはいるけどそれほどファンじゃない」というバンドが大多数なので、こういう本で読まない限り知らなかったエピソードが多々、しかもファンじゃないとは言え基本「名前や顔は知っている」という人たちなので、そうしたエピソードが非常に興味深く
あの影山ヒロノブがなななんとラウドネスの一員だったなんて!(どおりで「チャーラヘッチャラ」とか、「なんか妙にいい歌だな」とか思ったもんです
フミヤが高杢に「タバコ買ってこいよ」とパシリに使われてたなんて!(解散にならないよう、フミヤは黙って言うとおりにしていたんだそう
野猿が解散した時に後追い自殺が出たなんて!(もしかしたら有名なニュースかもですが、私はまったく知らなかったです。命もったいなさすぎでしょう

一番興味深いのは、もちろんバンドが臨終(解散)に至る経緯ですが。
金銭関係、女性関係(は、本を読んだ限りではあんまり主力ではなかったかな)、音楽性の違い、等々ひっくるめて、当たり前のことながら「人間関係」がやっぱりダメになっちゃうんですね。
もともと違いとか、相容れない部分を内包している個人同士が、濃い非日常を日常的に共有する。薄い日常の中ならあまり問題にならない違いも、濃い非日常ではその分増幅される。「戦争は日常と地続き。日常での問題点が、非日常だとさらに大きくなるだけ」とは、沖縄戦の研究者の言葉ですが、バンド臨終にも、ひいてはどんな組織にも当てはまることなのかなあと。
この本は基本、当事者に直接インタビューとかじゃなく、「人間臨終図鑑」と同様、様々な文献からエピソードを持ってきて再構成しているので、読んでてかゆいところに手が届かない感があるのも否めません。けど、インタビューが「真実」とは限りませんし(「嘘ついてるに決まってる」って意味ではなく)、当事者の本音がわからないおかげで、浮かび上がるものもあるというか。

図で言い換えれば「技術も視点もバラバラな人たちが集まる」→「バラバラな点から、ある共通の1点へそれぞれ線が引かれ、そこで推進力がアップする=バンドにとって最良の時期」→「1点に到達した後も線をそのまま延ばしていくと・・・」ってなことになるのかなと(1点に到達した時点で解散したBOφWYやレベッカなんかは、もろこのパターン)。とすると解散はもう物理的に当然の現象って感じも。「連載終了を逃した長編マンガ」なんかにも同じことが言えそうですが

また、この線を描く速度が、1本だけやたら飛びぬけて速かったり、遅かったり、あるいは同じ点を目指していると思ってたけど、点に近づいてみたらどうも横に何ミリかズレてた、とかの「違い」があまりにも顕著になったら、その線=人はもう脱退するしかない。そして往々に、その人が脱退したら、そこでもうそのバンドはオシマイ・・・てのもよくあることで。
このパターンが(私が読んだ印象では)、ニルヴァーナ、オフコース、筋肉少女帯、黒夢、米米、その他多数。
「モチベーションの差」「音楽性の違い」「金銭問題」・・・色々あるけど、基本はやっぱり「ぴったり噛み合ってたはずの歯車にきしみが」というか、まあそのきしみをもたらしたのがそういう「金銭関係」とか「モチベーション」とかなんでしょうけど。

そういう意味でひときわ印象的だったのが、かつて「精神的な双子」とまでカヒミ・カリイに言わしめたにも関わらず、解散後に外野が無責任に煽ったことでヒビ割れが大きくなってしまったフリッパーズ・ギター(うわあ懐かしい名前だパーフリ。あんま好きじゃなかったけど、この本読んだらちょっと同情しました)と、オフコース(これまたそんなに好きじゃなかったけど)。

「「さよなら」は小田が書いた曲であって俺のヒットじゃない」と鈴木に言われた小田は「おいちょっと待てよ。「さよなら」はオフコースのヒットだろう」と思ったという。この考えのズレが鈴木のジレンマの元だった。知らないうちに高校時代からの盟友を傷つけていたと知った小田は悔やんだが、結局、鈴木は(略)脱退。この出来事は小田に(略)ショックを与え、残ったメンバーでオフコースを続ける決断をするまでに1年以上の時間を要した。(p.071)

こういう「ズレ」は、先にも書いたとおり、濃厚な空間を共有しているからよけい濃厚になりやすいわけで、それはほとぼりが冷めると、ほっとんどのバンドが再結成していることからも伺えます。
もっともこの再結成もなんだか中途半端で、続けて読むと「なんだいどいつもこいつも潔くないなあ」と思ってしまうのは否めませんが、まあそれだけ、濃い人間関係を維持するのは大変なんだなあと。

「メンバー同志ではケンカしないんですか?」
との質問に
「ケンカはしないです。・・・ガマンガマンの連続で(笑)」
と答えたのは、結成以来一度もメンバーチェンジすることなく、来年25周年を迎えるBUCK-TICKのあっちゃんですが、この本を読んだ後だと、改めてこの返答のリアルな重さを実感。
バクチクが徳川家康に見えた1冊でした

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KKの補習騒動

KKの小学校ではこの2学期の終わり数日、希望者に放課後「補習授業」を行ってくれます。
ここの学校は、歴史が古くて自負=熱意があり、礼儀作法や授業にも熱心という印象を、転校した時から持っていましたが、このお知らせプリントを見てまたまた「普通なら「塾へ行きなさい」になりそうなところ、わざわざ先生が居残って補習授業か~。さすがこの学校だ」と、ちょっと感動
余談ですが、首都圏の公立中学校に通う姪っ子は、公立高受験の際、「学校の勉強だけしていても受かりませんよ。学校でやらない問題が出るから」と「学校の先生」に言われたそうで しかもオソロシイことに、これが「常識」だそうで
こんなセリフを常識として生徒に教えなきゃならない学校の先生・・・気の毒すぎてお釣りが来ます そりゃ先生の自負=熱意も失われるでしょうて。

ともあれ、ただでさえテストの点が80切るKK、これに参加しない手はないと
「「希望する」に○でいいね?」
と、単なる確認のつもりで聞いてみたら、まーーーーーゴネることごねること

