スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

会津藩公行列その2

会津藩公行列・続きです。
頭の中で、映画「天と地と(の「炎」)」のサントラをガンガンと流してご覧下さい

続きは、会津藩の重鎮ぞろぞろコーナーからです。
まずは会津若松観光物産教会副会長さんによる、家老で白河口隊総督・西郷頼母。

SANY0993_convert_20110928134111.jpg

この人の場合、本人よりも(?)妻子一族の悲劇が有名ですね。
みな自害して果てた中に一人、息も絶え絶えに生き残っていた姫を薩摩藩士が見つけたところ
「敵か味方か。味方ならばとどめをさしてくれ」
と苦しい息の下から頼まれ、赤熊も思わず涙したという場面の再現が、西郷頼母屋敷を復元した「会津武家屋敷」でも見られます。
白河口の戦いは、会津の敗戦がこれで決定付けられたものだそうで、白虎隊の陰に隠れがちですがある意味もっと悲劇的だった「二本松少年隊の戦い」なども、ここから派生します。そうそう敵側に、板垣死すともがいたってのも個人的にビックリでした。え?常識?

SANY0994_convert_20110925171318.jpg

続いて、城代家老・田中土佐。
戊辰戦争で自刃し、今は近藤勇のお墓もある天寧寺に眠っているそうです。
扮するは、歌手・俳優の岸浩太郎さんという人(ですがウトい私たちは「誰?」
この馬が暴れ馬(?)で、他の馬のようにおとなし~く歩かず、くるっと後ろ向いてみたり足をガツガツいわせてみたり。
他にも2~3、こういう気の荒い馬に乗ってる人がいましたが、こればっかりは運としか言いようがありませんね

SANY0995_convert_20110925171351.jpg

いよいよ本陣です。会津の旗がやってまいりました。
御大登場です!

SANY0996_convert_20110925171414.jpg

最後の会津藩主・悲劇の殿様、松平容保公です。
ほんとこの人は、知れば知るほど「気の毒だったなあ」としか。
鶴ヶ城に、若かりし頃(というか、おそらく幕末の一番大変だった頃)の写真や書が飾ってありますが、どちらも神経質そうな、几帳面な印象で、「ひたすらマジメに頑張ってただけなんだろうにな~」とか。

SANY0997_convert_20110925171438.jpg

馬に乗ったこの松平容保公が、会津松平・本家第14代ご当主です。
すごい!本物が残ってるのね~
ちなみに先代=第13代は、残念ながらこの夏亡くなられたと新聞で報じられていましたが、なんと松平容保公のお孫さん!(てことは馬上の方は曾孫さん!)
ちなみに故・秩父宮勢津子妃も、同じく容保公のお孫さん!勢津子妃の甥っ子さんは、後に会津松平家から徳川へ養子に入り、現・徳川宗家第18代ご当主!
「幕末」なんて遠い時代だけど、こうした方々の存在を通すと、確かにそこにあったんだな~と思えてきますね。

SANY0998_convert_20110925171515.jpg

続いて若殿・松平喜徳公。
扮するは第一中学校・生徒会副会長です。ちなみに生徒会長は、保科正之ご正室・菊姫で、そういや私らの頃はどんなに頭や人柄が良くても、女子は副会長どまりだったな~と、昭和オババしみじみ
喜徳公は、最後の将軍・徳川慶喜の実弟にして、容保公の養子だった方です。さっきから私、容保公を「最後の会津藩主」と連呼してますが、本当の「最後の会津藩主」はこの喜徳公でした。ただその時期はあまりにも短く、名目上という感じではあったのです。
この人もまた、気の毒としか言いようのない「歴史の不運」をモロに浴びてしまった人ですね。養子に来たタイミングも不運なら、その後に実子が生まれて家督がそっちに行っちゃったりと、置かれた立場も不運。
激動の歴史にまきこまれ、やっと明治として安定した時代、妻子ないまま37歳でこの世を去ったそうです。

SANY0999_convert_20110925171538.jpg

続く本陣家老・神保内蔵助。
先ほどの、暴れ馬に乗った田中土佐とともに自刃した人だそう。
こちらは「厳選なる審査の結果選ばれた」一般の方が扮しておられます。
パンフレットを見ると、一般の方も、市内・市外、東京埼玉山形新潟と、各地から応募して来てくださったようです。ありがたや~

SANY1000_convert_20110928135212.jpg

もう1人本陣家老・萱野権兵衛。
天寧寺でお墓を見た時「どっかで聞いたことある名前だな」と思ったら「早野凡平」でしたというどーーでもいい話はさておき(そもそも「萱野ゴンベエ」と読んでるのが間違ってる気も
この人は実際、よく知られているみたいですね。戊辰戦争終結後、主君・容保公の罪をかぶることでその命を救い、自らは処刑されたという「忠臣」として。
この人の息子さんが、「斗南藩」のところでちょろっと触れた、食べ物どうこうで切腹してしまったという話が伝わっている「郡長正」です。何もアンタそんな死ななくても・・・とか庶民としては思ってしまいますが、元・家老息子だったり、父親がこうして偉大だったりすると、そうも言ってられないこともあるんでしょうか??

SANY1001_convert_20110925171610.jpg

続いてやって来たのは、ご存知!白虎隊。
大熊町の白虎隊と共に、本陣を前後から守ってるんですね。

SANY1002_convert_20110925171630.jpg

こちらは第一中学校の生徒たちです。
その学年に在学中、当番校に当たる確立は決して高くないですからね~♪歩いてる皆さん、ラッキー

SANY1003_convert_20110925171653.jpg

沖縄戦におけるひめゆり学徒隊のごとく、会津戦争なら白虎隊って感じで、今や会津に欠かせない代名詞的存在ですが、これが19名+1名だけじゃないってご存知でしたか!?え?常識?
私は引越し後に飯盛山に行って、初めて知りました その数なんと350人余だそうで、けっこうな大部隊だったんですね

SANY1004_convert_20110926083936.jpg

そして、白虎隊と言えば「愛しき日々」♪
ってわけでもないですが 今年のスペシャルゲスト・堀内孝雄の登場です。
ちょうど小雨が降ってきてしまって、寒そうにフードをかぶってらしたんですが、ここら辺に到着するときっちりフードを取って。
ひょうきんな仕草やスピーチで、観客を沸かせてくれました

SANY1005_convert_20110926084029.jpg

先ほどの岸浩太郎氏とともに、「会津親善大使」であるらしい堀内孝雄氏。
「おかげさまで会津を歩いていると「愛しき日々」「愛しき日々」と声をかけられてうれしい」と話してました
「愛しき日々」は、その白虎隊ドラマを見たことない私でもなぜか知ってるという不思議な主題歌 そんなにヒットしてたっけなあ??
この後、鶴ヶ城での帰陣式で歌われたそうです。

SANY1006_convert_20110930090638.jpg

次は、長岡藩銃士隊。
新潟県長岡市の「米百俵まつり実行委員会」の皆さんです。
新潟ってことで「いよっ♪待ってました!」という気分に

SANY1009_convert_20110926084103.jpg

とはいえ、同じ新潟でも長岡藩なんかはこのおまつりのとおり、会津藩とともに戊辰戦争の激戦を戦い抜きましたが(新潟市内中心部のちっちゃい公園なんかにも、戊辰戦争跡の碑がぽつんと建ってたりします)、私の実家・新発田なんかは、奥羽越列藩同盟を裏切って新政府側に寝返っちゃったりしてるので、ビミョーなとこですけど

SANY1011_convert_20110926084131.jpg

ともあれ長岡藩銃士隊は、そのガトリング砲が行列の目玉の1つ
号令に合わせて、いざ発射!
どんな大砲なんだろうと思ったら、パパパパンという連発銃なんですね

SANY1012_convert_20110926084157.jpg

米百俵まつり実行委員長さんによる、軍事総督・河井継之助。
「新潟日報」ではこの人についての連載コラムがあるくらい、越後史の中で有名人物なようですが、私にはなんだか難しそうで「要はエラい人だったんでしょ?」と読まないままだったのが、悔やまれます
戦闘中に負傷し、新潟から山越えして県境の南会津にかろうじて入るも、その傷が元で、こないだの豪雨によりかなりの被害が出た南会津・只見町にて亡くなった由。

