またまたウヨサヨな雑感

またもお米に関する残念なニュースが
ニュースそのものに関しては、前に書いたのと同じく「残念としか言いようがない」だけで、ここは元々、線量も高く調査した時も数値が出たので、「仕方ないとしか言いようがない」としか。
それもあり、しかも私は前にも書いたとおり、新潟ジジババからもらった新潟米を食べてるので、ほんとなら本当に何にも言えないんですが(しかし言い訳させていただくと、新潟のお米だから食べてるわけじゃなく、タダで家にあるのでありがた~く食べてるわけなので、このお米がなくなったら普通に会津米を買って食べると思います。前にも書いたけど、魚沼産と会津産、どっちがより危険かはビミョ~~だと思ってますし)、しかし福島好きになった福島県民としてはどうにも気になって仕方がない、モヤモヤすることが最近ず~っと。

それは、「福島産のお米は怖いから買わない」と言う人が、泣く泣く作付け断念した福島の農家に対し「素晴らしい」と褒める一方で、作り続けた農家に対し「なぜ危険な米を作り続けたんだ」と、責めること。
あくまでもネットを見た限りでの印象で、もちろん買わない人全員がそうだなんてわけじゃありませんが。
「応援するために」と福島のお米を信頼して買ってくれた人がそう言うなら、せっかく寄せてくれた信頼を傷つけてしまったわけでわかります。けどそういう人は概して、「大変だろうがもっと検査すべきだ」「もっと情報公開すべきだ」と同情しつつ真摯なアドバイスこそすれ、「なぜ作った」なんて責めたりしないんですよね。
自分の命をつなぐためにやむなく(危険かもしれない)お米を買わないことを「当然だ」とする人が、自分の命をつなぐためにやむなく(危険かもしれない)お米を作った人を声高に「悪」と責める。これが私には非常~~~にモヤモヤします。それは単に「自分の命だけが大切!自分の命を救うためなら他人の命は二の次!」と、声高に主張しているだけじゃないの??と思っちゃうから。
なので、そういう人がその一方でお米を作らなかった人を「素晴らしい」と褒めるのも、それは単に「自分の命のためにあなたの命を捨ててくれたのが善だ」という、なんてかすごく都合のいい感覚じゃない??と思えてしかたなく。
いやもちろん、自分の命をつなぐよりも相手の命を考えて断念するのは、ものすごく「善」な、尊い行為であることは疑いもありません。「自分の命を繋ぐことが当然」だと思えば、ますます「有り難い」ことです。こういう人に私もなりたい。
けれど、それが「他の農家を責める」人によってなされると、なんというかすごくグロテスクな、それこそ軍国主義化の日本で多発した「美談の強制」に近いものを感じてしまうのです。

私は小林よしのりの「戦争論」以来、よしりんの一連の主張及びそれによって(と個人的に信じている)目覚めたネトウヨの一連の主張、すなわち「個を超えて公(≒国家)のために」っていう、やたら立派なお題目が本当にもう「危険だ危険だ」と、それこそ「危険厨」のように一貫して不安に思っていました(今の放射能騒ぎについては、比較的安全厨寄りですが)。
だってこの思想って、行き過ぎると明らかに「個人の人権」を潰すから。その証拠によしりん「人権」って言葉を毛嫌いしてるし。
「人権」を嫌う人の主張する「公」なんて、そりゃもう全体主義にしか行き着かないでしょう。そんな「美学」に殉じる必要なんてない!って、先の戦争で甚大な犠牲を払ってやっと、やっと得たのに、なんでわざわざ手放そうとするの!?それこそ平和ボケよ!!!
「人権」は「公」の対立軸じゃない、むしろ「公」を考える時には絶対に必要なものじゃないの?「私に私の人権があるように、あなたにあなたの人権がある。だから「公」という概念ができてくる」ってのが順序でしょうよ。

という考え方に照らせば、「危険なお米」を食べない人が「危険なお米」を(やむなく)作る人を責めるのは、「人権」じゃありません。単なるミーイズムです。よしりんがミーイズムを嫌って「公」を強調するのはわかるけど、そのために「人権」をなきものにしようとしたら、ミーイズムと真逆だけど実は同じっていう怖さに行っちゃいます。それが怖いのよ。

この頃放射能関係のネットを見ていると、この手のミーイズムに陥った(としか私には思えない)放射能恐怖症の人が妙~~に目がついちゃって。これはたぶん、福島県民としての被害妄想もあるかとは思いますが
あちら側の人は「がんばろう福島」な人を「同調圧力に満ちて、「国のため公のため」みたいなご立派な思想に殉じる、使命感溢れる国家社会主義みたいな人」と思ってるかもしれませんが、「がんばろう福島」な私から見るとあちら側の人もまったく同じに見えます。特にその「使命感」にはウンザリします(と言いつつこれも、ある種の「使命感」を持って書いてるとこもありますが。うっとおしくてごめんなさいね~
お互い「日常生活」を維持しようとしているだけなんでしょうにね~。やっぱり「ベクトルは真逆だけど性質は同じ」というのが、一番わかりあえないのかもしれませんね。

この「個と公」及びウヨサヨ雑感は、考えれば考えるほど、ウヨとサヨがひっくりかえったり(←真理に1歩近づいた!?)、入れ子構造になってたり(←またまた1歩近づいた!?)、その理由らしきものを抽出していくと、日常生活のアレコレや、ひいてはすべての生態系にも通じていそうな結論にもなりそうで(←近づいてったら見えなくなった!)、なかなか頭の中でまとまらず、なんだかいつもどっかで考えているような命題の一つです。今回の放射能騒ぎにもすごく通じる部分がある気がするんですが、うまく結論つかず
とりあえず今回言ってスッキリしたかったことは「農家を責める必要ないでしょ」でした

(そういえば橋下新・大阪市長が圧勝って、サヨな私はやっぱり「ええ~~~」でしたが、何かの論評に「橋下氏の「君が代」云々なんかはエサだ。サヨク側にそっちを食いつかせといて、現実的な案を求める投票者に目くらましをかけると同時に「やっぱサヨは役に立たない」と印象付ける作戦だ」(←かなり意訳)みたいなのがあって、なるほどな~~~とすごくわかった気がしました。私は「強力なリーダーシップのもとで新しいことをして多大な犠牲を出すより、変化はなるべくゆっくりしてった方がいい」という日和見体質なので、橋下さんとかは体質的にもうニガテなんですよね。ここら辺の「保守/革新」が「ウヨ/サヨ」とごっちゃになってるのが、色んなベールになっちゃってますね)
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これが会津か・・・

今朝の天気予報。

いわき  最高気温16度
福島   最高気温12度
会津     最高気温9度

お~~い会津~~~~~

いや冬は大変だぞ豪雪だぞと聞いてはいたけど、そしてそのたびに「フッ、私をどこから来たとお思い?豪雪ならこっちも負けちゃいない新潟よ(実は下越なんでそんなに豪雪じゃないけど)」と、若干心配しつつも余裕ぶっこいてたけど。
今朝の天気予報みたいなの見ると、やっぱり「フッ、新潟より寒いわよ」てのはホントだったみたいですね まあおかげで新潟より雪質良くてスキーには最高なわけですが、県内で一番寒いのか・・・そうか・・・

翻って最高気温16度なんて、いわきうらやましい
そういえば浜通りに住んでたというKKの学校ママさんは「スノータイヤつけたことない。夜車に乗ってる時に雪が降ってきたら、路上に放置して次の日取りに行く。朝には溶けてるから」って言ってたなあ。
東北6県=冬寒いというイメージが固定化していた関東甲信越な私は、「それは東北じゃない、関東だ」と、ひたすらカルチャーショックで。東北にそんな夢のような場所があったなんて!(新潟で路上に放置したら、次の日車は高確率で除雪車の雪に埋まってると思う
夏は風が吹いて涼しいし、冬は気温高くて雪降らないし、会津の町並みや文化も好きだけど、浜通りも住んでみたいなあ♪(中通りは?

あ、中通りはばーちゃんが梁川出身ということもあり、梁川と郡山しか今のところ知らないのですが、冬はやっぱり寒いのかなあ?
梁川、行ったことあるのが夏だけで「あっついな~~」と思った記憶しかないんですよね

福島の広さ、及び会津(だけ)の冬を予感させる、今日の天気予報でした(今んとこ雪は降ってなくてホッ)
県内、特に浜通りから会津に避難してきた方には、会津の冬、大変なこと多々だと思いますが、なんとか乗り切ってほしいです。あ、ただ子供はきっと大喜びだと思いますが

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白山神社とイタリアン

と言ってもみかづきではありません

こないだ、Uの七五三をしてまいりました
KKが早生まれにつき年長さんで七五三をしたので、なんとなくUの七五三も来年かなと思っていた11月の初め。
TVで悠仁様が七五三(に当たる皇室儀式)をしているシーンを見て「あれ、この子とUって確か同い年なはず」と、初めて今年だと気づき(ちなみにKKは、学年は違いますが愛子様と同い年)
で、幼稚園ママさんに聞いてみると、「夏頃しちゃった」とか「お姉ちゃんと一緒に去年」とか、わりと早めに終わってる人が多く。やばっこれは完全に出遅れてないか!?