「なんでー!?なんで補修なんか受けないといけないの!?」
だってせっかく学校がやってくれるってのに
「関係ないよ!KKはしたくないの!だいたい希望者でしょ!?」
でもみんなけっこう受けるみたいじゃん
「みんなはみんな、KKはKK!なんでみんながするからってKKがしないといけないの!?」
みんながすることはKKもしといた方がいいって。KKが勉強できるならともかく、テスト80切ってるんだからますます置いてかれるよ
「じゃあ自己学習の時間増やす!明日から漢字1P多くやる!それでいいでしょ!?」
またまた~
「どうしてKKのこと信用しないの!?!?(激怒)」
だって今まで何度・・・
「だから今度はちゃんとやるって言ってんじゃん!!!ママはどうしていっつもKKを信じてくれないの・・・(ここら辺で涙目)」
それはいっつも裏切られてるから、と言いたいのをこらえ じゃあ何でそんなに補習受けるのヤなの?友達が補修に出たら遊べなくなるんだから、一緒に出た方が楽しいと思うけど
「楽しいわけないよ勉強だよ!?帰り真っ暗になるんだよ!」
みんな条件同じじゃん
「みんなはみんな、KKはKK!なんでみんなが~」(以下ループ)

しかし「みんなはみんな、自分は自分」とか「どうしていつも信じようとしないのか」とかは、確かに一部痛いところを突かれたって感じがして「ここをウヤムヤにすると、先々しっぺ返しが来るかも」なんて、ちょっと迷いが生じてしまいます。
が、同時に「出ーたー若さにありがちな名言集」とか「おおKKもこういうことを言うようになったか~ママも昔はよく・・・」とか、積極的にウヤムヤにしたい気持ちも確かにあり

とりあえず、収拾つかないので「じゃあまあもう少し考えましょう」ということで、「希望する」に○したプリントは少し寝かせておき、KKに持たせて「あっ提出するの忘れちゃった♪テヘ」となるのを恐れたママが、提出期限日にこっそり事務室に持っていったわけですが(←とことんKKを信用してないママ

そしてこないだ、初めての補習日。
さぞかしブーブー言いながら帰ってくるかと怯えてたら、妙にテンション高く帰宅したKK
「補習、クラス全員出てたよー!KK出てなかったらKYになるとこだった!あーよかった!!」
「帰り道?真っ暗で何にも見えないからすげー面白かった!みんなでキャーキャー言いながら帰ってきた!」

なべて世はこともなし、かな~??

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泣いてるなあ

いや~泣いてますね~北朝鮮の人々

私の世代では、こういうの見るとつい「松田聖子の嘘泣き疑惑」とかが浮かんでしまうのですが、それはさておき。
カメラの前で泣いてる北朝鮮の人たち、あれはやっぱり松田聖子みたいな自己アピール、または泣かないと罪に問われるとかの、いわゆる嘘泣きなんでしょうか?
それともやっぱり、あれだけ「偉大なる将軍様が」と刷り込まれているが故の、ホントに自らの足元が崩れるような悲しみで泣いてるんでしょうか?
あるいはやっぱり、「大声で泣けば泣くほど成仏(?)できる」とかの儀礼的な意味合いがあるんでしょうか?

それらすべてが渾然一体となってる、て気もしますが。
個人的には、上2つならなんだかゲソーっとしますが、一番下の「儀礼」ならもうどんどんやってちょうだい、そういう「おくりびと」文化ならそりゃ泣いてあげないと、と全然印象が変わります(って他国の事情にアレコレ口出すのもなんですが

日本で例えばNHKが、個人の訃報を涙ながらに伝えたら、かな~り異様な光景ですが、文化の違いってんなら受け止められる気がします。日本にも「挙哀(こあい)」=「死者を弔うために泣き声をあげる礼の一つ」というのがあったそうですし。逆に言えば、そんな礼があったはずなのに、今や北朝鮮がすっかり異様に思える日本になったっていうのも感慨深いというか。

ここで思い出したのは、高校時代に読んだ「あさきゆめみし」というマンガ。
ご存知「はいからさんが通る」の作者による、「源氏物語」のマンガ化作品ですが、登場人物が呆れるほど泣いてるんですよね

明石に流されて泣く。京に戻ってこれて泣く。
光源氏の描いた絵が素晴らしいというので泣く。
舞が素晴らしいというので泣く。
お見舞いに来てくれたのがうれしくて泣く。
「息子を一般人と同様に扱って欲しい」と言われ感激して泣く。

泣きすぎ

もちろん上記以外にも「これは現代人でも泣くわ」ってとこでは欠かさず泣いてます
なんなんでしょね?「風に揺れる木の葉にも心が震えてしまう、繊細で風雅な俺」って美的価値観でもあったんでしょうか当時は??
紫の上が亡くなったところなんか、女房たち総「泣き女」状態ですし。こういう状態だとボルテージ上がってヒステリー状態になっちゃうのは、わかる気がしますが。
もっとも原典はいずれも違うのかもしれませんが、でも今の読者にはかえって不自然になるのにわざわざ涙を描いてるってことは、たぶん原作もそれらしい記述なのではないかと、読みもせず推測

まあ相手は平安貴族だからね~。現代人と感覚が違うのはしょうがないよ遠すぎるもん。
現代から一番近いところで似たような状態になったのは、やっぱり明治時代のあれでしょうかね~。
そう、「明治天皇崩御」!

老若男女は、宮城門外に雲集し、昼夜その影を絶たず、27日、28日に至って無慮幾万、みな俯伏して泣禱した。
『夢声自伝』にいう。
「7月28日の朝日新聞には「行け二重橋へ」と題する名文が載っていた。

-いやしくも日本に生まれて、都近う住めらん限りのものは、何事を差し置いても請う行け!(略)
-此処に打ち集う老若男女の、或いは天を仰ぎて神明に祈り、或いは地にぬかずきて悲涙にくるる様を見るにつけても、上下挙げて大君を思いまつる我が国ぶりを目の当たりに縮め見る心地して、人をして覚えず襟を正さしむ。幼きがささやかなる手を合わせてひたすらに拝める、身なり卑しきが地の上に土下座とやらんして鼻打ちすすりたる、親子兄弟一家を挙げて来れるが、声を呑みて只拍手のみ打ち合わせたる。(以下略)
-行け!行け!二重橋の辺に!人の心かくばかり美わしく尊く表れたる様を、事なからん日見ばやとて見らるるものならんや。げにも是れ末代までの語り草なり。(略)

おそらく現代の若人たちは、この一文を読んで失笑するであろう。だが、当時19歳の私はこの記事文を涙なしには読むことが出来なかった。これはいささかの誇張もない。その時そのままの報道文なのである」
山田風太郎「人間臨終図鑑」より

私には今んとこ、あの北朝鮮の画面は「異様だ」としか思えないけど、こういう感覚はどこまで変わらないものか、それだけがちょっと興味あります。

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子供の言い草

朝、起きると屋根に雪が積もっているようになった今日この頃。
外でウキウキと雪玉作ってるUを連れて、スノータイヤに換えてもらおうとGSへ行ってきました。
その道すがら、Uが助手席からフロントガラスを指差し「ほらアダレ!アダレ!」