SANY1013_convert_20110926084228.jpg

続いて照姫の輿車
こちらは皆さん、一般参加です。
照姫とは容保公同様、会津松平家8代当主の養子となった人で、容保公の義理の姉にあたるそう。
戊辰戦争時には、鶴ヶ城に篭城してともに戦ったそうです。
当時の鶴ヶ城では「迷惑にならないよう城に入らず自害する」という西郷頼母の婦女子一族のような例もあれば、「ともに篭城して炊事・治療などに当たる」と戦った女子たちの例もあり、照姫はさしづめ後者のリーダー格。
現場は「鶴ヶ城ボロボロ写真」でおわかりのように、官軍の砲弾がバンバン打ち込まれる、まさに戦場で、砲弾を爆発しないように布で押さえるなんつー危険な任務も、これら婦女子が行っていました。
写真が遠いですが、輿車の後ろを歩くカップルは、ヘンリー・スネルとおけいさん。
スネルとは当時の武器商人で、当時は日本に3つくらいしかなかった先の「ガトリング砲」その他の最新鋭武器を調達し、奥羽越列藩同盟にも影響を与えた人物だそう。
おけいさんはスネル家の子守をしていた少女で、戊辰戦争後に他の会津人たちと、当時ゴールドラッシュ(だったのね)に沸くカリフォルニアへと移住しました。「日本人女性移民第1号」だそうで。
こちらに扮しているのは、当番校である第一中学校女子です。

SANY1014_convert_20110926084251.jpg

続いて、中野竹子と「娘子隊」
「むすめっこ隊」じゃなく「じょうし隊」でした。え?常識?
扮するは今年の当番校(高校部門)、ザベリオ学園高等学校です。
中野竹子も有名な人だそうですね。イメージ的には「会津のジャンヌダルク」??
照姫護衛のため自発的に娘子隊を結成、後に鶴ヶ城へ向かう途中、湯川の柳橋で官軍と激突、薙刀をふるって戦うも、銃弾に倒れました。
薙刀には辞世の句が巻かれていたという話が伝わっています。
「武士(もののふ)の猛き心に比ぶれば 数にも入らぬ我が身ながらも」

SANY1015_convert_20110926084314.jpg

続いて薙刀隊。
「会津なぎなたスポーツ少年団」です。

SANY1019_convert_20110926084410.jpg

こちらも人数多くて壮観!
そしてさすが日々練習している子達だけあって、ぴしっと角度の決まった動きが素晴らしい

SANY1020_convert_20110926084432.jpg

さて行列もそろそろ終盤。
会津若松市区長会による、留守備「玄武隊」です。

SANY1022_convert_20110926084455.jpg

玄武隊は、当時は隠居世代である50歳以上のシニアチーム。
「白虎隊」と同じく、あくまでも予備隊でしたが、戦況の悪化の前には実戦隊も予備隊もへだてなく。
再来年の大河ドラマ主人公「山本八重」の父も、玄武隊士で戦死しているそう。

SANY1025_convert_20110926084521.jpg

ということで、後ろに続くはその「山本覚馬・八重」兄妹。
福島復興応援大河ドラマ「八重の桜」決定につき、今年急遽参加した輿車です。
一般参加のこちらのお2人も美男美女でしたが、TVでは誰がキャスティングされるんでしょうね~?楽しみです♪(実際の八重さんはあの~、そんな特別美人ってわけじゃなかったそうですが
この人も、照姫同様「篭城組」でともに戦い、「会津のジャンヌダルク」ならぬ「幕末のジャンヌダルク」と呼ばれたそう。
有名な篭城組には他に、山川捨松なんかもいます(こちらは逆に「鹿鳴館の花」と呼ばれたほどの美人さんだったそう。「逆に」ってすごい失礼なこと言ってますが)。ちなみに山本八重は後に、同志社大学創設者・新島襄の、山川捨松は後に、明治の元老・大山巌の奥さんになっています。

SANY1026_convert_20110926084550.jpg

最後の行列は、会津新撰組。
「会津新撰組同好会」の皆さんが扮しておられます。

SANY1027_convert_20110926084613.jpg

会津に残った、新撰組三番隊長・斉藤一が、「会津新撰組」のリーダー。
後ろを振り返っているのがその人です↓

SANY1028_convert_20110926084638.jpg

七日町・阿弥陀寺にお墓があり、連休最終日には会津まつり共催行事として、墓前際を含む「会津新撰組まつり」も行われます。
やっぱり人気あるんですね~~新撰組

SANY1029_convert_20110926084700.jpg

しんがりを務めるはおはやし太鼓。この車が通ると、今年の会津藩公行列も終了。
いや~~見ごたえありました

SANY1030_convert_20110926084724.jpg

KKの小学校ママさんによると「でも今年は人数少なかった気がする。前は米沢とかあったんだよ」とのこと。
やっぱし原発騒ぎとかの影響なのかな?
しかし初見の目にはも~う充分すぎるくらい、会津まつり堪能させていただきました~~

行列に参加してくださった各団体・学校の皆様
および市内市外果ては県外から一般参加してくださった皆様
そして、時を越えて会津のために遠路はるばる馳せ参じてくださった
「蒲生公時代」滋賀県蒲生郡日野町の皆様
「保科公時代」長野県伊那市の皆様
「浦賀奉行」神奈川県横須賀市の皆様
「京都所司代」三重県桑名市の皆様
「新撰組」東京都日野市の皆様
「斗南藩」青森県むつ市の皆様
「長岡藩」新潟県長岡市の皆様

素晴らしかったです!
ありがとうございました!!!

SANY1033_convert_20110926084746.jpg


最後に番外編もありま~す
スポンサーサイト

テーマ : ちょっとおでかけ - ジャンル : 旅行

会津まつり~番外編

さて藩公行列を堪能した帰り道。
中央通りからの~んびり歩いていきます。
神明通りには屋台がズラリ♪

SANY1035_convert_20110926084810.jpg

と、その中にひときわ気になるお店発見!
「懐かしい・・・青春の味・・・今も・・・」という、怒涛の「・・・」攻撃がツボを刺激する「トミーフード」

SANY1036_convert_20110926084833.jpg

「ミート焼きそば」が看板の屋台みたいですが、元・新潟人としては
「ちょ~っと待った~それはイタリアンじゃないのか~~!?」
新潟・みかづきの「イタリアン」は、新潟で中高生時代を過ごしたことのある人間にとっては、学校帰りの空腹をみたした、まさに「懐かしい・・・青春の味・・・」ですが、会津の人にとってそれは「トミーフード」なのかしらん?
お店は野口英世青春通りにあるそうで、これはいつか食べ比べてみなければ

SANY1037_convert_20110926084858.jpg

神明通りも通過して、鶴ヶ城のお堀に近づいてくると、おや?向こうに歴代城主の旗が粛々と。

SANY1040_convert_20110926084921.jpg

どうやら鶴ヶ城での帰陣式へと向かう行列と、再度かちあったようです。
わ~ラッキー♪

SANY1041_convert_20110926085140.jpg

この十字路は人も少なく、容易に最前列で見れました。しかも行列がちょうど止まって(というか前がつかえて?)ゆっくり見れる上に、口上を述べる場所でもあるらしく。
イケメン武将がマイクを響かせ「いざ、しゅっぱ~つ!」とやる大通りもよかったですが、行列の人自らが地声で「兄のために馳せ参じた~~」とか叫ぶのは、また違った臨場感があってよかったです。
距離が近いので、行列とのコミュニケーションも取りやすく、姫の知り合いらしい中学生とか「わ~♪」とお互い手を振り合ったりするのも、またほのぼの

SANY1042_convert_20110926084945.jpg

「キャプテンスワロウだ!」とUが言ってたら、さっきも写真撮らせてもらった気さくな重傷兵
「おう、ジャックスパロウだよ。こいつの名前じょにーでっぷっつーんだ、なあおい」
とか言いながら、またまた写真撮らせてくれました
しかしサービス精神旺盛なグループだなあ横須賀開国甲冑隊


おまけとして、最終日を飾る子供たちによる鼓笛パレードも、ちょっとご紹介。

出発前の集合場所。
日新館童子パレードと鼓笛隊の小学生がゴチャマゼのテンコモリ状態。
楽器積み込みのお手伝いで行ったのですが、旗とか大太鼓とか、けっこーー重いんですね
これず~っと持って歩くなんて、すごいぞ子供たち

SANY1043_convert_20110930091449.jpg

さて始まった鼓笛パレードですが。
こっちは昨日の藩公行列とは違い、我が子の雄姿を撮りまくるという一大ミッションを完遂すべく、ず~~っと1つの小学校に密着して歩いてたので、お見せできる写真はほとんどないという
我が子が出ない「日新館童子行列」に至っては、最初に見送ってオシマイみたいな
というわけで、まったくレポできずごめんなさいですが、ま雰囲気だけでもお伝え・・・という感じで。