「今からじゃもうダメだろうな~(ダメなら幸い来年にしちゃおう)」と、一応めぼしい神社や写真屋さんに電話してみたら、11/15前後でも意外とまだ予約空き空き。今はあんまし日付とかこだわらないのかな?
けど会津だと、ご祈祷と写真がセットになった「七五三パック」みたいなの、あんましやってないんですね~。KKの時は全部パックになってたんで、着替えも移動もラクラク、お天気も関係なしみたいな感じで良かったんだけど、神社と写真が別だと、めんどくさいな~
いっそKKの時と同じ、白山会館にしちゃおうかな。新潟ならジジババちゃんも参加できるしいいかも。うんそうしよう
と白山会館に電話してみると、会津の写真屋さん以上の空きっぷりで、難なく予約OK。ジジババちゃん&新発田の母ことばーちゃんも、快く来てくれるということで、久しぶりに行ってきました白山神社。

ここで白山神社の写真を入れたいところですが、当日は雨で、ほとんど神社の外に出ず
残念でしたが、「やっぱり濡れなくてすむ七五三パックにしておいてよかった」と、ホッとしました。

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白山会館は、白山神社隣接で、こうした七五三パックやお宮参り、神前結婚式などを行っています。
会館で着替えたら、直通の通路を渡って神社に入れるのが便利
KKが七五三した時は、古めかし~い建物&内装だったけど、どうやらリニューアルしたらしく、どこもピカピカ。広く明るいロビーなんかもできててビックリしました。

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中には着替え室や撮影室、美容室(というか、子供用ヘアセット室)が完備。着替え室にはレンタル衣装もずら~~りあるので、手ぶらで行っても大丈夫です。
私たちは着物は持込だったので(KKの時にじーちゃんが買ってくれた懐かしの一式)、今回は着付けと写真、ご祈祷がセットで15000円~のパックにしました。う~む高いのか安いのか??

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着付け中のU。
UはKKとは種類の違うナルシストというか、KKは「着物とか写真とかカッコつけるのが恥ずかしくて嫌い」という屈折したナルシストですが、Uは「着物とか写真とかカッコつけるのは好きだけど恥ずかしい」という、シャイなナルシスト(って、ほとんど同種か?
おかげで、着替えとか撮影とか、一連のめんどくさい儀式(?)を、ほとんどイヤがらずウキウキとこなしていたのは助かりました

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着替え終わったら神社へgo

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神社の中に入ると写真撮影不可なので、かわりに渡り廊下から見た白山神社の一部を
ほんと、雨や雪の時なんかはいいと思います、白山会館のお宮参りや七五三パック。
でもやっぱり、晴れてる日にUの着物姿で境内を歩きたかったなあ。個人的に白山神社って、新潟市内で一番好きな場所なもんで

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ご祈祷終わったら撮影して(できあがりは半月後くらい)、着替えからたたむのから全部してもらって おみやげにちとせあめや絵馬、なぜかオセロやサントピアワールドの割引券などが入ったおみやげ袋をもらって、七五三は無事終了~

そういやこのおみこし置いてあるところ、KKの七五三の時には薄暗~いソファだったのよね。このメンバー(プラスじーちゃん)でここにあったソファに座ってたなあ。まだ半年足らずの赤んぼだったUを抱っこしつつシミジミ
この頃youtube「CO-DAの実況」なんかにハマってるKKが、DJ気分で「どうでしたか今日の七五三は」と周りに聞いてまわり、パパが「そうですね~、あの時赤ん坊だったUがこんなに大きくなって七五三を迎えられて、なんだか目頭が熱くなりますね」と答えたら「ハイ、という大変嘘くさいコメントが返って参りました」と〆られてしまいました まあ確かに涙は出ないけどね

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夕飯まで若干時間が余ったので、小雨の中、白山公園でひと遊び。
幼稚園の頃までは、よく白山公園に通ってたKK「うわ~なつかし~!!」村上生まれでほとんど白山公園を知らないUも「ほんとだ~なつかし~!!」

ここで会津若松在住者としては見過ごせない物を発見!
写真撮るのを忘れたのが無念ですが、駐車場から公園に入るあたりのところに「戊辰の松」の看板が!
なんでも戊辰戦争時には、この白山公園一帯も砲弾が飛び交っていたそうで(エエ~そうだったの~)、その砲撃に遭いつつも皮一枚で生きながらえていた松の木が、昭和時代までここに立っていたのだそう。ヘ~~~!
白山公園も戦場だったとは知りませんでしたが、そういえばお隣・学校町に住んでいた頃、シンショー近くの公園片隅にも、「戊辰戦争跡地」みたいな石碑がひっそりと建ってましたっけ。
「長岡ならともかく、なぜこんなとこに?」と、その唐突な登場にちょっとビックリで未だに覚えてたのですが、これで謎が解けました。
とは言え、その公園と白山公園ではけっこう距離あって、ここでも思いがけず
「どんだけデカい戦だったんだ戊辰戦争」(←会津に引っ越してきてから何度思ったことか

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さて次は、本日もう1つのお楽しみ♪「皆で久しぶりにゴージャスディナーをかっ食らう」
お店は、新大病院前にあるイタリアンレストラン「ラ・サリータ」です↑

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KKの七五三の時は、どっぺり坂の途中にあるレストランで、大変いい雰囲気のお店だったので今回もぜひ!
と思ってたのですが、店名を覚えてなかったので予約も出来ず(そもそも今も営業してるのかな?)。
で、新しく出来たばかりらしい、万代の「新潟モノリス
ワインの種類も豊富そうな、西大畑方面の「フェアリーテイル
個室があるのもうれしい、三越近くの「アンフォラ
・・・などなど、ネット上で色々と迷ってみた結果(こういう時が一番楽しかったり♪)「おいしいのにいつも空いてる」という口コミに惹かれて、「ラ・サリータ」に。
ビル2Fの一室、ほんと隠れ家みたいにこじんまりして、格式ばらずにカジュアルな、けれど落ち着いていて、かつカワイイ感じのお店でした

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「空いている」という言葉で来てみたのですが、なかなかどうして 週末だったせいか、ご夫婦カップル小さい子連れと、続々お客さんが来てました!お店の雰囲気いいもんね
ご覧のとおり↑、メニューも色々。
「ポルチーニ茸」とか「トリュフのパスタ」とか、ナイナイのゴチで見るような言葉の数々に心惹かれますが、今日は既におまかせコースを予約済み
どんなお料理かしら~♪

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こちらが本日の「おまかせコース(魚)」↑
わ~~前菜から始まるコースなんて、超絶久しぶりよ~~~
生ハムメロンならぬ、生ハムラ・フランスのマスカルポーネチーズ添え、おいしかったな~~~♪
ポロネギとゴルゴンゾーラのポテトグラタンも、まったく癖がなく優しい味♪
鹿肉は初めて食べたけど、力強いのにこれまた癖がなくて、ワインがすすむ~♪
ここらで皆すでにかなりおなかいっぱいだったので、メインが魚でよかった♪バジルのさっぱり味で、ジジババも胃モタレせず完食 香ばしい風味の自家製パンがまた、このソースにあうこと♪
食後のハーブティーがほんのり甘口で、さわやかに〆てくれました~ あ~また食べに行きたいわ~~~♪

と、怒涛の♪攻撃ですが、皆でおいしく楽しくおめでたい、Uの七五三in白山神社でした

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線量計が来ました!

何ヶ月前か、学校と幼稚園を通じて市から希望者に配布される「放射線量積算計測機械」(←たぶんこんな名前じゃなかったと思う)が、KKとUに届きました。
随分前に、中通りの方で全員に配布されていたニュース映像を見ましたが、それと同じような物。
KKの学校ママさんの間では「いまさらだよね~~」という声がもっぱらでしたが、まあタダで配られるんならいただいとこう、と あ、いただくというか、1ヶ月首からぶらさげといて、回収後に数値が教えてもらえるというタイプですが。

昨日遊びに来たKKの友達は、3人中2人が首からぶらさげ。KKもUも、わりと多くの同級生が受け取ってたようです。
なんか、子供たちがこういうのを四六時中首にぶら下げてるのを見ると、「「ニュークリア・エイジの子供たち」って感じだな(←なんじゃそら)」と、自分の子供時代がそうじゃなかった分、ちょっとかわいそうな気がしちゃいますが、まあこれは感傷ですね。感傷って、時間的にまたは距離的に遠くから、傍観してウットリするためには有効だけど(そして時にはそういうのも必要だけど)、渦中では比較的優先順位低いというか。

そういえば(と、またまた思考がぶっとびますが)じーちゃんがガンになった時も、いっちばん不安で苦しかったのは、告知されて抗がん剤を使用し始める頃でした。「治すためのものではなく、あくまでも延命のためのものです」「抗がん剤は必ず効かなくなる時が来ます」と、お医者さんに宣言されていましたしね~。
「この先どうなるんだろう?」「副作用は大丈夫なんだろうか?だんだん弱っていくんだろうか?」「効かなくなったらどうしよう」e.t.c....経験したことがないゆえの不安が次から次へと。
けど抗がん剤治療を始めて、一進一退、そしてだんだん弱っていくのを時間をかけて看病していると、だんだんそうした不安は後ろにいっちゃうんですね。それが日常になるっていうのもあるし、ああしようこうしようと、色々と現実的対応してると、そんな不安=感傷に浸ってる場合じゃないってのもあるし。

