よかった

引越し前、やはり引越し(転校)経験のあるお母さんいわく
「どうしてもね~。最初のうちはしょうがないよ。うちは4年生だったけど、やっぱり最初の1週間くらいはずーっと「帰りたい帰りたい」だったもん。
とりあえず「そっかー」って聞いてやってさ。でも1ヶ月くらいで仲のいい友達できるから大丈夫 1ヶ月たったら絶対楽しそうにやってるから」

さてKKの場合。「帰りたい」こそ1回も言わなかったものの(えらい!ほんとにえらかったと今でも思う親バカママ)4月はも~う放課後がヒマそうでした。
引越し前は放課後必ずお友達がワラワラと遊びに来ていたのが、こっちに来たら一気になくなっちゃって。
「たまにはアンタが友達の家に遊びに行きなさいよ」と、毎日の送迎をウザがってたママなのに、引っ越してからは「いつ友達連れてくるかな。早く連れて来ないかな」と、待ちかねるような気持ちに。
折りしも4月半ばにあった授業参観では、休み時間に1人で机に座ってるKKの姿、及び必死に友達の輪に入ろうとしているKKの姿を見てしまい、あ~胸が詰まる~~

「友達できた?」とか極力聞かないようにしていたのですが、さすがに気になってきた4月末頃
「お友達連れてきてもいいんだよ。「うち遊びに来てよ」って言ってさ~」
と言ってみたら
「言えないもん。ママ言える?みんな仲良しの輪ができてるのにさ」
そ、そうね。それはママも言えないかも
家庭訪問で先生に聞いてみたら
「確かにKK君は、自分から積極的に行く方ではないみたいですね~。スポ小とか入ってみたらどうでしょう。近所の子も入ってるし」
スポ小か~~KK入ろうとしないんだよね~。下手なくせにプライドが高いから(将来がすっごく心配)。案の定「絶対ヤダ」でおしまい

まあ特別元気な顔で帰ってくるわけではないけど、とりあえず朝嫌がらずに行ってるから様子見かな、と思っていたGW明けの金曜日、Uが溶連菌で幼稚園1週間お休みしたのを見たせいか、大して熱はないのに「ノドがすっごく痛い~休む~」とKK。
ついに来たか~5月病 ヤキモキしつつも無理強いできず、とりあえず病院行って休ませ(「ちょっとノドが赤いね。お子さんが休みたいんだったら休ませていいですよ」@お医者さん。なんでそんなに甘いんだ~~)。
ああ~これからあの子どうなっちゃうんだろう、もしかしてこれをキッカケに不登校!?と一人突っ走って悶々としていたら、放課後先生に頼まれてプリント持ってきてくれたクラスメイト登場。
KKは出ようとしないので(ここでもまた「ほんとに学校でうまくやってるのか~」と盛大に不安になりつつ)「ありがと~。よかったら今度遊びに来てね」ととりあえず声をかけておいたら。

言ってみるもんですね~。
週明け学校に行ったら「お母さんが遊びに来てって言ってたから行っていい?」と、友達がKKに声をかけてくれたそうで、さっそく2人。初めてお友達がご来店~~~
久々に見る、友達と遊ぶKKの笑顔 ああ~~よかった~~~~~~~~~~~

その後、日を追って増えたり減ったりしつつ、毎日のように来てくれるようになって、昨日は7人!ああ~~うれしすぎる~~~
ママはなんだかんだ言っても、KKのお友達はも~ウエルカムです♪
友達はどんな子なのか、どんなこと話してるのかなんてのも直接わかるし、Uも一緒に遊ぶので手が離れて助かるし、普段ならついダーラダーラ家事をさぼってしまうところ、お友達来ると基本台所に篭城するママは、見栄張って普段やらないようなとこまでテキパキとやるので家事がはかどるし ありがとうお友達、ほんとうにありがとう~~
デュエマ、DS、PSPなど、子供向け流行りモノが地域共通なのも、助かりました。

あのお母さんの予言は正しかったです。
ヒマな時間を活かして、鶴ヶ城初め会津のあちこちを、親子で毎日のように行きまくった1ヶ月も貴重な日々でしたが、やっぱりお友達と一緒にはしゃいでる騒ぎ声と笑顔が一番!
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会津若松の放射線量

KKの小学校では、毎日8時&16時に校内あちこちの放射線量を測っているらしく、先日その簡易測定器「はかるくん」による、2週間分のモニタリング測定結果がプリントで配られました。学校、お疲れ様ですm()m

参考までにその中から、放射線量が比較的高かった日と低かった日を載せてみます。
ちなみにKKの学校は鶴ヶ城から徒歩10分くらいのとこです。

高かった日=5/20日16時(晴れ)
教室:0.094 校庭高さ50cm:0.203 校庭高さ1cm:0.303 砂場高さ1cm:0.119 花壇高さ1cm:0.233 体育館外側側溝:0.409 体育館内:0.051

低かった日=5/26日16時(くもり)
教室:0.068 校庭高さ50cm:0.202 校庭高さ1cm:0.260 砂場高さ1cm:0.120 花壇高さ1cm:0.263 体育館外側側溝:0.358 体育館内:0.042

単位はマイクロシーベルト/時です。
2~3日高くなったかと思うと、またす~っと低くなったり、しかもそれが測定場所ごとに違ったりするので、あくまでも目安に過ぎませんが。
ま想像通り、教室や体育館内など、室内では低め、外では高め。草木など表面積が多いとより高め?側溝が比較的高いのは、水や落ち葉がたまりやすく流れにくいのと同じ原理かな~?
プリントをざっと見た限りでは、教室の平均0.085くらい、校庭50cmの平均0.19くらい。
福島のTVでは、今でも毎朝「各地の放射線量」が字幕で流されるのですが、会津若松はだいたい0.15前後。うん、確かにそんな感じですね。ちなみに南会津に行くと0.08と、桁が1コ低くなります。

ちなみに放射線量は、原発からの単純距離より、風向き・山の向きなどにひっじょ~に左右されます。もちろん距離があるに越したことはありませんが。
だって例の「各地の放射線量」を見るとですね。海(=原発)に近い浜通りの川内村や田村市、相馬やいわきなんかは、常に0.いくつ(忘れちゃった)なのに対し、それより原発から遠いはずの中通りの福島市や郡山市で、常に1.5前後。また原発30km圏内であっても、飯館村2.いくつに対し、浪江町7.いくつと突出!(浪江町は細長い町なので、浪江町全域が7マイクロ超というわけではありません、念のため)。
参考までに、ラーメンのうまい喜多方市HPより、福島県内各地の放射能測定値
非常に局所的というか、地図で見たら円ではなく帯のようになっているのがよくわかると思われます。
つまり、一概に「福島県=危険、それ以外の県=安全」とは言えないぞと。

個人的には、小数点以下だとあまり危機感わかないんですけど、どうなんでしょうね~?
もっとも会津若松0.15って、通常数値の0.04から比べたらやっぱり高いはずなんですけどねダハハ
単位がミリになったら、いやそこまでいかなくても中通りみたいに1を越えたら、いかなニブチンの私でも「これはちょっと」と思うかもしれませんが、今のところは「ムダに心配する方が体に悪い」という感じで。

もちろん、県産野菜ならよーく洗って食べるとか、牛乳や魚はこわいなとか色々ありますけど、なんかもう仕方ないというか。
ただ、風評被害は困りますが、残念ながら、明らかに放射線量の高い地域、最悪人が戻ることは難しいんじゃないかとすら思われる地域は、やっぱり存在します。一番辛い地域ですよね。。

こういう地域も福島なら、会津のようにあちこちお出かけして支障がない(とニブチンが勝手に思ってる)町も福島、あるいは中通りのように、外で遊ぶ子供がいなくなっちゃった町も福島。みんな違って、みんな同じ。
ってどっかの詩のパクリみたいですが、違いを見る目と、1つのものとして見る目と、両方必要なんでしょうね、原発に限らず。