Uはまだ5歳児なので、言い間違えは日常茶飯事なのですが、こないだ「脚立」を「神楽」と言い間違えた時はなかなかヒートアップしました

「Uが「カグラ持ってきて」と言ったら、ママは一発で持ってこないとダメなのである。「銀魂の本?」などと返すのはくれぐれも謹んでほしい。「カグラって何?」などと直球を返すのもいただけない。「カグラ」と言えばアレに決まってるではないか。「ヒントちょうだい」に至っては言語道断。まるでアレのことを「カグラ」と呼ぶUの方が間違ってると遠回しに言わんばかり。Uを非常に傷つける対応である。「もしかして「キャタツ」」?そんなことは知らん。ママは、Uが「カグラ持ってきて」と言ったらその「キャタツ」を持ってくればよいのである。そもそもUは「カグラ」などとは言ってない。最初からちゃんと「コタツ」と言っていた」

といった内容を5歳児の言葉でギャーギャーと騒ぎ、こんなくだらないことで5歳児とケンカするのもどうかと思いつつ、こらえ性のないママもつい5歳児のようにギャーギャーと騒ぎ、徒労感にさいなまれながらキャタツを出し入れしたのも記憶に新しいところで
またも今度は「アダレ」論争(?)が車中で勃発

「Uが「アダレ」と言ったらそれは「アダレ」なのであるから、ママはすぐに見つけて「あ~そうだね~」と返さなければならないのである。「アラレ」のことではない。それは空から降ってくる雪の固まりではないか。ママはそんなことも知らないのか。そもそも今降っていないのは一目瞭然なのに何を言っているのか。「ヒント」を要求されると気分を害するのは学習済みではなかったか。Uの指さす方をちゃんと見ていないからわからないのである。いいや見ていない。前の車の、あの鏡を見れば、ちゃんと「アダレ」がぶら下がっているのがわかるはず。「あれは「アダレ」じゃなく「ツララ」」?そんなことは知っている。Uは最初からちゃんと「ツララ」と言っていた」

こ、こんな不条理な、まるで歪んだ時空間で禅問答してるようなギャースカピーを、今季最初の雪道で神経質になりながら運転している時に横で言われ続けるとねえ ただでさえママはこらえ性がないんだから、そんで運転下手なんだから、事故るでホンマ(@やっさん)。いやホント、もうカンベンしてほしいなと。

なんとか無事にスノータイヤに換えて、その後おうちで「千と千尋」なんかを見て、もう暗くなった頃、買い忘れに気づいて再びUと車に。
車のライトをぱっとつけたら、おお~~闇をバックにチラチラと舞い落ちる光の粒、じゃなくて粉雪!
「わ~雪降ってた~」と驚くと、Uの奴めが
「朝起きたら、屋根に雪が積もってるでしょ~?だから雪は夜に降るの」と、このママは何をそんなに驚いているのかといった表情で、至って冷静に説明 くそ~~冷めた5歳児だな。
と思ってたら、次に続く説明が
「雪はね~。神様が降らせてんだよ。神様が「子供たちが楽しく遊べますように」って降らせるんだよ」

あら~なんかステキなこと言うわね~U(たぶんさっきまで見てた「千と千尋」の影響でしょうが
神様の口調が、神社に願掛けに来る人間と同じなのが、Uの気持ちダダモレでまたかわいらしいと言うか。

「言葉は、誰が発しても言葉として独立している」というのも尤もだと思いますが、やっぱりこういう純真無垢な言葉は、大人は意地でも言っちゃいけませんね。子供が言うから「ああそうかもね~」と夜空を見上げて微笑みたくなるという。

こんな言葉を心から言えるのも、「ツララ」を「アダラ」と主張して恥じない年齢のうち。
と思うと、昼間の「アダラ」騒ぎもようやく許せるような気がするママでした

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ひろみちお兄さん&トトロのお姉さん

日曜日、ひろみちお兄さん&トトロのお姉さんのファミリーコンサートに、Uと行ってきました。
ご存知すぎるとは思いますが、「ひろみちお兄さん」とは元・体操のお兄さんこと佐藤弘道さん、トトロのお姉さんとは、「となりのトトロ」の主題歌などを歌っている、井上あずみさんです。

場所は「会津風雅堂」。鶴ヶ城体育館や陸上競技場、県立博物館などの一角にあって、会津における各種文化系催しの定番会場。
こういう「コンサート」って、昔は大好きだったんですが、子供が生まれてから行ったことなかったので、(たとえそれが親子向けコンサートであっても)会場に入る時点で「おお~なんか懐かしいこのワクワク感♪」
中は市民会館くらいの広さ。そしてとってもキレイでした。

席は1階3列目ど真ん中♪思わず「ああこれが20年前のBUCK-TICKのコンサートだったら」とか感慨にふけってしまうくらい、近くでよく見えました。
やがて幕が開くと、ステージは夜の森の中ぽつんと立ってる「七国山行き」バス停。そう、さつきとトトロが初対面したあの場所のセットが。
そこに、きらびやかなあずみお姉さん登場。けっこう年配のお姉さんでぴっくりしましたが、考えてみればトトロだって、もう10年以上前ですもんね。もちろん曲は「さんぽ」で、これを目当てに来たUは、さっそく一緒に合唱♪
「トトロのお姉さん」としか認識してなかったあずみお姉さんでしたが、「魔女の宅急便」も「天空の城ラピュタ」もこの方だったそうで、思いがけずそうした生歌を聴けて感激♪「みんなのうた」という一言ナレーションもこの方だったそうで、これまた思いがけず直に聞くと、なんか耳がビックリします
そうそう福島(会津?)の人にはおなじみなのかな?「ままどおる」のCMソングもこの人だそうですよ~(私はこのCM、見たことないんですが)

最後はもちろん「トットロ~トット~ロ♪」を大合唱して、次はひろみちお兄さんコーナー。
この方は1ヶ月くらい前も、おそらく復興支援で喜多方の、しかも無料イベントに来てくれてます。ありがたいですね~。
何かのバラエティーで見たら、意外と(というかやっぱりというか)体育会系メンタリティの持ち主っぽかったので、筋金入りの運動オンチとしてはそんなにファンになれなかったのですが、ステージはすごく楽しかったです ひろみちお兄さんの、ちょっとオネエっぽい毒気を含んだ話術が面白くて♪
演奏した曲は「忍者ってなんじゃもんじゃ」とか「バスに乗ってゆられて~GOGO」とか。ってここらへん、子供のいない方にはまさに「なんじゃもんじゃ?」だと思いますが、子育て世代なら9割は知ってると思われるメジャー曲です。それが本物による生歌&絶妙トークによって、親子共に強制参加なので、盛り上がり必至!いや~楽しかったです

