鶴ヶ城でティーパーティー♫

秋晴れの陽射しが眩しい先週末、鶴ヶ城でティーパーティーがありました

といってももちろん、紅茶にスコーンのアフタヌーンティーでもなければ、海にお茶っ葉を投げ捨てるボストン流でもなくどちらかといえば織田が坊主とやったティーパーティー(@「本能寺の変♫」)。
すなわち「鶴ヶ城大茶会」です

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時は織田さんが家臣の明智にしばかれた約10年後。
当時鶴ヶ城城主だった蒲生氏郷は、秀吉に切腹を命じられた千利休の子供を匿い。
その縁で出来たのが、現在も鶴ヶ城にある「茶室・麟閣」です。
戊辰戦争から長らく移築されていたそうですが、平成初期、鶴ヶ城に移築復元。それを記念して、会津若松では毎年この時期に市民茶会を行っているのだそう。

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奥の白壁が、茶室・麟閣です。別料金ですが見学可・お茶とお菓子もついてきます

お茶会とか一度も行ったことないけど抹茶は好きなママ、休日でいいお天気だし、買い物ついでにぷらっとお茶してこようかな♫
と思ったのですが、果たしてこういう「お茶」ってそんな喫茶店がわりに飲んでいいものなのか、作法とか服装とかなんか色々うるさいんじゃないか?
とも思う反面、「多くの観光客が訪れる」というチラシの一文や、「本当に茶道を極めている人は、「作法にこだわるよりも、気軽にお茶を楽しんでほしい」とだけ思っている」という、私にとってすごく都合がいいどっかで読んだ一節などを思い出し
で、「行ってみて、場違いじゃなさそうだったらお店に入ってみよう」と(だから喫茶店じゃ

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おおうやってるやってる。
1回500円か。タリーズと同じくらいね♫(だから喫茶(ry)

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今年はえっらく紅葉が早くて、お堀の葉っぱは少し色づき始めてました
(そして今はもう見頃を迎えています。紅葉の鶴ヶ城を見るならぜひ来週末くらいまでにどうぞ!)

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今日の鶴ヶ城はこんな感じ
芝生の中に、垂れ幕を張ったテントがいくつも並んでいます。

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テントの中はこんな感じで、椅子にテーブル。
畳じゃないのが、初心者にはちょっと気楽です
加えてお客も、着物姿はほとんどいなかったのが更に気楽♫

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各テント前にはこんなふうに、それぞれの流派の看板が立ってて。
なるほどこれを見て、お好きなお店に入ればいいと(だから喫(ry)。

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ちなみに今日の鶴ヶ城に集っているのは、こちらの6流派↓
(クリックで拡大します)

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私が聞いたことあるのは表千家・裏千家くらい 色々な流派があるんですね~。
「武士たちが野駆け・鷹狩りの合間に飲んだお茶」とか、興味惹かれるな~
お、ちょうど手近にそれっぽい名前の看板が! さっそく入ってみましょう

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とはいえ、気分は買い物ついでなので、ジーンズにサンダル履きと「さすがにそれは失礼では」という格好で来てしまった私
受付で、着物姿が板についてる感じのおばあちゃんに「あの~こんな格好でも大丈夫ですか?」とおそるおそる聞いてみたところ、
「まったく大丈夫ですよ~。そんなに堅苦しく考えないで。お茶は楽しむものですから」 おおうやっぱり達人は素人に優しい!
この、お姑さんだったらちょっと気が抜けなそうだけどお客さんには親切な感じのおばあちゃんに500円を払い、テーブルへ。
どこがいいかな~と見渡してると、後ろからまたも品のいい着物姿のおばあちゃんが寄ってきて
「こちらのお席がよく見えると思いますよ」。やっぱり達人は素人に優しいのだわ~

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茶席ではちょうど、次の回のための仕込みとは言わないななんでしょう?準備?みたいなことをしているところでした。
こういうティーパーティーって初めてなので、人の動作含め、見るもの一つ一つが新鮮です
野外なのに掛け軸しっかり飾るんだ~とか、畳の上に竹を組んでるのがワイルドでカッコイイな~とか

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この竹から釜をぶら下げて「つり釜」という方式でお茶を点てるのが、この流派の特徴らしく。
って、あれっここ私が飲んでみたいと思った流派じゃないな
と、もう1度チラシを見直したところ、私が興味を惹かれた「武者点て」による「馬上杯」のお茶は、「石州流茶道宗家・福島県支部」。
今座っているお茶席は、「茶道石州流宗家・会津支部」でした。ってまぎらわしいよ~~「茶道」の場所が違うだけじゃん!
ままままあ、この「つり釜」ってのも見てみたかったし、「馬上杯」はこの後に行けばいいか こっちはこっちで会津藩始祖ゆかりのお茶という、鶴ヶ城ならではな感じもするしね~♫
と、気を取り直したところにお菓子が配られます。
「里の秋」という名前だったかな? ほんのり栗の風味がする白あんのお菓子でした。
これをもぐもぐ食べながら、お点前を拝見いたします