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こどもの日は大町まつり

引っ越してきた頃に驚いたのは、こっちの新聞にほとんどチラシが入ってないこと。
村上も少なかったけど、あそこはまあお店自体が少ないからな~(かっぱ寿司とミスドが出来たって行列になっちゃうくらいだし)、こっちはけっこう都会なのに珍しいな~あんましチラシ文化がないのかな?
と思ってたのは、震災被害が比較的少なかった地域から来たゆえの平和ボケってやつで、もちろん「チラシ出してる場合じゃない!」という状態だったからでした。

4月半ばごろからだんだんチラシも増えてきて、GWには「がんばろう福島」の気合漲るチラシがいっぱい。
中でもママのツボを押しまくりだったのが「大町こどもまつり」(って名前だったかな?)のチラシ。
こどもの日、大町通りを歩行者天国にして、射的やボール当てなどのゲームがオール100円、フワフワやミニSLもあるよ、会場では生演奏やフリマも、という手作り感満載の震災復興イベント。
こういうイベントも好きなら、大町近辺も好きなので、KK&Uを連れてさっそく行ってみました。

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鶴ヶ城をくっつけて会津若松を南北に縦断する118号、そのうちの何ブロックかだけは、写真↑のような「神明通り」というアーケード街になっています。戦国の名将・蒲生氏郷のお墓はこちらからどうぞ(この人の辞世の句が好き

このアーケード街からお城と反対方向に1本入って、118号とほぼ平行に会津若松駅まで伸びているのが「大町通り」です。
地理もわからないまま会津を車でうろついてた時、たまたま入り込んだこの大町通り、及びここから西の七日町駅まで伸びる七日町通りの一帯に、私はすっかり一目ボレ
車だとあっという間に通り過ぎてしまうので、いつかゆっくり歩いてみたいと思っていたのでした(下の写真は七日町通り)。

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通りを1本はずれた辺りにあった臨時の無料駐車場に停めて、大町通りへ。
大町通りの始点(?)は「野口英世青春通り」という名前になっていて、ここだけ道路が赤レンガ調、街灯は野口さんのお顔だらけ。なんでも野口英世が青春時代を過ごした通りだそうです(そのまんま

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この通り及びその先の大町通り、七日町通りや、それぞれの横道には、「文明開化」や「大正浪漫」な感じの建物がどっさり残ってます
それらをうまく使ったレストランやお店なども多くて、ここら辺一帯、何とも言えない素敵な雰囲気
現在、私的・会津お気に入りスポット堂々1位です

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個人的にはこの「青春通り」、私たちが福島入りしたまさに初日に泊まった「中町フジグランドホテル」があるので、なんだかとってもなつかし~~気がします。
と言ってもたった1ヶ月前なんですが、私たちの福島生活はここから始まったって感じで。

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外観こそ「あれ、ホテル選び失敗しちゃったかな?」との疑念がわきあがるホテルですが(向かいの外観がやたら立派なのが致命的)、中はと~ってもキレイ!
お部屋も大きくピカピカで、TDRオフィシャルが基準なKKが、部屋に入ったら「シェラトンみたい♪」(←いやそこまでは
トリプルだったからかもしれませんが、広い部屋に広いベッド、お茶&ウーロン茶のティーバッグ、加えてお茶うけのクッキー、さらには部屋備え付けのマッサージチェアまであって、引越し疲れの体が思いがけず癒されました
フロントの人も、心配だった福島生活についてあれこれ丁寧に教えてくれ、チェックアウトの時には子供に1コずつ赤べえを おかげでUはその後どこへ行っても「ほら赤べえ!赤べえ!」(会津ってまたどこへ行っても描いてあるんですね赤べえが
私たちが「会津っていいとこだ~」という思いを持って新生活を始めることができたのは、このホテルによる第一印象のおかげもあると思います。
大町や七日町散策にはぴったりの立地、快適なお部屋、親切なスタッフ、と3拍子揃ったこのホテル、機会があったらぜひどうぞ♪

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と、つい話がそれてしまいました
さて青春通りをどんどん北上していきます。

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こわっ!!いきなり野口さんの生首2体がお出迎えです。
ここは野口さんが手の手術を受けた病院だそうで、現在は資料館&喫茶店。
るるぶとか見るとこの喫茶店、わりと雰囲気良さそうなんですが、この生首に睨まれると入る勇気が・・・てかこれ頭にかぶってもいいのかな?
市の観光課によると、野口さんはこの病院で「書生として過ごし、勉学に励み、青雲の志に燃え、また恋もしました」とあります。青春ね~

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「福沢1枚で来てください」だと「行けねーよ!」ですが、野口1枚ならまあいいかな・・・と思ってしまう、これぞ英世マジック!?
と、このように無理やり野口さんに結び付けようと頑張ってる通りですけど、個人的には野口さんって、偉人必ずしも人格者ならずってことを初めて教えてくれた人なので、イメージビミョーです。偉人であることは間違いないと思いますが。
野口さんに興味のある方はぜひ野口数枚で会津に来てみてください。ちなみに猪苗代には野口さん生家もあります。

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今日はおまつりということで、すっごい人出!
ちょっとした手作りイベントかな~?と思ってたら、通りのはるか先まで旗と人がぎっしり、本物の屋台もずらりで、予想外の規模の大きさでした。
数ある屋台でも、「おおさすが福島」と目を引いたのがこれ↓

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揚げきんつば!?
なんできんつばを油で揚げちゃうんでしょう?それはここが福島だから。
いや福島とは限らないのかもしれませんけど、会津のお蕎麦屋さんに入ったら、高確率で揚げ饅頭がメニューにあって、カルチャーショックでした。
ちなみにスーパーのお惣菜コーナーにも、時々揚げまんじゅうが並んでます。沖縄のサーターアンダギーみたいなもんかしら?

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KK&Uお目当てのゲームコーナーもいっぱい。
お祭り屋台でよくあるバカ高い射的なんかと違い(2人でやったら軽く野口1枚)、大町商店街の方たちが主催するゲームコーナーは、ほとんどが100円!
これなら親も「もう1回?いいよ~どんどんやんなさい」と、無駄に子供とバトルすることなく、心ゆくまでお祭りを楽しめます

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ボール当て、射的、輪投げ、くじ引きなど、手作り感あふれるゲームの数々。
お店番の人も、商店街のおじさんから、高校生、小学生など、みんなここら辺の人たち。
これは金魚すくいで、小学生女子がチャキチャキと仕切ってました。そういやKKのクラスも文化祭でこれやったなあ
見た感じ子供ダマシですが、やるとけっこうハマっちゃうんですよね。

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このお店では復興支援バザーもやっていて、ぬいぐるみ100円、バッグ500円、その他いろいろ。
KK&Uは、けっこう大きくピカピカフワフワのぬいぐるみを1つずつ(うちの男子はなぜかぬいぐるみ好き)。
ぬいぐるみってけっこう高いので、お得な買い物した気分です

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ミニSLとミニ新幹線もあって、こちらは300円ですが、子供どっさり。
これが本日のメインであったUも両方乗ってきました(さすがにKKは恥ずかしかったらしく、撮影係)
乗り場前は「町方伝承館」で、今日は外のテーブルで赤べこの絵付けも。
やたら愛想のいい武者もいましたよん。

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大町や七日町といったここら辺一帯は、先述の蒲生氏郷以来の城下町。
てことは当然、戊辰戦争でかなりの被害をこうむった場所なわけで。
歩いてるとさりげなくこんな石碑も。

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さりげなくこの足の下に150人って感じで、ちょっとびっくりしたんですけど(ビビリなので
いやほんと、会津に来るまで「戊辰戦争」って日本史によくある内乱の1つで、被害も規模も限定的ってイメージがあったんですが、どうもけっこうな「戦争」だったらしいと、会津を歩いてるとジワジワ実感。
「西軍」は、この地からすれば「敵」ですが、ここに墓地を造ってちゃんと祀られていたんですね(一方「東軍」は・・・)。