「こういう状況になったらどうしよう」「あんなことになったらどうしよう」ってのは、なってないから怖いんであって、なったらもうどうにかするしかしょうがないですもんね。

とりあえず、1~2ヵ月後の積算量を楽しみにしつつ(でも会津は大したことなさそうな気も)、さっそく今朝Uの首にぶらさげるのを忘れたので、これから幼稚園に届けに行ってきます

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基準値超えのお米

ひたすら残念としか言いようがないニュースですが。
仕方がないとしか言いようがないともいうか。
色々思うことはありますが、結局この2点に集約されるので、他に言うべき言葉もなく。

ただひとつ「政府が出荷停止を決めた」ということで、誤解されてないか?と思ったことだけ。
この地域一帯のお米は、もともと出荷予定ではありませんでした。

 福島県産の新米について全農福島県本部は、販売するのは放射性物質が「不検出」とされたものに限定する方針を決めた。10月14日、河北新報が報じた。12日に佐藤雄平知事が「安全宣言」、全48市町村で今年産米の出荷が可能になったばかり。市場や消費者の目はなお厳しく、安全性をアピールしてなんとか販売につなげようという苦渋の選択だ。

国の暫定基準値は、1キログラム当たり500ベクレル。「不検出」というのは、機器の検出限界値(5~10ベクレル程度)以下、誤差の範囲で「ゼロ」と認定されたもの。

福島県の検査は、1174地点で行われ、すべてで国の暫定基準はクリアした。うち、964地点(82.1%)が「不検出」だった。福島県の「不検出」の精度は他県(20ベクレル)より厳しいことから、「不検出米」認定の線引きについてはさらに検討する。


つまり、210地点のお米は未出荷で、そのうちの1つがここだったわけです。
今回のことで正式に上からストップがかかった形なわけですが、それはあくまでも形式・表明で、それ以前に県のJAは、実質こちらの地区(やNDより高い数値が出た地区)のお米は出荷してませんでした(たぶん)。
だからこのお米も「自分ちで食べようと思って保管しといた」のですね。

もちろん、そうは言ってもすべてのお米を検査したわけではありませんから、10ベクレル以上の数値のお米は、中には当然のように混じってるかと思います。けど少なくとも「他の流通米も、検査をすり抜けて500超なんじゃ!?」って可能性は・・・う~んいくらズサンな検査だったとはいえかなり低いと思います。210地点のお米ならありうるかもしれませんが、それは売ってない(はず)ですから。

JAを通さないお米はわかりません。けど少なくとも、スーパーに並んでる範囲に、それほど高濃度のお米はない、んじゃないかと。

もっともこれは、福島の風評被害を少しでも払拭したいがゆえの意見なので、偏ってることは大いに認めますが。
ただ「政府が大波地区のお米出荷停止→じゃあ今までは出荷してたのか」という誤解がもしあったら、どうか安心していただきたいなと。安心できるかどうかはともかく

訂正:先ほど福島民報読んだら、上記のように「不検出のもののみ限定発売」ではなく「不検出のものから優先販売」とありました。確認不足、すみませんでした。

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こんな6日間があった」

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「公式本・LIVE福島」より(上の写真は、相馬会場のメッセージボードです)


「もともと私は福島県にかかわりのある人間ではありません。(略)最初に思ったのは、そんな私がこの企画に参加していいんだろうかっていうことだったんですね。でも、その不安を払拭してくれたのが実は、福島の方たちだったんです」
「福島で開催した“震災イベント”で終わらせたくなかったですから。ましてや、アーティストさんたちにも色んな負担を強いているわけですよね。(略)そうやって色んな人に色んな負担を背負ってもらった上でやるからには、思った以上のことをしっかり成し遂げないと、失礼だと思うんです。福島にも、東日本にも、日本全体に対しても。そんな思いは、ずっとありました」
「LIVE福島・風とロックSUPER野馬追」総合プロデューサー

「鶴ヶ城公園は条例指定の公園でもあり、使用目的の制限もあるので、なかなか許可が下りなくて。でも、やっぱり今、こういうことが一番必要なんだよ、という意識を、議員さんや地元の我々のような者たちの中では共通して持っていて。色々な人たちの思いが集まって、ルールや壁を越えていくことにつながった気がします。ここだけではなく、LIVE福島の会場となったすべての場所で、そうした経緯があったはずです」日本青年会議所東北地区福島ブロック会長

「(日産いわき工場は)震災後の2ヶ月間、みんな土日もなく復旧作業をして、復旧作業に入った最初の頃は水もないし、食べ物もろくにないっていう状況の中で、ほんとみんなよく頑張って、2ヶ月でなんとか復旧にこぎつけました。震災直後のあの光景を思うと、今この場で、こんな大きなイベントの最終日を迎えているということが、信じられない思いもします」(株)日産自動車・いわき工場長

「当社は神戸が本社で、そこには工場もありましたが、阪神淡路大震災で被災、ダメージが大きく再建を断念しました。しかし雇用だけは確保しなければと、神戸工場勤務の方に、白河工場を始め、他の工場への転勤をお願いしました。
工場は地元採用が基本ですから、慣れ親しんだ環境から離れることになります。そういった方も勤務する白河工場が被災したことを考えるといろいろなことが頭に浮かびます」
(株)住友ゴム工業・ダンロップタイヤ営業本部課長

「正直なところ、やったことをもう1回こう嚙み締めたい気持ちもあるんですけど、逆に、もうやったことはやったこととして、次のステージに行かないと、というのが今の心境です」
「TOSHI-LOWさんの「福島の人がどうしたいのか、教えて欲しい」っていうあの言葉に、言葉や行動で答えなきゃならない時が来ているということが、今一番言いたいことですね。・・・今話していること、全部自分に言い聞かせながら話していますけど(笑)」
福島民報郡山本社

「家の中で放射線量を測ってもらったら、2.0μシーベルトっていう数字が出て。(略)今は(猪苗代湖に)アパートを借りています。そこから郡山市内に通っている状況ですね。避難しているのは別に私が放射能を怖いわけではなく、妻が子供(1歳と3歳)の面倒を見てくれているんですが、子供に不安を抱えて過ごさせるということが、すごく妻のストレスのもとになったりするからです。猪苗代湖の辺りは低いんですよ、0.08μくらい。(略)でもそれも、できる人、できない人っていますから。(略)一方で、私も建設業やっているので、たとえば人がいなくなっちゃうと仕事がなくなる。家が建たないと仕事にならないんで、難しいんですけどね」日本青年会議所東北地区福島ブロック元気福島人材育成委員長

「(TVなどで)私が何かメッセージを発信しても、それは私の意見でしかなくて、他の福島の人たちの気持ちとは違ったりするから、難しいですよね」福島リアル代表


「観光客が減っているので、会津は安全だよと言いたいです。会津のことだけ言うのもおかしいですけど、何ともないので・・・普通に生きてるので」観客@会津若松市

「(京都の大文字焼きとかも)やらないなら、最初からやるなんて言わなければいいのにと、すごく思います。でも、私がもし逆の立場だったら、同じように思ってしまうのかなとも、思うんですよね」観客@郡山出身・会津若松在住

「安全な場所もあるんです。そのことが知られていない。だからと言って、こちらにも少し負い目があるというか・・・そう思っちゃうよねと理解できる部分があるので、反論できません」観客@喜多方市出身・新潟市在住

「放射能の問題などもあって大変な状況ですが、こちらにいる親や友人は普通に暮らしていたりして。逆に県外で暮らす僕たちの方が、食べ物とか敏感になっている部分はあるのかなと思います」観客@喜多方市出身・埼玉県在住

「レキシが見たくて山形からひとりで来ました。同じ東北の近い県なので、福島に対して特別な場所という感覚はないんですよね」観客@山形市

「怒髪天を見るために、6日間連続で来ました。福島だからとか、そういう抵抗はまったくなくて、怒髪天が出るんだったら絶対に行こう!と」観客@世田谷区

「先輩に誘われて、福岡から東京まで飛行機で行って、東京から新幹線で福島に来ました。僕自身音楽が好きということもあって、このタイミングでこういう場にいられるのであれば、福島に行って肌で感じてみよう、と。(略)僕は阪神淡路大震災を経験しているので、福島の震災のことは他人事ではないような気がしているんです」観客@大阪府出身・福岡県在住

「私の友人たちが心配してくれてるように、福島のことを思ってくれている人はたくさんいると思います」ボランティア@会津美里町出身・京都府在住

「神奈川から来たんだと伝えたら、すごく驚かれたんです。「福島に来るの、怖いと思わなかったの?」と。私はそのことに逆に衝撃を受けたというか・・・。「県外の人たちは福島のことを「怖い」とか「行きたくない」と思っているのだろう」と、地元の人たちは思い込んでいるのかもしれません。そういうふうに、県内と県外で認識のギャップが少しずつあるなと、今回来てみて感じました」ボランティア@茨城出身・神奈川在住