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お茶の作法とかまったくわかりませんけど、やっぱりプロの技術っていうのは美しいですね~~
1つ1つの所作に意味があって、もはや「型」になっていて、その型が板についてるレベルだと流れるように自然で、でも指先までぴしっとしていてという。もう見ていて気持ちいい♫
お茶に限らず、スポーツ選手とか職人さん、工場のプロ工員や料理人とかあらゆる技術がそうですけど、動きに無駄も余剰もなく、効率を極めるとそれは洗練された「型」となり、システマティックな美しさとなるんですよね。私もサービス業としてちょっと身につけたいなと。

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やがて抹茶の出来上がり~
ちなみに、先生が点てていたお茶が飲めるのは先頭の人だけです 他は裏で点てたお茶が1人1人に配られます。
(その分先頭は色々業務があるらしいのでプレッシャーです。今回の先頭の方は、格好こそラフでしたが、お茶のことをよくご存知とお見受けしました)
私とかは、お茶碗をじろじろ見て何か気の利いたことを言ったり、ぐるぐる回して飲んだりとかしなきゃいけないのかしらでもそれ何回くらい??などと不安だったのですが1人1人に配られたあとは「どうぞお好きに」という感じだったので、安心して、お城を眺めながら和カフェ気分で抹茶を頂きました。

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秋晴れの中で、お城を眺めながらの抹茶って、いいですね~~~♫
なんかこう、非日常でありながら、雄大&解放感があって、ちょっとくつろぐ感じ。抹茶おいしいし
やがてその回で使用したお茶碗が並べられ、先生が退席すると、「お道具拝見ご自由にどうぞ」タイムです。

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お道具の紹介一覧。クリックで拡大します↓

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こういう道具類は、お茶の味以上に「ふ~む(=わからない)」な私。
唯一知ってる魯山人の名前があって、「本物ですか!?」と聞いてしまいました。
(「写しです」とのことでした
この緑の茶碗がそうです。柄が写ってなくてスミマセン

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非日常だけどゆったりした気分でお茶を頂いた後は、余韻を楽しみながらお城散策。
もう1杯いこうかな~とも思いましたが、お菓子がけっこう甘かったので、なんだかおなかいっぱいに お茶飲みながらお菓子食べられるといいんだけどな~

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そんなこんなで、行ってみたら意外と素人もウエルカムで楽しめた、「鶴ヶ城大茶会」だったのでした
(春にもやってるそうなので、お茶好きな方はぜひ♫ お客さんには小学生女子もいましたよ

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今年の会津まつりにも!?

朝晩め~っきり冷え込んで、もう秋ですね~~
なんか今年は、というか年を追うごとにという感じですが、今年は特に南国っぽいというか、性格のはっきりした気候になったなあと。
すなわち、温度が上がるときは猛暑まで上がる! 雨が降れば川が溢れる勢いで降る! お盆が終わったと思ったら次の日から10度以上下がる! みたいな。
私の子供の頃はあんましなかった気がする竜巻とかもめっきり増えて、なんかいよいよ甘いもんは甘い! しょっぱいもんはしょっぱい! というアメリカ人みたいな気候になったような
日本的気候というとやっぱりそんなハキハキしないで、グラデーションを描いてゆるやか~に四季が移り変わり、それがまた生活様式などを通じて日本人気質みたいなもんを形作る一因だったのではないか、なんて思ってたので、こういう松岡修造のような気候が続いたら、長い時間の果てに日本人の国民性も変わったりしてとかちょっと興味深く いやその前に氷河期来ちゃうか?

ともあれ
そんな感じで、すっかり秋ね~と思ってふと気づいたら、会津まつりがもう来週じゃありませんか早ーい
会津祭りと言えば、藩公行列に参加くださるゲストは誰かというのが、毎年のお楽しみなんですけど、なんと!
会津祭りのHP見たらなんと!!
今年も綾瀬はるかちゃんが来てくれるんですって!!!