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通りのお店にはこんな看板も↓
これが有名な(?)「戊辰戦争でボロボロになった鶴ヶ城」です。
ここら辺の通りに残るクラシカルな建物は、戊辰戦争で壊滅的な被害を受けた後、明治以降に「復興」した庶民パワーの現れなのです。

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さて時刻はもう16時近く。
お店もそろそろ店じまいです。
予想外に大きなお祭りで、大町通りを気づけば端から端まで往復し、さすがに疲れた私たち。やっと始点に戻ってきた~と思ったあたりで、Uが「オシッコ!」
うお~~どっかいいお店がないか!?とアタフタするママの目の前にあったのは

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セイロンティーガーデン!
ここママ入ってみたかったのよ~~ちょっとおトイレ借りましょう、そしてお茶しましょう♪

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大正時代は銀行だったという建物を使った、紅茶専門店。
店内は木目の落ち着いた、かつ風通しのいい空間で、レジスターはじめ、机上のランプや壁飾りなど、ひとつひとつが雰囲気あります。

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2階席は喫煙席ですが、ロフト仕様なので隠れ家めいて、それがまたステキ。
お店のお姉さんたちも物静か&ニコニコで、すっかりくつろいでしまいました。

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紅茶の種類ももちろん豊富。
KK&Uはイチゴのレアチーズ、ママはやっぱしセイロンミルクティー。
ミルクティーの場合は茶葉の他、ミルクで煮出すか、ポットで淹れてミルクを注ぐかも選べます。
ポットなら、さし湯ももちろんOK。
なんか久しぶりだわ~こういうちゃんとした喫茶店でお茶するのって♪(いやタリーズやドトールも好きですけどね)
KKはここのケーキがいたく気に入ったらしく、今でも突然「明日またあのお店でケーキ食べたいな」などと言い出します
子供と喫茶店でゆっくり座って、お茶できるようになったんだな~

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五月晴れの空の下、親子ともに楽しんできた「大町こどもまつり」でした♪

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激混みの大内宿

GW後半は、日帰りで大内宿へ。
「大内宿」って、こっちに来るまで聞いたことなかったんですけど、るるぶ会津版を見たら、ノスタルジックで雰囲気よさげ。けっこう人気あるみたい。
ソバ好きダンナも「大内宿ならネギソバだな。ソバ食いに行こう」。幼稚園時代から天ざる好きなKK&Uも「行こう行こう」
「特に人が多いGWやお盆には、道が混んでたどりつけないことも」と、るるぶにちっちゃ~く書いてあるのが気になりましたが、ま今年はこっちに旅行で来る人は少ないでしょうと決め付け、12時過ぎ出発。

118号を、鶴ヶ城を左に見て芦ノ牧温泉に向かってずーーーっと南下、芦ノ牧温泉を越えてもずーーーっと南下、どこまでも南下して、湯野上温泉の手前で表示板に沿って山道に入ると、大内宿です。118号が多少混んでたとしても、遅くても14時ごろには着くはず。お昼はネギソバだ~♪

GWの118は県外ナンバーがいっぱい!「わ~~けっこう観光に来てるんだね~」とありがたいようなウキウキなような。GW~♪って感じがしてウカれてしまうんですよね ま全部が観光ではなく、帰省もあるんでしょうけど。
鶴ヶ城近辺ではボランティア専用バスも。若い男女とかいっぱい乗ってて、GWは遊ぶことと休むことしか思いつかなかった私たちは、「えらいよな~」と他人事のように

118号をこんなに南下するのは初めてで、景色がいちいち新鮮。家のつくりとか昔風で興味深し。
途中の一見民家風なお食事処には、ケータイもった人たちが入り口にどっさりタムロっていて「芸能人でも来てるのか!?」
なんでも「むらい」という、ぶあついソースカツ丼がウリなお店なようです。でも地元の人はあまり行かないよとは、後日教えてくれた地元の人のお言葉

さらに走ると芦ノ牧温泉。雄大な渓流があったりして、かなり旅行気分♪
今日の帰りは、ここのドライブインで日帰り温泉のつもりだったのですが、う~む予想以上に年季の入った施設だなあ。とすると後はホテルか。
けど、新潟の胎内や瀬波温泉とかだと、わりとどのホテルでも終日日帰り温泉をやってたんですが、会津方面の温泉ホテルは、昼間だけってところが多いんですね。
芦ノ牧グランドホテルも15時まで。これじゃ「帰りがけにひとっ風呂」ができないな~
今日はいつもの「大江戸温泉物語」に決定して、芦ノ牧通過

ここまでけっこう順調で、「な~んだあんまり混んでないじゃん」だったのですが、湯野上温泉手前から329号線に入った途端、「なんじゃこりゃあああ(@松田優作)」な大渋滞が!!!
片側1車線が延延延々車の列。関東関西果ては九州と色んなナンバーがずら~り(ありがたや
小川の流れるいい感じの山道には、要所要所で「大内宿まであと4km」「あと3km」という看板が。って1km進むのに30分かかってるんですけど!絶望を後押しするかのように「Uターン場所」まで設置されてるう~

・・・るるぶを甘く見てはいけませんでした。やっと大内宿に着いたのは16時近く
おかげで駐車場に難なく停められたのが、うれしくも切なかったです 

折りしも雨がポツポツで、ああどんどんテンションが落ちる~
いやこんなんで落ちてちゃいけませんネギソバが待ってるんだから。さあカサ買って歩いてみよ~

大内宿とは、江戸時代の宿場町。当時の面影を残した茅葺民家が、今も30軒あまり建っていて、参勤交代の大名や旅人ならぬ現代の観光客向けに、食事やおみやげその他の商いをしています。
というるるぶのコピーそのままに、わ~~ほんとに江戸時代!(見たことないけど) 現代人の目には、ただただエキゾチックジャパ~ンに写ります

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カサを買おうと寄ったお店には「カサはカサでもカサじぞうのカサ」も売っていて、KKがさっそく食いつきます。どうもKKは仮装して歩くシュミがあるみたいだなあ
ここのお店には甘酒も売っていて、雨で冷えた私たちもさっそく1杯。おだやか~なおばあちゃんが台所から煮た甘酒をお鍋ごと持ってきて「できたてよ~」と注いでくれたのが、甘さ控えめですっごくおいし~~
山菜の胡麻和えも「一緒に食べてみて」と箸から手に乗っけてくださったりして、大内宿の第一印象が一気に急上昇です

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雨対策も完了して、次なるミッションはネギソバ お昼食べないまま夕方突入で、もうおなか空きすぎ
ところが大内宿って、夜が早いんですね。おそばは両側にずら~りと、ほとんどどのお店でもやってるんじゃないかってくらいあるんですが、この時間、ほとんどが「売り切れ」。
入り口近くのお店から順に聞いていき、町の半ば辺りでやっと発見!店名は「大和屋」さんでした。
同じような人が多いのか(そりゃこの時間でもあの渋滞でしたもの)、お店に入るまでけっこう行列でした。

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並んでいるところから、おそばをうってるのが見えます。
入り口前の路地ではおみやげも売っていて、こんなギョワワなものも

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この地方で「かるめ焼きください」と言うと、虫が出てくるわけですな?(絶対言わないようにしよう
いやイナゴ(?)の佃煮自体は子供の頃、甘じょっぱくておいしいな~♪と思いながら食べた記憶があるんですけどね~、今はムリ

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店内はこんな感じ。「広い部屋がいっぱいある普通の民家」という感じが面白いです。これはどこもそんな感じみたい。
長ネギを箸代わりにして食べるのがウリという、名物・ネギソバも、数軒のお店にあります。
てかあの太いネギでどうやってソバをすくうのだ。これはぜひチャレンジしなければ!そんで余ったネギは持って帰ろうとか思ってたんですが、わりと小さめのネギで、あ、これならイケルかも♪