印象的だったのが、最後の方のMC2つ。
あずみお姉さんがひろみちお兄さんに
「何か会津のおいしいもの食べました?」
と、わりとどのライブでも定番であろう「ご当地MC」をフったら、ひろみちお兄さん
「全然食べてないです!」思わず会場「エエ~~~~」
たとえリップサービスとわかっていても、「○○がうまかったです!(=会津サイコー!)」という言葉を聞きたかったんですよね。
昔は、全国ツアー中のアーティストによるそういうMCを聞くと、うれしさの中にも「他の会場でも言ってるんだろうなあ」と一抹の寂しさがあったものですが、大人の事情を肯定できるようになった今、うれしさだけが素直に残るというか(ちなみに、ひろみちお兄さんが食べなかった理由は時間がなかったからで、事情を聞いたら素直に納得した会場でした)

そしていよいよ最後の曲。この時のMCが
「今日はなんだか僕たちの方が元気をもらっちゃいました」「ええほんとに」
リップサービスでも聞きたかった前者のMCに比べ、リップサービスだからシラけるMCというのも確実にあるものですね
いや別に、今日の会場のノリは悪かったのにとかそういう意味ではまったくなく(けっこう盛り上がってたと思う)。会津は他の被災地に比べると比較的軽症だったので、元々わりと元気だったのにという共通認識が会場にあるが故のギャップというか(会津で一番大変なのは「風評被害」で、だからこそひろみちお兄さんから「○○がうまかった」というような言葉を聞きたかったってのもあったと思います)。
そしてそのギャップのおかげで、「この言葉自体は震災以来、ボランティアやアーティストなど外部の人が、本当に大変な状況である被災地に行った時の素直な感動を表していたはずだったのに、今やすっかり紋切り型の言葉になっちゃったんだな~」ということが、よりはっきりしたがゆえのシラけというか。

とはいえ、こんな重爆の隅をつつくようなネジくれた感想はどうでもよくて
こうして会津に来てくれて、楽しいステージを見せてもらえたのには、感謝以外の何物でもありません。
やっぱりライブっていいな~~と、こうした子供向けコンサートですら思ってしまったファミリーコンサートでした♪
そうそう、お2人は来年「岐阜国体」のテーマソング&振り付けをなさるそうで、ファンの方は要チェックです

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ベムで思い出したあの曲

U@5歳児は、見たこともないのに「妖怪人間ベム」の歌が好きで(幼稚園で聞いてきたらしい)
こないだの土曜日、初めてドラマを見てみたら、予想外なことにママのBUCK-TICKブームが復活

こないだ、「忘れたくないのに忘れそうな曲」ということでyoutubeであれこれ検索して以来、すっかりタイムスリップしてるせいもありますが
頭が80年代のままだと、もうベムがあっちゃんにしか見えない(おーい戻って来ーい)

バクチクは、確か私が中学くらいの時にデビューした人たちで、一番好きだった時代は80年代終わりから90年代初め頃。ちょうど「JUPITER」とか「スピード」とかの頃で、ライブでこれが始まった時の総毛立つ感じは、今でも忘れられません♪
その後離れたり、また思い出しては復活したり・・・というサイクルになりますが、正直、2011年まで活動してるとはまったく思ってませんでした。しかも一度もメンバーチェンジせずってすごい!当時から、下手すりゃすごく迷走しそうな危ういバンドだったのに、どっか基本的なところでみんなぴしっと大人だったのかしら???

桜井あっちゃんも、「30過ぎたらこのスタイルじゃ無理だろう」と、当時誰もが思っていたと思うのですが(そういう前例は氷室さん初め多々でしたし、桜井本人が何かの雑誌で「もう来年○歳ですよ俺。まだイケますかね?」みたいな切なくなるようなことをインタビューで語っていた記憶も)、今見てもまったく違和感なく年取ってますね。
今こうなるまでにきっと色んな面で辛いこともあったと思うのですが、そんでそういう「ミもフタもない現実」みたいなのにけっこう脆そうな人たちだ(特に桜井&今井が)と勝手に思ってたんですが、今その姿を自然体で貫いている(ように見える)強さは、素晴らしいです 学校の先生が好んで書くような「継続は力なり」という言葉が、まさかBUCK-TICKによって証明されようとは、当時は思いもしませんでした~

ともあれ、この「スピード」のyoutube見ると、画面が揺れます。
あ~福島いっとき地震が多かったからね~。いえ地震じゃなくてね、体が勝手に縦に横に
懐かしいわ~♪そしてやっぱり、ベム似てるわ~♪

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忘却の地平線

この年になると、書きとめておかないと恐ろしいほど忘れてしまいます
忘れたくなかったのに忘れちゃってること、きっといっぱいあるんでしょうね~
それを阻止するために、昔ふと耳にして以来大好きだった、なのに今では忘却の地平線1歩手前にある忘れたくない曲を、youtubeから集めてみました。

CMから
「エピダウロスの風」高中正義
薬師丸ひろ子が、ギリシアの神殿跡(と今まで思ってたけど、エピダウロスの円形劇場跡?)に佇んでるCMで、風通しよさげな広~い空間映像と曲が、妙にマッチしていて気もちよかったんですよね。サビのメロディーラインもツボでした。

「BLUE JEAN」デビッド・ボウイ
「デビッド・ボウイいまだ健在」と胸をなでおろした感のある、化粧品のCM。出だしを聞くと懐かしさがザワッと
YMO好き→「戦メリ」見に行く→名前を知る、という順番でデビッド・ボウイを知った当時、彼はもう「終わりが迫ってる人」という印象でした。もちょっと早く生まれて、時代を共有してみたかったと思ったもんでした。

「BAN BAN BAN」KUWATA BAND
これを聞くと高校時代の夏がよみがえる、資生堂のCM。
KUWATA BANDなら他に「GO GO GO(←ただしライブ盤に限る!)」、他にも「ミス・ブランニューデイ」や「ROCk AND ROLL HERO」などなど好きな曲多数だけど、私的懐かしさではこれが一番!