「少しでも地元を盛り上げたいなと思って、ボランティアに参加しました。(略)これからどうすべきかは・・・まだ答えを探しているところです」ボランティア@郡山市

「(那須のある)栃木県北は福島と同じように風評被害を受けている。福島の皆さんと一緒にみんなで頑張りたい」観客@栃木県

「行政に頼るだけでなく、みんなが、自分に出来ることをやっていかないと変わらない。こういう事態になったことは、もう逃げられない事実なのだから」観客@郡山市

「今までは放射能に怯えながら暮らしていましたから、少しでも元気になりたいと思って来てみました。素晴らしいです!ライブ自体も初めて来たので、今日、家を出てくるのも勇気が必要だったのですが、思い切って来てよかったです。(略)みんな大変だから、何をどう言えばいいのかわからないです。頑張ろうとは思うのですが、日常は続いているので・・・。(略)毎日変わっていないようでいて、子供を見なくなったり、変わっている現実が目の前にあります。毎日、どうしたらいいのかなと。どうしてどうして?と、その繰り返しですね」観客@飯館村出身・南相馬市在住

「すごく感動しました。楽しかったし、何かもう、こういうイベントがなかったら家も出なかったので・・・。今も、3月11日で気持ちが止まっているんです」観客@南相馬市

「震災が起こった後は、温かい思いもいっぱい経験しました。人の優しさを肌で感じたり、友達の良さを再確認したり」観客@いわき市

「現状として伝えたいことは、TVでは暗い部分が多く報道されていますけど、それほど相馬の人間は暗くないということ。(略)震災後、消防団で2週間ほどいろいろな人の捜索活動をやって、つらい場面もいっぱい見たのですが、だからこそ、復興に向けて立ち上がっていくのは自分たち自身なんだと強く思いました」ボランティア@相馬市

「ボコボコだった道路が元に戻っていたり、体育館での避難所生活が仮設住宅に変わったりと、物理的な変化もあるからか、みんな、前に前に進んでいるように思います。生活していかなきゃという空気を感じますね。避難したい人は、もちろんしていいし、残りたい人もいていい。私にできることは、地元に残っている人の手助けかなと思います」観客@いわき市出身・東京都在住

「今は復興が徐々に進んでいますが、原発の問題が収まらないから、引っ越す人も多いですね。自分自身は、何かをしたいけれど・・・何をしていいのかわからないというのが現状です。3月11日に地震が起きたときは、次の日からみんなで瓦礫を片付けました。外に一日中いたので、あの時どれだけ放射線を浴びたのだろうと、後になってとても怖くなりましたね」観客@秋田市出身・いわき市在住

「自分の出身は元々岡山県で、まずは仕事の関係で神奈川県に滞在して、その後、2年半前から福島に。なので、思わぬところで震災を体験したわけですが、しばらくはこの土地で頑張っていこうと思っています」観客@岡山県出身・いわき市在住

「震災後は、なるべく普段どおりに過ごそうと思って、こうやってライブに行ったり(略)落ち込んでいる気持ちを自分で盛り上げるようにしています。(略)音楽が好きだから、好きな曲をずっと聴いて、それでバランスを取っていた感じですね」観客@岡山県出身・いわき市在住




ここで紹介しきれなかった人たち、言葉たち、まだまだいっぱいあるのですが、キリがないので
紹介した言葉は、「これだけはぜひ紹介したい!」と個人的に思った、その中でもほんの一部分の抜き書きなので、それを話した人から見たら「本当に言いたかったのはその後の言葉だよ」とかな部分も多々だと思います(これが編集の恐ろしさ
逆に紹介した人たちの語る言葉でも、ここに紹介しきれなかった中には、その人たち同士で相反すると思える部分や、個人的に「う~んそれはどうかな?」とか思うところもけっこうありました。
てことは別な人には「ここに紹介されてる言葉は「う~んどうかな?」だけど、紹介されてない言葉の方はすごく共感した!」っていう場合も多いかと思うので、もし興味を持ってくださったら、ぜひ実際の本の方を読んでみてくださいね♪
地域によって、立場によって、人によって、置かれた状況は様々で、受け止め方も様々で、その中でたまたまあの6日間、集まった人たちの肉声(の一部)が伝わってきます。

また他にも、BEGINの直筆メッセージ(「あとからねー」っていうのが、すごく沖縄っぽくていいなあ♪)や、その他全ての出演者の言葉(みんな異口同音に「すごく楽しかった」と言ってくれてるのがうれしい♪)、「予定~福島と宮城と岩手と秋田に帰ったら~」の全歌詞、LIVEの始まりを飾った各会場の郷土芸能、上で紹介したようなお客さんやボランティアの方々(県内県外さまざまな場所と思いから・・・)、ロックンロール食堂全店や協賛会社、各実行委員の方たちのインタビューなど、ほとんどすべてが網羅されていて、すべてがその人自身から出る真摯な言葉って感じで、255ページ読み応え充分!(個人的には、この本で福山とレキシの株が急上昇しました
LIVE福島に行った方や各出演アーティストのファンはもちろん、福島に興味ある方、またはロキノンジャパンの2万字インタビューとかが好きだった方なんかにはぜひオススメです

テーマ : 福島県 - ジャンル : 地域情報

「2011年9月の福島に、

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「公式本・LIVE福島」で語られている、個人的に(←ポイント)「そうそうそうなのよ!!」とか「うーんなるほどなあ」あるいは「ギャハハハ」(←レキシ)総じて「だからこの人たちは信頼できる」と思った言葉の数々(上の写真は、LIVE期間中、各会場に置かれたメッセージボード・奥会津編です)


「若い頃から40歳を過ぎても抱いてた、複雑な思いみたいなものが福島に対してはあって。5年前にままどおるズを結成して「福島には帰らない」という歌を歌って、それでやっと福島と向き合うことができたというか、福島から逃げてた自分が初めて福島にちゃんと嫌いだって言えた。そこから始まっての今回のイベントなんです」

「嫌いな自分も含めて、福島に生まれたからこんな自分なんだっていうのをやっと受け入れられたのが去年で。そこの自分の立ち居地をちゃんとああやってたどりながら演奏させてもらう形で、山口君と表明できたところからスタートできた。それが自分の中で大きかった」
箭内 道彦@「風とロック」主催、猪苗代湖ズ

「(「風とロックin福島」で)一昨年は郡山で路上ライブをやらせてもらったんですよ。その時間帯は、ライブに来た人はもうとっくに会場に行ってて、通る人はほとんどいなかったんですけど(笑)。で、去年は駅から会場までのバスのなかのバスガイドをやらせてもらって(笑)。(略)「高橋優、今年何やる?」みたいな感じになってくれたら嬉しいなと思ってたし、僕自身「今年は何をやるんだろう」って楽しみにしてたんです。だから、震災の影響であんな素敵なイベントがなくなったら寂しいなっていう思いが、僕個人としてはあったんですね。それをたぶん箭内さんも思ってたし」

「ちょっとうらやましかったですね。福島に対して歌える福島出身のミュージシャンと、それを歌ってもらえる福島の方々に嫉妬するくらい。自分は秋田出身なんで、秋田の人たちといつかこういうふうに何か同じ気持ちを分かち合えたらいいだろうなと思いましたね。秋田の人たちにもこんなふうに笑顔になってもらえるきっかけをいっぱい僕自身も作りたいなと。もちろん、地元だから、イヤなところも知ってるし、疑問に思うこともいっぱいあるんですよ。それこそ(LIVE福島の)全日程が終わったところで、サンボマスターの山口さんとか(東北出身の出演者たちと)みんなで東北ならではの談義をやったんです。東北の人はよっぽど流行らないとCD買わないとか(笑)「そういうとこあるよね~」みたいな話をして、それがすごい楽しかったんですけど」
高橋優

「箭内さんとか山口君とかと知り合ってからは「マツは俺らとは違うからな~」「俺はあんな県大嫌いだよ!」とか言われてきたんですけど、結局は、一緒だとも思っていて」松田晋二@THE BACK HORN、猪苗代湖ズ


「震災に対して立ち向かわなきゃいけないと思ってるけど、正直、ホントに立ち向かった方がいいのか、そうじゃなくて抱きしめながら行くべきものなのか、それすらもわからない状態ですけどね」山口隆@サンボマスター、猪苗代湖ズ

「現状やばいけど、みんなで、みんなでね!(略)解決していきたいなと。(略)かといって、何かやらなきゃいけないという罪悪感とか、持って欲しくない」藤井敬之@音速ライン

「ひとつになるっていうのもファシズムだなと思っていて。(略)支援って本当に難しいんですよ。おにぎり食べたい人もいれば食べたくない人もいるし、音楽欲しい人もいればまだいらないっていう人もいるし。だから、たくさんの支援のラインがないと成立しないなと思うから、無理やり一つになる必要はないと常々思っていて」箭内 道彦@「風とロック」主催、「猪苗代湖ズ」メンバー