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「薬味代わりにネギをかじりながら食べてもOK」と書いてあるるるぶを、「OKってアンタそんなハードボイルドな」と笑ってたママ、やってみたら意外にもウマくてハマってしまいました
季節にもよるそうですが、ネギが思いのほか甘くて辛味がなく、ワイルドにネギをボーリボリ丸かじり。箸を食べながら食事するって、新感覚です

下↓はうちらのテーブルから見た景色。不思議なタイムスリップ感。

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食後は、ネギくさい息を撒き散らしながらお散歩です。
各お店の前でラムネをこんなふうに冷やしてあるのが、またタイムスリップ感。

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大内宿のお店は、どこも基本的にお土産屋さんなので、KK&Uが目移りしそうなおもちゃが軒先にいっぱい並んでます。
その中で、KKは竹とんぼ、Uは木で出来た不思議なヘビをそれぞれご所望。
お店の横に置かれた木のテーブル&イスでラムネを飲みながら、しばし遊びます。

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表通りは時代劇のセットのような雰囲気ですが、バックステージはご覧のとおり、ほんとに普通な田舎の民家。
店内もそうですが、日常生活がどっか地続きになっているようで、全体的に不思議な感じのする町でした。
しかしここに住むのは大変だろうなあ。スーパーとか近くにあるのかな?(だって周りの景色とか、こんなんですよん↓ま村上周辺も似たようなものですが)

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下のひときわ立派な建物は、会津藩をはじめ、村上藩や新発田藩といった個人的に親しみぶかい場所の殿様が、参勤交代の時などに泊まった宿、いわゆる本陣。今は資料館になっているそうです。
きれいに残ってるなあ、と思って立て札見たら、実物は戊辰戦争で焼けてしまい、復元したのだそう。
また戊辰戦争か どうも会津は行く先々で戊辰戦争だなあ(え?常識?
てかここから会津若松ってけっこう離れてるんですけど。どんだけ大きい戦争だったんだ戊辰戦争

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お向かいのお蕎麦屋さんで、さっきから気になっていた手焼きせんべいを。
お蕎麦屋さんの横に併設してあるのです(他にも何軒かこういうお店あり)
その場でお醤油つけて焼いてくれるおせんべいは、アツアツですごく大きい!

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両側のお店を冷やかしながら、1本道をのんびり歩いていくと、イワナが名物のお店で終点。
ここも湯殿山なんだ~。って行ったことないけど、私の世代だと「湯殿山」と言えば「呪い村」で、名前だけは有名なんですよね

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「天保」ですって!
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お山の階段を上ると、大内宿が一望できます。
が、根性ナシの私たちは「ここまででいいや」
ここからでもこんな感じで、見晴らしいいですよ。

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さてでは来た道を歩いて帰りましょう。
時刻は17時過ぎ。そろそろ閉まるお店も多くなってます。
大内宿って夜までやってるのかと思ったら、基本、8時~17時みたいですね。
夕闇の中、閉じた障子戸を背景に、灯がポツリポツリとともって、これはまたしみじみとした風情が。
写真はあんまし「夕闇」じゃないですけど、帰るころにはもっと暗くなってて幻想的な雰囲気でしたよ。

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しかーしそんな情緒はどこ吹く風、ソバ1杯だけじゃ小腹が空きっぱなしの私たち(あれ?おせんべ食べたはずじゃ?
店じまいが多い中、この時間でも目の前でおだんごを焼いてるお店発見!

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実はおだんご頼む前に、Uのトイレをお借りしたのですが、お店のおばさん、単なる通りすがりかもしれない私たちにも「どうぞどうぞ!こっちよ」と大変ほがらかに。ありがたいですね~

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Uの食べてる大きいお団子は「じゅうねん味噌の焼き団子」、KKの食べてるお皿つきは「そばだんご」です。
「じゅうねん味噌」とは「十年寝かせた味噌」とかではなく、エゴマで作ったお味噌なんだそうです。
「エゴマ」って名前、福島に越してきてからよく見かけます。じゅうねん味噌は甘くて、サンショウじゃないけどなんだろうな、どっかで食べたことあるような風味という感じ。
そばだんごはほんのりおそばの香ばしさ、かつさっぱりして、どちらもそれぞれにおいしかったです。店先にはそば茶もポットで置かれていて、飲み放題なのがうれしい

すっかりおなかも満足して、来る時とはうって変わってガラ空きの道を帰路に。
日帰りでタイムスリップしてきた、大内宿でした。

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テーマ : ちょっとおでかけ - ジャンル : 旅行

全員集合!

GW明け、溶連菌にかかって幼稚園お休み、ヒマをもてあますUのためにツタヤで「バカ殿」と「8時だヨ全員集合」を借りてきたら、KK&Uが「全員集合」にエラくハマってしまい、今はオープニング「エンヤーコーラサ」の振り付け習得に余念のない日々
「志村後ろ」がKK世代にもギャグとして伝わってるのは知ってましたが「カラスの勝手でしょ」も「これ知ってる!」と言ってたのは意外。なのに「東村山音頭」が「何コレ知らない」だったのはさらに意外。ママ世代には「全員集合」と言えばカラスではなく、東村山なイメージがあるんだけど(年がバレる)。

ひさーしぶりに見ると、全員集合(というかドリフ、というかいかりや志村)って、すごく東京のお笑いっぽい気が。
いやベタベタの繰り返しギャグは吉本もかくやですけど、言葉がね。「テメーバカヤロコノヤロ」の嵐
少なくともTVの中で「お前は何やってんだよ馬鹿野郎」とか「そうじゃないだろこの野郎」とか、接尾語として思わず口から出ちゃうお笑い芸人って、今では下町育ちのビートたけしくらいじゃないでしょうか?(違ってたらゴメンナサイ) それが何だか新鮮。更に言えばそれらの「バカヤロコノヤロ」、子供の頃はまったく違和感なかったことも新鮮。

そしてもう1つ新鮮だったのは、マイクがデカい!みんな胸元にカラオケみたいなマイクを重そうにくっつけてギャグやってます ピンマイクってこの頃まだなかったのかなあ?もう80年代だけど。
でもそういえば'85年ごろの対談集で、坂本龍一教授が「今の音楽業界ってすごくハイテクなんだよ。音符の長さごとにテープをキリバリできるんだ」って、今から見ればローテクの極みみたいなエピソードを「テクノロジー(←この言葉も神々しい感じで流行りましたね)の進化」みたいな文脈で話してたなあ。あんまし実感ないけど、ここ10年20年ばかり、何かものすごいスピードで変わったんですね~。

「全員集合」は1969年放送開始、一時視聴率50%超を記録するも、80年代に始まった裏番組「オレたちひょうきん族」に押される形となり、85年ついにフィナーレ。
私もご他聞に漏れず、「ひょうきん族」に移った方ですが、ツタヤで共に並ぶ「ひょうきん族」「全員集合」の貸出率見ると、ドリフ圧勝です(in会津若松) ま「ひょうきん族」は、レギュラー陣がまだまだ現役ですから、「なつかしさから来る価値」が、今はドリフより少ないんでしょうかね。
そういや親は当時「ドリフもくだらないと思ってたが、今思えばひょうきん族よりまだマシだった」とか、よく言ってたなあ 何よりのホメ言葉と、ひょうきん族派の娘は受け取ってましたが

ともあれ「全員集合」、見たらやっぱり「なつかしさ」全開でした。「ひょうきん族」のパッケージ見ると、中学時代の自分の部屋を思い出しますが、ドリフのオープニングを見ると、父が寝転がって母が座ってた、夕飯後の居間を思い出します。これも、貸出率の違いの一因かな~?

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遠足は鶴ヶ城

Uの幼稚園で遠足がありました。
行き先は鶴ヶ城です。会津っぽくていいですね~♪
観光地が遠足先って、いかにも地元っぽいというか、歴史ある場所も生活の場として普通に活きているって感じがして好きです

お城はすっごい人だかり!
この日はUたち含め、3~4コくらいの幼稚園がここで遠足だったらしく(会津ってものすご幼稚園が多いです!2つしか幼稚園がなかった村上から来たので、幼稚園選びも一苦労でした)、どこへ行っても会津っ子たちがワンサカ楽しそうに お城もきっと喜んでいることでしょう(ホントか?