「JUPITER」BUCK-TICK
「髪を下ろしたあっちゃんもカッコイイ!」と、当時の視聴者に印象付けた(?)、ラジカセのCM。
BUCK-TICKなら「MY FUCKIN' VALENTINE」「ICONOCLASM」「FLAME」他多数も好きだけど、この曲の「迫り来る切なさ」感は圧倒的。

「そして僕は途方にくれる」大沢誉志幸
これも切なさの王様(?)。日清カップヌードルのCMで、物問いたげな女の子の姿とボーカルが最高に合ってました(おかげで当時、てっきり娘を嫁に出す父の歌かと思ってた
当時の日清カップヌードルって、他にもパリダカをバックに流れる尾崎豊「シェリー」とか、なんかすごく印象に残るCM揃いだった気がします(そういえばハウンドドッグの「ff」もそうだったかな??)


邦楽
「YOUNG OH!OH!」岡村靖幸(&尾崎豊)
というわけで尾崎(&岡村)ファンにはまさに「忘れたくないのに忘れそう」なこちら。何かのフェスで、岡村ちゃんのステージに尾崎が飛び入りしたんですよね♪この画面、TVでやってたのを録画して、当時何度見たことか!一緒に見てた友達と「オザキ長靴はいてる」とか盛り上がりながら。
感想は一言「みんな若かった(涙)」。

「BOYS JUMP THE MIDNIGHT」THE STREET SLIDERS
同じくそのフェスに参加しててこの曲をやってました。他に誰か出てたか忘れちゃったのに、この人たちだけは忘れないくらい、カッコよかった!上記の友達が「蘭丸がマリのようにはずんでいる」と評していたなあ
上条敦士のマンガ「SEX」や、「麗蘭」なんかも懐かしいです。


映画から
「2HB」トム・ヨーク
デビッド・ボウイ華やかなりし頃を描いた「ベルベット・ゴールドマイン」という映画の挿入歌。元歌はブライアン・フェリーですが、絶対こっちの方がいいと思います。
「往年の銀幕スター、ハンフリー・ボガードに捧ぐ」という切ないこの歌、映画ではピッタリというか、印象的な使い方をされていて切なさ倍増でした。グラムロック時代を描いた映画だけあって、OPのブライアン・イーノの曲「20th CENTURY BOY」といった、他の懐メロ的挿入歌もカッコいい♪

「悪魔を憐れむ歌」GUNS'N'ROSES
ストーンズの元歌は知らなかったのですが、映画「インタビュー・ウィズ・バンパイヤ」でラスト、トム・クルーズが生き返るところにこれがかぶさってエンディングに至る流れが、何とも言えずカッコよかったです。
大学時代、ガンズはすごく人気あって「PARADICE CITY」や「WELCOME TO THE JUNGLE」なんかは、そりゃもう聞き込んだもんでした。そういや「ターミネーター2」の主題歌もありましたね。

「里見八犬伝」テーマソング
「時代劇映画に英語の歌が」と、ちょっと話題になったような記憶もありますが、ともあれ薬師丸ひろ子と真田広之が、馬に乗って手を繋いだままどこまでも駆けていくというラストシーンにこれがかぶさって・・・ああなんか中学時代を思い出すわ~
この曲を思い出すと「じゃあフットルースは?ゴーストバスターズは?ネバーエンディングストーリーは?」と、なぜか芋づる式に記憶がよみがえってきます

「真夜中のカウボーイ」メインテーマ
当時「BANANA FISH」を描いてた吉田秋生が「好きな映画」ということで挙げていらして、見たら「なるほど「カリフォルニア物語」だ」と
映画で、ラジオ片手にジョン・ボイドがNYをさまようシーンと、この泣きたくなるような切ないサントラがとってもマッチしていて。メロディーも、背景のNYも、いっぺんで好きになりました。

「大いなる西部」
これは、映画は見たことないんですが、うちにレコードがあって、子供心に「なんて雄大な、いい曲なんだ!」と。一時期お茶のCMで復活してましたね♪
この曲聴いてると、目の前に映像がば~っと広がるような感覚に陥ります。個人的に好きな曲って、ここに挙げた曲もみんなそうですけど、その感覚を有しているのが条件の1つかも。


TVから
「大江戸捜査網」
これも、本編は見たことないんですが、たまたまかかってたTVにOPが流れたとたん「なんだこのカッコいい曲は!?」と
再放送の時代劇も、捨てたモンじゃないですね。

「花神」1977年NHK大河ドラマ
これも見たことないドラマ。ですが「獅子の時代」のOP目当てで買った「大河ドラマ全曲集CD」の中で、なぜかこれ以降4年間の大河ドラマテーマ曲が、どれも甲乙つけがたいくらい私的に名曲ぞろいで。
これより前の大河テーマ曲もダメ、「獅子の時代」より後のテーマ曲も(毎週見ていて、作品的にはけっこう面白かったにもかかわらず)パス。なぜかこの4年間の大河ドラマだけが突出してツボで。不思議です。

「黄金の日々」1978年NHK大河ドラマ
これは見てました。当時小学低学年だったと思うのですが、このテーマ曲&当時の市川染五郎がカッコよかったのと、根津甚八が釜茹でになったり、川谷拓三が首を切られてもしゃべってたりするシーンなどなどが、インパクト大で今でも覚えてます

「草燃える」1979年NHK大河ドラマ
これは見てませんでした。というか、うちは「日曜8時は大河ドラマ」な一家だったので、見ていたはずなんですが、これ前後の大河と比べると、子供心にあまりツボが刺激されなくて印象に残らなかったのでしょう
しかし曲は個人的に、これら大河4作品中(「獅子の時代」も蹴落として)、ベストだと思ってます。

「獅子の時代」1980年NHK大河ドラマ
リアルタイムで、曲も話も「大好き!!」と思った最初で最後の(?)大河ドラマ。話はたぶん、半分も理解してなかったと思うのですが、出だしの、ボレロ風なリズム隊が始まるともうそれだけでザワ~っと!(このyoutubeにはそこがカットされてて残念
当時「格調高いNHKの大河ドラマにエレキギターが」というのでも話題になった気がします。確かに、荘厳なオープニング画面に墨痕鮮やかな字幕で「ダウンタウンブギウギバンド」と出てくるのには、毎回「してやったり」的な勝利感(?)を味わってた記憶が。
これら4作品のテーマ曲、いずれも「これから壮大な話が始まるぞ~」というゾクゾク感をかきたててくれるのが共通してますね~♪