「「この歌(I love you&I need you ふくしま)を聴くと、福島から逃げられなくなる」「福島に、ずっと、ずっといて頑張んなきゃって思ってしまう」それは僕たちの本意ではありません。避難していく人、避難しない人、避難したくてもできない人、避難したくないのにしなければならない人。それぞれが、様々な状況の中で、福島が好きという気持ちだけ共通で持っていたい。それだけの歌です」箭内 道彦@「風とロック」主催、「猪苗代湖ズ」メンバー

「みんなどっかで迷ってたんだと思うんですよ。音楽を届ける側も「本当に音楽を届けてもいいのかな」と。「自己満足じゃないのかな」とか「押し売りなんじゃないかな」とか。で、実際に出演した人たちも、開催に対して反対する人もたくさんいる中で「本当に大丈夫なのかな」とか、「ここに来ることで福島県はまったく問題がないってことの表明になってしまったら、それはそれで本意じゃない」とか、色んな迷いがあったのが、でもそういうの全部関係なく「こんな夜があってもいいじゃないか」と思ったと思うんですよ」箭内 道彦@「風とロック」主催、「猪苗代湖ズ」メンバー

「(LIVE福島をやる前は)もちろん意気込みはあったんですけど、本当にこのイベントが正しいのか正しくないのか、自分ではすごい葛藤があって・・・。(略)福島以外から入ってくる人に対して、僕は胸を張って「福島に来てくれ」って言えるのかどうか。とても不安だったんですね。」渡辺俊美@TOKYO №1 SOUL SET、猪苗代湖ズ


「僕ら出身者は意外と、途中で1回居場所がなくなる時期があったんですよね。3月は「出身者です」って我が物顔で「I love you & I need you ふくしま」を録音して、他のアーティストよりは自分のすべきことっていうのが明快だったんだけど、何ヶ月かたつと「でも住んでないよね、君たち」っていう、そのことが一回気になっちゃうと気になっちゃうんですよね。で、その時に、福島の外の人たちが本気で心配してくれたり、忘れないでいてくれたりしてるっていうことで、僕らももう1回後押しされて」箭内 道彦@「風とロック」主催、「猪苗代湖ズ」

「約束が果たせるなと思ったんです」
「ちゃんとエンターテイメントを届けたいと思ったんです。老若男女、誰もが楽しんでもらえるようなものを。(略)自分がたくさんの人に知られている存在であるということを、なるべく有効に使えたらなと思っていたんです」
福山雅治

「「モンパチに限らず、どんな形でもいいんだったら、逆に自分、ひとりでも行きますよ」ってこちらからお伝えしたんです」キヨサク@MONGOL800

「いいきっかけになりました(笑)鶴ヶ城には入れるし!」
「僕、福井出身なんで。(略)ダメとは言わないですよ。どっちが先とかそんなのはいいんですよ。ただ、どういう気持ちで、ソースカツ丼をやっていらっしゃるのかって(笑)」
「正直、今回震災後のいろいろなことについては、あまり気にし過ぎないようにしてきました。(略)こういう時期だとか思いだとか関係なく、盛り上がってくれたならそれだけでありがとうです。(略)お客さんは一瞬全部を忘れようと思ってここに来てくれたんじゃないかなとも思っていました。それも深くは突き詰めて考えてませんけど」レキシ

「あんなうまいものいっぱいあるのにさ、出荷停止だのってなったら怒るよ。(略)移動しているときも、稲穂とかすごい実っててさ、これももしかしたら出荷できないのかなって思ったらさ。丁寧に育てただろうに」
「福島を移動してた時「もしここが自分の故郷なら」って思ったもんな。(略)たまらないというか、身につまされるというか」
「俺ら好き勝手言えるからね。職業的にもそうだし、立場的にもさ。まあ俺らはともかくとして、いろんな制約がある中で、自分がどう生きていくかとかさ、何をしていくべきかということをちゃんと考えている奴が、カッコいいっていうかちゃんとした大人だと思うんだ」
増子直純@怒髪天

「彼らが最も欲しているのは補償金ではないと思うんですよね。つまり米を作ることを止められていることの辛さ。世の中のために米を作ることで役に立っているんだっていう自負、自尊心、尊厳、そういったものを根底から苦しめているんじゃないかな。(略)あなたはこの世の中に必要な人間なんだっていうことを一人ひとりにちゃんと認識してもらえるような政策をとってほしい」西田敏行


「箭内さんと一緒に4月の上旬くらいかな、避難所に行ったんです。ギター持っていって「避難所でなんか歌おうか」って行ったんです。その時に「上を向いて歩こう」はどうですかって避難所のリーダー的な人に言われてやったんですけど、「上を向いて歩こう」の歌詞が、あの時、あの場所ではまったく響かないというか、リアリティがないというか、そんな状態じゃないというか。もっともっとデリケートさが必要というか、その時歌ったことで被災した人のムードも実感できて、そこから半年間で、こんなにみんなが歌を歌えるようになって、それこそ顔を上げてる姿を見たというのが、すごく嬉しくて」松田晋二@THE BACK HORN、猪苗代湖ズメンバー


「僕くらいの年になると、普通でいいんですよ、日常って。だから1日の中で派手なことはいらないし、息子にご飯作ったり、1日生きていればいい。そのくらいなんです。頑張れみたいな気持ちは一切ないんですよね」渡辺俊美@TOKYO NO.1 SOUL SET、猪苗代湖ズメンバー

「僕の好きなロックンロールって「愛と平和とか嘘だ」っていうロックもすごく多くて、それを聴いてきたんですよ。ストゥージズとか「そんなの信じねーぞ」とか。それでもすごく救われてもきたけど、僕は心の奥の奥のほんとのこと言うと、どうしても「愛と平和」とかになるんです」山口隆@サンボマスター、猪苗代湖ズ

「発散だけしても、子供の時はたぶんいいんですよね。やるだけやって、散らかしちゃって。けど結局、大人になると、その散らかしたものを片付けるのも自分の責任になってくるので」TOSHI-LOW@BRAHMAN



キリがありませんが、これでもまだほんの一部です!
次回もう1回だけ続きます。

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郡山で買った本♪

この頃「google earth」にハマってるKK。
しかしあまりに何度も見ていたせいか(?)ついにこないだ、ビデオボードがご臨終
パパによると、会津若松のヤマダやケーズには同じタイプのものがないということで、この週末、久しぶりに郡山へ行ってみました

ついでに楽器店へも行きたいパパのご要望に答え、行く前に検索してみたら、おおヨドバシと島村楽器が同じ駅ビルに入ってるらしいぞ、便利~♪

郡山へは、ママKKUはふれあい科学館、ジャスコ、カルチャーパークに引き続き、4度目。パパはお初です。
郡山ICを降りて49号線沿いは、わりと普通の郊外型都市って感じですが、「開成山」交差点で左折すると、とたんに雰囲気がガラっと変わって。
たぶん開成山球場?公園?の樹木のためだと思いますが、折りしも紅葉シーズンで赤や黄色に染まった木々の向かいには、近代的なビルが並んでいて、なんだかすごく都会っぽいんですよね♪
その近代的なビルの中には「こども館」というのもあって、この日は「こどもまつり」開催中、ぜんまいざむらいのフワフワが大人気みたいでした。
そういやKK&Uが未就園児の頃は、同じ児童館や公園を往復するだけの毎日がイヤで「どこか行くところがないか」とばかり思ってたな~。なのでこんなイベントがあったらもううれしくて(これは今でもそう)。ましてやこの放射能騒ぎで、公園という選択肢が激減してしまった中通りでは尚更だろうな~。

やがて科学館の地球儀(というか、銀の丸)が見え始め、正面にはどでかい郡山駅が。
この駅及び周辺の佇まいは、なぜかとっても新潟駅南口を思い出します。ともに新幹線駅のせいかな?
おっ「アティ郡山」ここだ~!

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パパによると、このヨドバシの品揃えはかなり良かったそうで
だって大きいもんね。B1から3Fまでが全部ヨドバシ!
ビデオボードも無事買えて、島村楽器やタワーレコードにも寄って。う~む会津若松も私的にはかなり都会ですが、やっぱり郡山はそれに輪をかけて都会だな~、と来るたび毎回思います(できればアティにも喫茶店みたいなのが入ってるといいんだけど)

さてタワーレコードでふと見かけたのがこの本!