一緒にお昼を食べたおうちは、東北から実家のある会津若松に避難中なんだそう。
津波はなんとか免れたものの、震度6強の威力はやっぱり凄かった模様。
ご兄弟も家族で福島県内から避難して来てらっしゃるそうで「すごくにぎやか」とのこと。
ご実家がこちらでよかった、そして何よりも、命に別状が無くてほんとによかったです。
それにしてもこういう話を聞くたび、やっぱりこっちは被災地が近いんだなあと、いちいち実感。

会津若松情報なども教えていただき(別な小児科にしよっかな・・・?)、楽しく有意義な遠足でした

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GWの猪苗代湖

GWの前半、4月末の休日に、猪苗代湖へ行ってみました。
鶴ヶ城方面から49号線に出て、1時間もかからず着いちゃった。近っ!

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わ~~まだ白鳥がいるよ~~
新潟でお別れだと思ってたから、また会えてうれしいな~

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KK&U的には、思いがけずスワンボートがあったので大喜び
パパママ的には、思いがけず重労働が待ち受けていたのでガッカリ
30分、4人で乗って2000円です。高っ!

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最近KKも体力ついてきて、パパママはこぐのがだいぶラクになってきました(ネオパークはキツかった
のんびりこいでると、向こうから「かめ号」登場
猪苗代湖の遊覧船には、白鳥号とかめ号があります。「なんでカメなんだ」と子供ら大ウケ

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下りたら白鳥にごあいさつ。
今日はお客さんいっぱいハラいっぱいらしく、エサを奪い合うこともなく優雅に昼寝してました(白鳥って普段は、ああ見えてけっこうジャイアンですからね~
そのうちお約束の「くつ脱いでいい?」「ひざまでならいい?」
どうして子供って、水があったら入らずにいられないんでしょ?

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しかし湖って、キレイですね~~
写真ではあんましですが、陽が射すとなんとも言えないグリーンに。これは日本海にはない色だわ~
水もすっごく透明。スワンボート乗ってても濁りがなくて。

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冷たくてキャーキャー言いながらも出てこない2人。
はっきり言って、まだ白鳥もいるこの季節に、水に入って遊んでたのはうちのバカ2人だけですて(許可する親も親か?)
けど冷たいのは季節のせいかと思ったら、パパいわく
「湖は基本的に冷たいから、微生物があまり繁殖しないんだ(なので水がキレイ)。だから水の事故で人が死んでも腐らないまま沈んでるらしい」ひょえ~こわっ!

そろそろおなかもすいてきたので移動しましょう。
湖のすぐ上にあるセブンイレブンは、景観保護のため、なんと白黒(と言うかこげ茶)
ここも湖の駐車場も、県外ナンバーがいっぱいありました。
風評被害にもめげず、わざわざ来てくれたんですね~

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猪苗代に来たらやっぱりソバ
会津もおそばが有名で、すでに何軒か食べ歩いてる私たち。今日は会津と猪苗代のおそば食べ比べにチャレンジです

てことで、湖から山の方へ向かう道の途中にあったお店「いわはし館」に。

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座敷の窓からは磐梯山が一望。広い店内にはおみやげも並んでいて、いい感じのお店です。
なお、福島県では子供がいると「ファミたんカード」というのがもらえるのですが、このお店ではそれを提示すると子供のジュースが無料になります。いい制度だ~
そして食べ比べた結果、味の違いは・・・正直わかりませんでした ま、甲乙つけがたいおいしさってことで

さーておなかもいっぱいになって、次はどこへ行こうか?
とお店で「るるぶ」をめくってると、あっこのお店が載ってる そうかあ味噌のそばが名物だったか。食べる前に見るべきだった
「釣りをしたい」と言ってたKK、ちょうどこの道を北上したところにある「緑の村」に釣堀があるとのことで、よしここに行ってみましょう~

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駐車場を挟んで、正面に「木の実でアクセサリーを作ろう」などの体験施設、片側に釣り堀り、反対側に水族館、というか淡水魚館。
KK&Uは「水族館行こう行こう!」と盛り上がりますが、ちょっと~釣りしに来たんでしょ、とまずは釣り掘りへ。

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手前の池にはがっついた鯉が、奥の方の池にはがっついたニジマスがいます。
受付で竿をレンタル。竿は100円、エサも大きいの100円でなんと時間無制限です。太っ腹~
こんなおもちゃみたいな釣竿で釣れるのかしらと思ったら、入れ食い状態 面白いように食いついてきます。
とはいえすーぐエサ取られちゃって、何度かチャレンジしているうちにKK見事ゲット~
と思ったら魚がハリを飲み込んじゃったらしく、パパは取ろうと悪戦苦闘、魚はのたうちまわって口から血をゲボガボ 楽しいはずの釣りが一転して惨劇の現場に
このスプラッタにすっかり釣る気をなくしたKKは「もうやめる」。しかしナサケ容赦のないパパママに「なんで~!?KKが釣りするって言うから来たのに」と逆に責められ、ついには「だって~~」と泣き出す始末。楽しいはずの釣りが一転して悲しみの結末に
「まーまーじゃあとりあえずこの魚食べてこう。塩焼きがいいかな~唐揚げがいいかな~?
と、KKをなぐさめるつもりが、今まで目の前で血を吐いて苦しんでた魚をさらに火あぶりにして食っちまえと、鬼のような提案するパパママ。いや~でも釣りってそういうもんよKK。そもそも食べるとは命をいただくことであって(略)
と、こうるさい説教をはさみつつ、こんがり焼けたニジマスを、パパママUで「うまいうまい」とがっついてたら、KKも横からそろっと箸を伸ばして食べてました。よかったよかった
ちなみに魚代&調理代は別料金。なので入れ食い&時間無制限なのをいいことにジャンジャン釣ってると、ジャンジャンお金取られます
「てことはKKがあそこでやめようって言ったのは正解だったんだな」と、今度はほめ始める現金な親

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想像以上に時間も余ったし、じゃあ淡水魚館行ってみようか?「わ~い水族館水族館♪」@KK&U。
でも淡水魚だからね~たぶん地味よ~。美ら海のつもりで入ってガッカリしないでよ

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ここのチケット売り場では、例の「ファミたんカード」を見せると子供料金タダです。最強だな~ファミたん!
小さいながらもキレイな施設に、1歩足を踏み入れると・・・

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なぜか鉄ちゃん お~い水族館は~~?

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鉄道関係の向かって左が水族館スペースでした。しかしなぜ鉄道なのだ?
淡水魚ってことは村上の「イヨボヤ会館」くらいかな、と思ってたら、意外と気合が入ってる感じの内装。

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魚はまあ確かに地味は地味なんですが、見た目珍しいのも多くて、けっこう飽きません

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水槽スリスリし続けるサメ?ナマズ?とか

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土管にぎっしりつまったウナギとか
ってどうでもいいような写真ばっかですが、きっと見る人が見たら珍しい魚もけっこういるんではないかと。

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「阿賀川」は新潟の海まで流れていく川ですが、福島では「あががわ」新潟では「あがのがわ」と呼びますね。だから何だと言われても

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順路に従い、着いた先は鉄道コーナー。
どうしても鉄道を見せたいらしいですね、この淡水魚館は

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猪苗代町の電光表示板のほか、駅員さんの制服や各種電車関係グッズなど、鉄オタだったらかなり楽しめそうな展示がいっぱいでした。でもうちらはあんまし鉄ではないので、さらっと流し見しつつ、順路に従って2Fへ。

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2Fはこんな感じで、ここら辺にいた(今もいる?)動物たちの剥製。
ママ&Uはこういうの好き
でもけっこうすぐ終わっちゃって、階段を下りていくと、そこには子供心をくすぐるアイテムが。

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おもちゃの電車をリモコン操作できるジオラマ。
KK&Uはさっそく大ハマリ。
遊んでるとツツツとおじいちゃんやおばあちゃんが近づいてきて、さりげなくやり方を教えてくれたり、トラブルシューティングしてくれたりします。
何でもこのジオラマ、木の1本1本まですべてこのじーちゃんたちの手作りだそうすごい!
「昔ここら辺には軽便鉄道が走っててね。その模型なのよ。でもこないだ軽便鉄道のリモコンが壊れちゃったからトーマス使ってるの」
ハハハほんとだトーマスが走ってる軽便鉄道の歴史なのにけっこうテキトーでいいぞ(でもこの自作はすごい!)