アニメ映画から
「クラッシャージョウ」映画版メインテーマ
細かいギャグてんこ盛り、友人の漫画家総動員という、ネタちりばめ系というか「まじめにふまじめ」を追求する姿勢が、「999」や「ガンダム」などマジメなテーマを追求するアニメが主流だった当時はちょっと異色で、大人っぽかった印象が。もしかして「999」や「ガンダム」は70年代的、「クラッシャージョウ」は80年代的と言えるのかも。
そういう姿勢もツボでしたが、一番ツボったのはやっぱり安彦良和さんの絵と、「これから壮大なスペースオペラが始まるぞ~」とワクワクさせるオープニング&「終わり」の切なさをかきたてるラストシーンでともに使われてる、このテーマ曲でした。

「光の天使」幻魔大戦テーマソング
映画は見たことないんですが、ふと耳にしたこの曲がもうツボで。当時シングル買って、歌詞カード見ながら練習したもんですが、今でも「私的・カラオケで歌うと気持ちいい曲」ベスト5には入るんじゃないかしら?
B面のサントラもよかったけど、やっぱりA面の「未来への祈りと意志」が溢れるこの曲は、今聞いても最高。
どうでもいいですが、この絵を見るとやっぱり「吉田秋生の「吉祥天女」って・・・」との思いが再燃します

「哀・戦士」機動戦士ガンダムⅡテーマソング
これはもはや「伝説の名曲」として忘れないだろうから、ここに入れなくていいかなとも思ったのですが、やっぱりね~、「光の天使」を出してこれを出さないなんて許されない(←誰に?)と。
近年GACKTとかもカバーしているそうで、それはそれで完成度高い曲に仕上がっててカッコいいのですが、やっぱりね~、このベタッベタな声と、古くっさいギター&ピアノアレンジじゃないと呼び起こされないのよね~、一瞬ザワッと何かが蘇ってくるような感覚が。もう耳に染み付いちゃってるから

この感覚を味わえるのが、懐メロの醍醐味ですね
最近TVでやる「懐メロ」が、もろ自分世代だったりして、ちょっとガクゼンとする時もありますが
他にも「これを入れるならあれはどうなの」的な曲が多数ありますが、キリがないのでこの辺で。

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異次元病院

うちのダンナ、季節性うつというのか、この時期になるとダウーーーンになります。
波があるので元気な時は元気なのですが、ダンナいわく、朝になると起き上がれないくらい、頭や肩がどーーんと重くて、胸がザワつくようなヤーな感じが常にあって、夜は眠れず食欲もなく・・・といった感じ。
一番酷かったおととしの冬は、精神科にかかり、お薬もらって1ヶ月間休養してました。
お薬が効いたのか春になったからか(?)、去年は診察ナシでお薬だけ。引っ越してからは、薬が切れたこともあって、ほぼ平常運転になってたのですが、最近またまたうつ復活

こないだの週はほとんど会社に行けず、さすがに焦って「会津の病院探さなきゃ!」と色々電話してみたら、大きいところは初診に「1ヶ月待ち」「半月待ち」・・・待た~ん!今夜の薬が欲しいのよ!
個人の専門医だと「前の病院の紹介状が要ります」でもね~前の病院、紹介状取りに来てっていうのよね~。毎日やってる病院じゃなかったし、なかなか昨日の今日とかでは行けないのよね~。

そんな中、唯一「紹介状不要・予約不要。今日も明日も診察OK」という、内科と精神科併設の個人病院があって。
とりあえずお薬をもらいたい一心で、こないだダンナと行ってみたのですが。
この病院がなんとも言えず、異次元空間で面白かったのでした

待合室にはマンガ雑誌およそ50冊が山積み!しかも全部、さいとうたかおとかが執筆陣の時代劇もの あ、1冊だけ週間ジャンプもありましたが、それがまた不思議
「これは院長の趣味なのだろうか?」「ジャンプは孫のか?」とか言いながら、とりあえず時代劇はスルーして、ジャンプのバクマン。や銀魂を読んで待つこと数刻。
呼ばれて入った診察室には、色鮮やかなTシャツの上から黒いドテラはおってサンダルはいたジーサンがパソコンに!
ドテラ、毛玉たってますけど(黒地だからまた目立つこと
かねがね、「なぜ精神科の先生でも白衣を着るんだろう?話するだけだから必要ないんじゃないか?」とか思ってたのですが、かといってドテラ(毛玉つき)で登場されると、それはそれで目玉が飛び出るというか。
第一印象は「特養ホームに入ってる白髪の筒井康隆」でした(←どーゆー例え?

先生の名誉のため付け加えると、診察は普通でした、というかちゃんとしてました。
「薬が合わなかった時のために」と、前の病院ではしなかった採血検査なんかもきちんとしてくれて。
「よく「心の風邪」って言うけど、風邪じゃないんだよね。神経の分泌物(違う言い方だったかも)が足りなくなるわけで、どっちかって言ったら女性の生理に近い」
なんて説明は、個人的に「おお、より納得!」とすら。「心の風邪」って言い方は「誰でもかかりうる」という比喩的表現でしょうけど、仕組みまで考えるなら「生理前の情緒不安定(とかと同じ物理現象)」の方がより的確な比喩だと思います。
「午前中が辛いんですけど、でも仕事が溜まってたりすると行かなきゃいけなくて・・・」とかダンナが言うと「そうだね~やることがあるとね~」とかサラッと返ってきて「前の病院は「休みなさい!」って言ってくれたんだけどなあ」とダンナは今ひとつ不満そうでしたが

前は「リフレックス」という薬を処方されていたのですが
「うちでは「レメロン」を使ってるのでそれを出します。会社が違うので違う名前だけど、中身は「リフレックス」と同じだから」
と、お薬辞典で調べて分子構造まで見せてくれて、診察終了。

受付ロビーには、かなーりガタが来てる感じのおばーちゃんその他2~3人が座ってたのですが、私たちが会計を待っている間、先生がふら~りと現れ。「先生いつもどうも」とかおばーちゃんたちが挨拶して。
待合室にまで顔を出すなんて、意外とマメな先生なのかしらん?しかしこうして見てると、毛玉つきドテラ&サンダルといういでたちのせいか、誰が先生かわからないほどこの場に溶け込んでるわ
とか思ってたら、おもむろに受付の看護婦さんから注射セットを渡された先生、いきなりその場でおばーちゃんの腰に注射を始めたー!!
まあそのおばーちゃん、杖も持ってたし、とっても2Fの診察室まで登れなそうな感じではあったので、苦肉の策ではあるのでしょうが、ばーちゃん下着も腹も丸見えだよ~~ まあばーちゃんだからいいか(←オイ)