SANY1052_convert_20110930091244.jpg

沿道に到着してびっくりしたのが「これって昨日の藩公行列より観客多くない!?」
昨日の行列と違い、大通りで午前中だけというスケジュールゆえの一極集中もあるのでしょうが、市内中の家族縁者がここに結集したのか!?と思われるほど。
なんせ市内18校・総勢2200人が練り歩くわけですからね~

SANY1054_convert_20110930091318.jpg

そして昨日の藩公行列と違って、沿道が動く動く!
観客は一ヶ所滞在型も多いですが、2列目以降は、行列と同じ速度で歩く家族あり、走りこんで行列を待ち構え、我が子が通り過ぎるとまただーっと走り去って次のポイントでスタンバイ・・・を繰り返す家族あり、と、ほとんど「車道はパレード、沿道はマラソン」状態
これはこれで感激というか、いい光景だなあなんて思ったり。

SANY1068_convert_20110930091514.jpg

この鼓笛パレードが通り過ぎたら、今年の会津まつりもおしまいです。
子供たち、よく頑張りました

SANY1093_convert_20110925165159.jpg

〆は花火!
おまつり最終日のこの夜は、なんと鶴ヶ城を眺めながらの花火大会がありました。
写真がボッケボケでごめんなさいですが、左側にちっちゃく写ってる白い物体が、ライトアップされた鶴ヶ城です。まったく判別不可能ですね
おそらくは復興祈願なのか、ニコニコマークみたいな花火もいくつか上がって、KK&Uも「あっ笑ってる~~♪」と指差しながら、祭の終わりを最後の瞬間まで楽しみました。

お祭りっていいですね~♪
みんなが笑顔になるところもいいし、自分が住んでる場所への愛情を再確認できるのもいい
個人的にお祭り大好き体質ってのもあるんでしょうが、学生時代から今に至るまで、引越し・転勤族の目には(埼玉新潟練馬横浜新発田村上会津)、こういうお祭りをしっかり持っている町=住んでいる人に愛されている町って感じで、本当にステキな場所として映ります
今回はそれに加えて、福島が大変な状況にある中、それを乗り越えて再度「援軍」に来てくれた参加者・観客の皆様の志がとりわけ身にしみるという感激もあり。
改めて、ありがとうございました

テーマ : ちょっとおでかけ - ジャンル : 旅行

日帰り温泉&会津のかおり

この3連休、新潟のジジババが来てくれたので、久しぶりに会津のおいし~おそばを食べに行きました♪

と、その前に日帰り温泉にも

SANY0050_convert_20110523090523.jpg

会津美里にある「湯陶里」(と書いて「ゆとり」と読みます)
実はここ、私たちが引っ越してきて2番目に行った日帰り温泉施設(1番目は東山温泉の「朝香ホテル」でした)。
その後いくつか温泉施設に行ったけれど、パパいわく「やっぱりここが一番」だそうで。

SANY1076_convert_20110925165518.jpg

お風呂は内風呂と露天風呂が1つずつあります。
同じ地域にある新鶴健康センターほっとぴあより内風呂の種類は少ないけど、露天風呂があって、かつ新し目なのがグー。
子供お気に入りの大江戸温泉物語は、球戯場からパソコンまである、広くて立派な施設ですが、湯陶里みたいに雑魚寝できるスペースがないのが、ジジババには残念かな?(リクライニングチェアはありますが)
ママが気に入った東山温泉・庄助の宿は、館内の内装及び滝が見える露天風呂がステキなんですが、やはり休憩所がないことと、お風呂がこころもち狭いのが、パパによるとイマイチだそうで。
そうそう、一番最初に行った朝香ホテルは、まるで「昭和」にタイムスリップしたような感じでした
しかし従業員の皆さんが皆さん、すごく親切で、引っ越し初日の不安と疲れがおかげで癒されたことは、土方歳三の壁画と共に今でも印象深いです。
思えばこの時、4月初めは、朝香ホテルはじめ東山温泉全体が避難所となっていて、みんなが大変な時期だったんですよね。
駐車場にずらりと並んでいたいわきナンバーや、その後に行ったここ「湯陶里」でも、楢葉町から避難してきた方が「置いてきた牛が気がかりだ」とお話していたことなどを思い出します。

SANY1077_convert_20110925165454.jpg

川沿いにキャンプ場があって、連休日和となったこの日は、テントもお風呂も満員御礼でした
ゆっくりお風呂に入って、休憩スペースで大相撲を最後まで見て、19時ごろおそば屋さんへ。

SANY1078_convert_20110925165432.jpg

写真がボケボケですが、神明通りからちょっと入ったところにある「桐屋」です。
前に何の気なしに行ってみたら、おそばはもちろん、郷土料理や地酒も豊富で、しかも店内の雰囲気良しで、すっかり気に入ったお店。2階もあって、大人数の飲み会などもできるようです。
実は春にジジババちゃんたちが来てくれた時も行ったのですが、満員で入れず。今回はしっかり予約して行ったので、無事入れました

SANY1081_convert_20110925165338.jpg

囲炉裏の席なんかもあります。
卓上塩は沖縄・宮城島の雪塩=ぬちまーす。民芸品や本物のそばの実なども飾ってあって、随所にこだわりが。

SANY1084_convert_20110925165222.jpg

ここに載ってる「夢見そば」とは、プロレスの味方・村松友視さん命名だそうで、純粋に味わうために水で食べるおそばだそう。おそばに自信があるから出せるメニューですね
パパは十割そばである「頑固そば」、ジジババちゃんたちは「会津のかおり」。
「会津のかおり」というのは、南会津で新しく作られたおそばの品種だそう。
殻をしっかり取ってあるのか、普通のおそばよりきめ細かい白色で、さっぱりとした味わいです。
10月には南会津などでも「会津のかおり」フェスタということで、新そばまつりが開催されるようです。

SANY1083_convert_20110925165255.jpg

ママは高遠そば。
「高遠そば」というと、大内宿のネギそばを思い出しますが、こちらは辛味大根のつゆで。
そばつゆとブレンドして食べても良し、大根汁だけつけて食べても良し。大根のピリ~っとした辛さと爽やかさで、おそばの甘さが引き立ちます。
付け合せのナスの煮物も、なんとも懐かしい感じのする味でした。

SANY1082_convert_20110925165317.jpg

天ぷら盛り合わせと、こんにゃく田楽も頼んでみました。
天ぷらには、野菜や魚とともに、福島名物(?)天ぷら饅頭や朝鮮人参も。
前に食べた時、この人参が意外とウマかったので、薬用長命としてジジババちゃんにも食べてほしかったんですよね
青臭さがなく、ゴボウとお芋が混ざったような風味と食感です。
田楽はいかにも手作り~って感じの、やわらかくジューシーなこんにゃく。これも他ではあまり味わえない一品?

観光地に近い場所柄ゆえか、お店の人も皆さん親切で、写真撮ってると「撮りましょうか~。皆さん一緒にどうぞ」と、レジを待たせて撮ってくれたり、気さくにお料理の説明をしてくれたりと、大変アットホーム♪
そば饅頭をおみやげに、一同満腹で帰ってきました

テーマ : ちょっとおでかけ - ジャンル : 旅行

福島の新潟

例えば、沖縄の米軍基地とか、あるいはNYのチャイナタウンとか。
まったく別の文化圏がその場所にある風景って、実際にその文化圏に行くよりも強烈なカルチャーショックを感じる瞬間があり、個人的に大好きです。
もっともそういう場合、特に国同士だと、政治経済的に「カルチャーショックだわ~♪」とか能天気に言ってられないことが往々にしてあるのが、なんとも残念ですが。
ここ会津若松にも、そういう瞬間を感じられる場所がありました。しかも上記よりラブ&ピースに(?)
それがココです↓

SANY0331_convert_20110707114605.jpg

って何だよ銀行かよしかも新潟人以外知らねーよって感じではありましょうが
ご存知(!?)第四銀行・会津若松支店。
新潟では、新聞と言えば新潟日報、そして銀行と言えば第四銀行という感じで、スキーができない新潟人はいても、この銀行を知らない新潟人はいないと思われます
118号、神明通りほど近くという、わりと市内ど真ん中にあるのが、個人的には少しうれしく♪

SANY0335_convert_20110707114744.jpg

もちろん観光に来たわけじゃなく、用事があって(=何の期待もなく)フラ~リと入っただけだったので、一歩足を踏み入れた瞬間に広がる緑の店内が思いがけず
「うわっ新潟だ!なっつかし~~~!」