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しかしおかげで、ここがやけに鉄道な理由がわかりました。
大正2年から昭和44年の間、沼尻駅始発の小さい機関車=軽便鉄道が、写真の各駅名プレートを走っていて、ここら辺唯一の交通機関として地元の人たちに愛されていたそうです。
「軽便鉄道」っていうのがあったってこと、私は沖縄・名護のネオパークで初めて知ったんですが、復元SLが初めてネオパークにお目見えしたときは、ジジババ世代がすごくいっぱい来ていたのを印象深く覚えています。乗り物の思い出って、一種独特に懐かしいものなのでしょうか。
このプレートの前には、沼尻軽便鉄道・全駅名のスタンプとか、懐かしのオルガン、キッズスペースなどがあって、子供連れにはかなり楽しめると思います。きれいなベビーベッドまで完備で、至れり尽くせり!

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というわけで、トーマスとキッズスペースにすっかりハマってしまったKK&U。
何人もいるおじいちゃんおばあちゃんがワラワラと、「脱輪しちゃったんだな。ほれ貸してみ」「うまいうまい。上手だね~」等々、まるで孫の面倒を見るかのようにKK&Uの相手してくれるのをいいことに、親はTV見ながらソファでのんびり休憩
ちなみにTVに写っているのは「警察日記」という、終戦後くらいの白黒映画です。「なぜこの映画?」とおじいちゃんに聞いたら「ここら辺が舞台なんだ」と。へ~~~
とマジマジ見てると、おばあちゃんの1人が「お茶どうぞ~」と茶碗にお茶入れて持ってきてくれたり いやはやほんとに至れり尽くせり!
子供の前でニコニコ笑ってるおじいちゃんは照れ屋さんなのか、話しかけてもはかばかしい返事はナシ、でもニコニコ
「みんな地元の人間。ここら辺に住んでるの」と別のおじいちゃんは言ってましたが、まるでジジババの家に遊びに来たかのようにアットホームで、しかもここら辺の昔話も聞ける空間 鉄オタもしくは子連れはぜひ!

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「またね~~」とジジババにバイバイして外に出ると、正面にその沼尻軽便鉄道が。
機関車の中には入れないけど、客車は座ることが出来るみたいです

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わは~ほんとにちっちゃい サイズ的には大型バスかな~?
当時は「マッチ箱」「豆汽車」と呼ばれて親しまれていたそう。
座席も車両もキレイで、なんだかディズニーシーのエレクトリックレールウエイみたい あれも確か「20世紀初頭のNY」ってことで、大正~昭和初期の軽便鉄道全盛期と同じ頃じゃなかったかな? 

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「緑の村」を出ると、時刻はもう16時過ぎ。
ついでに日帰り温泉でサッパリして帰るとしましょうか。「わ~い温泉温泉♪」@KK&U。
磐梯山周辺は温泉完備のリゾートホテルがいっぱい。その中でここから一番近いのは「猪苗代リゾート」かな?
日帰り温泉やってるかどうかわかんないけど、とりあえず行ってみよう~

緑の村から、山に向かって北上10分くらい?
到着したのは外観「リゾートホテル」というより「スポーツ施設?」みたいな、わりと味もソッケもない建物、しかも清掃中。季節はずれにつき休業中かな~?車はいっぱい止まってるけど。
「「リゾート」がいい~」と、TDRオフィシャルホテルが基準である贅沢者KKはぶーたれますが、まあまあやってるかどうかちょっとフロントに行って聞いてみましょう。あら中はけっこうキレイじゃん♪

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中がわりと「リゾート」してたのでKKも機嫌を直し、フロントで聞いてみると「被災者の方ですか?」
ここまですっかり普通の旅行気分で来てたけど、今が大変な時期であることが改めて思い出されました。。
ちなみにこちらのホテル、日帰り温泉は17時までだそうですが「でも大丈夫ですよ、どうぞどうぞ」ということで、ありがた~くご好意に甘えさせていただくことに
リゾートホテルのロビーには主に浪江町からの、お知らせ・臨時職員募集・その他被災関係の書類がいっぱい貼ってありました。

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お風呂は露天風呂もあって気持ちいい~
しかし何と言っても特筆すべきはシャンプー「馬の油」!面白いくらい髪がシンナリします ボディソープも「お茶」とか「柿」とかあってグー

上がったらロビーで、磐梯山の水(無料)を試飲したり、お土産屋さんをのぞいたりして休憩。
立派なレストランもありますが「本日のメニュー:野菜カレー」とか貼ってあるのは、まだ震災の影響で物資不足なのかな?
窓から猪苗代湖一望のソファで、磐梯山の水を飲みながらくつろいでたら、隣のソファに座ってたおじさんが「どこかからの避難?」
いえ、うちは会津若松ですけどそちらは・・・と聞いたら、みんなで浪江町から避難してこられたんだそう。ああそれで浪江町関係のプリントがいっぱい貼ってあったのか・・・
「避難所はこれで5か所目かな。次はここって言われて来たんだけど、ここは天国だよ。いつでもお風呂に入れるし、個室でベッドで眠れるしね」
今までお風呂は1週間に1回、食事はずっとおにぎりとかだったそう。ええ~~震災当初はともかく、今はもっと改善してるのかと思ってた!けどこれで「本日は野菜カレー」の意味がわかりました。
うちなんて騒ぎ盛りの子供2人いるから、個室のない避難所だとすっごい迷惑かけまくりかもと言ったらおじさん
「いやそんなことはないよ。みんな助け合ってやってるからね」
とキッパリ断言。
切実な話、どう返事していいのかわからない話等、色々聞いた中でもひときわ印象に残ったのは
「子供が外遊びする時には気をつけたほうがいいよ。ついたら落ちない放射能もいっぱい飛んできてるに決まってるんだから。国の言うことは信じられないからね」
という言葉。
私にとっての真偽はともかく「国の言うことは信じられない」これはあちこち避難を余儀なくされている被災者の方々の偽らざる心情なのでは、と思ってしまいました。

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というわけで、今回は「楽しい」ばかりでは終わりませんでしたが、色々なことを見聞きしてきた猪苗代日帰り旅行でした。

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会津武家屋敷

4月半ばの月曜日、学校が代休でヒマをもてあましてるKKと、会津武家屋敷へ行ってみました。

KKは引越し前から「銀魂」にハマっていて、youtubeで毎日のように見てます(ついでに、KKに頼まれてyoutubeで録画したパパも大ハマリ、そんなに面白いのかとツタヤでコミックレンタルしてみたママもハマってしまい、ついにみんなで38冊読破してしまったという、すっかり銀魂ファンな一家
おかげで「幕末の武士」みたいなのにもちょっと興味が出てきたらしく、普段ならお勉強系の、ただ見るだけの施設はイマイチなKK、「武士の家でも見に行ってみる?」と誘うとすんなり「行く行く」

飯盛山から東山温泉へ伸びる道を、温泉方面にずーっと南下すると、左側にどどんと登場。
予想以上に広くて立派~!(駐車場ガラガラだったけど

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入場料を払って中に入ります。震災の被害で一部観覧不可とのことで、通常より200円安。
内部が広いせいか、おじさんがきっちりルートを説明してくれます。好き勝手に見れないのね

中に入ると、おお~時代劇~~。どこを見ても白と黒のコントラストで、木々の色が映えます。
ここは、戊辰戦争で焼けてしまった幕末の会津藩家老・西郷頼母さんのおうちを復元したもの。完成が昭和50年なので、けっこうキレイです。
歩いていくと、ご新造さんがお出迎え。ってギョッとしたんですけど!