ばーちゃんが終始「いつもすみません」とお礼言ってたので、なんとなく「建前とかどうでもいいんだよ。患者に一番必要なことをしなきゃいけないんだよ」という信念のある先生なのかもしれないな~、などと、そのいでたちも含め、好意的に解釈すればできそうな先生ではありました(と思いつつ、ドリフ大爆笑の「もしも・・・」シリーズが頭をよぎったのはなぜ
とりあえず「あの時代劇マンガの山は、やっぱりこの先生の趣味に違いない」と、根拠のない確信を抱いて帰宅したのでした

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ファイテン貼ってメリークリスマス

今回は商品の宣伝です。
と言っても、そこの会社から宣伝料とか、あるいはアフィリエイトとかは一切やってませんのでご安心(?)を

うちのダンナ、2~3年前から腰を痛がってて。
座り仕事のせいなのか、はたまた寝る姿勢でも悪いのか、どうにも痛くて、シップやサポーターはもちろん、外科や整骨院とかにも通ってたのですが、その時は軽快してもすぐ戻っちゃって、一向によくならず。
私の母ことばーちゃんのお友達で、やっぱり腰が痛くて「もう年だからね~」と言いつつ、あまりにも辛くて病院でレントゲン取ったら肺ガンだったという事例があったので(肺ガン・乳ガンなど、骨に転移しやすいタイプのガンだと、稀にそういうことがあるそうです。胃ガンは比較的骨には転移しないタイプなんだそう)、ちょっぴし心配しつつ、家族でお買い物に行ったある日の亀ジャスこと、新潟・亀田のジャスコ・スポーツ用品店。
その店頭に「手首にこの布をかけた時とかけない時で、このおもりを持ち上げてみてください」というコーナーがあり。
こういうのに目がないKKがやってみたら、わりとはっきり重さが変わったらしく(その布をかけると軽くなる!)。
で、店頭で面白がってキャーキャーやってたら、当然しのびよる店員さん で、色々話してたら「このテープを腰に貼ってみて下さい」

と紹介されたのが、ファイテンのチタンテープ。
ピップエレキバンみたいなまん丸いものじゃなく、ぐるぐるまかれているテープで、好きなだけ切ってテーピングするというタイプ。

スポーツやる人はかなりご存知かと思いますが、ファイテンってあの変なネックレス売ってる会社ですね(身もフタもナシ)。
あれはあれで効き目あるのかもしれませんが、「ネックレスつけるだけで肩こりが治る」ってのがなんか胡散くさいなーと思ってたので、個人的にはあれはオススメしません。
しかしこちらのテープの方は、ダンナが「じゃあ、まあ試しに・・・」と買ってみたところ、すっごく効いたのです!
それまで、鎮痛剤入りのシップ貼っても整骨院行ってもまったく効かなかった痛みが、これを貼ると本当に消えるそうで。

ところで私の母ことばーちゃんは、昔ヘルニアを患ったこともあってか、ここ数年腰~足の痛みに悩まされていて。
お医者さんによると「腰から来る神経が、膝の骨と接触だかなんだかしていて、手術しないと治らない。しかし年齢のこともあり、手術しても当分車椅子になる」だそうで。
で、だましだまし生活してたのですが、歩く時もよっこらよっこら、特に立ち座りが厳しく、靴下はくのも一苦労という状態にだんだんなってきて。
「年だから仕方ない」と、本人も私も思ってたのですが、「たまに夜、痛くて眠れないのが辛いわ~~」などと話していた去年くらいだったか、ダンナが「これ試してみたら」と、自分のファイテンテープを。おおこれがあったか。けどばーちゃんには効くかな~~??
効きました~~~!!!
ばーちゃん、立つ時に少しでもすんなり立てるよう、それまでは座敷でも椅子を使ってたのですが(それでも立つ時には机に手をついて「いよ~~~~っこらしょ」がやっと)、それを貼ってからは、正座からでも普通に立てるように。「動くのがラクってありがたい」と、ばーちゃんしみじみ。あんまり効いたので、向かいに住むやっぱり足が悪いおばーちゃんにも無理やり分けてあげたそうです

そして9月の会津まつり。
ダンナの父母こと、白根のジジババちゃんが来てくれたのですが、この頃とみに腰が痛くなったというジジ。
ジジは「常時臨月」と言われるおなかの持ち主で、体の重さはさほど変わらないのに、年々足腰が衰えていくから、どうしてもガタがきやすいんでしょうかね~。
で、ファイテンのテープをおみやげに持たせたら、数日後「あれ効くから、友達にもやりたい。どこで売ってるんだ?」との電話が!

そしてこれはついこないだ。
昔から仲のいい親戚のオバチャンが横浜にいて、ありがたいことに時々肉まんやシューマイを大量に送ってくださるのですが、そのお礼の電話をしてたら「元から悪かった足が、この頃はひどくなってきて、普段の生活すら辛い。時々、生きててもいいこと何にもないとか思う」というような、子供の頃、優しくて陽気だったあのオバチャンから出るなんて信じられないような言葉が出てきて。
で、「ファイテンテープ送ってみようかな~。でもオバチャンの足はもう若い頃からだから、あんまし効かないかもなあ」と思いつつ、試しにと送ってみたら、「今まで突っ張ってた足が曲がるようになった。歩くのがラクになった」というお礼の電話が数日前に!


・・・って、なんか書けば書くほどいいことずくめで、悪徳商法に加担してる気分になってきますが
数日前のオバチャンの電話で「これは本当に効果あるのかも!?」と、ここに書くことを思いついた次第。
とりあえず、私の周りでは、特にジジババ関係にみな効果があったファイテンのチタンテープですが、悲しいかな基本的にスポーツ用品店御用達なので、年寄りの目には留まらないんですよね。スーパーの介護コーナーとかに置いてもいいんじゃないかと、上に書いた事例から強く思うのですが

年寄りって、どーしても足腰が弱るもんですが、そうするとどーしても「足腰弱る」→「動くのがおっくう・辛い」→「動かないのでますます弱っていく」・・・っていう悪循環に陥ってしまいがちです。
そしてこの「動くのがおっくう・辛い」が、時には「日常生活すら辛い・生きててもいいことなんもない」みたいな、閉塞感と言うかプチ絶望まで呼んでしまうんですよね。

折りしもクリスマスで、街もTVも浮かれ始める今日この頃。もし周りにこういう年寄りがいたら、物は試しで、ファイテンのチタンテープ、プレゼントしてみるのはいかがでしょう?効けばラッキーってことで。
(「既に試したけど効かなかった」という方がいらっしゃったらスミマセンm()m)

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ETVを見なかったけど雑感

昨日、ETVで福島の米農家さんを特集してたそうですね。半年間密着取材して。
私は見てなかったんですが、さっきネットでまとめ記事みたいなのを読んだら、わきあがる1つの感想が。