SANY0333_convert_20110707114646.jpg

待ってる間には、新潟の本をどうぞ?
こちらに引っ越してきた頃、赤べえがいっぱい飾られてる銀行に「わ~~福島っぽくていいね♪」とカルチャーショックだったのに、早くも今では「新潟」の文字を見るとカルチャーショック なんだか不思議~
そして、新潟と言えば忘れちゃなんねーろ、な物もずら~~り

SANY0334_convert_20110707114716.jpg

寒梅はもちろん、雪中梅、八海山、久保田、〆張e.t.c.e.t.c.・・・
うひょ~~これこれ
会津のスーパーでも、久保田とか有名どころは並んでるけど、愛する村上の美酒・〆張鶴はさすがに置いてないもんね。

お店を出るとそこは見慣れた会津の景色なのが、またカルチャーショック。
いや~会津の真ん中(?)に、こんな異文化スポットがあったとは。
来店するのはほとんど新潟関係者だと思われますが、新潟雑誌と並んで福島の本もあって、さりげなく異文化交流してたりするのも、なんだかうれしく(しかし一番うれしかったのはやっぱり地酒ズラ~リ

「新潟の福島」である東邦銀行・新潟支店とかも、こんな感じなのかな?
この震災で、やむなく故郷を離れざるを得ない方々が多数いるのを思うにつけ、銀行に限らずこういう異文化スポットがあるのは、ささやかながらもうれしい気がします。

テーマ : 福島県 - ジャンル : 地域情報

もうすぐ

久しぶりに通りかかった神明通り。
いつの間にか提灯がずら~りと♪

SANY0910_convert_20110921092244.jpg

そうか~!もうすぐ会津まつりだ!

新潟でも、新潟祭りの前に、フランス国旗みたいな提灯が市役所や通りに飾られたりしてるのを見ると「いよいよだ~~♪」と無条件にワクワクしたものですが。
会津まつりは、藩ゆかりの立派な武者行列、そしてKK含めた市内小学生による鼓笛パレードがあるので、楽しみもひとしおです♪「地元として参加側か~ニヤニヤ」みたいな(参加するのはKKだけなんですけどね

SANY0912_convert_20110921092340.jpg

この後七日町の方へ行ったら、こっちは会津まつりの提灯ではなく「新撰組まつり」のノボリがあちこちに。
しばらく走っていったら、そのネタ元発見!

SANY0913_convert_20110921092416.jpg

車窓からでごめんなさいですが、新撰組記念館です。
晴れてるとブキミな新撰組人形が立ってるんですが、今日はしまってあるみたいですね。
ああ、じゃあここら辺で新撰組のイベントでもやるのかな?
と思って道向かいを見ると、わっ会津まつりと新撰組まつりのノボリがごちゃごちゃ立ってる一画が!

SANY0914_convert_20110921092442.jpg

さては真のネタ元はここか~~。しかしなぜ、寺にまつりのノボリが?
と思って車に乗ったままお寺の敷地内をのぞいてみたら

SANY0916_convert_20110921092525.jpg

写真が小さくてごめんなさいですが、「阿弥陀寺」とあります。
ああ~~~ここが!!新撰組の誰だかが眠ってるという、会津史跡巡りにはわりと欠かせないスポット!
という感じで名前だけは知ってたけど、こんなとこにあったんだ~。てことは新撰組記念館も、このお寺があるからあそこにあるわけね?(たまたまかと思ってたわ
新撰組ファン&歴史好きな方には周知の事実かと思いますが、新撰組の三番隊長だった斉藤一が埋葬されているのがこの阿弥陀寺です。実際に暮らしていた場所は東京ですが、奥さんの実家が会津ゆかりらしく。
新撰組まつり」は、斉藤一の墓前祭でもあるそうで、連休最終日にここら辺一帯で行われる、七日町によるお祭りみたいです。
規模は小さそうだけど、この七日町は通りを見て歩くだけでけっこうステキなんですよね♪

SANY0918_convert_20110921092556.jpg

昔ながらの酒屋さんの佇まいとか

SANY0919_convert_20110921092623.jpg

立派な蔵があったり。
もっとも蔵はここに限らず、飲み屋街とか盛り場みたいなとこでも普通~に蔵があったりして「おおっ会津あなどれない!」と意味不明な驚きを感じたりします

ともあれ、もうすぐ開催の会津まつり(&七日町フェスタ)。
台風が若干心配ではありますが、なんとか無事開催されるといいな~~。
その前に、台風による被害がなるべく少ないといいですね、どこの地域も。

SANY0911_convert_20110921092318.jpg

テーマ : ちょっとおでかけ - ジャンル : 旅行

梨色の風とロック

真夏並みの太陽が照りつけた昨日、幼稚園にお迎えに行った時Uに
「鶴ヶ城でお祭りあるみたいだから、夕方になったら行ってみない?」
と言ったら、青空を見上げながらU
「空が梨色になったら?」
Uいわく、夕焼け前の空は梨色だそうで。なんてポエマー

というわけで梨色の空の下、風とロックを夕涼み気分で、Uとちょびっとだけ覗いてきました♪

SANY0887_convert_20110916083625.jpg

うちは鶴ヶ城南口至近なので、お城に来る時はいつもこちら側から。
家から鶴ヶ城が見えるくらいなんですが、音はまったく聞こえず、ここら辺まで来たらやっと音楽が!
わりと静かめな曲で、終わった後「憧れの鶴ヶ城に登って・・・」みたいなMCが聞こえてきました。誰だ??

SANY0888_convert_20110916083701.jpg

おお「ライブ福島」の看板が!ほんとにここでやってるんだな~♪
ところで私たち、チケット持ってないんだけど、どこまで入れるのかな?
と最初は心配だったんですが、すれ違う人は、観光客や家族連れ、犬の散歩やウォーキング、自転車で通り抜ける中高生など、わりと普段どおり。
高校生?くらいの学校帰りの女の子2人が、すれ違った時
「夕焼けの中で」「素敵な音楽を聴きながら」「そうそう(笑)」
という会話を交わしていたのは和みました。主催者はきっと、地元・福島の人たちにそういう時間を体感してほしくて始めたんじゃないかな?だとしたら、しっかり伝わってますよ~

SANY0889_convert_20110916083741.jpg

私たちも、素敵な音楽を聴きながらお城ボ君を通り抜け~。
そうそう、今お城に入るとお箸がプレゼントされるそうです(先着1万名)。
4月にもやってましたが、銀と漆で塗り分けて紋の入った、立派なお箸なんですよね。もし行かれる方はお楽しみに♪

この時だったかな?郡山出身・西田敏行の「もしもピアノがひけたなら」という昭和バラードを、激しめにアレンジして歌ってるのが聞こえてきて、今回の出演者をほとんど知らない昭和オババもちょっと安心(情けない
しかも西田敏行はサラ~っと歌ってましたが、この人(誰?)はシャウトしてるので、ただでさえ切ない歌詞が乗ってる高音部分はもう、聞く者に胸をかきむしられるような苦しみを喚起させ、歌の切なさ倍増でした

SANY0890_convert_20110916083805.jpg

ここまで行くと、おおっ人がいるいる!!
さっきの切ない人のステージが終わって、ちょうど狭間になったらしく、売店が大賑わいでした♪

SANY0897_convert_20110916084447.jpg

この売店は「ロックンロール食堂」
お茶やビール、福島バーガー(何それ知らない)やホットドッグ、オムそばといった屋台が出てました。
変り種としてはこんなのも↓

SANY0891_convert_20110916083834.jpg

怒髪天ヤキソバ
てかオバチャンには「怒髪天」てのも「誰それ知らない」ですが ミュージシャンの冠屋台って初めて見ました。
福島バーガーというのはお店の人いわく「本当は福島牛なんですが、使えなくなっちゃったのでエゴマ豚と和牛を混ぜてます」とのこと。
これが大人気なのか、焼くのに時間がかかるのか、すっごい待ち時間!!
なのでホットドッグにしましたが、これも30分くらい待ったなあ。
ライブのお客さんはもちろん、私たち同様「近所なのでお散歩がてら」みたいな小さい子供連れもいっぱいいて、ほんとにお祭りみたいでした

SANY0892_convert_20110916084040.jpg

併設して、ゼビオによるオフィシャルグッズ売店も。
私の目的は実はこちら。Uはたぶんライブ飽きちゃうので中には入らず(しかし遠くから眺めて)、グッズだけ買おうと思ってたんですよね
帽子、タオル、うちわ、Tシャツ、バッヂやキーホルダー等々はもちろん、冷感スプレーや子供用虫よけなんかもあって、重宝しました。けど子供用のTシャツとかがあんまりなかったなあ。KKのおみやげにしようと思ったんだけど。
そうそう、アーティストグッズとして、サンボマスターのタオルや、→Pia-no-jaC←(何これ読めない)のバッヂなんかもありましたよ(そして怒髪天はヤキソバ

SANY0893_convert_20110916084102.jpg

ここから坂を上がるとすぐ、鶴ヶ城がどーん!
こないだの日曜日にお散歩した時は(しょっちゅう鶴ヶ城に行く一家)、お城向かい・表座敷跡の芝生にもうステージが作られていて、おおっと思ったのですが、今日はどうなってるかな?