大河ドラマ、終わって2年もたつのに~
去年もほぼ立ちっぱなしで参加してくれたのに~~
今も会津を、福島を気にかけてくれて、のみならず忙しいのにわざわざ足を運んで、激務に身をさらしてくれるなんて(しつこいですが去年は八重の扮装でパレードの間中立ちっぱなし。その昔「獅子の時代」の扮装で、パレードに徒歩で参加したという菅原文太と並ぶレジェンドだと)・・・本当にありがとうありがとうはるかちゃん おばちゃんすっかりちゃんづけでなれなれしいけど許して

会津祭りに2年連続で来てくれた芸能人は、先頃ご結婚おめでとうニュースで沸いた山本耕史さんがいらっしゃいます。
それを知った時は、さすが三谷幸喜も認める「熱い男」、男気溢れるというか義理堅いな~と思いましたけど、綾瀬はるかちゃんも相当ですね  強く優しい明治女・新島八重役はダテじゃなかった

連休最後を飾る会津藩公行列、よろしかったらぜひ見に来てくださいませ♪
後はお天気がな~~。どうか晴れますように

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いろは坂から華厳の滝

日光東照宮から出た車は、いろは坂へ入っていきます
我が家にとっては、これも東照宮観光と並ぶ一大イベント なんたって、我が家が一時期ハマったマンガ「頭文字D」で、ランエボ軍団のホームベースだった峠がここですから
くわえてママ的には小学生時代、修学旅行に際して先生が「いろは坂は、坂の多さとその勾配から「胸突き八丁心臓破りの坂」と呼ばれている」と言っていたのをいまだに覚えていて。なんかカッコイイじゃないですか「胸突き八丁、心臓破り」なんて。「どんなすごいとこなんだろう」とワクワクしちゃって 肝心のいろは坂については記憶がないのでますます期待が高まります。

ちなみにハンドルを握るは、自分で運転してないと酔っちゃうママです。本当はこういう峠道は運転うまいパパが最適なのですが、ただでさえ酔いやすいママ、こんな峠道じゃまずキラキラ(@イッテQ)になるだろうという予想の元、「絶対ゆっくり行ってね!」「家族全員の命がかかってるんだからね!」「拓海になろうなんて間違っても思うなよ!」と家族全員に言われつつ(どんだけ信用がないのか)ハンドル権譲ってもらいました まあヒルクライムはどのみち拓海くんの出番はないしね

そう、東照宮から華厳の滝へ向かう第二いろは坂は上りなのです。
なので、気持ちだけは家族全員の懇願にも関わらず藤原とうふ店になりたいママも、軽なので馬力がなく(それ以前に技術がなく)、時速40kmくらいでのんびりと坂を上っていきます 
しかし上りとはいえ、やっぱりカーブは強烈。
「カーブって言うなコーナーって言うんだよ」等、頭文字Dのセリフを連発し合いながら走っていくとおっ看板に「い」!
「おお~~やっぱりいろは坂ってこうなんだ~!」「じゃあ次は「ろ」?あ、「ろ」来た~~~!」
いろはにほへとと順に進んでいくのが、なんとも言えずスリリングないろは坂です でもなんでこっちが第二なんだろうな~
時速40kmでも十分いろは坂を堪能して休憩所到着。

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「明智平」というところらしいです。
明智光秀と何か関係あるのかしらん?もしや天海つながり!?
しかし我が家的には「あっここ、頭文字Dに出てきてた~!!」がまず最初です

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空間が広いだけあって、すごーく「風光明媚」という感じがするドライブインです。
この山がね。遮るものがほとんどないので、すごーくどーんとした景色に見えて。

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へ~これが「男体山」なのか。
名前は聞いたことあるわ。立派な山なのね~~

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いろは坂も見え隠れ。
うーむこうして見ると、改めてすごいカーブじゃなくてコーナーだな~
よーし行くぞ~

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と、引き続き走っていくと、やがていろは48文字のちょうど中間、「わかよたれそ」のどっかあたりで(←テキトー)第二いろは坂はおしまい。
やたら「ゆば」の看板が多い市街地に入ると、そこが華厳の滝入口です。
わあなんだかすごーく「人里に帰ってきた」って感じがするわ~~

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「昔ながらの観光地」という風情の通り真向かいに、華厳の滝入口があります。
ぱっと見はなんだか庭園付きのお寺みたい。
でも敷地内に入っていくと、昔ながらのお土産屋さんや食べるところがあったりして、これまたやっぱり「昔ながらの観光地」。