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そう、ここはただのおうち探訪ではなく、部屋のあちこちにリアル人形を置いて場面再現しているテーマパークだったのです。
わ~~~こういうの大好き てかこのころにできた観光施設って、こういう人形系が多い気がします。流行ったのかな??

まずはお屋敷方面じゃなく、資料館の方へ。
入って正面、いきなりガラス貼りの向こうに展開されていたものは!

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ギョギョ~ッ(@水木しげる)今まさに死んでる最中の人々がしょっぱなからこれかい!
このおうちの住人・西郷一家自刃の図です。ってちょっとこんなのリアルに再現しなくても
(いやこういうのも好きですが
後ろの屏風がさかさまなのが、なんだかすっごくブキミで、こわ~と思いつつマジマジと見てしまいました。
でもKKは遠くから「ね~早く~~」。資料館を出ながら「なんで自殺しなきゃなんないの
「ん~やっぱ負けたら何されるかわかんないから、そんならもう潔く死のうっていう時代だったんじゃないの~?」
「だからなんで潔く死ななきゃなんないの」
「ん~・・・ねえ?
ねえ?「銀魂」の銀さんじゃないけど「死をキレイに飾り付けるより、生きてキレイな花を咲かそうぜ」だよねえ?ま簡単に咲かないかもだけど、それでもいいじゃんねえ? 

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気を取り直して次はお屋敷を見て回ります。ほ~筒井道隆がここに。
私は三谷幸喜大好きなんですけど、「新撰組!」は見てなかったのよね~。DVD借りてこなきゃ
てかそもそも、会津と新撰組が関係あるなんてのも、鶴ヶ城行くまで知らなかったテイタラク でも会津が新撰組ゆかりの地でよかった~♪おかげでKKも、会津に親近感持って生活できそうですもの(「銀魂」のおかげと言うべきか?)

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この美人さんは誰?と思ったら「山川捨松」だそう。へ~~。で、誰?
旧姓・山川、本名・大山捨松。明治の元老・大山巌の奥さんで「鹿鳴館の花」。
子供の頃、津田梅子とともに渡米した1人でもあるそうです。へ~~津田梅子は有名なのになあ。
なんでも捨松さんは会津若松出身で、戊辰戦争では篭城していた側。一方、後のダンナさんである大山巌は官軍側で、捨松もいた鶴ヶ城に大砲バンバン撃ってたそうです。
幕末のロミオとジュリエットですな~。あ、でもこのお2人はおしどり夫婦で、幸せに暮らしたそうですよ

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部屋によっては人形がなく、こういうふうに当時のお道具なんかを飾ってあります。
この部屋はヨロイですけど、食器とか調度品とか、江戸時代からの貴重な品々。ヨロイも色んな種類があったり。
生活臭溢れるこんなものも

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なかなか見る機会もないので、興味深く見つめてしまいました。
作り物なせいか、わりとキレイに見えるなあ。でも虫とかいっぱい飛びそうだなあ

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とか楽しく見て回ってると、突如奈落に突き落とされます

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うわーんまた「自刃」だようん
さ、先ほどのリアル再現図が、ここで起こったわけですな。。。
といってもこの家はあくまでも「復元」、ほんとにこの部屋で死者が出たわけじゃないので安心です もっとも部屋に仏壇置いてあるので、個人的にはかーなーりー恐かったですが(こわくて写真撮れませんでした。てか写真の壷も、模様が心なしか人の顔に見えてこわいんですけど
気を取り直して別の部屋へ行くと、こちらは楽しげに遊ぶ生き人形。ホノボノね~

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って、よく見たらこれさっき死んでた人たちじゃん ちょっと~こわいよ~切ないよ~~

製作者の意図に反して、すっかり「お化け屋敷」のノリで見学してきたビビリの私たちでした
この「ちょっぴりコワイ」のが、人形系展示の魅力ではありますが。
ホッとして外に出ると、こんな石碑も。ここはやっぱし「武士道」の聖地なのかしら?

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さて今まで見てきたのは「西郷さんのお宅拝見」=「家老屋敷」だったわけですが、敷地内には「旧・中畑陣屋」という、「下っ端さんの出張所」もあります。元は福島県の矢吹町にあった代官所を、ここに移築・復元したのだそう。

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写真がボケボケですみませんが、県の重要文化財だそうで。
家老屋敷に比べたらコザッパリしてますが、それでもなかなかの風格があるような。

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と思ったら、台所とか出てきて、ぐっと庶民派。
へ~~こういうふうに生活してたんだ~~というリアリティがありありでおもしろいです。

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手前の石臼、お風呂ですって。
いや~現代に生まれてよかった

出口方面へ向かうとお墓が。

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戊辰戦争の供養塔がここにも。
飯盛山にも(白虎隊以外にも)あったし、街中にも確か「西軍(ってどっちだ?)戦死者を葬った場所」とかの碑があったなあ。どんだけ死んだんだ戊辰戦争
お墓の主は「佐々木只三郎」。坂本龍馬を暗殺したのではないかと言われている人だそう。
なんでもこの人も会津若松出身だそうで。私はまた「敵の敵は味方」ってことで、会津が葬ってあげたのかと思ったわ

帰りに天満宮の牛(=銅像)をなでて。なんで会津といえば牛なんだろうなあ?
というわけで、恐怖あり笑いあり(?)、楽しくもスリリングに色々学べる会津武家屋敷でした

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春高楼の鶴ヶ城

ここに引っ越してきてうれしかったのは、鶴ヶ城(の裏口)へ徒歩5分なこと

特に「城好き」ではないんですが、「昔の記憶が濃厚に残っている場所」=「昔から人が生活したり遊んだりでにぎわってた場所」が好きなもんで、城下町とかは文句ナシに惹かれてしまいます

さて鶴ヶ城(の裏口=南口)に入ると、まずお迎えしてくれるのはお墓
鶴ヶ城の敷地内にお墓があるんですね~!キリスト教徒専門のお墓もあります。
お墓ら辺には枯れかけたお堀(外掘?)も残っていて、時には釣り人が。でも見た感じ「水たまり」でしかないんですが、何が釣れるんでしょう?ザリガニ?(って子供じゃないんだから

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お墓ゾーンを越えると、こんな感じで公園もあります。子供ならお城全体で半日は遊べそう♪
夕方には、お城の中を自転車で突っ切って帰る中高生なんかが、滑り台とかでよくくっちゃべってたりします。
こういう文化財が生活の一部なんて、なんかいいですね~

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歩いていくと、お堀(内堀?)を渡るための橋が見えてきます。
お城&お堀に桜はよく似合う!
反対側はテニスコートですが、当時はここら辺が二の丸・三の丸だったようです。

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橋を渡るうちに、お城が見えてきました。
ここから桜の木の下をどんどん歩いて、鶴ヶ城到着~

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お城の中は資料館になっていて、天守閣まで登れます。
この資料館で知ったんですが、鶴ヶ城ってわりと最近出来たんですね!
戊辰戦争でボロッボロになったお城の白黒写真が、中の資料館にも展示してありますが、その後明治7年に廃城、土台を残してすべて無に。その間、滝廉太郎がお城を偲んで「荒城の月」とかを作りつつ、昭和40年に市民の願いで再建、そして今年屋根が昔どおりの赤瓦に、という流れらしいです。ちなみに戦国時代には真っ黒なお城だったそうで、徳川時代のお城しか知らない私の目には、けっこうブキミ

そう、鶴ヶ城と言えば戊辰戦争、というか会津と言えば戊辰戦争なんですね
しかし私は「戊辰戦争」と言えば、「ん~そういえば高校でやったっけな~。慶喜が逃げちゃったやつだっけ?(←それ鳥羽伏見の戦い)」くらいの歴史オンチ。せいぜい「幕末史でよく聞く名称の1つ」程度だったんですが、いや~引っ越してきたらどこに行っても「戊辰戦争」にぶつかること 会津がこんなに戊辰戦争な町だとは知りませんでした(え?常識?