SANY0894_convert_20110916084159.jpg

おおっあそこだ!!
やっぱし外から見えないように囲われちゃうのね~。
入り口に向かっていると後ろから「車が通りま~す」

SANY0895_convert_20110916084324.jpg

通り過ぎた車を「へ~練馬ナンバーだ」と見送ってたら、前にいた人たちが「わ~~♪」と手を振り。
うぉっもしかして、これから出るアーティストだったのか!?(時間的に斉藤和義とか!?)しまった~~それならギロギロと中を覗き込んだのに~

SANY0898_convert_20110916084422.jpg

ここが入り口。テントで当日券も売ってます(が、私たちは買わず
似たような人たちがやっぱり大勢居て、部活帰りの中学生?や、ベビーカーで散歩に来ました的な子供連れ、チケットは持ってるけど友人を待ってるらしい会社帰りのサラリーマン、とにかくこの場に参加したい、そして最後の「I love you & I need you ふくしま」までいたいという感じの人達などなどなどが入り口周辺にたむろってました。
というか、私がまさにそれだったんですが、やっぱりUは飽きて「もう暗くなるから帰ろうよ~」「もう1曲聞いたから帰ろうよ~」果ては「youtubeで見ればいいじゃん。生のどこが違うの?」(Uはyoutube大好きっ子
ああ~~違う!!!違うんだな~~Uよ。あの腹に響くリズム隊、服がふるえる音響(ま今回はそんなにうるさくないライブだけど)、会場全体を包むあのワクワク感、そして目の前で本物が演奏しているという奇蹟!youtubeの四角い画面とはもう全然違うんだよ~~~

と力説してもやっぱり違いがわからないU@5歳児なので、これからいよいよ盛り上がるだろうなという音を背中にしつつ、帰路に着きました 中学生くらいになったら、一緒に行こうねU(その頃になったら友達と行っちゃうんだろうな
さっきまでは普通の・・・というかイージーリスニング系の曲がわりと聞こえてて、正直「どこがロック?」とか昭和オババは思ってたのですが この頃になったらワンランク激しさがアップして、中でもこのピアノはすごいわ!
と思ってやっと、「あっもしかしてこれが、さっき読めなかった「→Pia-no-jaC←」?じゃああれ普通に「ピアノジャック」って読めばいいのか(矢印いらないじゃん)」と気がつきました いやあでもこれはカッコイイわ!! 間近で見たかった!
引き続いて、重低音がこれまたカッコイイグループが!もしかしてこれがヤキソバ?じゃなくて怒髪天?やっとロックっぽくなってきたわ~♪(「でも歌入らない方がカッコイイな」とか思ってしまったのはナイショ

SANY0896_convert_20110916084347.jpg

仕方ないので、続きはyoutubeで見ました。
あ~あの「憧れの鶴ヶ城」って言ってたのが「レキシ」だったのね。しかしレキシ=歴史って、だっさ・・・いやいや意表をつくネーミングだなあ。
アンコールは市長も出てきて「あと15分、みんな~いいよな~~!?」「おお~~~」って大盛り上がり♪ さては市長、ウッドストックとかにシビれた世代か!?
ママUもyoutubeの画面見ながら「I love you & I need you ふくしま」合唱してました。ああ窓から鶴ヶ城が見えるのに、あそこで今これをやってるのに・・・

という感じで(?)LIVE福島in鶴ヶ城、よかったです
サンボマスターのように今は県外に住んでる福島出身の人も、わざわざ県外から来てくれた他県のアーティストやお客さんも、今ここに住んでるお客さんも、通りすがりのチラ見人(←私たち)も、みんな楽しそうで♪
youtubeに続々書き込まれる熱いコメントを見てニヤニヤしながら、「夕焼け(と夜空)の中で素敵な音楽を聴きながら」を体感できたライブ福島でした。

SANY0899_convert_20110916084508.jpg

テーマ : ちょっとおでかけ - ジャンル : 旅行

福島野菜にまつわる青臭い雑感

引っ越してネット環境が整った頃、うっかり「福島野菜不買運動しよう」みたいなのを見てすっかり不快になって以来、精神衛生上なるべくそういうのは見ないようにしていたのですが。
子供らの2学期が始まってヒマな時間ができた時「そういや最近ああいうのはどうなったろう」と、またまたネットでのぞいてしまい、またまた不快になった今日この頃。だから見なきゃいいのに
最初の時は「会津は関東と同じくらいなのに、何で「福島」ってことで一緒くたに叩くのよ」という不快感の方が強かったのですが、その後カルチャーパークや科学館で楽しんだり、期待していた郡山ジャスコが意外と古かったことにショックを受けたり、アクアマリン行ったりしているうちに、会津がどうとか以上に、福島全体への愛着が湧いてきて。その裏返しで、そういう叩きが見るに耐えなくて。

と言っても個人的には、福島の野菜を買わないという選択自体は、別に責められることじゃないと思います。まあ放射能に対してそこまで神経質にならなくても・・・とかは思いますが、これは私がズボラな性格だからそう思うだけかもしれないし、不安な気持ちはわかりますしね。
輸入物は買わないとか、服はプラダに限る(そんな人いるのか?)とかと同じで、買いたいものを買うという個人の自由の範疇では?と。

ただね、それと叩きは別です。買わないなら買わないでいいのに、なんで困ってる状況の人をさらに叩かにゃならんのか。私には理解不能です。理解できないから怒りと悲しみがこみ上げます。
原爆で家を焼け出された「はだしのゲン」が、幸運にも安全だった町で部屋探しをするも、「ピカを受けてる奴は迷惑だからダメ」と行く先々で断られ「ここら辺の奴らは冷たいのう」と文句を言うエピソードがあるのですが、ゲンの母ちゃんがそれに答えていわく「どこも同じよ。みんな自分がかわいいからね」「だけど母ちゃんは日本人のいやらしさをつくづく思い知ったよ。弱い者を見つけるとようしゃなくいためつけるいやらしさをね」
自分がかわいいと言われると、私も「ごめんなさい」なので何とも言えませんが(ここら辺はもう、自分の命のために他の命を取る宿命を課せられた生物の性とあきらめてるというか自分に許してます)、その次はもう、ほんとそうだと思いました。ま日本人限定なのかはわかりませんが(それこそどこも同じだとも思う)。
ううう、日本人はこんなに豊かになっても変わっとらんわい、ばかじゃ、ばかじゃ、ほんとに人間は進歩しないわい、ううう。
はっゲンに憑依されてしまいました。それはともかく、そういうネットの中でもひどい部類のを見て、ほんとに、怒り悲しみゲロ吐きたいくらいの不快感に襲われてしまったのです。「毒野菜を持ってくんな迷惑。福島なんか捨ててどっかの過疎地でも行け土人」とかさ。いやあんたの言葉も相当毒なんだけどわかってる?私なんか感染しやすいから、あんたの毒が私の中でダークマター化して、「この脳天ド腐れ外道が」とか憎しみの毒電波放射してますよ すっごい迷惑なんですけど~!
そんな小学生の悪口、気にしなきゃいいのにねえ。つか気になるなら見なきゃいいのにねえ時間のムダ以外の何物でもないわ。
しかしせっかくの自由時間に、わざわざ自分で見に行って勝手に怒り悲しんでる自分のバカさ加減を思うにつけ、そんなことに気がつかせるあやつらがますます憎いわ
というわけで、自分の解毒作用のために、ここであやつらを分析してこきおろすことにしました ああなんかますます時間をムダにしている気がするわ・・・