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昭和の子供だったパパママにとって、華厳の滝といえば「自殺の名所」。高確率で心霊写真が撮れる場所、それオンリー
流行ってましたからね~昭和の頃ってそういうの 他にも「高島平」とか「京王プラザホテル」とかね。いかにも高層ビルが物珍しかった(ので安全対策も厳重じゃなかった)時代を表すエピソードです
翻って平成世代のKK&Uには、「華厳の滝=心霊スポット」という都市伝説は伝わっていないらしく。まあ非関東在住だからかもしれませんが。
木々の間からドドドドと聞こえてくる重低音とともに、姿を見せた華厳の滝を「おお!ここが!でも映らないで!」と感動しつつ誰かにお願いしながらカメラに収め
「確か、むかーしの東大生が「人生不可解」って遺書を残してここから飛び込んじゃって、それから後追い自殺やこの言葉がブームになったんだよ」
と、うろ覚えで解説すると、KKいわく「人生不可解なんて当たり前じゃん」と、妙に大人びた返答をしていました。うむ、まったくなり。

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さらに現地へ来て驚いたのは、華厳の滝近くへは全然近寄れないこと。
もっともこれはママの修学旅行時代からそうだったのかもしれませんけど そうかあ「自殺の名所」じゃない期間が長くなれば、都市伝説も風化するわなあ。
加えて撮影機器の進化による「「滝壺の黒丸3つ」くらいじゃもはやオバケと驚いてもらえなくなった」ってのも大かとは思いますが 最近のオバケってすごいもんなあ。嘘くさいほどはっきりと、しかもやたらビデオに映りたがったりして
近づけないかわり、滝の対面に立派な展望台とかエレベーターまで完備されていて、これまたびっくりでした 昭和時代もこうだったっけかなあ?
ここまで来ると、滝の見た目はそんなに大したことないんですが音がすごい迫力です!!この音のおかげで滝の勇姿が二倍増しという感じで。

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帰りはいよいよダウンヒル!第一いろは坂です。
折しもいろは坂の入口で、めっちゃ無謀な抜き去り方をする車に遭遇したりして、く~~やっぱりいろは坂ってこういうとこなのねシビレルー よっしゃーーママも、掟破りの地元走りを見せちゃうぜ~~~ 
と、気分だけはすっかりパンダトレノでキンコン鳴らしながら走ります。実際は時速40kmだけど
あっという間にくっつかれた後ろの車が、きっと藤原とうふ店になりたいだろうに(?)絶対に抜かしてこなくて、「なんでだろう?どんどん抜かしてってください」と一生懸命左車線に張り付いては、「くうっキツいカーブだぜ」と時速40kmなりに楽しんでたらパパいわく
「右車線はゆるやかにカーブに入るためのものであって、追い越し車線じゃない。だからどんどん右にはみ出ろ」
なんと だから抜かしてこなかったのか!! と、そろそろ「つねならむ」にまでさしかかろうというあたりでやっと知るママ しかしそういうプチ情報って、運転上手い人はどこで知るんでしょうね?(「常識」@パパ)
おかげでちょっと走行も楽になり、「うおりゃ~~」「きゃ~~」といろは坂を満喫していたら、やがて出てきた一際きっついヘアピンカーブに、一同なんだかとても見覚えあり!
「あっここ!掟破りの地元走り!」 うわ~~ここか~! これ飛び降りたら車壊れるわ~~
そして出口近くでトンネル&橋も現る! 「あっここもマンガの絵と同じ!」「3度目はイン!」と、頭文字Dを読んでる人しかわからなくてすみませんな盛り上がりを見せつつ、車はいろは坂を抜け、鬼怒川を経由して会津へ帰るのでした。

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東照宮はテーマパーク

超有名物件その1「三猿」その他を見て、いよいよ東照宮のお口・・・じゃなくて奥地へ向かっていきます。
ほどなく超有名物件その2、「陽明門」到着。
「1日見ていても見飽きない素晴らしさ」から「日暮し門」とも呼ばれるという陽明門、而してその実態は!?

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1分見たら見飽きる工事中の囲いでした~~~
まこれはチケット売り場で既に告知されてたので無問題です。知らないで来たら暴動勃発レベルですが
すごく大掛かりな工事らしく、田舎の駅の乗り換え通路みたいなことになってる狭く薄暗いところを通り抜けて、屋外に出るとそこにはまたド派手ワールドが

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これまた中国風の豪華絢爛な門だな~~
というのが第一印象。ま名前も「唐門」ですしね
ド派手カラフルなんだけど、白いせいかスッキリ爽やかで、個人的には東照宮の建造物の中で、これが一番気に入りました
門の奥にはご本尊がおわすらしいのですが、ぱっと見すごーーーく混んでいたので、根性なし一家は「いいや見なくても」
東照宮に来て本殿ガン無視 しかしもう1個の国宝「眠り猫」は見たいぞ。どこにあるのかな~?
とキョロキョロしてたらすぐ横に入口が。