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写真集かと思ったら、出演者関係者お客さん様々な声を集めたインタビュー集で、読み応えありそう。しかも収益はLIVE福島同様、県災害対策本部への義捐金になるということで一石二鳥、思わず衝動買いしてしまいましたが、これが読んでいくと本当に「買ってよかった♪」って感じで。

LIVE福島はもちろん「いいイベントだ」と思ったし、ライブこそ参加しなかったけどあの日の鶴ヶ城には行ったし、youtubeも見たし、基本好印象を持ってますが、心の奥底では、「(言葉は悪いけど)震災をネタに、みんな一丸となって気持ちよくなる」みたいにも思えるそういう部分に、どっか違和感というか、ちょっと反発を感じることでバランスを取りたいという気持ちがなきにしもあらずだったのも事実。
そういった感覚への答えも、この本の中にありました。というか、主催者自身がもうそんなことは散々考えた挙句の末という、ある種の「覚悟」を持っていたんですね。
政治的な「正義感」とかじゃなく、あくまで個人的な立場が芯にあって、往々にしてそういう個人的な動機は、こういう大きな、そして「正義」っぽいものになっていくにつれて、どんどん勘違いして独善的な気持ちよさに変わっていってしまうこともあって、私なんかはそういう変化を気にするあまりどっかで反発を感じておきたいわけですが、このLIVE福島の人たちは、その点ブレなかった、だから信頼できる、とこの本を読んで思ったり。

意外だったのが、主催者・箭内さんとかサンボマスター・山口さんとか(ともに「猪苗代湖ズ」のメンバー)が、「福島を嫌いだった」ってこと。
福島を嫌ってた人が福島のために、って、字面だけ見ると「震災をネタに売名行為」と受け取られそうですが、違います。個人的には「ああ、よくわかる~!!」と、それだけでまず「信頼できる」度が上がっちゃったり
私も、今でこそ「新潟って面白いとこいっぱいあるな~」と思うし「新潟の良さが伝わるといいな」とかとも思うけど、昔は「新潟ってほんと閉鎖的で大嫌い!」とか思ってました
大学で東京に出て、色んな人、突拍子もない人が平気で受け入れられてる、あの「自由な雰囲気」を体感してしまったら、その後戻った新潟は、会社も環境も「同調圧力だらけで退屈で窮屈な場所」としか思えず。
たまに東京に遊びに行く時は、新幹線の車窓を後ろに流れていく新潟の景色を「ざまー見ろ!!!」とか思ってたもんです その分、帰ってきちゃった時の、あのガラ~ンとしてさっむい新潟駅新幹線ホームの侘しさはひとしおで、「新潟なんかに住みたくない、もう1度ここから出て行きたい」と切実に思ったり。
今思えば、自分の、社会人としての未熟さを見たくなくて「地域の同調圧力」とすりかえていたんだし、そうして周囲を拒否していたのが自分に跳ね返っていただけというのもわかるんですが、当時はわからなかったし、わかりたくなかったんですね。
結婚して子供が出来て、青いトゲが少しずつ取れて「ここが私の生きる場所!」とある種の決意を持って、積極的に受身になったら、わりとどこも変わらないというか、どんな地域にもいい人や合う集団、ヤな人や合わない集団があるだけだ、というのがやっとわかって。
それと同時に、今まで見えていた新潟が、もう少し俯瞰的に見えてきて。「好きか嫌いかと言われれば、一言では言えないけど、やっぱり「好き」に入るのかもなあ」いう心境に、だんだん変わってきて。
今じゃ「ハイ好きです」と即答するだろうというまでに。これは村上のおかげも大ですが(今回も、会津を好きになったので福島も好きになったって感じです)
なので、箭内さんの言葉とか、なんだかとてもわかるような気がしたんですよね。

という感じで「故郷について」「半年後の福島の、福島に対するリアルな思いの一側面」などなど、うんうんうなづける言葉が本の中にあまりにもてんこもりだったので、次回はその一部を紹介したいと思います。

LIVE福島への想い

「福島は安全なんだ」「福島が危険だということをはっきり言ってほしい」
「福島は元気だと伝えたい」「福島から避難してもいいって背中を押してほしい」・・・・・・。
置かれている立場、住んでいる環境によって、福島の中でも相反する意見がある。
そして、私たち自身、その1人の人間の中にも、様々な思いが混在する。
明確な結論がないまま、3月11日から今に至る。

そんな中、福島で「LIVE福島」を9月に開催しよう、と、箭内さんが言った。
もちろん、賛否両論がある。

NOTHING BEATS FUKUSHIMA,DOES IT?

そして、福島に住む自分たちが
大好きなこの福島を想い、そして、どう福島に向き合うのかを、考え続けるために。
それだけじゃなく、日本中に、世界中に、“今”の福島を伝えたい。

私たちが愛するこの福島の“今”を見てください。

I love you & I need you ふくしま

LIVE福島
風とロックSUPER野馬追
実行委員一同

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ある日の食卓in会津

TPPに内部被曝と「ニッポンの食は大丈夫か!?」という声がステレオ大音響で聞こえてくるような今日この頃
そこで、ここ2日くらいの我が家の貧弱な食卓を思い返してみることにしました。

おととい
サンマwith大根おろし
ほうれん草のゴマあえ
揚げだし豆腐
マカロニサラダ
みかん

昨日
すきやき
ぶどう

ちなみに今日は、すきやきの残りである白菜やネギを豚肉と炒めて、あとは納豆、たくあん、サラダの残りの予定です。貧弱だーーー
メニューの貧弱さにはツッコミ不可とさせていただき、ではこれら食材の内訳・産地は?

おととい
サンマ:宮城産(サンマは今季3回目くらい。前は北海道産だったけど、だんだん南下してきましたね)
大根:何県だったかな?北海道とか東北とか、そんな感じだったと。
ほうれん草:会津産
マカロニ、マヨネーズその他調味料:新潟のスーパーでも売ってる標準的パック
卵、豆腐:どこだろう?あまり意識してないけどたぶん福島?
きゅうり:会津産
みかん:何県だったかな?長崎とか宮崎とかの九州だったと。

昨日
牛肉:オーストラリア産
白菜、春菊:何県だったかな?東北または北関東産だったと。
長ネギ:会津産
しらたき、麩:何県だろう?会社は福島だと思います。
えのき:新潟産
昆布だし:新潟のスーパーでも売ってる標準的パック
ぶどう:アメリカ産の、種無しで皮まで食べられるというもの。食感がリンゴみたいですよね。

ついでに今日の豚肉はアメリカ産、納豆やたくあんは新潟のスーパーでも売ってる標準的パックの予定です。「おろし大根納豆」っていう。
ちなみに米は新潟のジジババが毎年くれるコシヒカリです。

「積極的に福島産を食べよう」派でも「積極的に福島産を避けよう」派でもない、「その時食べたい物を一番安く、今売っている中から選ぼう」派として福島に住んでいると、だいたいこんな感じになるかと思います。すなわち夕食1回の中に、福島産が平均2~3品という。
スーパーだとだいたい、その日によって仕入先が違うので、例えばある日のアスパラは福島で、ある日はオーストラリアなんて感じになります。また、例えば産地の違うキャベツが数種類あったら、その日どっちが安いかで決めちゃうので、ある日のキャベツは福島産、ある日のキャベツは茨城産とかね。
なので、食品による内部被曝の量に関しては、福島に住んでるかどうかで大幅に変わるってことは、あんましないんじゃないかと。
もっとも圧倒的に東北・関東産が多いし、例えば会津産と栃木・茨城産だったら、どっちが線量高いかってのはビミョ~~なとこだと思うので、西日本在住の人と比べたら、原発由来の内部被曝量は高い気はします。あくまでも「原発由来」ですけど。

あ、念のためですが、アメリカ産の肉&コシヒカリは、もうずーーっと前からそうでした。だって安い&タダなんですもん(ありがとうジジババ!)
コシヒカリも、魚沼あたりはわりとホットスポットらしいので、会津のお米とどっちが安全かはビミョ~~です。でもまあ、どっちにしても不検出、または検出してもわずかなら、あんまし気になんないかなと。
牛肉・豚肉はね~~。ひそかにこの放射能騒ぎで「国産牛が安くなるかも♪」と期待(?)してたんですが、高いままですね~。これは全国的にそうなんでしょうか?福島牛なんて村上牛と変わらないですでもそのブランドが保たれているのはうれしいですけど(って買いもしないのに無責任な
ちなみに鶏肉も、伊達の鶏肉なんかは福島ではある種のブランドだそうですが、その分さすがに高くて、これまた我が家はもっぱらアメリカ産です。やっぱりg当たり100円違うのは、ビンボー一家には大きいのでね~~(たまに新発田のばーちゃんの買出しに付き合うと「アメリカ産の肉を買わなきゃいけないなんて!」と哀れまれたりします
アメリカ産なんて、安全性で言ったら甚だギモンですしね。でも生まれてからずっとアメリカ産の肉を食べさせられてる不憫なKK&Uは、今んとこすこぶる健康なので、まあいっかなと。あ、でもちょっとしたことでキレやすかったり、吾妻小富士にはガンガンのぼるのに宿題10分もすると「疲れた~」とか言い出す体力のなさは、このせいかも!?(皮肉ですよ~念のため)

なので、食に関することは今んとこ、安全性より値段重視な我が家としては、TPPで食べ物が安くなるならもうどんどん参加して!と思うかと言えば、答えはNOですね~。
そもそも、いくら値段を重視するからと言っても、安全性をまったく考えないってわけじゃないですから。ただ、基本自給自足で、現在の日本みたいに管理されたありとあらゆる食材がスーパーで手に入り「今日は福島明日は海外」みたいな選択の自由がなかったチェルノブイリと比べたら、今は充分安全だと思えるから「それ以上の安全よりは安さを求める」なだけで。
そして、牛肉オレンジ自由化の時も思ったんですが、別に安くならなきゃならないでいいですから。安けりゃオージービーフですきやきもするけど、高けりゃあきらめますから
新発田のじーちゃんがよく、肉と刺身が同時に食卓に並ぶと「おお~今日は盆と正月が一緒に来たようだ」と盛り上がってましたが、ついこの間まで日本はそんな感覚だったんですよね。もちろん、だから自由化で庶民でも安く牛肉が食べられるようになったのはありがたいですけど、なきゃないで別にいいですから。