1.やつらはネトウヨ説
ってもう、どんどんどうでもいい話になってる いや私はサヨク体質なので、嫌いな奴はみんなネトウヨにしちゃうという たぶんウヨクはウヨクで、こういうアホな福島叩きをするのは反核左翼団体だみたいに思ってると思いますが
たぶんどっちも正しいんでしょう。要するに、自分の主張を通すためなら相手の事情なんかおかまいなしというのは、何か行動するにあたっては若干必要な要素で(いちいち相手の事情を慮ってたら何も進まないって場合もありますからね)、行動の最先端(=極端)に行けばいくほどその要素の割合が増えてくるんだから、こういうやつらはどっちにもいるってことです。主張が違うだけでやってることは同じ。
じゃなぜネトウヨかって言うと、その叩くことにかける情熱の強さに、なんか若さを感じるんですよね。
たぶんこういう人達、40年前なら全共闘に行ってたんだろうなとか、小林よしのりの「戦争論」以来出現したネトウヨをネットで見て、ずっと思ってたんですが。オウムが朝生に出た時、野坂だか大島だかが「君たちはあの時代なら全共闘に行ってただろう」って言ってたのと同じ感覚で。
私なんかはもういい年なので「自分はもうここら辺でいいや」と、ある種あきらめたことで自分のあり方とか、周りを取り巻く環境・共同体とか、そういうものを受け入れて安定しているわけですが、若い頃はそんなふうにあきらめて受け入れるなんて時期じゃないですもんね。自分を受け入れてくれない既存の体制にはNOと言い、自分のあり方に満足できない時は、その鏡でもある周りを叩き、叩くことでそれより上に行った気になる・・・ああ若い頃ってそうだったよなあ。相手も自分と同じなんて実感できないんだよねえ。
全共闘の時の主役は腐っても大学生、小難しい本を読んでからじゃないと参加できないみたいなとこもあったみたいなので、叩きも小難しくて便所の落書きみたいなのは免れてましたが、「戦争論」は若年層向けマンガってこともあって、裾野が大幅に拡がったんですよね。その分、もう下品としか言いようがないゲロみたいなのが大量に(って私も下品だな
と、そんな印象をずーっとネトウヨに対して持ってたので、今回の叩きもそういう「若さゆえ」のやつらが、叩く材料をあてがわれて嬉々として叩いてんのかなと思ってました。
なので「福岡の出店拒否」みたいなのも、さぞかし福島叩きで盛り上がってんのかな~と思ってのぞいて見たら(←そんなのわざわざ見に行くからダークマター化するのよ)、意外や意外、福岡叩きが半分くらいで、しかも福岡叩いてる方がネトウヨっぽく見えるのはどうしたわけか(しかしこの叩き合う構図は、ほんとに切ない)

ここで2.罪悪感過多な方々
以前ふと「満員電車で老人(とか妊婦とかいわゆる「弱者」)に席を譲らない人達は、実はすっごく善良な人なんじゃないか」と思ったことがあったのですが。
すっごく疲れてるとか体調が悪いある日、満員電車に座ってたら目の前にヨボヨボ老人が立っちゃった。
こんな時、私なら「ああごめんなさいねえ。譲ってあげたいけど私も疲れてて、立てるけど立ちたくないのよね。今度元気だったら譲りますから許してね」とか思って、居心地悪いまま座ってると思います。その居心地悪さに耐え切れなかったら立つかもしれないけど(なるべく降りる駅の近くで
私は上にも書いたように「自分はもうここらでいいや」なとこに安住してるので、「ごめんなさいね」とか思っても、あまり真剣に申し訳なく思ってないんですよね。いや相手も辛いだろうなとは思うけど、今度譲るからとか、相手の直接の利益にはならなそうなこと思って、罪悪感をどっか勝手に解消してる。
一方、本当に善良な人は「譲らない」という罪悪感に耐えられないのかな、と。
ネトウヨが相手の痛みおかまいなしだったのに比べ、こちらの場合は相手の痛みがわかりすぎるほどわかってるのがポイントですね。相手の痛みを理解し、善良な倫理観をしっかり持っているからこそ、自分の「悪」を許せない。
しかし、なおかつ譲りたくないという自分の「悪」を手放したくない時はどうするか。
相手がもっと「悪」ならオールOKになるんですね。相手の方が「悪」なら自分の「悪」は見なくて済む、自分は「善」のままでいられる。
という理由から、「なんで自分の前に立つんだよ」「座りたいなら座れる時間に乗れよ(自分はそのために努力しているのにという補強がつくこともあり)」と自分を正当化するために必死で相手を悪者にし、果ては「だいたい何で「弱者」だからって譲らなきゃいけないんだ」「先に座った者に「権利」があるだろ」と、権利と倫理の争いになったあげく、せっかく持ってた倫理を捨てるとこまで行ってしまう。もうここまで来ると、目の前に立ってる、もしかして譲ってくれなんて少しも思わずただ突っ立てるだけかもしれないヨボヨボ老人は「弱者の皮をかぶった悪の権化」一歩手前です 弱者の皮じゃなく、自分が生み出した罪悪感の皮をかぶってるだけかもしれないんですけどね。

で、福島野菜を思うにつけ、ヨボヨボ=福島県民、座ってる人=叩く人、「老人には席を譲ろう」というモラル=「福島を応援しよう」という風潮、って構図が浮かぶんですよね~。
別に野菜を食べるだけが応援じゃなし、「今度は譲ります」みたいな感じで「野菜は買わないけど募金したから許してね」でいいじゃないですか(私もこれだな~。やっぱり会津産を選ぶことが多いし、募金たってビビたる額だけど)。なんでそんなに自分の「悪」が許せないの?
そもそも農家の場合、作らなきゃ補償されないという仕組みになってるからやむなく作るって面もあるわけで。「そんなら場所によっては作らなくても補償されるように訴えましょう(←あくまでも例え)。声が足りなかったら私たちも加わりますから」みたいな流れにいけば、相手も自分も悪になることなく済むのに、どうして相手を悪として叩き潰す方にそのエネルギーが向かっちゃうのかなあ。元々倫理観が強い分、叩いたって結局自分の「悪」が浮かび上がってきちゃって結局すっきりせず、ますます叩くという悪循環になっちゃわない?

と考えて思いついた3.そういう(私みたいな)「偽善」が許せない型
お前も「福島を応援します」とか言いながら結局野菜を選んでんじゃん。じゃあ俺らと同じじゃん。俺らはそういう「自分の悪」に正直なだけ。言うこととやることが違う「偽善」が一番許せないんだよ。大人は汚ねえ!
という人達もいるのかも??とか。しかしこう書くと、この型はネトウヨ型ともかぶってそうだなあ。あっちが感情発露型の小学生なら、こっちは頭で考えたことだけで世界を解決したい中2みたいな。自分に蓄積された部分から出た考えじゃなかったり、相手の事情とかが範疇になくて独善的だったりするのはどっちも同じね。

ってエラそ~~~に書いてきたら、若干毒が解けてすっきりしました。一番大人気ないのは私か?
他にもまだパターンがあるのかもしれませんが、考えるのも飽きたのでこれでまとめちゃいます
上記3つのパターンに共通なのは「純粋」でしょうかね?
いや純粋ったら私も相当純粋ですけど。「なんで人は憎しみあうんじゃ・・・ううう」と嘆くくらいですから
これを踏まえた上で思うのは、やっぱり「純粋」は好きじゃないってことです。だって純粋って、少しの濁りも許しませんもんね。ちょっとでも異物が入ったら、それは純粋じゃなくなっちゃいますから。
私の純粋さ(←自分で言ったー)も、何か根本的なことが欠落しているからとしか思えません。それが何かは、わかるようなわからないようなですが。
純粋同志だから、いちいちカンにさわるのかもしれませんね、あやつらの言動が あ~もっと大人になりたいわ。
ともあれ、排除を前提にしてやっと成り立つような純粋さは、やっぱりちょっと怖いです。と自戒をこめて。

なんだかまとまったような、大事なことを逃がしているような、そんな気がしないでもない話題でした。
あっそうそう気になったこと。はだしのゲンで思い出したんですけど、この前戦争と放射能についてとりとめなく考えた時「くるくる踊ってる人こそ戦争反対叫べたのかも」という結論に達したんですが。
やっぱりネットでも同じような意見がいっぱいあって、「放射能の危険を声高に言うとまるで非国民扱い。正しいことを言ってるのに迫害された戦争中と同じだ」みたいなのをよく見かけたんですが。
ちょーっと待ったーーー
そりゃ被害妄想でしょってのもありますが、それはさておき。
くれぐれも「自分は正しい」なんて100%信じないでよ。あなたたちみたいな人は、確かに私たちより戦争を終わらせる力はあるかもしれないけど、あの時代あなたたちみたいな人は、戦争を始める推進力もまた私たちより強力だったのよ。その危険性をわかってよ。そして「自分が正しいなら何をしてもいい」とも思わないでよ。その「正しさ」が自分限定なら尚更よ~

って、果たして人に言えるほど自分は物事わかってんのか、そして物事相対的に見れてるのか、かなりあやしいですが
そういや「価値相対主義」が「戦争論」以降(?)急激に衰退したのも不安ですね~。相対的な見方が絶対いいってわけじゃないけど(←それは絶対主義)、片目には必要だと思うんですけどね。とこれまた、自戒をこめて。