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あれっまたここで別料金ぼったくり?
と様子を伺ってたら、なんとチケットに眠り猫チケット(?)もくっついてたんですね ぼったくりじゃなかったわ~素晴らし~~

ちなみに、さすが世界遺産というか、世界的観光地というかで(この日も驚くほど外国人観光客いっぱーい)、境内のあちこちで「スキあらば」とばかり、お守りとか各種お土産が売られまくっている東照宮ですが
意外とこれらお土産ものも、値段はそんなにぼったくりじゃないんですよね
おかげで我が家もKK&Uにせがまれるまま、通りすがりにホイホイとこんなのを買ってしまいました

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金杯とか、お箸とか。

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鶴ヶ城でもらったお箸も、つい一緒に並べてみたくなったりして
いずれも予想よりずーっと安かったので、うっかり買ってもいいかなという気分になってしまいました。良心的というべきか商売うまいというべきか
さておき 超有名物件その3「眠り猫」は、こちら!!!

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写真も微妙ですが、実物も負けず劣らず微妙です
微妙すぎて「頭上↑」と案内されなきゃわからないくらい。それでもわからず通過してしまい、帰りにわざわざ確認した者すら我が家には約1名
なんでこれが国宝なんでしょうね~? 東照宮の彫刻、ぱっと目を引くすごいのが他にも多数なのに、昔の人はこれのどこにひときわ驚いたんだろう??
余談ですが、ママが子供の頃に読んだ「偉人シリーズ」の中に、「左甚五郎」のエピソードもあって。
ホントかウソかわかりませんが、当時すでに名人と評判だった左甚五郎に、ある時ある人が「勝負しよう」と言い出したんだそうです。
「お前さん名人だって評判だそうだが、じゃあネズミを彫ってみせろ。猫が本物のネズミと間違えて持って行くくらいリアルな出来ならお前の勝ちだ」
で、受けてたった左甚五郎。ネズミを彫って猫の前に置いたら、見事猫がくわえて持っていったそうで。
負けた男がすごすごと帰っていった後、見ていた一人が「さすがだね」と左甚五郎に言ったら、甚五郎はすました顔で
「あれカツオブシで彫ったんだ」 チャンチャン
ほんとにホントかウソかわからないエピソードですが「そういう人が彫ったんだな」と思いながら眠り猫を見上げると、なんだかこれを彫ってる左甚五郎の姿も、うっすら浮かんでくるような、こないような。

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順路に従い、次は家康のお墓へ行きます。
しっかしこれが、何百段だったかな? とにかくすごい階段で
飯盛山ですら途中でビバークしたくなった前科持ちママ、男衆にはもちろん先に行ってもらい、えっちらおっちら登って行きますが、もう途中で息は上がるわ足は上がらなくなるわ
く~~家康の墓を見るためにこんな苦労をすることになろうとは と、酸欠で頭くらくらしつつ、ようよう踊り場までたどり着くとそこには。

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ぐおら~~~い~え~や~す~~~~
一生懸命頑張って、疲労困憊の時に妙な説教かまされると、いや~腹立ちますね~
普段は菩薩のようなママ(?)も、この時ばかりは「お前をたぬき汁にして食ってやろうか~~~~フヘハハハ」と悪魔化してしまいました

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悪魔化のおかげでパワーも湧いたか、無事残りの階段も踏破
男衆とも無事合流しましたが、いや~~疲れた~~~
登りきったところに待ち構えているこの自販機、お茶一色ですごいことになってますが、売れ行きもすごいと思います。ママもドリフの牛乳ネタみたいな勢いで飲み干しました

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お茶を一気飲みして一息ついたら、奥宮へ。
色あせてるせいか、下界のあれこれより日本風ワビサビっぽく見えます。
「昔は将軍しか来られなかった」とのことですが、あの階段をひーこらと登ってきた身としては、「将軍もご苦労だったことよ」と思わず同情 でも昔の人は健脚だから、それほど疲れないかな?