粘土すごい

ってそれだけかーい!!
いえね番組見てなかったんで、自分でも感想のポイントがずれてる気はしますが
しかしほんとに一番印象に残ったのがこれでした

いったん粘土に吸着されたセシウムは、ゼオライトまいてもプルシアンブルーまいても吸着されない!粘土にくっつきっぱなし!
すごくないですか!?これ土壌にゼオライトまいたのと同じでしょう。

それほど吸着率すごいなら、なるほど作物に移行しないわけだわと。
で、それなら無理に土を除去したりしなくても、充分じゃないかと。
要は、土壌がどんなに豊かだろうとやせていようと、あるいは火山灰だの黄砂だの放射性物質だのが混ざってようと、それで作物に問題があるかどうかであって、問題ないならそれはそれでいいんじゃないか?
なんて思ってしまったのでした。

もっとも放射性物質の場合、農家の人の内部被曝の問題が常にあるわけですから、土を除去できれば一番いいに越したことないのはもちろんですけど。
けれどそれが難しいのなら、現時点として、作物にどの程度影響を与えるかで考えちゃ~ダメかなあ???
消費者が「土壌に放射性物質があるところでとれた作物は、たとえNDでもイヤ」と思う気分はわからなくもないけれど、ぶっちゃけそれは「気分の問題」であって。
気分は大事(だいじ)だけど、気分の問題を大事(おおごと)にすると、大事なところを取りこぼして後からしっぺ返しが来るような、そんなことにつながる気もします。

まあ、本当に粘土に放射性物質が吸着しっぱなしで大丈夫なのか、よくわかりませんけど。
さっき書いた内部被曝の問題もありますし、来年再来年どうなるのかも、よくわかりません。
とりあえず「粘土すげーなー」という素朴な感想でした

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会津の川

週末、パパが「仕事に使う川の写真を撮りに行く」ということで、ママKKUもくっついてってみました
今回の川は「阿賀川」です。

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新潟を通って海まで流れていく「阿賀川」、新潟県に入ると「阿賀野川」になりますね。
看板の後ろに伸びる鉄橋は、只見線の線路です。
只見はこの夏、豪雨で川が氾濫してかなりの被害をこうむった地域。この只見線もまだ全線復旧はしていませんが、3日に会津川口駅までなんとか通ることになり、当日は駅でふるまい味噌汁などがあるそうです。
こないだTVで、ピーターやはんにゃなど芸能人ご一行が、この只見線(じゃなくて会津鉄道だったかも)に乗って、会津を満喫してる番組があって、なんだかうれしくうれしくなりました♪

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この川を渡ると「北会津」です。
LIVE福島の鶴ヶ城会場で、サンボマスターの山口さんが「会津若松出身ってなってるけど、ほんとは北会津です」ってMCしてましたっけ。
只見線なら渡るのは一瞬ですが、昔はここから渡し舟が出ていたみたいです。

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隣にはこんな碑も。

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竹久夢二もここに来たのかしら?
ここに立つと、さすが会津、360度どこを見ても、ぐる~~~りと山に囲まれています。
その山々のグラデーションがまたキレイで、なるほど絵心ある人なら筆を動かさずにはいられまいという感じ。
ちなみに夢二の見た(?)会津磐梯山は、今はこの家々の後ろで頭だけ出してます もはや白銀に染まってますよ~

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さて場所を変えてやってきたのは、木炭製造体験広場です。
一見川とは関係なさそうですが、川の中だか周辺だかにある木を炭として利用することで、何かに一石二鳥だかなんとか(←まったくわかってないママ
今年は放射能問題であまり使っていないそうですが、こんな炭焼き窯が置いてあります。

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隣接して、昔の炭焼き窯も。

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「昭和30年代に会津地方の山間部で使われていた「白炭窯」を再現した」ものだそうです。

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さてまたまた場所を変えて、本日3つ目の河原へ。

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すっかり紅葉に染まった山々と、石ゴロゴロな清流がなんとも言えずいい感じでした
このゴロゴロ石は、護岸のために運んできたそうで。
中にはなんとこんなのが!

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ザリガニの死体です(しかし子供って、こういうのはよく見つけますよね~~
この隣には溜め池があって「そこから水が溢れて来たんじゃないか」とパパ。ええ~でも溜め池からここって、けっこう距離あるけど!

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こちらが溜め池です。素晴らしい水鏡でしょ!!
KK&Uがここで、先ほどのザリガニを丁重に水葬してました

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帰りに近くの公園に寄って。
ここは何度か来たことのある、会津美里の川沿いにある公園です。
子供向けの遊具はもちろん、敷地が広いのでボール遊びもOK、キャンプ場やゲートボール場、更には日帰り温泉施設「湯陶里」と、至れり尽くせりな場所です。

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今現在Uがハマっている「カイジの鉄骨渡り」

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「ただの平均台じゃねーか!」いえこれが「鉄骨渡り」なんだそうです。
こないだTVで「カイジ」をやってて「これって「人生ツキだけでわたっていけるさ♪」みたいなチャランポランなギャンブル映画でしょ?教育に悪いからちょっと見たらチャンネル変えよう」とニガニガしく思いつつKK&Uと見てたら、意外と「お前ら今までヤなこと全部後回しにしてきたんだろ。だから今こんなクズになってるんだよ!」みたいな、親的に「よく言ってくれました」みたいなセリフてんこもりで
で、「意外と教育にいい映画かも」(←この変わりよう)と、ついつい最後まで見てしまったのですが、その中でもKK&U的に一番インパクトだったのがこの「鉄骨渡り」、なかでも色んな落ち方(=死に方)をしていく人の中で、カイジを道連れにしないよう無言で落ちていった「石田のオッサン」だったようで(子供でもやっぱしわかるのね~)
それ以来、畳のヘリでも歩道の白線でも「鉄骨渡り」。今日は久しぶりに「本格的な鉄骨渡りができる♪」ということで、日が落ちるまでず~~っとやってました

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「赤富士」ならぬ「ピンク磐梯山」になったら、そろそろお帰りの時間です。
というわけで、会津プチ散策の休日でした♪

おまけ情報ですが、今回廻ってきた川の周辺のどこかは「とっても貴重な植物生息地」ともなっているそうです。
写真撮影厳禁&ブログ詳細UP禁止命令がダンナから出たので、場所は伏せますが、なんでも環境省のレッドリストに載るくらいのものだそうで(しかし素人には、どう贔屓目に見てもありふれた雑草)、乱獲や荒らされるのを防ぐため、あえて柵や看板なども立てていないそう。
う~~む、やっぱり会津はあなどれない!

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