まあTPPは、そんな「個人消費者としては食べ物が安くなる」とか「そのかわり外貨が稼ぎやすくなる」とかが争点じゃなくて、「日本の農業全体が衰退して、いざって時におそろしいことになる」ひいてはこの「日本的社会制度」が根本から変わるってことが重大なんだってのは、重々承知しているつもりですが。
私の理解では、これもともとはマッカーサーがやろうとしたことですよね?(っていきなり話がすっ飛びますが)
何かの本で読んだだけでうろ覚えですが、戦後マッカーサーが目指したのは、今後日本が軍事大国とかにならず、そこそこ繁栄してしかし中央集権的にならず、自分たちが満足するような生活を地方自治体で作る国=小規模な企業と小規模な自作農の国を作ることだったと。だから財閥解体や農地解放、労働組合の推進などを行い、みなが平等に、自由競争と地方自治(=自分の農地があるがゆえん)に参加できるようにしたと。
TPPで「何でも自由競争で行こう」みたいなのを聞くと「ああこれか」とか思って。

しかし日本は、マッカーサーが思い描いたようにはならなかったんですね。基本「個人の自由・権利」がしみついててもう当たり前の感覚の人たちがそうするのと、基本「そんなの実感としてわからない」集団性の強さがもうしみついてて当たり前になってる人たちがそうするのとじゃ、似て異なる結果になるのはこれまた当たり前。
で、結果的に自作農の2代目3代目はどんどん都会に出ていき、中小企業どころか彼らが国際的な自由競争に打ち勝つくらいの大企業を作り、国がそうして弱くなった地方や立場をバックアップするようになり、経済界も護送船団のように「みんなで進む」仕組みができあがる。これは日本人が日本人であるが故とも言えるのかもしれませんね。

こうした日本の性質は、果たしてTPPで根本から変わるのでしょうか?というか、変えなきゃいけないほどニッチもサッチもいかない状況なんでしょうか今は?
TPPに参加しなかったら、製造業の輸出面が大打撃を受けるだけなんでしょうか?(いやそれはそれで国力落ちて大変でしょうが)それとも「あの時満州を手放しときゃよかったのに」という国際連盟みたいなもんなんでしょうかTPPは?参加しなかったら何か報復とかされるんですか??

と、この頃あまりにもTPPTPPとピーピー聞くので書いてみましたが。一庶民としては「なったらなったで適応するし、ならなきゃならなかったで適応するし」なので、どうでもいいっちゃいいんですけど。でも医療費とかが高くなるのはヤだなあ。もともとサヨクなもんで社会主義的「大きな国家」の方が好きなタチだし。
農業大打撃もよくわかるんですが、ただ子供の頃「共産主義ってすごくいい理念じゃん。貧乏人の味方しない資本主義なんてダメじゃん」と思ってのが、結果的に共産主義だと国民共倒れ、資本主義だと全体的に豊かになったのを見てきたので、またそんなことになるのかもしれないし。ま当時とは世界状況も違いますけど。
果たしてこれが歴史の分岐点になるのかどうか。牛肉オレンジみたいに、散々騒いだけどどうってことなかった(と思うのは私だけかも知れませんが)になるのか、国際連盟脱退みたいに「ここは決断のしどころだったな」と後世思うことになるのか、戦後の占領政策や共産主義の没落みたいに「(TPP参加/不参加によって)思い描いてたのとまったく違うとこに行っちゃった」になるのか。まどっちにしろ「なるようになった」で歴史は続くのでしょうが。

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「こづゆ」と「のっぺ」

東山方面もすっかり紅葉に染まった先週。
「秋と言えば新そばでしょう♪」と、久しぶりにおそば屋さんに行ったそば好き一家。
ついでに、メニューにあった「こづゆ」を初体験
「こづゆ」とは会津地方の郷土料理で、サトイモやレンコンなど具沢山の、煮物と汁の中間食。
もとは武家料理のメニュー「(小)重」と言われていますが、今でもお祝い事などの席には必ず出るという、会津では比較的メジャーな一品。
スーパーでも「会津の味」として、こうして手軽なパックになって並んでたりします。

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かねがね食べてみたいとは思いつつ、今のところ会津で冠婚葬祭の予定はないし、いきなり自分で作ってみるのも味的にキケンだし・・・と、「給食で出たよ。すげーうまかった!」というKKの言葉をうらやましく聞くだけだった今日この頃
しかし食べてみると、野菜の形状といい味付けといい、こ、これは「のっぺ」ではあるまいか!?!?

「のっぺ」とは新潟の郷土料理で、サトイモやレンコンなど具沢山の、煮物と汁の中間食。
もとの由来はわかりませんが、お正月などの席には必ず出る一品で、その位置づけもなんだか「こづゆ」と似ているような。

これは「トミーフード」再びか!?と、帰ってからまたまたネットで「こづゆ」と「のっぺ」を調べてみたんですが・・・

予想外に奥が深いぞ「のっぺ」と「こづゆ」!!

そもそも「のっぺ」は新潟の郷土料理でも何でもなく、ほぼ日本全国に分布しているらしく。
長浜や京都では、「のっぺ(のっぺい)」をうどんにかけて食しているという驚愕の食文化も。
しかしこれだけ広範囲にありながら、その発祥の地や時代はいっさい不明。
「とろみ」がつくあたり中国由来?では仏教と一緒に入ってきたのでは?だいたい「煮る」という料理法は昔はなかったはずe.t.c....
などの意見もあり、かなりジャングルの奥深くへ分け入らなければ真相がわからない様子。

けど確かに、これだけ似たような料理が、同じ名前で広範囲にあるってことは、もともとその土地にあったという「本当の意味での郷土料理」じゃなく「ある時代にぱーっと広まった流行料理」という気はしますね。なので「仏教由来」というのもアリな気も。全国に国分寺を作った時とかに、坊さん料理として一緒に広まったとかね。国分寺があったとことないとこで、のっぺの有無が分かれるなんて結果になったら、面白いんだけど

しかし問題は、会津の場合は名前が「のっぺ」じゃなくて「こづゆ」だってことです。
てことは、少なくともこづゆは「ある時代にぱーっと広まった」中には入ってないってことかしらん?それとも元は「のっぺ」だったけど、武家の作法で「(小)重」と書いたのが伝わったのかしらん?
そしてもう1つ、「ダシが干し貝柱」ってのもね。これは会津のこづゆならではな気が(もっともお蕎麦屋さんで食べたこづゆは、貝柱も入ってましたがそれよりシイタケの風味の方が強く「ああのっぺだな~」という感じでしたが)

などと思いながらこづゆを思い返してみると、のっぺと同じ味ながらも私的に「これはのっぺにはないなあ」と強く思ったのが、「干し貝柱」とともに実は「豆麩」。
そもそも私が「こづゆって食べてみたいな」と思ったのも、写真で見たちっちゃくまんまるい麩がコロコロ入ってる風情が珍しくて心引かれたからで。

で、思ったんですけど、これもしかして新潟の「とと豆」じゃないでしょうか?

とと豆ってご存知ですか?(私はまったく知らなかったんですけど
新潟ではイクラ(時に熱を加えて表面を白くさせたイクラ)を「とと豆」と呼ぶそうで、これをのっぺに入れるとか。
と言っても新発田や白根ののっぺには入ってなかったから、もっと海沿いの、おそらく鮭の採れる地域、或いはそれこそ武家とか裕福な家庭・料亭で、見た目と豪勢さを出すためにのっぺに入れたのでは、と思われるのですが。

で、こういう「とと豆」入りの新潟のっぺが会津の殿様のもとに入り、けど魚は基本「棒ダラ」のように煮物にして食べるという、海のない盆地・会津地方では、「この丸っこいのはなんだ?」「イクラっぽいけどこっちじゃ手に入らないから、いいや麩でそれっぽく見せちゃえ」という当時の料理人の知恵が受け継がれて、現在の「こづゆには豆麩必須」になったのでは??
と考えると「干し貝柱」の意味もわかる気が。豆麩ではどうしても出ない「とと豆入りのっぺ」の魚介風味を、これで補おうとしたのでは?(しかしだとすると、魚介ダシは他にもあるのにあえて貝柱を使うなんて、素晴らしいセンスの良さ
つまり会津の「こづゆ」は、新潟の「とと豆入りのっぺ」が直接の原型なのでは??