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この背後に、家康の墓所があります。
木に囲まれているせいかひんやりしていて、しかし陽射しがあるせいか浄らかげでもあり。
ここだけ空気が違う感じで、さっきはたぬき汁にして食べる気まんまんだったママも、「いいところだな~」と素直に思いました

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ここに「願いを叶える杉」というのがあって、未来ある子供たちは何やら一心にお願いを
(老い先短いパパママはそれを見守るのみ
重荷を背負って「天下統一」を成し遂げ、のみならずそれを盤石なものとして引き継いでから死んだという権現様にあやかろうと、お願い事する人がよっぽど多かったんでしょうかね~。でもお墓に変な念を送られても困るから、手近なとこにぶつけてもらうついでにお賽銭ももらっちゃおうという、これは東照宮の戦略?
(当然のごとくここでもお守り売ってましたよ。買わないけど

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出口近くにあったこの建物は↓朝廷から家康に送られた「官符宣命」の文書等が収められているそうで。
ええ~~!じゃあ「ここから江戸時代が始まったといっても過言ではない」征夷大将軍任命書みたいなのが入ってるのかなあ
こういう文書がここに実在していると思うと、「おお歴史って本当にあったことなのね~」という不思議な実感がまたもじわじわ。
ちなみに征夷大将軍宣旨は現在、入口近くのどでかい博物館に展示されていて、誰でも見れるそうです。太っ腹ですね~東照宮

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帰りはラクラク♫

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唐門のところまで戻ってきて、「本地堂→」そして「鳴龍」と書かれた看板に気づきました。
「鳴き龍」って有名なの? あわかった、なんか歩くとキュッキュッって廊下が鳴るやつでしょ」
と、東照宮に来たことはあるけどすべての記憶がなく、どっかの鶯張りと勘違いしているママに
「バッカ、天井が鳴るんだって。それに「鳴き龍」じゃなく「めいりゅう」な。東照宮の「めいりゅう」は有名だぞ~」
と解説する、歴史モノは詳しいけど東照宮は初めてのパパ。いずれ劣らぬバカ同士なのはやがて判明しますがさておき
けっこう混んでましたが、拝殿よりは人が少なかったので、「せっかくだから見ていこう」と寄っていくことに。

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こちらも別チケットですが、しかし眠り猫同様、入場チケットに添付済み。
こういうのってなんかお得な感じがして、商売上手ですね
ここで東照宮に来て初めての待ち行列 お坊さんが一定数のグループごとに解説してくれるので、「はいここから次の回で~す」と待ち時間が発生するのです。わ~なんかディズニーシーのシアターみたい
(と言ってもそんなに長時間の解説じゃないので、苦になるほどの待ち時間じゃありません)
やがてぞろぞろと列が動き、お坊さんを中央に囲むようにしてマジックランプシアターが始まります。違います 天井に見事な龍が描かれているのですが、そこから外れたところでお坊さんが拍子木(?)を打つと、普通に「カーーン」といういい音なのに、龍の真下で拍子木を打つと「カキーーーーーンヒュインヒュインヒュイン・・・」みたいな、本当にもうまったく音が違うという
誰が聴いてもはっきりと音が変わるので、全方位におすすめの面白いアトラクだと思います。アトラクじゃありません うろ覚えですがお坊さんいわく、これは狙って作ったわけじゃなく、誰かが偶然この現象を発見したのだそうで
それもまた面白いバックグラウンドストーリーですね~。たまたま龍の絵が描いてあるところで、ピンスポットでそういう現象が起きるなんて。まピンスポットと言っても、けっこう大きい龍の絵ですけど。
ちなみに見終わると、自動的にお土産品を見て回る順路になります。うーむこんなとこもTDRみたい 正しく観光地仕様ってやつですね

「さすが世界遺産、面白かったね~」
と満足して出てくると、早くも17時近く。
博物館ももう終了なので、そのまま駐車場へ向かいます。
駐車場には、立派な旗をしょった立派な銅像が。

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名前は忘れましたが(そして調べる気もなし)この人が日光東照宮設立の陣頭指揮を取ったのだそうです。
じゃあ今日私たちが楽しめたのはあなたのおかげですね、お世話になりました
と、おそらく本人は「いやおりゃ徳川家のために頑張ったんであって、あんたらを楽しませるためじゃ」と憤慨するでしょうが、こちらはウォルト・ディズニーのような、高橋政知のような人を仰ぎ見る思いでしばし銅像を眺め
(ちなみに高橋政知とは、TDRの創設者の1人。ディズニーシーの開業をタッチの差で見ることなく亡くなりましたが、その開業日9/4はこの人の誕生日でもあり、余談ですが福島出身でもあるそうです←こういうことは張り切って調べる
しかしまだ帰りません 次はいろは坂で藤原とうふ店だ~(?)

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ド派手な日光東照宮

さて「とりっくあーとぴあ日光」を堪能して、車は日光東照宮へ。
さすが世界遺産! 道路標識には必ず、しかもひときわでっかく「世界遺産・日光東照宮→」といった案内が書かれているので、迷いようもなく。
山の中腹にどーんとある駐車場に15時頃無事到着。さすがにこの時間だと、駐車場も待ちなく停められました。
ここから厳かな雰囲気漂う山道を登っていくと~

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いきなり視界が開け、立派な建物どーん!