で、当然、戊辰戦争にどういう歴史的意義があって、どれくらいの規模だったとかも知らなかったんですが、なんか鶴ヶ城とか大変だったみたいですね。籠城とかして、兵糧攻めで。「ウンチのニオイとか大変だったみたいよ」とか、観光客のおばさんにサラッと教えてもらったりして、子供と「へえ~~~
そんであげくに大砲でボロンボロンな上に取り壊しですからね~。いや~再建できてよかったね~
ちなみにこの「お城ボロボロ写真」は、街中でもたまに見かけます。でも見るとつい「リメンバーパールハーバーか?」とか思っちゃってスミマセン

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お城の前は広ーい芝生になっていて、ここが本丸。
写真ではUが走り回ってますが、もとはここに殿様とかが座ってたわけで。
向こうにある趣のある建物は茶室で、別料金でお茶&お菓子もいただけます。うるしぬりのヨウジもお持ち帰り可
ここら辺はほんと広ーくて気持ちいい空間、さらにはベンチもあるので、天守閣を見学した後、子供と遊ぶのにもってこいです。ベンチのとこには井戸もあったりしますが、なんでも戊辰戦争の時には遺体の埋葬が追いつかず、城内の井戸に泣く泣く葬ったという話もあるので、そんなエピソードを聞かせてお子さんを恐がらせつつ楽しみましょう(楽しめるのか?

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お城=資料館の入り口には、時々武者が立っていて、入る人を威嚇していますじゃなくて優しく迎えてくれます。
今回は女武者さんとパチリ
後ろに写ってるのは「お城ボくん」=「おしロボくん」。お城の形したロボットで、鶴ヶ城のマスコットキャラだそう。
だーれがこんなバッカなの考えたんでしょ(こういうの好きだけど)と思ったら、なんとタイムボカンシリーズの作者・笹川ひろしさんでした なんでも会津若松の出身だそうで。
そういえばTVの「がんばろう福島」CMでも、福島出身としてコメントしていましたね~。お城ボくん、にわかに愛着が湧いてきてしまいましたよ

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さて黒い門(くろがね門)を抜けると、お花見に最適なスペースが現れます。一面の桜!
しかし桜の下にも井戸があって、子供と「う~んどれが死体を埋めた井戸だろうね~」と、お花見気分を台無しにする私たち
トイレや売店もあり、コーヒーや甘酒、たこやきその他が売ってるので、ここで水分補給。KK&Uはソフトクリームをバクバクです

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さて写真ではあんまり人気のない鶴ヶ城ですが、GWは打って変わってにぎわってましたよ~~↓

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お天気も良かったしね♪
人のいない鶴ヶ城に見慣れていた私たちは「こんなに混むんだ~」とびっくり
売店も大賑わいで、なんとトイレ行列が発生!
「御薬園」からも臨時売店が出てたり、そばにはおみこしも出てたり。

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「唐凧」または「唐人凧」というらしい、会津名物の凧があったり。
下の方には、これまた会津名物「起き上がりこぼし」が描いてありますね。
でも中国の凧ってこうなのかしら??このベロ出しチョンマな顔を見ると、バリ島とか南国のお面みたいにも思えるわ。

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そして野外ライブ(?)みたいなのがあったり。
「会津魂」の文字を見て、またもや「おおリメンバーパールハーバー」と思ってしまうしつこい私

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それにしてもなんなのだ今日はお祭りなのか?と思ったら、お祭りでした
おお~これぞまさしく「春高楼の花の宴(?)」
静かにお城を散策するのもいいけど、こんなふうにお祭りでにぎわうお城もいいな~

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とはいえ今年の場合は、復興支援の一環。
プログラムの中には、震災に対し「慰霊の鐘」を打つ、というのもあって、陽が落ちた後も鐘の音が厳かに鳴り続けていました。
会津若松にも、大熊町はじめ色んな地域から避難して来られてる方が大勢います。せめてひとときでも、会津で穏やかな日々を過ごせますよう。。

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会津のお祭りに、白虎隊は欠かせない!?
この「白虎隊」ってのも、私的にはあんまりシンパシーないせいか、よく知らないままなんですが(一応、引っ越してきていの一番に飯盛山には行ったんですが)、せっかく会津にいて戊辰戦争と白虎隊を知らないまんまじゃ勿体無いな。そのうち勉強しよう。
折りしもあたり一帯には、懐かしのあの曲「もう少し~時が~ゆる~やかで~ああった~なら~」(ってご存知?)が大音響で流れていて、ムードを盛り上げてんだかぶちこわしてんだかよくわかんないけどいつもの静か~なお城とは違って、お祭りだな~って感じ♪

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「上杉謙信」の仮のお墓(の跡)なんてのまであるんですね!お城の敷地、くろがね門のすぐそばです。
なんでも歴代城主の1人、上杉景勝が新潟から持ってきたそうで。
鶴ヶ城って、伊達政宗とか、わりと有名な人が入れ替わり立ち代り入ってるんですね~~(え?常識?

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お店もいっぱい出てました。
福島名物その他を売るお店はもちろん、県外からも復興支援ということで、ご当地屋台がいくつも。
そんな中、新潟人として見過ごせない看板を発見!

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会津名物なのか~!?そうなのか~~!?笹団子~~~

と、そんなこんなで楽しい鶴ヶ城(?)、おヒマがあったら、ぜひどうぞ~

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パソコン復活!

パソコンが復活しました~!長かった~~
GWには間に合わなかったけど、これでやっと会津レポできます~うれし~

さてとりあえず近況ですが。
以前はどのTV局でも常に出ていた、画面上下左のテロップが、最近なくなりつつあります。あのテロップで「地域別・現在のシーベルト数値」とか「地域別・開店しているお店情報」とか「各自治体の連絡先一覧」とかが24時間、どの番組を見ても流されていて、「非常時!」という緊張感があったのですが、若干日常に戻ったってことでしょうか。いや、「戻った」んじゃなくて「なった」というべきでしょうかね?「非日常が日常に」。

GWはどこへ行っても県外ナンバーがいっぱいでした。
とはいえ地元の人などに聞くと、やっぱり「例年よりは全然」だそうですが、いや~~私はいつもと変わらないGWなんじゃないかと思ってたので、予想外の混雑&県外車に「風評被害にも負けずにわざわざ来てくれるなんて」と頭が下がる思いとともに、今更ながら「会津ってけっこうな観光地なんだなあ」と実感しました。私的には、転勤が無かったらたぶん会津に来ることはなかっただろうという感じなので

この頃やっと「会津のスーパーは高い!」と知りました。
会津ってどこ行っても「ヨークベニマル」と「リオンドール」から逃れられないという感じで、しかも「ヨーク」はどこも大きく、「リオン」のあるところはツタヤとドトールありという感じで、スーパー好きな私は大喜び ただね。。この値段が値段が新潟と比べると。。。
引越し直後から薄々思ってはいたんですけどね。。たぶん震災の影響なんだろうと信じていた(かった)ので。。最近やっと「これが会津価格なのだ」と判断することにしました。
とにかく、パンも豆腐も肉もお菓子も卵もアイスも・・・軒並み高~い!それとも村上の原信が異常に安かっただけなのかしらん??「リオンドール」も「原信」も同じ「CGC]系列なのに、その値段の差はどこから??(つってもたかだか20円~100円の差なんですけどね。品物が同じなのに値段が違うと、理不尽さが増しちゃって
とブーブー言ってたら、ダンナいわく「会社の人が言ってたけど、福島市はもっと高いんだってよ」え~~何で~~??ほんとに不思議です、その値段の差はどこから??
しかし最近、新潟価格のスーパー「カワチドラッグ」発見いや~よかった~。しかし新潟って、物価安かったんだな~

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