テーマ : ひとりごと - ジャンル : 日記

なんだか不思議な会津村

鶴ヶ城などがある会津若松市街地から、猪苗代湖方面へ向かって49号線を走ると必ず目に入る、高崎観音のような巨大仏(高崎観音よりは小さいけど

どうやら「会津村」というテーマパーク(?)らしいのですが、何か見るものや遊ぶものがあるわけじゃない、単なる「庭園」らしく。
「行ってみる~~?」「でもなーんかつまんなさそうだよね(駐車場も常にガラガラだし)」ってことでずーっと行かなかったのですが、夏休みのヒマな週末、ヒマをもてあましたあげく行ってしまいました

SANY0322_convert_20110906093037.jpg

入り口を見てびっくり!テーマパークかと思ったら、半分お寺なんですね
だから高崎観音があるのか(いや高崎じゃこっちは子供抱いてるし)

SANY0323_convert_20110906093125.jpg

こちらがお寺&観音様↑
おお~近くで見ると、さすが大きいなあ~
受付の人が「あの観音様、中を登れるのよ~♪」と余計なことを・・・いやいや親切に教えてくれたおかげで、KK&Uはもう登る気マンマン
しかし途中で「もう歩きたくない~」「ね~ダッコ~」と泣き顔になるKK&U&「アンタらが登るって言ったからでしょ~」とバテバテで逆ギレする自分たちという地獄絵図が容易に想像できるパパママは「まーまー登るのは帰りにして、まずは中を見て回ろう♪」と、あわよくばそのまま忘れさせようと先を急ぎます

SANY0325_convert_20110906093204.jpg

半分山の上なので、なかなか見晴らしも良いです。
このきれいに整備された区域はほとんどこの「会津村」。めっちゃ広いです!
「この炎天下、あそこまで歩くのか・・・」と、歩かないうちに熱中症でくらっとなりそうですが、行きは下り坂なので意外とラク
とはいえやっぱり歩くので、足腰弱いご老人や小さい子連れグループなどには園内を巡回する2階建てバスがオススメです。

SANY0332_convert_20110906093500.jpg

坂道を下りきると急に視界が開け。
この芝生、すごいな~~~。よくわからないけど、さすがお寺って感じが。
近くから高崎観音(だから高崎じゃ)の正面顔も見えます。

SANY0326_convert_20110906093231.jpg

すぐそばにはこんな庭園も。
わ~~なんかステキなとこだな~~

SANY0327_convert_20110906093306.jpg

大きい池には鯉がいて、橋のたもとには鯉のエサも売ってます。
料金箱にお金を入れて、勝手に戸をあけてエサを取るという、仏の御許で己の良心が試されるエサ箱でした

SANY0331_convert_20110906093346.jpg

鯉の口が「なんとなく人の顔に見えるような気がしませんか?」
どれどれ??

SANY0330_convert_20110906093421.jpg

「気のせいじゃないですか?」
あ、でも写真だとタコチュー宇宙人みたいに見えなくもないかな?
実際に見ると、口が大量すぎてちょっと気持ち悪い上に、それがエサを求めて上を下への大騒ぎなので、顔どころか「ああこの生物の業からオサラバしてるのは仏様ばかりなり」といったところまで考えがすっ飛んでしまいます

SANY0333_convert_20110906093525.jpg

ここまでで、早くも汗だくだくの喉カラカラなので、向こうに見えるお茶屋さんに避難
わ~いカキ氷のハタもあるぞ~~♪

SANY0334_convert_20110906093759.jpg

ここはお土産屋さん圏お食事処圏休憩所。
冷えたお茶をサービスしてくれるのがうれし~~
ここで売ってるお漬物あれこれを、お茶請け&試食として出してくださいます。
抹茶やイチゴ、あずきの氷などを各々頼んで涼をとりつつ、鯉を見ながらお漬物をつまむひととき。お茶うけにお漬物って、大内宿でもそうだったけど、個人的にはいかにも「昔ながらの農村」って感じがします。
しかもこのお漬物がどれもけっこうおいしくて、試食品なのに遠慮せず平らげる一行
「お客さんはやっぱり減ったね~~。会津の方はそんなに放射能高くないのにね」とは、ヤな顔ひとつせず、じゃああれもこれもと出してくれたおばさんの言葉。私はまたいつもガラ空きなのかと思ってたわ
KKのご要望により、こんにゃくにごぼうを包んだピリ辛風味のものとか、お米と一緒に炊き込むとあっという間に赤飯が!みたいな古代米とか、予想外にお買い物してしまいました

SANY0335_convert_20110906093642.jpg

お茶屋さんを出ると、あたりは一面のあやめ!
他にもこんなふうに、まるで野生みたいに一面のあじさいとか

SANY0337_convert_20110906093839.jpg

なんてことない路傍にも、こんなふうに花がいっぱいとか。

SANY0339_convert_20110906093919.jpg

私たちが行った時は7月ならではの景色でしたが、春や秋にはまたがらっと眺めが変わるんでしょうね~

SANY0336_convert_20110906093719.jpg

「一面あじさい」の近くにあった涅槃仏。
ただの庭園じゃなく、時々こういうふうに突然「仏教」が出てくるのが、「会津村ってなんだか不思議な場所だな~」という印象を抱かせます。
さてここからは、最初下って来たところを登るので、もう暑いわ疲れるわ
さっきお茶屋さんで涼んだばかりなのに、入り口近くのお土産屋さんへまたまた避難です
ここでも冷たいお茶を恵んでくださるのがありがた~~い♪
「会津ってこんなに暑いんですね~!!」「暑いんですよ~!!去年もすごくて・・・」とか、お店のお姉さんと会津の暑さ寒さについて、盛り上がることしばし(いかにお客さんがいなかったかという

SANY0341_convert_20110906093953.jpg

暑さのあまり、思わず買ってしまった会津うちわ。裏は白虎隊です
絵に描いたような会津みやげって感じですね(実際絵に描いてあるけど)。変わった会津みやげとしてはこんなのも↓

SANY0340_convert_20110906094021.jpg

みちのく戦隊・フクシマン!(聞いたことないけど
こーゆーのに目がない私、買おうかどうしようか真剣に迷いました
ちなみに隊員は「ピーチピンク・赤ベコレッド・白虎隊ホワイト」だそうです。ああ~バカバカしくてそそられる~~

このお土産屋さんの横から「子供広場」へ行けるらしく。
歩いてくと、わ~またまた全然違った景色が。しっかし広いなあ会津村。

SANY0343_convert_20110906094056.jpg

古い民家を何軒か移築してあったり、村祭りで使うようなお神楽の舞台が復元されてたりして、もしかしてこっちエリアが本来の「会津村」なんじゃないのかな??

SANY0344_convert_20110906094124.jpg

「お神楽」って、こないだ偶然、神明神社の夏祭りで見ました。
新潟の白山神社や諏訪神社でもやってたのかな?私はこないだ見たのが生まれて初めてだったので、なんだかすごくカルチャーショックでした。
神社の周辺に夜店がいっぱい出て、普段は静かな夜の神社も人で賑わっていて、灯で照らされた舞台では静かに能を舞っていて。
「ああ、お祭りってこういうもんだったのか」
なんて思っちゃいました。神様と人間がその地域を一緒に作ってきた(っていう意識がある)んだなみたいな。昔の村って、どこもこうだったのかしら?地域限定??

SANY0345_convert_20110906094206.jpg

昔の農家、復元かと思ったらどうやら本物みたいです。
道具や何かも置いてあって興味深し。

SANY0346_convert_20110906094233.jpg

3~4圏あるうち、1軒だけは「どうぞ中にお入り下さい」という太っ腹な展示方法!
中の家財道具なんかもそのままで、しかも部屋にまであがりこんで、座布団に座ってご覧下さいという。すごい!