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「おお日光東照宮って、意外とハイカラな建物だったのね~~~!」
とはさすがにママも思いません すごく綺麗な資料館です。
徳川家康の子供時代のパネルとか入口に飾ってあったり、2階に鎧兜が飾ってあるのが見えたりして、江戸幕府にはまったく興味ないけど家康の若かりし頃=戦国時代なら好きなUは「入りたい~~~」。
しかしけっこう高そうな別料金なので、今はパス 帰りに時間があったらってことにして、とりあえず江戸幕府を崇め奉る東照宮の方へ行ってみましょう。

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隅にはひっそりと「剣道復活の地」なんて石碑が↑
えっ剣道って滅亡してたの?(「ああ~戦後のGHQだろ」@パパ) そしてここで復活したの?
色々「なんでまた」と思った石碑でした。日本の剣道がダメなら欧米のフェンシングだって、ね~?そしてなぜに日光東照宮で??
なんて話しながら歩いていくと、 おおっ!!

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どかーんと建ってる「東 照 宮」を見ると
「ついにキタ━(゚∀゚)━!」
という感激が、どかーんとやってきます

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内容も関連もよくわからないんですが(そして調べる気もないとゆう)「松前神楽」という、北海道の出し物をやっていました。
よくわからないけど神社にお神楽はよく合うわと、見入ることしばし。
その隣には、これまた謂れも関連もわからない(そして調(ry)五重塔が。
「期間限定!今なら別料金で中に入れますよ」
とのことでしたが、その「中に入る」ってのが、単に普段は入れない柵の内側に入れるだけで、実際には塔の外側をぐるぐる周遊して中を覗けるってだけらしいので、パス
にしてもさすが世界遺産だけあって、駐車場に博物館に五重塔と色々別料金ぼったくってますね~

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とはいえ、この景色↓を見るとやっぱり壮観で、「おおっ世界遺産」と。
チケット売り場からの眺めです。チケットもわりとぼったくり価格で、おまけに売り場には「日光東照宮と言えばこれ」ってくらいの陽明門は「現在補修工事中で見れません」という案内がありましたが、もはや「世界遺産じゃ仕方がない」という諦めの境地です

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チケットを買って、いよいよ中に入っていくと、「おおっ!!」(←何度目?

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相変わらずのへぼ写真で、あんまり「おおっ!!」が伝わりませんが、第一印象は「派手~~~~~!!!」
ほんと予想外に派手でびっくり~~という感じでした。色彩感覚が中国風というのか、日本的ワビサビとは程遠いカラフルさで、装飾も華美で。

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個人的イメージでは家康って「人生は重き荷を背負ってどーたらだから虚飾はいらん」っていう印象が(その前の秀吉が成金イメージだから余計に)あったので、イメージと違って金ピカなのが「ええっ!?」と。
パパいわく、ここは家光が作った(というか改築した)そうだから、「家康のイメージと違う」というより、単に「家光が派手好きだった」のかしらん? それとも現代の「欧米文化ってカッコイイ」みたいな感覚で、中国文化を真似したのかしらん??

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「派手~~~!!!」と並んで、もう1つ強烈な第一印象だったのは、石灯籠。
そこにもここにもズラーーリとあって、しかも頭上が苔むしてたり、中には鳥の巣みたいなことになってたりと、やたら古そう=歴史的価値がありそうなのに、あくまでも脇役という感じで隅っこに追いやられてるという印象なのが、存在意義がわからなくて不思議という

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近寄ってみたら、下に石灯籠を寄進した人の名前と日付が書かれてるんですね。
で、見てびっくり↓黒田長政ですってーーー

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思いがけずこういうのを見ると、「おお歴史上の人物って、ほんとにこの世にいた時期があったんだ」という実感が、ふっとリアルに湧いてきます。
「これは面白い」
と、あちこちの灯篭を見て回りましたが、歴史キャラは有名人しか知らない私には、「「京極」とか「松平」とか、なんか聞いたことあるような家名が色々あるな~」という感じで(会津若松市民としては「保科」も見つけたかった)
日本史に詳しい人なら、東照宮の石灯籠巡りだけで、半日は優に楽しめちゃいそうですね♫