などと、新潟と会津を無理やりつなげたくて言ってる面なきにしもあらずですが
とりあえず、のっぺとこづゆを軽い気持ちで検索してみたら、のっぺをうどんにかけてるわ「とと豆」なんつー未知の新潟物産は出てくるわで、「お茶碗一杯のこづゆに実はこんなにも広い世界が」と驚いた、ある秋の日でした

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ある日のボーイズトーク

U「今日幼稚園で○○ちゃんが怒られて泣いちゃったんだよ。女の子ってすぐ泣くよね~Uは泣かないのに(ドヤ顔)」
KK「あ~そんなこと言ってられんの今のうち。女子チョーこえーから。女の方が強いから」
U「強くないよ。すぐ泣くもん」
KK「小学校になったらメッチャ強いから。こないだなんか足とか蹴ってくるんだよ。すげー暴力」
(ママ:何して蹴られたの?)
KK「え?いや~ま~色々とね」
(ママ:どーせスカートめくりとかでしょ)
KK「(心底バカにしたように)ハア?そんなバカなことするわけないじゃん。○○君と××君と一緒に、無理やり絵を見ようとしたら全員蹴られた」
(ママ:そりゃ仕方ないわ)
KK「でもすげー力なんだよ!「おわっ」ってこんなふうに(と床に倒れる真似)転がっちゃったよ 女って暴力!」

去年くらいから「女は暴力」が、女子を評する唯一の言葉だったKK@現在小5。
こっちへ引っ越してきたら「男子はみんな君づけだし、女子は暴力振るわないし」と驚いてましたが、どうやらそれはお互い遠慮しあってた時期だけだったらしく
今やともに蹴られる男友達がいることと、蹴っとばしてくれる女の子がいることに、ママ的にほんとに安心したボーイズトークでした

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街なかの鶴ヶ城

鶴ヶ城って、5層もあるのに意外と街中から見えないんですよね。建物に隠れちゃって。
まあ注意すれば色んなところで見え隠れしてるんでしょうが、そこまで意識するほど城フェチじゃないのでね~

しかしそんな淡白な人(?)も、思わず「おおっ鶴ヶ城!」と意識させられる通りがここ。

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進行方向に鶴ヶ城どーん!
ここら辺は住宅街で、他にもこういう細い道は何本も通ってますが、1本はずれると一般家屋に隠れちゃってもう見えず。
なのにここに来ると突然、真正面に見えるんでビックリします お城から一直線にビーム出てそう
さらにこの道でも、進んでいってお城に近づくほど木々に隠れていき、大通りに出る頃には「お城はどこ?」と探さなきゃ見えなくなるほど、お堀と木々の向こう側へ行ってしまうという。なぜか近づくほど存在感薄くなるのよね。

というわけで、この道けっこう好きなんですが、実はKKの学校からの帰り道でもあります。
KKの学校のすみっこには日新館の石橋跡があったり、近くにはこれまた住宅街の間にさりげなく日新館の天文台が残ってたりします。ちなみに日新館の建造物でそのまま残ってるのは、この天文台跡だけだそう(戊辰戦争で焼けちゃったのです)

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てことは白虎隊の皆さんなんかも、上のお城写真と同じような景色を、登下校時とかに見てたのかしら?「おっは~♪」とか言いながら(たぶん言ってない
もちろんお城も住宅街も、比較的最近作られたものばかりなので、丸々同じ景色ではないでしょうが。てかそもそも実際に日新館がどこにあったのかすら、知らないで言ってるわけですが
けどこの「お城からビーム出てそうな存在感」を、彼らもこうして感じてたのかしら?それとも当時はどこからでも見えたから、お城の姿は気にも留めないくらい当たり前の存在だったかしら?

飯盛山で、周囲が炎で赤く染まる中にすっくと立ってるこの鶴ヶ城を見たら・・・今は「落城したと勘違いしたわけじゃない」というのが定説ですが、やっぱり「落城は時間の問題」とは思ってしまいそうだな~。
ともあれ普通~に歩いていたら、ふと空間が100年の時を超える一瞬を感じられる、そんなスポットが住宅街に普通~にあるのは、面白くもうれしいですね♪

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ものづくりフェア

10月最後の週末、会津はイベントいっぱいでした
野口英世青春通りではプロのアスリートを招いてのスポーツイベント、鶴ヶ城では国際交流フェスタ、会津ドームではものづくりフェア、さらにUの幼稚園でも文化祭と、どれに行こうか迷うくらい♪(てか幼稚園は参加義務アリですが)
で今回は、Uが行きたがってた「ものづくりフェア」を選択
文化祭の準備が終わってから行ったので、会津ドームに到着したのは終了1時間前でしたが、この時間でも驚きの駐車場待ち列発生中 幸い帰る車が多くなる時間帯なので、比較的スムーズに停められましたが、もうちょっと前に行ってたらかな~り待たされたかもなあ

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予想外に大きなゲートをくぐると、中はこれまた予想外に大量の屋台がずら~~~~り!
さほど大きなイベントではないだろう=さほど混まないだろうと予想してたんですが、先ほどの駐車場渋滞に加え、この屋台の数!嬉しい誤算だわ~♪

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と言っても毎度ながら写真ベタですみません
「会津美里のケーキ」とか、いっぱい並んでる図なんですが、見えませんね。
「雄国そば」の向かいには、「伊達の鳥からあげ」とか、これまたご当地グルメ屋台村がずら~りと並んでるんですが、人がいっぱいで撮影を遠慮した次第。
私たちは予想外の屋台の数に目移りしちゃって「とりあえず中が先。帰りにゆっくり見ておみやげに買ってこう」てことに(←これが失敗

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入り口の赤べこにもご挨拶して

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中に入ると、おお~~なんか予想外の規模の大きさ!!

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ものづくりフェアのチラシを見ても「親子体験コーナー」しか目に入ってなかった私たち、ほとんど「かえっこバザール」気分で来ただけだったのですが、中は大規模な「会津物産展」でした~!!キャホ~
こういう郷土色溢れる物産展って大好きです♪「押し寄せるカルチャーショック」って感じで。
そんでまた会津・福島は、見所も多いが物産も多いんですね~

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本郷焼きに漆塗りe.t.c.
漆コーナーには、「うるしコーヒーをどうぞ♪」とか「漆の折紙」とか「漆塗り体験コーナー」なんかも。

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磐梯山コーヒーもあります

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地酒もずら~り♪

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会津と言えば「べこの乳」。向こうに「馬刺し」のノボリも見えます。
馬刺しって、会津に来たらスーパーでも普通~に売ってるのがまたカルチャーショックで、さっそく何度か食べましたが、まったくクセがないのが意外で、ぺろっとイケちゃいます
聞けば基本ナマで食べる肉なので、食肉業界の中でもダントツの管理体制なんだとか。

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他にも「喜多方の竹細工(だったかな?)実演コーナー」や、「いわきのメヒカリチョコ」など、伝統・ご当地物産がいっぱいありました~
しかし来た時間が遅かったので、お店や体験コーナーなど終了多々なのが残念。
「幸福を射止める弾丸」も本日分終了
どんな弾丸だったんだろ?

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未来の会津の産業を支える(?)高校ブースも多々。
先端企業ブースと向かい合わせに並んでました。

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こういうの自分で作れちゃうってのが、文系にはただひたすら「すごい!」です
こちらは第一高校。

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さてUの目的は「首ふりドラゴン」を作ること
TDR「ホーンテッドマンション」にハマったU、その中の「目がついてくる絵」をyoutubeで繰り返し見るうち出会ったドラゴン、これを作らせてくれると今回のチラシで見てもう大喜び!ほとんどこれを作るために来たようなもの
急いで「会津若松発明クラブ」のブースに行ってみると・・・

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13時まで~
かなり凹みましたが、気を取り直してとりあえず「ぶんぶんゴマ」を作ってみることに。

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これが意外と面白くて、シュンシュンいう音と「引き」には、大人もちょっとハマるものが
おかげでUも「ドラゴンショック」が薄れたらしく「次は何作る?♪」
赤ベコや起き上がり小法師の絵付け、畳製作など、体験コーナーは色々あるんですが、どれも高いわね~。
「ろくろ体験」とか無料で面白そうでしたが、すでに受付終了~
おっ子供たちがカナヅチふるってる板金コーナーは100円で安いぞ♪

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キティちゃん、ウルトラマンなど、好きな型の上に板金置いて、ガンガン打ち付けて型を取るというコーナー。
Uはなぜか大喜びでカエルを選び、思う存分叩きまくって楽しそうでした
家に帰ってからもTVの前に飾るというお気に入りよう♪(おかげでTVが見えない・・・

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他にも、バランスおもちゃを作ったり

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発電して電車を走らせたり

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先端技術でキャンディつかみどりしたりと、ドラゴンだけのつもりが、きっちり終了時間まで遊んでしまった、盛りだくさんな「ものづくりフェア」でした♪

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てことは当然、外の屋台は店じまい
「トーマスSL乗り場」や、市内小学校による屋台もあったんですが、もれなく終了~
喜多方ラーメンバーガー、食べてみたかったな・・・
気づけばもう月が一筋出ていて、帰る人たちをお見送りです。
いやあ予想外に長居してしまったな~。
昼はあんなにポカポカだったのに、打って変わってピーンと冷たい夜の空気。
「もうすぐ秋も終わりかな~」と思いつつ、大満足で帰路に着きました。

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