SANY0348_convert_20110906094306.jpg

すっごく興味深かったんですが、基本的に閉め切ったままである上に道具そのままだと、なんかこう、いかにもついさっきまで人がいたのが荒れ果ててるって感じがして、なんかちょっとコワイです。「念が残ってる」みたいな気がしちゃって(あ、私は霊感ナシです
奥の部屋なんか、ちゃんと仏壇とか神棚まであるんですもん。しかもそれが、先の震災や余震のためなのか、ガタガタ崩れてたり、色々落ちてたりしたのを見たら、とっても座布団しいてくつろぐ気にはなれませんでした すっごく興味深かったんですけどね~~

SANY0353_convert_20110906094443.jpg

子供はハナから「怖い怖い」と言って近寄らず
滑り台やシーソーなどの遊具で遊んでました。う~む子供広場にしては、ちょっとショボイな
 まあ子供は広いところでキャーキャー遊べれば満足だからいいんだけど。
シーソーの後ろには、ミニSLの跡らしきものもありました。

SANY0354_convert_20110906094523.jpg

ゴーカートもあったみたいですね。な~んかこう「失敗したテーマパーク」という印象は否めないわ
でもなんかこの寂れた感じと、昔の記憶のともしびみたいな「村」の風景と、子供がキャッキャと遊ぶ風景は、不思議とノスタルジックな感慨を呼び起こします。私的には、庭園よりもこっちの方が好きかもだなあ。子供も楽しんでるし♪

SANY0349_convert_20110906094401.jpg

↑KK撮影「ここで見つけた変わったトンボ」
ほんとだあまり見たことないトンボだわ、グロくて

ここで3回目のジュース休憩を取り、さて楽しかったね~帰ろうか・・・と言った途端
「大仏登ってない~~~」@KK&U
ま、まだ忘れてなかったか・・・しぶといな・・・

どうせ帰り道だし、ということで、親は心で泣きながら寄ってみることに。
観音様の入り口を入ると・・・

SANY0355_convert_20110906094658.jpg

いきなり仏像ワールドが!
なんかもう、お寺じゃん。いやお寺だってわかってたけど、それにしてもこんなにお寺だったとは!(←意味不明
ご本尊(?)の両側には、干支の仏像がずらり。

SANY0358_convert_20110906094907.jpg

ボケボケでスミマセンが、壁には一面に「○○観音」の名前と、イベント時(法事?)の写真が。

SANY0356_convert_20110906094755.jpg

すっかり怖くなったKK&U、おかげで「やっぱり登らなくていい」となったのはありがたや
「でも鐘叩いてみたい」ということで、外にいる受付のおばさんに聞いてみたら「どうぞどうぞ」
というわけで、アトラク気分でローソクつけて、カーンと一声。静まることしばし。
こんなとこまで来て鐘を鳴らしたがるなんてよほどのブッディストだと思われたのか(違います単なるアトラク気分です)、あるいはよほどヒマだったのか、先ほどのおばさんが入ってきて「いいお顔してますよね、この仏様」
なんでもこのご本尊(?)、木の一本造りで、それまでは高崎観音のミニチュア(だから高(略))だったのを、最近中国で新しく作ってもらって置き換えたのだそうです。へ~わざわざ中国から
側にはこんなのもありました↓

SANY0359_convert_20110906095007.jpg

3人目ができても困るので、心をこめないでさすってきました
TDR旅行を控えていた今回、ついでにおみくじ引いてみたら、ママKKの旅行運は「益なし、やめた方がよい」Uの旅行運は「発熱や怪我の恐れあり」(パパは引かず)。TDR旅行ダメ出しされた~~~
しかし行ってみたら大変楽しいTDR旅行で、怪我や病気もなく帰ってこれたので、皆様どうか変なおみくじ出ても気落ちなさいませんよう

といった感じで、なんだか不思議ながらも面白かった会津村でした。

テーマ : ちょっとおでかけ - ジャンル : 旅行

風とロック!

9月、いよいよ秋の行楽シーズンです♪
福島では、3連休周辺にこんなお祭りがあります

LIVE福島~風とロックSUPER野馬追

お祭りってかライブですけど。
出場者がけっこう豪華で!
私もさっそく、一番派手な17日のチケット取っちゃいました
BEGINと一緒に「福島人ぬ宝」歌って(そんな歌はナイ がしかし、あの歌は沖縄はもちろん、すべての人の「故郷」を歌ってる普遍的な歌ですよね。ヒットするのも無理はない)、久しぶりにRIP SLYME聞いて、西田敏行の本物見て、最後はもちろん、猪苗代湖ズと大合唱よ~~~

とウキウキしてたんですが、この日はKKの林間学校だったことに、昨日気がついて
KKのいない間にこっそり行くのも気が引けるし、どうせならKKも連れて行きたかったしな~。何より帰ってくる時間が一番盛り上がる時間とカブりそうなのが致命的。
ってことで、断念することにしました。。。
ああ福山雅治と一緒に「I love you baby~福島」って歌いたかったわ~~

って狙いは福山か~~い! いや別に、全然ファンじゃないですよ 仙道敦子(だったっけな?)のドラマで見た時から、なんかイケすかなかったし(←なぜ覚えてる?)、時々車でかかってたFMラジオはわりと面白かったけど(←なぜ聞いてる?)、坂本竜馬とか総集編しか見なかったし(←見てんじゃん)。

「I love you baby~」っていうのは、おそらく福島県民ならかなりの数が知ってるけど、福島県民以外ならかなりの数が知らないという、新潟における「桃太郎」みたいな存在の歌です。ってますますわかりにくい例を出してどうする自分
これを歌ってるのが「猪苗代湖ズ」というバンドで、今はだいぶ耳にしなくなったけど、4月、引っ越して来た当初なんてもう、朝から晩までTVでかかりっぱなし。スーパーでもガンガン流れてて、子供もあっという間に覚えちゃったという。もともとが覚えやすい歌ですしね。
福島に来たばかりで、しかも身近に被災を体験しなかった私たちは、その頃TVで見ては
「だいたい猪苗代湖ズって名前はねーろー」「いかにも地元のイベントやジャスコの特設ステージでコツコツ演奏してますって感じのアマチュアバンドだよね。それが今回の震災をきっかけにクローズアップされちゃったみたいな?」「歌詞もなんかあざといし」と、ケッチョンケチョンだったのでした(無知ってこわいわ

アマチュアバンドどころか、サンボマスターやTOKYO №1 SOUL SETといった、私ですら名前を知ってる(というか、名前しか知らないけど)全国規模の人たちが、故郷・福島の被災に対し、老若男女に向けてあえてベタベタの名前と歌詞で応援していたんだと知った時は、軽く衝撃で「ほんとごめんなさい」でした

それでもこのベタベタの歌詞は受けつけないわ~。だいたい「あいづーちほ~」とか「鶴ヶ城~~」とか歌われると、感激より前に笑っちゃうってばさ。
と思ってたんですが、会津(≒福島)が好きになるのと反比例するように、福島の置かれた状況が厳しくなってきたり、ネットで「福島叩き!?」としか思えないようなひっどいのを見ちゃったりするにつけ、この歌がどんどん愛しくなってきちゃって。
福島の野菜が出荷停止とか、色々ニュースになってた頃、ヨークベニマルの駐車場でUが「あらーびゅーべいーべ、ふくしーま、あいーづーべいーべ、ふくしーま」と口ずさんでた時は、「うんそうだ、まさにこの気持ちだ」なんて思ったものです(でも「会津baby」じゃなくて「I need you baby」だよU

私みたいな、4月になってから来たような者でもそう思うんだから、福島が故郷だという人たちは、なおさらそうでしょうね。
「風とロック実行委員一同」さんの言葉なんて、「まさにそのとおり!!!」と首をぶんぶんヘッドバンキングしちゃいました。あ心の中でね

根っこは同じなのに、人によって、いや自分1人の中ですら、相反する思いがあり、簡単に「これが正しい」なんて結論は出ない。
でも根っこの部分、その思いの出所が同じなのは確実。同じなのにわかりあえない。またはわかりあえるのに手を取り合えない。
てのはまあ至極健全なことで、根っこが同じだから考え方も方法もみんな同じってなる方が恐ろしい状況だから、そういう「絶望?」も引き受けなきゃいけないんでしょうけどね。

その他の方々の言葉も、みんなそれぞれ「うんうん」という感じで。
ああ~参加したかったな~

ともあれ今回は、福山とのデュエットはあきらめて(←もうデュエットになってる) 会津まつりで堀内孝雄と「愛しき日々」を歌うことにします しかしこの歌もよく生き残ってるな~

風とロックは9月最初の連休(の前から開始)ですが、会津まつりは9月2番目の連休に開催されます。
もし連休中ヒマでどこにも行くとこないなんて方がいらっしゃいましたら、ぜひどうぞ♪

会津まつり~会津藩公行列

ちなみに気になる放射線量は、8月末に測定されたUの幼稚園(鶴ヶ城から徒歩20分くらい)では、遊具付近0.18、グラウンド0.13、一番高いのが花壇0.21、一番低いのが教室0.08でした。ご参考までに
会津まつり、去年は天気悪くて行列中止だったそうですが、今年はどうかな~??
なかなか派手そうなので、今から楽しみです♪

テーマ : ちょっとおでかけ - ジャンル : 旅行

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。