ここら辺の石灯籠がほとんど、元和4年だっけな3年だっけな、同じような時期に集中しているのがまた不思議で、「この年に何かあったのかな?」と素で聞くママ
「その年にここができたんだろーが」@パパ「当たり前でしょ」@KKと返されて、あっそうか!それは思いつかなかった~~(←バカ
そういや「元和偃武」なんていう言葉も聞いたことあったわ。「War is Over」みたいな、祝祭感あふれる語感で。そうか~~ここって、何か当時の象徴みたいな場所だったのかもなあという実感が、またもやふっと。
そしてここに皆が競うように石灯籠とか奉納する様子とかがまたリアルで、「みんな徳川家に対して必死だね」と冷笑を浮かべたらKK再び「当たり前でしょ」。
まあね~当たり前なんだけど、なんかその必死さが手に取るように浮かび上がるのが、なんだか非常に面白く

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↑「おお現代の天皇陛下も灯籠を寄付するのか~!さすが現代は鉄製だ」
と思ったら、単に立札だけで(それとも私が見落としただけで、どっかに寄付してくれたものが飾ってあったのかしら)、この鉄灯篭は伊達政宗寄進だそう さすが独眼竜、やることが派手ですな~~

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皇室関連の立札はもう1つあって、「こうやまき」の隣に「悠仁さまご誕生おめでとうございます」みたいな看板が立ってました。
なんでも悠仁さまのお印が「こうやまき」だそうで。
そしてこれを植えた人は、なんと家光だそうです おお家光って、ほんとにこの世にいた時期があったんだ~~~

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この木の隣にあるのが、超有名物件その1「見ざる(ry」。
建物自体は厩だそうで、ぱっと見は、あんましぱっとしない建造物です
しかしやたら人だかりしているので、「何事?」と思って行ってみたら有名お猿で、ダンナと2人「え?これ?」

ちなみにダンナは歴史好きだけど、東照宮は初めてなのでこのテイタラク。私は修学旅行で来たはずだけど、中禅寺湖しか覚えていない有様なのでこのテイタラクです 修学旅行で飯盛山に来たダンナが「白虎隊の墓ができたのは平成になってから」と言い張るのを呆れていたけど、人のことは言えないと悟りました

一方KK&Uは、この「見ざる(ry」=「見猿・言わ猿・聞か猿」という、古来から伝わる猿のキャラだとずっと思ってたそうで
「いや「見ざる」っていうのは昔の言葉で「見ない」ってことで~。それを東照宮がこういう猿にしたからたぶん有名になって~」云々と実物見ながら説明したら、「えっじゃあ「見猿(ry」ってただのダジャレ!?」とけっこうびっくりしてました そうよね~古式ゆかしい伝説キャラかと思ってたら単なるダジャレだったって、意外とカルチャーショックかもね~
(と思ってwikiを見たら、どうも「三猿」は世界にあって、決して日本語のダジャレとも言い切れないそうです KK&Uの方が正しいのかも!?)

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こちら↑はKKが見つけた、龍?象?なんか意味ありげな彫刻。
実際何か意味あったと思うのですが、忘れてしまってスミマセン
たぶんこのド派手な日光東照宮、1つ1つの装飾にきっとそれぞれ意味があるんですよね~
とはいえ半分は、伊達政宗みたいに戦国の気風がまだ残ってた当時ならではのド派手趣味の成せる技じゃないかと、個人的には疑ってますが

余談ですが、Uが寝る前の読み聞かせ本として「戦国ヒーローマンガ」シリーズがありまして
その中の「伊達政宗」の晩年が、ママ的にとっても印象深んですよね~。
若い頃はド派手でケレン味たっぷりで、天下取りの野望でギラついてた政宗も、戦国に遅れて生まれてきた悲しさ、もはやどうあがいても天下取りは無理と悟って、最後は真摯に家光に仕え、家光からも厚い信頼を寄せられていたそうで。
その老政宗が、病身に鞭打って最後に家光に面会した時、こう言って聞かせたそうです。
「私が死ねば、あの戦国の世を実際に知っている者は、上様の周りから1人もいなくなります」
「しかし決して、あの時代を忘れず、あの時代に戻さぬように」
これはマンガなんで、実際にそんなこと言ったかどうかはわかりませんがしかしとってもリアルだな~と。あの時代をリアルに知っている人がやがて1人もいなくなる、あの時代をリアルに知っている人は、程度・手段の違いこそあれ「反戦」じゃない人はいない、というのが。そうまさに、今消えかけている私の親含めた「戦中派」ってやつです。
政宗たち「戦中派」の死によって戦国の気風も消え去り、江戸300年の「泰平の世」が続き、やがて幕末~明治、そしていまだ私たちの歴史は続く・・・なんとも感慨深いですね~

あらなんだか長くなっちゃったので、超有名物件その2ほか多数は次回に続きます

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